(Unmanned Aerial Vehicle:UAV)、 いわゆる「ドローン(drone)」

http://www.tokiorisk.co.jp/
296
東京海上日動リスクコンサルティング(株)
ビジネスリスク本部
主任研究員 川口 貴久
無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle:UAV)、
いわゆる「ドローン(drone)」の商用利用の現状と課題
<要旨> 近年、無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle: UAV)、いわゆる「ドローン(drone)」の商用利用の
関心が高まっている。農業、物流、エネルギー、エンターテイメント等の幅広い業界で、モニタリング、情報収集、
輸送、撮影等の多様な用途での商用ドローンの利用が期待されている。一方で、ドローンとその他航空機の衝
突等、空域秩序への悪影響も懸念され、ドローン運用のルールづくりが始まっている。先行するアメリカの規制
案(2015 年 2 月発表)はドローンの商用利用に制限をかけるものであり、結果、一部の企業はドローンの開発・
試行を相対的に規制の緩い国で展開している。しかし、ドローンを製造、販売、購入、利用、管理する事業者は、
規制のあり方やレベルにかかわらず、安全管理、プライバシー管理、安全保障貿易上の管理等、様々なリスク
管理を検討していかなければならないことは言うまでもない。ドローンという新たなビジネス機会の活用には、
適切なリスク管理が不可欠である。
1.商用ドローンの多様な形態
ドローン(drone)とは元々「雄の蜂」を意味する言葉だが、最近では飛行能力のある無人機を指す。ドローン
は固定翼機と回転翼機(ヘリコプター等)に大別され、商用利用では後者が多い。回転翼機の場合、回転翼が
複数備えつけられていることが多く、安定した飛行が可能となっている。(写真 1 および 2)
こうしたドローンへの関心が日に日に高まっている。Google が提供する「Google トレンド」によれば、「ドロー
ン」や「drone」といった特定の語句の検索件数(相対的指標)は増加している(図1)。なお、英語圏での“drone”
の検索ボリュームは、米軍の無人偵察機がイランに墜落した事件(①2011 年 12 月)、Amazon.com 社が無人
機による宅配サービス“Prime Air”構想を発表した際(②2013 年 12 月)に増加している。
写真1(固定翼機)
写真 2(回転翼機)
図1 相対的な検索ボリュームの推移(Google トレンド)
100
80
60
ドローン(日本語)
ドローン(日本語)
drone(英語)
dorne(英語)
2
1
40
20
出典: (写真 1、2) Shutterstock
(図 1) 2015 年 3 月 22 日時点での、任意のキーワードが最も検索さ
れた時期(週)を 100 として、その前後の検索ボリュームを相対化した
もの。2 つの語句の絶対的な検索ボリュームは示していない。
Google トレンドをもとに筆者作成。
https://www.google.co.jp/trends/
0
1
©東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
2015
http://www.tokiorisk.co.jp/
商用ドローンがメディア等で着目されるようになったのはここ数年のことだが、軍用ドローンについてはアフガ
ニスタン戦争(2001 年~)、イラク戦争(2003~2011 年)等で 10 年以上前から注目されていた1。軍用ドローン
台頭の背景にあるのは、「3D(Dull, Dirty, or Dangerous)」な航空任務であると言われている。つまり、「“退屈
な(Dull)”長時間にわたる警戒・監視任務」「放射性物質等の“汚染された(Dirty)”環境下での任務」「航空優
勢が確保できていない環境下での“危険な(Dangerous)”任務」が有人航空機から無人航空機へ転換するイン
センティブとなった2。
軍用で注目を浴びたドローンの開発・運用は、個人の趣味・娯楽、企業の商用利用へと展開していく。現在、
ドローンは農業、物流、エネルギー、エンターテイメント等の幅広い業界で、モニタリング、情報収集、輸送、撮
影等の多様な商用形態が期待されている(表1)。
表1 多様なドローンの商業利用形態
機能形態
見る・
記録する
運ぶ
働きかける
商用形態
具体的な商用利用
開発調査・測量
鉱床採掘の調査、土地の測量。
設備点検・維持
パイプライン、ダム、道路等の点検(ブリティッシュ・ペトロリアム社、神奈川
県庁)、建築物の進捗・工程の把握。
警備・監視
重要施設の警備(警備会社)、不法投棄の監視(茨城県)、
容疑者やテロリストの監視(警察庁)。
環境保全
国立公園、稀少動物のモニタリング。
エンターテイメント用の空撮
エンターテイメントや PR 用の動画や写真の撮影・録画。
輸送
医療物資・緊急物資の輸送(DHL 社)、
日用品・食品の宅配・デリバリー(Amazon.com 社)。
農地保全
農薬散布等の農地の保全。
救難・拿捕
水難者の救難、容疑者の拿捕、
災害時の調査(瓦礫を退けながら対象まで近づく等)。
エネルギー・インフラ供給
空から特定地域へのインターネット接続の提供(Google, Facebook)。
出典: 筆者作成
すでに先行している商用ドローンもある。たとえば、ドイツの物流会社 DHL 社は北海沿岸ユイスト島にドロー
ンを使った医療品の定期輸送を開始した。イギリスの石油会社ブリティッシュ・ペトロリアム社はアラスカ等の過
酷な気象環境下でドローンを用いた石油パイプラインの調査を行っている。また、日本国内でもドローンの商業
利用が検討されている。官公庁では、たとえば茨城県は不法投棄監視に、神奈川県はダムの点検に、警視庁
は警戒監視にドローン活用の検討を進めている。そもそも日本では過去 20 年以上にわたり、農地への農薬散
布にドローン(回転翼機)を利用してきた。現在、ヤマハ社製の産業用無人ヘリコプター「RMAX」は 2600 機以上
が遠隔操作され、日本国内の農地約 240 万エーカーで農薬を散布している3。この面積は 97 億平方メートルで
あり、おおよそ青森県の面積に等しい。
今 後 の ド ロ ー ン 市 場 規 模 の 予 測 に つ い て は 幅 が あ る 。 無 人 機 シ ス テ ム 国 際 学 会 ( Association for
Unmanned Vehicle Systems International: AUVSI)は、米国でのドローンの経済効果を 2015~2017 年で 136
億ドル、2015~2025 年で 821 億ドルと見積もる4。また、BI インテリジェンスの報告書によれば、ドローン市場は
今後 10 年で最大 1000 億ドルであり、その内の 20%程度(約 200 億ドル)が商用ドローンである5。
1
軍用ドローンの歴史の詳細は、リチャード・ウィッテル著(赤根洋子訳)『無人暗殺機 ドローンの誕生』(文藝春秋、2015 年)、P・W・シンガー著
(小林由香利訳)『ロボット兵士の戦争』(日本放送出版協会、2010 年)。
2
Office of the Secretary of Defense, U.S. Department of Defense, Unmanned Aircraft Systems Roadmap 2005-2030 (August 2005),
pp.1-3.
3
Statement of Henio Arcangeli, Vice President of Corporate Planning, Yamaha Motor Corporation, U.S.A., in “The Future of Unmanned
Aviation in the U.S. Economy: Safety and Privacy Considerations”, Committee on Commerce, Science and Transportation, United
States Senate (January 15, 2014).
4
The Economic Impact of Unmanned Aircraft Systems Integration in the United States, AUVSI, March 2013
5
Marcello Balleve, “Commercial Drones: Assessing The Potential For A New Drone-Powered Economy”, Business Insider (October 13,
2014).
http://www.businessinsider.com/the-market-for-commercial-drones-2014-2
2
©東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
2015
http://www.tokiorisk.co.jp/
2.商用ドローンのルールづくり
このように、商用ドローンの利用や市場拡大の期待は高まる一方で、ドローンとその他航空機の衝突等、既
存の空域秩序への悪影響が懸念されている。そのため、各国はドローンを既存の航空管制システムに統合す
るためのルールづくりを進めている。
日本の現行法令下では、ドローンは航空機ではない。航空法(第 2 条の 1)では、航空機を「人が乗って航空
の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機及び飛行船その他政令で定める航空の用に供する
ことができる機器」と定義しているため、ドローンは航空法の規制外である。
ただし現状においても、その他諸法によりドローンの使用は制限を受けている。たとえばドローンは、①他人
の私有地上で飛行することはできず(民法 207 条)、②道路上でも利用はできず(道路交通法)、③航空機の飛
行に影響を及ぼしてはならず(航空法第 99 条の 2)6、また④違法な電波によって操縦してはならない(電波法)
としている。今後は日本国内でも関係法を整備していくことが必要である。
アメリカでは商用ドローンのルールづくりが先行しているが、現状はドローンの商用利用にかなりの制約が課
される見込みである。2012 年 2 月、「米連邦航空局(Federal Aviation Administration: FAA)近代化及び改革
法」が成立し、連邦議会は FAA に対して、ドローンの全米空域システム(National Airspace System)への統合
を要求している。FAA はドローンを、①公用無人航空機、②民間無人航空機、③趣味・娯楽用模型機 に大別し、
それぞれにルールづくりを進めている7。
現状、民間無人航空機、つまりドローンの商用利用は原則禁止とされている。商業利用の例外措置として、
利用者(事業者)が FAA に個別に申請を行い、FAA が特別耐空証明(special airworthiness certificate)を発
行することで、利用が許可される。2015 年 3 月 28 日現在、商用ドローンについては 69 件の許可が下されてお
り、用途は発電所・ガス処理施設・建造物の設備点検、農地の調査・測量、エンターテイメント目的の撮影が目
立つ8。アメリカの商用ドローン利用の一端が垣間みえる。
こうした中、2015 年 2 月 14 日、FAA は商ドローンの利用に関する包括的な規制案を発表した9。FAA 規制案
はドローンの商業利用について個別申請は不要であるとしながら、ドローンの重量、最高速度、最高高度、飛
行可能・禁止エリア等を明示している。その中でも、商業利用普及の観点で最も重要な「オペレーション上の制
限(Operational Limitations)」は以下の 3 点であろう。
1.
2.
3.
目で視認できる範囲のみ(Visual line-of-sight: VLOS)で飛行可能である。無人航空機はオペレータ
または目視観測者の VLOS の範囲内で飛行可能である。
小型無人航空機はオペレーションに直接関係のないいかなる人々の上空を飛行してはならない。
日中のみ飛行可能である(現地時間の日の出~日没まで)。10
1 の制限により、①ドローン搭載のカメラを見ながら遠隔操作を行うこと、②有効視界外での通信・衛星シス
テムによる航行が不可となる。2 の制限により、ほとんどの都市部での飛行が必然的に制限される。3 の制限
により、夜間飛行は禁止される(1 の VLOS の範囲という点とも関連)。
また、規制案は「オペレータの認定と責任(Operator Certification and Responsibilities)」の項目で、オペ
レータの条件をいくつか明示している。たとえば、17 歳以上の免許制で 2 年毎更新とし、国土安全保障省
(Department of Homeland Security: DHS)・運輸保安庁(Transportation Security Administration: TSA)の
チェックを受けることを義務づけている。
現状の規制案は、商用利用を想定している多くの事業者にとって制約となることは間違いない11。こうした事
6
通常の飛行では高度 250m 以下、空港近くの空域では高度 150m 以下とされている。
アメリカの立法動向の詳細は、ローラー,ミカ「無人航空機の国内飛行をめぐるアメリカの動向と立法」『外国の立法』第 260 号(国立国会図書館、
2014 年 6 月)、1-9 頁。
8
FAA 近代化及び改革法 第 333 条項適用除外による許認可(Authorizations Granted Via Section 333 Exemptions)として、2015 年 3 月 28
日現在時点で 69 件の許認可が下りている。Federal Aviation Administration (FAA), USDOT, “Authorizations Granted Via Section 333
Exemptions”, available at https://www.faa.gov/uas/legislative_programs/section_333/333_authorizations/
9
Federal Aviation Administration (FAA), USDOT, Operation and Certification of Small Unmanned Aircraft Systems (February 14, 2015).
http://www.faa.gov/regulations_policies/rulemaking/recently_published/media/2120-AJ60_NPRM_2-15-2015_joint_signature.pdf
10
FAA 規制案の「オペレーション上の制限(Operational Limitations)」は 20 項目あるが、最も重要であると考える 3 点を抜粋した。 Op. Cit.,
pp.10-11.
11
もちろん、これらは規制案である。例えば、ロボット法が専門のワシントン大学のりリアン・キャロ(Ryan Calo)は、自動航行の安全性が証明さ
れれば、規制案は修正される可能性があると指摘する。Scott Shane, “F.A.A. Rules Would Limit Commercial Drone Use”, The New York
Times (February 15, 2015).
また、ドローン推進団体やドローン活用企業による議会の立法プロセスへの影響も無視できないだろう。
7
3
©東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
2015
http://www.tokiorisk.co.jp/
情で、いくつかの事業者はアメリカ国外でのサービス展開を示唆している。たとえば、Amazon.com 社は実証
目的でアメリカ国内での飛行許可を取得したものの12、その 1 週間後に開催された米上院の公聴会で、同社グ
ローバル公共政策担当バイスプレジデントのポール・マイズナー(Paul Misener)氏は当局の認可が下りるのが
遅すぎて認可されたドローンはもはや使いものにならず、FAA の規制政策がアメリカの商業利益とイノベーショ
ンを阻害していると批判したうえで、海外でのサービス展開を示唆している13。実際、隣国のカナダでは FAA より
も短期間に申請がおり、許可された商用利用案件は FAA の約 30 倍である。
また欧州では、ドローンは「遠隔操縦航空機システム(Remotely Piloted Aircraft Systems: RPAS)」と呼ば
れ、ルールづくりが進んでいる。2014 年 4 月、欧州委員会(European Commission)が民生ドローンのルール
づくりを要求し、2015 年 3 月、欧州航空安全機関(European Aviation Safety Agency: EASA)は「ドローン運用
のコンセプト」を公表した。同文書ではドローンの飛行形態等に応じて、「オープン(Open)」「特定(Specific)」
「認証(Certified)」の 3 分類でルールづくりを進めている14。
3.ドローン利用時のリスク管理
上記のように、各国で商用ドローンの規制づくりが進展している一方で、アメリカのようにドローンの商業利
用を制限する規制案が検討されている国もある。その結果、事業者は各国の規制政策を踏まえて、商用ドロー
ンの研究開発・施行を相対的に規制の緩い国に移す動きもある。だが、規制がどう制定されようと、ドローンを
製造、販売、購入、利用・管理する事業者はドローンに関連するリスクを正しく認識し、マネジメントする必要が
ある。ここでは、安全性の問題、プライバシー保護の問題、安全保障貿易管理上の問題について述べる。
(1)安全性の問題
ドローンの安全性の問題を理解するには、ドローン
の仕組みを把握する必要がある。無人航空機ないし
ドローンが飛行するためには、①無人航空機、②地
上管制(Ground Control Station)、③これらをつなぐ
通信チャネル(経路) の 3 要素が不可欠である(図
2)。そのため、これら三要素を総体として捉え、無人
....
航空システム(Unmanned Aerial System: UAS)と呼
ぶことも増えている。
③の通信については、オペレータの有効視界範囲
内であれば地上統制基地と航空機の直接データリン
クを通じて、視界の範囲外であれば通信衛星や測位
衛星(位置情報を提供する衛星)を通じて、航空機を
遠隔操作する。それゆえ「unmanned」は「航空機に
人が乗っていない」ことを意味しているに過ぎず、遠
隔操縦といった方が適切かもしれない。こうした仕組
みをもつドローンには安全性の面でいくつかの問題
がある。
図2 無人航空システムのイメージ
出典: ワシントンポスト紙のイメージをもとに筆者作成。
Alberto Cuadra and Craig Whitlock, “How drones are controlled”,
The Washington Post (June 20, 2014)
http://www.washingtonpost.com/wp-srv/special/national/drone-cra
shes/how-drones-work/
<状況認識・回避判断の問題>
第一に、航空機は周囲の状況認識、衝突回避のための判断が要求される。日本の航空法は、「他の航空機
その他の物件と衝突しないように見張りをしなければならない」としている(第 71 条の 2)。これは「状況認識・回
避判断能力(Sense and Avoid capability)」と呼ばれ、FAA 近代化及び改革法(2012 年 2 月成立)では「無人航
http://www.nytimes.com/2015/02/16/us/faa-rules-would-limit-commercial-drone-use.html?_r=0
12
FAA (Federal Aviation Administration), "Amazon Gets Experimental Airworthiness Certificate" (March 19, 2015).
http://www.faa.gov/news/updates/?newsId=82225
13
Testimony of Paul Misener, Vice President for Global Public Policy, Amazon.com, Hearing on Unmanned Aircraft Systems: Key
Considerations Regarding Safety, Innovation, Economic Impact, and Privacy, Before the Subcommittee on Aviation Operations, Safety,
and Security Committee on Commerce, Science, and Transportation, United States Senate (March 24, 2015).
14
European Aviation Safety Agency (EASA), "Concept of Operations for Drones: A risk based approach to regulation of unmanned
aircraft" (March 12, 2015).
http://easa.europa.eu/system/files/dfu/Concept%20of%20Operations%20for%20Drones.pdf
4
©東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
2015
http://www.tokiorisk.co.jp/
空機が安全な距離を維持し、他の航空機との接触を回避する能力」と定義されている15。ドローンを既存の空
域秩序に統合するにあたり、この「状況認識・回避判断」の問題が生じる。
操縦者が機内にいる有人飛行と操縦者が地上にいるドローンでは、状況認識・回避判断が異なることは言う
までもない。そして操縦者の有効視界範囲外であれば、
ドローンは自律飛行に近い形態となる。自律飛行下の事 図3 ヒューマンエラーとロボットエラーの関係図
故はロボットエラーと呼べる。理念上の完全自律飛行で
は、このロボットエラーはヒューマンエラーよりも小さいと
考えられている。しかし実際には、小さくなると同時に、ヒ
ューマンエラーとは異なる新しい事象(図3赤い部分)が
生じるのではないかという点が懸念されている。
重要なことは、航空機等との衝突が生じそうな緊急時、
操縦者(人)の判断を優先させるか、コンピュータ制御を
優先させるか、という問題である。有人飛行機についても、
出典: Ryan Calo, “The Case for a Federal Robotics Commission”, The
航空機メーカーのエアバス社とボーイング社ではどちら
Robots are Coming: The Project on Civilian Robotics, The Brookings
Institue (September 2014), p.7 を筆者修正。
かを重視するかの設計思想は異なっている16。
<通信チャネル喪失の問題>
第二に、ドローンとオペレータの通信チャネルの問題である。操縦者の判断・関与の程度を問わず、ドローン
の飛行には通信チャネルが重要である。すでに述べたとおり、有効視界範囲内であれば、地上管制・オペレー
タとドローン間の直接データ通信により、有効視界外であれば衛星システムを介在させる。だが、地上管制とド
ローン間には通信チャネルの喪失(link loss)のリスクが常につきまとう。2 つの例を紹介する。
1つは、有効視界範囲内におけるデータリンクの喪失である。無線電波帯域の混線も懸念されるが、意図的
な「乗っ取り」もリスクとして認識する必要がある。ハッカーのサミー・カムカー(Samy Kamkar)氏は、ハッキング
用ドローンを飛行させ、対象ドローンと操縦者をつなぐ無線 WiFi を解析し、対象ドローンを乗っ取るという「スカ
イジャック(SkyJack)」を実証した。
もう 1 つは、有効視界範囲外における通信衛星・測位衛星とドローン間の通信チャネルの喪失例である。代
表的な測位衛星は、アメリカ合衆国が運営・提供している GPS(Global Positioning System)だが、GPS は利用
不能となるケースがある。たとえば、「ジャミング」や「スプーフィング(なりすまし)」と呼ばれる外部からの意図
的な妨害、アメリカによる意図的な地域制限(有事等で敵国等に GPS を利用させないため GPS 精度を落とすこ
と)、非意図的な干渉(電波干渉等)、システム障害等が懸念されている 17 。実際、テロ組織アルカイダ
(Al-Qaeda)は、米軍のドローンによる攻撃の防空・回避手段をマニュアル化していることが発覚し、その 1 つが
電波妨害であった18。
状況認識・回避判断の問題、通信チャネルの喪失問題はいずれも陸・海・空のモードを問わず、自律走行・
自動走行に共通する問題である。ドローンに限らず、自律走行・自動走行の機体が事故を起こした場合の責任
も明確化されていない(対人・対物の賠償責任リスク)。無人飛行・遠隔操縦飛行の安全性については、こうし
た問題があることを前提に検討していく必要がある。
(2)プライバシー保護の問題
ドローンの商業利用拡大に伴う第二の課題は、プライバシー保護の問題である。ドローンの利用意図に関係
のない第三者が映り込んでしまうことも問題であるが、映像データが構造化されたビッグデータとして蓄積され
る問題が懸念される。
後者について、監視カメラ映像と個人情報を例に説明する。監視カメラについては、個人を特定できる映像
は個人情報に該当するが、蓄積された映像データは検索可能性や体系性を備えていないため、「個人情報デ
15
the FAA Modernization and Reform Act of 2012, SEC.351.(5), p.63.
この問題については、駒田悠一「自動車の自動運転がドライバーに与える影響とその対策」TRC EYE,Vol.286(東京海上日動リスクコンサル
ティング、2013 年)を参照。 http://www.tokiorisk.co.jp/risk_info/up_file/201306131.pdf
17
内閣官房宇宙開発戦略本部事務局「GPS はじめ他国の測位衛星が使用不可能になるケースに関する考え方」(2010 年 12 月 27 日)。
18
このマニュアルはドローンの攻撃を回避するための 22 項目が記載され、いくつかはドローンへの攻撃が意図されたものである。マニュアルは
2011 年、AP 通信社がマリ共和国のアルカイダによって占拠されたビルから発見した。
英訳および原文については、 Associated Press, “The Al-Qaida Papers: Drone.”
http://hosted.ap.org/specials/interactives/_international/_pdfs/al-qaida-papers-drones.pdf
16
5
©東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
2015
http://www.tokiorisk.co.jp/
ータベース等」には該当しないと考えられてきた19。ところが、画像処理・解析、顔認証技術の進展により、蓄積
された映像データは構造化されたデータに変容しつつある。ドローン飛行中に録画された映像を処理し、特定
個人を検索することが可能になり始めているなりつつある。監視カメラについては、利用意図の明示等、事業
者側に一定の義務が課せられているが、ドローンについては今後検討していく必要がある。
実際、ドローン利用時のプライバシー保護は課題の 1 つとして認識されている。前述の FAA によるドローン規
制案の公表(2015 年 2 月)と同時期、オバマ政権は大統領覚書「無人航空システムの国内利用時における経
済的競争性の促進とプライバシー、市民権、市民的自由権の保護」を発表した。これはプライバシー保護の原
則を再確認し、連邦機関に対して原則履行を要求すると同時に、商務省に対しては民間ドローン事業者向けの
ガイドライン作成を求めている20。
(3)安全保障貿易上の問題、テロ・犯罪への悪用
最後に、安全保障貿易管理上の問題、テロ・犯罪への悪用が懸念される。ドローンの国際移転は、ミサイル
技術管理レジーム(Missile Technology Control Regime: MTCR)やワッセナー・アレンジメント(The Wassenaar
Arrangement on Export Controls for Conventional Arms and Dual-Use Goods and Technologies)の規制対
象である。MTCR は大量破壊兵器の運搬手段となるミサイルや関連汎用品・技術、ワッセナー・アレンジメントは
通常兵器や関連用品・技術輸出を管理する国際的な取組みである。実際、過去に国内メーカーの小型無人ヘ
リコプターの輸出が問題となったケースもある。
近年では各国の安全保障貿易管理の中でもドローンの重要性が増している。ドローンは戦闘機や巡航ミサ
イルに比べて安価でありながら、特定の環境下では戦略的な兵器となりうるからである21。
またドローンは国際輸出管理だけでなく、国内の製造・販売についてもテロや犯罪に悪用されることが懸念さ
れている。実際、ドローンが政府重要施設上空を飛行し、各国で懸念が高まっている。たとえば、韓国では大統
領府・青瓦台を撮影した無人機が発見され(2014 年 3 月)、フランスでは原子力発電施設上空を飛行するドロ
ーンが確認されている(2014 年 10 月)。アメリカとの国境に近いメキシコ・ティワナ(Tijuana)に墜落したドロー
ンには麻薬が積まれていた。さらに米ホワイトハウス敷地内には、無人航空機が墜落した(2015 年 1 月)。また、
2014 年 10 月 14 日、ユーゴスラビア・ベオグラード(Belgrade)で開催されたサッカー欧州選手権予選(セルビ
ア対アルバニア)には政治的メッセージを掲げたドローンが現れ、試合が中止に追い込まれた。日本国内でも、
2015 年 4 月 22 日、総理大臣官邸の屋上でドローンが発見された。
このようなドローンの移転や販売については、テロや犯罪に利用されないようなリスク管理が不可欠となる。
たとえば、自動車も銃も、悪用するのは利用者(人)であるが、販売時における購入者の身元確認のレベルは
異なる。ドローン利用者に対しては、自動車よりも銃のような、あるいはさらに詳細な身元調査が必要かもしれ
ない。
おわりに.
無人航空機ないしドローンは、新しいビジネスチャンスや社会生活の変化をもたらす。現在進行形の自動走
行技術の進展に伴い、農業、物流、エネルギー、レジャー業界等で様々なドローンの利用形態が期待されてい
る。
一方で、既存の空域秩序への悪影響(衝突事故等)も懸念され、ドローン利用に関するルール(規制政策)も
求められている。アメリカのドローンの規制案は VLOS 飛行限定、関係者以外の上空の飛行禁止、日中飛行限
定といった内容であり、現在期待されている商用ドローンの多様な形態を制限するものである。結果、比較的
規制の緩い国・地域でドローン開発・普及を展開している企業も散見される。
しかし、規制政策のあり方・レベルにかかわらず、商用ドローンを製造、販売、購入、利用、管理する事業者
19
消費者庁「個人情報保護法に関するよくある疑問と回答」2014 年 3 月 31 日更新(2015 年 4 月 5 日アクセス)中の Q2-11。
http://www.caa.go.jp/planning/kojin/gimon-kaitou.html
20
プライバシー保護の原則については、①収集と利用(Collection and Use)、②保有(Retention)、③移転(Dissemination) の 3 つを示してい
る。Barack Obama, "Presidential Memorandum: Promoting Economic Competitiveness While Safeguarding Privacy, Civil Rights, and Civil
Liberties in Domestic Use of Unmanned Aircraft Systems”, Memorandum for the Heads of Executive Departments and Agencies, Office
of the Press Secretary, The White House (February 15, 2015).
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/02/15/presidential-memorandum-promoting-economic-competitiveness-while-s
afegua
21
たとえば、あるアメリカのシンクタンクは、中国による UAV 開発・獲得の目的は偵察、ミサイル誘導、電波妨害、攻撃と多岐にわたり、中国の
UAV は東アジア有事における米空母打撃群(特にその紛争地域への兵力投射能力)にとっての大きな脅威であると評価する。Ian M. Easton and
L.C. Russell Hsiao, The Chinese People’s Liberation Army’s Unmanned Aerial Vehicle Project: Organizational Capacities and
Operational Capabilities, the Project 2049 Institute (March 11, 2013).
6
©東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
2015
http://www.tokiorisk.co.jp/
には新たなリスク管理が求められる。第一に、ドローンの安全性については、状況認識・回避判断の問題、通
信チャネル喪失の問題がある。これらは自動走行の問題に関連し、従来想定していなかったロボットエラーが
生じる可能性もある。第二に、ドローンに蓄積されるデータはプライバシー保護等との関係で問題となりうる。第
三に、ドローンが元々そして現在も軍用が中心であるという事情もあり、安全保障貿易管理上の問題やテロ・
犯罪への悪用が懸念される。 ドローンという新たなビジネス機会の活用には、適切なリスク管理が不可欠で
ある。
(2015 年 4 月 23 日)
7
©東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
2015