【理科】 科学的な見方や考え方を構築していく生徒の育成 ―習得した科学的な知識や概念を活用する授業づくりを通して― 吉田 泰久,松浦 亮太,山村 雄太 要約 科学的な見方や考え方を構築するには,論理的,実証的で系統立った思考力・表現力の育成が 不可欠である。それらの力の育成には,習得した科学的な知識や概念を活用する授業づくりが 大切である。 そこで,本校理科部では,科学的に探究し,活用する授業づくりに焦点を当て, ①問題を見いだして仮説を立て,観察,実験を計画する学習活動の工夫 ②科学的な知識や概念を活用して,考えたり説明したりする学習活動の工夫 を研究し,実践を積んできた。①については仮説,計画を生み出すための単元・本時の構成や, 考察場面につながる効果,②については単元末の総合問 題の意義や効果などが明らかになって きたので,ここに報告する。 Ⅰ.はじめに この単元『地球と宇宙』を終えて私は, 毎日の生活に驚きと不思議を感じた。 まず私が驚いたのは,太陽のことである。 これまで太陽は常に身近な存在で,手で つかみ取れそうな感じさえしていた。しか し実際はもっと遠くて,秒速 30 万 km とい う想像もつかない速さの光でさえ,約 8 分 20 秒もかかる距離にあった。直径は地球の 約 109 倍,表面温度は約 6000℃もあり, 私たちの惑星地球とはかけ離れた天体(恒 星)であったが,私たちにとってはなくて はならない存在でもあった。なぜなら,今 私が勉強できるのも,呼吸できるのも,食 べ物から栄養をとって生きていけるのも, 全部太陽のおかげだからだ。もしも太陽が なければ,植物は光合成ができずに生きて いけないし,植物がいなかったらそれを食 べている動物たちも生きられないし,そも そもこの地球に生命は存在しないだろう。 (中略)また次に驚いたのは,宇宙の広さ である。私はよく空を見上げるが,いつも 何も考えず,単純に「青いなあ」とか, 「あ の雲の形,面白いなあ」などと思っていた。 でも授業で習ったことを考えると,自分の 存在の小ささを感じてしまった。大きな 空の先にはもっと大きな宇宙が広がってい て,その先は無限大なのだ。それに比べる と自分ははるかに小さいけれど,そんな自 分の空を見上げている小さな目は, 「空」と いう閉ざされた青い世界の膜を見ているの ではなく,そのずっと先にある無限大の 宇宙を見ているということになる。そう考 えると,空を見上げるということが,すご いことのように思えてきた。 でも,疑問に思うのは,なぜ地球には 生命が存在するかだ。太陽のおかげだけだ ろうか。(中略)そもそもヒトの始まりは 何であろうか。親が子を産むというスタイ ルは変わらない。親から子へ DNA を受け 継いでいくという仕組みも変わらない。 でも,親はその親から産まれているわけで, その親,その親と永遠に続く。始まりは, どこなのだろうか・・・。(中略) 結局,「なぜ地球には生命があるのか」, 今の僕には分からない。もしかすると,こ の先も分からないかもしれない。けれど, 「宇宙は無限の可能性を秘めている!」と いうことは分かった。理科では,その無限 大のほんの一部を勉強しているわけだ。し かしこの単元(分野)自体に無限の可能性 があるのかもしれない。その無限大の中に 私たちの生活がある。やはり毎日の生活や, 生きていること自体が,特別なのかもしれ ない。 (生徒 A さんの作文より) これは3年生の A さんが,『地球と宇宙』の 単元の学習を終えて書いた感想である。 本年度は,3年計画の研究の3年目に当たる。 1年目の一昨年度は, 「単元を貫く課題」に対す これには,太陽についての科学的な知識や, る自分の考えを積み上げ,章末や単元末に「学 宇宙につい ての科学 的 な概念,ま たそれら を 習マップ」を書くことで,科学的な知識や概念 表現する科学的な用語を活用して書いてあり, が体系的につながり,科学的な見方や考え方の 『生物どうしのつながり』や『生命の連続性』 広がりが見られた。 など,他の単元の学習内容にも関連付けて言及 している。 2年目の昨年度は, 「単元指導計画の工夫」と して,総合的な問題解決の授業を単元末に位置 また,この単元で育てたい「自分(観測者) 付けたり, 「単位時間の工夫」として,ホワイト を俯瞰的にみる視点」を用いて,自分自身の位 ボードを使ったグループ内での話合いやグルー 置や存在について語っている。 「宇宙」や「生命」 プ外への発 表を位置 付 けたり した 。既習内 容 を長大な時間・空間の産物とし,「生態系」や の中から活用できそうなものを選択し,本時の 「遺伝」を大きなシステムとして理解している 学習内容に関連付けて考察していく授業が展開 ことがわかる。 できた。その結果,既習内容と本時の学習を結 さらに,そのような自然の営みを,自分とつ び付けて考える学び方が身に付くとともに,既 ながっている「自分事」としてとらえている。 習の科学的な知識や概念を活用して,本時扱う それゆえに,自然に対する興味関心はますます 自然事象を総合的にとらえて発言したり,記述 高まり,新たな疑問も生まれ,学びをつないで したりする生徒が増えてきた。 いこうとする意欲も高まっている。 そして,3年目に当たる本年度,本校理科部 われわれは,この A さんのように,それまで に学んだ科学的な知識や概念を活用し,自然の 事物・現象を総合的に思考し,表現していく学 習を通して,科学的な見方や考え方が構築でき ることを願っている。そのためのより効果的な 授業づくりを目指して,実践研究に取り組んで きたことを報告する。 では,研究主題,及び副主題を次のように設定 した。 科学的な見方や考え方を 構築していく生徒の育成 ― 習得した科学的な知識や概念を 活用する授業づくりを通して ― 主題は,昨年度のものを継承している。 「科学的な見方や考え方を構築していく」とは, Ⅱ.主題設定の理由 観察,実験などから得られた事実を客観的にと 本年度の研究主題を設定するに当たっては, らえ,科学的な知識や概念を用いて合理的に判 本校理科部の一昨年度(2012)の研究主題である, 断するとともに,多面的,総合的な見方を身に 「科学的な見方や考え方を拡充していく生徒の 付け,日常生活や社会で活用できるようにする 育成 ―問題解決を通して,自然の事物・現象を 体系的,総合的にとらえさせながら―」 ことである 3)。 副主題については,昨年度までの研究で明ら 及び,昨年度(2013)の研究主題である, かになった課題, 「科学的な見方や考え方を構築していく生徒の 「科学的な知識や概念を活用する必然性のある, 育成 ―思考力・判断力・表現力の育成を目指し, 自然事象を総合的にとらえさせながら―」 「科学的な思考力・表現力を育成していくため をおおむね 踏襲して い る。主題設 定の理由 の 詳細は, 「 岐阜大学教育学部附属中学校中間研究 1) 報告理科紀要(2012)」 を参照されたい。 より効果的な単元計画と授業展開の工夫」 2) 及び「同(2013)」 の,より効果的な授業づくり」 を受けて, 『活用する授業づくり』に重点を置く ことを明確化させる目的で変更した。 Ⅲ.願う生徒の姿 研究主題にある「科学的な見方や考え方を構 築してきた生徒」の姿を,次のように描いた。 1.習得した科学的な知識や概念を総合的に 活用して,新たな問題を明らかにする姿。 また,本時の学習内容を活用して既習内容 や自然事象の本質に気付き,感動する姿。 2. 学 習し た個 々 の科 学的 な 知識 や概 念 を つないで総合的に考えていくよさを実感す るとともに,新たに出合った自然事象につ いても総合的に理解していこうとする姿。 3. 自然 を ,大 き な一 つの シス テ ムと し て とらえる姿(言い換えれば,自然を,長大 な時間・空間の産物であり,循環し平衡を 保ち,有限で閉鎖系であるものとしてとら え る 姿 )。 ま た , 自 然 の 事 物 ・ 現 象 は , Ⅳ.意図的に育てたい資質や能力 願う生徒の姿に迫るために,意図的に育てた い資質や能力を,次のように考えた。 科学的な思考力・表現力 (1)本時の内容と既習内容とのつなが りを考え,それらを関連付ける力 す べ て 決 まっ た 原 理 や 法 則 に 基 づい て い るが,個別にはそれぞれの性質をもつもの (2)本時の問題解決に活用できそうな であるととらえる姿。 既習の内容や方法を選択する力 この3の姿こそ,「科学的な見方や考え方を 構築してきた生徒」の姿である。冒頭で紹介し 科学的な思考力・表現力 たAさんにはこの3の姿が見られることから, 国立教育政策研究所によると, 「 科学的な思考 Aさんは, 自然事象 に 対する科学 的な見方 や 力・表現力」とは,「自然の事物・現象の中に 考え方を構築してきた一人であると考えている。 問題を見いだし,目的意識をもって観察,実験 またAさんは,「地球と宇宙」というものを, などを行い ,事象や 結 果を分析し て解釈し , 習得した個々の知識や概念からだけではなく, それらをつないで総合的にとらえており,1や 表現する力」 4) である。 科学的な思考力・表現力を育成するためには, 2の姿も身に付けていると言える。本校理科部 習得した科学的な知識や概念の活用を重視し, では,3の 姿の前段 階 として,2 の姿,及 び 理科における言語活動の充実を図る授業づくり 1の姿が必要であると考えている。 が大切である。 本研究の1年目は1の姿に,2年目は2の姿 本校理科部では,この科学的な思考力・表現 に重点を置き,単位時間どうしのつながりや, 力のうち,以下に示すものに重点を置いて取り 単位時間と単元全体とのつながりを明らかにし 組んでいる。 た。それらの姿の具現に取り組んで得られた成 ・科学的な根拠に基づいた仮説を 果と課題をここに報告したい。 また,3年目の本年度は,1の姿と2の姿を 立て,目的に沿った実験方法を 思考力 土台とした3の姿を求め,効果的な探究内容や 計画する能力 ・観察,実験の結果を分析して解 探究方法を見いだすという目的をもって,実践 釈する能力 を積んでいるところである。 表現力 ・導き出した自らの考えを表現す る能力 とりわけ本年度は,全校研究を受けて,次の 力の育成にも重点を置いている。 Ⅴ.願う生徒の姿に迫るために 願う生徒の姿に迫るために,次のような研究 内容を考えた。 (1)本時の内容と既習内容とのつながりを 考え,それらを関連付ける力 中学校全 体紀要の 「 Ⅳ.意図的 に育みた い 資質や能力」を受けて,理科部では, 科学的な探究を通して得た新たな自然の 研究内容1 科学的な知識や概念を活用する授業づくり ~問題を見いだして仮説を立て,観察,実験 を計画する学習活動の工夫~ 研究内容2 法則等を,それまでに体系化してきた科学的 科学的な知識や概念を活用する授業づくり な知識や概念と関連付け,自然を総合的に ~科学的な知識や概念を活用して,考えたり 説明したりする学習活動の工夫~ 理解する力 を育てたいと考えている。 また,理科では,新たに学び得た内容を,日 研究内容1 常生活につないで考える力も育てていきたい。 科学的な知識や概念を活用する授業づくり 学習内容が自分の日常生活に結び付いているこ ~問題を見いだして仮説を立て, とを理解することで,自然事象を大局的にみる 観察,実験を計画する学習活動の工夫~ ことにつながり,自然現象を総合的にとらえる 姿を生み出していけると考えられるからである。 科学的な探究活動の過程は,次の8つのステ ップに分けることができる 6)。 ①自然事象への働きかけ ②問題の把握・設定 (2)本時の問題解決に活用できそうな既習 内容や方法を選択する力 同じく中学校全体紀要の「Ⅳ.意図的に育み たい資質や能力」を受けて,理科部では, 問題 を解 決し てい くた めに 活用 する こと が ③予想・仮説の設定 ④検証計画の立案 ⑤観察・実験の実施 ⑥結果の処理 ⑦考察 ⑧結論の導出 この8つのステップは, 「体験活動(①,⑤)」 と「言語活動(②~④,⑥~⑧)」の両面から できそうな, 成り立っている。このうち,言語活動の場面こ (ア)「(既習の)科学的な知識や概念」, そ「科学的 な思考力 ・ 表現力」が 発揮され , (イ)「科学的に探究するための方法」, また発揮することでさらに育成されていく。 を適切に選択する力 を育てたいと考えている。 日常的に理科の授業では,この過程を大切に しているが ,実際に は 「実験結果 を分析し て 解釈するこ と」に重 点 を置き,② ~④より も なお,(1)については,昨年度,一昨年度の ⑥~⑧に多くの時間を充てた授業が多かった。 「単元を貫く課題」や「学習マップ」の実践例 本校生徒の実態としても,課題に対する考察を, が, (2)の(ア)については「科学的な知識や 根拠を明らかにしながら書いたり話したりする 概念を表す用語のリストアップ」の実践例が, ことができる生徒は多い。 (2)の(イ)については「理科の学び方のヒ 本研究では②~④の場面の授業づくりに重点 ント・ポイント」の実践例があるので,各年度 を置いた。②~④のステップは相互関係が強い。 の理科紀要 1)2) を参照されたい。 つまり,③のために②を充実させ,④のために は③を充実 させてお く 必要がある 。 ②~④ の ステップを1セットとして,1単位時間を充て て着実に展開することにした。 ②~④のステップは,既習内容の活用(「構 Ⅵ.実践例 想」)が必要とされる。仮説設定や実験計画のと (1)研究内容1の実践 きには,既習内容を適切に活用していくことが ①実践の概要 必要で,科学的な思考力・表現力が育成される 学年:2年生 ことが期待できる。 単元:『電流とその利用』 各単元において単元指導計画を作成する際, 内容:電気とそのエネルギー ②~④のステップに重点を置く内容を洗い出し, 活用の視点:「構想」 各内容のつながりや学習順序や配当時間などを 本時の課題:一定時間で,より多くの熱量を 再検討した。 (これにかかわる単元構造図,及び 発生させるには,どうしたらよい 単元指導計画は本日の学習指導案集に入れたの だろうか。 で,参考にされたい。) 本時は,水中に入れた電熱線に電流を流し, 水の温度変 化から電 熱 線の発熱量 を定量的 に 研究内容2 追究していく学習である。生徒は,これまでに 科学的な知識や概念を活用する授業づくり 学習してきた知識や概念(直列回路や並列回路 ~科学的な知識や概念を活用して,考えたり における電流と電圧の規則性やオームの法則な 説明したりする学習活動の工夫~ 昨年度,一昨年度の実践では,各単元の中に 計画された活用の授業において,ホワイトボー ド上で討論したり,他の班へ説明したりする学 習活動を展開してきた。また,「単元末の総合 問題」を設定し,その単元の学習内容を活用し て解決していく授業も行ってきた。 この「単元末の総合問題」に取り組むことで 生徒の科学的な思考力・表現力はなお一層育成 されるとともに, 「 これまでの理科の学習で構築 してきた科学的な思考力・表現力」や, 「その単 元で習得した科学的な知識や概念を活用できる か」を評価することができる。 本年度も,生徒の実態に合った難易度に配慮 しながら,実生活や実社会にかかわる現実の状 況(リアルな文脈,またはシミュレーションの 文脈)で,より単元の本質に迫るような問いに なるよう改善していく。また,課題を解決した ことによる達成感や成就感を味わわせるために, 生徒にある程度の負荷がかかる課題を設定し, これまでの学習内容を活用すれば必ず解決でき るという見通しや意欲をもたせる指導にも心掛 ける。 ど),及び技能(回路の接続や測定計器の操作な ど)を活用して本時の探究活動を進めていく。 発熱量は電熱線の電力に比例し,水の温度上昇 は電力と時間の積である電力量に比例するとい う規則性を導き出していく。 本時の主たる活用場面として,仮説を立て, それを検証するための実験を計画する時間を位 置付けた。これには,生徒の主体的な学習態度 を生みだし,探究活動に対する見通しや目的意 識をもたせる意図がある。また,本時を「活用 する授業」として単元指導計画に位置付けたの は,本時の内容が生徒にとって既習内容を活用 していく必要性の高いものだと判断したからで ある。 本時の学習にあたって,前時の指導内容に配 慮した。生徒は,使ったことのない実験器具で は実験計画を立てられないし,仮説を立てるの にも具体物のイメージがなければできない。前 時には,本時と同じ実験器具を使った探究活動 を行い,内容も本時活用できるような関係性の 強いものとした。 本時の探究活動を通して習得した知識や概念 を日常生活に関連付けさせるために,授業終末 の事象提示にも工夫した。 ②実践の具体 A:電力を大きくするためには,電熱線の抵抗 前時,発泡スチロールカッターと電気コンロ を小さくすればよいのではないか。抵抗値が を使って導入し,実験器具を提示した後,生徒 小さい抵抗のほうが,同じ電圧でもより多く に発生する熱量を決めている要素が何かを問い の電流が流れる。電圧が変わらず,電流が大 かけ,次のような課題を設定した。 きくなれば,それらの積である電力は大きく 6W の電熱線で水を温めたときの,時間と 熱量の関係はどうなっているだろうか。 生徒は,水中に入れた 6V-6W の電熱線に なるので,抵抗の小さい電熱線と大きい電熱 線の 発熱 量を 比較 する 実験 を行 えば よい 。 きっと抵抗の小さい電熱線のほうが上昇温度 の変化が大きいはずだ。 一定の電圧を加え,1分ごとの温度上昇を調べ た。時間経過に伴って温度が上昇していくこと B:電力を大きくするためには,電熱線に加え に気付き,結果を分析して解釈していく中で, る電圧を大きくすればよいのではないか。 電熱線から発生する熱量と経過時間には比例の 電圧を大きくすれば,流れる電流も大きくな 関係があることを見いだした。 る。電圧と電流が大きくなれば,それらの積 また,温度上昇の変化の割合にグループごと である電力も大きくなるので,加える電圧を の差ができたのは,グループごとに水の量がち 小さくした場合と大きくした場合の発熱量を がったからだと考察した。このことから,電熱 比較する実験を行えばよい。きっと,電圧を 線から発生した熱量を水の上昇温度で測るなら, 大きくしたほうが上昇温度の変化が大きいは 水の量を一定にして調べる必要があることも見 ずだ。 いだした。 前時の終末には,日常生活を振り返り,実際 C:電熱線の数を2本に増やせばよいのではな の生活ではより短い時間で発熱する道具が好ま いか。ただし,それらは並列につなぐ必要が れることを 想起した 。 どうしたら 短い時間 で ある。並列回路では,回路全体の抵抗値が 発熱するかを考え,次時へつながる課題意識を どの電熱線よりも小さくなるので,回路全体 もった。 に流れる電流は大きくなる。だから電流が大 きくなった分,電力は大きくなる。直列回路 本時,前時の終末を受けて,次の課題を設定 した。 一定時間で,より多くの熱量を発生させ るには,どうしたらよいだろうか。 にすると,回路全体の抵抗値は部分抵抗が合 計されて大きくなるので,回路全体に流れる 電流は小さくなり,電力は小さくなってしま う。だから,電熱線1本の場合と,2本を並 列につないだ場合と,直列につないだ場合を 生徒は, 「 電気器具が,熱や光や音を出したり, 比較する実験を行えばよい。きっと, 「2本の 物体を動かしたりするときの能力は電力で 並列」,「1本」,「2本の直列」の順に上昇温 表す」という既習の知識を活用して,次のよう 度の変化が大きいはずだ。 な仮説を立てた。 各班が作成した実験計画書の一例を,次の図 一定時間で,より多くの熱量を発生させ るには,電熱線の能力である電力(ワット 数)を大きくすればよいだろう。 この仮説を検証するために,本時では3つの 検証実験を計画した。 に示す。 探究課題 実験方法 装置の図示と説明 仮説 操作手順 仮説の根拠 実験の 条件制御 既習の知識, 法則,用語 生活体験等 変える条件と 合わせる条件 実験結果の 予想 安全上の 注意事項 教師からの アドバイス どのグループがA~Cのどの仮説を立ててい た。仮説Cの, 「本数を増やすことで電力を大き るかを確認した上で,グループごとに検証実験 くして発熱量を大きくしている」ことを確認し, を行った。前時得た知識を活かして,水の量や 本時の学習内容が日常生活で使う器具に応用さ 電流を流す時間についても条件統一ができてい れていることを実感することができた。 た。 本時は2 時間続き で 行 い,前時 と合わせ て 3時間構成であった。 ③考察 仮説を立てる,検証実験を計画する,結果を 予想するという過程で学習したことで,生徒は 見通しをもって探究活動に取り組んだ。実験に 「立てた仮説を確かめるため」という強い目的 が生まれ,「自分たちが立てた仮説を確かめた い」という意欲的な学習活動を促した。 実験後,生徒は個別に,結果を表やグラフに また,前掲の探究活動8つのステップのうち まとめ,考察し,グループ内でホワイトボード 前半の②~④に重点を置き,実験計画を立てる を使って討 論してか ら ,全体交流 を行った 。 ことで,後半の⑥~⑧も充実し,生徒は最後ま 同じ仮説を 検証した グ ループの結 果が同じ で で自主的に探究活動を進めることができた。 あったことを確認した上で,A~Cの結果を総 仮説や実験計画を立てるためには,前時に実 合的にとらえ,自分たちの仮説が正しかったと 験器具を扱い,次時に解決したい疑問をもって 判断することができた。 終わることが有効であることがわかった。 本時の終末には,電気ストーブを例示した。 なお,本時の内容「電熱線の発熱量は電力と スイッチには 400W と 800W の2つがあり, 時間に比例している」を探究していく過程では, 400W のスイッチでは 電熱線1本が発熱 し, 既習の知識や概念を活用することが必要になり, 800W のスイッチに切り替えると電熱線2本が 本時を「活 用する授 業 」に位置付 けたこと は 発熱してより短時間で温かくなることを確認し 妥当であったと考えられる。特に,仮説の根拠 を考えるときに,生徒たちは大いに既習内容を 速さの変化が大きくなり,速さは速くなる」と 活用して話し合う姿がよく見られた。 いう運動の規則性を,生徒が大いに興味をもつ と思われる「吹き矢」の運動を取り上げて,探 究させていった。 「吹き矢」は綿棒で, 「吹き筒」 はストロー で代用し た 。ただし, ストロー は (2)研究内容2の実践 1本そのままのもの(30cm)と,2本をテープ ①実践の概要 でつないだ長いもの(60cm)を用意した。 学年:3年生 単元:『運動とエネルギー』 内容:力と運動 活用の視点:「適用」 本時の課題:同じ強さで吹き矢を吹いたとき 筒の長さによって,飛び出す矢の 速さはどうなるだろうか。また, それはなぜだろうか。 生徒は本時までに,斜面に沿った力学台車の 運動の様子を調べた学習活動から, 「 力が働く運 動では,運動の向きや時間の経過に伴って物体 の速さが変わる」という知識を習得している。 はじめに,現実の状況(シミュレーションの 文脈)を想定し,本時の課題を設定した。 あなたは,動物園で働く獣医です。最近 ライオンの体調が悪いので,これから診察 をするところです。睡眠薬入りのエサを 持ってきましたが,ライオンは檻の奥で寝 ていたため,麻酔薬を塗った「吹き矢」を 当てて眠らせることにしました。 ライオンは遠くのほうで寝ているので, できるだけ速く矢を飛ばして届かせたいで す。手元には矢を飛ばすための「吹き筒」 が2本あります。1本は長さ 30cm,もう 1本は 60cm です。どちらの吹き筒を使った ほうが,矢を速く飛ばせるでしょうか。 また,斜面の角度をかえて台車の運動の様子 を調べた学習活動から, 「 斜面に沿った重力の分 力が大きいほど速さの変化の割合も大きい」と いう知識も習得している。 本時は,これらの習得してきた科学的な知識 課題 同じ強さで吹き矢を吹いたとき, 筒の長さによって,飛び出す矢の速さ は,どうなるだろうか。また,それは なぜだろうか。 や,科学的な概念(運動における「時間と速さ」 の関係や「時間と移動距離」の関係の規則性な 課題を設定する際には,実際に生徒の目の前 ど)を活用するための総合問題に取り組んだ。 で綿棒とストローを使って実験(演示)を行っ 平成 24 年度の全国学力・学習状況調査(中学 た。これは実験上の注意点を説明するとともに, 校理科)で示された活用に関する4視点「適用」 矢を吹く強さを強くすれば(つまり矢に加える 「分析・解釈」「構想」「検討・改善」のうち, 力を大きくすれば),飛び出す矢の速さは速くな 「適用」の実践である。 り,矢の飛距離は長くなるということを確認す る意図があった。 ②実践の具体 矢の飛距離に影響を与える要因は,矢に加わ 同じ傾きの斜面を下る力学台車には,同じ大 る力の大きさや筒の長さだけでなく,筒の角度 きさの力が働き続けるので,速さの変化も同じ や床からの距離や筒のくわえ方など多く存在す であるが,「力を受け続ける時間が異なれば, るので,比較実験の条件統一をした。 物体の速さは異なる」ということは,教科書に は明記されていない。しかし,v = v0 +at の t はじめの予想では,ほとんどの生徒が短い筒 のように,物体の運動を理解するのに“時間” で飛ばしたほうが速くなると答えた。その理由 という要素は重要である。 として, 「短いほうが吹きやすく,息の力が矢に そこで,「物体の運動は,同じ大きさの力を 加わりやすいから」,「筒の中を一気に通過して 受けるなら ,受け続 け る時間が長 いほうが , 速くなるから」,「アルトリコーダーよりもソプ ラノリコーダーのほうが強く吹けて大きな音が 出るから」などがあがった。 生徒は,吹き矢の吹き筒が長い場合と短い 場合は,力学台車の運動ではそれぞれどうい 一方,長い筒のほうが速くなるという少数の う場合かを考えていく中で,自分のはじめの 生徒もいて, 「 長いほうが勢いがつきやすい気が 予想を疑い始めていった。そして,力学台車 するから」という理由があがった。 の運動を吹き矢の運動に見立て, 「 より高い所 から転 がして より長 い 時間台 車に力 を加 え 通常 ,予 想を 立て た後 には それ を 確 かめ る 続ければ,斜面の下を通過するときの速さは 実験へ移っていくが,本時は実験の前に,既習 より速くなるだろう。」という仮説を立てた。 内容を本時に適用して仮説を立てることを促す いく つ か のグ ル ー プは 実際 に 力 学台 車 を ため,次のような条件を設けた。 失敗をくり返しているうちにライオンが 目覚めてしまっては厄介なので,吹き矢で 実験するのは, 「こちらの筒で吹いたほうが 絶対に速い!」と自信をもって説明できる ようになってからにしましょう。 そのために,これまでの「運動と力」の 学習内容を活かしてください。吹き矢で 使ってこの仮説を検証し,自信をもって次の ような予想を立て直した。 長い筒から飛び出す矢のほうが,長い 時間力が加わっているので速くなり,より 遠くまで飛ぶだろう 実験の条件統一を確認した上で,グループご とに実験をした。 なければ,理科室内の実験器具を使って 実験してもよいです。ただし,その実験を 行う際も,仮説を立て,その仮説を検証す るという目的で実験を行いましょう。すべ ての実験結果は,後ほど必要になるでしょ うから,正確に記録しておきましょう。 まず,既 習内容の 中 で,本時の 問題解決 に 使えそうな こと(知 識 ,法則,用 語など) を 個別にリストアップした。その中から,斜面を 下る力学台車の実験が使えそうだと見当をつけ, 本時の吹き矢の運動を力学台車の運動に置き換 えて説明できそうだという見通しをもった。 次に,グ ループご と に話合い活 動を した 。 一人一人順に自分の考えを説明した後,ホワイ トボードを使って各自の意見の共通点と相違点 を整理していった。 結果の例 短い筒 長い筒 1回目 488 cm 662 cm 2回目 507 cm 631 cm 3回目 512 cm 655 cm 4回目 499 cm 658 cm 5回目 505 cm 647 cm 平均 498 cm 651 cm 実験中は,あちこちで驚きの声があがってい た。予想を立て直したとはいえ,はじめの予想 を捨てきれず,半信半疑だった生徒も少なくな かったと思われる。そのうち,ストローを半分 に切って短 くしたり , 3本,4本 とつない で 長くしたりして追実験を行うグループがあらわ れ,クラス全体に広がっていった。 結果を記録・処理し,考察して,グループ内 で交流した。そして,ホワイトボードの記述を 加筆修正した上で,グループ外への説明を行っ た。 (なお,発表の方法は,各グループ内で発表 する生徒と聞く生徒をくじ引きで決め,発表す る生徒は隣のグループに行って説明し,質疑応 答をし,その結果をグループに戻って交流する という方法をとっている) 生徒は力と運動の学習を,いつも斜面と力学 台車を用いて行っており,物体の運動といえば その実験の印象が強かったが,吹き矢を扱った ことで,力と運動の関係は,日常の様々な場面 で見られることを実感できた。力の効果は力の 大きさだけではなく,力×時間の力積で決まる という,より正確な科学的な概念を形成するこ ともできた。 単元末(または章末)に,このような総合問 題を設定す ることで , 生徒がどの くらい深 く 最後にもう一度,個別に結論をまとめる時間 を確保し,感想を書いた。 思考できるようになっているのかをより正確に 把握できるようになった。生徒の科学的な思考 力,表現力をさらに高めたり,学習内容が実生 僕は最初,短い筒のほうが矢が速くてよ く飛ぶと思っていたけど,長いほうがよく 飛ぶことが分かって,とても驚きました。 活や実社会の中で活きている(活かされている) ことを自覚したりする有効な機会となった。 その理由は,長い筒の中の矢のほうが息の 力が加わる時間が長くて,その分だけ速さ が変化する時間も長くて,その結果速くな るからでした。(中略)ライオンまで矢を飛 ばすために,僕は長い筒を選びます。 (中略) 今日の吹き矢の運動だけでなく,授業の最 Ⅶ.成果と課題 本研究を通して,以下のような成果と課題が 明らかになった。 後にも話題になったように,野球のピッチ <成果> ャーがより速く投球するためにリリースポ ○従来は,科学的な探究活動の後半(実験結果 イントをできるだけ前にしているなど, の処理~考察)に重点を置いて多くの授業を 力学台車で学んだ「力の大きさ」と「時間 展開していたが,本研究では,仮説を立て, の長さ」と「運動のようす」の関係はいろ 検証実験を計画し,結果を予想するという探 いろな場面で見られることも分かり,おも 究活動の前半に重点を置いて展開したことで, しろいと思ったし,探してみようと思いま 次のような生徒の様子が見られた。 した。 本時は2時間構成とし,吹き矢の実験前まで を1時間,実験以降を1時間で行った。 ・「仮説を検証したい」という探究への意欲や 目的意識がより高まった。 ・探究の過程に見通しをもつことができ,授業 後半の考察や説明の場面など,最後まで自主 的で充実した学習活動が進んでいった。 ③考察 生徒は,はじめの予想に反して得られた「筒 の長さが長いほど吹き矢の飛距離が長い」とい ・検証実験の計画・実施に創意工夫が見られ, 多様なデータからより多面的に考察すること ができた。 う事実を解釈する際に,既習内容である斜面を 下る力学台車の運動を適用して,考察すること ○単元末や章末に,それまでに習得した科学的 ができた。状況の設定を動物園の獣医に,題材 な知識や概念を活用して考えなければならな を吹き矢にしたことは,生徒の探究意欲を十分 い総合問題に取り組ませたことで,次のよう に高めた。また,ストローと綿棒を使用したこ な生徒の様子が見られた。 とは,安全の確保や追実験にも適していた。 ・新しく出合う事象に対して, 「適用」して考え Ⅷ.おわりに ていく学習の時間となった。 (活用に関する4視点「適用」 「分析・解釈」 「構 「持続可能な社会」とは,くるくるとサイ 想」「検討・改善」のうち,「分析・解釈」と クルしていく循環型社会の理想であると 「検討・改善」は日常の授業で,「構想」につ いては主に前述の仮説設定や実験計画の立案 に重点を置いた授業で行っている。) ・習得した個々の知識や概念を同時に活用する 考えます。 例えば,1年生のときに『身のまわりの 物質』の単元で学習した「ペットボトルを 資源化してシャツにすること」や,3年生 の『化学変化とイオン』で学習した「充電 ことでそれらがつながり,より体系的な理解 式の電池を使うこと」などが挙げられます。 が進んだ。 また,それらを実現するためには, 『大地の ・学習内容が実生活や実社会の中で活きている (活かされている)ことを自覚するとともに, さらなる学びへの意欲を高めていった。 変化』で学習した「住む場所の特徴をつか むこと」や, 『動物の生活と生物の変遷』で 学習した「生物が生きるために必要なこと」 が土台となってくると思います。(中略) 端的に言えば,限りある資源を無駄なく効 <課題> ○限られた授業時間数の中で,常に仮説の検証 率よく利用し,また再利用していくことが, 循環型社会を成り立たせるには必要だと 実験の計画に重点を置いた授業を展開するこ 考えます。 さらに,太陽光や風力や地熱などの「再 とは困難である。単元指導計画の作成の際に 生可能エネルギー」の利用も,今や欠かす 十分に吟味し,より効果的に配置したい。 ことのできない条件です。自然の力でくり 返し補充されるこれらのエネルギー資源は ○前述の「Ⅲ.願う生徒の姿」に示した1と2 枯渇することがないうえ,無駄な CO2 を出 の姿は多くの生徒に見られるようになってき すこともないので,人間の活動が地球環境 た。次は,総合的に思考したり表現したりす に及ぼす悪影響も最小限にとどめることも る力 をも とに ,3 の姿 に迫 って いき たい 。 できそうです。(中略) そのための効果的な「探究内容(課題)」や 現在広く利用している化石燃料などのエ 「学習・指導方法」を追究していきたい。 ネルギー資源は,今は大丈夫でも,やがて ( こ の 「 探 究 内 容 ( 課 題 )」 の 例 と し て は , 必ずなくなります。なくなるのは遠い未来 「もしも岐阜市に発電所を建てるなら」 1 ) や, ではありません。なくなったとき,私たち 「大気浮遊物の理科授業への活用」 7) などの の生活はどうなってしまうのか…,そんな 実践があるので参照されたい。 「学習・指導方法」の例としては,日常的に 積み上げる授業での教師による説話や視聴す る資料等の影響が大きいと考えられる。その 他,科学館・博物館の利活用や個人課題研究 などが有効であろうと考えている。) 未来を見据えて,今すぐエネルギー資源の 再利用と開発を行っていかなければなりま せん。そのためにも,理科の学習で学んだ 内容や方法を,日常生活やこれからの学習 に活かしていくことが非常に大切だと感じ ています。 (生徒 B さんの作文より) これは,「持続可能な社会を実現させるため にはどのようなことが必要か」という題で書か れた3年生の B さんの作文の抜粋である。この 3年間に構築してきた科学的な見方や考え方を 発揮し,学習してきた内容を関連付けて,自分 なりの意見を書いていることがわかる。 B さんのように,学習内容を関連付けてとら え,自らの意見を総合的に創り上げていくこと は,「生きる力」の伸長にもつながっていく。 このように,われわれは,義務教育の出口に おいて自然の事物・現象を総合的にとらえさせ たいと願い,それが“持続可能な社会”を支え ていく人材 を育てる 一 助になると 考え,そ の ためのより効果的な指導・援助とは何かという 強い探究心 をもって , 今後も実践 研究に取 り 組んでいきたい。 【引用・参考文献】 1)岐阜大学教育学部附属中学校(2012). 『中 間研究報告』理科紀要,pp.47-58. 2)岐阜大学教育学部附属中学校(2013). 『中 間研究報告』理科紀要,pp.37-46. 3)文部科学省(2008). 『中学校学習指導要領 解説 理科編』,p.17. 4)国立教育政策研究所教育課程研究センター (2011)『評価規準の作成,評価方法等の工 夫改善のための参考資料(中学校理科)』,p.21. 5)文部科学省(2008). 『中学校学習指導要領 解説 理科編』,p.8. 6)村山 哲哉(2012). 「『体験』と『言語』で 織りなす問題解決の学習指導」 『 理科の教育』. 61(722),pp.5-8. 7)吉田 泰久等(2013).「大気浮遊物の理科 授業への活用」 『日本理科教育学会第 63 回全 国大会論文集』.p.400. ・西岡加名恵・田中耕治(2009).『「活用する 力」を育てる授業と評価 パフォーマンス課 題とルーブリックの提案』.学事出版. ・横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校 (2012). 『思考力・判断力・表現力等を育成 する指導と評価Ⅱ 言語活動の質を高める授 業事例集』.学事出版.
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