自立した 産学連携機関

2015
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
5
Vol.11 No.5 2015
特集1
特集 2
https://sangakukan.jp/journal/
自立した
産学連携機関
■
技術移転機関は企業の多様なニーズに応えるコンサルタント業
■
会員企業の会費と貸しラボ賃料で経営する
■
広島大学フェニックス協力会による地域産業の活性化
医師の興した産学連携
役立つロボットを目指して
巻 頭 言
知的たくましさと新たな価値観の創出
浅野哲夫 ……… 3
特 集 1
自立した産学連携機関
キャンパスクリエイト
技術移転機関は企業の多様なニーズに応える
コンサルタント業
安田耕平 ……… 4
浅間リサーチエクステンションセンター
会員企業の会費と貸しラボ賃料で経営する
岡田基幸 ……… 9
広島大学フェニックス協力会による地域産業の活性化
中野博子 …… 14
特 集 2
医師の興した産学連携
学者から科学技術の実践者への脱皮
―高知大学発ベンチャー
「株式会社プラス・メッド」
を起こして―
佐藤隆幸 …… 17
産学連携で開発した内視鏡外科手術の訓練機器
川平 洋 …… 19
CONTENTS
役立つロボットを目指して
髙本陽一 …… 22
産学官連携による体幹 2 点歩行動揺計の開発
白鳥典彦 …… 24
学生ベンチャー企業による情報通信技術を利用した地域の活性化
―株式会社CirKitの取り組み―
山岸芳夫 …… 27
産学官連携で構築した超高密度地上気象観測システム
―伊勢崎市POTEKAプロジェクト―
視 点 2
Vol.11 No.5 2015
柴田耕志 …… 29
…… 31
巻
頭
言
■知的たくましさと新たな価値観の創出
浅野 哲夫
あさの てつお
北陸先端科学技術大学院大学 学長
桜前線を運ぶように 3 月 14 日に北陸新幹線が開通した。東海道新幹線が開通してから実に 50
年越しの北陸の夢が実現したのである。一部では人材の流出について戦々恐々とする向きもある
が、この歴史的新展開を千載一遇の大きなチャンスとポジティブに捉えるべきではないだろうか。
世界では既に優秀な人材を求めて競争が激化しており、国内視点で憂慮している場合ではない。
個々の機関がいかに社会の要請に応える人材を輩出するかが問われているのである。
いま社会が求めているのは急速な変化にも追随できる柔軟な思考力を持つ人材であろう。そのよ
うな人材をいかに育成するかが大学に問われている。昨年の 4 月に北陸先端科学技術大学院大学
の学長に就任して以来、私は「知的にたくましい人材」の育成を標榜(ひょうぼう)して大学改革
に取り組んできた。
「知的たくましさ」とは、より幅広い経験と知を求める挑戦力を持っているこ
とを意味する。そのためには新しい経験や知識を求めて自分の環境を変え、異なった知的分野に
挑戦していく意欲を持ち、それを実行することが必要である。従来は、4 年制の大学を出てすぐに
就職するか、あるいは同じ大学の大学院に進学して修士の学位を得た後に就職するというケースが
大部分であった。しかし、「知的たくましさ」を得るためには、大学も変え、専門も変えるという
勇気を持たなければならない。社会の変化に対応するためには自らも変化する必要があるからであ
る。特に私が期待しているのは女子学生である。元来、女性の方が変化に追随しやすいのではな
いだろうか。女子学生の大部分が 4 年間の大学生活を過ごしただけで就職してしまうというのが、
いかにももったいないと感じている。大学を移って別の専門分野を学び、より広い専門知識と真の
たくましさを身にまとい、多様性と流動性の中でキャリア形成することを善しとする人生観を持つ
人材。本学は、そのような挑戦的な学生を待っているし、分野を変えて一から修士の勉強をしよう
とする学生に対する導入講義も準備している。
本学のもう一つの取り組みは産学官連携の強化である。特に地域との連携を重要な柱として新た
な試みを始めている。例えば、広域の連携プラットホーム構築を目指し、本学が独自に企画した
「Matching HUB Kanazawa 2015」を今年 2 月に開催した。53 機関の後援、13 大学、12 イン
キュベーション施設の参加を得、166 ブースの出展と 717 名の参加者を得た。さらに、本年度は
連携を加速する新制度を開始した。自主財源で共同研究を誘発する仕組みである。本学教員が主に
北陸地域の企業との共同研究を始める場合、企業には費用を負担させずに、むしろ大学から教員に
研究費を提供し、課題解決の可能性を検討してもらう。検討の結果、解決の見込みが立った場合に
は、リサーチ・アドミニストレーターを介してあらためて企業に共同研究を打診し、有償契約につ
なげていく。企業の負担減と共同研究の質向上の両立を実現するアイデアである。さらに、地域企
業との共同研究をてこに広域の研究ネットワークを強化し、地域イノベーションを加速させる連携
体の拡大と質の向上の双方を追求したいとも考えている。
このような産学連携を教育の面でも大いに活用したいと考えているが、それについては別の機会
に譲りたい。
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3
特 集1
自立した産学連携機関
技術移転機関は企業の多様なニーズに
応えるコンサルタント業
キャンパスクリエイト社長 安田 耕平氏に聞く
大学の研究成果である特許を企業へ移転(ライセンシング)する
のが技術移転機関(TLO)だ。TLO 設立を政策的に支援する大学
等技術移転促進法(TLO 法)* 1 が 1998 年に施行された後、多く
の大学が相次いで TLO を設置した。しかし大学特許の利用は、当
初想定していたようには進まず、“採算難”を理由に数年前から
TLO の撤退が目立っている。
こうした中で、電気通信大学の TLO である株式会社キャンパスク
リエイトは“稼ぐ TLO”として有名だ。「商品」を技術移転に限定
せず、企業のさまざまなニーズに応えることをも「商品」にする
ビジネスが特徴である。1999 年に同社を設立し、今日まで引っ
張ってきた安田耕平代表取締役社長に「自立する TLO」について
聞いた。
安田 耕平(やすだ こうへい)氏
■ TLO のスポンサーは誰か
― TLO には大学の一部門として設立された「内部型 TLO」と、大学の別組織として設
立された「外部型 TLO」があります。外部型 TLO はさらに、特定の大学の特許だけ
を扱う「外部一体型 TLO」と、複数の大学の特許を扱う「広域型 TLO」に分かれます。
この数年、多くの外部型 TLO が経営難から整理され、その機能の一部が大学の組織に
吸収されました。一方、大学の知的財産部門も総じて縮小し、最低限の人数で研究成
果を特許化し、産業界への技術移転は広域型 TLO に依存するという状況です。
安田 こうしたテーマではよく大学が外部型 TLO を使うとか使わないかという
議論になりますが、
「大学が……」という言い方でいいのでしょうか。私は、技
術移転の主役の捉え方が違うのではないかと思いますね。
― 技術移転の主役、すなわち顧客は誰かということですか。
安田 そうです。TLO にとってスポンサーは誰なのかということです。大学の
研究成果である特許に対価を支払ってくれるのがスポンサー、すなわち企業で
す。大学の特許を売り込むという発想だけでは、企業に相手にされないのは当然
です。
外部型 TLO の採算が合わなくなったから大学組織に取り込むとか、安上がり
だから広域型 TLO を使うというような、大学の意向だけでうまくいくのでしょ
うか。
4
Vol.11 No.5 2015
*1
正式には「大学等における
技術に関する研究成果の民
間事業者への移転の促進に
関する法律」(平成 10 年 5
月 6 日法律第 52 号)
特集
― そういうお考えは安田さんの企業経験によるものでしょうね。安田さんは電気通信大
学(以下「電通大」
)を卒業後、デジタル機器ベンチャー企業の国際電子工業株式会社
に入社し、電子回路の設計を担当されました。その後、他のベンチャー企業や商社を
経て、国際データ機器株式会社(現・アヴネット株式会社)に移り、営業部長や事業
部長として陣頭指揮を執り、数年でグループ会社だった国際電子工業の売上高を抜い
たということですね。さらに 1989 年には電子機器メーカーの株式会社アバールデー
タに転職されています。
安田 同社の役員から「株式上場を目指しているので力を貸してほしい」と頼ま
れ、1991 年 2 月に店頭公開を実現しました。同社で大変だったのはアイルラン
ドにあった電話の保守点検用機器を製造する子会社の問題でした。90 年代に入
り、ポンドの切り上げで採算が悪化し、工場を整理することになりました。私
の仕事は、3 カ月に 1 回、1 ∼ 2 週間現地に滞在して、借りている工業団地の
代替企業探しや閉鎖に反対する従業員約 20 人を説得しつつ、再就職先を見つけ
ることでした。1 年かかりましたが、全員の再就職先を見つけることができま
した。
■特許の移転だけでは経営が成り立たない
― 1999 年に TLO の設立に参加されたきっかけは何ですか。
安田 電通大は 1992 年に共同研究センター(現・産学官連携センター)を設置
して産学連携に力を入れていて、企業との共同研究に伴う煩雑な事務手続きが増
えていました。大学の同窓会の理事会で梶谷 誠教授(当時。前学長)から、そ
うした大学内の事務作業を担当する専門の会社ができないかと相談されたのが
きっかけです。梶谷教授が共同研究センター長になる直前で、教職員の事務負担
軽減の必要性を痛感されていたようで、ベンチャー企業を渡り歩いた私の経験に
期待してくれました。
― それでキャンパスクリエイトを設立したのですね。
安田 アバールデータの取締役の任期が 1999 年 6 月までだったので転身を決
意しました。電通大の学内を歩き回って 200 人以上の先生に会いました。梶谷
教授と森崎 弘教授が発起人になり、7 月に TLO(株式会
社)設立趣旨の説明会を開催しました。教職員 24 人、卒
業生 31 人から合計 1,945 万円の資金が集まりました。そ
して 9 月 1 日には会社設立という速さでした。
― 日本で TLO 法が制定され、最初に TLO が承認されたのは
1998 年です。内部型 TLO の日本大学、外部一体型の株式
会社東京大学 TLO、広域型の関西 TLO 株式会社と株式会社
東北テクノアーチの四つです。どこも手探り状態だったので
はないでしょうか。
安田 私自身、会社をつくったものの、特許の技術移転が
株式会社キャンパスクリエイト
資 本 金
設 立
認 可 等
株 主
従業員数
8,160 万円
1999 年 9 月
2003 年 2 月 承認 TLO(経済産業省・文部科学省)
および認定 TLO(文部科学省)
電気通信大学教職員、卒業生他、計 140 名
常勤役員含め 16 名
【活動拠点】
本 社
東京都世田谷区
オフィス
東京都調布市調布ヶ丘
(電気通信大学産学官連携センター内)
ブランチ
東京都調布市小島町
海外ブランチ 中国広東省深圳市
[康波思技術コンサルティング(シンセン)有限公司]
海外ブランチ 香港 [キャンパスクリエイト香港有限公司]
海外ブランチ タイ・バンコク
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5
ビジネスになるとは思えず、どう事業を展開したらいいか見えていませんでし
た。先行する外部型 TLO や、活発に活動していたリクルート社などの方々と頻
繁にお会いして情報を集めたりしました。また、会社設立の 3 カ月後、米国カ
リフォルニア州立大学やスタンフォード大学の TLO を訪問しました。翌年、2
週間かけて東海岸の八つの大学を回りました。
― 米国視察はどうでしたか。
安田 マサチューセッツ工科大学で言われたことが一番参考になりました。日本
の実情を説明すると「特許の移転だけでは経営は成り立たない。共同研究のコー
ディネートとかいろいろなことをやったほうがいい。仲介業に徹しろ」というよ
うなことでした。
■多彩な「商品」を扱う商社型ビジネスへ
― 米国の有名大学でも、特許で収入を上げるのは難しいということですか。それで、い
わば企業の御用聞き、現在の商社型のビジネスを展開されたわけですね。もちろん電
通大から技術移転に関する業務を委託されていますが、手掛けている業務は実に多彩
ですね。御社のパンフレットを見ると、企業のさまざまな要望、例えば「問題解決の
ための適切な研究者、機関を探してほしい」
「新技術の試作、実験、計測、解析をして
ほしい」
「研究の資金援助策(助成金)の提案、管理をしてほしい」
「新技術の特許を申請、
管理してほしい」
「新技術の PR 企画や展示会等の運営をしてほしい」
「海外(中国)進
出したい。海外シンポジウムを成功させたい」
「大学、企業の新技術や特許を探したい。
調査してほしい」といったことに応えるとあります。どういう分野が大きいですか。
安田 2013 年度(7 月決算= 2013 年 7 月期)の売上高は 4 億 4600 万円で、
そのうち、共同研究、技術指導、技術移転などでだいたい 2 億 1800 万円です。
このほか売り上げで大きいのは公的資金です。当社はサポイン事業* 2 など、産
学官連携プロジェクトの管理法人を引き受けています。その補助金を売り上げに
入れているので、売上規模としては大きくなりますが、利益率は高くない。い
ま、当社のコーディネーターに力を入れさせているのが調査とか経営相談です。
― どんな相談があるのですか。
安田 企業から「今後、どのような分野に行ったらいいのか」「進出しようとす
る分野の情報がほしい」「この分野は今後どういう技術展開が予想されるのか」
といった相談や調査依頼があります。中国市場の調査依頼も結構来ます。
― 中国には現地法人を持っています。珍しいですよね。
安田 日本の TLO ではほかにはないでしょうね。うちは 3 人ほど現地スタッフ
がいます。中国の市場調査だけでなく、中国企業から日本の技術について調査し
てほしいとか、日本の大学との共同研究を含めて、技術指導をしてほしいという
依頼が増えてきましたね。中国関係で 5 千万円ほどの売り上げがあります。
6
Vol.11 No.5 2015
*2
「中小企業のものづくり基盤
技術の高度化に関する法律」
により特定研究開発等計画
の認定を受けた中小企業が
共同体を構成して実施する
技術の高度化につながる研
究開発等に対して国が支援
するもの。
特集
― 利益はどうですか。
安田 この数年、経常利益は年 200 万円から 500 万円です、大もうけしている
わけではなく、何とか息をしている程度です。
― いやいや、これだけのスタッフの人件費を賄い、利益を出されているのは驚きです。
自立している数少ない外部型 TLO の一つです。最初の話に戻りますが、外部型 TLO
の相次ぐ撤退、そして内部型 TLO を含め TLO 全体の再編は、TLO の事業についての
見込み違いだったということでしょうか。
安田 見込み違いだとは思いませんが、TLO が本気で大学の成果を企業に移転
しようとしていたのか、企業に信頼される形でアウトプットを出していたのかど
うかは疑問です。当社は産学の共同研究を年間、数十件扱っています。1 件当た
り 300 万円とか 500 万円という金額です。どういう形で交渉しているかという
と、必ず見積もりを出します。大学の先生に対する研究費、必要な設備の購入
費、手伝う学生のアルバイト代、さらに当社が管理費を頂くので、これらについ
ての見積もりを出します。
― キャンパスクリエイトが企業に出すのですか。
安田 そうです。企業にとっては、当社が入ることは商社が介在するようなもの
なので、余分なお金を払うことになるのかもしれません。しかし、当社は研究者
を探すことや、事前の準備に加え、研究の進捗状況もきちんと押さえることを約
束します。そのために、共同研究契約を大学、企業、当社の三者契約(図 1)に
しています。三者契約による産学共同研究は電通大だけでなく、全国 20 ほどの
大学と実績があります。
― 三者契約ですか。ほかにやっている TLO はあるのですか。
安田 ほかの TLO はどこもやっていません。企業の要望に応えるという方針で
企業と向き合っていないからでしょう。企業から相談があれば単に大学に紹介す
るだけです。TLO がパフォーマンスを出していない、だから入るお金も当然少
ないですよ。
図 1 三者契約
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■技術移転事業の現状
― 技術移転分野の現状はいかがですか。
安田 この 1 ∼ 2 年、ランニングロイヤルティーが入るものが出てきました。
「ヒートシンク式レーザー樹脂溶着法によるレーザー溶着機」は電通大の黒崎晏
夫客員教授の技術です。今までレーザーの溶着というと、片方が黒くて片方が透
明でないと熱吸収しなかったのですが、この特許を使うと透明なもの同士とか乳
白色のもの同士でも溶着できます。材料ではフッ素樹脂が、用途では医療関係
の需要が期待されています。7 年ほど前から半導体、医療機器関連の企業がコン
ソーシアムを組んで取り組んできました。公的資金を利用し、この溶着機の実用
機開発の段階に入りました。
このほか、西 一樹准教授の技術を用いた「手ぶれ計測・補正評価システム」や、
坂本真樹教授の「オノマトペ感性評価システム」などがあります。
― 坂本教授の研究については産学官連携ジャーナル 2013 年 8 月号で取り上げました。
その時は、自動車メーカーなどとの共同研究も多いとお聞きしました。
安田 そうですね、ものづくり分野だけではなくて、飲料メーカーとかいろいろ
な業種の企業とも共同研究を進めています。これもそろそろランニングロイヤル
ティーが入ってくると思っています。
直近のものでは「ハンガー反射を用いた痙(けい)性斜頚(けい)治療デバイス」
があります。痙性斜頚は頚部が不随意に回旋する原因不明の難病で、この治療用
デバイスに用いられた技術は電通大のウェアラブル端末の研究者、梶本裕之准教
授が開発しました。クリーニング店の針金のハンガーを開いて頭をはさむと、顔
が左右どちらかに動くという現象は、ハンガー現象と呼ばれていますが、この原
理を利用したものです。科学技術振興機構の A-STEP を活用して他の医学系大
学、TLO、企業と連携して開発し、臨床実験を行いました。特許も取得しまし
た。医療機器の製造販売の免許を持つ企業が承認を取り、次年度から売り出す予
定です。ランニングロイヤルティーが期待できます。
― 当面の課題、取り組みについて聞かせてください。
安田 寄せられる相談に的確に対応するのは永遠の課題ですが、当面は当社の
ホームページとオープンイノベーションポータルサイトを一層充実させること
や、ベンチャー企業の製品の販路支援を拡大させることが課題です。企業の要望
をかなえる研究者を確保することにも力を入れる必要があると思っています。
現在、精力的に取り組んでいるのは、工学系の「博士」作りを目的に電通大が
推進している「スーパー連携大学院コンソーシアム」です。これは、教育と共同
研究が両輪となって行う人材育成の仕組みです。2 ∼ 3 年から 5 年をかけての
共同研究を企業が大学(学生含む)と行います。本事業に関わる企業、研究室、
学生探しに注力しています。
(聞き手:科学技術振興機構 産学連携展開部 主任調査員 登坂和洋)
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Vol.11 No.5 2015
特 集1
自立した産学連携機関
特集
会員企業の会費と貸しラボ賃料で経営する
浅間リサーチエクステンションセンター専務理事 岡田 基幸氏に聞く
長野県上田市の信州大学繊維学部キャンパスにある一般財団法人浅
間リサーチエクステンションセンター(略称「AREC(エーレック)」、
別名「上田市産学官連携施設」
)の名とその活動、さらにそれを引っ
張る岡田基幸氏は、産学官連携や地域産業振興に携わる人たちに広
く知られている。この施設は上田市が建てたが、その維持管理費と
スタッフの人件費は、AREC 自体が稼いでいる自立した産学官連携
活動施設だ。
岡田 基幸(おかだ もとゆき)氏
■地域産業を元気にするために
― まず、信州大学内にある一般財団法人浅間リサーチエ
クステンションセンター(AREC)のことから説明し
ていただけますか。
岡田 AREC の前身は 1963(昭和 38)年に設立さ
れた財団法人上田繊維科学振興会です。2013 年 4
月 1 日に一般財団法人になったときに現在の名称に
変更しました。この施設は信州大学繊維学部(長野
県上田市)のキャンパス内に上田市が施主として建
設したものです。2002 年 2 月にオープンしました。
国立大学の敷地に大学以外の建物を建ててよいとい
う研究交流促進法の適用の 2 例目でした* 1。建物の
写真 1 浅間リサーチエクステンションセンター
建設費は 6 億円で、上田市が 3 億円を出し、残りの
3 億円は経済産業省の補助金です。レンタルラボが 19 室あります。ほとんどの
部屋が 40㎡の広さで、1 カ月の賃料は 7 万 2 千円です。
*1
― AREC の別名が「上田市産学官連携施設」となっていますが。
岡田 産学官連携を促進し、地域の産業を元気にするのが狙いです。2002 年
当時、上田市の人口は 12 万人でした。平成の合併で約 16 万人になりました。
研究交流促進法の適用の 1
号は、北海道大学の中に建
てられた産学官共同利用研
究施設の北海道産学官協働
センター(愛称「コラボほっ
かいどう」
)。
Vol.11 No.5 2015
9
AREC が対象にしている地域は上田市を中心にした東信地域(長野県東部)* 2
です。この地域は人口が 42 万人、製造品出荷額は年間 1 兆円になります。千曲
川ベルト地帯との連帯感もあります。長野県内では諏訪・岡谷地域に並ぶ工業集
積となります。東信地域の規模になれば、産業ビジョンで北九州、浜松、川崎、
東京の大田区などと同じ土俵に立てます。上田市単独では土俵にも上がれません
から(笑)
。
― 現在、どんな事業を行っているのですか。
岡田 200 社を超える会員企業からの相談に対応するのがベースですが、リレー
講演会も行っています。今年 6 月 5 日に開く次回の講演会が 168 回目です。毎
回 40 ∼ 50 人の参加者があります。今年前半に開催した講演会のテーマは、「海
外での製品拡販と生産性改善」
、「再生可能エネルギー開発における諸課題」
、
「粉
末冶金(やきん)法による高負荷対応高精度歯車」などです。このほか、企業見
学会を年に 2 回実施しています。
― どういう体制で AREC を運営しているのですか。
岡田 運営スタッフは私と、週 3 日勤務のコーディネーター 3 人、地域の企業
から出向のコーディネーター 1 人、事業、経理、広報などの事務を担当してい
る職員 6 人の計 11 人です。ほかにも、常時ではないのですが、上田信用金庫か
らの派遣コーディネーター、伊那商工会議所からの研修職員などがいます。「事
業」とは、採択された経済産業省などのプロジェクトの管理法人等といった業務
です。
■財政的に独立するために
― AREC は会員制を取っていますね。
岡田 はい。会員制度で年会費は 5 万円です。施設をオープンする 2 年前の
2000 年にスタートさせました。建物をつくることは決まっていたので、地域が
協力してくれるような組織をつくったらどうかと経済産業省がアドバイスしてく
れました。最初は、上田市商工会議所の機械・金属部会の役員企業などに入って
いただき、36 社でスタートしましたが、現在は 201 社まで増えました。
― 人口 16 万人の上田市でこれだけの会員を集めているのはすごいですね。AREC のよ
うな機能、サービスが求められているのでしょうか。
岡田 AREC が開催している技術研修のようなセミナーは、本来、地域の商工
会議所がやってもいいものですが、以前と比べて企業が求める技術ニーズの水準
がかなり高くなり、細分化されてきているので、商工会議所では企画しにくいレ
ベルになっていると思います。大都市の中小企業はいろいろ勉強する機会があり
ますが、地方の中小企業は商工会議所以外には受け皿がほとんどないわけです。
10
Vol.11 No.5 2015
*2
上田市を中心とした地域(人
口 約 23 万 人 ) と 佐 久 市 を
中心とした地域
(同 19 万人)
で構成される。
特集
― それでこんなに会員が集まるのですね。
岡田 動いているという感じを見せているということでしょうね。AREC は元
気だよということを発信し続けています。付き合っておいた方が得かなと企業に
思ってもらえているということでしょうか。
― AREC は財政的に独立していることで知られています。収支を教えてください。
岡田 収入は会費が年間約 1 千万円、レンタルラボの賃料が年間 1,600 万円で
合計 2,600 万円です。このほか、経済産業省などで採択された事業を行ってい
ます。幸いこうした外部資金はこれまで途切れたことはありません。具体的に
は、経済産業省の人材確保定着支援事業を行っています。補助事業です。これが
年間 6 千万円ぐらいです。大きな事業を受けられるようになったのは AREC の
基本財産が大きくなったことも影響していると思います。
― 200 社の会費とレンタルラボの賃料プラスアルファで運営しているわけですね。
岡田 そうです。先ほどお話しした補助事業以外の人件費と施設の維持管理費用
を賄っています。1 千万円、2 千万円規模の大型の改修が必要になれば上田市に
相談しますが、50 万円くらいの修繕費は自前で対応しています。
■立地を生かした産学連携
― 大学との連携はいかがですか。
岡田 AREC の建物の隣に「ファイバーイノベーション・インキュベーター(Fii)
」
という信州大学のビジネス・インキュベーション施設があります。ここは 42 室
です。さらにその隣に植物工場のインキュベーション施設もあります。ここには
5 室あります。Fii、植物工場ともに 2011 年に建てられました。
植物工場も大学の施設です。経済産業省の補助金が入っています。AREC が
19 室、大学が 42 室と 5 室で、合わせると 66 室になりますが、現在満室という
状態です。
写真 2 ファイバーイノベーション・インキュベーター(Fii)
Vol.11 No.5 2015
11
写真 3 植物工場
― 満室というのは、すごいですね。
岡田 こんな田舎でこんなに需要があるわけですから、シリコンバレーの地方版
みたいな形をこれから打ち出していけるなと思っています。繊維学部のキャンパ
スなのでファイバーバレーというのでしょうか。
今まで AREC は幕の内弁当みたいな感じで、とりあえず企業からの技術相談
を受けて何かやるというようなことをやってきたのですが、そろそろビジョンを
打ち出して次のステップに行けるかなと考えています。
― 講演会などはファイバーイノベーション・インキュベーターと一緒にやっているので
すか。
岡田 企画、準備の事務は全て AREC でやっていますが、ファイバーイノベー
ション・インキュベーターの名前も付けて、双方の会員に呼び掛けています。で
すから、AREC を繊維学部の窓口として認めてくれているという感じですね。
― 市との関係もいいようですね。
岡田 いい関係はつくっていますね。以前、私が市の職員だったので、役所の中
の考え方、仕事の進め方を分かっていたこともあります。AREC の会員も増え、
評判もいいので、市役所も声を出しづらかったかもしれないです。いま、市役所
の商工課産業企画係の方が 2 人、市役所と AREC を行き来しています。
― AREC にその方たちの席があるのですか。
岡田 はい。市役所と AREC の両方に席があります。2 人がつないでくれるこ
とによって本当にいい関係ですね。ただ、市の中には、AREC を自助独立させ
12
Vol.11 No.5 2015
特集
るというのではなくて、その機能をさらに拡大するために積極的に投資をすると
いう考え方もあるのです。
― 地元の企業の反応はいかがですか。
岡田 種をまき、支援してきた事業の成果が 2010 年ごろから出始め、新製
品、新サービスとして市場に出るようになりました。起業とか商店街活性化とか
6 次産業化* 3 とかいろいろな相談が来ています。
― 文部科学省が実施していた地域における科学技術振興施策の一つ「都市エリア産学官
連携促進事業」に関心を持っておられましたね。
*3
1 次産業である農業や漁業
に、 加 工(2 次 産 業 ) や 販
売(3 次産業)を取り込ん
だ業務展開を 6 次産業とい
う。
岡田 そうです。都市エリア産学連携促進事業のようなものをもう 1 回やると
面白いと思います。人口 35 万人の東信地域ぐらいでやるのが一番いいですよね。
県全体で何かをやるというのは無理ですよ、広過ぎて収拾つかないでしょう。国
の大きなプロジェクトというフラッグがあるとみんなまとまりやすいじゃないで
すか。
― 財団の財産が増えているとのことでした。
岡田 純資産は大体 1 億円になるので、目標は達成できつつあります。2005 年
度の当財団の正味財産は 1,680 万円でした。AREC のオープン後、上田市がど
うせ足りないだろうということで、年 1,500 万円の補助金を 3 年間出してくれ
ました。その 4,500 万円のうち、500 万円は備品購入で使いましたが、4 千万
円は残しています。当初の 1,680 万円と合わせると 5,680 万円。その後は少し
ずつたまっていっているという感じです。
純資産が大きくなったので、例えば若い人を雇うとか、次のアクションを起こ
すといったことができるようになりました。
― 成長戦略、地方創生の取り組みでも地域の産業を元気にすることが求められています。
岡田 上田市を中心とした東信地域の産業の優位性は自動車、電機関係で培った
技術力の集積です。大学サイドでは、軽量素材や新素材についての多くの研究
シーズです。ロボットスーツや繊維強化プラスチック(FRP)のリサイクルの研
究をしている教員もいます。これらを生かし、この地域に「次世代自立支援機器
産業」を創出できる可能性があると思います。この産業であれば、佐久総合病院
をはじめとする医療機関や地域企業の多くが参画できます。特定栄養成分が豊富
な野菜の工場生産やそれを利用した介護食品の製造、菅平高原を生かしたリハビ
リスポーツなどいろいろと考えられます。移住する環境としても魅力的なので、
首都圏からロボット開発、福祉アプリケーション開発などの起業家の誘致も視野
に入れています。デンマークなど、海外の福祉先進地との連携も始めています。
地方から日本を元気にするという舞台がそろいつつあります。
(聞き手:科学技術振興機構 産学連携展開部 主任調査員 登坂和洋)
Vol.11 No.5 2015
13
特 集1
自立した産学連携機関
広島大学フェニックス協力会による
地域産業の活性化
広島大学フェニックス協力会は、広島県のみならず周辺の中国地方各県の地域産
業活性化に積極的に取り組んでいる。この会は会員からの会費だけで運営されて
いるが、どんなサービスを会員に提供しているのだろうか。
広島大学の教育・研究の資源と成果を動員して広島県と周辺の中国地域の産業
活性化に寄与することを目的として、2010 年に、産学官と金融機関(産学官金)
の会員からなる「広島大学産学官連携推進研究協力会」が設立された。この会は、
その後、広島大学の学章にも使われているフェニックス
*1
中野 博子
なかの ひろこ
にちなんで、
「広島大
学フェニックス協力会」
(以下「協力会」
)という親しみやすく覚えやすい名に改
めた。協力会は、企業における人材育成や、商品企画、開発・設計、生産、市場
投入と続く商品化プロセスのあらゆるフェーズにおいて、具体的な貢献ができる
広島大学 学術・社会産学
連携室 専門職員/産学・
地域連携センター 産学官
連携コーディネーター
よう活動している。
*1
■協力会の体制と会員構成
協力会の役員は、地域の「産」の代表、広島大学の学長、社会産学連携担当理
事・副学長で構成している。実行部隊は広島大学の産学・地域連携センターが担
当している。協力会には地域の産学官の有識者による活動評価委員会が置かれ、
年間の事業計画や活動状況、成果を評価し、結果を逐一協力会活動に反映させて
いる。年間の事業計画は年 1 回開催する会員総会に提案して承認を得る。2015
年 2 月末現在の会員数は 133 である。その内訳は、企業が 108、自治体や地域
の産官学連携機関・研究機関等が 22、その他の個人会員が 3 となっている。会
員からの年会費のみによる自立した運営としており、年会費は企業会員一口 5
万円、個人会員一口 1 万円である。会員企業訪問やアンケートを通じて、どん
なサービスをすれば会員としてのメリットを感じてもらえるか、継続的に検討し
ている。
■会員向けのサービス
人材育成や研究開発に関するサービスにとどまらず、商品企画や市場における
課題解決の支援など、総合大学の資源や成果を活用して、企業のものづくりのプ
ロセスのあらゆるフェーズ(人材育成、商品企画、開発・設計、生産、市場)に
わたって具体的なサービスを提供している点が協力会活動の特徴である。
以下は主要な会員向けサービスである。
・地域企業若手技術者向けイノベーション研修プログラム【人材育成】
14
Vol.11 No.5 2015
広島大学の学章は、清新な
生命とヤシ科のフェニック
スの葉を図案化したもので
ある。学内公募で選ばれた
工学部の学生の作品に若干
の 修 正 が 加 え ら れ、1956
年に制定された。フェニッ
クスはエジプト神話に出て
くる霊鳥の名でもある。こ
の鳥は 500 年生きるとその
巣に火をつけ、自分の身を
焼くが、その灰の中から新
たな生命をもってよみがえ
るといわれる不死鳥である。
原子爆弾で廃虚となった広
島市に新たに生まれた本学
をこれにもなぞらえている。
特集
・広島大学未公開特許情報の優先開示【商品企画】
・課題解決のための技術相談の優先対応【生産】
・共同研究の提案や研究会への資金助成【開発・設計】
・企業内研修や講演会への講師派遣【人材育成】
・リクルート支援、企業間の人的交流・情報交流の場の提供(企業就職説明会、
テクノフォーラム、研究紹介と交流の夕べ)
【市場、人材育成】
・大学の最新情報の提供(会員のホームページ、メールマガジン、情報誌「つ
ながる」
、講演会動画などの会員限定提供)
【商品企画、市場】
「地域企業若手技術者向けイノベーション研修プログラム」を核とする人材育成
多くの地域企業の経営者や管理職の声として、第一線で活躍中の若手・中堅ク
ラスの技術者に、現製品の課題解決だけでなく、新製品や新事業の企画・開発の
ために必要な知識や経験を積む機会を提供してほしい、との要望があることが分
かった。企業ニーズに応える研修の条件はいろいろだが、次の四つの点に留意し
て研修プログラムを作成した。
1)多忙な日常業務と両立するよう時間的にフ
レキシブルな利用が可能なこと
2)研修がある程度のまとまりを持ち、系統的、
継続的なこと
3)大学の幅広い人材と接点が持て、大学にお
ける人脈形成が可能なこと
4)研修の内容は基盤技術、最新技術や製品の
動向、経営までを視野に入れたものである
こと
である。
この研修は、毎月 1 回、17 時から 19 時(講
義+質疑+技術交流など)までの 2 時間実施し
写真 1 研修会風景
ている。受講者は製造業の研究開発や設計、品
質管理担当の 20 代、30 代技術者が大半である。
130 名の企業技術者が登録しており、これまで
44 回の研修会が開催された(写真 1、図 1)。こ
の研修会で受講者同士や研究者とのネットワーク
が形成されつつある。会員サービスの中でも評価
が高く、協力会の狙い通りとなっている。これか
らも会員にとって価値のある質の高い研修を続け
ていきたい。
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さらに、総合大学の特長を活かして、理系もの
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づくり関係の研修だけでなく、社会科学や人文科
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学系の教員によるトピックス講演や、人間活動全
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20
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30
体をカバーする体系的な研究紹介などの場を頻繁
に設けている。
図 1 研修参加の目的
Vol.11 No.5 2015
15
商品企画関連のサービス
会員企業の商品企画向けに広島大学の未公開特許情報の優先開示を行ってい
る。現在、八つの技術領域(ライフサイエンス、環境・エネルギー、ものづくり・
製造、材料・デバイス・装置、機械、建築・土木、情報・通信、計測・分析)に
ついて情報提供している。
開発・設計や生産関連のサービス
研究の前段階の課題設定や研究企画能力が十分でない中小企業からの技術相談
には、大学の教員につなぐ前に、企業出身のコーディネーターなどが自らの専門
に応じて直接対応している。簡単なものはそこで完結するようにし、迅速に成果
*2
を挙げている(2014 年度の技術相談は 146 件)
。
その他関連プログラム
1)ひ ろ し ま ア ント レ プ レ
ナーシッププログラム:
文部科学省グローバルア
ントレプレナー育成促進
事業(EDGE)
に採択され、
協力会企業にも同事業に
よるグローバルイノベー
ション人材育成の機会を
提供している。
2)レ ー ザ ー 高 度 応 用 研 究
会: 経 済 産 業 省 の 平 成
26 年度産学連携評価モ
デル・拠点モデル実証事
業の支援を受けて協力会
として推進している。
3)精神的価値が成長する感
性イノベーション拠点:
文 部 科 学 省 革 新 的 イノ
ベーション創出プログラ
ム(COI STREAM)事業
に中核機関として採択さ
れ、多くの産学官機関が
共同研究を行っている。
4)平和共存社会を育むひろ
しまイニシアティブ拠点:
文 部 科 学 省 地( 知)の拠
点整備事業に採択され、
三つの課題、障がい者支
援、平 和発 信、中山間地
域・島しょ部対策に取り
組む人材を育成する。
さらに、会員企業からのニーズに基づいて教職員が行う研究や、会員企業と大
学が行う研究会活動への資金助成制度(1 件 30 万円、年間 10 件程度)を設け
ている。特に、中小企業に対しては、研究初期段階での大学との連携に向けた取
り組みを容易にするために敷居を下げることにより、研究開発の活性化を促して
いる。2014 年度の広島大学と民間企業との共同研究は 359 件であった。
市場に関連するサービス
部品メーカーなどの上流企業からの要望に基づき、上流企業と下流企業との人
的交流、情報交換の場を提供するための行事を企画、推進している。また企業説
明会の助成を行うなど、リクルート活動の支援を行っている。
■人材育成をプラットフォームとした地域の産学官連携拠点形成モデル
協力会の「地域企業若手技術者向けイノベーション研修プログラム」を核とす
る人材育成事業と、広島大学が取り組んでいる人材育成のための国のさまざまな
助成事業* 2 を進める中で、人材育成をプラットフォームとした地域の産学官金
。このコンソーシアムには広島大
のコンソーシアムが形成されつつある(図 2)
学と包括協定を締結した企業も参加して、共
同研究、インターンシップ、人材交流などの
活動を行っている。2014 年度に「広島大学
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共同研究講座」制度も導入した。
地域の主要企業や自治体が機能分担して連
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ネットワークを広げている。コンソーシアム
に関わる人材育成プラットフォームを基点と
して、参加メンバーが継続的に研究会など多
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携を図り、協力会会員である金融機関を通し
て、会員以外も含めた広範な地域中小企業へ
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様な活動を展開し、その多様な活動が将来的
にはイノベーティブな研究拠点形成などに発
展していくことが目標である。
16
Vol.11 No.5 2015
図 2 人材育成をプラットフォームとした地域の産学官連携拠点形成モデル
特 集2
医師の興した産学連携
特集
学者から科学技術の実践者への脱皮
―高知大学発ベンチャー「株式会社プラス・メッド」を起こして―
わが国の医療機器の開発や事業化を医工連携・産学官連携で成功させよう、と言
うはやすく、実践は極めて難しい。多くの失敗例を分析して、原因らしいものを見つ
け、それに対応していったとしても、本当に「成功への処方箋」など見えてくるのだ
ろうか。起業という実践を通して見えたものは何か。
佐藤 隆幸
さとう たかゆき
高知大学 医学部 教授/
株式会社プラス・メッド
代表取締役
■まず、隗(かい)より始めよ
医学部の研究者には二つのタイプがある。学術活動に重点を置く学者タイプ
と、医療技術の開発を目標としている実践者タイプである。筆者は後者である
(と思い込んでいる)ことから、自身の研究成果を医療機器製品として成就させ
たいと、常日頃から思っていた。多くの医療機器メーカーと連携したが、医者の
言葉を技術者の言葉に翻訳して伝える活動は、さまざまな理由で、緩慢で非効率
的なものになることが多く、満足することなどなかった。50 歳を過ぎると、世
の中に技術や、それを生かした製品を残したいと痛切に感じるようになった。そ
こで、企業と連携するのではなく、自身で実施できる機関を立ち上げる、すなわ
ち、医療機器メーカーを立ち上げようと考えた。隗より始めよ、である。
■製品の開発戦略
自身の研究成果のうち、低リスク医療機器向けの発
明技術として、
「動脈可視化装置」があった。これを
最初の製品と位置付け、2011 年から、県内のもの
づくり企業と連携して、製品開発を開始した。幸い、
2012 年度高知県産学官連携産業創出研究推進事業
(2014 年度終了)に採択されたことで、製品開発に
関する費用を工面することができた。
製品開発を始めて 2 年ほどで、橈骨(とうこつ)動
脈(手首部で脈を触れることのできる動脈)が可視化
できる実用機が完成した(図 1)。手術室やカテーテ
ル検査室等の現場で働く医師や臨床工学技士に使って
もらい、ヒアリングを重ねながら、量産仕様を決めて
いった。
県内のものづくり企業で製造を行うため、あまりハ
イテクノロジーなものは望めない。しかし、当初の戦
略どおり、特許登録もなされ、「ローテクノロジーで
図 1 近赤外線を利用して動脈を透視する「動脈可視化装置」
Vol.11 No.5 2015
17
も知財戦略がしっかりしていればユニークな製品」となる見込みがたった。今こ
そ起業のタイミングだと考え、2014 年 8 月、株式会社プラス・メッド* 1(以下
「当社」)を設立した。2015 年 3 月には、医療機器製造販売業の資格を取得し、
*1
株式会社プラス・メッド
http://www.plusmed.co.jp/
4 月はじめに製品の医療機器製造販売届を行った。5 月には数台を納品する予定
となっている。
■大学発ベンチャー認定への戦術
医療機器製造販売業は、市場に出た製品に関して、原則、すべての責任を負
う。従って、当社が“なんちゃって* 2”大学発ベンチャーでは、社会的責任が
果たせない。起業の数年前から、
「大学発ベンチャーに関する国立大学法人規則」
関連のさまざまな情報を収集していたので、兼業・利益相反等に関する諸問題に
対応する規則や制度が十分に整備されていないことは認識していた。とにかく、
“なんちゃって”大学発ベンチャーではまずい。そこで、学内の産学官民連携推
進部門に繰り返し相談し、交渉して「高知大学における大学発ベンチャーの認定
に関する規則」を制度化していただいた。2014 年 10 月、当社は無事、高知大
学発ベンチャー認定第 1 号となることができた。
■高知県の厚くて熱い支援
前述の高知県産学官連携産業創出研究推進事業における最終目標は、「試作機
が開発できればよい」という位置付けであった。ところが、実際の担当者と意見
交換をしていると、「県内の雇用創出」が切実な願いであることが分かった。こ
の考えは、筆者の医療機器メーカーを立ち上げる、という考えと一致するもので
あった。そこで、高知県にも起業計画を披露したが、当初は、
「医療機器関連の
下請け業はできるかもしれないが、最終製品を出荷する医療機器メーカーなど、
医療機器産業不毛県の高知県内で起業できるはずがない」という厳しい(少数)
意見も聞かされた。この意見は筆者の反骨心を大いに刺激し、起業への大きな駆
動力となった。
その後、すぐに筆者らの情熱が高知県に届き、薬事専門家の派遣、起業相談、
法務相談、事業育成支援金等、さまざまな厚くて熱い支援を実施してくださっ
た。筆者が高知県出身ということも多少影響しているのかもしれないが、ここに
あらためて、謝意を表明したい。
■おわりに
大学で技術シーズを発明し、自身で設立した大学発ベンチャーで、速やかに技
術開発を実施して、製品化・事業化につなげる、という仕組みを整えたばかりで
ある。ビジネスという大海には何が潜んでいるか分からず、不安も大きいが、成
功すればきっと達成感は大きいだろう、と予想している。これまでは学者だった
が、これからは、実「戦」者とならねばならない。
18
Vol.11 No.5 2015
*2
「ほんの冗談」の意。転じて
「本物ではない」
、
「偽物の」
の意でも使われる。
特 集2
医師の興した産学連携
特集
産学連携で開発した
内視鏡外科手術の訓練機器
外科手術といえば、名医がメスで華麗に手術する光景を思い浮かべる人も多いだろ
うが、最近は少し違う。従来の開腹手術から、内視鏡で臓器を映し出して手術をす
る内視鏡外科手術や腹腔鏡下手術が増えてきた。患者の負担が少ないからだ。た
だ、機器を介して手術を行うので、これまで以上に習熟のための訓練が必要だ。
■手術の練習機器の必要性と課題
川平 洋
腹腔鏡下手術は身体に小さな穴を開けて、トロッカーという筒を入れ、炭酸ガ
スで体腔内を満たして空間を作り出すことから始まる。外科医はトロッカーから
先端の形状が異なる鉗子(把持鉗子〔はじかんし〕
)
、はさみ、持針器、電気メス
かわひら ひろし
千葉大学 フロンティア医
工学センター 准教授
などを必要に応じて入れ替え、モニターを見ながら手術を行う。腹腔鏡下手術で
は、従来の開腹手術同様、あるいはそれ以上に、臓器を的確につかむ、切る、縫
うという基本的な外科技術の習熟が求められる。鉗子を操作する手は震えてはな
らず、しなやかな鉗子操作が必須である。これを習得するには練習しかない。
腹腔鏡下手術において、最も難しい手技の一つが縫合結紮(ほうごうけっさ
つ。鉗子で針と糸を持って縫い合わせること)
である。この手技は実際の手術
(臨
床)を想定して練習できるが、練習用の「持針器」は高価な臨床用しかない。私
は迷うことなく臨床用を左右 1 本ずつ購入したが、値段は 1 本 20 万円ほどもし
た。さらに、縫合練習のためには、腹腔鏡下手術体腔を模した練習用ボックスも
必要であるが、これも結構高い。
もっと安くて手軽に使える訓練機器ができないか。これが開発の発想である。
■私の考える練習機器のコンセプト
手術の技能訓練に高価な臨床用の機器を使用する必要はない。練習機器は練習
する機能があれば十分で、手術後の洗浄に対する耐性や医療機器の認可も必要な
いはずである。しかし、実際の手術で使用する機器とかけ離れたものでは困る。
以上を勘案して、私の考える練習機器開発の必要条件は以下の通りとした。
1)価格は臨床用の 10 分の 1(研修医でも購入可能)にする
2)練習用持針器といえども、針を持つ、縫うという機能は臨床用(把持部は
超硬チップ)と同等にする
3)練習用ボックスは可搬型(どこでも練習可能)にする
練習用ボックスを可搬型としたのは、私がまだ駆け出しのころ、腹腔鏡下手術の
練習をする医師はまだ少なく、医局内のこみ入ったスペースでは設置場所に困っ
た経験があったからだ。可搬型なら、狭い医局スペースでも気兼ねなく練習で
Vol.11 No.5 2015
19
きる。
■パートナー企業の選定
千葉大学産学連携・知的財産機構(現 産学連携研究推進ステーション)にも
協力してもらい、関連企業に練習用持針器開発について打診した。しかし、練習
用持針器の先端部の超硬チップを加工したり、持針器本体をステンレス鋼から切
削して作り出すにはコストがかさむため、値段が折り合わず、良い返事が得られ
なかった。
あるとき、同じ千葉大学フロンティア医工学センター所属の中村亮一准教授と
共に、日本高分子技研株式会社の井上雅司氏と別の打ち合わせをしていて、ふと
練習機器の話題になった。中村准教授の専門は工学であるが、手術プロセスの解
析や、手術ナビゲーションの開発に造詣が深い。トレーニング機器開発は外科医
だけでなく、工学系でも大事、ということで話が盛り上がり、最終的に、医療機
器の製造販売にほとんど経験のない井上氏に開発を引き受けてもらうことになっ
た。
練習用ボックスについては、大阪商工会議所主催の第 4 回次世代医療システ
ム産業化フォーラム(2012 年 12 月開催)で、医療側からのニーズ提言として
発表した。フォーラム後、合計 11 社が興味を持ってくれた。すべての企業が千
葉大学まで来てくれて、この案件を検討した。その中で、フジモリ産業株式会社
の甲藤頼憲氏は自社技術で作製した試作品を持ち込み、われわれを驚かせた。甲
藤氏は同社の化成品事業担当で、私の発表を聴いて、「これだ」と思ったそうで
ある。持ち込んでもらった試作品で、早速、縫合結紮を試した。初回の打ち合わ
せから開発がスタートしたのである。
■臨床用持針器を 10 分の 1 の価格で販売するための工夫
開発は井上氏に持針器の機能を詳細に説明することから始まった。最初はおも
ちゃのロボットアームを想定していたようだが、持針器に必要な仕様を細かく説
明したところ、われわれの意図を理解してくれた。話し合いの結果、練習用持針
器を実現するためには医療機器製造メーカーに発注するしかないことが分かっ
た。そこで国内外のあらゆるメーカーに連絡をとり、練習用持針器の製造を担当
する企業を探すことになった。
われわれが提示した条件は、臨床用では使用できないようにするため、
1)洗浄用の孔(あな)をふさぎ、実際の手術で使用できないようにする
写真 1 練習用持針器 CNK(臨床用と違い、洗浄孔は省かれている)
20
Vol.11 No.5 2015
特集
2)
「NOT FOR MEDICAL USE」と刻印を入れる
3)その他の機能は可能な限り臨床用と同じにする
であった。連絡したメーカーによっては、ゼロから持針器製造を計画したとこ
ろもあったが、採算が合わず、実現しなかった。最終的に、自社の臨床用を練
習用に改造すれば価格的に見合うものを納入可能であるという某医療機器メー
カーに頼むことになった。ただし、10 本単位で、料金も先払いということが条
件であった。井上氏も悩んだようだが、まずは 10 本を発注した。コードネーム
CNK はそのまま商品名として採用した。
私が実演する練習用持針器 CNK * 1(写真 1)の紹介動画をつくり、井上氏は
2013 年の第 26 回日本内視鏡外科学会企業展示ブースで CNK を紹介した。そ
の後、2014 年 3 月までに国内で 1,000 本の受注があった。商品を知るきっかけ
になったのは、ネット検索も多いが、学会での企業展示ブース、口コミなど、さ
*1
日本高分子技研株式会社 ステンレス製練習用持針器
CNK シリーズ
http://www.jptc.co.jp/
needle..html
まざまである。
■練習用ボックス
可搬型の練習用ボックスはフジモリ産業と共同開発した。打ち合わせと試作を
繰り返して製品化し、販売までこぎ着けた。試作品は、最初のビニール袋状から
透明なアクリル板を利用したものへなど、5 回の試作を繰り返した。現行市販型* 2
(写真 2)は手持ちのノートパソコンにウェブカメラを接続すれば、医局の机上
でモニターを見ながら練習できる。
*2
株式会社フジモリ産業 パーソナルドライボックス
http://www.fujimori.co.jp/
news/index.html#dry_box2
写真 2 ノートパソコンを接続すれば即、練習可能
■医療用練習機器の今後
現在の研修医はしかるべき訓練を受けた後に臨床を行うのが必然となってい
る。今回の取り組みは外科に特化しているが、すべての医学領域に応用可能と考
える。今後、医学教育現場に実技試験が導入されれば、練習機器の導入も促進さ
れると考えられる。個人が買えるような、コストを考慮した練習機器の開発は、
医学教育のレベルアップにとって急務であり、わが国の医療レベルの向上に貢献
すると考えてよいだろう。
Vol.11 No.5 2015
21
役立つロボットを目指して
ロボットと一口で言っても、形や用途はさまざまだ。「ユーザーのニーズを形に
する」をモットーに、株式会社テムザックは役立つロボット作りを目指している。
■ユーザーのニーズを形に
株式会社テムザック(福岡県宗像市、以下「当社」)は、2000 年 1 月に創業
したサービスロボット専業メーカーである。当社では、これまでに警備・監視
ロボット、受付案内ロボット、レスキューロボット、医療・介護ロボットなど、
30 種類以上のロボットを開発してきた。
髙本 陽一
たかもと よういち
株式会社テムザック
代表取締役
開発のアプローチは、
「まず、ニーズがあること」で、現場の声、
「ユーザーの
ニーズ」を拾い上げて形にする、その繰り返しを十数年続けてきた。
■現場の声を基に開発したロボット
新 型 車 い す ロ ボ ッ ト「 ユ ニ バ ー サ ル ビ ー ク ル
RODEM(ロデム)
」や歯科患者ロボット「デンタロイド」
の開発も、介護や医療教育の現場の声から始まった。
「高齢者や患者さんを、ベッドから車いすに乗せる
のが大変」という介護者の声を基に開発した RODEM
(写真 1)は、従来の車いすのように腰を浮かし回転し
て座るのではなく、後ろから滑り乗る形式で、体の向き
を変えることなくベッドから車いすへの移乗・移動が可
能だ。利用者は少ない介助で済むので、介護者の負担は
大きく減る。座面の昇降やその場旋回、転倒感知などに
ロボット技術が活かされている。
写真 1 新型車いすロボット
「ユニバーサルビークル RODEM(ロデム)
」
「歯科医師の国家試験に実技試験はなく、技術的なス
キルを客観的に判断する手段がない」といった声から生
まれたのが、歯科患者ロボット「デンタロイド」である
(写真 2)。不意な首振りや咳き込みなどの動作のほか、
開口疲労や嘔吐(おうと)反射など、患者の不測な動き
をリアルに再現する。医療事故を回避する訓練や歯の
治療技術の技能試験に応用され、歯科教育に貢献して
いる。
この二つのロボットは海外の医療機関や福祉施設から
も大きな関心を持たれている。
「新型車いすロボット」
はデンマークで実証実験を行っていて、今年商品化の予
22
Vol.11 No.5 2015
写真 2 歯科患者ロボット「デンタロイド」
定である。また、
「歯科患者ロボット」はサウジアラビアの大学に既に導入され
るなど、世界の市場に販売を広げている。
販売を世界に広げるために、2011 年、サービスロボットの開発・製造・販売
を行う、
「天目時科股份有限公司(テムザックフォルモサ)」を台湾に設立した。
サービスロボットのサプライチェーン構築を図り、ユーザーの求めるロボットを
スピーディーに「商品」にして、世界に向けて販売していくためである。
■産学連携でのロボットづくり
国内での拠点拡大も進めている。2012 年には、医療・介護ロボットなどの開
発・製品化を目的とする「株式会社アイザック」を福島県会津若松市に設立、財
団法人温知会(会津中央病院)と会津エンジニアリング有限会社、会津大学など
の研究機関の協力を受け、医療・介護ロボットなどの研究開発を進めている。
鳥取大学医学部附属病院とは自動推進式内視鏡の共同開発を行っている。同大
学との医療ロボットの共同開発を本格化するため、鳥取県の支援を受け、米子市
に医療ロボット等の研究開発を行う先端研究所「株式会社テムザック技術研究
所」を 2013 年に設立した。鳥取大学医学部附属病院を中心にして、医療ロボッ
トや生活支援ロボットの共同開発を行
い、さまざまな企業、大学、公的機関
とパートナーシップを形成し、事業開
発を行う。
テムザック技術研究所では、台湾の
工業技術研究院(ITRI)が開発した
歩行を補助するロボットの日本での商
品化を進めている。 製品カテゴリー
を「ACTIVE GEAR(アクティブギ
ア:Active =活動的な Gear =装置)」
と名付け、歩行補助だけにとどまら
ず、健常者と同じようにスポーツがで
きる、といった生活範囲を広げる機器
になることを想定している(写真 3)。
歩行が困難な人が装着して活動的に楽
しむことができる「ROBOT DE(で)
ENJOY ACTIVITY」 を コ ン セ プ ト
に研究開発を行っている。
写真 3 「ACTIVE GEAR(アクティブギア)」
■ロボット産業の創出は文明をつくる仕事
ロボット産業の創出は、産業革命や情報技術(IT)革命のように、生活や仕
事の方法を変え、これまでにないものを創る「文明をつくる仕事」と考えている。
これからも人に役立つロボットを開発し、ロボット文明を作っていきたい。
Vol.11 No.5 2015
23
産学官連携による体幹 2 点歩行動揺計の開発
歩行時に人間がどのように動き、どこに力がかかるかなどを測定するのが体幹 2
点歩行動揺計である。これを利用して、無理のない歩行法を身に付ければ、健康
増進の一助になると考えて開発された。
■部品開発からシステム開発へ
マイクロストーン株式会社(以下「当社」)は、1999 年 7 月に長野県北佐久
郡御代田町で創業した。現在は長野県佐久市の佐久平事業所(写真 1)で事業を
行っている。
創業当初は 3 軸の加速度センサー、2 軸のジャイロセンサーといった、いわゆ
白鳥 典彦
しらとり のりひこ
マイクロストーン株式会
社 代表取締役社長
るモーションセンサーの開発と製品化を行っていた。これらは現在も自動車の衝
突試験用や医療機器の落下検出用などで使用されてい
る。これらのセンサーを自動車メーカーなどに直接販売
していたころ、エンドユーザーから、センサーだけでな
く、パソコンなどを使用した簡単な計測器や特定の目的
の信号処理を行うシステムの要望があり、商品化を行っ
てきた。現在は計測器応用システム分野が主力となって
いる。
センサーから計測システム、解析システムまでを自社
で開発し、自社ブランド商品として直接販売を行ってい
ることが当社の大きな特徴である。
■これまでの産学官連携の取り組み
写真 1 佐久平事業所
当社は創業当初から産学官連携事業を積極的に行っ
てきている。創業 2 年目の 2000 年に、NEDO(独立
行政法人〔現国立研究開発法人〕新エネルギー・産業
技術総合開発機構)で、
「ベンチャー企業支援型地域コ
ンソーシアム」の研究開発テーマに採択され、財団法人
浅間テクノポリス開発機構(現公益財団法人長野県テク
ノ財団)、信州大学、山形大学、長野県工業技術総合セ
ンターなどと共同で、「腕時計型行動識別記録計 ViM」
(写真 2)を製品化した。
また、2004 年には中小企業総合事業団(現独立行政
法人中小企業基盤整備機構)で戦略的基盤技術力強化事
業の開発テーマに採択され、公益財団法人新産業創造研
究機構、立命館大学、兵庫県立工業技術センター、川
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Vol.11 No.5 2015
写真 2 腕時計型行動識別記録計 ViM
崎重工業株式会社などと共同で、「8 チャンネル小型無線モーションレコーダー
MVP-RF8」
(写真 3)を製品化した。
写真 3 8 チャンネル小型無線モーションレコーダー MVP-RF8
■産学官連携で製品化した「体幹 2 点歩行動揺計 THE WALKING」
当社では以前より、理学療法分野に研究用として加速度センサーやジャイロセ
ンサーを提供している。これらを使った研究も多く、国内外の学会で発表されて
いる。中でも、歩行の研究に使われることが多かったことから、歩行関連の研究
用に絞った「歩行バランスチェッカー」の製品化を行った。この製品を販売する
中で、長野県佐久市のある理学療法士から、「胸椎と仙骨 2 カ所の計測を行いた
い」「加速度のデータではなく、動作の軌跡が表示できるとよい」という要望が
あり、開発をスタートした。
まず長野県佐久地方事務所内に事務局を置く佐久平中小企業振興協会内に佐久
市内の企業 5 社で分科会「ザ・ウォーキング」を設立した。さらに佐久総合病院、
長野県工業技術総合センター、佐久大学と連携を図り、開発を進めた。その結
果、「体幹 2 点歩行動揺計 THE WALKING」
(以下「THE WALIKING」
)を
製品化することができ、2014 年 12 月に発売した。
THE WALKING は、ベストの背中(胸椎付近)、腰(仙骨付近)の 2 カ所に
モーションセンサー(3 軸加速度センサーと 3 軸ジャイロセンサーを内蔵)を
取り付けたものである。被験者が 10m ほど歩行を行うと、データが無線でコン
ピューターに送信されて 3 軸加速度と 3 軸角速度のデータ解析を行い、瞬時に
歩行時の体動を三次元の「軌跡」として表示する(写真 4)
。1 歩行周期の平均
動揺量と平均軌跡長を各方向で算出するとともに、左右の足底部の接地時の衝撃
を加速度値で示すことで、歩行時のフォームを三次元の各平面上での動作状況と
して図示することができる。
さらに過去に計測したデータを同じ画面に表示できるため、リハビリテーショ
ン開始の前と後、靴や杖などの装具を変える前と後などで、歩行状態がどう変化
するかを瞬時に比較可能なので、健康指導の現場などで役立つ。
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写真 4 体幹 2 点歩行動揺計 THE WALKING
製品の評価にあたっては、
「ザ・ウォーキング」参加企業の一つに、1 カ月ほ
どの間に 3 回、THE WALKING による計測(被験者数 20 名)を行ってもらい、
その結果を基に理学療法士が歩行指導するという取り組みを行った。取り組み終
了後に参加者に行ったアンケートから、約 58%の人が歩行状態の変化を自覚し、
また 88%の人が今後も継続して指導の内容に取り組むとの結果を得た。このこ
とから、歩行指導のツールとして THE WALKING で一定の効果が得られるこ
とが確認された。
THE WALKING は昨年 12 月の発売以来、理学療法士の研究用として好評で
ある。この分野での普及が進めば、歩行指導などにより健常者の健康増進に役立
てることができる。それにより医療費削減の一助になれば、なによりである。
■中小企業の研究開発には産学官連携が不可欠
現在、スポーツ分野向けの THE WALKING を、信州大学、長野県工業技術
総合センターと連携して開発している。こちらも製品化につなげる予定である。
当社のような中小企業では、自社製品を開発したり、開発製品のマーケティン
グを行ったりするには何らかの形で外部機関との連携は不可欠である。
「産学官連携」では、国などが募集するプロジェクトに応募することも大事だ
が、当社においては、まず研究テーマを設定し、開発に必要なメンバー、すなわ
ち民間企業、大学などの教育機関、公設試験機関を問わずに集まっていただき、
それが「産学官連携」となる、という流れで取り組んでいる。当社でいくつかの
成果を製品化まで結び付けることができたのは、上記のような考えによるところ
が大きい。
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学生ベンチャー企業による
情報通信技術を利用した地域の活性化
―株式会社 CirKit の取り組み―
金沢工業大学の学生たちが中心となって情報通信技術(ICT)を利用して地域を
活性化させるベンチャー企業を立ち上げた。会社運営から学生は何を得、何を学
ぶのだろうか。
■ CirKit プロジェクトとは
CirKit プロジェクト * 1 とは、情報通信技術を利用して、金沢工業大学(以
山岸 芳夫
下「本学」
)周辺地域の活性化、および地域住民と本学学生との交流促進を目
やまぎし よしお
的とする教育プロジェクトである。2006 年に始まった。
「CirKit」は、本学を
株式会社 CirKit 代表取締
役社長/
金沢工業大学 情報フロン
ティア学部 メディア情報
学科 准教授
中心にした地域の輪(circle)と、本学の略称 KIT(Kanazawa Institute of
Technology)を合わせ、さらに地域と本学を結ぶ「回路(circuit)」という意
味合いも含めた造語である。
CirKit プロジェクトでは、開始当初、石川県野々市市内の協力加盟店の情報
を発信するポータルサイトの管理運営を行う「CirKit」という仮想の会社組織を
*1
CirKit プロジェクト
http://www.cirkit.jp
つくった。社員はプロジェクトに参加する学生たちである。学生が地域に飛び込
んで、教室の講義では体験できない実践的な知識とスキルを身につけることがで
きるため、その成長は著しいものがあった。加えて、先輩が後輩に知識を教える
「勉強会」が恒常化していて、これが学生の成長をさらに促す。
「教わる側」の学
生はもちろんだが、「教える」という行為によって「教える側」の学生の能力も
錬磨されるのである。
■仮想の企業から現実の企業へ
CirKit プロジェクトの主な活動は CirKit ポータルサイトの運営だった。本学
の近隣にある伏見台商店街や野々市市情報交流館カメリアとも連携し、さまざま
な活動を行ってきた。
当初は教育の一環として無料で活動してきたが、やはり無料でできることには
限界がある。学生のモチベーションがもう一つだったり、地
域の商店の人々も、たとえ学生が納期を守らなかったとして
も「無料なので仕方がない」と諦めてしまうなど、学生と地
域双方に対して望ましくない状況が見え始めてきたのだ。
そこで、地域の商店と対等な立場に立つことで、学生がよ
り真摯(しんし)に活動に取り組むようにするために、仮想
ではなく実際の営利企業である「株式会社 CirKit」
(以下「当
社」)を、2013 年 4 月に立ち上げ、本学初の学生ベンチャー
企業に移行した(写真 1)。NPO などではなく株式会社の
形態を選んだのは、出資が募りやすいことと、事業計画の作
写真 1 株式会社 CirKit 設立記念式典
Vol.11 No.5 2015
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デジタルサイネージ端末
図 1 デジタルサイネージ端末を利用した顧客開拓の概念図
成から株主総会、決算に至るまでのプロセスを学生たちに体験させたい、という
理由からである。とはいえ、現在、正社員は代表取締役社長の教員(筆者)1 名
だけであり、学生は全員がインターン生という扱いで業務に従事している。
■どんな事業を行っているのか
当社の現在の主な事業はデジタルサイネージ(電子看板)を
用いた情報提供である。実例を挙げると、図 1 のように、共
通のターゲットを持つ異業種の店舗にデジタルサイネージ端末
を置いて、
それぞれにパートナーとなる店舗の紹介動画を流し、
新規顧客の開拓を目指す、という試みがある。これは 2013 年
度に伏見台商店街において実証実験(写真 2)を行い、商店街
の人々に好評を得た。また、学生用アパートの共用スペースに
デジタルサイネージ端末を置き、大学内の学生の活動成果や生
活に役立つさまざまな情報を紹介する動画を配信したり、学内
の 3 カ所に置かれたデジタルサイネージ端末に、学生に向けて、
学業のヒントとなるような知識や、大学からのメッセージなど
写真 2 デジタルサイネージ端末による顧客開拓の実証試験
を伝える動画を配信したりしている。
このような取り組みの教育効果はまだ定量化されてはいないが、顧客からは曲
がりなりにも「プロ」としての結果が要求されるため、主観的な印象では、提供
しているサービスのクオリティーは仮想企業時代に比べて明らかに向上している
ようである。また、提案から見積作成、契約、開発、納品に至る一連の「仕事」
のプロセスを学生自らが体験することで、情報通信技術(ICT)スキルはもとよ
り、社会における実践的な企画力、問題発見・解決能力、コミュニケーションス
キルもさらに磨かれていると思われる。
■今後の夢
現在、当社はまだ経営状況が厳しく、稼ぐためには仕事を選べない、という現
実も突き付けられている。それでも当社の根本理念には地域の活性化があり、そ
れと全くかけ離れた業務は引き受けない、というポリシーは崩していない。
当社には県外出身の学生も多い。願わくは、この取り組みによって地域の中で
試行錯誤を経験した学生が、自らの手でつかみ取った知見やノウハウを地元に持
ち帰って反映させ、日本全体における地域活性化につなげてくれれば、と思う。
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Vol.11 No.5 2015
産学官連携で構築した
超高密度地上気象観測システム
―伊勢崎市 POTEKA プロジェクト―
突風やゲリラ豪雨などの局所的な異常気象現象に適切に対処する一つの方法が、
観測地点を高密度にして、的確な情報をリアルタイムで得ることである。
■局所的かつ急激な気象変化を捉える
明星電気株式会社(以下「当社」
)は、創業以来、水中から宇宙まで広く自然
柴田 耕志
を観測する装置・システムを社会に提供してきた。アメダスや計測震度計は気象
しばた こうじ
観測や地震観測に欠かせない当社製品の代表である。宇宙分野では、小惑星探査
明星電気株式会社 取締役
兼 執行役員、気象防災事
業本部 副本部長 兼 気象・
管制事業部長
機「はやぶさ」や月周回衛星「かぐや」に搭載した観測機器をはじめ、3 千個に
及ぶ製品を宇宙空間に投入した実績がある。
ここでは、気象情報の市民生活での利用を目的とした産学官連携による超高密
度な地上気象観測システムの実証実験の成果について紹介する。
気象は健康、安全な生活、学校教育など、市民生活に深く関わっている。地域
の気象情報をきめ細かくリアルタイムに提供できれば、熱中症予防、イベント開
催の可否、安全な登下校、理科教育など、さまざまな場面での市民サービスが期
待できる。例えば竜巻や突風、ゲリラ豪雨などの局所的かつ急激な気象変化は、
発生の予測が困難であり、被害を最小にするには気象の急激な変化をいち早く捉
え、突風や豪雨の到達前に、住民へ注意喚起することが有効といわれている。
このような社会的ニーズに応えるため、当社は 2013 年 8 月に伊勢崎市教育委
員会、四ツ葉学園中等教育学校、群馬大学、株式会社セーブオン、サンデン株式
会社(現サンデンホールディングス株式会社)による「伊勢崎市 POTEKA プロ
ジェクト」を発足させ、従来に比べて超高密度な地上気象観測システ
ムを構築して実証実験を開始した。さらに 2014 年 8 月には前橋市
とサンデン株式会社、サンデンシステムエンジニアリング株式会社、
当社が発起人となって産学官の会員を募り、きめ細かい地域の気象情
報を安全な市民生活や教育にどう役立てるかについて事例発表や意見
交換を行うことを目的として、新たに「気象情報利活用研究会」を発
足させた。現在、本プロジェクトは周辺自治体の協力を得て観測点を
145 カ所に拡大、観測項目も追加して実証実験を継続している。
■小型気象計 POTEKA とそれを使った実証実験
POTEKA は、本実証実験に使用した小型気象計の名前である。名
称を公募し、四ツ葉学園の生徒が応募した「ポイント(POint)
、て
んき(TEnki)、かんそく(KAnsoku)
」の頭文字の POTEKA が最
も親しみが持てる名前として採択された。POTEKA を図 1 に、実証
図 1 小型気象計 POTEKA
(2014 年 7 月以降に設置した気象計)
Vol.11 No.5 2015
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実験における観測点配置を図 2 に示す。
実証実験では、2013 年 8 月 11 日に高崎市
から前橋市にかけて発生した突風現象の観測に
成功した。専門家によれば、突風のような短時
間の局所的な現象の観測を、空間的にも時間的
にも、これほど高密度に観測した事例は世界的
にもまれだとのことである。図 3 に示すよう
に、POTEKA 観測システムは前橋市で被害が
出る 10 分以上前から、高崎市方面において急
激な気温の低下と冷気が広がる様子を明確に捉
えている。詳しく調べた結果、この温度急変域
(前線)と突風被害地域の一致が確認された。
図 2 小型気象計 POTEKA の観測点配置
さらに気圧の急上昇や降雨地域が前線と共に広
がることも確認でき、高密度な気象観測によっ
て突風などの急激な気象変化を確実に検出でき
ることが確認された。また、この観測結果か
ら、この突風現象は 18 時ごろに発生した積乱
雲からの激しい冷気の下降気流(ダウンバース
ト)であることが明確となった。
熱中症対策では、観測データから「簡易暑
さ指数」を算出し、
“厳重警戒レベル”を超え
た日には伊勢崎市内の各小中学校に熱中症注
意メールを配信した。学校ごとに調べた結果、
図 3 突風発生時に POTEKA が観測した温度分布図
(2013 年 8 月 11 日 18 時 10 分)
2km ほどしか離れていない学校間でも暑さ指
数に差が見られ、実際の熱中症対策には学校ごとのきめ細かい対策が必要である
ことが示唆された。
教育面では、学校で観測した気象データを理科教育や生徒の自由研究に用いる
取り組みが四ツ葉学園で行われた。この結果は伊勢崎市教育長や関連団体が参加
する成果発表会で発表された。気象現象の分析、生活や健康との関連性など発表
内容は多岐にわたり、POTEKA を通して身近な材料としての気象情報を教育に
活用できることが示された。
■安全・安心な地域づくりのために
安全・安心な地域づくりを目的とした超高密度の地上気象観測システムは、産
学官連携活動により各種の成果を挙げている。温度計、湿度計、気圧計について
は 2015 年 3 月に気象測器検定を取得し、防災目的でのデータ使用も可能となっ
た。今後は、これらの成果を基に、利用範囲のさらなる拡大、新技術の導入、維
持管理体制の構築を進め、早期事業化を目指す。
この事業が安全・安心な地域づくりに貢献し、地域に無くてはならないシステ
ムとして地域の発展に寄与していくことを切に願う。
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Vol.11 No.5 2015
視 点
次世代リーダーの台頭を待望
1990 年代に各地の大学に地域共同研究センターが整備されていった。
その頃の熱気を記憶している方々の多くが、すでに大学を去ったか、これから去りつつある。
この時期に活躍された第一世代のリーダーたちが去った後、各大学の地域産学官連携はどのよう
に変貌するのだろうか。
今や企業と研究者の接点は、学会、展示会、ウェブ、メールなどに多様化している。必要に迫
られた相談が研究室に直接来る時代である。
これから考えなければならないのは、各大学が、(1)学生、(2)地域内外の産業界、
(3)学
術研究費の提供官庁、(4)自治体や住民など、の顧客群とどう向き合うかである。
特に問われるのは、(2)と(3)のバランスである。例えば、民間企業から 100 万円の研究
費を頂戴するより、国から 1 千万円の研究費を獲得するほうがコストベネフィットはよいと感
ずる教員が多いかもしれない。しかし、その路線を重視し過ぎると、地域産業界の満足度は低下
していくだろう。果たして、この問題にバランスよく対処する第二世代リーダーは、各地の大学
から台頭してくるのだろうか。地域産業活性化のために、国や自治体は、新しいリーダーたちが
活躍できるよう、大学に関与・支援することがより求められる時代なのかもしれない。
野長瀬 裕二 山形大学大学院 理工学研究科 教授
歴史は繰り返す!?
産学連携や、イノベーションといった業界の仕事に携わるようになって、かれこれ 14 年ほど
になる。始めたときは、この仕事は「技術移転」と呼ばれていたような気がする。また、当時は、
こうした仕事を生業とする人たちも非常に少なく、予算のノルマなどは厳しかったが、外圧とい
うものには、ある種、無縁であったように思う。
それが、今はどうだろう。いわゆる技術移転の専門職が研究機関に瞬く間に整備され、産学連
携という単語が比較的メジャーになった。最近では、
(ありがたいことに)大学や地域において、
「イノベーション」に関する会議などがあれば、こうした業種の人に当たり前のように声が掛かる
ようになっている。これが「定着」ということなのかもしれない。
一方、大学のリサーチアドミニストレーター
(URA)
はどうだろう。国の旗振りで
「URA を整備・
定着」させるために各種施策が打ち出され、研究環境の整備、国際化の先鋒(せんぽう)
、事務高
度化の切り札などと、その期待度は大変大きいと感じる。イノベーションエコシステム、研究経
営など、新しい概念も百花繚乱(りょうらん)で、いつの間にか「URA は研究機関がイノベーショ
ンを持続的に行うために重要」という話題まであるようだ。いろいろとあるべき姿を夢想できた
昔が少し懐かしい。
二階堂 知己 筑波大学 URA 研究支援室
主幹リサーチ・アドミニストレータ
産学官連携ジャーナル(月刊)
2015 年 5 月号
2015 年 5 月 15 日発行
編集・発行
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携展開部
産学連携プロモーショングループ
PRINT ISSN 2186 − 2621
ONLINE ISSN 1880 − 4128
編集責任者
Copyright ©2015 JST. All Rights Reserved.
野長瀬 裕二
山形大学大学院 理工学研究科 教授
問い合わせ先
「産学官連携ジャーナル」編集部
田井、萱野
〒 102-0076
東京都千代田区五番町 7
K’s 五番町
TEL:
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FAX:
(03)5214-8399
Vol.11 No.5 2015
31
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