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幹細胞の骨分化に作用する金ナノ粒子の開発
~カルボキシル基による表面修飾で骨分化を抑制。再生医療用ナノ材料の可能性を拓く~
配布日時:平成 27 年 4 月 3 日 14 時
解禁日時:平成 27 年 4 月 7 日 02 時
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
概要
1.国立研究開発法人物質・材料研究機構(理事長:潮田資勝)国際ナノアーキテクトニクス研究拠
点(拠点長:青野正和)の生体組織再生材料ユニット(ユニット長:陳国平)は、幹細胞1)の骨分化
に作用する表面機能化金ナノ粒子の開発に成功しました。
2.再生医療2)において、幹細胞の分化や増殖などの機能を制御する技術は不可欠です。これまで、
ナノサイズの金粒子によって、ヒト間葉系幹細胞3)の骨芽細胞4)への分化が促進されることが報告さ
れてきました。また別の研究では、アミノ基、カルボキシル基、水酸基など種々の官能基が幹細胞の
分化に促進・抑制などの影響を与えることが示唆されていることから、本研究グループは、表面を官
能基で修飾した金ナノ粒子は、幹細胞の機能を制御するナノ材料の有力な候補と考えました。しかし、
金ナノ粒子の表面を種々の官能基で修飾し、機能化した場合に、ヒト間葉系幹細胞の分化などに対し、
具体的にどのような影響を与えるかはこれまでわかっていませんでした。
3.本研究グループは、プラスに荷電するアミノ基(‐NH2)
、マイナスに荷電するカルボキシル基
(‐COOH)
、中性の水酸基(‐OH)といった官能基で表面修飾した金ナノ粒子をそれぞれ合成し、
これらがヒト骨髄由来の間葉系幹細胞の骨分化などにどのような影響を及ぼすのかを明らかにしま
した。上記の官能基で表面修飾した金ナノ粒子のうち、カルボキシル基で表面修飾した金ナノ粒子は、
細胞の内部に取り込まれ、他の官能基で修飾した金ナノ粒子に比べて顕著な骨分化抑制作用をもつこ
とが分かりました。さらに、カルボキシル基修飾金ナノ粒子がヒト骨髄由来の間葉系幹細胞の遺伝子
の働きに与える影響について調べたところ、骨分化に関連するいくつかの遺伝子の発現を阻害するこ
とが示唆されました。このように、金ナノ粒子に導入した官能基の種類によって骨分化の促進・抑制
作用に違いがあることが明らかになりました。
4.再生医療の実現には、安全で高品質の幹細胞を確保するとともに、幹細胞の機能を制御する技術
も必須です。本研究で得られた知見は、材料的な手法によって幹細胞の機能制御にアプローチしたも
のであり、新しい幹細胞制御技術としてナノ材料の可能性を切り拓くものです。今後、本研究の成果
を積極的に活用し、再生医療への応用を目指していきます。
5.本研究成果は、学術誌 Biomaterials(バイオマテリアルズ)のオンライン電子版に近く公開され
る予定です。
研究の背景
ヒト骨髄由来の間葉系幹細胞(以下、hMSCs と記します)は、骨芽細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、その他
様々な細胞に分化する能力をもつため、再生医療の有用な細胞源と考えられています。再生医療を実現す
るためには、有用な細胞源の確保とともに、細胞増殖や分化などの機能を制御する技術が不可欠です。
それらの技術に必要なのが、細胞を取り囲む細胞微小環境5)に存在するさまざまな因子による影響の理
解です。hMSCsの機能は、細胞微小環境中の様々な生物的因子や物理・化学的因子によって制御されてい
ることが知られています。タンパク質、核酸、糖類などの生体分子は、幹細胞の機能に影響を与える重要
な因子であり、これらの分子内にはたとえば、アミノ基、カルボキシル基、水酸基のような官能基が存在
しています。最近の研究によれば、ある官能基が幹細胞の分化に寄与する可能性が示されるなど、官能基
が幹細胞の機能に影響を与えることが示唆されています。
また、細胞微小環境はナノスケールの構造をもつことから、制御技術の一つとしてナノ材料は再生医療
の研究で注目を集めてきました。ナノ材料は、生体分子や細胞と相互作用可能な大きな比表面積をもつだ
けでなく、その小ささゆえに細胞膜のような障壁を通り抜けたり、細胞核の内部に侵入したりことも可能
です。従って、ナノ材料はバルク材料とは違ったより大きな影響を細胞に与える可能性があります。以上
のことから、表面を官能基で機能化したナノ材料は、幹細胞の機能に対する物理的・化学的な因子の影響
を調べるのに適しているといえます。
ナノ材料の中でも特に金のナノ粒子は、合成が容易であること、生体への毒性が低いと考えられている
こと、様々な化学修飾が可能であることから、バイオ分野に用いるナノ材料の候補として有望です。特に
種々の官能基を導入した金ナノ粒子は、ドラッグデリバリーにおける治療戦略、診断イメージング、抗体
標識・ターゲッティングにおいて有用です。これまでの研究で、金ナノ粒子は hMSCs の骨分化を促進す
ることが見出されました。しかし、種々の官能基で表面修飾した金ナノ粒子が hMSCs の機能にどのよう
な影響を与えるかはわかっていませんでした。表面官能基の性質は、細胞へのナノ粒子の取り込みだけで
なく、細胞骨格の再構築にも影響を与える可能性があります。そして、その細胞骨格の様態が骨分化に密
接な関係があることが示唆されています。そこで今回の研究では、種々の官能基でそれぞれ表面修飾した
金ナノ粒子を合成し、これらが hMSCs の骨分化の促進・抑制作用に対して与える影響を調べたところ、
特にカルボキシル基修飾金ナノ粒子が骨分化の抑制作用を持つことを明らかにしました。
研究内容と成果
、カルボキシル基(‐COOH)
、
本研究グループ(陳国平、川添直輝、Jasmine Li)は、アミノ基(‐NH2)
水酸基(‐OH)で表面修飾した金ナノ粒子をそれぞれ合成し、hMSCsの骨分化などの機能への影響を明
らかにしました。
まず、アミノ基、カルボキシル基、水酸基を末端にもつアルカンチオールとよばれる分子を用いて、表
面に各官能基を導入した金ナノ粒子を合成しました。これらの修飾された金ナノ粒子を透過電子顕微鏡
(TEM)で観察したところ、金ナノ粒子はよく分散し、ほぼ均一なサイズをもつ球状であることが分かり
ました(図 1)
。TEM 画像から計測した金ナノ粒子の直径は、官能基による多少の違いはあるものの 20 nm
前後でした。各種金ナノ粒子の表面の電位(ゼータ電位)を測定したところ、導入された各官能基の表面
電荷を反映しており、確かに金ナノ粒子表面が官能基で修飾されていることが分かりました。
2
図 1(A)アミノ基、
(B)カルボキシル基、
(C)水酸基、で表面修飾した金ナノ粒子、
(D)未修飾金ナノ粒子
の透過電子顕微鏡(TEM)像。いずれの種類の金ナノ粒子も直径 20 nm 前後であった。
合成した表面修飾金ナノ粒子が、hMSCsの形態や増殖に対してどのように影響するかを調べるために、
以下の実験を行いました。骨分化誘導培地に 0.5 nMのアミノ基、カルボキシル基、水酸基修飾、および未
修飾金ナノ粒子を添加してhMSCsを 3 週間培養しました。培養後、細胞の形態には変化は見られませんで
した。修飾、未修飾それぞれの金ナノ粒子は暗青色を帯びた凝集体を形成し、細胞内部にも細胞外マトリ
ックス6)の部分にも観察されました。これらの凝集体は以下に述べるように細胞増殖には影響が無いこと
が明らかになっています。細胞の増殖を定量的に評価するため、0.5 nMの金ナノ粒子を含む培地を用いて
hMSCを培養した後、一定期間ごとに細胞を数えた結果、各種表面修飾金ナノ粒子を加えた細胞の増殖パ
ターンは、ナノ粒子無添加の場合とほぼ同様でした。このことから、金ナノ粒子の添加および官能基での
修飾は、細胞の増殖に影響を与えないことが分かりました。
次に、表面修飾金ナノ粒子によるhMSCsの骨分化への影響について、骨分化の指標のひとつとして知ら
れるアルカリフォスファターゼ活性染色と骨の成分であるリン酸カルシウムを検出するアリザリンレッド
Sとよばれる色素での染色という 2 種類の方法で調べました。各種表面修飾金ナノ粒子の存在下でhMSCを
培養し、まずアルカリフォスファターゼ活性染色を行いました(図 2)
。その結果、いずれのサンプルもア
ルカリフォスファターゼの活性を示す紫色に染色されました。さらに、詳しく調べるために、アルカリフ
ォスファターゼ活性を定量的に測定したところ、アミノ基、カルボキシル基修飾金ナノ粒子を添加した細
胞のアルカリフォスファターゼ活性は、細胞あたりに換算して、無添加のサンプルよりも低くなることが
分かりました。さらに、骨分化によって沈着したリン酸カルシウムを検出するためアリザリンレッドS染
色を行いました。その結果、アミノ基、水酸基修飾、および未修飾金ナノ粒子、および無添加のサンプル
がいずれも暗赤色に染色されました。アミノ基修飾の場合はアルカリフォスファターゼ活性が低くなって
いましたが、骨成分の形成は抑制されませんでした。しかしこれとは対照的に、カルボキシル基修飾金ナ
ノ粒子を添加した細胞はほとんど染色されませんでした。各サンプルからリン酸カルシウムと結合したア
リザリンレッドSを溶出し、その濃度を測定したところ、カルボキシル基修飾金ナノ粒子を添加したサン
プルは他のサンプルに比べ低濃度であることが分かりました。
よって、
カルボキシル基修飾金ナノ粒子は、
骨の石灰化、いわゆるバイオミネラリゼーション7)を抑制する作用をもつことが分かりました。
3
図 2 各種金ナノ粒子を添加してヒト間葉系幹細胞(hMSCs)を 3 週間培養し、骨分化の指標であるアルカリフォ
スファターゼ(ALP)染色、沈着したリン酸カルシウムのアリザリンレッド染色(ARS)を行った結果。比較のた
め、未修飾金ナノ粒子添加、無添加の条件でも実験を行った。上段の写真で紫色に染色された部分はアルカリフ
ォスファターゼの存在領域、暗青色のドッドは金ナノ粒子の凝集体を示す。下段の写真でクモの巣状の赤い染色
部分は、沈着したリン酸カルシウム、青紫色のドットは金ナノ粒子の凝集体を表す。スケールバーの長さはすべ
て 500μm。
さらに、カルボキシル基修飾金ナノ粒子が hMSCs の遺伝子の働きにどのような影響を与えるかを網羅
的に解析するため、金ナノ粒子を添加して培養した hMSCs に対し、骨分化に関連する遺伝子群の発現量
を測定しました。その結果、カルボキシル基修飾金ナノ粒子は、細胞外マトリックスタンパク質合成とバ
イオミネラリゼーションに関連するいくつかの遺伝子の発現を阻害することが示唆されました。
今後の展開
本研究により、金ナノ粒子を修飾する官能基の種類が異なると、hMSCs の骨分化に異なる影響が生じるこ
とが明らかになりました。本研究で得られた知見は、新しい幹細胞制御技術としてナノ材料の可能性を切
り拓くものです。たとえば、間葉系幹細胞を生体に移植し、異なる表面官能基をもつナノ粒子を添加する
ことにより、バイオミネラリゼーションを制御できる可能性も考えられます。具体的には、骨欠損部位の
ように骨芽細胞の密度が低い場合は、石灰化(骨分化)を抑え、まず欠損部位で間葉系幹細胞を増殖させ、
次に、適当な細胞密度が得られたところで、骨分化を促進させるなどの応用が考えられます。本研究で得
られた成果を積極的に活用し、再生医療への応用を目指していきます。
備考
本研究は、文部科学省 WPI(世界トップレベル研究拠点)プログラムの援助を受けて行われました。
掲載論文
題目:Gold Nanoparticles with Different Charge and Moiety Induce Differential Cell Response on Mesenchymal
Stem Cell Osteogenesis
著者:Jasmine Jia’En Li, Naoki Kawazoe, Guoping Chen
雑誌:Biomaterials (2015)(現時点では号・ページは未定)
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用語解説
(1) 幹細胞
生体のさまざまな組織の細胞に分化する能力と細胞分裂を繰り返しながら増殖する能力をもち、それ
ぞれの組織の再生に関与している細胞。
(2) 再生医療
事故や病気などの原因で機能障害や機能不全に陥った生体組織・臓器に対し、細胞を積極的に利用し
て、その機能の再生をはかる医療。
(3) 間葉系幹細胞
間葉系幹細胞は、骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、軟骨細胞など、間葉系に属する細胞への分化能をも
つとされる細胞で、骨髄や脂肪組織から単離されている。骨や軟骨、心筋の再生などの再生医療への
応用が期待されています。
(4) 骨芽細胞
骨を形成する役割をもつ細胞で、骨吸収を担う破骨細胞や骨細胞などとともに骨組織を構成していま
す。
(5) 細胞微小環境
生体内の細胞は、液性因子、細胞-細胞間の相互作用、細胞-細胞外マトリックス間の相互作用によ
り制御されています。これらを総称して細胞微小環境といいます。
(6) 細胞外マトリックス
組織において細胞外部を満たしている生体高分子のナノ複合体で、主にコラーゲンやエラスチンなど
のタンパク質、フィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質、グリコサミノグリカンなどの複合糖
質から構成されています。一般に、組織の種類によって細胞外マトリックスの組成が異なります。
(7) バイオミネラリゼーション
生物が無機鉱物を作り出す作用のこと。
本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関すること)
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 生体組織再生材料ユニット
ユニット長 陳 国平(ちん こくへい)
E-mail:[email protected]
TEL:029-860-4496
(報道・広報に関すること)
国立研究開発法人 物質・材料研究機構 企画部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1
TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017
E-mail: [email protected]
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