公立学校におけるタブレット導入の ベスト・プラクティス

ITR White Paper
公立学校におけるタブレット導入の
ベスト・プラクティス
株式会社アイ・ティ・アール
C15040074
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目 次
第1章
エグゼクティブ・サマリ ...................................................................................... 1
第2章
本格化へ向かう「タブレット教育」の現状 .......................................................... 2
公立学校でも採用が進むタブレット端末 ................................................................ 2
導入事例の進展 ....................................................................................................... 3
導入を後押しする端末性能の大きな進化 ................................................................ 5
第3章
求められる多面的な導入アプローチ ................................................................... 7
5 つの導入タイプ .................................................................................................... 7
A)コンピュータ室リプレース型 .................................................................................. 7
B)教師先行配布型(一斉学習型) .............................................................................. 8
C)グループ学習推進型 ................................................................................................ 8
D)個別学習対応型(1 人 1 台利用型) ........................................................................ 8
E)持ち帰り学習対応型(1 人 1 台利用型) ................................................................. 9
導入タイプによって異なる要件 .............................................................................. 9
第4章
先行事例に学ぶ導入のポイント ........................................................................ 11
全小中学校での「1 人 1 台」を実現した荒川区 .................................................... 11
「荒川スタイル」を特徴づける 4 つのポイント ................................................... 12
無視できない端末の基本性能................................................................................ 13
現場ではぐくまれる創意工夫................................................................................ 13
第5章
導入を成功に導くための条件 ............................................................................ 15
「タブレット教育」推進における考慮点 .............................................................. 15
提言 ................................................................................................................................... 18
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公立学校におけるタブレット導入のベスト・プラクティス
第1章
エグゼクティブ・サマリ
教育機関のICT化において、近年、期待のテクノロジとして認識されるようになっ
たタブレット端末。2014年度に入り、その本格導入が全国各地で相次いでいる。注目
されるのは、その動きが公立学校にも波及していることである。なかには、域内の全
小中学校を対象に数千台規模で導入に踏み切る先行事例も出てきた。その意味で、
2014年度は「タブレット教育元年」として位置づけられることになると見られる。
そうした本格導入が進んでいる背景には、以下のような環境の変化がある。
• 政府主導の実証研究によって導入・活用のノウハウが共有された
• Windows搭載機が出そろい、既存PCからのリプレースが容易となった
• CPUの進化などによる基本性能が大幅に向上し、教育現場で許容できるスペック
の端末が低価格で入手できるようになった
タブレット端末は、校舎内で自在に動き回って利用することができるため、活用
シーンが多岐にわたるうえ、従来までの授業スタイルを大きく変える可能性をもつ。
その反面、ネットワーク・インフラの整備や教師の習熟度向上といった、活用に向け
たいくつかのハードルが存在することも確かである。地域の教育政策をつかさどる関
係者は、自らの地域でタブレットを活用したデジタル教育をどのように取り入れるべ
きか、あるいは、そのためにどのようなステップで環境整備を進めていくべきか、と
いった具体的なロードマップづくりに取りかかることが求められる。
本ホワイトペーパーでは、昨今のタブレット端末を巡る技術動向や先行事例研究な
どを基に、教育機関のICT化に取り組む責任者に向けて、主に以下の3点を中心に論
じる。
• タブレット技術の進化を正しく捉えて導入可能性を探ること
• いきなり「1人1台」を目指すのではなく、現実的な導入プランを練ること
• 先行事例からの知見を積極的に活用してプロジェクトを推進すること
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第2章
本格化へ向かう「タブレット教育」の現状
次世代のクライアント端末と目される「タブレット端末」の教育機関への導入が、ここにきて本格化
しつつある。その背景には、かねてから教育現場での期待の高さに加え、各種実証研究の成果の共有、
端末ラインアップの充実や性能の向上といった複合的な要因がある。
公立学校でも採用が進むタブレット端末
スマートフォン、タブレットに代表されるスマートデバイスは、一般消費者の間で
は身近な情報デバイスとして定着したが、とりわけ企業などの組織で近年、注目度が
高いのが、スマートフォンの操作性を受け継ぎつつも大画面を備え、より多目的に利
用できるタブレット端末である。ITRが2014年10月に実施した「IT投資動向調査2015」
では、全52項目のテクノロジ分野について投資意欲を調査しているが、
「タブレット」
は前年調査に引き続き、次年度に向けて最も投資額の増加意欲の高い項目となった。
タブレット端末に対する投資意欲の高まりは、教育機関のICT活用のあり様にも変
化をもたらしつつある。比較的IT投資に自由度のある私立学校では、数年前からス
マートデバイスの児童・生徒への配布が先行して実施されてきたが、ここにきて、自
治体が運営主体となる公立学校でも、教育用コンピュータとしてタブレット端末を本
格的に採用する動きが出始めたのである。
文部科学省が、全国の公立学校(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別
支援学校)を対象に2014年に実施した調査によれば、児童・生徒の教育目的に配備さ
れているコンピュータの台数は、2010年以降はほぼ横ばいで推移しており、2013年
度末の時点でほぼ「6.5人に1台」の水準である。だが、教育用コンピュータとしての
タブレットの導入台数は、2013年度に前年度から一気に倍増して7万台を超えた(図
1)。
もっとも、公立学校に配備されているすべてのコンピュータ端末(約190万台)に
占めるタブレットの割合は、2013年度でもわずか3.8%にすぎないが、予算の策定・
執行に制約があり、学校間の公平性にも配慮しなければならない公立学校において、
タブレットの導入台数が拡大したことの意義は大きい。新規性や話題性だけでなく、
実用性の観点からも「使える端末」として評価されていることがうかがえる。今後に
向けて、導入が一気に加速する可能性は小さくないと見られる。
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図1.公立学校における教育用コンピュータの配備状況
教育用コンピュータ
1台当たりの児童・生徒数
教育用コンピュータとしての
タブレット導入台数
(台)
(人)
4
80,000
72,678
70,000
6
8.1
7.7
7.3
7
7.2
6.5 6.5
6.8 6.6 6.6
60,000
50,000
8
36,285
40,000
10
26,653
30,000
20,000
12
10,000
0
2011年度
2012年度
2013年度
出典:文部科学省「平成25年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査」を基にITRが作成
なお、上掲の文部科学省の調査データでは、OS別の配備状況も公開されている。
その結果を基に、タブレット端末におけるOS別の配備台数を推計すると、図2のよう
に、Windows端末が2013年度に大きく段数を伸ばしていることがうかがえる。既存
環境との親和性などから、Windowsタブレットの評価が高まっているとみられる。
図2.タブレット端末におけるOS別の配備台数(推計値)
0
20,000
40,000
60,000
80,000 (台)
2011年度
Windows
iOS
2012年度
Android
2013年度
出典:文部科学省「平成25年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査」を基にITRが推計
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導入事例の進展
報道などによって紹介されている導入事例を見ても、2013年度から2014年度にか
けて、自治体が主導して公立学校にタブレット端末を導入する事例が相次いでいる。
主な取り組みを図3にまとめたが、そこからは次のような傾向を見てとることができ
る。
①
特定の学校(モデル校など)でなく、域内のすべての学校を対象とした導入が増
加している
②
特定教室(コンピュータ室など)でなく、普通教室での活用を念頭に置いた導入
が主流である
③
Windows端末の大規模導入事例が増加している
④
2014年度に入り「1人1台型」を指向する導入が出始めている
①については、既存のWindows PCの更新時期に契機にタブレットに切り替える
ケースもあるものの、大半の自治体が将来を見据えた教育施策の一環としてタブレッ
ト端末の採用を進めていることがうかがえる。このことは②の傾向にも反映されてお
り、場所の制限を取り払い、普通教室での活用を前提とした導入が増加していること
につながっている。
③は、特に2013年度以降に顕著となった動きである。タブレット市場は、これまで
Apple社のiOS、Google社のAndroid OSを搭載した製品が牽引してきたが、Windows
8と同OSを搭載したタブレット製品が出そろったことにより、OSのサポート期間の
長さ、管理の容易性などの面から、Windows端末が一気に主役の座に上りつつある。
同OSに関しては、教職員が操作に慣れている、既存資産の活用がしやすいという点
も教育現場から支持されている。
④は、総務省が中心となって2010年度から展開したモデル事業「フューチャース
クール推進事業」の成果と言える。同事業は、全国の小中学校(小学校10校、中学校
8校、特別支援学校2校)で実施された大規模な実証研究であり、タブレットや電子ホ
ワイトボード(Interactive White Board:IWB)を活用した協働学習における効果
や課題を洗い出すことを目的としたものである。同事業を通じて教育現場のプラク
ティスが広く共有されたことで、1人1台型の導入が現実的な選択肢として検討される
ようになったと見られる。
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図3.タブレット端末の主な導入自治体
本格導入
開始時期
導入自治体
対象校
導入台数
導入機種
(OS)
概要
堺市(大阪府)
2013年4月
市内全小中学校
1,100台
Windows
すべての普通教室に教員用と
して1台ずつのタブレット端末を
導入
姫路市(兵庫県)
2013年12月
市内全小中学校
1,386台
Windows
4人に1台のグループ学習用と
してタブレット端末を導入
武雄市(佐賀県)
2014年4月
市内全小学校
3,153台
Android
全小学生に7インチタブレットを
配布。自宅学習を含めた「反転
教育」を推進
佐賀県
2014年4月
全県立高校
6,800台
Windows
2014年度の新入生にタブレット
を導入。本人負担による購入と
いう形態をとる
草津市(滋賀県)
2014年9月
市内全小中学校
3,200台
Windows
1人1台型。配備は3学級ごとに
1セット
荒川区(東京都)
2014年9月
区内全小中学校
9,200台
Windows
1人1台型。小学校は複数学級
ごとに1セット、中学校は完全1
人1台制
出典:公開情報を基にITRが作成
導入を後押しする端末性能の大きな進化
公立学校での大規模なタブレット導入が現実的となってきた背景として見逃せな
いのが、端末の大幅な性能向上である。導入端末としてWindows搭載機が人気を集め
ていることは前述した通りだが、そこには、同OS搭載機の多くが採用するインテル
社製CPUの進化が大きく貢献している。
インテル社が2013年にリリースしたAtomプロセッサ「Z3700シリーズ」は、22ナ
ノミリ・プロセスの新採用、独自開発GPUの搭載、低消費電力の実現などにより、従
来型のAtomシリーズからCPUコア性能で2倍、GPU性能が3倍、同性能時の消費電力
が5分の1となった1。これにより、「Atomシリーズはパフォーマンス、Coreシリーズ
は価格と消費電力に難がある」とされてきた従来の見方が大きく覆されたのである。
公立学校向けのICT機器は、導入から5年のライフサイクルで更改されるのが通例
であり、タブレットも例外ではない。そのため、ユーザー側が求める性能要件は一般
企業よりもむしろシビアである。図4として、教育現場での活用を想定したタブレッ
1 インテル社の発表資料に基づく数値
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ト端末性能のおおよその許容ラインをまとめたが、この要件を比較的低価格の端末で
実現できる環境が整ったことにより、多台数の導入が一気に現実味を帯びたことは見
逃せない事実である。
図4.教育現場におけるタブレット端末性能の許容ライン
項目
おおよその許容値
説明
パフォーマンス
—
特に基準値はないが、画像、動画がストレスなく再生でき、
ハイスピード・インターネットに対応した処理速度をもつこ
とが前提となる
バッテリ持続時間
7時間以上
1日の授業時間にわたって充電せずに利用できることが
条件。経年劣化による性能低下も見越したスペックが求
められる
画面サイズ
10インチ以上
(画面解像度はXGA以上)
グループ学習やプレゼンテーション、ペン入力などの用途
を考慮して、大画面が求められる傾向にある
画面解像度は1,200✕800ピクセル以上が求められる場合
が多い
端末重量
1kg以内
小学生が持ち歩くうえで現実的な重量であることが前提と
なる
出典:ITR
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第3章
求められる多面的な導入アプローチ
教育機関においてタブレットの導入・活用に必要な技術環境の整備やノウハウの蓄積は着実に進んで
いる。ただし、公教育をつかさどる地方自治体は、それぞれ就学者数や重視する教育施策や予算規模
などが大きく異なる。今後導入を検討する自体においては、それぞれの事情を考慮して現実的なアプ
ローチを採用することが望ましい。
5 つの導入タイプ
政府が主導した実証研究プロジェクトでは、児童・生徒による「1人1台」のタブ
レット活用が強く指向されてきた。確かに、タブレット端末のもつメリットを最大限
に享受しようとすれば、1人1台型の導入は最終的なゴールとなるであろう。ITRが
2013年12月に現役教師を対象に実施したアンケート調査でも、タブレット端末を活
用した教育のメリットとして、34.2%が「個々の習熟度に応じた教育が受けやすくな
る」ことを挙げた(「ITR White Paper:教育現場でのタブレット活用における製品
選定の指針」#C14030060)。
しかしながら、教室内のすべての児童・生徒が1台ずつ端末を使う1人1台型を実現
するうえでは、数々のハードルが存在することもまた確かである。したがって、自治
体・教育関係者には、一足飛びにゴールを目指すよりも、現状におけるICT環境の整
備状況や教職員の習熟度などを総合的に判断したうえで現実的な導入プランを描く
ことが求められる。
事実、先行事例を見ても、そのすべてが1人1台型を採用しているわけではない。現
時点で採用されている導入タイプを整理すると、概ね以下の5つに区分される。
A)コンピュータ室リプレース型
• 既存のコンピュータ室に設置されたPCの更新端末としてタブレット型PCを導入
するタイプ
• 更改時期に合わせて数校ずつ段階的に導入するケースが多い
• コスト面での負担が少なく、コンピュータ室に限定した活用であれば、ネットワー
ク・インフラの増強も最小限に抑えられる
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• ただし、タブレットならではの利用価値を得るためには、設備の一部変更(教室
内の無線LANの整備、グループ学習に対応したレイアウトの採用など)が必要に
なる
• 先行事例としては、墨田区(東京都)などがある
B)教師先行配布型(一斉学習型)
• 教師(指導者)のみがタブレットを利用し、普通教室内でその画面を投影しなが
ら授業を行うタイプ
• 普通教室(学級)ごとに1台ずつ導入するケースが多い
• 従来型の授業スタイルを大きく変えることなくデジタル教材(電子教科書など)
の活用が可能である
• 児童・生徒に直接端末を利用させないため、ユーザー教育、端末管理などの負担
が小さい
• 先行事例としては、堺市(大阪府)がある
C)グループ学習推進型
• 児童・生徒がグループを組み、1台のタブレットを共同で利用して学習することを
想定したタイプ
• 1セット10台前後(教師用+児童・生徒用)として導入されるケースが多い
• 調べもの学習やプレゼンテーションなどでの利用が想定されている
• 限られた台数で、多数の学校で児童・生徒にタブレットを利用させることが可能
• 先行事例としては、姫路市(兵庫県)がある
D)個別学習対応型(1 人 1 台利用型)
• 教室内の全児童・生徒が1台ずつタブレットをもち、個別学習にも対応できるよう
にするタイプ
• 1セット30∼40台(1学級の児童・生徒数)を目安とし、複数学級で1セットを共有
するかたちで導入するケースが多い
• 教室内の全員がタブレットを利用するため、多様な授業スタイルが実現できる
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• コストは膨らむが、児童・生徒のICTリテラシーの向上やユニークなICT活用法の
創出が期待できる
• 自宅への持ち帰りまでは認めず、授業時間のみで利用するのが前提となっている
• 先行事例としては、荒川区(東京都)がある
E)持ち帰り学習対応型(1 人 1 台利用型)
• 児童・生徒ひとりひとりに1台ずつタブレットを貸与(または支給)し、かつ自宅
への持ち帰りも可能とするタイプ
• 一括貸与、または自治体が一部費用を補助して自費購入とするかたちで導入する
ケースが多い
• 1日を通して端末が利用可能になるため、利用時間の制約を受けない
• 自宅での予習・復習などへの利用も可能となる
• 先行事例としては、佐賀県、武雄市(佐賀県)がある
導入タイプによって異なる要件
上述した5つの導入タイプは、当然ながらAからEへ進むにつれて、タブレットの総
台数が増加するため、単純計算で導入時のコスト負担は大きくなる。また、台数が増
えれば、ネットワーク環境、教室内の授業支援環境、セキュリティ対策、充電・保管
環境など対応すべき課題も増えることになる。
例えば、普通教室でのタブレット活用を想定したタイプBになると、最低でもタブ
レットが利用できるインターネット接続環境とIWBとの画面共有などを実現する
IWBなどが教室に必要となる。当然ながら、教師自身がタブレットを活用した授業ス
タイルに習熟することも条件となる。
教室内で児童・生徒用も含めた複数台のタブレットを利用することになるCでは、
児童・生徒が端末を直接触ることを対策が必須である。不適切なWebサイトへのアク
セスを制限するURLフィルタリングなどの実装も求められよう。
1人1台型となるDからは、要件はさらに増し、多台数の端末を的確に制御するため
の認証システムや個人ごとに利用できるクライアント・アプリケーション環境の整備、
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多台数に対応した充電・保管設備の導入が求められる。自宅への持ち帰りも想定され
る E で は 、 校 外 ネ ッ ト ワ ー ク と の 接 続 へ の 対 応 や 、 MDM ( Mobile Device
Management)などの端末管理ツールなどを活用した紛失・盗難対策も必要となる。
また、宿題への活用を想定すれば、ダウンロードまたはネットワーク配信などによっ
て校外学習用の教材提供が行えることや、児童・生徒の学習実態を可視化・管理でき
る仕組みも求められよう(図5)。
図5.導入タイプ別に見る要件の違い
校外学習用教材の
提供と学習管理
校外での紛
失・
盗難対策
多台数に対応した
メンテナンス・
充 電・
保管
個人利用可能な
アプリケーション環境
普
通ザ
教ー室
ユー
認の
証無
への対応
線LAN対応
E)
持ち帰り学習対応型
(1人1台型)
児童・
生徒の利用に対応した端末の
設定(
URLフィルタリングなど)
D)
個別学習対応型
(1人1台型)
普通教室への授業支援システム導入
(
IWBとタブレットの連携・
画面転送など)
C)
グループ学習推進型
普通教室内/全校の無線LAN化
B)
教師先行配布型
特定教室内
の無線LAN
A)
コンピュータ室
リプレース型
出典:ITR
以上のことを考慮すれば、導入タイプにはすべての自治体に当てはまる絶対的な解
は存在しないと考えたほうがよい。各自治体や教育委員会が目指す教育方針との適合
性や予算規模、既存インフラの整備状況などによって、適したタイプを柔軟に選択す
ることが推奨される。図5に示したような要件を無視してタブレット端末のみをそろ
えても、実運用環境で現場が混乱し、効果を生まないおそれがあることはあらかじめ
十分に認識しておくべきである。
仮に、将来的に1人1台型を目指すにしても、何段階かのフェーズを切り、「まずは
AまたはBから始めて、その後の技術の進展具合をにらみながら、DやEに拡張する」
といった段階的な導入アプローチを検討することも有効であろう。
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第4章
先行事例に学ぶ導入のポイント
実績の少ないテクノロジの採用にあたり、事例からの学びは極めて有効である。特にタブレット端末
は、関連インフラも含めた包括的な環境整備が必要であるうえ、現場の教師、児童・生徒にも混乱が
生じやすい。そこで、首都圏でいち早く 1 人 1 台型のタブレット導入に本格的に乗り出した東京都・
荒川区の取り組みを紹介しながら、円滑なタブレット導入のヒントを探る。
全小中学校での「1 人 1 台」を実現した荒川区
東京都の北東部、隅田川に沿って東西に伸びる荒川区はかねてより「子育て都市」
を標榜し、公教育環境の充実に積極的に取り組んできた自治体のひとつである。同区
では、2013年度から一部モデル校で開始したタブレット教育を2014年度9月から全小
中学校(小学校24校、中学校10校)へと展開した。導入したタブレットの総台数は約
9,200台。端末は5年リース(一部のモデル校は6年リース)、予算総額はインフラ整
備、運用保守などをすべて含めて30億円強である。
同区におけるタブレットの導入タイプは、普通教室で児童・生徒が個々にタブレッ
ト端末を手にして授業に臨む1人1台型である。用途がほぼビューワに限定される小学
1∼2年生に対しては4クラスに1セット、ローマ字を修得しキーボード入力ができるよ
うになる3∼6年生には2クラスに1セット、中学校は完全1人1台の環境が整備されて
いる。
同区が1人1台にこだわった背景には、デジタル環境による情報活用やコミュニケー
ションを学習の道具として使いこなす「スキル」と、インターネットを通じて正しく
情報を読み取る「リテラシー」の双方を身につけさせたいとの強い思いがある。その
ため、同区では、各学校図書館における蔵書数の拡大、日刊紙の常設といった「紙に
よる学びの手段」も同時に充実させている。
プロジェクトで主導的な役割を果たしている荒川区教育委員会指導室の駒崎彰一
氏は、「タブレットは大いなる可能性を秘めた端末だが、教育のデジタル化そのもの
が目的化してしまっては意味がない。授業はあくまでも教師と児童・生徒が教室内で
作り上げるものであり、そのためのツールとしてタブレットを位置づけている」と導
入の意図を語る。
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「荒川スタイル」を特徴づける 4 つのポイント
全国からも注目されている荒川区の大規模導入であるが、そのプロジェクトを見る
と、特徴的なアプローチがいくつか見られる。主たるものは以下の4点である。
 段階的に整備されたICTインフラの活用
タブレット導入に関してはとかく先進性が注目されがちだが、同区の取り組みを陰
で支えているのは、
段階的に整備を進めてきた既存のICTインフラである。
代表例は、
2003年度から校務用として利用してきた外部のデータセンター環境、2012年度に国
が打ち出した「スクール・ニューディール政策」の支援を受けて全普通教室に導入し
たIWB環境、2013年度から開始した指導用デジタル教科書のネットワーク配信など
である。裏を返せば、こうした既存の資産があったからこそ、今回の大規模導入が実
現できたと言える。駒崎氏は「特に大きかったのは、教師がIWBの取り扱いに慣れて
いたこと。それができていれば、タブレットを活用する敷居は格段に下がる」と証言
する。
 明快な理念とトップのリーダーシップ
区長である西川太一郎氏が教育施策全般に強くコミットしているのも同区の大き
な特徴である。同氏が掲げる「21世紀型スキルの育成」という基本理念と、実務者で
ある区教育委員会が目指す「わかりやすい授業の推進」
「メディアリテラシーの養成」
という方針とが一体となってタブレット導入プロジェクトの土台を支えている。紙と
デジタルの共存を強く意識しているのも、こうした理念が背景にあるからこそである。
 先行者利益の追求
全国に先駆けた施策を積極的に手がけることで、産・学・官を問わず最新の知見、
技術、サービスを引き出しているのも見逃せないポイントである。例えばハードウェ
アは、RFP(提案要請)を通じて詳細なスペックを提示することでメーカーの開発力
を効果的に引き出し、費用対効果の高いモデルの導入が実現した。また、現場のノウ
ハウを積極的に開示するのと引き替えに、
ベンダーからの人材派遣を中心とした
「ICT
支援員制度」を導入にもこぎ着けた。
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 現場を良く知る教員経験者主導によるプロジェクトの推進
プロジェクトの推進体制においても、教員経験者によって構成される指導室がイニ
シアティブを発揮し、インフラ整備を受け持つ学務課と連携するかたちが採用されて
いる。これにより、主体者である教育委員会事務局と活用現場である各学校、技術支
援を行うITベンダーとのスムーズな協力関係が実現できている。現場を良く知るス
タッフの存在は、現場からの支持の獲得やスムーズな導入に大きく貢献している。
無視できない端末の基本性能
荒川区では、タブレット端末の選定においても、フューチャースクール事業の成果
報告や先行導入したモデル校での運用経験などを基に、入念に要件を積み上げた。
ハードウェアについては、丸1日持続するバッテリ性能、屋外やプールでの活用を想
定した防塵/防水性能に加え、管理のしやすさと混信防止の観点から着脱式キーボー
ドを採用した端末を選定条件とした。また、OSは、既存ソフトウェア・ライセンス
の有効活用、教師の習熟度などを考慮してWindowsを選定した。駒崎氏は、特にここ
1年ほどのうちに、端末の選択肢は大きく広がったと指摘する。
「Windowsがタブレットでストレスなく利用できるようになったことも大きいが、
1∼2年前は事実上Coreシリーズ搭載のモデルしか選択肢がなかった。だが、いまは
Atomシリーズの端末で十分な性能が発揮でき、バッテリ持続時間も飛躍的に伸びた。
また、メーカーの努力により、耐水性や耐塵性、重要なども飛躍的に向上している」
(駒崎氏)
2013年度に先行導入したモデル校向けにはCoreシリーズ搭載機を選んだ同区だが、
2014年度の全校導入ではAtomシリーズを選定。同区が採用したモデルは、完全防水
を実現しつつ、バッテリ駆動時間がカタログスペックで16時間という驚異的な性能を
もつ。駒崎氏は、「ハードウェア性能は今後もますます進化するだろう。性能面での
不安から導入に躊躇するケースはほぼなくなるだろう」と予想する。
現場ではぐくまれる創意工夫
全校導入からまもないため、「導入の成果をどのように形にするかは今後の課題」
(駒崎氏)とする荒川区であるが、現場の教師や児童・生徒からの評判は極めて良好
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だという。特に活用度が高いのがカメラ機能をもちいた写真や動画である。区内の小
学校では、理科の実験や体育の実習などで子供たちが自然に撮影を行い、その画面を
教室内で共有するといった行動が当たり前に見られるようになったという。また、
Web会議を使った遠方の学校との交流や、オーストラリアの学校と接続した英語授業
といった学校の枠を超えた活動にもタブレットは一役買っている。
児童・生徒が授業に臨む姿勢にも変化が生じつつあるという。駒崎氏とともに同区
のタブレット教育推進をリードする教育委員会指導主事の菅原千保子氏は、「個人の
タブレット画面が共有されるため、子供たちの間に諦めずに最後まで問題に取り組も
うという意欲が芽生え始めた。教師にとっても、紙とノートでは見落とされがちな
個々の習熟度やユニークな回答をすくい上げやすくなった」と、その効果を語る。
さらに興味深いのは、教師間で自作のワークシート(教材)を共有するといった新
しい動きも生まれていることである。現在、同区では、ポータル・サイトを構築し、
児童・生徒だけでなく、教師間のコラボレーションも支援していく考えだ。
「市販のデジタル教材を利用することもあるが、今の時代、端末とネットワークが
あれば、紙の時代にはできなかった新しい創意工夫を生み出すことができる。すべて
をお膳立てするのではなく、現場が工夫できる余地を残したほうが、結果的に効果の
高い学習環境が実現できるのではないか」と、駒崎氏はアドバイスする。
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公立学校におけるタブレット導入のベスト・プラクティス
第5章
導入を成功に導くための条件
タブレット端末を教育現場で効果的に活用するためには、その周辺環境も含めたさまざまなポイント
が存在する。ここでは、昨今の技術動向や先行事例の取り組みなどを踏まえて、タブレット教育を成
功に導くための条件を考える。
「タブレット教育」推進における考慮点
教育現場におけるタブレットの活用とは、単なるデバイスの置き換えにとどまるも
のではない。授業の進め方はもとより、児童・生徒と情報との距離感も大きく変わる
転機となる。したがって、その推進にあたっては、入念なプランニングと無理のない
スケジュールのもと、地道な試行錯誤が不可欠となろう。
以下では、これまで述べてきた内容をベースに、タブレット教育を推進するうえで
考慮すべきポイントを「デバイス」「コンテンツ」「インフラ環境」「推進体制」の4
つの視点からまとめた(図6)。
図6.タブレット教育を成功に導くポイント
デバイス
• 児童・生徒・教師の習熟度
• 長期利用(5年間)に耐えうる基本
性能
• 実運用に即したフォームファクタ
コンテンツ
• ハード/ソフトの長期サポート
インフラ環境
• 現場での創意工夫の尊重
• モビリティを活かせるネットワーク
• 自作コンテンツの有効活用
• IWBを中心とした画面共有環境
• 紙コンテンツとの併用
• 校務と教務の切り分け
• 教師間コラボレーションの促進
推進体制
• セキュリティ対策/プライバシー
保護
• 自治体トップのビジョン
• 現場経験者によるイニシアティブ
• 段階を踏んだプロジェクト推進
• 学校、ITベンダーとの連携
• 優良事例の共有
出典:ITR
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●デバイス
デバイスについては、どのような機種(モデル)を選定するかという点が重要なポ
イントとなる。とりわけ公立学校では、長期間(5年間)の使用に耐えうる基本性能
をもつ端末を選ぶことを優先することが推奨される。当然ながら、ハードウェア/ソ
フトウェア双方における長期サポートが提供されることも重要な条件となる。なお、
PCよりも遙かにスペックの進化が著しいタブレット端末においては、古い知識のま
ま固定観念で製品の評価を下すことは避ける必要がある。1年違えば、基本性能は大
きく変わってくるということを認識しておくべきである。
●コンテンツ
タブレット端末を教育現場に取り入れる効果として、表現力豊かなデジタル・コン
テンツを授業に利用できることを挙げる教育関係者は多い。ただし、市販の教材は容
量が大きく、1学年当たり最大で数十ギガバイトにも及ぶとされる。タブレット内蔵
のディスク容量が不足するケースが考えられるほか、各端末へのインストール方法に
も工夫が必要であることを認識しておくべきである。
また、先行導入した自治体の関係者は、市販のコンテンツに依存しなくともタブ
レットの効果は十分に出せると話す。荒川区の駒崎氏は、「写真や動画を撮影する、
実験結果の記録をExcelでまとめるといった、標準機能を使うだけでもユニークな授
業はできる。市販品に頼るだけでなく、教師と児童・生徒がそれぞれに創意工夫でき
る余地を残すことが重要だ」と力説する。
●インフラ環境
ネットワーク環境がどの程度快適に利用できるかは、タブレットの利便性を大きく
左右する。教室内でのインターネット環境、IWBなどの画面投影・共有システムは、
最低ラインとして整備する必要があるだろう。現在、タブレットを先行的に導入して
いる自治体は、過去に整備してきた資産を上手に活用しているところが目立つ。した
がって、今後、タブレットの導入を検討している自治体は、各普通教室までのインター
ネット接続環境とIWBを先行して整備するなど、段階を踏んだアプローチを取ること
も検討すべきである。
また、当然のことながら、セキュリティ対策には最大限の留意が必要である。昨今
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では、搭載OSを問わず悪意をもつマルウェアの存在が確認されており、なかにはア
プリケーションの形を借りて端末内に入り込み、端末内の情報を外部へ送信する悪質
なツールも存在する。無料もしくは低価格のアプリケーションを自在に利用できるの
はタブレット端末の大きな魅力であるが、その際にはアプリケーションの適正性を十
分に見極めることが求められる。
さらに、今後、教師が校務用、教務用を1台のタブレット端末でこなすようなケー
スが想定されることから、両者のネットワークを切り分ける仕組みの導入も検討する
ことが望ましい。ちなみに、前述の荒川区では、校務用PCの撤去に併せてデスクトッ
プ仮想化システムを導入し、校務用データの利用は職員室からのみ可能にするといっ
た仕組みを構築することを検討しているという。
●推進体制
自治体であれば、推進プロジェクトの主たる窓口は教育委員会が担当することにな
ろうが、議会からの予算承認、保護者からの理解を得るためには、首長のリーダーシッ
プが不可欠である。タブレットによってどのような教育環境を実現したいのか、それ
によってどのような効果を得るのかといったビジョンについて、全庁を挙げた議論が
望まれる。
また、最終的にプロジェクトの成否を握るのは、現場で児童・生徒と接する教師で
ある。教師の意見をプロジェクトに柔軟に反映できる体制を取ることも、成功のため
の必須条件であると言える。
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提言
教育機関でのタブレット活用は、とりわけ2014年度に入ってから大きく進展した。
大規模な導入事例が登場したことにより、教育関係者の多くが現実的なツールとして
タブレット端末を認識するようになっている。議論の焦点も「使えるか否か」といっ
た単純な二元論から、「いかに効果的に活用するか」「どのように配備すべきか」と
いった現実的なものへと移りつつある。今後、先行して導入した自治体において成果
が見え始めれば、導入は一気に加速すると見られる。端末の形態がタブレットであれ
別のものであれ、数年後には、通常の授業の中でデジタル端末とインターネットを活
用する光景が当たり前のものになる可能性は高い。
そうした状況を鑑みれば、教育のICT化責任者にいま求められるのは、いずれ訪れ
る本格的なデジタル教育時代を想定した中長期的なビジョンとプランの策定である。
先行事例として紹介されている自治体の取り組みを見ても、その活用環境は一朝一夕
に整えられたものではなく、複数年度にわたる地道な活動の末に実現されたものであ
る。特に、教室内でのインターネット接続環境やIWBの導入は、タブレットの利用価
値を引き出すうえで必須の条件となる。ICT教育についての明快な方針を示して議会
や現場の教師、児童・生徒の保護者といった関係者からの理解を得ながら、各自治体
の現状に即したアプローチで導入を検討することが望まれる。
タブレット端末の選定においては、技術的な課題の多くがこの1、2年の間に大きく
改善されているという現実を踏まえ、従来の知識をアップデートしたうえで判断する
ことが推奨される。むろんスペックは高いに越したことはないが、教育現場での活用
を想定した許容ラインを導きだすことを優先し、トータル費用や導入後の保守・サ
ポートなども含めた検討を行うのが賢明であろう。
教育現場のICT活用においては、実運用におけるノウハウの集積度合いがその効果
を大きく左右する。実証実験の成果や先行事例の取り組みを参考にしつつ、現場での
試行錯誤を繰り返すことによって、次世代型の教育スタイルを創出することに力を注
ぐことが求められる。
分析: 舘野 真人
text by Masato Tateno
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公立学校における
タブレット導入のベスト・プラクティス
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発行
2015年4月1日
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