怒りには親切で

怒りには親切で
お釈迦さまの時代のことです。ある貧
しい夫婦がいました。 主人の名をブンナ
といいました。スマナ という富豪の使用
人として 働いていたのですが、陰日向な
く 働き 、 貧 しい なが ら 、 修 行 僧を 見 つけ
ては食べ物や飲み物を惜しみなく布施し
た ため 、 あ る 日 耕し て い た 畑 の 土 が す べ
く嫁に行くこと
あり、しかたな
し か し 怒っ て ない 以 上や けど を す る は ず
るのだったら、油でやけどをしてもいい。
を承諾しました。 がない。」そしてかかった油は、冷たい
マ ナ ー の 世 話 を し て い た ので す が 、 次 第
し た 。 シ リ マ ー は 半 月 の 約束 で 主 人 の ス
養 す れ ば い い だ ろ う 」 と アド バ イ ス し ま
の 世話 を さ せ 、 そ の あ い だ に 僧 や 尼 に 供
遊 女が い る 。 こ の 黄 金 で その 遊 女 に 主 人
ラ ーに 送 り、 「こ の 町に シリ マ ー と い う
た 。そ れ を 知 っ た 父 親 は 黄金 を ウ ッ タ ー
る こ と も で き ず 、 後 悔 を する ば か りで し
し たと お り 、 僧 に 会 う こ とも 、 布 施 を す
与え るこ と に よって 、 う そつき に は 真 実
自 分 勝手 な け ち に 対 し て は 自 分 の も の を
たいしては悪口をいわないことによって、
「 怒 りに 対 し て は 親 切 に よ っ て 、 悪 口 に
言われた のです。
出 会 っ た シ リ マー は お 釈 迦 さ ま よ り こ う
る よ うに な りま し た 。 後 にお 釈 迦 さ ま に
し 許 しを 乞 い 、そ れ 以 来 、仏 教 に 帰 依 す
たシリマーはウッターラ ーの前にひ れふ
ることもありませんでした。正気にもどっ
水 ほ どにも 感じ る こ と な く 、や け ど を す
に雇われていることを忘れ、ウッターラー
を語ることによって勝つことができる」
結婚生活は想像
が 邪魔に な っ て き た ので す。シ リ マー は
参考にしています。)
て 黄金に 変わり、一夜 に して 町一番 の金
ち なみ に シ リ マー は 今月 の 絵 解 き 涅 槃
京都真如堂
(竹林史博師の「絵解き涅槃図」を
持ちにな りました。ブ ンナには 一人娘の
台 所へ 入 り 、 僧 た ち を 接 待す る た め に 料
図 の 耆 婆 の 妹 で 、 美 し す ぎて 出 家 者 に 恋
ぎ ば
理 をして い る ウ ッ タ ーラ ーに 煮 え た ぎ る
斑鳩寺顕彰保存会ではお彼岸の中日に
では、塔中
の人物が、耆婆だと推測されます
ウ ッタ ー ラ ーが い た の で す が 、 以前 雇 わ
あたる三月二十一日に奉献の儀のため、
の理正院で
れている位置(絵柄の左下)からこ
れ て い た ス マナ が 、 そ の ウ ッ タ ー ラ ー を
そ の 遺体 が 醜 く 腐 る 様 子 をみ せ て 、 世 の
くさ
そ の時 、 ウ ッ タ ー ラ ー は 心 の 中 で 念 じ た
無 常 を体をも って 教え た話も 伝わ っ て い
ひど
油を杓子ですくってかけようとしました。 をされるのですが、病気で亡くなった時、
の で す 。 「 シ リ マ ー の お かげ で 私 は 説 法
ま す 。( 渡 辺 照宏 師 の 「 釈尊 を め ぐ る 女
法隆寺へお参りしてきました。斑鳩寺で
お茶とお菓
う話も伝わっています。衣装や描か
嫁に欲しいと言い出し たのです。仏教に
を 聞 い た り 布 施 を す る こ とが で き た 。 た
性たち」を参考にしました。)
は聖徳太子の命日法要を二月二十二日に
子を頂戴し
すが、阿難は気がつかなかったとい
深い信仰をもっていた 娘は 「あんな信仰
い へん 感謝 し て い る 。も し私が 怒って い
行っていますが、法隆寺では三月二十二
ました。来
旅行となりま した 。下山後、お 参りした
日に行われています。それに先立ち、毎
年も企画し
奉献の儀
年法隆 寺 に お 供え の お 餅 を 持って い きま
ますので、
初めての方
す。今年で二十九回目となりました。
の説法の間に耆婆は治療をしたので
もご遠慮な
好天の大護摩参拝
れ物に苦しんでいた時、お釈迦さま
心 のな い 人 のと こ ろ に は 行 き たく な い 」
耆婆(ぎば)
発行: 斑鳩寺
毎月1 回発行
〒671-1561
兵庫県揖保郡
太子町鵤709
TEL.079-276-0022
FAX.079-276-3433
依した優秀な医者でした。阿難が腫
今年の大護摩参拝は、昨年とうって変
私生子として生まれ、仏教に深く帰
くご参加下
です。美貌の遊女サーラバティーの
わってお天気に恵まれ、おだやかな参拝
さい。
三日、ご逝去されました。行年四十五
山 本 加代 子さん( た つの市 )が 三月十
歳でした。ご冥福をお祈りいたします。
古茂田 利行 さん(姫路市)が三月 二十
一日、ご逝去されました。行年八十 四
歳でした。ご冥福をお祈りいたします。
大谷 スエ 子さん( た つの市 )が 三月 二
十九 日、ご逝去 されました。行年九十
八歳でした。ご冥福をお祈りいたします。
(http://www.ikarugadera.jp/)
と 言っ た ので す が 、 周 囲 の 強 引 な 勧 め が
《絵解 き涅槃図 NO-18》
今月の行事 一日斑鳩寺を考える会・十二日9時境内清掃(雨天中止)・十六日御詠歌練習・十七日観音祭・二十八日護摩法要
お釈迦さまの主治医の耆婆(ぎば)
( い か る が で らじ ほ う )
平 成 27年 4月 4日 (第 339号 )
報
々
寺
鳩
斑