A.代謝酵素

A.代謝酵素
薬物代謝酵素には,様々なものがあるが,その中で脂溶性薬物の代謝において重要な役
割をしているのは,ミクロソームに局在するチトクロム P450(Cytochrome P450,別名 CYP)
である.医薬品の約 65 %が P450 による代謝を受けると推定されている.薬物代謝酵素
の生成過程において,遺伝子に突然変異がおこり酵素タンパクの組成が変化し,酵素活性
が失われてしまうことがある.この活性のない酵素をもっているヒトを poor metabolizer,
通常の酵素活性をもっているヒトを extensive metabolizer とよんでいる.このように生ま
れつき酵素活性があるヒトとないヒトが存在し,酵素活性のないヒトが比較的多数(暫定
的に集団の 1 %以上)認められる場合,"遺伝子多型性がある"といわれる.遺伝子多型性
を示す薬物代謝酵素では,薬物血中濃度が数倍から数十倍に上昇し,副作用などが出現し
なすくなる.遺伝子多型には,人種差が認められている.
(1)CYP
① CYP の概要
CYP は、分子量約 45000 から 60000 の酸化酵素で,約 500 アミノ酸残基からなり、活
性部位にヘムを持つ。チトクロム 450 は還元状態で一酸化炭素と結合して 450nm に吸収
極大を示す色素という意味で命名された.動物では主に肝臓に存在し,肝以外にも腎,肺,
消化管,副腎,脳,皮膚などほとんどすべての臓器に少量ながら存在する.NADPH の存
在下で基質を水酸化する。
P450 は基質特異性の異なる複数の分子種からなる遺伝子スーパーファミリーを形成し
ており,ヒトでは 50 種類程度の分子種が報告されている.各々の分子種は基質特異性で
はなくアミノ酸の相同性に基づいて命名されている.
チトクロームP450の命名法
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② CYP の分子種と特徴
CYP には 30 以上の分子種が報告されており,薬物代謝に関与するものは CYP1 ∼ CYP4
までのファミリーに分類されている.水溶性の薬剤は,そのままの形で尿中などへ排泄さ
れるが,脂溶性の薬剤は,肝その他の臓器などにより代謝を受けて水溶性になって排泄さ
れる.ヒトの小腸や肝臓では CYP3A が多種類の薬剤の代謝に関与している.CYP2C19 は
発現量が低いにもかかわらず,関与する薬剤が多いのが特徴であり,CYP2D6 は統合失調
症や抗不整脈薬などを特異的に代謝している.
1)CYP1
このファミリーには,CYP1A1,CYP1A2 および CYP1B1 がある.これらは,3-メチル
コラントレンやその他の多環性芳香族炭化水素によって誘導される.CYP1A1 は,多環性
芳香族炭化水素,CYP1A2 はヘテロサイクリックアミン,CYP1B1 はその両者の癌原物質
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の代謝的活性化にかかわっている傾向にある.CYP1A2 は肝臓に比較的特異的に発現して
いるが,CYP1A1 や CYP1B1 は肝臓以外の臓器にも発現している.
2)CYP2
こ の フ ァ ミ リ ー の 種 類 は 最 も 多 く , ヒ ト に お い て は 11 の サ ブ フ ァ ミ リ ー
(2A,2B,2C,2D,2E,2F,2J,2R,2S,2U,2W)からなる.このうち SYP2B1,CYP2B2,CYP2C1,
CYP2C2,CYP2C4,CYP2C6 および CYP2C16 はフェノバルビタールなどで誘導される.
CYP2A はタバコぼ煙に含まれる数々のニトロソアミンを代謝的に活性化する.この酵
素を欠損しているヒトでは禁煙による肺がんのリスクが少ない.
CYP2B は,比較的基質異性が甘く,広範な薬物を酸化することができる.
ヒトの CYP2D6 には遺伝子多型がみられる.エタノールはアルコール脱水素酵素だけ
でなく CYP2E によっても酸化される.この酵素は,エタノールやイソニアジドなどだけ
ではなく,絶食や糖尿病でも増加する.
3)CYP3
CYP3A4 は特に多くの医薬品の代謝に関与している.
CYP の分子種と代謝反応
(2)CYP における薬物相互作用
医薬品の中には,CYP を阻害したり,誘導したりするものが多く知られている.
インディアナ大学のホームページ(http://medicine.iupui.edu/clinpharm/ddis/)にも詳細な
記載がある.
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CYP における薬物相互作用
(3)CYP の主な遺伝子多型
CYPには様々な分子種が存在するが、なかでも特にCYP2C9、CYP2C19、CYP2D6は一
塩基置換(SNP)の頻度が高い.詳細は,URL(http://www.cypalleles.ki.se)に記載がある.
1)CYP2D6
PM(poor metabolizer)
:メトプロロール,プロプラノロールの薬効↑
コデインの鎮痛作用↓(モルヒネ生成↓)
トラマドール鎮痛作用↓(活性代謝物生成↓)
タモキシフェン薬効↑
CYP2D6 遺伝子にみる変異は,重複(CYP2D6 遺伝子が直列に n 回繰り返される状態,
n = 2 ∼ 13),全欠損,1塩基置換(SNP:single nucleotide polymorphism)などと多岐に
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わたる.これに対し,他の SYP 遺伝子にみる変異は SNP がほとんどである.重複では,
重複回数と活性がほぼ比例関係にあり,全欠損と重複において,アレルをホモ接合型で
有する場合には,代謝活性が両極端に異なる.
2)CYP2C9
PM:トルブタミド,グリピジド低血糖発作↑
フェニトイン脳症状↑
ワルファリン出血傾向↑(CYP2C9*2,CYP2C9*3,VKORC1(vitamin K epoxide
reductase complex subunit)の遺伝子多型が関与)
トリアゾラム中枢抑制作用↑
シクロスポリン腎毒性↑
ワルファリンは、(S)と(R)の光学異性体であるが、異性体間で薬物動態が大きく
異なる.(S)体は(R)体の約 6 倍の抗凝固能をもち、CYP2C9 が 7 位の水酸化に関与
している.CYP2C9 *1/*1> *1/*3 > *3/*3 の順番でクリアランスが低下する.
3)CYP2C19
PM:プロトンポンプ阻害薬による胃 pH の上昇↑
ピロリ菌除菌率↑,胃潰瘍治癒↑
ジアゼパムによる中枢神経抑制作用↑
クロピドグレル抗血小板凝集作用抵抗性(活性代謝物生成↓)
(オメプラゾール)
プロトンポンプ阻害薬は、程度の差はあるが、SYP2C19 による水酸化が主代謝経路
になっている.オメプラゾールでは、PM で代謝が遅れ、血中濃度が高くなる.
PM(2C19*3/*3)群ではオメプラゾールの AUC が大きく,胃内 pH の上昇,さらにピロ
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リ菌の除菌効果が強くみられた.ヘテロ EM(2C19*1/*3)では PM とホモ EM(2C19*1/*1)
との中間の値が得られている.
オメプラゾールの単回投与後のオメプラゾールと 5 位水酸化体との AUC0-24 比と服薬
3 時間後の血中濃度比には正の相関がみられ、この 3 時間後の血中濃度比は omeprazole
hydroxylation index(OPZ-HI)と呼ばれ、遺伝子型も良好に反映する.日本人を対象と
した試験では、OPZ-HI が約 5.1 を超えると PM と判定される.
(オメプラゾールとクロピドグレルの相互作用)
クロピドグレルは CYP2C19 により活性代謝物に変換されるが,オメプラゾールも同
酵素により代謝される.FDA と EMEA は,クロピドグレルとオメプラゾールとの併用
でクロピドグレルの活性代謝物量の低下と抗血栓作用の低下がみられたことから,同剤
の併用使用に注意を喚起している.また,オメプラゾールと同様に CYP2C19 を強力に
阻害する薬物についても併用を避けるべきである.このような薬剤の例としてはシメチ
ジン,フルコナゾール,ケトコナゾールなどがあり,特にシメチジンについては OTC
薬もあることから注意が必要である.他の PPI の阻害レベルは様々であり,個々の PPI
がクロピドグレルの作用をどの程度阻害するか不明である。上記相互作用は,クロピド
グレルとオメプラゾールの服用間隔を空けても減弱されない.
4)CYP2A1
PM:癌原性アミンなどによる発癌リスク
5)CYP2A6
CYP2A6*4
PM:タバコによる発癌(肺)リスク↓
喫煙本数↓
(4)その他の薬物代謝酵素の遺伝子多型
1)グルクロン酸抱合酵素(UGT;UDP-glucuronosyltransferase)
本酵素は小胞体膜でグルクロン酸の付加反応を触媒し,グルクロン酸抱合体を生成させ
る.グルクロン酸抱合は,水酸基,カルボキシル基,アミノ基,チオール基を持つ薬物で
起こる.グルクロン酸抱合体は,胆汁中や尿中に排泄されるが,胆汁中に排泄されたもの
は一部腸内細菌が持つβ-グルクロニダーゼにより脱抱合をうけ腸管循環する.
UGT には多数の分子種が存在するが、遺伝子構造により,ファミリー 1(UGT1)、ファ
ミリー 2(UGT2)、ファミリー 3(UGT3)、ファミリー 4(UGT8A1)に分類される.ヒトで
は,19 種類の分子種が存在する.ラモトリギンでは,UGT1A4 で抱合される.
ROH + UDP-グルクロン酸 → RO-グルクロン酸+ UDP
PM:塩酸イリノテカン副作用↑
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(塩酸イリノテカンにおける効果と副作用予測)
塩酸イリノテカンは,肺癌、大腸癌、胃癌の治療薬であり,肝および各組織のカル
ボキシエステラーゼにより活性代謝物(SN-38)に変換され,さらに肝の UGT の1
分子種である UGT1A1 によりグルクロン酸抱合を受け不活性化され,胆汁中に排泄
される.UGT1A1 には,UGT1A1*28 と UGT1A1*6 の遺伝子多型が知られている.
UGT1A1*28 では,TATA ボックスの繰り返しが野生型では 6 回なのに対し,*28 で
は 7 回繰り返され,この変異により UGT1A1 の mRNA やタンパク発現量が低下する.
また,UGT1A1*6 では UGT1A1 遺伝子の 211 番目の塩基のグアニンがアデニンに置き
換わっている.UGT1A1*28 か*6 のホモ接合の患者では,SN-38 の代謝が遅延にする
ことにより重篤な好中球減少の副作用がでることが認められている.UGT1A1*28 の
アレル発現頻度は,日本人を含むアジア人において約 15 %にみられ(白人 30 ∼ 40
%),一塩基置換の UGT1A1*6 のアレル発現頻度はアジア人で 20 ∼ 30 %に認められ
る(白人では認められない).このように,日本人においては,UGT1A1*28 のアレル
発現頻度は白人より低いものの UGT1A1*6 の発現頻度は比較的高いことから,これ
らを同時にそれぞれヘテロ接合体で有する患者が存在していることになる.また,日
本人では,上記 SNP に加え,UGT1A1*27(686C>A)Exon 1 なども知られている.
○インベーダー ®UGT1A1 アッセイ(積水メディカル)
UGT1A1*28 と UGT1A1*6 を判定
2)DPD(ジヒドロピリジンデヒドロゲナーゼ)
DPD をコードする遺伝子(DPYD)の変異頻度には人種差が認められている.DPYD*5 や
DPYD*6 などが知られており、両変異により DPD 活性が低下している.
PM:5-FU 系抗癌薬毒性↑
3)TPMT(チオプリンS−メチルトランスフェラーゼ)
6-メルカプトプリンやアザチオプリンなどのメチル化を触媒する.
PM:メルカプトプリン系抗癌薬毒性↑
4)NAT(N-アセチルトランスフェラーゼ)
NAT1 と NAT2 が存在するが,NAT2 には遺伝子多型が存在する.日本人では野生型
NAT2*4 をはじめとし、NAT2*5、NAT*6、 NAT2*7 が存在する.
RA:プロカインアミドによる全身性エリテマトーデス↑
癌原性アミンによる発がん性↑
スルホンアミド過敏症など↑
SA:イソニアジドによる薬効↑
多発性神経炎↑,イソニアジドによる肝炎↑
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(イソニアジドの副作用に関与)
NAT2 はイソニアジド(INH)などの代謝
に関与しているが,NAT2 の代謝活性が
高い表現型を Rapid Acetylator、低い表
現型を Slow Acetylator(SA)と呼んで
いる.INH の 代謝経路は,アセチル化
(間接代謝経路)と加水分解(直接代
謝経路)との 2 つの主 要経路で代謝さ
イソニアジドの代謝経路
れる.SA では,後者の経路で INH hydrolase
により肝毒性のあるヒドラジンが生成されやすいことから肝障害が起こりやすいとの
報告がある.リファンピシンは INH hydrolase や CYP を誘導するので、併用にて INH
の中間代謝物の蓄積の可能性があり肝障害が重症化する可能性も指摘されている。
5)SULT(スルフォトランスフェラーゼ)
SULT1A は,p−ニトロフェノールやドパミンなどの O-硫酸抱合を行う.SULT1A*1
のアレル頻度は日本人 0.17 である.
6)VKORC
ワルファリンカリウムの効果が,ビタミン K エポキシド還元酵素複合体1
(VKORC1)と CYP2C9 の遺伝子多型の影響を受けることが知られている.
7)GSTs(グルタチオンS−トランスフェラーゼ)
PM:(GSTM1 null type など)薬物・異物解毒作用↓
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薬物代謝酵素の遺伝子多型と臨床的意義
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(5)CYP の誘導
誘導はさまざまな機構によって生じるが、ほとんどは誘導薬が核内受容体に結合し、遺
伝子の転写活性が上昇することで mRNA が増え酵素が増える。
CYP の誘導
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