映像を基にした評価で 「気づき力」を深める方策

「気づき力」
「リスク感性」
を上手に育てるコツ
映像を基にした評価で
「気づき力」を深める方策
度にばらつきがあり,今後の看護実践
に役立つかどうかについては低い評価
でした。その結果を踏まえ,振り返り
市立秋田総合病院
をより充実させることが課題に挙がり
佐川亮一 ICU 主任/集中ケア認定看護師
ました。
2001年よりICUに勤務し,10年が経過した2011年に集中治療を専門に
しようと決意し,日本看護協会看護研修学校集中ケア学科に入学し,集
中ケア認定看護師資格を取得しました。集中ケア看護の向上に取り組み
つつ,同年より看護部教育委員会(新人担当)になり,先輩方のご指導の
下“人間愛に満ちたやさしい看護師”の育成に取り組んでいます。
成田睦子 副看護部長/看護部教育委員会
山田志保 手術室看護師長/看護部教育委員会
吹谷由美子 看護部長
レーション場面をビデオ撮影し,その
映像を振り返りに使用しました。映像
により一連の流れを可視化し,自分や
他者の看護場面を客観的に振り返るこ
とで,直感的な気づきを得ることがで
今日の医療教育全般において,社会のニー
きました。そして,その後のディスカッショ
ズに応えられる実践力をいかに強化していく
ンで,その気づきを実際の看護場面でどう生
かが中心的な課題となっています 。知識を
かすかを掘り下げて考えてもらった結果,事
教授するような講義形式の研修は学習効果に
後アンケートでの振り返りの評価が向上しま
乏しく,経験を基盤とする学習者中心の能動
した。
的学習方略が有用であると言われています。
このような研修は,臨床実践での気づき力
また,世界的な医療安全への意識の高まり
を養うトレーニングになると思います。シ
は,医療者の技術のあり方にも変化をもたら
ミュレーションで成功しても失敗しても,そ
しています。従来,技術教育は “See one(見
こから学ぶことの大切さに気づけるよう導く
て),Do one(やってみて)
,Teach one(教
ことで,次の行動に生かされ臨床実践能力の
えてみて)
” という一連の過程を通じて習得し
向上になると考えます。
1)
ていくと言われていましたが,その一連の流
れに中に,Simulate one(シミュレーション
で疑似体験をして)
,Reflect one(振り返っ
新人看護職員研修
指導計画書の紹介
て)という2つのステップが加わっています2)。
私たちの行った研修指導計画書を紹介します。
当院看護部教育委員会(新人担当)では,
テーマ:多重課題
臨床実践能力を高めることを目的に,2013
対象:新入看護職員(7カ月目)18人(1
年にシミュレーション形式の多重課題研修を
グループ6人×3グループ)
企画・開催しました。多重課題シミュレーショ
日時:2014年10月30日(木)
ン研修は,一人ひとりに同じ多重課題場面を
1グループ14:00 ~15:00
体験してもらい,グループワークで振り返
2グループ15:00 ~16:00
り,自己の課題発見や学びを見いだせるよう
3グループ16:00 ~17:00
に組み立てました。
場所:当院講堂・ナースセンター
研修後の新人看護職員アンケートでは「多
ねらい:多重課題を体験し,振り返りによっ
重課題の場面で動けなかった自分に気づいた」
「自分がどのように行動しているかが分かっ
30
2014年の多重課題研修では,シミュ
て,それぞれが自分の課題を見いだし,臨
床に適応し得る人材になってほしい。
た」
「自分を知る良い機会になった」などの
◆概要
意見が得られましたが,一方で振り返りの精
研修の概要を説明します。
看護人材育成 Vol.12 No.1
◆教材観
ることは,臨床での困難さを緩和し,個人の成
同時に複数のことを行うことを「多重課題」
長を促す機会でもあるのではないでしょうか。
と言います。人間にとって,多重課題は大変
◆指導観
困難な作業で,大抵は2つの課題を同時にこ
成人学習として知識の伝達よりも,学び方
なすことはできない
の学習を意識します。新人看護職員の目的・
3)
と言われています。
日常の臨床看護の場面では,このような多重
目標,興味,動機,仕事との関係がはっきり
課題があふれています。急性期医療の労働環
するよう,状況や設定をリアル(個人に当ては
境は,医療の高度化,患者の重症化と高齢化,
めた時,実際の現場をイメージでき,よく感じ
病態の複雑化,さらに患者の入退院の高速化
るような出来事)にしています。指導としては,
などが相まって過酷な状況にあります。最も
到達目標を説明し,体験してもらい,振り返り
手厚い看護配置基準である「7対1」でも,
を行います。この振り返りが,体験したことを
夜間は1人の看護師が14 ~15人の患者を担
学びに変える重要な部分であり,学習の中で問
当しており,看護師の業務負担は重く,患者
い掛けやフィードバックを丁寧に行います。
の安全確保が危うい状況 4) であると言われ
また,視覚的に自分の対応を顧みることが
ています。新人看護職員は,就職前の看護基
できるように,シミュレーションをビデオカ
礎教育と現在の状況を比べると乖離を感じる
メラで撮影し,振り返りの際に使用します。
ことも少なくありません。厚生労働省の『新
同期である他者の対応を見ることで,体験を
人看護職員研修ガイドライン』5)の中でも指
共有してもらいます。振り返りでは,否定的
摘されており,その乖離,ギャップを埋める
な発言を避けます。成功体験から学ぶという
ために多重課題研修でのトレーニングが活用
よりも,うまくいかなかったことから学びを
できます。
得ることを目指していきます。
多重課題研修は,臨床現場で起こるさまざ
まな出来事(与薬や患者の訴えへの対応など)
シミュレーションの概要
を題材として,シナリオという教材に置き変
新人看護職員には,①安全に配慮した優先
え,実際に体験して,多重課題が起こった時
順位の判断が分かる,②基本的な看護技術が
の対応を学習します。組織の理念,院内教育
正しくできる,③先輩看護師へ応援(報告・連
の目的・目標,対象者の背景・ニードを考慮
絡・相談)を求めることができるの3つの目標
して研修の目的・目標を明確に設定すること
を提示し,シミュレーションに臨んでもらい
が重要です。
ました。限られた時間で行う研修であるため,
◆対象観
3~18グループに分けて,それぞれ1時間
「新人看護師は1カ月目には仕事を並列で
ずつのプログラムとしました(表1,P.32)。
行うことができず,また,並列に行わなけれ
シミュレーションは1人2分×6人とし,6
ばならないことに気づいてもいない。3カ月
人終了後にグループで振り返りを行いまし
目なると,多重課題を遂行しようとする意志
た。病棟とは離れた講堂に,4床の病室とシ
は感じられるが,一つひとつの行為が不正確
チュエーションを用意し,各病室に3人の模
である。6カ月目になると優先課題の選択や
擬患者を配しました(図1,P.32)
。そして,
多重課題の遂行などが徐々に行えるようにな
別室でオリエンテーションを行った後,1人
る」 と言われています。新人看護職員に対し
ずつ同じシナリオのシミュレーションを体験
て,優先順位の判断,多重課題への対応,割り
してもらいました(表2,P.32)
。
込み業務への対応の方法を学習する機会を与え
模擬患者,進行,ビデオ撮影,チェッカー,
2)
看護人材育成 Vol.12 No.1
31
表1:プログラム・タイムスケジュール
図1:病室レイアウト(2階講堂に仮設)
14:00
(6分)
ナースセンター集合:オリエンテー
ション
14:06 ∼
(24分)
講堂:シミュレーション
2分の実技後チェックシートを受け
取り,待機する。
14:30 ∼
(30分)
出入り口
○○○○様
認知症の患者
転倒注意
○○○○様
急遽,明日退院
ナースコール
講堂:振り返り(教育委員がファシリ
テート)
1人2分×6人のビデオを見ながら
お互いの良いとこ探し(12分)
15分ディスカッション(15分)
まとめ(3分)
A
201号室
○○○○様
点滴キープ
ナースコール
B
ナースコール
点滴
C
D
ビデオカメラ
以後15:00 ∼2グループ,16:00 ∼3グループ計3クール実施。
表2:シナリオ・チェックリスト(所要時間:2分)
想定概要:週末の昼14時,一般病棟。日勤者の多くが昼休憩中。
リーダー看護師はナースステーションで業務中。
ほかの看護師は,担当患者の看護ケア中。
新人看護師が201病室を訪室した状況。
時間
0:00:00
(40秒)
A氏(模擬患者) B氏(模擬患者)
新人看護師を
呼び止める
臥床中
日付 2014/10/30(木)
評価者
場所 講堂 研修者
C氏(模擬患者)
ナースコールで点滴交
換を依頼し,看護師の
訪室を待っている
必要なスキル
評価の視点できていたらチェックする
★患者対応
□A氏の訴えを確認できる
☆状況把握
□C氏の点滴の不安を考慮して
行動できる
□C氏の点滴の滴下状況を確認
できる
0:00:40
(30秒)
0:01:10
(10秒)
臥床中(もし
くは新人看護
師と話をして
いる)
起き上がり「ト 新人看護師に点滴を交
イレに行きたい」 換 し て も ら っ て い る
と訴える
(もしくは臥床中)
臥床中
トイレに行こう
と準備している
0:01:20
(25秒)
臥床中
「一人でトイレに
行く」と訴える
ナースコールを
押す
00:01:40
0:01:45
(15秒)
トイレに歩き出
す
★転倒のリスク
マネジメント
□B氏の転倒リスクをアセスメ
ントでき、転倒予防を優先さ
せることができる
★点滴管理(看
護技術)
□マニュアルの手順に従って,
C氏の点滴の交換ができる
☆点滴管理(滴
下調整)
□状況に合わせて,C氏の点滴
の滴下を調整できる
★応援要請
□応援の必要性を検討し,適切
な時期にナースコールで応援
を呼ぶことができる
☆他患者への配
慮
□B氏の行動を気に留めること
ができる
★報告
□リーダー看護師に患者の状況
を報告できる
※リーダー看護
師到着
□リーダー看護師に状況が伝わ
るような応援の要請ができる
★は適切な実施に有無を
,☆に関しシナリオ終了後に口頭で確認する。
※新人看護師が,リーダー看護師に現状を報告および協力の依頼ができた時点で終了。
チューターは,すべて看護部教育委員で行い
ました。
シナリオ作成(シナリオ選びの
工夫)と使用教材
◆状況設定
10月30日(木)14時を過ぎたころ
32
看護人材育成 Vol.12 No.1
リーダー看護師はナースステーション
で業務中。そのほかの看護師は休憩中
か,ほかの患者のケアをしていてほかの
病室に出向いている。
あなたは201号室(4人部屋)の担当
看護師である。201号室は,ナースセン
ターから約20秒のところにある。
患者A氏:急遽,明日の退院が決定。
対応その②
患者B氏:認知症がある高齢者。ナースコー
→看護師が少し待ってほしいと言った場合
ルを押さずに動き出すことが多い。数日前
は,そのまま待つ。
に,一人でトイレ歩行をした際に転倒し
→看護師が,ほかの作業をしながら訴えの内
た。そのため,歩行時は見守りの介助を実
容を確認しようとした場合は,怒りながら
施している。
患 者 C 氏: 末 梢 よ り 点 滴 静 脈 内 注 射 中。
60mL/hの速度で24時間キープ。
◆シナリオ開始
新人看護職員(受講者)がナースステー
ションで記録をしていると,担当患者の
C氏からナースコール。「点滴がなくな
「もう,いいよ」と訴えを中断する。
→少し待った後に,訴えを伺いに来た場合,
①に準じる。
*開始から40秒が経過し,患者Bが「トイ
レに行きたい」と起き上がり出した以降は
また臥床する。
◆患者B氏
ります」と訴えがあった。C氏の次の点
・開始から40秒後までは臥床している。
滴を準備し,必要物品を持って201号室
・40秒経過し,進行役から合図があれ
に入った。
ビデオ撮影開始(2分間)
◆患者A氏
ベッド上で臥床。看護師が病室に入っ
てきたら,すぐに起き上がり「看護師さ
ん,看護師さん」と呼び止める(呼ぶだ
けで要件は伝えない)
。
対応その①
→看護師が関心を向け,話を聞こうとしたら
要件を話す。
「明日,退院になったんだけど,いろいろ
聞きたいことがあって」
→看護師が誠意ある対応をしてきたら指示に
従う。
→患者の訴えの内容を確認する言動があれば,
一つひとつ小出しに質問する。
「明日はいつ部屋を出ればいいの?」
「あと,会計はいつ払うの?」
「あと,会計はいくらくらいになるの?」
「あと,次の外来はいつになるの?」
「あと,…」
*会話の途中で看護師が中断を求めてきた
ら,指示に従う。
ば,ベッドから起き上がり,看護師に
「トイレに行きたい」と声を掛ける。
その後,ゆっくりとトイレに行く準備
を開始し,約30秒かけて端座位とな
り靴を履く。
→上記のセリフから30秒以内に看護師に介
入された場合,
「ちょっと待って」
(などと
言いながらマイペースに)と時間を掛ける。
・開始から1分10秒,トイレに行く準
備を整え,端座位で待つ。
・1分20秒後に進行役からのアイコン
タクトで立ち上がり,看護師に声を掛
ける「看護師さん,もう我慢できない
よ。1人でトイレに行くよ」
。
・1分40秒後に進行役からの合図で,
立ち上がり,トイレに向かってゆっく
りと歩行しはじめる。
※歩行スタイルは,いかにも転びそう
な足取りで。
・ 2 分 後, 看 護 師 に 付 き 添 わ れ る か,
20秒かけて病室を出る。
◆患者C氏
・臥床していても,起きていても構わない。
看護人材育成 Vol.12 No.1
33
・ベッド上に臥床。点滴交換を待つ。
・再現できるなら,滴下60mL/hに調節。
・点滴ボトルは残量がほとんどない,も
しくはなくなっているくらいを再現。
・点滴刺入部の上肢に工夫を施し,実際
に滴下調節できるようにする。
・シミュレーション中は看護師に声を掛
けられたら適宜返答する。
本来は,多重課題や時間切迫,割り込み業
務といった困難な状況を再現することが必要
かもしれませんが,シミュレーションでは,
難易度を下げてでも日常遭遇し得るリアルな
状況の方が効果的な場合もあるのではないか
と思います。
使用教材は,表3に示しました。
シミュレーション,
ビデオ撮りの進め方と注意点
・セリフはアドリブで。
◆リーダー看護師
→ナースコールがあれば,5秒程度して
から(進行役から合図)応対。「伺い
ます」
*ただし,ナースコールで自分からは
要件は伺わない。
*ナースコールで要件を話してきた場
合受講者に従う。
・ナースコール後は基本20秒後に訪室
(進行役から合図)
。
・訪室したら「どうしたの」と一声かけ
る。報告を受ける時はまっさらな気持
ちで,どのようなことを伝えているか
を黙って聞くようにする。
◆オリエンテーション(14:00~14:06)
・受講者全員に研修資料を配布し,教育委員
を紹介する。
・14:00から,研修資料を用いて口頭でオ
リエンテーションを行い,シミュレーショ
ン会場となる講堂の配置や設備,状況設定
について次のことを説明する(10分以内)。
・2階講堂内に仮設の病室(4床)を準備し
ていること。
・4人部屋に患者は3人いること。
・各ベッドにナースコールが設置されている
こと。
・受講者は患者C氏の点滴交換依頼のナース
コールがあり,点滴交換のために必要物
2分またはリーダー看護師に報告・連絡・
品,手順をいつものように行う。
・今回の病室はカーテンがないこと(可能な
相談ができた時点で終了とする。
◆シナリオ選びの工夫と使用教材
限り仕切りを用いている)
。
2013年は,自治医科大学のweb上のシナ
・病室には受講者をチェックするスタッフが
リオ6)を参考に,急遽退院の決まったことへ
いるが,いないと思って行動すること。
の不安のある患者,点滴交換を待つ患者,転
・今回は,自己の行動を振り返るためにビデ
倒リスクがありながら,尿意を催しトイレ歩
行してしまう患者,呼吸状態の不安定な重症
患者の4人を配し,ほぼ同時に対応が必要と
34
に近づいたとの評価が得られました。
オを撮影していること。
・シミュレーション前後は教育委員の誘導に
従うこと。
なるシナリオを実施しました。しかし,一般
・模擬患者ではあるが,普段患者に接してい
病室の患者の組み合わせとしては,当院の実
るように応対すること(決して先輩看護師
状からは現実的ではない状況でした。
と思わないように)
。
そこで,2014年は呼吸状態の不安定な患
・今回の個人の研修の出来,不出来は決して
者を除いた3人のシンプルなシナリオにしま
非難しないこと。ビデオは外部には出さな
した。その結果,当院で日常遭遇し得る状況
いなどの諸注意。
看護人材育成 Vol.12 No.1
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