33 2006 年 2 月に京都市伏見区桂川河川敷で、無職の息子が認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上 で心中を図った事件があった。息子は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めた。両親と 3 人暮らしだったが、父親が亡くなった頃から、母に認知症の症状が出始め、息子 1 人で介護をしていた。休職し てデイケアを利用したが介護負担は軽減されず、仕事を退職することになった。失業給付金などを理由に生活保 護は認められず、介護と両立する仕事も見つからない。失業保険の給付がストップし、カードローンの借り出しも 限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、心中を決意した。 誰もがなり得る 「認知症」のこと、知っていますか? 日本は世界の中で、最も急速に高齢化が進んでいる国である。今から 10 年後の 2025 年には、65 歳以上の 5 人 に 1 人、約 700 万人が認知症になると言われている。年々増える若年性認知症は、40 代~ 50 代で約 2 万人(2009 年、厚生労働省発表)。また、全国で起こる殺人事件は、年間 1200 件~ 1300 件で、そのうちの 3% は、介護疲 れによる殺人である。そう。私たちの国にとって、認知症対策の整備は急務を要する。 「認知症」に対する基本的な考え 月 31 日の時点で、108,069 人のサポーターを養成し ているが、若い世代へのアプローチが不足している 厚生労働省は、2015 年 1 月に、認知症施策推進 ことを課題とし、2017 年度末までに 16 万人の養成 総合戦略(新オレンジプラン)を発表した。基本的 を目標にしている。また認知症コールセンターや認 な考えに「認知症の人の意思が尊重され、できる限 知症疾患医療センターにおいて電話相談を行ってい り住み慣れた地域の良い環境で、自分らしく暮らし るが、アンケート結果からその存在を知っている県 続けることができる社会の実現を目指す」ことを置 民が少ないため、積極的な周知が必要な状況である。 き、①認知症への理解を深めるための普及・啓発の その他に、医療従事者の認知症対応力の向上を図る 推進、②認知症の容態に応じた適時・適切な医療・ ため、各医療機関と連携し、認知症サポート医の養 介護などの提供、③若年性認知症施策への強化、④ 成を行ったり、介護従事者の資質向上を図るため、 認知症の人の介護者への支援、⑤認知症の人を含む 認知症介護実践者等の研修を行ったりしている。 高齢者にやさしい地域づくりの推進、⑥認知症の予 また、企業と連携して認知症カフェの開設も意欲 防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデ 的に進めている。伊賀市では、㈲イトーファーマシー ル、介護モデル等の研究開発及びその成果の普及の と協働して昨年度はじめて認知症カフェを開いた。 推進、⑦認知症の人やその家族の視点の重視の 7 つ 認知症カフェは介護をする家族同士が「話を共有す の柱を掲げている。 る場」として非常に大切な空間となっている。介護 はしたことのある人にしか分からない話もあり、自 分 1 人でなんとかしようとするのはとても難しいこ 「認知症サポーター」と「認知症カフェ」 と。認知症カフェのように気軽に話せる、相談でき る場づくりは県内各地で行われており、当事者だけ 三重県の認知症高齢者数は、2010 年の調査で 4.2 でなくその家族をサポートしようという動きが広 万人となっており、65 歳以上の人口の 9.5% を占め がっている。 る。2025 年には、12.8% を占める 6.8 万人が認知症 高齢者になると推測されている。県では、認知症を 正しく理解し、認知症の方やその家族を見守るため の「認知症サポーター」を養成している。2015 年 3 1 その人の尊厳を大切に ある。誰もがなり得る「認知症」に危機感を持つ ことは、自分にとっても、家族にとっても、そし 閑静な住宅街に小規模デイサービスを構えるN て友人や地域、社会全体にとってプラスとなる。 みぎわ PO法人シルバーサービス憩いの汀 は、重い認知 症を抱える方や若年性アルツハイマーの方、介護 まずは、当事者の家族、医療や福祉関係者など、 予防の方などさまざまな方が利用されている。代 認知症の方と接する機会の多い方に対し、今以上 表の西口さんが、認知症を患った家族を介護する に認知症に関する深い知識と理解を学べる機会が 中で、認知症の方にとっては、大きな場所でサポー 必要である。そこから波及する形で、より多くの トを行うより、小さい家庭的な場所でサポートを 方に、認知症に対する偏見をなくし、当事者との 行った方が合っているのではないか?と考え、立 接し方やさまざまな症状があることなど、正しい ち上げた。憩いの汀では、個人の経歴や経験を活 理解を浸透させていくことが大切だ。現在、県で かしたケアを行っている。例えば昔先生をされて も取り組んでいる「認知症カフェ」のように、認 いた方は「先生」と呼び、専業主婦をされていた 知症に関する情報交換ができる場をつくり、地域 方にはキッチンの手伝いなどをしてもらっている。 の中で支え合える仕組みを構築していくのもひと 認知症になると自尊心やプライド、自信などを喪 つの手段である。それは政策など大きな範囲での 失してしまうと言われているが、個人が持っていた 力を発揮できる行政と、当事者に寄り添い地域に それらをサポートしながらケアをすることで、活 根付くことができる NPO などが協力していけれ き活きと暮らすことができるのだ。西口さんは「認 ば、より効果的であろう。そして、地域の中で、 知症という言葉は世間に浸透しているが、その中 私たちが暮らしている延長で、周りの人たちとつ 身についてはまだまだ知られていない現状があり、 ながりながらもできることがたくさんある。 『認知症になってしまった』『認知症だから』と自 分や家族を卑下せず生きて欲しい。明日は我が身 じゃないけれど、認知症はいつ・誰がなるのか分 * ユマニチュード技法:フランスで生まれた認知症のケ ア技法。よりよい絆を結ぶために「見る」 「話す」 「触れる」、 そして「立つ」ことを援助するという 4 つの柱を立てて おり、このケアによって認知症の進行を遅らせることが できると言われている。 からないから、その分ひとりひとりが理解をして いってもらえば」と話す。また、間違った対処法 をとってしてしまうと、本人にとっても周りにとっ ても苦しくなってしまうことがあるといい、 「見る」 <取材・資料提供ご協力(順不同)> 「話す」「触れる」「立つことを支える」* という接 ・三重県 健康福祉部 長寿介護課 様 し方を勧めるとともに、1+1 を 0 や 3 と答えても「大 ・有限会社イトーファーマシー 様 丈夫」だとエールを送ってあげることが大切だと ・NPO法人 シルバーサービス憩いの汀 様 いう。最後まで「その人の尊厳を大事にする」こ とが、認知症に対する何よりの理解なのである。 医療や福祉だけの問題ではない 「認知症」にはさまざまな原因があり、それによっ て症状は異なる。しかし、当事者やその家族が抱 える思いや悩みには共通するものがあり、そこを 支えていくには周囲の人々が認知症に対して正し い理解をしていくことが必要不可欠となってくる。 冒頭のような悲しい事件は、まさに私たち、そし て社会が正しい理解ができていなかった結果でも 2
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