【2015年 冬号】胃瘻の在り方 座談会第二部

から
QOLの観点から
栄養を考える 第
23回
前号の座談会第一部では、2012年に日本老年医学会より出された
「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン∼人工的水分・栄養補給の導入を中心として∼」の
捉え方や、在宅療養患者の栄養状態や栄養管理の重要性について、ご指摘をいただきました。
それを受けて今回の座談会第二部では、胃瘻の適応や、その利点を最大限に引き出すための
ポイント等について、ご討議をいただきました。
監修:川越正平 先生(あおぞら診療所 院長)
《座談会》第二部
胃瘻の在り方
<司会>
太田 秀樹 先生 医療法人アスムス 理事長
<出席>(五十音順)
長尾 和宏 先生 長尾クリニック 院長
東口 髙志 先生 藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座 教授
丸山 道生 先生 田無病院 院長
左より丸山道生先生、太田秀樹先生、東口髙志先生、長尾和宏先生
のです。こうしたケースにおける胃瘻と、
てもアンハッピーに見えるわけです。そ
認知症や老衰が進行した場合の胃瘻と
の状況を、患者自身が不本意だと思って
では、性質が大きく違うと考えています。
いるのだろうと推察するのですが、その
太田 本来あるべき胃瘻の適応となる
長 尾 その点に関して、誰の意思で人
人はもはや意思表示ができません。しか
と、可能な限りチューブを抜くことを前提
工栄養を行っているのかということが問
し家族はその状態に満足しているという
に活用しようという考え方が、誰でも素
題です。
ことが、現実には非常に多いですね。
直に受け入れられるものだと思います。
太田 経管栄養をしている場合は、回
東口 日本緩和医療学会では、
『終末期
しかし実際の臨床では、例えば栄養状
復の期待のある人たちが多いです。とこ
がん患者の輸液療法に関するガイドライ
態が悪化した、活気が無くなった、老衰
ろが、そういう状態で在宅に戻ってこら
ン』を発行しましたが、その中で終末期
の進行が疑われる、認知症が強い、脱
れたものの、コミュニケーションが取れ
の際に、点滴を減らす、あるいは中止に
水がある、さてどうしようかというときに、
ない状況でベッドで寝たきりになってし
ついて家族に説明することを示しました。
胃瘻を行ってきたという背景があると思
まってから、
「先生、何とかなりませんか」
胃瘻についても、こうした問題は似てい
患者や家族の利益と
本来あるべき胃瘻の適応
うのですが、いかが
という相談を家族
ると考えています。これらの問題に共通
でしょうか。
から受けるケース
して重要なことは、それが患者や家族
東 口 おっしゃる通
が多いのではない
の利益になるのかどうかということです。
り、胃瘻の適応はしっ
かと思っています。
利益とは、幸せや人生観も含めた上で利
かりと場 合を分 けて
長尾 実際、多い
益になるものという意味です。胃瘻をし
考えなければいけま
ですね。その場合、
ていることが、患者や家族にとって幸せ
せん。例えば急性 期
医師としては家族
でないならば、やめるべきでしょう。そ
の脳血管障害患者に
の希望にできるだ
れは医療者としての倫理観であると思い
け沿おうとすること
ます。
し か で きま せ ん。
丸山 その点においても、胃瘻を造る
対して「食べるための
胃瘻」
と考えると、でき
丸山 道生 先生
るだけ早く胃瘻を造設し、急性期に十分
私は「アンハッピーな胃瘻」という言葉を
医師の立場から考えた場合、また患者
な蛋白質を含むエネルギーを投与し、口
使いますが、本人が文書ないし口頭で、
さんから相談される場合でも、2012年
腔ケアでリハビリテーションを進めるべ
延命措置や人工栄養を明らかに望んで
に発表された日本老年医学会のガイドラ
きです。そこで胃瘻が不必要になれば
いないという意思表 示をされていた場
イン「高齢者ケアの意思決定プロセスに
抜き、必要であれば留置しておけば良い
合、本人の意思に反した状態は、どうし
関するガイドライン~人工的水分・栄養
10
6 Vol.10 No.3
補給の導入を中心として~」は哲学的で、
養剤の良いところは、短時間で注入でき
胃瘻の適応について難解であると感じて
るという点です。認知症患者の自己抜去
います。こういうガイドラインが出てきた
の予防や、リハビリ時間を確保するために
こと自体、今の世相では、
「胃瘻は非」
で
短時間で摂取を終えたい人、褥瘡対策
あるという方向に傾きつつあるように感
のために体位を頻繁に変えたい人にとっ
じています。ここは、日本でも医学的で
て、投与時間の短縮は大きなメリットと
実用的なガイドラインを作っていくべきで
なります。最近では市販の半固形化栄
はないかと考えています。
養剤が多くを占めるようになり、手軽に
太田 国民のリテラシーの問題もありま
短時間で投与できることがクローズアップ
す。死生観を、もっとしっかりと持たな
されています。臨床効果としては、肺炎
ければいけません。自分の人生をどう締
が起こらなくなった、
下痢をしなくなった、
剤の形状等に関しては、退院後に地域
めくくりたいか、自らの意思をはっきり主
瘻孔からの漏れがなくなった、発熱がな
の多職種のコンセンサスを得ながら進め
張しないといけません。現状は患者本人
くなった、などが挙げられます。
ていく必要があると実感しています。
よりも家族の意思で治療が行われている
太田 半固形化栄養剤によるデメリット
東口 医師の啓発、特に若い研修医の
というのが、特に高齢者を取り巻く医療
はありますか。
教育ということに関しては、長尾先生の
の現実です。どのような医療を行うかに
丸山 これまでは、医薬品の半固形化
ご 指 摘 の 通 りだ と 思 い ま す。N S T
ついては、本人の意思確認を基本としな
栄養剤がなかったために、在宅療養さ
(nutrition support team)設立当初の
ければならないはずです。
れている患者にとってはコスト面で負担
1998年当時は、栄養管理に関する知識
が大きくなっていました。しかし、2014
の乏しい医師がほとんどでした。そこで、
年6月に医薬品としての半固形化栄養剤
N S Tを全国に広げるためにも、次にや
が発売されたことで、患者や家族の金
るべきことは教育でした。その結果、現
太田 胃瘻を正しく使うための一つの
銭的負担は解消されると思います。
在では医学部で教育を受けて臨床に出
工夫として、栄養剤の形状について、ど
長尾 半固形化栄養剤の使用に関連し
てくる若い医師たちは、栄養に関する授
のようにお考えでしょうか。
て強調したいのは、病院医師の意識の
業をしっかりと受けていますし、経口摂
丸山 我々は今まで、液体の栄養剤が
問題です。例えば、液体栄養剤を使用
取についての重要性も知っています。そ
経 腸栄養 剤だと思っ
している退院患者
こで問題になるのが、それ以前の教育
ていましたが、現在注
に、退院後はコス
を受けてきた、栄養に関する知識の無い
目されている半固形化
トやQOLの面等も
臨床の医師です。そこで、日本静脈経
栄養 剤は、世界の経
考慮した上で患者
腸栄養学会では、全国各地で医師向け
腸栄養剤のイメージを
や家族に半固形化
の勉強会を開催したり、N S Tに研修医
変 えるかもしれませ
栄養剤を勧めてい
を参加させるなど、啓発・教育に力を入
ん。半固形化栄養 剤
ます が、
「病 院 の
れています。
は、日本の在宅医療
先 生が液体の栄
丸山 東口先生のお話の通り、研修医
養 剤を教えてくれ
や若手医師においては、栄養学の臨床
たので、半固形化
的な知識に優れた医師もいますが、知ら
主な使用目的は、胃食道逆流症や誤嚥
に変更したくない」というケースが少なく
ない医師もまだいるわけです。特に半固
性肺炎の予防です。そのほかにも、嘔
ありません。そういう意味で、病院の医
形化栄養剤は、在宅医療の現場から出
吐対策、下痢対策、投与時間の短縮と
療者の影響力の大きさを感じています。
てきたものですから、むしろ大病院の医
いうメリットがあります。特に半固形化栄
だからこそ、胃瘻の在り方や適応、栄養
師の方が分からないこともあるようです。
経腸栄養剤のイメージを変える
半固形化栄養剤
発祥の栄養 療法とし
て、誇るべきものです。
東口 髙志 先生
長尾 和宏 先生
2015 年 冬号
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《座談会》第二部
から
QOLの観点から
胃瘻の在り方
栄養を考える 第
23回
これから医学を学ぶ人たちはチーム医療
脈カテーテルを留置したままということ
太田 在宅からフィードバックする機会
も習いますし、在宅医療の研修も受けま
は考えられないはずです。少量でも口か
を持っておられるということですね。
す。それらの積み重ねによって、胃瘻に
ら食べられるのであれば、残りは経管栄
東口 在宅を知らなければ、医療者とし
おける半固形化栄養剤の大切さについ
養で対応できますので、合理的な方法
て何かが欠けているような気がします。
ても、次第に知られるようになってくるの
はやはり胃瘻だと考えて、私たちは胃瘻
私もNSTに取り組み始めたころに、患者
ではないでしょうか。今は、そこに至る
を振興させてきました。しかし今度は逆
と一緒にお風呂に入るなどして、患者の
過渡期だと思っています。
に、適応を慎重に検討することなく胃瘻
生活を体験していました。振り返ると、
が広く行われるようになってしまいまし
それは私にとって必要な経験だったと
た。最近は、胃瘻に対するマイナスイメー
思っています。
ジが強くなってきましたが、胃瘻イコール
長尾 今回の議論は胃瘻がテーマでし
太田 胃瘻という一つの医療技術を通
悪ではありません。実際に予後調査をし
たが、水分補給も含めた栄養管理につ
して患者を幸せにすることが本来の目的
たところ、胃瘻が悪いとは思っていない
いて、医療職やNSTに関係する専門職
であり、私たちは医師の立場で最善を尽
患者・家族は少なくありませんでした。
だけではなく、市民や介護者にも加わっ
くしてきましたが、顧みると空回りしてい
患者の利益という視点でみれば、胃瘻を
ていただき、一緒に勉強するという時代
た部分もあります。この現実を踏まえて、
良い方法だと捉えている人がいることも
になってきているのではないでしょうか。
在宅ケア従事者へのメッセージをお願い
知っていただきた
すべてを病院 や医師
します。
いのです。
任 せにするのではな
長尾 例えば、今日のこの話がどこまで
太 田 早い 時 期
く、セルフケアの意識
通じるのだろうということです。全国各
に胃瘻を造り、全
を市民の皆さんに持っ
地には医療資源が不足している地域もあ
身状態を悪化させ
ていただきたいと思っ
りますし、東日本大震災の被災地は、い
ないうちにリハビ
ています。
まだに仮設住宅で、生活もままなりませ
リテーションや治
太田 今回のお話をま
ん。そうした現状を考えると、私たちの
療を行い、胃瘻は
とめますと、胃瘻はあ
今日の議論は、都会の議論ではないか
抜くことを前提に、
在宅の視点あればこその
胃瘻という有益な医療技術
くまでも栄養管理の一
太田 秀樹 先生
つの手段であり、胃瘻
と思うのです。栄養士がいない、嚥下リ
急性期に胃瘻を活
ハビリテーションができないという地域
用しようということですね。そのような活
造設だけで解決する訳ではありません。
があるなかで、栄養の原点は「おいしく
用方法であれば、胃瘻は多くの人に受け
嚥下訓練も同時に行いながら、口から食
食べること」ではないかと思うのです。そ
入れられると思います。
べる楽しみを優先するという共通認識の
の「おいしく食べること」の土台の上に、
丸山 嚥下障害を意識しながら取り組
上で胃瘻を行う必要があるようです。口
胃瘻や中心静脈栄養という方法があると
む地域であれば、胃瘻造設を早い時期
から食べることは原則ですが、経口摂
いうように意識を変えていくべきではない
から意識するようになり、家族や本人も
取だけでは十分な栄養管理ができない
でしょうか。この点で、繰り返しになりま
胃瘻をするか否かを深く考えるようにな
場合には、補助的な方法として胃瘻を造
すが、地域のなかではやはり病院の医
ります。その辺りが、胃瘻の問題を解決
る大きな意義があるということです。胃
師や研修医の影響力が非常に大きいの
する一つの方法ではないかと思います。
瘻を造ると口から食べられなくなるとか、
で、病院と在宅医が協働することが重
また私自身、NSTを始めた当時 から、
胃瘻を造れば肺炎にならないなどといっ
要だと実感しています。
地域の医師に頼まれて、在宅に出て胃瘻
た誤解もありますが、私たち医療者が、
東口 もともと胃瘻は、口から食べさせ
交換を行っていました。病院との違いを
胃瘻の在り方を正しく伝えていく努力を
るためという目的が大前提なので、経鼻
感じていた経験が今、胃瘻造設の際に
怠ってはならないということでしょう。先
胃管でのチューブの置き去りや、中心静
生きていると思います。
生方、本日はありがとうございました。
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