1. 陸上競技選手における競技継続に関する研究 佐々木 大志、櫻田 淳也

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陸上競技選手における競技継続に関する研究
Research into Continued Participation in Track and Field by Athletes
キーワード:複線経路・等至性モデル 陸上競技 競技継続
佐々木 大志 櫻田 淳也 畑山 茂雄
(株式会社ゼンリン) SASAKI Daishi SAKURADA Junya HATAKEYAMA Sigeo
Ⅰ.目的
陸上競技におけるピークパフォーマンスについて、
Fisher(1999)はイギリスの上級レベ ルに到達する
平均年齢は 21 歳 0 カ月であるとしており、日本におい
世代の強化に重点が置かれる中で、競技種目によっ
てピーク年齢が異なるという観点から競技を見つめ
直した時に、現時点で存在している「上級レベ ルに
到達している競技者」のピークをいかにして維持、ま
たは向上させていくかという点において参考となる競
ても同様の傾向が見られる。しかし、ピーク(最高成
技者の事例を検証することは、トップレベ ル競技者
績)に関して言えば、技術の上達や諸条件を考慮す
のパフォーマンス維持または育成段階の競技者に対
るとその年齢は上級レベ ルの到達よりもさらに遅くに
するアプローチの方法を検討する意味でも貴重な情
なることが予想される。Matveyev(1985)が陸上競技
報となりうる。本研究で調査対象とする競技者の専門
の種目別に表したデータによると、ピークの平均年齢
種目は円盤投である。円盤投は陸上競技の中でも技
はスピード系のスプリント種目が男子 22 24 歳に対し
術の習熟や競技経験がパフォーマンスの安定に大き
て、投てき種目(砲丸投・やり投)が 27 27 歳、ハン
く関わる種目の 1 つで、同種目でオリンピック4 連覇を
マー投に至っては 27 30 歳であり、種目によって異な
達成した Al.Oerter が 43 歳で自己最高記録(69m46)
ることが示されている。オリンピックや世界陸上等の
をマークしていることからもわかるように、「競技継続」
出場者の多くは「上級レベ ル到達者」と
「最高潮到
から得られる長期的なキャリアが競技力向上のため
達者ならびに維持者」であると考えられおり、これを
の重要な条件の 1 つと言える。
裏付けるように岡野(2009)は、近年の世界トップレ
そこで本研究は国内において長年にわたって高い
ベルの競技者がトレーニングやそれを支える環境に
競技レベ ルを維持し、今なお、現役で活躍するトッ
恵まれ、確実に競技年齢を高めていると報告してい
プアスリート1 名を対象として、競技観や技術、トレー
る。国内においても、特に投てき種目において上級レ
ニングについての半構造化インタビューを実施し、
ベル(ここでは日本選手権上位者)の平均年齢は高ま
競技継続に至るプロセスを詳細に検証し、その要因
り、世界的な活躍を見せる室伏広治選手をはじめ、
を捉えていく。「競技継続」へと り着く非可逆的な
30 歳を過ぎてもなお、日本のトップレベルで活躍して
時間の流れと経路の多様性を考慮し、複線経路・等
いる競技者は複数名存在しているが、それら競技者
至性モデルを作成、分析することで、より広汎な視
の「競技継続」に至るプロセスに関する研究や資料
点で競技者像を捉え、「競技継続」に関する要因を
はほとんどない。東京オリンピックが決定し、オリン
検証していく。
ピックが開催される2020 年にピークを迎えるとされる
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である。高校入学時から円盤投をはじめ、そのキャリ
Ⅱ.方法
アは 20 年以上になる。本年度も含めて 19 年間連続
で日本のトップ 10 にランキングされており、これまで
ⅰ)調査対象者
国内で長年に渡りトップレベ ルの競技力を維持し
の多数の実績も含めて、稀少な調査対象者といえる。
活躍をしている男子円盤投の競技者 1 名を対象とし
た。表 1 に示すとおり、調査対象者は男子円盤投に
おいて日本歴代 2 位の記録を保持する現役の競技者
ⅱ)データ収集
本研究では競技観や技術、トレーニングに関す
表 1.調査対象者プロフィール
る基幹質問をあらかじめ準備し、1 対 1 の半構造化
インタビュー形式で調査を実施した。半構造化イン
氏 名 畑山茂雄 年 齢
タビューとは一定の質問に従ってインタビューを進め
37 歳
職 歴 黒石高校―日本体育大学―
ゼンリン
ながら、状況や回答に応じて、質問の表現、順序、
自己記録
手法である。出来事の想起を目的として、対象者の
内容などを変えることのできる柔軟なインタビューの
60 m10(日本歴代 2 位)2007
実 績 日本選手権 通算11回優勝
7 連覇含む
2007年世界選手権代表 年次ベスト記録の推移(図 1)をあらかじめ作成し事
前確認を実施した。過去の記録や年次イベントを考
慮して、競技歴を[Ⅰ期:高校]
、
[Ⅱ期:大学]
、
[Ⅲ
65
←
→
60.10
59.04
47.34
10
54.34
11
回目
50.12
50
56.90
56.22
回目
53.90
52.89
52.52
56.88
58.52
↑日本選手権優勝
56.18
55.14
54.88
58.90
↑日本選手権優勝
58.00
57.32
57.34
56.39
↑日本選手権優勝9回目・世界選手権出場
55
日本選手権初優勝↓
日本ジュニア記録樹立↓
60
日本選手権7連覇
44.98
45
41.36
社⑯ 38歳
2014
社⑮ 37歳
2013
社⑭ 36歳
2012
社⑬ 35歳
2011
社⑫ 34歳
2010
社⑪ 33歳
2009
社⑩ 32歳
2008
社⑨ 31歳
2007
図 1 年次ベスト記録の推移
社⑧ 30歳
2006
社⑦ 29歳
2005
社⑥ 28歳
2004
社⑤ 27歳
2003
社④ 26歳
2002
社③ 25歳
2001
社② 24歳
2000
社① 23歳
1999
大④ 22歳
1998
大③ 21歳
1997
大② 20歳
1996
大① 19歳
1995
高③ 18歳
1994
高② 17歳
1993
高① 16歳
1992
40
17
期:社会人前期]
、
[Ⅳ期:社会人後期]に分け、イ
り毎に切片化することで、得られた内容を整理した。
ンタビュアーが高校入学時からの回顧を促しなが
整理された内容からサブカテゴリーを抽出し、さらに
ら、基幹質問を中心にインタビューを進めた。興味
4 つのカテゴリーを生成した(表 2)。次に表 2と逐語
録をもとに複線経路・等至性モデル(以下、「TEM
図」)
の作成に取り掛かった。サトウ
(2009)
によれば、
複 線 経 路・等 至 性 モデ ル(Trajectory Equifinality
Model : TEM)とは、人間の成長を時間的変化と文
深い答えや話題に対しては展開に応じて適宜質問を
加えた。インタビュー時間は約 90 分であった。イン
タビュー内容は事前に対象者に承諾を得て、内容を
ICレコーダーに録音し、より正確な内容の整理に努
化・社会的文脈との関係で捉え、記述・理解する試
めた。
みである。それは、ある経験に至る経験を経たあとの
道筋を描くこととし、すなわち個人の人生を時間と共
ⅲ)分析方法
はじめに得られたデータを基にインタビュー内容
に描くことを目標とする質的研究の流れの新しい方法
を書き起こし逐語録を作成し、逐語録を意味のまとま
論である。本研究は各期における経験や出来事を整
表 2 カテゴリー表
カテゴリー
サブカテゴリー
・中学校の先生が高校では円盤投に取り組むように助言
・母親の兄弟が投てき選手
・高校入学当初から円盤投以外の種目への興味はなし
一貫性のある競技姿勢と ・高校時代、チームメイトの活躍(国体入賞の賞状)から刺激→「あのように立派な賞状が欲しい」
モチベーションの維持 ・国体等でレベルの高い選手たちから刺激
・他大学に進学した同期選手の活躍→気持ちを奮起させる原動力
・スポーツメーカーからのサポート→様々な意味での恩恵
・社会人、上司からの言葉「トップはトップであり続けるものだ」→強い自信を持って競技会に臨む
・高校時代、投げる以外は全員同じ練習内容で取り組む→基礎体力の向上、リレー種目でもチーム
に貢献
・大学時代他ブロックと交流、頻繁に練習→スプリント、ジャンプ系を中心に練習方法を多く覚える
フィジカルトレーニング
・オールラウンドに身体能力が向上、高い身体能力を十種競技での記録が証明
の
・「スピード」が最大の武器となり、今でも身体能力の柱になっている
段階的な変化
・名選手を多く輩出している高校や大学に積極的に足を運び、多岐にわたるトレーニングを実践
・サーキットトレーニングやウエイトトレーニングの方法について新たな刺激を受ける
・「力がついて初めて身につく技術もある」
技術への柔軟な対応
・高校時代、「大きく回って残して投げるという未完成で漠然とした技術」
・大雑把な感覚でしか投てき技術を捉えていない→多くの技術を吸収できる状態
・大学時代、円盤の専門的な練習を初めて知る→コーチ不在のため、即実践、自分の技術を高める
・国内の著名な指導者や選手との積極的な関わり合いの中で意見交換や交流を行い、技術を構築
していく
・様々な練習環境や指導方法を積極的に学び、幅広い知識を得る・技術への多角的な視点を持つ
・円盤の知れば知るほどスピードと技術の在り方に疑問が生じる
・高い競技力を持つ外国人選手の投てきを参考にする→技術の新しい知見と試行錯誤
新たなモチベーション
への転換
・記録を狙える身体能力の維持→回復力の低下や怪我が懸念される
・後進の指導、技術の普及→日本記録を投げる舞台に立ち会いたい
・国内において高いレベルでのライバル関係を築いて欲しい→後輩たちへの期待感
・現役だからこそわかる動作感覚をさらに深めたい
・「どこかで記録更新や活躍を狙う自分がいる」→自己への期待
・「冒険的な自信や意欲を持っている」→新たなモチベーション
図 2 TEM 図
18
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理し、これまでの道筋全体を可視化することで「競技
を実感し、更にモチベーションが高まったと語ってい
継続」に至るプロセスを明らかにしていく試みの為、
る。[Ⅲ期:社会人前期]では社会人としての生活が
TEM 図を用いた分析が妥当であると判断した。
始まった頃、会社の上司に「トップはトップであり続け
るものだ」と心強い励ましを貰うことで、身に付いてき
Ⅲ.結果及び考察
カテゴリー表及び TEM 図の分析から「競技継続」
に関する要因として次のような考察が得られた。
た高い実力と共により強い自信を持って競技会に臨む
ようになる。「当時は負ける気がしなかった」との語り
どおり、
[Ⅲ期:社会人前期]の競技生活は、気力、
体力共に充実し、日本選手権で 7 連覇を成し遂げ、
円熟味の増した 2007 年には日本人歴史上 2 人目とな
① 一貫性のある競技姿勢とモチベーションの維持
る60m の大台に到達することになる。この年、日本投
「親戚が投てき選手であった」や「中学時代の恩
てき界の悲願である円盤投での世界選手権出場も果
師が円盤投を進めた」などの語りから、高校入学と
たし、まさに日本の第一人者として大きな役割を果た
同時に迷うことなく円盤投に取り組み始めたことがわ
した年と言える。Ⅰ期∼Ⅲ期の間で適切なタイミング
かる。それから20 年間以上の間モ チ ベ ーションを
で周囲から様々な刺激を受けたこと、そして、それを
維持し、一貫して同種目に取り組むことができた理由
モチ ベーションに変えられる感受性豊かでポジティ
として、モチベーションを高める機会を幾度となく得
ブな人格を持ち合わせていたことが一貫した競技姿
られたことが挙げられる。はじめの機会として挙げら
勢を形成し、意欲を持ち続けられた要因といえる。
れるのは[Ⅰ期:高校]での経験であり、チームメイト
が国体で入賞した時にもらった賞状を見たことで「あ
② フィジカルトレーニングの段階的な変化
んな賞状が欲しい」と素直に感じたことであった。こ
畑山選手の身体特性として脚筋力に起因するス
の出来事が円盤投の選手としての可能性も見えてい
ピードやバネと言った強さが挙げられる。100m 走の
ない初期にすでに全国大会を目指す機会となったと
ベスト記録は 10 秒 81 で、同選手のように 100mを10
語っている。また、高校 2 年で出場した国体では日本
秒台で走ることのできる投てき選手は極めて稀である。
高校歴代上位の記録が続出するハイレベ ルな大会
しかし、TEM 図からこれまでのトレーニング経過を
であったことから、技術的にも精神的にも大きな刺激
考察するとそれを作り上げた練習環境を見通すことが
を受けたと語っている。この後、高校 3 年でインター
できる。まず、
[Ⅰ期:高校]では、部員全員が同じ練
ハイや国体で優勝することになるが、本人の語りから
習メニューに取り組む機会が多く、スプリントやジャ
はこうした自分の競技実績に関わる回顧が直接的に
ンプ系の練習が日常であったことがわかる。学校を
得られなかったことから、競技実績が高まったことで
代表してリレー競技にも出場していた点を考慮すると、
大学進学、競技継続を望むようになったのではなく、
投てき選手としてハイレベルなスプリント能力を当時
競技者として技術や競技力を高めたいという純粋で
から有していたことは想像に難くない。また、
[Ⅱ期:
前向きな意欲によって方向づけされたものと推察され
大学]の段階でも諸事情から他ブロックとの交流に
る。
[Ⅱ期:大学]は慣れない寮生活、下積み生活か
よって頻繁にスプリントやジャンプ系の練習を取り入
らのスタートであったが、他大学に進学した同期選
れていたことがわかる。高い競技レベ ルと専門性を
手の活躍が気持ちを奮起させる原動力となった。日
有する大学段階において投てき専門の競技者が短
本ジュニア記録樹立やインカレ優勝等、選手として
距離や跳躍の競技者と交流し日常的に練習すること
の活躍が顕著になるとスポーツメーカーからシュー
は珍しいケースと言える。多くの投てき競技者は、身
ズやウエアのサポートを受けられるようになり、強くな
体の成長に合わせて、スプリントやジャンプなどの
ること、実績が積み重なることで周囲からの注目が高
基礎的体力部分を高校段階までに、大学段階から
まり、様々な意味での恩恵が自分にもたらされること
はウエイトトレーニングを中心とした専門的体力部分
20
(筋力アップ)に重点を置いて練習を行う傾向にある
直接的に指導を受けるコーチ がいなかったことで、
為、同選手の事例は興味深い。1996 年には練習の
柔軟にこの機会を活かし、自分の技術として吸収で
一環として十種競技にも挑戦し6584 点というハイレベ
きたのではないかと推察される。これをキッカケに劇
ルな記録も残しており、それまでに培われた高次元の
的に技術は向上し、この年に53m90という日本ランキ
基礎体力が証明されている。[Ⅲ期:社会人前期]に
ングトップの記録を残すことになる。国内の第一人者
は、新しい刺激を求めて名選手を多く輩出している
として歩を進める上で大きな飛躍を遂げる年となった。
高校や大学に積極的に足を運び、サーキットトレー
[Ⅲ期:社会人前期]には国内の著名な指導者や選
ニングやウエイトトレーニングの方法について学び、
手との積極的な関わり合いの中で意見交換や交流を
研鑽を重ねた。「力がついて初めて身につく技術も
行い、技術を構築していく。それまで投てき全体のス
ある」との語りからは、Ⅰ期∼Ⅱ期にはそれほど高めら
ピードを高めることで記録を伸ばしてきた同選手であ
れていなかった筋力やパワーといった要素への積極
るが、この頃から「円盤を知れば知るほどスピードと
的な介入と挑戦を窺い知ることができる。Ⅰ期∼Ⅱ期は
技術のあり方に疑問が生じた」とその難しさを語って
自然と取り組まれていた総合的な基礎体力の養成に
いる。2005 年に 58m00というハイレベ ルな記録を投
よって同選手の最大の武器となる「スピード」が磨か
げてから海外へと目を向け、高い競技力を持つ外国
れ、Ⅲ期から積極的に取り入れたウエイトトレーニン
人選手の投てきを参考にしようと試みた。その結果、
グによって「筋力」を向上させ、全身の「パワー」を高
技術の新しい知見は得られたものの、逆に「技術に
めることができたと推察される。このような世代に応じ
ブレが生じた」との語りどおり、この後、試行錯誤が
たフィジカルトレーニングの段階的な変化が、技術
繰り返される。こうした畑山選手の経験から、競技者
の進歩と相乗効果となり競技力を向上させたと共に「
としての新しい技術への柔軟な対応姿勢の大切さと、
競技継続」 に欠くことのできない強靭な身体を築いた
選手兼コーチとして多くの情報から自身に必要な技術
要因ではないかと考えられる。
を取捨選択していくことの難しさの両面を垣間見ること
③ 技術への柔軟な対応
い難しい状況ではあるものの、同選手はこのような経
ができた。競技者本人としては解決の糸口が見えな
畑山選手はこれまで一貫したコーチングを受けて
験を自分自身のものとして仕舞い込まず、仲間と共有
いない。
[Ⅰ期:高校]は部活動の顧問が円盤投の専
して議論を重ね、ある一定の方向性を見出すことで
門であったものの、技術は専ら上級生から教えても
後進の指導に活かし国内の競技力のレベ ルアップ
らっていた。「大きく回って残して投げるという未完成
に貢献することとなる。
で漠然とした技術だった」との語りから分かるように、
この頃は大雑把な感覚でしか投てき技術を捉えてい
なかった。しかし、この時期に固定的な技術の概念
④ 新たなモチベーションへの転換
2007 年にようやく外的条件(向かい風)にも恵まれ、
に囚われなかったことが、のちに多くの技術を吸収で
日本人史上 2 人目となる60m の大台に到達する。しか
きる柔軟な姿勢を形成したものと考えられる。同選手
し、練習ではさらに上の記録を実現できていただけ
が投てき技術を深く理解する上でターニングポイント
に、外的条件の巡り合わせの難しさが語りからうかが
となったのが、
[Ⅱ期:大学]の冬季練習であった。
えた。図 1を見ると、2000 年以降、記録は隔年で向
1996 年に行われた日本陸連のコーチング研修(ドイ
上し続け、この年にピークを迎えていることがわかる。
ツ)によって持ち帰られた世界最高峰の投てきに関す
隔年で記録が伸び続けた理由について質問したとこ
る専門的な知見と練習方法を学ぶ機会を得たのであ
ろ、「特別な理由はなく、外的条件によるもの」との回
る。語りの中では「円盤投に関するはじめての専門
答を得た。このピークを迎えた 2007 年前後数年はい
的な練習方法を知った」と、技術を考える、技術力
つでもこのような記録を達成できる状態にあったことが
を高める良い機会となったことを語っている。この時、
うかがえる。しかし、記録はこの年を境に徐々に低迷
21
していくことになる。60mという大台に達してから周囲
Ⅵ.参考文献
の注目が集まり記録更新へプレッシャーがかかったこ
荒 川 歩 他 2012 複 線 経 路・等 至 性 モ デ ル の
とや加齢による疲労回復の遅れ、怪我をしやすくなっ
TEM 図の描き方の一例 立命館大学科学研究.
25, 95-107.
Fisher 1999 The selection and development
of young people who are talented in sports in
England
松田賢一他 2013 トップアスリートの競技継続に
関する研究 1 ―インタビュー調査を通して― 学
校教育学会誌第 18 号
Matveyev:江上修代訳 1985 ソビエトスポーツト
たこと等が語りから得られた低迷の原因と言える。一
方で前述した畑山選手をはじめとするトップレベルの
選手間の技術交流および後進への技術指導によっ
て、近年の国内レベ ルはこれまで以上に高い状態と
なり、同選手を打ち負かす選手が出現するようになっ
た。この現実を同選手は前向きな気持ちで受け止め、
「自分も出場している舞台で日本記録更新が見たい」
と語っている。また、「どこかで記録更新や活躍を狙
う自分がいる」と自己への可能性に言及しつつ、それ
らを踏まえて「冒険的な自信や意欲を持っている」と新
たなモチ ベーションを持って、ポジティブな姿勢で
競技へ取り組もうとする様子が印象的であった。
レーニングの原理 白帝社:東京
岡野 進 2009 陸上競技のコーチング・指導の
ための実践的研究 創文企画
サトウタツヤ編著 2009 TEM ではじめる質的研
究―時間とプロセスを扱う研究をめざして― 誠
Ⅴ.まとめ
本研究は、陸上競技において長期間にわたって
高い競技レベルを維持し、現役として活躍する競技
者を対象としてインタビュー調査研究を行い、「競技
継続」に至るプロセスを複線経路・等至性モデルを
用いて詳細にまとめ、分析・考察することで、現場に
おける指導及び競技継続を望む競技者の手掛かりと
なりうる示唆を得ることを目的とした。
研究の結果、畑山茂雄選手の場合、「競技継続」
に関する要因として、次の 4 つの示唆を得ることがで
きた。
① 一貫性のある競技姿勢とモチベーションの維持
② フィジカルトレーニングの段階的な変化
③ 技術への柔軟な対応
④ 新たなモチベーションへの転換
本研究から得られた「競技継続」に関する要因は、
一競技者の事例から得られた示唆であり、一般化を
目指したものではない。しかし、特別な実績を有する
競技者の経験や競技者像に焦点をあてて、検証して
いくことは興味深く、競技者の育成や指導方法に関す
る示唆を得る意味で有用な研究であると考える。
信書房