-1- 2015/05/09 15 年度「比較経済史」第 10 回講義 Resume 「大西洋

15 年度「比較経済史」第 10 回講義 Resume
「大西洋システム」と近代世界-奴隷制プランテーションを中心に
2015/05/09
(はじめに)
これまでの講義は、資本主義の成立を内陸部生産力史観(農本主義)に基づいて話して来た。独立自営農
民層の成立→生産力の上昇→社会的分業の展開→農民層の分解(中産的生産者層の両極分解)→資本主義
の成立、というシェーマである。今日は、海洋部貿易史観(商業主義)との関連で講義する。貿易の発展
→植民地の建設→奴隷制→(商業)資本蓄積→産業資本への転化→資本主義の成立、というシェーマである。
マルクス&ケインズの指摘している、私拿捕=海賊行為による資本蓄積もこちらに属するであろう。
それと、資本主義の成立を1国資本主義の立場から話したが、今日は世界システム論(大西洋システム論)
の立場から講義する(なお本日のテーマは、第 5 回講義「イギリスの産業革命」の項で、1国資本主義の
立場から「重商主義」政策にっついてはお話ししてある)。
ところで、「大西洋システム」という用語は以前は余り見かけなかったが、最近ではあちこちで使用さ
れている。 池本幸三氏によると「大西洋システムは、15、16 世紀に形成され始め、17 世紀なかごろの
「砂糖革命」によって形態を整え、それ以後、中心地域を移動させながら拡大し、さらに新大陸の植民・
開発の進展や大西洋奴隷貿易によって多角的通商網を展開させつつ、18 世紀中ころに完成した。そして
このシステム全体の全盛期は、1800 年を挟んで前後、ほぼ各半世紀間であったといえよう」(『近代世界
と奴隷制』序章)。
要するに、18 世紀イギリスで産業革命が可能だったのは、イギリスが植民地として西インド諸島と北
米植民地を所有していたからであり、アフリカからの奴隷貿易、西インドの砂糖+北米植民地の煙草貿易
による資本蓄積と西インドからの工業原料である綿花輸入によるものであった、とする。→後述
概念としては、「ウィリアム・テーゼ」、「従属理論」、「世界システム論」や川北稔氏の「商業革命論」、近
年では牧田実氏等の「ワールドヒストリー」に近いものといえる。
[大西洋を巡る歴史]
1492:コロン第1回航海/97:ガボットのアメリカ航海/1550:カリブ海で砂糖生産開始/1562:ホーキンズ第1
回航海/1572:ドレイクのカリブ海侵入/1577-80 ドレイク世界航海/1585-1604:英西戦争/1618-1648: 30 年戦争
/1640 ~バッカニアの活動がさかんになる/1654 年:ウエストミンスター条約/1703:メシュエン条約/1714:西・
英にアシエント認可/1730 ~カリブ海砂糖生産のピーク
[英の新大陸植民史]
1607:北米植民/1623:セント・キット植民/1627:バルバドス植民/1670:ジャマイカ英領となる
1.近代資本主義システム成立の要件
少なくとも2つの要件が必要。一方の極に資本に転用される‘貨幣’、他方の極に生産手段を剥奪された
‘(無産)労働者’の存在である。貨幣が労働者を捉え産業資本に転用されることによって資本主義は成立
し(→この過程が「マニュファクチャー」である)、貨幣の所有者=資本家が労働者を支配・包摂すること
によってそれは確立する(→この過程が「産業革命」である)。⇒資本の原始的蓄積過程!
ところで、原蓄には2つの局面が指摘されている。望月清司氏の用語を借りると、①「暴力原蓄」と②「静
かなる原蓄」である。暴力原蓄とは貨幣と労働力を“暴力”によって、つまり国家権力を動員しながら、
「上から」創出する道であり、「静かなる原蓄」は市場原理に委ねながら貨幣と労働力を作り出す道であ
る。⇒農民層の分解・中産的生産者層の両極分解!
2.イギリスの「商業革命」-商業圏の地中海(及びアジア)から大西洋へのシフト
一般に「15 世紀末のコロンブスの新世界への到達とガマのアフリカ迂回新航路の開拓をはじめとする〈地
理上の発見〉(大航海時代)がもたらした経済史上の変革」を指すが、川北氏は「1660 年代から 1770 年
代の北米・カリブ海地域との貿易によって引き起こされたイギリスにおける急激な商工業の成長と、それ
に伴う社会・経済体質の変化」を指すらしい。
イギリスー西アフリカーカリブ海+北米植民地を三角で結んだ「商業革命」(三角貿易)は、イギリスに多
大な富みをもたらすとともに、消費革命、投資革命などをもたらし、産業革命を準備した。
*こうした「三角貿易」にアイルランドを加えることがある。1752 ~ 1775 年のイギリス輸入相手は新世
界約 35%、アイルランド 10%であった。他方ヨーロッパは合計で約 40%である。
3.海賊(貴族)の活躍-もう一つの“原蓄”
ホーキンズ、ドレイク、モーガンなど国王から特許状を得た由緒正しい(?)海賊の他、バッカニアと呼ば
れるもぐりの海賊によって、スペインの膨大な銀が略奪され、それが国家財政を救うとともに、新たな投
資活動を生んだ。→映画『Elizabeth: The Golden Age』(2007)参照
4.西アフリカと大西洋奴隷貿易[三角貿易の一角]
15 世紀半ばから 19 世紀の半ばまで、約4世紀に渉って西アフリカから新大陸(ブラジル、西インド諸島、
北米大陸)へ 1,500 ~ 2,000 万人の黒人が奴隷として強制連行された(通説)。
5.近代奴隷制の成立(砂糖プランテーションの重要性)
1)ブラジル⇒砂糖プランテーション
2)西インド諸島⇒煙草プランテーション+砂糖プランテーション+綿花プランテーション
3)アメリカ植民地⇒煙草プランテーション+綿花プランテーション+米プランテーション+藍(インディゴ)
プランテーション(+砂糖プランテーション)
6.奴隷制とイギリス産業革命
「ウイリアム・テーゼ」に見る如く、奴隷貿易、砂糖の奴隷制プランテーションがもたらす膨大な利益と、
西インド諸島で生産される綿花を原料としてイギリスの産業革命は開始したとする。
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《用語解説》
1.資本主義成立に関する 2 つの理論的立場⇒「ドッブ=スィージー論争」参照
2.K.マルクスの「資本の原始的蓄積論」
「アメリカの金銀産地の発見、原住民の掃滅と奴隷化と鉱山への埋没、東インドの征服と略奪の開始、ア
フリカの商業的黒人狩猟場への転化、これらのできごとは資本主義的生産の時代の曙光を特徴づけている。
このような牧歌的た過程が本源的蓄積の主要契機なのである」...
「いまや本源的蓄積のいろいろな契機は、多かれ少なかれ時間的な順序をなして、ことにスペイン、ポル
トガル、オランダ、フランス、イギリスのあいだに分配される。イギリスではこれらの契機は一七世紀末
には植民制度、国債制度、近代的和税制度、保護貿易制度として体系的に総括される。これらの方法は、
一部は、残虐きわまる暴力によって行なわれる」...
「植民地制度は商業や航海を温室的に育成した。『独占会社』は資本集積の強力た損粁(キロテイ))だった。植
民地は、成長するマニュファクチュアのために販売市場を保証し、市場独占によって増進された蓄積を保
証した。ヨーロッパの外で直接に略奪や奴隷化や強盗殺人によってぶんどられた財宝は、本国に流れこん
で、そこで資本に転化した」...
出所)マルクス『資本論』第1巻より
3.J.M.ケインズの「資本の原始的蓄積論」
「ほんとうのところ、ドレイクがゴールデン・ハインド号に乗せて持ち帰った略奪品が、イギリスの海外
投資の源泉とたり基礎とたったと考えてよい。エリザベス女王は、その配当金で外債を全部清算し、おま
けに残金の一部(約4万2000ポンド)をレヴァント会社に投資した。
そして、このレヴァント会社の収益をもとに、17、8世紀を通じ、その利益からイギリスの海外関係の
基礎がつくられたところの東インド会社が組織されたのである。というようたわけで、エリザベス朝、ジ
ェイムズⅠ世朝(1558~1625年)の経済発展と資本蓄積の実りの大部分は、こつこつと働く人間が
もたらしたものというよりは、むしろ不当利得老のおかげである、と言えることは、右の例から明らかで
あろう……世界史の一時代に、実業家や投機家や不当利得者にとって、これほど旨いチャンスが、これほ
ど長くつづいた例はなかろう。この黄金時代に、近代資本主義は誕生したのである」
出所)ケインズ『貨幣論』(1930)[増田義郎『略奪の海 カリブーもう1つのラテン・アメリカ史』(岩波
新書)(77 ~ 78 頁)より]
4.ウィリアム・テーゼ(William・Thesis)
「イギリス産業革命と奴隷貿易ならびに奴隷制との関係についてはじめて明確な形で展開したのは、カリ
ブ海最南端トリニダード・トバゴ出身のエリック・ウィリアムズである。この国の独立運動の指導者であ
り、初代首相でもあったウィリアムズは、カリブ海諸島人あるいはアフリカから連行された黒人の立場か
らイギリスの経済史や思想史を再検討する姿勢を一貫してとりつづけた。1944 に出版された彼の主著『資
本主義と奴隷制ーニグロ史とイギリス資本主義』(理論社 1986 年)のなかで、彼は奴隷貿易および奴隷
制が、イギリス資本主義の確立に決定的な役割を果たした、と主張した。
彼がここで展開した論点は多岐にわたっているが、今日では“ウィリアムズ・テーゼ”として一般に認め
られ、次のように定式化されている。
1)奴隷制はあくまで経済的現象であって、それゆえ、人種主義は奴隷制の結果であって、その原因ではな
い。
2)イギリス領西インド諸島の奴隷経済は、イギリス産業革命の生成にとって決定的な役割を果たした(強
いテーゼ)、あるいは、それに大いに寄与した(弱いテーゼ〕。
3)アメリカ独立戦争以降、奴隷経済は、収益性の点でも、イギリスにとっての重要度の点でも衰退してい
った。
4)奴隷貿易や奴隷制の廃止は、イギリス本国での博愛主義や人道主義の台頭によってというよりもむしろ、
その経済的動機によって推進された。
5.従属理論
イギリス資本主義を中心とする国際分業体制の成立は,非ヨーロヅパ地域を先進諸国の原料・農産物の供
給地に転化し,植民地=モノカルチャー的産業構造を定着させた。こうした国際分業体制は,第 2 次大戦後
においても基本的には変化せず,旧植民地や従属国の先進資本主義諸国への従属による低開発状態は依然
として存続してきた。こうした第 3 世界の低開発と貧困の根源を告発する理論として登場してきたのがい
わゆる「従属理論」である。
6.「世界システム論」
1.ウォーラーステインによって提唱された「世界システム」論は,理論的立場からいえば従属理論の延長線
上にあるとみられる。だがウオーラーステインの特色は,中枢の発展をもう一度,周辺の低開発をも包みこ
む視角から問い直し,両者を統一的に把握しようと試みたことである。この構想によれば,近代の世界史は
何よりもまず,1 つのシステムの変動過程として捉えられなければならない。
そのシステムとは,極大利潤の実現をめざす市場むけ生産のために成立した,単一一の世界的分業体制=
資本制世界経済である。そしてその内部に「中核」
「半辺境」
「辺境」という下位システムを含むとともに,.
それらは 3 層の階層序列を形づくっている。
7.川北稔の「商業革命」論
省略
8.牧田茂の大英帝国と「ワールド・ヒストリー」
省略
【参考文献】
池本幸三他著『近代世界と奴隷制-大西洋システムの中で』(人文書院)、川北稔「商業革命」『講座西洋
経済史(Ⅰ)』(同文舘)、同『工業化の歴史的前提』(岩波書店)、S.ミンツ『甘さと権力』(平凡社)、E.ウ
ィリアムス『資本主義と奴隷制』(理論社)、O.イアンニ『奴隷制と資本主義』(大月書店)、増田義郎『略
奪の海 カリブ』(岩波新書)、秋田茂『イギリス帝国の歴史』(中公新書)他
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