無水エタノールガイドライン 班員 ・ 佐口 徹 (東京医科大学) ・ 米虫 敦

無水エタノールガイドライン
班員
・ 佐口 徹 (東京医科大学)
・ 米虫 敦 (関西医科大学)
・ 齋藤 和博 (東京医科大学)
・ 荒井保典 (聖マリアンナ医科大学)
・ 亀井誠二 (愛知医科大学)
構造化抄録作成協力者
・ 作原祐介(北海道大学)
・ 井上 政則(慶応大学)
・ 荒井保典(聖マリアンナ大)
・ 佐口徹(東京医大)
・ 齋藤和博 (東京医大)
・ 西尾龍太(東京医大)
・ 長谷川大輔 (東京医大)
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舟津 智一 (東京医大)
屋代英樹(平塚市民病院)
新田哲久(滋賀大)
園田明永(滋賀大)
東原大樹(大阪大学)
前田 登(大阪大学)
山本 和宏 (大阪医大)
米虫敦(関西医大)
谷川昇(関西医大)
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狩谷秀治(関西医大)
中谷幸(関西医大)
八木理絵(関西医大)
鈴木聡史(関西医大)
柳生行伸(近畿大学)
荒木哲朗(近畿大学)
谷口尚範(天理よろず病院)
目次
総説
a) 物質の説明
b) 本来どのように医療現場で使用されているか。
c) 血管内治療の歴史的な背景と現状。
d) 薬事上、保険上、法律上の取り扱い。
e) 海外事情(FDA、ヨーロッパ、韓国 etc)
f) 文献検索
佐口 徹
CQ
CQ1 エタノールの血管塞栓機序は?
荒井保典
CQ2 エタノールの血管塞栓効果は?
荒井保典
CQ3 エタノールによる血管塞栓術は、どのような疾患、病態、状況が適応と考えら
れるか?
齋藤和博
CQ4 合併症(手技上、物質毒性)にはどのようなものがあるか?
亀井誠二
CQ5 安全な使用方法は(使用上の注意点)?
a) エタノールをどのような造影物質と混合するべきか?
米虫 敦
b) エタノール塞栓術施行時にバルーン閉塞は必要か?必要ならばその閉塞時間
は?
米虫 敦
c) エタノールの使用上限は?
米虫 敦
d) 腎臓にエタノール塞栓術を施行する際の注意点
齋藤和博
e) 門脈にエタノール塞栓術を施行する際の注意点
荒井保典
CQ6 エタノールによる血管塞栓術における疼痛対策は?
米虫 敦
総説
a) 物質の説明
無水エタノールはアルコール製剤で、15℃でエタノール (C2H6O) を 99.5vol%以
上を含む。無水エタノールは無色澄明の液体で、特異なにおいがあり、燃えやすく、
揮発性である。水と混和し、沸点は約 78~79℃で、比重は 0.794~0.797 である。エ
タノールは殺菌効果があり、微生物のたん白質の変性凝固、代謝障害、溶菌により
殺菌作用を示す。刺激性は易揮発性と組織水分を奪って蛋白凝固をきたすことによ
り濃度が高いときに強い。
b) 本来どのように医療現場で使用されているか?
・外用殺菌消毒剤の無水エタノール (500mL、16L) (2)
精製水で 76.9~81.4vol%に希釈し、手指・皮膚の消毒、手術部位(手術野)の皮膚
の消毒、医療用具の消毒に使用されている。
・注射用の無水エタノール注 (5mL) (3, 4)
肝細胞癌に対する経皮的エタノール注入療法に使用されている。
c) 血管内治療の歴史的な背景と現状。
・無水エタノールの血管内投与は、1980 年初頭より、腎細胞癌に対する塞栓術として
臨床応用され始めた(5)。その後、リピオドールとの混合で視認性が確保され(6)、バ
ルーンの併用で逆流が防止され(7)、より安全に確実な標的塞栓が可能となった。な
お現状では、エビデンスレベルの高い論文は乏しく、無水エタノールの動脈塞栓術に
関しての科学的根拠は低い。唯一、Kalman, etc. が、過去の 51 論文、3225 症例を
検討したシステマティックレビューを発表し、レビューされた各論文のエビデンスレベ
ルは低く、確定的な結果を述べることは出来ないと断りながらも、腎細胞癌に対する
塞栓術に無水エタノールを推奨したことが、現在においても無水エタノールを使用す
る根拠となっている(8)。
d) 薬事上、保険上、法律上の取り扱い。
・ 現状では、無水エタノールの血管内投与は承認されてなく、保険適応となっていな
い。
・ 外用殺菌消毒剤の無水エタノールは外用液剤であり、消毒用エタノールとして承
認されており、適用上の注意で投与経路に関し、『外用にのみ使用すること。』と記載
されている(2)。
・ 注射用の無水エタノール注は、『肝細胞癌における経皮的エタノール注入療法』
の効能を有する製剤として承認を得た注射剤であり、適用上の注意で投与経路に関
し、『経皮的エタノール注入療法(腫瘍内注入)のみに使用し、その他の投与経路(血
管内、脊髄腔内、皮下、筋肉内等)での投与を行わないこと。』と記載されている(3,
4)。
e) 海外事情(FDA、ヨーロッパ、韓国, etc.)
諸外国においても無水エタノールによる血管塞栓術に関しては、本邦同様、臨床
治療報告はあるものの、未承認で保険適応はなく、正式に認可されていない。
f) 文献検索
・ PubMed 検索で、(ethanol embolotherapy) or (ethanol embolization) limits:
human, English により 836 件の文献が抽出された。
・ 836 件の文献からエタノール塞栓術について無関係な論文が除外され、229 件の
論文が一次抽出された。
・ 一次抽出された 229 件の論文について、合併症関連でない 2 例以下の症例報告を
排除した上で、更に検討を行い、ガイドライン作成に必要となる可能性のある 65 件の
論文が二次抽出された。
・ 二次抽出された 65 本全ての論文について構造化抄録が作成された。
参考文献
1) 第十六改正 日本薬局方解説書, C-730 (2011)
2) 医薬品インタビューフォーム、外用殺菌消毒剤、無水エタノール「ヒシヤマ」
3) 医薬品インタビューフォーム、経皮的エタノール注入療法用剤、無水エタノール注
「フソー」
4) 医薬品インタビューフォーム、経皮的エタノール注入療法用剤、無水エタノール注
「マイラン」
5) Ellman BA, etc., Ablation of renal tumors with absolute ethanol: a new
technique. Radiology. 1981 Dec;141(3):619-26.
6) Park JH,jeon SC,Kang HS,Im JG,Han MC,Kim CW., Transcatheter Renal
Arterial Embolization with the Mixture of Ethanol and Iodized Oil (Lipiodol).,
Invest Radiol 1986;21:577-580.
7) Arto A. Haapanen,Peter B. Dean., Renal Vasculature.Renal vein ethanol
concentration during ablation of renal cell carcinoma., Cardiovasc Intervent
Radiol 1986;9:205-208.
8) Kalman D, Varenhorst E., The role of arterial embolization in renal cell
carcinoma., Scand J Urol Nephrol. 1999 Jun;33(3):162-70.
CQ1:エタノール塞栓の機序は
回答
エタノールによるタンパク変性を発端とする、血管壁や血管周囲の壊死を引き起こ
し、血流の鬱滞を起こし、血管の血栓閉塞をきたす。
また、エタノールと接触した赤血球も凝集しない変性血栓となり、血管閉塞をきたす。
推奨度:-
解説
高濃度のエタノールによるタンパク変性は、タンパク質分子の水素結合を切断する
ことでタンパク質の立体構造を破壊しゲル化することであり、この変性は不可逆的で
ある。この作用は数秒以内で起こり、接触した赤血球や血管内皮細胞、血管周囲の
組織を破壊する。
ちなみに 70%以下の低濃度エタノールでは、タンパク質の水和水をエタノールが
奪うことによる可逆性の変性がおこる。そのため、組織傷害性は有するが、タンパク
質そのものには不可逆的な変性は起こらない。
高濃度エタノールの注入により、血管内皮及び血管周囲の組織は凝固壊死を起こ
*1*2*3
す
。注入速度により閉塞までの経過は異なるが、最終的には血管は閉塞する。
注入速度は対象臓器の実質障害に程度の違いが見られる可能性がある*1。(1)。
注入速度により組織の壊死の程度は異なり、K.Buchta らは、犬の腎臓に 97.5%
エタノールを注入し、急速注入(2ml/s)では 100%の糸球体壊死が得られるが、緩徐
注入(1ml/s)では糸球体壊死は 50%でしか見られなかったと報告している(1)。
急速注入では、注入直後には血管閉塞は見られない。組織壊死に伴い、血流は停
滞し、血管内皮の傷害された血管には 2 次的に血栓が形成される。その後血栓は器
質化し、広範な梗塞域が形成される(1,2,3)。
緩徐注入では、血管造影上ではすぐに血管閉塞が認められる。血管内にはエタノ
ールに接触し傷害された赤血球が凝集せずに充満し、血栓は形成されない。緩徐注
入でも 1 分後には血管内膜障害は起きており、40 日後には器質化血栓と広範な梗塞
が形成される(2)。
CQ2:エタノールの血管塞栓効果は
回答
高濃度エタノールによる塞栓は、血管壁や周囲組織に壊死を生じるため、血流の
再開通や側副血行路の発達は起こりにくく、永久塞栓物質と考えられている。
推奨度:-
解説
エタノールを動脈注入すると接触した赤血球の凝集しない血栓化が生じ、これが末
梢動脈の急性閉塞を起こす。また、同時に血管内皮および周囲の組織障害が広範に
起こる。それに伴い血管の血流鬱滞が生じ、2次的に血栓が形成される。組織の血
液需要の減少と、血管内皮の再生が行われないことから、永久塞栓となると考えられ
ている。
L Ekelund らは、9 匹のウサギの腎動脈に対し無水エタノールで塞栓術を行い、血
管の急性閉塞が起こること、周囲組織の破壊が徐々に進行し 27 日後には完全壊死、
52 日後には器質化していることを確認した(5)。
K Buchta らは、イヌ 7 頭の腎動脈に対し無水エタノールで塞栓術を行い、直後に
腎臓を摘出し組織学的検討を行った。この結果、2 分後には周囲の糸球体基底膜に
障害が生じ、メサンギウム細胞の脱落があることを確認した。血管内には赤血球のう
っ滞が認められたが血栓化は認められなかった。このことから、無水エタノールによる
血管閉塞は組織障害による 2 次性の閉塞であると結論づけている(1)。
CQ3: エタノールによる血管塞栓術は、どのような疾患、病態、状況が適応と考えら
れるか?
回答
(1) 腎細胞癌の術前出血予防、手術不能例における血尿の制御、化学療法前の荒
廃。血管筋脂肪腫の破裂を含めた有症状症例あるいはサイズ増大による破裂予防。
(2) 心不全、神経症状、痛み、出血、腫張など臨床症状を伴っている血管奇形(動静
脈奇形、静脈奇形)。
(3) 肝切除前の残肝容積の増大を目的とした門脈塞栓術。
(4) 肝細胞癌に対しては、様々な対象および手法により塞栓術が報告されているが、
いずれも少数例を対象とした報告であり、動門脈同時塞栓療法では重篤な合併症も
生じているため、十分に安全性が確認されているとはいえない。
推奨度:C1
解説
(1) 泌尿生殖器関連
過去の文献からは,エタノールを塞栓物質として使用している領域は腎臓領域が
最も多く、なかでも腎細胞癌(7,8,9,10,11,12,13)、血管筋脂肪腫
(11,14,15,16,17,18,19)に用いている報告が多い。腎細胞癌においては、術前の出
血予防目的 (11,13)、血尿の制御 (10,13)、手術不能な場合の治療 (7,9,10,12,13)
目的に行う場合が報告されている。遠隔転移を有する切除不能例では予後の延長が
みられたとする報告もある (7)。エビデンスレベルの高い論文は一編のみであり (8)、
他の文献は症例集積の報告である。腎細胞癌の塞栓術に用いる他の塞栓物質とし
てはゼルフォーム、PVA などがある (13)。エタノールは、合併症率が低く、ゼルフォ
ームと比較して塞栓後症候群が軽微で、短時間で良く塞栓できる。標的臓器以外の
予期せぬ塞栓は、エタノールを含む全ての塞栓物質で述べられている。血管筋脂肪
腫においては、破裂を含めた有症状症例あるいはサイズ増大による破裂予防
(15,17)のために施行されている。初期塞栓効果は良好であるが、長期塞栓効果に
関しては、結節性硬化症を合併していない例では良好であるが、結節性硬化症が基
礎疾患として存在する例では不良である (19)。不完全な塞栓では高率に出血による
症状再発が生じる(7)(14)。その他、腎臓領域では、血管奇形 (20)、腎廃絶術
(21,22)(移植後のもの (23,24,25)も含め)などに用いられている。血管奇形に対して
は、エタノールは nidus を閉塞し、長期的に血尿のコントロールに有効である (20)。
腎廃絶術に関しては、腎瘻あるいは尿管皮膚瘻からの持続性の尿流出を生じる低形
成腎の廃絶のために用いた報告 (21)、末期腎不全患者による高血圧、ネフローゼ
症候群の改善に有用であり、腎摘出術の報告と比較して morbidity, mortality とも
に低いという報告がある。移植腎では症候性無機能腎移植片、 graft intolerance
syndrome に対する廃絶術の報告がみられる (23,24,25)。graft intolerance
syndrome に対する廃絶術では PVA も使用されているが比較はされていない (23)。
これら腎領域で主に施行されている塞栓術に関しては概ね安全性が確認されてお
り、エタノールを腎領域において塞栓術に施行することに関しては、問題は少ないも
のと考えられる。
副腎腺腫の塞栓で用いた報告も認められる (26,27)。しかし、正常副腎を塞栓した
ためカテコラミンの過剰分泌をきたし激烈な高血圧,頻脈を生じており、施行にあった
ては注意が必要である (27)。
生殖器領域ではインポテンツに対しての塞栓術に使用されている (28,29)。
(2) 末梢血管奇形
心不全、神経症状、痛み、出血、腫張など臨床症状を伴っている血管奇形(動静脈
奇形、静脈奇形)が治療の適応となる。臨床症状のないものは適応とならない (30)。
外科的切除は病変が小さく限局し、アクセス可能な部位にあるものは完治が可能で
ある。広範なものに対しては塞栓術併用の切除、切除困難なものに対しては塞栓術
や硬化療法が有用とされている(30,31)。エタノールは組織障害性が高く、エタノール
を用いた塞栓術や硬化療法の良好な治療効果が報告されている(32,33,34)。その反
面、組織傷害性が強い為、四肢表在、特に末梢では潰瘍壊死などの合併症のリスク
が高いのが欠点である。Do らの報告では (33)四肢・体幹の動静脈奇形 40 例に対し
てエタノールを用いた血管内治療で行い、16 例(40%)で治癒、11 例(28%)で部分寛
解が得られた有用な方法と結論づけている。一方、21 例(52%)で合併症がみられ、
感染による患肢切断、筋壊死に伴う腎不全、脳梗塞、正中神経麻痺、膀胱壊死など
重篤なものも含まれている。その他にもエタノールによる AVM の治療では肺動脈圧・
体循環圧の上昇 (35,36,37,38)、死亡に至る循環虚脱(39)、心停止 (36)、皮膚障害
( 水 疱 、 皮 膚 変 色 、 壊 死 、 熱 傷 ) (32,36,37) 、 一 過 性 お よ び 永 久 神 経 障 害
(17,32,36)など重篤な合併症も報告されている。エタノール以外の薬剤では EO
(Ethanolamine oleate)、NBCA、ポリドカノールなどによるものが報告されている
(32,40,41)。Lee らの先天性血管奇形に対する塞栓療法・硬化療法での軟部組織障
害、神経障害に関する後方視的な報告 (32)では軟部組織障害はエタノール使用群
410 例中 68 例(16.6%)でみられたのに対し EO(Ethanolamine oleate)使用群 32
例中 2 例(6.3%)、NBCA 使用群 24 例中 2 例(8.3%)、神経障害はエタノール群 393
例中 48 例(12.2%)みられたのに対し EO 群 32 例中 1 例(3.1%)でいずれもエタノー
ル群より低率であった。また、Das らの静脈奇形に対する EO を用いた prospective
study (40)においても皮膚壊死が 72 例中 4 例(5.6%)にみられたのみであった。三
村らによるポリドカノールを用いた静脈奇形に対する 31 例の硬化療法の報告 (41)
では major complication はみられていない。AVM の治療においてエタノールを使用
する場合、合併症を十分に考慮したうえで用いるべきである。
(3) 術前門脈塞栓
エタノールによる術前門脈塞栓術の利点は、残肝容積率が他の塞栓物質を使用
するより大きいと報告されている点にある。術前門脈塞栓術の目的が残肝容積増大
であり、塞栓物質にエタノールを使用することは合目的的であるといえる 。
Shimamura らは、門脈塞栓術による残肝容積増大率は、Fibrin Glue では術後 14
日目で 12cm3/day、NBCA-Lipiodol では術後 1 ヶ月目で 6cm3/day と報告されてい
るのに対し、Ethanol では術後 14 日目で 21.3cm3/day であったと報告している (42)。
また、中川らは、フィブリン糊や Gelfoam powder を用いた門脈塞栓術の術後 2 週間
後の非塞栓葉の増大率が 8.8~31.7%と報告されるのに対し、5 例に対し行った無水
エタノールでの門脈塞栓術では、71%の増大率が得られたと報告している (43)。
Satake らは、ブタを用いた実験系でバルーン閉塞を併用したエタノールを用いた門
脈塞栓術を行い、0.25~0.33ml/kg の無水エタノールを用いたが、血中エタノール濃
度は 0.51mg/dl までの上昇で 3 分後にピークを迎えすぐ減少した、と報告した (44)。
彼らは安全な血中濃度で推移していると結論づけている。それに対し、Lu らは、肝硬
変ラットを用いた実験系でエタノール門脈塞栓術を行い、0.05ml/100g のエタノール
量で正常肝ラットは全数が生存したのに対し、肝硬変ラットでは 22 匹のうち 9 匹しか
生存できなかったことから、肝機能低下例ではエタノール許容量が異なる可能性があ
るとしている (45)。エタノールを用いた門脈塞栓術に特有の有害事象は報告されて
おらず、また明らかな欠点は言われていない。ただし、エタノールでの門脈塞栓術に
使用されるエタノール量は臨床例で通常 10~30ml 程度であるが、至適量は示され
ていないので注意が必要である。
CQ4:合併症(手技上、物質毒性)にはどのようなものがあるか。
回答
泌尿生殖器領域、肝、中枢神経、四肢などの塞栓術における合併症が報告されて
いる。
泌尿器生殖器領域および肝の塞栓術では塞栓術後症候群が高率にみられるが一
過性である。その他腎や肝機能障害、感染症も報告されている。
中枢神経、四肢の塞栓術では神経障害、皮膚障害、循環・呼吸障害などがみられ、
重篤なもののも報告されている。
(エビデンスレベル5)
解説
泌尿生殖器領域、肝、中枢神経、四肢でエタノールを用いた塞栓術が行われてお
り下記のような合併症が報告されている。
泌尿生殖器関連
腎では腎癌(7,8,10,12,46,47,48,49,50,51)、血管筋脂肪腫 (14,15,16,17,19,52)、
動静脈奇形(11,20)、腎廃絶(21,22,53)、graftintolerance syndrome(23、24,25)、
尿溢流(21)に対する塞栓術などが報告されている。
物質毒性による合併症としては塞栓術後症候群(発熱・疼痛・悪心・嘔吐など)が高
率(12.5-100%)にみられているが、大部分が数日から 1 週間で消失している
(23,7,21,14,22,10,16,52,17,18,19,24,12,25,53,49)。またゼルフォームを用いた塞
栓術と比較すると嘔吐・嘔気は有意に低いと報告されている(8)。その他、高血圧が
17-22% (7,12)、イレウス 3.7- 8% (7,12)、頭痛 4%(20)、呼吸困難 4% (20)、腎膿
瘍などの感染症が 6.3-9% (15,22,24,25,53)、胸水 6.3% (15)、発疹 3.7% (12) 腎機
能低下 3.7% (12)、完全心ブロック (45)、肺水腫(52)などが報告されている。
手技に伴った合併症として標的外臓器の塞栓による無機能腎 2.9-4% (16,20)、結
腸梗塞(47,50,51)、精巣梗塞(48)が報告されている。
副腎ではクッシング症候群やアルドステロン症を伴った副腎腺腫に対する塞栓術
が報告されている(27,54)。塞栓術後症候群(背部痛、側腹部痛、微熱)(54)以外に、
カテコラミン過剰分泌による頻脈(27)、血圧コントロール不良(27,54)、胸水 (54)が報
告されている。
肝
肝細胞癌に対する動脈塞栓術(55,56,57,58)、肝細胞癌による肝内動静脈シャント
に対する塞栓術(59)、肝切除前の門脈塞栓術(42)、肝細胞癌に対する動脈塞栓術に
併用した門脈塞栓術(60,61)に対する塞栓術が行われている。
薬剤毒性によるものとして塞栓術後症候群(右上腹部痛、悪心嘔吐、発熱、肝機能
障 害 ) が 高 率 (13.8-100%) に み ら れ て い る が 大 半 は 数 日 で 改 善 し て い る
(42,55,56,58,60,61) 。 そ の 他 高 度 の 肝 機 能 障 害 や 肝 不 全 (56,60,61) 、 膿 瘍
(57,58)、しゃっくり(60)が報告されている。
手技に伴うもので標的外臓器の塞栓による急性膵炎(58,59)が報告されており、死
亡に至った症例もある(58)。
中枢神経
頭蓋内動静脈奇形(62,63)、硬膜動静脈瘻(64,65)に対してエタノールを用いた塞
栓術が行われている。
合併症は脈絡叢から CSF への造影剤の漏出(62)、顔面神経麻痺 (64)、第 9-12
神経麻痺 (64)、短期記憶障害 (63)、くも膜下出血(死亡)(63)、気管支痙攣 (65)が
報告されている。
末梢血管奇形
動静脈奇形、静脈奇形に対する動脈塞栓術 (32,35,37,38,57,66)、経皮的硬化療
法(32,36,37,39,66)にエタノールが用いられている。
アルコール中毒 (66)、肺動脈圧・体循環圧の上昇(35,36,37,57,38)、死亡に至る
循環虚脱 (39)、頻脈頻呼吸(38)、血尿(36)、筋壊死に伴う腎不全 (57)、脳梗塞
(57) 、 膀 胱 壊 死 (57) 、 発 熱 (38) 、 皮 膚 症 状 ( 水 疱 、 皮 膚 変 色 、 壊 死 、 熱 傷 )
(32,36,37,57)、一過性および永久神経障害(32,36,37,57)、下肢・足指の虚血 (37)、
上肢の拘縮(37)、深部静脈血栓症(37)、感染による患肢切断(57)などが報告されて
いる。
その他
肥大型心筋症に対するエタノールを用いた経カテーテル中隔焼灼術にエタノール
がもちいられており下壁梗塞が報告されている(67)。
CQ5-a: エタノールをどのような造影物質と混合するべきか?
回答
エタノールを塞栓物質として使用する際には、リピオドールと混合することが勧めら
れる。混合比は、エタノール:リピオドール=1:1~3:1 程度が一般的である。
推奨度:C1
解説
X 線透過性であるエタノールの視認性を確保して安全性を高めるために、リピオド
ールとの混合は非常に有用である。リピオドールはエタノールに溶解せず乳化するた
め、エタノールの塞栓効果を低下させない。また、リピオドール自体が鋳型の塞栓物
質として効果を生じ、エタノールが血管内皮と接触する時間を延長させる(68)。混合
比は、エタノール:リピオドール=1:1~20:1 まで様々な報告があるが、一般的には
1:1~3:1 の濃度が用いられることが多い (12,14,16,19,21,28,55,56,57,60,61,69)。
非イオン性造影剤と混合する報告があるが、沈殿を生じ、またエタノールを希釈させ
ることによりエタノールの塞栓効果を低下させる (21,26,68)。
CQ5-b: エタノール塞栓術施行時にバルーン閉塞は必要か?必要ならばその閉塞
時間は?
回答
エタノールを塞栓術施行時には、原則としてバルーン閉塞やターニケットによる血
流コントロール下にエタノールを注入することが望ましい。バルーン閉塞時間は、一般
的には 10~15 分である。
推奨度:C1
解説
原則として、バルーン閉塞などによる血流コントロール下にエタノールを注入するこ
とが望ましい。四肢においてはターニケットを使用して血流コントロールを行うことが
可能である。血流コントロールを行うことにより、非標的血管へのエタノールの逸脱を
予防、急激な血中濃度上昇を予防、エタノールの停滞によりエタノールの総量の減少
を期待できる。バルーン閉塞時間は5分から30分と様々な報告が、一般的に 10~15
分である。バルーン閉塞解除前には、残留アルコールの回収を試みる
(4,7,8,9,12,19,22,24,38,46,60,66,69)。やむをえず血流コントロールを行わない場
合は、造影剤混和により塞栓物質の十分な視認性を確保し、急激な血中エタノール
濃度の上昇を抑えるために緩徐な塞栓物質の注入などを考慮しなければならない
(8)。
★「バルーンを用いると近位塞栓になる」と述べているベテランIVR医を知っています
が、少なくともバルーン非使用の優位性を述べたり、推奨したりする論文は発見でき
ませんでした。
CQ5-c: エタノールの使用上限は?
回答
人体においての一般的な使用上限は 1.0ml/kg である。しかしながら、0.52mg/kg
の投与でも死亡報告がある。
推奨度:C1
解説
動物では、LD50 が 75%濃度エタノールで 2.8-4.0mg/kg(マウス)、95%濃度エタノ
ールで 2.5mg/kg(マウス)、6g/kg(ウサギ)と報告されている(70)。人体においての一
般的な使用上限は 1.0ml/kg とされる(36,37,66)。しかしながら、0.52mg/kg、総量
35ml の投与での死亡報告もあり、その急変時の血中アルコール濃度は 0.4g/l であ
った(19)。
エタノールの1回ボーラス注入量が 0.023~0.175mL/kg になると注入するに従っ
て肺動脈収縮期血圧、肺動脈楔入圧、肺血管抵抗係数は有意に増加し、0.14m
L/kg 以上で左室拡張末期容積係数、右室拡張末期容積係数が有意に増加する。肺
動脈圧は血中エタノール濃度と相関する(35)。心肺停止の危険を避けるために、エタ
ノールボーラス注入が 0.14mL/kg 以上ではスワンガンズカテーテルを用いて心肺血
行動態をモニターすべきである。バルーンカテーテルやターニケットを用いた血流コン
トロールは、急激なエタノール濃度の上昇を予防する (35,36,37)。
CQ5-d: 腎臓にエタノール塞栓術を施行する際の注意点は?
回答
(1) 腎臓以外の予期せぬ塞栓に注意する。
(2) 結節性硬化症に合併した血管筋脂肪腫の塞栓の場合、リンパ脈管筋腫症が存
在すると、肺血管収縮,肺動脈の微小塞栓を生じやすい可能性がある。
(3) 術後感染症に注意する。
解説
標的臓器以外への予期せぬ塞栓が、大腸(50,51,47)、脊髄 (13)、対側腎臓 (13)、
精巣動脈 (48)、皮膚 (71)などに生じている (8)。これに対しては、バルーンカテーテ
ルを使用し、エタノールの逆流を防いでいる報告が多い(23,7,8,14,22,9,12,24,25)。
エタノールの使用上限に関しては 1.0ml/kg までとする報告が多い(4,35,37,66)。
四肢、体幹部の AVM に対しての塞栓術において使用限度を高く設定している報告
が多く、腎 AVM、腎荒廃術、腎細胞癌の治療においては 0.1-0.3ml/kg と少なめに使
用限度を設定している報告が多い (10,20,25)。1.0ml/kg 以上のエタノールが投与さ
れると呼吸抑制、不整脈、横紋筋融解症、低血糖の危険性が生じるため注意が必要
である(66)。エタノールを多量投与する場合には肺動脈圧をモニターすべきである
(37)。具体的には四肢 AVM において一回のボーラス投与が 0.14ml/kg 以上用いる
場合には、心肺血行動態をモニターすべきとしている (35)。また、無水エタノールの
使用量が 10ml を越える場合はアルコールの大循環への逸脱による心肺不全の可
能性があるため全身麻酔が好ましい(72)。
症候性無機能腎移植片に対する廃絶術では 7%に腎膿瘍が発生したとの報告も認
められる (24)。また、腎機能低下、薬剤、低栄養など免疫低下をきたしやすい患者で
は感染のリスクがあることを認識しておくべきである (53)。腎膿瘍に対しては血液、
尿検査で発見し、抗生剤で対処する。また、エタノールによる腎塞栓を施行する前に、
膿瘍の形成を防ぐために、尿検査、グラム染色、尿培養を行っておくべきとする報告
もみられる (49)。移植腎に対する塞栓では、免疫抑制状態のため、感染予防のため
広域スペクトルの抗生剤を治療前 72 時間から投与する (23)。
HCC に対する PEIT や AVM に対する TAE では、エタノール硬化療法による肺
高血圧が報告されている。この点からも、背景に心疾患がある場合や、βブロッカー
を使用している患者では、右心負荷の増強により心合併症を生じる可能性を考慮し
なければならない (46)。エタノール塞栓による肺動脈圧上昇にはニトログリセリンで
対処する (47)。結節性硬化症に合併した腎血管筋脂肪腫の塞栓の際に、肺水腫を
合併した報告もみられる (52)。肺に存在するリンパ脈管筋腫症を介して肺動脈に迷
入した混合液が肺水腫発症に関与している可能性を挙げている。肺水腫を生じる機
序としては、肺血管収縮、肺動脈の微小塞栓が疑われる。ごく少量のエタノールでも
リンパ脈管筋腫症が存在すると、肺血管収縮、肺動脈の微小塞栓を生じやすい可能
性が示唆される (52)。
CQ5-e: エタノールによる門脈塞栓術の利点・欠点と注意点
回答
エタノールによる門脈塞栓術の利点は、残肝容積率が他の塞栓物質を使用するよ
り大きいと報告されている点にある。門脈塞栓術の目的が残肝容積増大であり、塞
栓物質にエタノールを使用することは合目的的であるといえる。
推奨度 C1
解説
Shimamura T らは、門脈塞栓術による残肝容積増大率は、Fibrin Glue では術
後 14 日目で 12cm3/day、NBCA-Lipiodol では術後 1 ヶ月目で 6cm3/day と報告
されているのに対し、Ethanol では術後 14 日目で 21.3cm3/day であったと報告した
(42)。また、中川らは、フィブリン糊や Gelfoam powder を用いた門脈塞栓術の術後
2 週間後の非塞栓葉の増大率が 8.8~31.7%と報告されるのに対し、5 例に対し行っ
た無水エタノールでの門脈塞栓術では、71%の増大率が得られたと報告している
(43)。
エタノールを用いた門脈塞栓術に特有の有害事象は報告されておらず、また明らか
な欠点は言われていない。ただし、エタノールでの門脈塞栓術に使用されるエタノー
ル量は通常 10~30ml 程度であるが、至適量は示されていないので注意が必要であ
る。至適量に関し参考になる報告には以下のものがある。
Satake M らは、ブタを用いた実験系でバルーン閉塞を併用したエタノールを用い
た門脈塞栓術を行い、0.25~0.33ml/kg の無水エタノールを用いたが、血中エタノー
ル濃度は 0.51mg/dl までの上昇で 3 分後にピークを迎えすぐ減少した、と報告した。
Satake M らは安全な血中濃度で推移していると結論づけている(44)。それに対し、
Ming-De Lu らは、肝硬変ラットを用いた実験系でエタノール門脈塞栓術を行い、
0.05ml/100g のエタノール量で正常肝ラットは全数が生存したのに対し、肝硬変ラット
では 22 匹のうち 9 匹しか生存できなかったことから、肝機能低下例ではエタノール許
容量が異なる可能性があることを示している(45)。
塞栓領域にバルーン閉塞を併用してエタノール注入する。エタノールの非塞栓域
への流入は非塞栓域の門脈の血栓化につながる。これにより手術不可能となる可能
性もあり、注意すべき点である。バルーン閉塞を併用することで、肝実質障害の程度
を軽減するとともに、非塞栓域への流出を防止することができる。
Lipiodol と混和し可視化するのも手技を安全に施行することを可能にする。エタノ
ールは 70%程度までは希釈されても塞栓効果が変わらないことが報告されているた
め、20~30%の Lipiodol を混和し使用するのは有効な方法と考えられる。
CQ6:エタノールによる血管塞栓術における疼痛対策は?
回答
明確なエビデンスは存在せず、様々な疼痛対策が試みられている。
推奨度:C1
解説
明確なエビデンスはない。
全身麻酔 (4,21,22,36,37,38,66,72)、硬膜外麻酔(20,21,52)、塞栓前に1~2%リ
ドカインの注入(26,46,54,55,61,69,73)、ペンタゾシンの静注(26,73)、フェンタニル、
ミタゾラムなどによる意識下鎮静(19,38)、術後疼痛対策に塩酸モルヒネの投与(22)
などが用いられている。