公益財団法人 地球環境戦略研究機関 気候変動とエネルギー領域 CLIMATE THE - At the frontier of climate policy research - 日本の低炭素化政策課題と提案: 政治的意思の明確化と中長期に 取り組むべき中核課題 地球環境戦略研究機関 研究顧問 西岡 秀三 我々は自然の摂理に従ってしか生存できない。温暖化はこの ことを明確に示している。温暖化にどう対応するかの道筋も示 されている。その中でいま日本はどう次の一歩を踏む出すべき か。 大転換の必然性を共通認識しよう 科学の示すところ(IPCC第5次報告書)では、 「人が温室効果ガ スを排出している限り温度は上がり続け、気候変動は激しくな る」から、 「気候を安定化するには温室効果ガスを出さない社会 にするしかない」。 「気候変化の影響に対し人間社会はそれに完 全に適応することはできない」からどこかでこの変化を止めね ばならない。目下国連気候変動枠組では2℃上昇までにとどめ ようとしているが、それなら今の排出状況ではあと30年の間に ゼロ排出の世界に変えなければならない。今のような化石燃料 依存社会をそうすぐには変えられないから、今から排出をへら してこの30年間を50年間、100年間にのばしてその間に低炭素 社会にかえてゆく。たとえ3℃に目標を緩めても時間延ばしに はなるだけで、この「方向」はなにも変わらないが、もちろんそ の分被害は増える。いずれにしても、その「方向」に向かっての 大きな転換が必要であることは変わらないし、その方向で国際 的な取り決めが進みつつある。先進国ではこれを先取りしての 転換が始まっているし、元気な途上国はこれを機会に新しい文 明の先導を狙っている。これが自然の摂理に従った今の世界の 状況である。 日本はどうするか? ①覚悟を決め、前向きに取り組む姿勢を明確にする 景気や格差、安全保障、地方選等目先の課題に追われてか、 温暖化に対応するための長期に目指すべき方向への議論と国民 的意識の共有がいまだなされていない。COP21に向けた目標提 出論議の前に、目先何%削減の議論の前提として、この自然の 摂理を踏まえて日本がどの方向に向かうべきかについてのしっ クライメート・エッジ DGE 23 Vol. 2015年 (平成27年) 5月号 (通巻第23号) 内 容 P.1 日本の低炭素化政策課題と提案: 政治的意思の明確化と中長期に 取り組むべき中核課題 地球環境戦略研究機関 研究顧問 西岡 秀三 特別寄稿1 P.3 日本の低炭素化政策課題と提案: ロードマップ作成から実行へ 国立環境研究所 社会環境システム研究センター 室長 増井 利彦 特別寄稿2 P.4 日本の低炭素化政策課題と提案: 低炭素社会移行のコストを金融 商品化し、日本に「グリーン投 資の国際金融センター」を築け 上智大学客員教授 環境金融研究機構代表理事 藤井 良広 特別寄稿3 P.5 日本の低炭素化政策課題と提案: コミュニケーションによる 行動変容の可能性 中央大学 総合政策学部准教授 篠木 幹子 特別寄稿4 P.6 日本の低炭素化政策課題と提案: 2030年に向けた温暖化対策 について 早稲田大学 法学部教授 大塚 直 P.7 震災後に考えること: 飯舘村の現場から 国立環境研究所 社会環境システム研究センター 主任研究員 藤野 純一 P.8 出版・活動報告 IGES THE CLIMATE EDGE 1 かりした国民的意識共有が必要である。それと共に定 めた方向を堅持し対応策を揺るぐことなく実行すると いう強い「Political Will」が示される必要がある。 ②過去に引きずられることなく、対応を新しい社会つ くりへの挑戦と前向きにとらえる 低炭素化はこれまでの化石燃料依存社会からのおお きな歴史的転換(Transition)であり、これまでの技術 社会のあり様を大きく変える。2℃目標から科学的に 導出される2050年の姿は、世界なべてCO2 換算年間一 人2トン排出(日本は目下10トン)の世界であり、今か ら世界で半減、先進国は概ね80%削減が要求される。 それならば、一人2トンの社会を新たに作り上げるの だという前向きの姿勢で今後の転換の手立てを考える 方が、やれやれ80%減らさねばならないのかと消極的 に考えるより元気が出るし、将来に向けた研究開発や 投資も進む。政府の明確な長期の方向が示されていな いことから、日本の取り組みはどう見てもほかの先進 国に後れを取っている。ぜひ低炭素日本造りを危機で はなく新たな挑戦と考え、確実な計画つくりを進める べきである。 ③エネルギーシステム・都市と生活・アジア協力・ファ イナンスへの知恵の投入 低炭素化に向けて世界が取り組むべき課題は広大で あり、これに伴う様々なTrade-offやCo-benefitとの関 連で論議されるべきであるが、中核を見失ってはいけ ない。今50年の間に成し遂げなければならないのはと もかく温室効果ガスを削減することにある。そのため には、化石燃料から脱却したエネルギーシステムへの 改革、今後も人口が集中し大排出主体となる都市での エネルギー消費削減とそのための生活様式転換、途上 国をこれまでの化石燃料技術依存発展パターンではな いleapfroggingの道に向けるための先進国協力、そし 2 てそうした新たな低炭素世界構築に向けてどう賢く 「カネの力」を使う仕組みを世界・日本の経済に組み こむか?である。 (参考資料1)日本でも、こうした中 核的課題に研究と論議を集中させねばならない。 ④COP21に向けた日本アピール UNFCCCでの交渉を待つことなくこうした社会転 換と政策形成は進めなければならないが、COP21に 向けて以下のような日本の方針をアピールする必要が ある。 ・日 本型低炭素社会の構築による自己責任完遂:積 極的な削減目標提示とそのためのシナリオ提示 ・低炭素経済システム構築への参加: 「炭素価格付け」 を基調とした新たな世界的regime構築への積極参 加(日本ではどこが指令本部なのか?)。 ・ア ジア途上国をリープフロッグさせるための、智 恵創造と知識共有のキャパビル、技術移転推進の ための資金の準備と効果的な投入に関しての方針 (参考資料2) こうした日本の政策方向を世界に知らしめるため に、ボン・パリ・バンコクなどでの一連の関連会合に は、戦略的なアピール方法を十分に練ってのぞむ必要 がある。 参考資料: LCSRNet: 先進国低炭素社会構築研究者会合ローマ年 会報告 http://lcs-rnet.org/publications/#lcsrnet_annual_ meeting_report LoCARNet: ア ジ ア 低 炭 素 発 展 研 究 ネ ッ ト ワ ー ク ボゴール会合報告と宣言 http://lcs-rnet.org/pdf/publications/2014_3rd_ Annual_Meeting_of_LoCARNet%20in%20Bogor.pdf IGES THE CLIMATE EDGE 特別寄稿 1 / Featured contribution 1 日本の低炭素化政策課題と提案: ロードマップ作成から実行へ 国立環境研究所 社会環境システム研究センター 室長 増井 利彦 長期の温室効果ガス排出削減目標の検討をはじめて 6年以上が過ぎた。2020年の温室効果ガス排出量につ いては、2009年6月に公表された2005年比15%削減す るという目標から、1990年比25%削減、2011年3月の 東京電力福島第一原子力発電所の事故があったが、現 在は2005年比3.8%削減すると、めまぐるしく変化した。 2015年4月30日に、約束草案として2013年比26.0%削減 (2005年比で25.4%削減)が政府案として示された。私 自身を振り返ると、温室効果ガス排出削減目標検討の 議論に6年以上も関わらせていただいた。これまでの 経験から、目標を議論しているだけでは駄目で、とに かく前に進むべく行動することが必要と感じている。 取り組みが1年遅れればそれだけ確実に温室効果ガス 排出量は増えてしまうし、社会の構造も温暖化対策へ の取り組みが困難になるロックイン状態に向かってし まう。そうならないためにも、とにかくできるところ から始めようというのが、私の意見である。対策のメ ニューとその効果は、我々が開発してきた統合評価モ デルであるAIM(Asia-Pacific Integrated Model)によ る分析結果を通じて既に示してきた(詳細は、http:// www-iam.nies.go.jp/aim/projects_activities/prov/ index_j.htmlを参照のこと)。あとは、いかにこれら を実行するかである。 そのための1つの視点が、 「長期的に考える」である。 現在は、とにかく短期的な視点で選択肢を評価し、判 断しがちである。それを長期的な視点に変えるだけで 選択される結果は大きく変わる。我々の試算において も、投資判断を短期から長期に変えることによって、 省エネ技術が経済性をもち、温暖化対策も進展する ことを明らかにしている。実際の投資回収年数は短い から意味がないと切り捨てるのではなく、投資回収年 数を長くするように切り替えるにはどうすればいいの か、どのような制度が必要になるかを考えればよい。 次に、 「自分の問題として考える」である。これは、 我々の結果の提示方法についての反省でもある。国の 目標に関する議論では、結果的に「平均的」な状況し か示されてこなかった。一方で、対策をとる主体の置 かれている状況は様々である。どのような対策に取り 組みやすいのか、どのような対策を行うことで最も効 果が上がるのか、などは、各主体によって大きく違う はずである。本来であれば、我々の結果も、各主体が 自分の問題として認識できるように、きめ細かく示し ていくべきであったと思うし、そうすることで、取り 組んでみようとより多くの方に関心を持ってもらえた かもしれない。しかしながら、そのためには、超える べき障壁がいくつかある。最大の障壁はデータである。 より詳細に現状を把握するためのデータ整備が必要不 可欠である。また、各主体に対しては、自ら考えられ るように「見える化」などの情報の提供も必要である。 定量的なデータを用いて客観的に現状を把握すること は、より適切な行動や対策の選択につながっていく。 環境省でも家庭からの二酸化炭素排出量を推計する統 計調査の本格的な実施に向けた試験調査が行われてい る(現状で検討されているのは関東などの地域別であ り、これを少なくとも都道府県単位で評価することが できるように拡張していただきたいと願っている)。 誰かに任せてしまうという受け身の温暖化対策ではな く、こうした情報をもとに、自分自身で対策や取り組 みを考え、実行するという能動的な姿勢が、温暖化対 策を継続し、強化していく上で重要になるといえる。 なお、ここで主張したいのは、国全体などトップダウ ンで検討すべきことも重要であり、それを放棄すると いうものでは決してない。トップダウンでの取り組み と、ボトムアップでの取り組みが融合してこそ、効果 的な温暖化対策が実現できるのである。そのためにも、 これまで先行してきたトップダウンでの取り組みと同 程度の水準にまで、個々の主体での取り組みや考えの レベルを引き上げていく必要ある。 上記を実施することは容易ではないが、これらが実 現することで社会基盤そのものもより強固なものにな るものと考えている。温暖化対策の実施と低炭素社会 の実現に向けて、長期的かつ自らの問題として認識さ れるためにどのような情報が必要となるかを考え、統 合評価モデル研究を通じて微力ながら貢献していきた い。 3 特別寄稿2 / Featured contribution 2 日本の低炭素化政策課題と提案: 低炭素社会移行のコストを金融商品化し、 日本に「グリーン投資の国際金融センター」を築け 上智大学客員教授 環境金融研究機構代表理事 藤井 良広 温暖化対策をめぐる最大の課題は、対策費用にある。 経済成長を優先する途上国にとっても、先進国でCO2 排出量の多い産業部門にとっても、削減のための追加 コスト負担が重荷になる。しかし、このコストを合理 的、効率的に対応する金融商品に転換できる市場を創 設すれば、途上国や排出事業者にとっても、また金融 商品を取引する投資家・金融機関にとっても、温暖化 対策へのファイナンスと新たな長期投資市場の育成と いう両面の問題解決が可能になる。日本がそのリード 役を務めれば、東京市場を「グリーン投資の国際金融 センター」とすることも可能だ。 <温暖化対策の費用は“小さい”> 温暖化対策に必要とされる世界全体の経済的費用は IPCCのAR5では暫定的に、2℃上昇による損失をGDP の0.2%―2.0%のレンジを示した。IEAの従来の推計で は、2030年代までに途上国を中心として年間1兆~1兆 6000億㌦の対策費用を想定している。COP21の交渉 でも途上国で今後、必要とされる対策費用を誰が、ど う担保するのかが、最大の焦点となる。 年間1兆㌦を超す追加費用は膨大だ。だが、実は金融 の世界から眺めると、マイナーな規模でしかない。世界 の金融市場(株、債券、融資の合計)の総額は220兆㌦と される。これら伝統的な3部門の市場以外の商品、不動 産、貴金属などを含めると市場規模は倍増する。さら にそれらを原資産とするデリバティブ市場まで入れる と超膨大で、温暖化の費用は「小さい」のである。 <金融市場の基盤形成に国際合意を> ただ、金融のおカネは放っておいては温暖化対策に 流れない。金融機関や金融人が、とりわけ地球温暖化 対策に熱意を持つわけではない。一定の強制力を持つ 温暖化対策の法規制やルールが導入されて初めて、排 出削減ビジネスが市場化し、効率的な技術、手法、事 業に資金が投じられる。 2013年以降、世界各国で発行が増えているグリーン ボンドは、そうした期待からCOP21の合意を先取り し、再エネや省エネ事業への資金を債券発行で調達し、 新たな債券市場を育成しようと、欧米の金融機関主導 主導で推進されている。グリーンボンドは、世界銀行 4 などの国際公的金融機関による資金ニーズと、温暖化 対策を国内的に推進する一部先進国のニーズ等を背景 とした「試行・先行的」な試みである。先進的な日本 企業の発行も起きている。 金融機関にとってもグリーンボンド市場の形成は魅 力を持つ。欧州金融危機後、債券取引の中心だった各 国の国債市場で発行体格差が顕在化した。このため、 長期投資を主とする年金、生命保険等は、資産・負債 マネジメント(ALM)上の潜在的な課題を抱えている。 適格な投資市場不足なのだ。またポートフォリオ上も 国債との相関性が相対的に低い温暖化対策投資のよう な長期事業を資産とするグリーンボンドや、グリーン 投資株上場市場などの整備が求められているのだ。 <日本が唯一、国際金融センターになれる可能性> 日本政府はこれまで、東京をニューヨーク、ロンド ンに並ぶ国際金融センターにしようと、旗を振ってき た。しかし、国内の金融資産の規模にもかかわらず、 内外規制の格差、金融機関のグローバル力の乏しさ、 国内のソフト面のインフラ基盤の脆弱性等がネックと なり、シンガポール、香港に先を越されてしまった。 しかし、グリーン投資を軸とした新たな金融市場の形 成では日本は「強み」を持つ。まず、再エネ、省エネ の両分野で技術・実践の両面で豊富な経験と蓄積があ る。またFITなどによる国内の対象市場の成長は目覚 しい。隣接するアジア市場は膨大な潜在グリーン市場 である。グリーンの技術と、日本の金融資産、アジア での日本の存在感、この3つを生かす政策展開ができ れば、日本こそがグリーン投資の国際金融センターに ふさわしい。 その可能性を生かすも逸するも、日本の政治・政策 面での決意次第である。すでに中国は国内での膨大な 潜在グリーン投資需要を市場資金で賄おうと、債券発 行制度の改革や、欧米投資家の引き込み等の対策を検 討中とされる。COP21の成否を握る中国がAIIB同様、 グリーン投資市場形成でも日本より先行するとすれ ば、日本は伝統的な国際金融センターどころか、低炭 素社会形成の次世代市場でも劣後してしまう可能性も ある。政治・政策のレジームチェンジを今こそ、大胆 に、一気に、展開し、民間の資金を解き放つすべきだ。 IGES THE CLIMATE EDGE 特別寄稿 3 / Featured contribution 3 日本の低炭素化政策課題と提案: コミュニケーションによる行動変容の可能性 中央大学 総合政策学部准教授 篠木 幹子 人間の行動メカニズムから気候変動を考える あらゆる社会問題の解決には法制度の整備や技術等 の発展が重要であるのはいうまでもないが、それに加 えて、社会の成員がいかにその社会問題を認識し、い かに協力的な行動をとるかということが、問題解決の 成否を握ると考えられる。これは、気候変動の問題に おいても同様である。当該社会に居住し多様な活動を 行う人びとが、実際に問題解決に貢献しうる協力的な 行動を選択・実行することで、気候変動によって生じ るさまざまな問題をくいとめる可能性がある。 とはいえ、社会の中の成員は多様である。気候変動 が非常に深刻な問題であると認識し、自発的にさまざ まな行動をおこなっている積極的な人もいれば、我わ れの生活によって排出される温室効果ガスは微々たる ものであり、温暖化など生じていないのだから何もす る必要はない、と考える消極的な人もいる。あるい は、気候変動が問題であることを認識しているものの、 日々の生活の中では年金問題のほうが重要である、と いうように環境問題への対応の優先度が低い人も存在 する。 加えて、気候変動の問題は身近な問題として認識し づらい。自分の行動によって削減される温室効果ガス の量を目で確認することはなかなかできない。問題が 地球規模にわたるので、自分ひとりが行動しても意味 はないと自分の行動を過小評価しがちである。さらに、 多くの人びとが協力しなければ問題は解決しないた め、自分ひとりが協力的に行動するのをばからしく思 うかもしれない。平均気温が上昇したら、冬は寒くな くなるからむしろ歓迎だ、と考える人も実は存在する。 人びとの考え方や行動に違いがあるのはある意味で は当然である。検討すべきは、個人のばらつきがある 中で、気候変動の問題をどのように伝えれば人びとが 協力的に行動するようになるのか、ということである。 問題が日々深刻化し、早急に対応しなくてはならない からこそ、あらためて気候変動に関するさまざまな情 報を伝えることの意味や方法を検討する必要がある。 気候変動におけるコミュニケーション これまで、気候変動の情報はどのように伝えられて きただろうか。テレビや新聞、自治体の広報、インター ネット、教科書や書籍など、種々の媒体を通して気候 変動の話題はとりあげられている。しかし、伝える側 に立つ人びとは、各媒体に情報を載せさえすれば、そ れで気候変動について伝えたつもりになってはいな かっただろうか。そのようなかたちで提供された情報 は本当に伝えたい人びとへ伝わっていたのだろうか。 気候変動によって生じる問題の解決を目指すのであ れば、人びとに問題をどのように伝えるべきなのか、 今こそ真剣に考えなくてはならない。個人の状態に よって必要な情報は異なる。どのような人びとがどの ような情報を必要としているのか。どのような時期や 場所、あるいは内容であれば、伝えられた情報によっ て行動の変化や継続的な行動が生じるのか。 「気候変 動」や「地球温暖化」といった言葉を知ってもらうため の伝え方と、人びとの気候変動に対する関心を持続さ せ、教育的な効果をうみだすための伝え方はどのよう に異なるのか。これらのことを把握するのがコミュニ ケーションの第一段階である。 さらに伝える側は、情報が相手にどのように伝わっ たのかを把握する必要がある。このために必要なの が、一方通行の情報の提示ではなく、双方向のコミュ ニケーションである。対話と言い換えることもできよ う。情報を伝えた相手の変化を把握することで、伝え る側も変化し、問題解決に向けたさらなる情報を再び 相手に伝える。これがコミュニケーションの第二段階 である。コミュニケーションを繰り返すことによって 気候変動の問題は社会の中で共有され、人びとの継続 的な行動が行われやすくなると考えられる。 社会は人と人とのつながりによって成り立ってい る。つながりのある場所では、信頼できる人びとの間 にコミュニケーションが成立しうる。国や地方自治体 と国民、国と企業、NPOと国民、国民同士などのさ まざまなつながりの中で、いかに気候変動の問題を共 有していけるか。この点について、さらなる検討と実 践が必要であるⅰ。 ⅰ 本稿は、コミュニケーション・マーケティングWGのとりまとめをベース とした議論である。 http://www.env.go.jp/council/06earth/y060-105/ref07-30.pdf 5 特別寄稿4 / Featured contribution 4 日本の低炭素化政策課題と提案: 2030年に向けた温暖化対策について 早稲田大学 法学部教授 大塚 直 標記の問題について現在考えているところを箇条書 きにしておく。 1 全体的な課題 2050年の80%削減の目標と整合性のある目標を2030 年について立てる必要がある。 第1に、地方公共団体実行計画については特例市未 満は、現在策定率14.6%であり十分でない。自治体が エコアクション21に参加し、PDCAサイクルをまわし ながら温暖化対策を進めることも期待される。 第2に、産業界の低炭素社会実行計画については、 景気の動向に左右されないため、原単位及び総量(な いしエネルギー消費量)を目標にすべきである。エネ ルギー消費量を目標とする場合も活動量の見込みを 出してほしい。経済的技術的に可能な最先端の対応 (BAT)を実施すること、業界のカバー率の向上、未 達成の場合にJクレジット等のクレジットを活用する ことも重要である。また、鉄鋼、自動車については生 産量の見積もりをより保守的に行うべきではないか。 2 住宅 国は2030年に向けて老朽マンションの建て替え(現 在、住宅ストックの4割、2000万戸が無断熱住宅であ る。老朽マンションの建て替えはうまくいっていな い)、信号機のLED化など、インフラの支援も行うべ きである。国交省と他の省とが連携して進めることが 期待される。 3 運輸 乗用車燃費基準について2020年基準はすでに相当程 度達成しているので、2025年基準の設定が必要であ る。運輸部門のCO2 削減には自動車税のグリーン化が 一定の影響を与えていることについての認識が必要で あり、グリーン化を維持・発展させるべきである。燃 料自体の低炭素化、中古車からの排出の削減対策も課 題である。 4 電力 「東京電力の火力電源入札に関する関係局長級会議 とりまとめ」 (平成25年4月)に記されている、電力部 6 門での「枠組み」の構築について3月中に議論を開始す ることとなった点は慶賀すべきである。 電力に関する最大の問題は、LNGの2倍のCO2 を排 出する石炭火力発電所の増加により、数千万トンの排 出削減が相殺されてしまい、省エネ、再エネ等の対策 が意味を失うことである。アセスの強化、 「枠組」の強 化が期待される。石炭火力の大幅導入の結果、CO2 の 排出量がどの程度増えるかが国から示されていない 点にも問題がある。IPCC第5次報告書では石炭火力の 導入にはCCSが必要としている点にも注意が必要であ る。 再生可能エネルギー普及のため、系統強化が必要で ある。系統強化費用の精査の上、温暖化対策税の使用 の可能性も検討すべきである。イギリスのような再生 可能エネルギー熱買取制度の導入も早急に検討すべき である。 「枠組み」としては、①自主的取組について、外国 人投資家との関係、電力自由化との関係で困難となる ことが見込まれる一方、②電力全体での削減目標達成 のための排出量取引のような市場的ルールが有用にな ると考えられる。広域運営等推進機関に削減目標の遵 守確保に向けて何らかの役割を担わせることが必要と なろう。③火力についてはアメリカで実施されつつあ るような原単位規制も考えられる。④そのほか、電力 安定供給のためのキャパシティマーケット、 (電力の 付加価値を高めるための情報を示すため)発電源証明 のような、電力のCO2 低減のための「枠組み」を支え る仕組みが重要となる。 5 JCM(二国間クレジット) INDCにJCMの数値目標を提出するかどうかはとも かくとして、他の目標との関係でもJCMの数値を掲 げて位置づけることが必要であると思われる。JCM についてはすでに12か国と協定が締結されており、更 なる進展が期待されるところである。 IGES THE CLIMATE EDGE コメンタリー 震災後に考えること:飯舘村の現場から 国立環境研究所 社会環境システム研究センター 主任研究員 藤野 純一 先日、飯舘村の40代の男性の方のお話を聞く機会が 私たちは2030年、2050年に中心になって活躍する、 ありましたので、この場を借りて共有させて頂きます。 彼の子どもたち、みなさんの子ども、孫、まだ見ぬ子 震災前は、おじいちゃんとおばあちゃん、奥さん、娘・ 孫のために、約束草案の議論を行っているはずです。 息子の三世代家族で、農業を基盤に息子夫婦が働きに 彼らが望む2030年、2050年はどんな姿だろうか。でき 出るという、飯舘では典型的な暮らしをしていた方で る、できないの議論だけでなく、彼らが望む未来を実 した。震災後すぐ、子供だけは避難させないと、とい 現させるために、どんなことが必要で、どんなことを う雰囲気の中で、まず、奥さんと子供二人を山形県山 やったら実現できる可能性が高くなるのか、そういっ 形市に避難させ、数カ月後、幼稚園児の息子だけ山形 た議論もしないといけないのではないでしょうか。 県米沢市に避難させたとのことです。毎週末会いに行 誰が、お父さん、お母さんに、 「あなたの娘さん、 くたびにぐずっていたのが、そのうち背中を向けて声 息子さんは絶対安全ですよ。将来も問題ありません も発さない、不安定になっていく息子さんを見て、家 よ。」と言えるのでしょうか。私たちは、お父さん、 族で一緒に暮らさないと家族が壊れてしまうと、一緒 お母さん、娘さん、息子さんに、少しでも希望が感じ に暮らせる家を福島県内に探したそうです。避難先の られるエネルギーミックスを、温暖化対策を示すこと 部屋の狭さから、今でもじいちゃん、ばあちゃんとは ができるのでしょうか。 一緒に暮らせていません。 2011年6月21日に初めて飯舘村を訪問し、ご縁があっ 震災後、自分たちだけでなく子どもたちも何度も検 て2011年8月から飯舘村の復興計画づくりにかかわり、 査を受けていて、後日結果を知らせる封筒が届くそう また福島の方々と関わらせて頂きながら、結局自分は です。封を開ける前は今でも、悪い結果でありません 何もわかっていなかったという、自分自身に対する反 ようにと、神様に祈るそうです。 省を共有させて頂きました。貴重なお時間をありがと そんな彼が言ったことは、他の誰にも、自分や家族 うございました。 のような目に合って欲しくない。だから原発はもうい らない、と。 本文章は、3月30日に開催された中央環境審議会地球環 ベストミックスの議論に、彼のような原発事故被害 境部会2020年以降の地球温暖化対策検討小委員会・産 者の体験は加味されているのでしょうか。過去のトレ 業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会約 ンドから、将来できることはこれしかないという議論 束草案検討ワーキンググループ合同会合の発表原稿で に、陥ってはいないでしょうか。 ある。合同会合の配布資料と議事録は経済産業省およ 2030年、申し訳ないが、今、この議論に関わってい び環境省のホームページから入手することができる。 る中には、もういらっしゃらない方もいるでしょう。 http://www.meti.go.jp/committee/gizi_1/30.html#yakusoku_ 2030年の議論は2050年につながるものです。2050年、 souan_wg この中にどれだけの人が生きているだろうか。自分も https://www.env.go.jp/council/06earth/yoshi06-17.html 自信がありません。 7 出版・活動報告 出版 ・活動報告 気候変動とエネルギー領域 http://www.iges.or.jp/jp/climate-energy/index.html クライメート・エッジ バックナンバー http://climate-edge.net/ <出 版> IGESワーキングペーパー「Comparative Assessment Of GHG Mitigation Scenarios For Japan In 2030」 (英語) (2015年5月) This study conducted a comparative assessment of 48 greenhouse gas (GHG) emissions reduction scenarios for 2030 reported in seven studies published between 2011 and 2015 and based on bottom-up energy system analyses. This study conducted two sets of analyses. First, the scenarios were categorized into four mitigation effort levels and assessed the value ranges for GHG emissions (excluding land use, land use change and forestry) as well as the key underlying energyrelated indicators for each effort level category. Second, a multiple regression equation was developed to predict GHG emissions with a few energy-related explanatory variables based on the data from the 48 scenarios. Using the derived regression equation, we calculated the levels of low-carbon energy supply and end-use energy savings required to achieve different levels of GHG emissions reduction in 2030. 詳細:http://pub.iges.or.jp/modules/envirolib/view.php?docid=5974 <活 動> 開催報告:二国間クレジット制度の促進に向けて (2015年3月19日 東京) IGESは、環境省と共催で、2015年3月19日(木)に「公開セミナー: 二国間クレジット制度(JCM)の促進に向けて」を開催しました。 本セミナーは、二国間クレジット制度(JCM)の周知と、JCM を通じた途上国における事業実施を支援する環境省による設備 補助事業のさらなる拡大を目的として開催されました。 詳細:http://www.iges.or.jp/jp/climate-energy/mm/20150319.html ンゴル・バングラデシュ・べトナム・ラオス・インドネシア・ カンボジア・マレーシア・ミャンマー・タイの9カ国の政府関 係者に加え、日本の政府機関や関係機関からの参加がありまし た。本ワークショップでは、JCM署名国からはホスト国におけ る進捗状況について、未署名国からは国内における準備状況に ついて情報共有を行うと共に、JCMにおける課題や今後のキャ パシティビルディングの要望等について、活発な議論が行われ ました。 詳細:http://www.iges.or.jp/jp/climate-energy/mm/20150318.html 開催報告:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)公開 シンポジウム地球温暖化問題について考えよ う!最新の科学と温室効果ガス排出量監視の (2015年3月18日) 取りくみ 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、1988年に世界気象 機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された気候変 動問題(地球温暖化問題)に関する世界規模の科学者のネット ワークです。本ネットワークでは、気候変動の科学、影響、経 済的側面、緩和あるいは適応のための方策についての評価:温 室効果ガスインベントリのためのガイドラインなど方法論の評 価および開発:国連気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会議 (COP)やその補助機関の要請に応じた科学的・技術的・社会経 済的な助言などの活動を行っています。当シンポジウムでは、 まずIPCCの活動及び気候変動に関する最新の知見に触れ、次 に気候変動問題と沖縄、最後に地球温暖化問題への国際的な取 り組みとIPCCの関わりについて議論を深めました。 詳細:http://www.iges.or.jp/jp/alliges/20150316.html 開催報告:Workshop on facilitating JCM implementation in Asia (2015年3月18日) IGESは、2015年3月18日 に 環 境 省 と 共 催 で、 「Workshop on facilitating JCM implementation in Asia」を開催致しました。 弊機関では、これまでにアジア各国において、二国間クレジッ ト制度(JCM)の普及・支援やキャパシティビルディングを実 施してきました。本ワークショップでは、支援対象国であるモ 発行日:2015 年 5 月 29 日 編集・発行:公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) 気候変動とエネルギー領域 〒 240-0115 神奈川県三浦郡葉山町上山口 2108-11 TEL: 046-855-3860 / FAX: 046-855-3809 / EMAIL: [email protected] ※このニュースレターの内容は執筆者の見解であり、IGES の見解を述べたものではありません。 Copyright © 2014 Institute for Global Environmental Strategies. 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