Title 日本の世界遺産寺社の英語ウェブサイト分析 : ESP のジャンル分 析の観点から Author(s) 岩井, 千春 Citation 言語と文化. 14, p.55-65 Issue Date URL 2015-03-31 http://hdl.handle.net/10466/14322 Rights http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/ 日本の世界遺産寺社の英語ウェブサイト分析 ―ESP のジャンル分析の観点から― 岩 井 千 春 1.はじめに 日本の寺社は外国人観光客にとって主要な観光スポットの 1 つであり、訪日前 からの期待度も高い。2010 年の外国人観光客に対する調査では、寺社が含まれる カテゴリーである「歴史的・伝統的な景観、旧跡」が、「食事」と「ショッピン グ」に次いで、「訪日前に期待したこと」で第 3 位となっている(日本政府観光局 (JNTO),2011)。一方で、外国人観光客から見れば、寺社はどれも似かよってい て、一つ訪問すれば十分と考えられている。それは、各寺社がその特色を十分にア ピールできていないことが原因ではないだろうか。言うまでもなく、現代では業種 を問わず国際的な情報発信の主要な方法は、英語で書かれた公式ウェブサイトであ る。そこで、本研究では、ESP(English for Specific Purposes = 専門分野別の英 語)研究のジャンル分析の観点から日本の世界遺産寺社の英語のウェブサイトを分 析し、外国語による外国人観光客への対応等についての現地調査も行って多角的に その実態を明らかにする 1)。 2.外国人観光客に対するウェブサイトの役割 ネット・マーケティングの手段の一つであるウェブサイトは消費に関する意思決 定を促す重要な働きがあり、観光消費においても、外国人観光客が訪日自体や、日 本の訪問地を検討する上で重要な情報源となる。前掲の調査においても、訪日旅 行者全体の 54.5%(複数回答)がインターネットの情報が役に立ったと答えている (日本政府観光局(JNTO),2011)。 更に、役に立ったインターネットの情報源の 中では、 「民間の旅行情報ポータルサイト」(43.5%)、 「個人の情報サイト」(33.7%) に次いで「観光事業者のウェブサイト」と回答した観光客が 22.7%にのぼっている (図 1)。この調査の「観光事業者」は旅行会社、航空会社、交通機関、観光施設、 宿泊施設等が含まれている。日本の寺社が開設している公式ウェブサイトもこのカ テゴリーに入り、この調査は外国人観光客の訪問地決定において、寺社の公式ウェ ブサイトの役割の大きさを示唆している。 − 55 − JNTO 16.7 公共機関(地方自治体等) 12.4 観光事業者 (観光施設、 旅行会社等) 22.7 民間の旅行情報ポータルサイト 43.5 個人の情報サイト (SNS、 ブログ等) 33.7 その他 10.5 0 10 20 30 40 50 % 図 1 役に立ったインターネットの情報源(n = 11,642, 複数回答) (日本政府観光局(JNTO),2011, pp.224-226 より作成) 3.寺社のウェブサイト分析 3.1 先行研究と本研究の分析方法 ウェブサイトの構成内容に関する先行研究では、Liu, Arnett, Capella, & Beatty (1997)が、Fortune 5002) に選ばれた企業が開設しているウェブサイトを取り上 げ、そのウェブサイトの内容を分析し、今後の企業によるウェブサイト利用の動向 についての考察をしている。収益の多い企業ほどウェブサイトを開設していること や、客とのコミュニケーションを重視していること、値段よりも商品の説明を多く して、他社との差別化を図っていることなどを明らかにしている。 更に、Hyland(2011)は、大学のウェブサイトにある所属教員の個人サイトに 関する研究を行っている。世界の主要大学に所属する 100 名の教員(哲学と物理学 の各 50 名)のウェブサイトについて、上記 2 つの研究分野、男女、職位によって、 言語的表現内容、デザイン、ハイパーリンクの違いを分析した。同時に、大学の規 定を守りながらも、如何にして個人がオンライン上のアイデンティティを構築して いるかを明らかにした。 一方、日本の寺社の公式ウェブサイトについては、これまでに分析した研究はな い。そこで、本研究では、日本の世界遺産寺社が外国人観光客への情報発信のため に開設している英語の公式ウェブサイトの構成内容を分析する。比較対象として、 上記の寺社の日本語サイト、及び、英語圏の宗教施設であるキリスト教会のウェブ サイトを分析する。世界遺産寺社でのインタビュー、アンケート、外国人客対応の 状況調査の結果もふまえ、ESP のジャンル分析の視点から日本の寺社ウェブサイ トの特徴を明らかにする。 − 56 − 3.2 ジャンル分析 3.2.1 ジャンルの定義とジャンル分析の方法 本研究では、ESP 研究のジャンルという概念を分析の視点とする。ジャンルと は、英語の種類(例えば、ウェブサイト、論文、新聞、広告、講演等)のことで あり、それらは、様々な組織、団体など、共通の目的を持った人々の社会的集団 (discourse community)で使用される、特定のコミュニケーションの目的を反映 した英語使用である(Swales, 1990)。ジャンル分析では、言語形式の表面的分析 ではなく、社会認知的、文化的側面も分析の視点とし、ある専門家集団の中で慣習 化された言語使用に焦点をあてる。従って、その方法は、言語的分析、ジャンルが 使用されている文脈の分析、発信者や受信者とジャンルの目的の分析、組織環境の 分析など多岐にわたる(Bhatia, 1993)。 本研究では、寺社がインターネットで使用する情報発信のジャンルとして、その 公式ウェブサイトの構成内容と英語使用を分析し、現地調査の結果もふまえて、多 角的に世界遺産寺社のウェブサイトの特徴を明らかにする。 3.2.2 寺社のウェブサイトのジャンルの特徴 3.2.2.1 分析対象ウェブサイト 世界遺産に登録されている日本の寺社は 2013 年 3 月の時点で構成資産を含め 48 件あり、その中で、独自の公式ウェブサイトを持つ寺社 3)は 85.4%(41 件)である が、英語のウェブサイトを持つ寺社は 35.4%(17 件)である。本研究では、これら の日本語・英語両方のウェブサイトを持つ寺社 17 件を分析対象とする。 次に、比較対象として、英語圏の国々で、日本の寺社に対応する宗教施設であ る、キリスト教会のウェブサイトを取り上げる。世界遺産に指定されているキリス ト教会に限定すると、英語圏ではイギリスに 4 件しかない。そこで、世界遺産でな くとも、観光客に人気のあるキリスト教会を英語圏の国々で抽出するため、旅行口 コミサイト Tripadvisor4) において 2012 年に英語圏の国で、世界の人気観光都市 に選ばれた都市(ロンドン、ニューヨーク、シドニー)と、カナダで最も上位の人 気観光都市であるバンクーバー、ニュージーランドの最も上位の人気観光都市であ るクイーンズタウンを選択した。それらの都市で、“Cultural”(文化的観光施設・ スポット)のカテゴリーで 15 位以内にあるキリスト教会を抽出した。結果として、 イギリスの世界遺産のキリスト教会 4 件に加え、ロンドンで 4 件、ニューヨーク で 6 件、シドニーで 2 件、バンクーバーで 1 件、クイーンズタウンは 0 件となり、 計 17 件となったが、2 件のキリスト教会は同じウェブサイトを共有していたため、 最終的に 16 件のキリスト教会のウェブサイトを分析した。次節からは、これらの ウェブサイトのジャンル分析の結果について述べる。 − 57 − 3.2.2.2 多言語対応 日本の世界遺産寺社では、(英語以外の)多言語対応のウェブサイトは対象の 17 件中 9 件であり、内訳は、韓国語 8 件、中国語 8 件、フランス語 1 件、ドイツ語 1 件となっていた。フランス語とドイツ語のみを提供しているものが 1 件あり、他の 8 件は、英語、韓国語、中国語の 3 か国語対応である。近年、韓国や中国から日本 へ観光客が増加していることを受け、フランス語とドイツ語に比べ、韓国語と中国 語への対応が進んでいることが分かる。一方、英語圏のキリスト教会については、 16 件中 4 件(機械翻訳システム 1 件を含む)のみが多言語対応をしており、25.0% に留まった。その内、日本語対応があるものは 4 件中 3 件(但し、機械翻訳システ ム 1 件を含む)であり、多言語対応のあるウェブサイトの中では、比較的日本人観 光客への意識が感じられる。 3.2.2.3 ウェブサイトの構成内容 (1)施設の概要に関する情報 表 1 は分析対象ウェブサイトの構成内容について、英語圏のキリスト教会のウェ ブサイト、日本の寺社の日本語と英語のウェブサイトに分けて、分析結果の概略を 示している。日本の寺社・英語圏のキリスト教会ともに、「施設の説明」と拝観時 間や拝観料、アクセスなどの「訪問者情報」についての情報を提供することは重 要と考えられており、どちらも 100%~ 70.6%の高い提供率であった。日本の寺社 については「施設の説明」は英語でも 100%にのぼり、海外に情報発信をする際に は、まず施設の説明をすることが重要と考えられていることを示唆している。実際 に、ウェブサイト分析の対象となった 17 件中 2 件の寺社は、PDF で(英語で書か れた)寺社の案内資料を提供することで英語での情報発信をしていた。 また、英語圏のキリスト教会では、ミサなどの毎日のスケジュールを含めて「行 事案内」や「訪問者情報」がウェブサイトの上位に書かれている場合が多い。一 方、日本の寺社は「施設の説明」が上位に書かれている場合が多く、英語での「行 表 1 日本の世界遺産寺社と英語圏キリスト教会のウェブサイトの構成内容 (単位%) 施設の説明 訪問者情報 行事案内 宗教的教育 寄付の依頼 問合せ先 商品紹介 英語圏教会ウェブ サイト (n=16) 100 100 100 87.5 93.8 100 56.3 日本寺社の日本語 ウェブサイト (n=17) 100 100 82.4 29.4 11.8 64.7 52.9 日本寺社の英語 ウェブサイト (n=17) 100 70.6 41.2 11.8 5.9 29.4 0 − 58 − 事案内」は 41.2%に留まっている。これらの結果は、英語圏のキリスト教会の方 が人々に訪問してもらい、宗教施設としての活動に参加してもらいたいと考えて いることを表している。あるキリスト教会のウェブサイトでは、自らを“living church”と紹介し宗教施設として活発に活動していることをアピールしている。一 方、日本の寺社では観光のための施設としての説明をするということが目的になっ ていることが分かる。 (2)宗教的教育活動 このカテゴリーでは、日本の寺社、英語圏のキリスト教会ともにプログラムやカ リキュラムを組んで開催している、宗教的教育の情報発信や活動の機会を含めてい る。寺社では、そのウェブサイト上で、法話をはじめ、その施設に因んだ宗教上 の講座や文化講座の案内がある寺社を計上している。キリスト教会では、大人だ けでなく、子供や学校の生徒に対する宗教的教育をこのカテゴリーに含めている。 ウェブサイトでのこれらの情報については、日本の寺社は日本語ウェブサイトでも 29.4%、英語になると 11.8%となり情報の提供率が低かった 5)。一方で、英語圏の キリスト教会では、対象ウェブサイトの 87.5%が宗教的教育に関する情報を提供し ており、特別に“Education”というタブが設けられていることも多く、キリスト 教会にとって宗教的教育が重要であることを示唆している 6)。 (3)寄付の依頼 英語圏のキリスト教会で高かった「寄付の依頼」(93.8%)については、多くの 英語圏キリスト教会では施設の維持、管理、運営のためと明示されており、ウェ ブサイト訪問者へ理解と寄付を求めていた。キリスト教会では、信徒が所属するコ ミュニティのキリスト教会に寄付することは一般的なことであり、その習慣がウェ ブサイトの内容に影響を与えていると考えられる。一方、日本の寺社は、割合は 少ない(日本語で 11.8%、英語で 5.9%)が、有料の会員組織のメンバーを募って おり、メンバーになればニュースレター送付、会員証の発行、入場料の割引などメ リットがあることを謳っていた。これらの会員制度により、寺社を支援するサポー ト・コミュニティーが形成されている。 (4)問合せと商品販売 英語圏のキリスト教会のウェブサイト全てにあった問合せ欄は、寺社では、日本 語でも 64.7%に留まっていた。更に、これが英語になると 29.4%に下がった。英語 での問合せ欄を持つ寺社ウェブサイトで採用されている通信手段の内訳は、合計 5 件の内、電話とメールが 1 件、メールのみが 2 件、電話のみが 2 件であった。 日本寺社のウェブサイトの商品販売に関する項目は、日本語ウェブサイトでは、 商品情報のある 9 件(52.9%)のウェブサイトの内、6 件は通信販売も行っている − 59 − が、英語ウェブサイトでは商品情報も全く掲載されていない。これは、英語使用に 伴う負担の要因だけでなく、国際的な発送・支払手続きなどが障害となっている可 能性がある。一方、英語圏のキリスト教会では、商品情報のあるウェブサイト 9 件 (56.3%)の内、そのほとんどである 8 件で通信販売も行っていた。 (5)その他―音楽 日本の寺社ウェブサイトには全くないが、英語圏のキリスト教会に特徴的なウェ ブサイトの構成内容として、音楽がある。調査対象となった 16 件のキリスト教会 ウェブサイトの内、93.8%が音楽についての紹介があった。音楽のカテゴリーでは、 主に、聖歌隊の紹介や、コンサートやリサイタルの案内、聖歌隊の CD の販売に至 るまで、様々な活動が紹介されていた。キリスト教会で開催される音楽活動は、地 域コミュニティでの人の繋がりを生み出し、また、人々の娯楽でもあると同時に、 歌詞による宗教教育の意味もある。 (6)英語の特徴 本項目では、日本の寺社の英語ウェブサイトと英語圏のキリスト教会のウェブサ イトでの英語使用の特徴について分析し、以下の表 2 に概説している。 表 2 日本の世界遺産寺社と英語圏キリスト教会のウェブサイトにおける英語使用 英語圏のキリスト教会ウェブサイト 対 目 象 者 ウェブサイト訪問者全員 的 施設への訪問・活動への参加を促す (布教) ウェブサイト訪問者との相互の意思疎通 言 語 行 動 (コミュニケーション型) 積極的な働きかけ 英語の使用法 寺社の英語ウェブサイト 予め興味を持った人 観光寺社としての施設の紹介 一方的な説明(パンフレット型) フォーマルな情報提示 ウェブサイト訪問者に対して、歓迎 施設の情報を提示することに重点を置く し、語りかける表現 無生物主語の硬い表現 英語圏のキリスト教会の場合は、写真や動画を駆使し、訪問した全ての人に興味 をもってもらえるようにアピールしていた。英語圏のキリスト教会のウェブサイト は、観光客だけでなく、地域の人々に向けた情報発信の目的もあり、その必要性が 高く、内容の充実度にもそれが反映されている(コミュニケーション型)。一方で、 日本の寺社ウェブサイトは、アピールするというよりは説明することに注力し、予 め興味のある人が更に知識や情報を得ることを目的に作成されているようである (パンフレット型)。即ち、英語圏のキリスト教会のウェブサイトは、全ての人の興 味を引きこもうとしているが、日本の寺社ウェブサイトは興味のない人にまで興味 を持ってもらえるような積極的な姿勢は感じられない。 − 60 − 英語表現についても、英語圏のキリスト教会のウェブサイトでは、ウェブサイト 訪問者に対して、歓迎する表現、呼びかける表現が多用されており、実際の施設へ の訪問を促すようなコミュニケーションを図ろうとしている。対照的に、多くの日 本の寺社ウェブサイトでは、施設の情報を提示することに重点がおかれ、それに 伴って無生物主語構文のような硬い英語表現が多い。例えば、英語の“welcome” という表現(“Welcome to XXX church.”や“a warm welcome”など)は、英語 圏のキリスト教会の 75%で使用されていたが、日本の寺社の英語ウェブサイトで は 5.9%に留まっている。更に、“you”を使った、ウェブサイト訪問者の立場で語 りかけている表現(例えば、“Please contact the Cathedral if you are interested in becoming a volunteer.”など)は、英語圏のキリスト教会全てで使用されてい たが、日本の寺社ウェブサイトでは 23.5%であった。 これは、外国語である英語使用に不慣れであるということ以上に、英語圏と日本 の言語使用における丁寧さの捉え方の違いに大きな影響を受けている。語用論のポ ライトネス理論では、相手を承認したり、褒めたり、仲間と認めたりして相手との 距離を縮めようとする積極的な言語行動(ポジティブ・ポライトネス)と、相手の 邪魔をしたり、負担をかけたりしないように気を配る言語行動(ネガティブ・ポラ イトネス)があるとされている(Brown & Levinson, 1987)。ポライトネスとは、 相手が心地よいと感じる言語行動であり、必ずしも言語そのものが丁寧かどうかと いう問題ではない(宇佐美 , 2002)。日本文化では敬語が発達しているように、相 手との距離をおいて特定の言語表現を使用することにより、敬意を示すこと(ネ ガティブ・ポライトネス)が重視され、それが丁寧であると考えられている。一 方、日本文化と対照的に、英語圏では相手との距離を縮め、親しみのある表現(ポ ジティブ・ポライトネス)が相手への配慮としてより評価されている。しかしなが ら、日本の英語教育では、英語でのポジティブ・ポライトネスがあまり指導されて こなかったため(村田和代,2004; 村田泰美,2006)、日本語の母語話者は日本文化 の影響のままに、ネガティブ・ボライトネスを重視した英語使用をしてしまう。そ の結果、寺社のウェブサイトでも硬い表現の英語使用がされていると考えられる。 4. 寺社での現地調査 前節までのウェブサイト分析をふまえ、本節では日本の世界遺産寺社で行った現 地調査(インタビュー、アンケート、外国人客対応の状況調査)の結果について述 べながら、本研究の分析を深める。対象は、公式ウェブサイトの有無とは関係な く、日本にある世界遺産の寺社の中から任意に抽出した。インタビュー調査は電話 での調査 1 件を含めて計 6 件、アンケート調査は持参して記入の協力と郵送による 返却を依頼する方法を採り、有効回答数は 2 件であった。いずれも平成 25 年 2 月 ~ 3 月に行った。インタビュー調査はアンケートの調査項目に基づきそれらを網羅 する形で、半構造化インタビューの方法により実施した。加えて、現地調査は、イ − 61 − ンタビュー協力寺社を含めて 11 件を対象に、外国語による案内板やパンフレット 提供など外国人観光客への対応について実施した。 世界遺産寺社へのインタビューの質問の概略は以下の通りである。 1) 外国人参拝客への特別なサービス(観光ガイド、パンフレット、案内板、布 教活動など) 2) 公式外国語ウェブサイトの言語の種類、作成・公開の時期、更新頻度 3) 公式外国語ウェブサイトの公開後、外国人参拝客(特に英語話者)からの問 合せの有無、問合せ通信手段(メール等)、問合せ内容、及び、問合せ数の 増減など、変化について 本研究では、これらの項目の中から、前述のウェブサイト分析に深く関わる内容 について述べる。 まず、寺社のウェブサイト上の問合せ欄の頻度の低さについては、寺社の個別の インタビューにおいても、「敢えて、問合せ欄を設けていない」と答えた寺社もあ るなど、正に英語という外国語の言葉の壁を示唆している。しかし、例えば、企業 のウェブサイトでは、問合せ欄を通しての顧客とのコミュニケーションが収益向上 に不可欠といわれる(Liu, Arnett, Capella, & Beatty, 1997)。ウェブサイト訪問者 とのコミュニケーションは、将来の来訪を促す可能性も高いので、問合せ欄の設置 は今後検討の余地が十分ある。更に、年間約 180 件の問合せがあると答えたある寺 社では、そのほとんどがメールであるという。そういう点に鑑みると、まずはメー ルで問合せが可能な体制の整備や、Facebook の利用によって、外国人客と積極的 にコミュニケーションを図ることが必要である。 現地調査では、英語での案内板や建物の名称の表記など何らかの対応は、調査し た全ての寺社で提供されていた。しかし、概して、案内板と言っても全てが十分な 情報量を持つ完璧なものという訳ではない。現地調査した 11 件中 9 件が一部は英 語での説明があるが、その他は建物の名称のみ英語の案内板を設置するという部分 的な対応であり、何らかの形で英語ではまず導入されているが、その量にも差が大 “Be quiet”、“Keep out”などの禁止や制限に関する きい。また、“No Smoking”、 案内表示は全ての施設でよく見られ、観光客を歓迎するというよりは、施設を保護 するための注意に意識が払われているようである。それは、世界遺産寺社として、 施設を保護する責任があることが影響していると考えられる。また、多言語対応に ついては、英語に中国語と韓国語を加えた 3 か国語で何らかの表記上の対応してい る寺社は 11 件中 4 件あった。 英語のパンフレットについては、現地調査をおこなった 11 件の内、7 件は独自 のパンフレットを作成していた。しかし、独自の英語パンフレットを作成していな い場合でも、地域の観光案内所などが提供している場合もあり、観光客側から見れ ばあまり不便を感じさせない可能性もある。 また、体験サービスを英語の公式ウェブサイトで謳っているのは 1 件のみであっ − 62 − た。それ以外のある寺社では、「いつでも体験サービスができる状態にするほど需 要(要望)がないので、なかなか難しい。多くの希望者がいれば、専用の人員など も設けて、サービスの提供ができるかもしれない」と答えた。また、ある寺社は、 「外国人参拝客が日本語をしゃべってくれれば良いのだが。もしくは、通訳を連れ てくるとか、日本語が分からなくても体験だけするとかなら、受け入れは可能」と 答え、また、他の寺社でも「体験サービスは通訳がいることが条件」であり、言葉 の問題が大きな障害となっていることを示唆している。観光客が「体験」を望む傾 向は益々強まっている。寺社では、宗教活動、結婚式等の儀式、宿泊等、特色ある 「体験」も可能であるため、体験サービスの提供とその告知が観光客の増加を促進 する可能性も高い。同様に、外国語による施設内の案内ガイドに関しても、一部は 音声ガイドなどの機器の導入もあるが、人的には地域にある外部のボランティア団 体や NPO 等のガイド(有償・無償)に頼っており、寺社が施設案内のために主体 的に人員を配置している例はなかった。 英語の公式ウェブサイト開設の時期については寺社によってばらつきがあり、10 年以上前は 2 件、5 ~ 10 年前が 3 件、数年前が 1 件、開設していない寺社が 2 件 あった。解説していない寺社の一つにその理由を尋ねると、「現状では既に多くの 観光客が来ていて、ウェブサイトを開設して更なる観光客を呼び込む差し迫った必 要性を感じないため」と述べた。このように、日本の世界遺産の寺社は、既に多く の観光客の訪問があるため、英語をはじめ外国語でのウェブサイトの設置・運営や 各施設での案内板の設置や通訳案内業務に力を入れることは、費用対効果の点で割 に合わないという事情もある。 4. おわりに 日本の寺社の英語ウェブサイトは、企業のようにウェブ担当者がいて戦略的に ウェブサイトを作成している訳ではない。また、ウェブサイトは一旦作成しても更 新の必要性もあり、その頻繁な更新は英語では更に難しい。このように、外国語で ある英語でのウェブサイト開設は多くの労力的なコストを要するため、本研究の公 式ウェブサイトの分析で対象となった英語のウェブサイトを持つ日本の寺社は、外 国人向けの情報発信に意識が高い施設と言える。一方で、世界遺産寺社は、その多 くが観光寺社であり、いわゆる氏子や檀家を持たず、地域にその支援コミュニティ もなく、その収入を観光客に依存している状況に鑑みると、公式ウェブサイトの充 実や寺社内でのサービスの実施に改善の余地があるのではないだろうか。 英語圏のキリスト教会のウェブサイトと比較すると、日本の世界遺産寺社のウェ ブサイトのアピール力は低く、英語での表現方法が大きく違っていた。即ち、日本 の世界遺産寺社は説明をするパンフレット型であり、英語圏のキリスト教会はウェ ブサイト訪問者との意思疎通を図ろうとするコミュニケーション型である。これら の寺社の英語使用は日本文化の影響が大きく、英語圏のウェブサイトのように、歓 − 63 − 迎の言葉など、ホスピタリティ(もてなしの心)を表現するまでには至っていない。 英語を使用する際は、英語圏の文化で評価されているポジティブ・ポライトネスの 使用が必要である。このように、日本への外国人客誘致のためには、観光業におけ る異文化理解と効果的な英語使用が不可欠であり、「観光学×英語」の研究とその 観点での英語教育の更なる充実が待たれている。 謝辞 本研究は、平成 24 年度大阪府立大学高等教育推進機構プロジェクト型研究支援事業 によって行われた研究「効果的な英語プレゼンテーション法を探る―世界遺産ウェブ サイトにおける ESP ジャンル分析の視点から―」の一部を更に発展させたものである。 注) 1)本研究は観光学術学会第 2 回大会(2013 年 7 月 7 日、奈良県立大学)での研究発表 「日本の寺社の英語ウェブサイト分析―ESP のジャンル分析の観点から」の研究を 更に発展させたものである。 2)Fortune 500 とはアメリカの雑誌・フォーチュンが、アメリカの企業をその収益高 に基づいてランキングし、500 位までに入った企業のリストのことである。 3)日本の寺社のサイトは、その寺社が開設した独自サイトのみを対象とした。所属す る地方自治体の観光課などが開設している観光情報サイトの一部となっている場合 は除いた。 4)世界最大の旅行情報や口コミのサイト。 5)吉 野・寺沢(2009)は、札幌市における伝統仏教、神社神道、キリスト教、新宗 教の社会的活動の特徴と差異を明らかにしている。この研究によると、伝統仏教の 活動として最も多かったのが「募金・寄付(町内会活動・災害の募金等)」(伝統仏 教施設全体の 72.0%)、次いで、「地域社会の活動(地域での祭りや行事への参加)」 (同 66.0%)であった。神社神道では、「地域社会の活動(地域での祭りや行事への 参加)」(神社神道施設全体の 90.0%)、次いで「環境保全(清掃・リサイクル等)」 (70.0%)と「伝統文化の保持(伝統芸能の紹介・史跡の保持等)」(70.0%)であっ た。一方、キリスト教では、「募金・寄付」(キリスト教全体の 48.2%)、「教育(英 会話・奨学金・幼稚園等)」、「福祉(介護・慰問等)」が同数で 47.1%であった。「教 育」は伝統仏教では 6 位(20.0%)、神社神道では 8 位(10.0%)であり低くなってい た。 6)キリスト教会と教育は深い関わりがあり、キリスト教会による教育機関としての代 表的社会活動として日曜学校は広く知られている。このシステムが大きく発展した きっかけは、18 世紀後半にイギリスでロバート・レイクスが貧しい子供たちを集め て読み書きと信仰を教え始めたことである(NCC 教育部歴史編纂委員会、2007)。 参考文献 Bhatia, V. K. (1993). Analysing genre: Language use in professional settings. London: Longman. Brown, P. & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge: Cambridge University Press. − 64 − 村田和代(2004) 「第 2 言語語用能力習得に与える影響と効果―ポジティブボライトネス の指導を通して」『語用論研究』第 6 号,57-70. 村田泰美(2006) 「高校のオーラル・テキストに見られるポジティブ・ポライトネス」堀 素子他『ポライトネスと英語教育―言語使用における対人関係の機能』ひつじ書房, 145-159. Hyland, K. (2011). The presentation of self in scholarly life: Identity and marginalization in academic homepages. English for Specific Purposes, 30, 286-297. Liu, C., Arnett, K., Capella, L., & Beatty, R. (1997). Web sites of the Fortune 500 companies: Facing customers through home pages. Information & Management, 31, 335-345. NCC 教育部歴史編纂委員会(編) (2007)『教会教育の歩み―日曜学校から始まるキリス ト教教育史』教文館. 日本政府観光局(JNTO) (編著) (2011) 『JNTO 訪日外客訪問地調査 2010』財団法人 国際観光サービスセンター(ITCJ). Swales, J. M. (1990). Genre analysis: English in academic and research settings. New York: Cambridge University Press. 宇佐美まゆみ(2002)「『ポライトネス』という概念」『月刊 言語』31(1), No.1, 100-105. 吉野航一・寺沢重法(2009)「地域社会における『宗教の社会貢献活動』―札幌市の宗教 施設を事例に」稲葉圭信・櫻井義秀(編) 『社会貢献する宗教』世界思想社,160-181. 参照サイト Tripadvisor (http://www.tripadvisor.com/)(2013 年 5 月 1 日参照). − 65 −
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