欧州における産官学連携の共同研究活動について

平成27年4月 第736号
欧州における産官学連携の共同研究活動について
~AST(workshop on Aircraft System Technologies)参加報告~
1.はじめに
技術力強化、企業の競争力強化のための研究
既に本誌でも紹介したように、各国では将
予算を効率的に運用するために、欧州全体と
来航空機に求められる技術(経済性向上、安
した共同研究体制を設立している。共同研究
全性向上、環境適合など)の研究・開発が各
体制は1952年に発足し、1984年以降は3∼5年
分野で進められている。特に、欧州ではHorizon
間を一つの単位として活動を行っている。最
2020などのプロジェクトによって積極的な産
近では、第7回目(FP7:Framework Program
官学連携による共同研究が活発に行われてい
7th)の活動(2007-2013)が行われていた。
る。今般、平成27年2月24日及び25日にドイツ
Horizon2020は、FP7の後継プログラムに位
のハンブルグ郊外にあるHotel Haffen Hamburg
置付けられる。航空分野に限らず、色々な分
において開催されたAST2015に参加する機会
野における研究開発・イノベーション促進の
を得たので、ASTの概要・トピックスについ
ための基本計画であって、2014年から2020年
て報告する。
の7年間に約770億ユーロ(約11兆円)の投資
を計画している。また、Horizon2020では産官
2.ASTの背景
学連携にも焦点をあて、国際的な産官学産官
欧州では、EC(European Commission)が中
学共同事業の促進を図っている。
心となって、従来は各国が個別に行っていた、
さらに、
欧州にはEASN
(European Aeronautics
会場外観
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工業会活動
Science Network)が組織されている。EASN
DAY(Aviation Industry and Research)などの
は欧州における(航空系)大学の研究活動を
研究ネットワーク活動が行われている。
組織的に行い、活動の推進及びサポートを行
うことを目的としている。EASNの主要な目
的は航空科学とテクノロジーの進歩であるた
3.AST2015の概要及び報告論文例紹介
(1)AST2015の概要
め、研究施設、企業、大学などの組織が自由
AST2015はTechnical University of Hamburg
にEASNに参加することができるが、航空学
(TUH:ハンブルグ工科大学)が主催者(幹事
及び関連する研究に興味を持つ個人でも
役)となり、AIRBUS、Lufthansa Technikの2
EASNのメンバーになることができる。
社がスポンサー、Novicos(Noise and Vibration
以上のような組織的な支援もあり、欧州で
Concepts)、Hamburg Aviation、DGLR(Deutsche
は大学を主体とした産官学連携の共同研究が
Gesellschaft für Luft- und Raumfahrt:「German
積極的に進められており、大学主催の研究成
Society for Aeronautics and Astronautics」)がサ
果発表会などが頻繁に行われている。ASTは
ポート企業・団体となっていた。
2007年に活動を開始し、今回の報告会は2013
会議の冒頭、主催者を代表してTUHのProf.
年に続いて第5回となっている。今回は、欧
Garabed Antranikian氏が次のように挨拶した。
州を主体として、産官学の各分野から計54論
「今回のワークショップには産業界、研究
文が報告された。また、参加者はドイツを主
所、大学から国際的に有名な専門家に集まっ
体に、イギリス、フランス、イタリアなど8ヵ
ていただき大変感謝しています。ここハンブ
国に及び、総勢100名程度の参加者が集まっ
ルグはドイツにおける民間航空の重要な拠点
ていた。
の1つであり、4万人を超える高い能力を持っ
また、スペインのUniversidad Politécnica de
た専門職が働いています。ハンブルグには企
Madrid(upm:マドリード工科大学)が中心と
業、大学、および政府機関が参加する地域ネッ
なって活動しているHALA(Higher Automation
トワークがあり、航空機に関する革新的な研
Levels in Air Traffic Management)
、ポルトガル
究、技術開発が行われています。
の大学が中心となって開催されているAIR-
会議場風景
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今回のワークショップでは、機体システム、
主催者挨拶
平成27年4月 第736号
機器(装備品)、キャビン、通信管理、素材、
る。しかし、既存の汎用ネットワークでは
および製造の分野から多くの優秀な論文が寄
通信(データ伝送)のリアルタイム性確保
せられています。これらの最新技術を網羅し
が難しく、課題となっている。
た論文は、多くの航空機関係の技術者及び科
本論文では、すでに開発されている「同
学者の研究・開発活動にとって貴重な情報と
期式仮想回線」及び「非同期式仮想回線」
なることを確信しています。
などの技術を改良し、端末間に優先順位の
ASTの目的は、航空機の革新的技術開発に
ない一般的なネットワーク回線を使用し
寄与する適切な研究を行い、議論するための
て、その中にある特定の端末間に最適な仮
公開討論会を提供し、航空機開発における最
想専用回線を構築することによって、その
新技術の検討を行うことです。今回の会議が
端末間の通信を優先的に確保する技術など
皆様に有意義なものとなることを熱望いたし
について比較・検討を行っている。
ます。」
②Reliable Transmission of Aircraft Data Over
(2)報告論文例紹介
本会は次の5つのセッションに区分され、
計54論文が発表された。
Satellite
(Mr. Maciej Muehleisen, Institute of
Communication Networks )
・Information and Communication Management
昨年のマレーシア航空機不明事故などを
・Airframe Systems and Equipment
契機に航空機の位置情報を常時把握するシ
・Cabin and comfort
ステムの構築が検討されているが、位置情
・Materials and Production
報を伝送するために必要となる機器の費用
・All Electric Aircraft/ Supersonic Air Transport
あるいはデータの信頼性などについての課
産業界から15件、大学関係から19件、研究
題が残っている。
機関から9件、産学共同が5件、官学共同が5件、
本論文では、新規に専用装置を追加する
産官共同が1件など、数多くの論文が発表さ
のではなく、現在構築が進められている航
れたが、本稿では、いくつかの論文について
空機内部でのインターネット回線(衛星経
概要を紹介する。
由で地上と通信)を利用することによって
追加費用を極力抑えることを検討してい
①Embedded Cloud and Critical Systems:
る。しかし、他通信との併用であること、
Technology Baseline and Architecture and
専用ではないために途中の中継装置などが
Patterns
介在することなどによって、データ伝送の
(Mr. Mirko Jakovljevic1, TTTech
Computertechnik AG)
遅延時間などの課題があるため、疑似的に
通信経路を模擬して遅延時間についてシ
航空機に搭載されている電子・電気装置
ミュレーションを行い、位置情報の誤差な
はIMA(Integrated Modular Avionics )化が
どについて検討を行っている。
進んでいるが、最近では対象となる機材が
多くなったため、資源(CPU、メモリなど)
の効率向上・共通化などを求めて組込み型
クラウド・コンピュータ化が検討されてい
③Electro-Hydrostatic Actuation System for
Aircraft Landing Gear Actuation
(Dr. Westly DAVIDSON, Modelling and
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工業会活動
Simulation, Skynetics、
Mr. Jacques ROIZES,
を取得し、3つのタイプによってどの程度
Airbus Operations Ltd)
の遅延・誤差が発生するか、比較・検討を
近年、航空機の電気化(MEA:More Electric
行っている。
Aircraft)が進められており、飛行制御(舵
面制御)、空調装置の電動化あるいは防氷・
除氷装置の電熱化が実用化されている。し
かし、脚重量が大きいこと、扉の開閉、脚
⑤Flight Test of an Experimental(Liquid to
Air)Skin Heat Exchanger
(Mr. Carsten Colberg, Design Office
柱の固定などの連携する動作が多いため、
Environmental Control Systems, Airbus
大型民間航空機の脚部分の電気化はまだ実
Operations)
用化されていない。
航空機の電気化が進む中で、将来の航空
本論文では、A320サイズの航空機を対象
機設計において重要となる要件の一つは熱
とし、降着システムで使用されている脚揚
の処理であり、放熱、冷却方式について各
降、脚収納扉開閉、主脚ロック機構などの
種の研究が進められている。しかし、現状
関連する部分の駆動部(アクチュエータ)
では液体を利用した熱交換器が主流であ
をEHA(Electro-Hydrostatic Actuator)化し、
り、冷却能力の向上には装置の大きさが増
脚の駆動シーケンス制御をコンピュータ制
加する課題がある。
御に置き換えることを研究し、その成果に
本論文では、従来の液体を使用した熱交
ついて報告している。尚、本研究には日本
換器に代えて、空気による熱交換器(SHX:
の住友精密工業が参画している。
Skin Heat Exchanger)を試作し、航空機の
腹部(Wing Box)に実際に装着して飛行試
④Simulation of an Innovative Hybrid
Actuating System
(Mr. T. Röben, Institute of Aeronautics and
Astronautics, RWTH Aachen University)
航空機電気化に向けてアクチュエータの
験を行うことによってSHXの特性評価を
行った。実験ではA320の腹部にSHXを装着
し、SHXを装着した飛行機の速度、高度な
どを変え、各状態における冷却特性などを
測定し、結果の評価などを行っている。
検討が進んでいるが、全てのアクチュエー
タを一気に別種類に交換することは航空機
の安全性を考えた場合にリスクとなる。そ
のため、過渡期においては複数種類のアク
⑥System-Level Virtual Integration Study of an
Aircraft Electrical Power Network
(Mr. Tobias Kreitz, Institute of Aircraft
チュエータを装備したハイブリッド方式で
Systems Engineering, Hamburg University of
の運航も必要と考えられている。
Technology)
本論文では、現在考えられている3つの
航空機電気化によってもたらされる電源
タ イ プ(EHSA(Electro-Hydrostatic Servo
種類の多様化、使用電力増加に対応するた
Actuator)、EHA及びEMA(Electro-Mechanic
めに発電、電送及び負荷を含めた電気シス
Actuator))のアクチェータを同一の制御器
テムの検討が必要となっている。しかし、
及び負荷装置(舵面)に接続し、制御器か
航空機毎にシステムの構成が異なるため、
ら同時に制御信号を送り込んだ場合の処理
システム検討のためには航空機毎に電源シ
時間の違い、舵面動作の状況などのデータ
ステムをモデル化しなければならない。
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平成27年4月 第736号
本論文では、電気システムを構成する発
⑧Thermal Enabling Maintenance Wireless
電構成品(エンジン用発電機、燃料電池な
Testing of Aircraft Cabin Components
ど)、電送構成品(DC/AC変換、電圧・周
Without Modification of The Network
波数変換など)及び負荷構成品の特性を定
Configuration
義し、シミュレーションに必要な諸元を含
めた「部品」を作成し、各部品を組み合わ
(Mr. Matthias Heinisch, Airbus Operations
GmbH)
せることで電気システムをモデル化するこ
航空機の客室には安全用装置あるいは救
とを可能とした。さらに、試験用のシステ
難・非常用装置などが設置されており、各
ムを構築し、負荷構成品に供給される電圧・
フライトの前に客室乗務員が動作状況など
電流特性などをシミュレーションし、その
の 確 認 を 行 っ て い る。こ の 確 認 は Flight
データを比較・検討している。
Attendant Panel(FAP)によって行われるが、
FAPは航空機内の固定された場所(一ヵ所)
⑦Development and Experimental Study of an
Indirect CO2 Onboard Cooling System
に設置されており移動できないため、異常
検出時の対応などに時間を要している。
(Mr. Johannes Chodura, Institute for Aircraft
本論文では、客室内部の専用回線に無線
Systems Engineering, Hamburg University of
でアクセスできる(従来ネットワークを改
Technology)
造する必要のない)可搬型端末を導入し、
航空機の電気化などによって航空機の空
客室内を移動しながら装置の確認ができる
調(冷却)能力の増加が課題となっている。
ように提案している。可搬型にすることに
従来の航空機では客室内の空調システムの
よって、客室乗務員が移動しながら装置の
冷気によって電気装置の一部(客室娯楽装
確認を行うことができ、装置の異常などに
置など)を冷却していた。しかし、増加し
迅速に対応できることを目的としている。
続ける熱量を処理するには単一の空調シス
尚、無線を使用することによって、他ネッ
テムだけでは限界があると考えられる。
トワークへの安全性、セキュリティの確保
本論文では、客室内空調システムとは別
などが必要となるが、これらの課題につい
にあるギャレーなどの食品を冷却する装置
ても比較・検討をおこなっている。
を拡張して装置の冷却にも使用することを
提言している。ギャレーなどの食品を冷却
4.所感
する装置にはドライアイスなどが使用され
海外では前述したように将来航空機に求め
ているが、局所部分の冷却を想定した装置
られる技術の研究・開発が積極的に進められ
であり、必要な場所に分散して配置されて
ている。本稿で紹介したように、欧州におい
いる。この分散している冷却装置を集中化
ては産官学連携の共同研究等が積極的に行わ
し、重量増加及び使用空間を抑え、効率を
れており、特に大学部門の積極的な参画には
向上させることを検討している。また、冷
興味深いところがある。今回のASTもハンブ
却媒体として有毒性の少ない二酸化炭素ガ
ルグ工科大学が幹事役となり、論文の収集、
スを使用することとし、二酸化炭素ガスの
会場の手配、参加者のとりまとめ、関連機関
冷却特性などについて調査・研究を行って
との調整など幅広い作業を行っている。さら
いる。
には、今回の会議だけではなく、他大学が幹
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工業会活動
事役となっているワークショップなども多数
日本においては産官学連携の活動実績は少な
行われている。こういったことによって、欧
く、特に大学が主体となった活動はごく一部
州における航空機産業の発展あるいは産業の
に限られているのが現状だと思われる。日本
裾野拡大が行われているのだと感じられる。
の航空機産業のためには、欧州のような活動
日本の航空機産業の発展のためには技術開
発も当然必要であるが、人材育成、裾野拡大
を取り入れることも必要であろうと感じられ
た。
などについても考える必要がある。しかし、
〔(一社)日本航空宇宙工業会 技術部部長 杉田 明広〕
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