講演 3 認知症のバイオマーカー: 診断と予測への貢献 高齢社会を迎えた日本では認知症患者さんも増加の一途をたどり,認知症は 誰もが関わらざるをえない疾患といえる.認知症はMMSEなどの認知機能測定 テストにより診断されるが,最も患者数が多いアルツハイマー型認知症では, 脳脊髄液中のアミロイドβ(Aβ)やタウ蛋白(tau)を測定することによって 疾患早期からの診断が可能になってきている.本講演では認知症の自然経過や 診断,治療薬,臨床検査,特にバイオマーカーの有用性について解説する. キーワード MMSE,CDR,Aβ,tau, MCI due to AD(アルツハイマー病による 軽度認知障害),家族性アルツハイマー病, ADNI 研究,DIAN 研究 みき お 東海林 幹夫 弘前大学大学院医学研究科 附属脳神経血管病態研究施設 脳神経内科学講座 教授 そのうち,仕事や家事ができなくなります.家事は,炊事,掃 います. 除,洗濯の順番で忘れていき,頭文字のSを取って“3S”が 1.仕事や日常活動の支障 2.以前の水準に比べ遂行機能が低下 3.せん妄や精神疾患によらない 4.病歴と検査による認知機能障害の存在 5.次 のa〜eの中から2領域 以 上の認 知機能や行 動の障害 a 記銘記憶障害 b 論理的思考,遂行機能,判断力の低下 c 視空間機能障害 d 失語 e 人格,行動,態度の変化 以上の場合に認知症と診断されます.前提として脳の病 症状を確認することから始まります.これらの障害のうち2 つ以上の組み合わせが認められれば認知症になります. した.しかし現在では,認知症患者さんの術後せん妄 認知症は「もの忘れ」ですから,最初に気付くのは当人と ています.現在,世界人口で60歳以上の11%に当たる 量服薬によって救急車で運ばれたりするなど,医療現場 いうことになります(図1赤枠の緑字).最初は「自分はアル 3 , 5 6 0万人が認知症に罹患しているといわれており, で認知症患者さんが話題になることは日常茶飯事とな ツハイマー病ではないか」と不安を感じる時期があります. 2050年には東アジアで3,000万人,北米で1,300万人に りました.認知症が急に進行したと感じた家族が病院へ 増加すると予想されています.これは,ヨーロッパや南 連れていったところ,実は睡眠薬や抗不安薬,抗精神病 半球においても同様で,世界では毎年770万人ずつ患者 薬などの過量服薬による意識障害であったということも さんが増加しており,2050年には1億人を突破する見通 経験します.最近ではグループホームを開設した整形外 しです.単純計算では1分間に15人が認知症を発症す 科や泌尿器科の医師から,認知症について勉強したい 医の焦点 ることになります.世界全体の認知症に費やされる年間 という要望を受けたりもします.地方で暮らす認知症の 医療費は49兆円であり,これは日本の国家予算10 0兆 親の介護のために子どもたちが都会から通って介護さ 円の約半分に当たります.日本の認知症患者数は462万 れることも珍しくなくなりました.2014年には改正道路 人,その予備軍である軽度認知障害(Mild Cognitive 交通法が施行され,医師や患者さんに関わる方々は認 Impairment;MCI)が400万人ですので,合計すると65 知症患者さんに自動車の運転を中止してもらう責任が 歳以上の方の約3割を占めます.脳血管障害が270万人, 加わりました.従って,認知症とは専門の医師,介護をす 循環器疾患が200万人,悪性腫瘍が200万人ですから, る人ばかりでなく,地域に住んでおられる方全員が関わ 認知症患者さんがいかに多いかがお分かりいただける らざるをえない状況となっています. 講演を 終えて Association)が27年ぶりに認知症の診断基準を改訂し 2014 No.81 図 1 アルツハイマー病:自然経過と問題点 もの忘れ・捜し物,失敗, 不安・恐怖,うつ,怒りっぽい 仕事,家事, 人付き合いの障害 (炊事,掃除,洗濯:3S) 病態失認,遂行障害 診断・投薬,生活設計, 介護保険,デイケア, 成年後見制度 服薬,食事, FFTの介護,BPSD対応, 家族会による支援 どうしてこんなことに? 今後どうなるか早く確実に 知りたい! 治す薬は? きちんとしているのにみんな が非難する! 被害妄想 火の不始末 質問反復,作り話 自分のことができない,歯磨き・洗顔, 服,風呂,トイレ(FFT),無為 グループホーム 介護施設 対症療法 寝たきり介護 普通の生活に戻りたい? デイケア(風呂,リハ?), 外来リハ?認知症カフェ? 毎日テレビの前でうとうと 興奮,拒否,運転,不眠, 仮説作業,つきまとい,うつ 暴言,暴力,帰宅欲求,徘徊, 不潔行為 自分のことが分からない, 失語,見当識障害,相貌失認(SOS) 排尿障害,肺炎, 転倒・骨折, せん妄,合併症 徒然なる ままに。 対応は「認知症は治らない」, 「入院すると大変だから e. 人格,行動,態度の変化 ①焦燥のような感情の変動 ②モチベーションや自発性低下,無関心,活力低下, 引きこもり,以前の活動への興味低下,思いやりの 欠如,強迫行動,反社会的行動 最新 トピックス AA(National Institute on Aging/Alzheimer’s d. 失語 ①会話中に簡単な単語の理解ができない ②言葉や単語が出てこない,書き間違い 検査と私 徒然なる ままに。 従来,認知症の患者さんたちに対する医療者からの c. 視空間機能障害 ①顔や一般的な物の識別ができない ②簡単な道具が使えない,服が着られない 医の焦点 最新 トピックス 17 このような世界的な動向を受けて,2 011年にN I A- b. 論理的思考,遂行機能,判断力の低下 ①危険性の理解低下 ②財産管理ができない ③判断力低下 ④複雑・連続的な仕事ができない Series 検査と私 認知症をとりまく環境 認知症の診断基準 a. 記銘記憶障害 ①何度も同じことを聞く,繰り返す ②置き忘れ,行事・約束を忘れる ③よく知った道で迷う 自己免疫疾患 自己免疫疾患 と思います. 5.以下の2領域以上の認知機能や行動の障害 講演を 終えて 者さんの飲み忘れによって効果がでなかったり,逆に過 表 1 認知症:主要臨床診断基準 講演 3 によると東アジアで870万人,北米では440万人となっ 講演 3 への対応や,新しい降圧薬や糖尿病薬を処方しても患 Series 認知症の自然経過と問題点 認知症の患者数は年々増加しており,2010年の統計 かやっている」と思い込む状態が続きます(病態失認). 講演 2 講演 2 認知症の疫学 できない」, 「手術やがんの適応はない」など不十分で 自分でも分からなくなり, 「ちょっとできないけど,まあ何と 講演 1 講演 1 気に罹患していることが重要で,具体的には表1に示した まず障害されます.その後, ちゃんとできているのかどうか 語句解説 語句解説 アルツハイマー型認知症,BPSD, し ょ う じ ました1).この診断基準は大きく下記の5項目から成って 放尿・便, 基本動作の崩壊,寝たきり 2014 No.81 18 講演 3 認知症のバイオマーカー:診断と予測への貢献 さらに進行すると,朝起きて,歯を磨いて,顔を洗って, 日本では介護保険が始まって10年以上になりますが, 服を着て,お風呂に入って, トイレに行って,という自分自 その間にデイケアやグループホームなどの施設が開設さ 身のことができなくなります.これも,服,風呂, トイレの れ,大きく改善しました.患者さんはデイケアでお風呂に 動作が障害されることから,頭文字をとって“FFT”の障 入ってレクリエーションなどをしているのですが,家では 害といわれます. 一見ボーッとテレビをみているだけの状態と思われてい 高度認知症まで進むと,自分自身のことが分からなく 表 3 アルツハイマー型認知症の症状進行抑制薬 薬剤 アリセプト® Donepezil レミニール ® Galantamine リバスタッチ®,イクセロン® Rivastigmine メマリー ® Memantine 作用機序 AChE阻害 AChE阻害 nAChRアロステリック 増強作用 AChE/BuChE阻害 NMDA受容体拮抗剤 適用 ①軽〜中等度 5mg ②高度 10mg 軽〜中等度 24mg 軽〜中等度 18mg 中等〜高度 20mg 処方量 ①3mgを2週後5mgへ増量 ②5mgを1月後10mgへ増量 8mgから24mgへ 1月ごとに増量 4.5mgから18mgへ 1月ごとに増量,パッチ剤 5mgから20mgへ 1週ごとに増量 1日1回 1日1回 5〜7 3.4 60〜80 ますが,患者さん自身は, 「どうしてこんなことになって 最高濃度到達(時間) 3〜5 0.5〜1 8 1〜7 なります.言葉も使えず(失語),自分が今どこにいるかが しまったのだろうか」, 「早く治りたい.どうしたらいいの 代謝 腎排泄 か」と必死に悩んでいますし,根本的治療薬が早く欲し 肝臓 CYP2D6 腎排泄 分からなくなります(失見当識).見当識(Orientation) 肝臓 CYP2A6,3A4 の障害は,時間,場所,人の順に認められます.また,人 いと考えています. 副作用 食欲不振,嘔気,嘔吐,下痢, ピペリジン系過敏,徐脈 悪心,嘔吐,食欲不振, 下痢,頭痛,徐脈, 紅斑,悪心,嘔吐 めまい,ふらつき,眠気, 頭痛,便秘, の顔が分からなくなります(相貌失認).これも頭文字を 弘前大学もの忘れ外来における2006〜2012年の患 取ると“SOS”となり,ここまでくると,患者さんは本当に 者さんの内訳を示します(表2).現在,もの忘れ外来 SOSを発している状態となります.最終的には,歩くこと に来られる方の37%はアルツハイマー病(Alzheimer's を忘れ,食べる動作を忘れ,人が言うことも分からなくな Disease;AD) [P33参照]で,17%がその予備軍である る状態になり,合併症などにより亡くなられます. MCIです.レビー小体型認知症[P33参照]が9%で,血管 認知症とは,興奮,問題行動と思われがちですが,本来 性認知症[P33参照]は5%,それ以外はまれな神経内科 の病態は物事ができなくなることです.物事ができない状 の疾患か,治療可能な認知症[P33参照]です.この割合 態の中,周りから「あれしなさい」, 「これしなさい」, 「い は全国のもの忘れ外来とほぼ同様で,日本における現在 けないじゃないの」と言われるため,カッとして切れてしま の認知症患者さんの動向を示しているものと思います. 図 2 Mini-Mental State Examination(MMSE)ミニメンタルテスト 1 (5点) 2 (5点) い興奮などの反応が出ます(図1青枠).このような反応性 に起きる問題行動を,最近では認知症の行動・心理症状 講演 3 (Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia; BPSD)といい,専門医,介護スタッフと家族が最も対応に 5 (3点) し,家族では対応しきれなくなると,グループホームや介護 アルツハイマー型認知症における認知症の進行抑制 6 (2点) 施設を紹介するというのが現状です(図1黄色枠). 薬として,1999年にドネペジル(アリセプト®)が,2011 7 (1点) 患者数 比率(%) 受診年齢 MMSE ミン(リバスタッチ ®,イクセロン®),メマン 8 (3点) 9 (1点) た(表3).ドネペジル,ガランタミン,リバス 10(1点) 20点以下:ほぼ認知症 認知症と診断できる感度83% 正常を除外できる特異度93% 1 時間の見当識 2 場所の見当識 0 1 2 3 4 5 0 1 2 3 0 1 2 0 1 0 1 2 3 3 3単語の記銘 4 注意計算 5 3単語の遅延再生 6 物品呼称 7 復唱 8 3段階命令 9 読字 0 1 10 書字 0 1 11 構成 76±8 19±5 軽度認知障害 161 17 74±8 25±3 レビー小体型認知症 89 9 77±7 18±6 血管性認知症 45 5 75±7 19±5 進行性核上性麻痺 26 3 73±7 19±5 前頭側頭葉変性症 21 2 70±10 21±6 コリン濃度を上昇させることで記憶力を高 うつ病 18 2 65±12 27±4 める薬剤で,メマンチンはグルタミン酸受容 混合型認知症 20 2 80±6 18±5 認知症を伴うパーキンソン病 18 2 77±7 19±7 体のサブタイプであるN M DA受容 体への 認知症は治療薬が登場したことにより,早期に服薬 計が立てやすくなり,余裕が生まれます.これにより,患 アルコール性認知症 11 1 66±10 19±5 拮抗作用により,グルタミン酸神経 系の機 を開始すれば進行を遅らせることが可能となりました. 者さんも穏やかに経過を過ごすことができます. 正常圧水頭症 10 1 74±7 17±8 能異常を抑制させる薬剤です.認知症の治 従って,早期診断をすれば原疾患に基づく適切な治療と 診断はMMSE(Mini-Mental State Examination) 大脳皮質基底核変性症 10 1 72±7 21±6 療薬が誕生したことにより,多くの医師が患 介護が可能になります.アルツハイマー型認知症であれ で行われますが,これは世界中で実施されている一般 Creutzfeldt-Jakob病 7 1 71±7 10±10 者さんを診察するようになり,また患者さん ばもの忘れを介助すればよいし,血管性認知症であれ 的な簡易認知症検査法で,各国の言語に訳されていま チグミンはアセチルコリン(ACh)を分解す る酵素であるアセチルコリンエステラーゼ 11(1点) 0 1 (AChE)の活性を阻害し,脳内のアセチル 健常者 51 5 69±11 27±3 をとりまく諸制度も整うようになりつつあり ば脳血管障害の後遺症をリハビリで再発防止すればよ す(図2).30点満点で,23点で認知症の疑い,20点以 その他 112 12 69±15 23±5 ます.ここ2〜3年は治療薬が増えたことによ いということになります.また,早期診断は早期の治療 下はほぼ認知症で,診断の感度は83%,特異度は93% 948 100 74±10 21±6 り,この状態に拍車が掛かりました. 開始を可能にすることから,家族も介護計画や将来設 です. 合計 2014 No.81 2014 No.81 徒然なる ままに。 徒然なる ままに。 37 最新 トピックス 最新 トピックス 349 検査と私 検査と私 アルツハイマー病 医の焦点 医の焦点 チン(メマリー )の4 種 類が承認されまし ® 23点以下:認知症の疑い Series Series 疾患 年にガランタミン(レミニール®),リバスチグ 30点満点 自己免疫疾患 自己免疫疾患 表 2 弘前大学もの忘れ外来(2006 〜 2012 年:948 例) 19 4 (5点) 0 1 2 3 全世界で最も一般的な簡易認知症検査法 講演を 終えて 講演を 終えて 困難を感じるところです.BPSDに対応しながら何年か経過 3 (3点) 得 点 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 講演 3 アルツハイマー型認知症の 症状進行抑制薬と早期診断の 重要性 質 問 内 容 今年は何年ですか。 いまの季節は何ですか。 今日は何曜日ですか。 今日は何月ですか。 今日は何日ですか。 ここはなに県ですか。 ここはなに市ですか。 ここはなに病院ですか。 ここは何階ですか。 ここはなに地方ですか。 (例:関東地方) 物品名3個(相互に無関係) 検者は物の名前を1秒間に1個ずつ言う。 その後、被検者に繰り返させる。 正答1個につき1点を与える。 3個すべて言うまで繰り返す(6回まで)。 何回繰り返したかを記せ___回 100から順に7を引く(5回まで)、あるいは 「フジノヤマ」を逆唱させる。 3で提示した物品名を再度復唱させる。 (時計を見せながら)これは何ですか。 (鉛筆を見せながら)これは何ですか。 次の文章を繰り返す。 「みんなで、力を合わせて綱を引きます」 (3段階の命令) 「右手にこの紙を持ってください」 「それを半分に折りたたんでください」 「机の上に置いてください」 (次の文章を読んで、その指示に従ってください) 「眼を閉じなさい」 (なにか文章を書いてください) (次の図形を書いてください) 講演 2 講演 2 1日2回 講演 1 講演 1 1日1回 70〜80 語句解説 語句解説 用法 半減期(時間) 20 講演 3 認知症のバイオマーカー:診断と予測への貢献 図 3 脳脊髄液(CSF)バイオマーカーとしての t-tau,Aβ40,Aβ42,Aβ比(Aβ40/Aβ42) tau GTT3症例(620例) 被検者が例えば医師や臨床心理士などで,このテスト シナプス間隙に蓄積します.tauは神経細胞骨格をつく を知っている場合には診断できないこともあります.そこ る微小管に結合している蛋白質で, リン酸化され神経細 で,CDR(Clinical Dementia Rating Scale)という検査 胞の中に蓄積します. も実施します(表4).記憶力,見当識,判断力,社会適 最 近 で は ,アミロイドイメージング 剤 であるP i B 応,家庭状況,介護状況について,患者さんと家族にそ (11C-Pittsburgh compound-B)や18F-AV-45を用いる れぞれ30分ずつ聞き取りを行い,認知症の診断をします. ことにより,アミロイド蓄積の画像診断が可能となりまし CDRは0が正常で,0.5では認知症の疑いがあり,1,2,3と た.これらを注射してアミロイドPETを撮影すると,健 常老人の約4割,MCIの約6割,ADの7〜9割は陽性にな この2つの検査で認知症あるいはMCIと診断された ります.現在,日本でこの検査を実施できるのは約10施 後は,臨床検査を実施し二次性認知症(治療できる認 設のみとなっています. 知症)を除外します. 2013年にはtauの蓄積および神経原線維変化のPET 対象 男/女 平均年齢 AD 227 58/168 69 NC 88 42/46 52 NA 151 84/67 66 ND 154 90/64 53 5,000 AD:Alzheimer型認知症 NC:正常対照 NA:非AD型認知症 ND:認知症のない神経疾患 1,000 2,500 0 後臨床応用が進むものと考えられます. し,1998年にはELISA法により患者さんの診断が可能に は症状が緩徐に進行します. なることを発表しました.1995年には脳脊髄液のtauも測 ADはAβとtauという2つの不溶性蛋白質が脳内に蓄 定できるようになったことから,私たちはAβ40,Aβ42, 度71〜91%,特異度83%であったことを報告 積することにより,神経細胞が障害され発症します.Aβ tauの測定結果を発表しました2).日本の患者さん約300 しました. は40〜42個のアミノ酸から成り,シナプスより分泌され 例から脳脊髄液を採取し測定した大規模スタディで,感 2 0 0 0 年代後半には,群馬大学,鳥取大 NA ND 表 5 各種神経疾患における脳脊髄液中の Aβ42,t-tau,P-tau 疾患 Alzheimer病 Lewy小体型認知症 Aß42 総tau (t-tau) リン酸化タウ (P-tau) ↓↓ ↑↑ ↑↑ ↓ ↑ ↑ 血管性認知症 — or ↓ — or ↑ — ない神経疾患の患者さん全620例の脳脊髄 前頭側頭型認知症 — or ↓ ↑ or — — 液中の総tau(t-tau),Aβ40,Aβ42,Aβ比 大脳基底核変性症 — ↑ — 進行性核上性麻痺 — ↑ — Creutzfeldt-Jakob病 ↓ ↑↑↑ — or ↑ AIDS認知症 — ↑ — アルコール性認知症 — — — 急性期脳梗塞 — ↑↑↑ — — or ↓ — — (Aβ40/Aβ42)を測定しました(図3).赤 線は平均値です.アルツハイマー型認知症で はtauは上昇し,Aβ40は少し上昇するもの の,他との差はあまりありません.Aβ42は下 降し,Aβ比は上昇することが分かりました. つまり,tauとAβ比の2つから診断が可能で あるということが明らかになりました. 各種神経疾患における脳脊髄液中のAβ 42,t-tau, リン酸化tau(P-tau)について表5 にまとめます.ADではAβ42が減少し,t-tau とP-tauが増加します.レビー小体型認知症 筋萎縮性硬化症 多発性硬化症 髄膜脳炎 - ↑ — — or ↓ ↑↑↑ — Parkinson病 — — — うつ病 — — — 脳外傷 — or ↓ ↑ — — — — 正常加齢 -:変化無し,↑:増加,↓:減少 徒然なる ままに。 着 衣 ,衛 生 管 理 な どの 日常生 活に十 分な介 護 身 の 回りのことに介 助 を要する が必要 しばしば失禁 NC 最新 トピックス 徒然なる ままに。 2014 No.81 ときどき激励が必要 AD 検査と私 最新 トピックス 家での生活・趣味,知的 同左,もしくは若干の障 軽 度 の 家 庭 生 活 の 障 単純な家事のみに限 定 家庭内不適応 関心が保持されている 害 害,複雑な家事は障害, された関心 高 度 の 趣 味・関 心 の 喪 失 0 ND 医の焦点 検査と私 社会適応 仕 事 ,買 い 物 ,ビ ジ ネ 左記の活動の軽度障害 左 記 の 活 動 のいくつか 家庭内(一般社会)では 同左 ス,金銭の取り扱い,ボ もしくはその疑い に関 わって いても自 立 独 立した機 能は果 たせ ラン ティアや 社 会 的 グ した機能が果たせない ない ループで,普通の自立し た生活 NA Series 医の焦点 判断力と 問題解決 NC 自己免疫疾患 Series 自己免疫疾患 時 間 の 障 害 あり,検 査 常時,時間の失見当,時 人物への見当識のみ で 場 所,人物 の 失 見 当 に場所の失見当あり なし,時 に 地 誌 的 失 見 当あり AD 講演を 終えて 講演を 終えて 同左 適 切 な 判 断 力,問 題 解 問題 解決能力の障害が 複 雑な問題 解決に関す 重度の問題 解決能力の 判断不能 決 疑われる る 中 等 度 の 障 害,社 会 障 害,社 会 的 判 断 力 の 問題解決不能 的判断力は保持 障害 介護状況 21 知症,正常対照,非AD型認知症,認知症の 見当識障害なし 同左 0 学,東北大学とともに,アルツハイマー型認 一貫した軽いもの忘れ 中 等 度 記 憶 障 害,特 に 重度記憶障害,高度に学 重度記憶障害 出来事を部分 的に思い 最 近の出来事に対する 習したものは保時,新し 断片的記憶のみ残存 出す良性健忘 もの,日常生活に支障 いものはすぐに忘れる セルフケア完全 10 講演 3 講演 3 憶,物事の判断能力の低下が最初にあらわれ,発症後 記憶障害なし 時に若干のもの忘れ 20 講演 2 講演 2 1991年に私どもは脳脊髄液のAβを測定できることを発見 重症認知症 (CDR 3) ND 講演 1 講演 1 家族性です.海馬,側頭・頭頂葉が障害されるため,記 中等度認知症 (CDR 2) NA 30 500 試料からは検出できないと考えられていました.しかし, 軽度認知症 (CDR 1) NC 50 [ F]THK-5105/5117,T-807/808の3種類があり,今 表 4 Clinical Dementia Rating Scale(CDR) AD Aβ比(Aβ40/Aβ42) 1,000 の半分以上を占める疾患で,約1%は遺伝子異常による 家庭状況 および 趣味・関心 0 ND 40 Aβやtauは脳に蓄積するものの,体表や患者さんの 見当識 NA (fmol/mL) 1,500 高齢者認知症の主因となるADは認知症患者462万人 記憶 NC 18 アルツハイマー病(AD)とは 認知症の疑い (CDR 0.5) AD Aβ42 による画像化に成功しました.放射性核種にはPBB3, 健康 (CDR 0) (fmol/mL) 7,500 語句解説 語句解説 数値が高くなるほど認知症の程度が強くなります. 疾患 Aβ40 (pg/mL) 2,000 でもAβ42の減少とt-tauおよび P-tauの増 加が認められ,血管性認知症などは変化が認められま 2014年4月より認知症の診断目的でのP-tauの測定と, せん.このような臨床検査の結果を用いることで,アルツ クロイツフェルト・ヤコブ病[P34参照]の診断のための ハイマー型認知症の臨床診断基準である「非AD型認 t-tauの測定が保険適応となりました.ただし,Aβ40およ 知症の除外」が可能となります. び42は両方ともまだ保険適応の対象となっていません. 2014 No.81 22 講演 3 認知症のバイオマーカー:診断と予測への貢献 表 6 MCI due to AD 診断基準(NIA-AA) ①臨床と認知機能診断基準 アルツハイマー病(AD)の 発症予測 最近の話題として,ADによるMCI(MCI due to AD) 1.以前と比較して明らかに認知機能が低下していることに対して,患者,家族,医師が指摘 の予測があります.NIA-AAによる診断基準を表6に示 2.記憶,遂行機能,注意,言語,視空間機能のひとつ以上で年齢や教育歴から予想されるレベルより明らかに低下 します 7).臨床と認知機能診断基準とAD脳病理(AD- Initiative)研究は,健常高齢者229例,MCI患者402例, よる研究用診断基準を表7に示します.ADによるMCIと 軽度AD患者188例を対象とし,さまざまな心理的検査や 診断できるのは,脳脊髄液Aβ42かアミロイドPET陽性 画像検査,脳脊髄液検査を半年ごとに実施し,予測に最 で,脳脊髄液tauかFDG-PET,MRIで陽性となった場合 も適したマーカーを調査した大規模研究です3,4).この研 となります. 究により,MCIからADを発症するのは1年後で16%,2年 脳脊髄液マーカーだけでなく,認知症患者の日常を 後が24%,3年後が49%という結果が得られました. 知るための一般医療機器として“ゲイト君”という歩行 各バイオマーカーの変化を図4に示します 5).脳脊 分析計もあり,患者さんの活動状態や歩行分析ができ 髄液のAβ4 2は疾 患の進行に伴い 徐々に低下してい ます(図5).実際,私の患者さんで,1日に4時間だけは るのが分かります.FDG-PET,海馬体積,ADAS-cog 普通の人と同様に動けるのですが,他の時間はパーキン (認知機能の検査)よりもバイオマーカーの方が先に ソン病で無動のため車いすで生活している方がいまし 変化しています.ADNI研究ではカットオフ値をAβ42 た.同意を得てゲイト君で検討したところ,患者さんと御 で192pg/mL ,tau/Aβ42で0.39とすると,3年後には 家族が訴えられたそのままに1日に4時間だけ活動して 70%がADを発症するという結果が出ました6). いることが確認できました.脳脊髄液マーカーによる予 * 図 4 CSF Aβ42, FDG uptake, Hippocampal volume, ADAS-cog の NC 群(健常),MCI 群,AD 群における 35 カ月間の変化 Normalized Intensity 0 5 15 25 35 MCI, mo 0 5 pg/mL Aβ蓄積 神経細胞障害 (アミロイドPET,CSF Aβ42) (CSF tau,FDG-PET,MRI) MCI Core clinical criteria 情報なし 疑わしい 未検査 疑わしい 未検査 MCI due to AD Intermediate likelihood 中間 陽性 未検査 未検査 陽性 MCI due to AD High likelihood 高 陽性 陽性 MCI Unlikely due to AD 低 陰性 陰性 図 5 ゲイト君の可能性 (1秒間に100回のサンプリング) 1.5 体の前後,左右,上下の動きを記録 1.0 24時間以上の長時間記録も可能 位置情報,活動状態,健康状態への応用 0.5 0.0 15 25 35 0 5 AD, mo 15 25 35 NC, mo 0 5 15 25 35 MCI, mo 0 5 15 25 35 AD, mo 着地した時や蹴り出した時に地面から受ける反力が下肢を伝わって腰に届くため,加速度センサーがこの反力を記録し ます.下の図のような加速度波形が観測できます. 検査と私 検査と私 Hippocampal volume ADAS-cog 4,500 40 上(Y) 30 3,000 2,500 2,000 20 左(X) 10 前(Z) 0 0 5 15 25 35 NC, mo 0 5 15 25 35 MCI, mo 0 5 15 25 35 AD, mo 徒然なる ままに。 徒然なる ままに。 Score 3,500 最新 トピックス 最新 トピックス 4,000 mm2 バイオマーカーによる ADらしさ 医の焦点 15 25 35 NC, mo 診断 Series 医の焦点 0 5 表 7 バイオマーカーを用いた MCI due to AD 研究用診断基準 自己免疫疾患 Series 自己免疫疾患 100 Albert MS, et al.: Alzheimers Dement. 2011; 7(3): 270-9. 講演を 終えて 講演を 終えて 150 3.APP,PSNE-1/2,ApoE4 3軸加速度センサーで歩行解析10msec 2.0 200 2.認知機能の継続的低下の確認 取り付け例 FDG uptake 250 1.血管性,外傷性,他疾患の除外 講演 3 講演 3 CSF Aβ42 ②AD脳病理(AD-P)を伴うMCIの検索 講演 2 講演 2 *192pg/mL≒42.5fmol/mL(Aβ42分子量4514.08として換算) 4.認知症ではない 講演 1 講演 1 P)を伴うMCIの検索があります.また,バイオマーカーに 語句解説 語句解説 米国ADNI(Alzheimer's Disease Neuroimaging 3.複雑な仕事は以前より難しいが日常生活は自立 0 5 15 25 35 NC, mo 0 5 15 25 35 MCI, mo 0 5 15 25 35 AD, mo Lo RY, et al.: Arch Neurol. 2011; 68(10): 1257-66. 23 2014 No.81 2014 No.81 24 講演 3 認知症のバイオマーカー:診断と予測への貢献 図 7 常染色体優性アルツハイマー病家系の脳画像の経時的変化 EYO:estimated years from symptom onset(推定発症前期間:年) 測だけでなく,患者さんの場所,徘徊,活動状態,生命 究は,ドイツのヴォルガ川流域からアメリカに移住した などをモニターできる機器が今後有用になる可能性が Reiswig家が40〜50代になると認知症により若くして あります. 死亡していたため,一族の一人がワシントン大学に原 因究明を依 頼したことが 発端です.ワシントン大学の Thomas BirdとGerard Schellenbergは遺伝子解析に 今後の展望 PiB FDG より遺伝子異常を解明しました.ADの重要な遺伝子異 protein;APP)遺伝子,presenilin-1/2遺伝子,ApoE遺 Ⅰ相から第Ⅲ相で開発中,また,β蛋白のN末端を切断す 伝子があります. る酵素(β-セクレターゼ[P34参照])の阻害剤が第Ⅰ相 家族性ADは原因となる遺伝子変異が常染色体優性 から第Ⅲ相で開発中です.tau凝集阻害薬は第Ⅲ相です. 遺伝であるため,キャリアの浸透率は100%で,45歳前 また,インスリン[P34参照]は認知機能を改善することか 後に確実にADを発症します.ノンキャリアは発症しま ら,インスリンの点鼻薬がアメリカで開発中です.弘前大 せん.この家系を追跡すれば,遺伝子異常の有無,MCI 学ではAβ4-10を経口免疫で投与する治験が前臨床段 発症年齢,ADの発症年齢,死亡年齢の観察研究が可 階で,抗Aβオリゴマー抗体は第Ⅰ相となっています. 能となります. ワシントン大学ではこの家系を対象とした このような研究の結果から,45歳前後の発症時を0と 2013年,アメリカのオバマ大統領は,今後10年間で 家族性 A Dの遺伝 子を持 つ人を対 象としたDI A N 研究が現在も進行しており,2013年からは治療薬の臨 すると,MMSE とCDRは発症する約15年前から,論理 ADを治すと宣言しました.このために,ADを確実に発 (Dominantly Inherited Alzheimer Network)研 床試験が開始されました. 機能は約15年前,海馬は約10年前,糖代謝は約15年前, 症する人で,バイオマーカーに変動がある人にAβに対 Aβの蓄積は約25年前,tauは約15年前,Aβ42も25年 するモノクローナル抗体を使用する研究など8つのプロ 前から変化していることが分かり,家族性ADでは,脳 ジェクトに多額の予算が割り当てられています. 脊髄液のAβ比,tau,P-tau,tau/Aβ,P-tau/Aβ1-42な 日本でも2013年,家族性ADに関するアンケートを実 どのバイオマーカーが発症する15〜20年前から変化して 施した結果,約150人の患者さんがいることが分かりま いることが分かりました(図6)8). した.2014年6月には,日本でもアメリカのDIAN研究と 20 アミロイドPETでは,Aβは発症15年前から蓄積が認 協力して,2年間の観察研究およびバイオマーカーの変 15 められ,発症5年前には黄色になるほど大量に蓄積して 動を確認したのちに,アメリカと同様に根本的治療の試 います(図7) .発症10年前からはFDGで糖代謝が低 験に参加することが決まりました.本試験が順調に進 下し,発症5年前からはMRIで脳の萎縮が確認できま み,ADの根本的な治療が可能になることを希望してい す.これらの検査により経過が全て解明されました. ます. 図 6 家族性 AD の遺伝子変異キャリアとノンキャリアを対象にした臨床的,認知的,構造的,代謝および バイオマーカーの変化 A Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes B Mini-Mental State Examination C Logical Memory 8 2 0 25 20 0 10 20 -30 SUVR 8,000 7,000 6,000 0 10 2.4 2.2 2.0 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 20 -30 Estimated Yr from Symptom Onset G CSF Tau -20 -10 0 10 pg/mL -10 0 10 20 -20 -10 0 10 20 F Aβ Deposition in the Precuneus 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 20 -30 -20 -10 0 10 20 Estimated Yr from Symptom Onset I Plasma Aβ42 700 600 500 400 300 200 100 -30 -20 Estimated Yr from Symptom Onset -10 0 10 20 Estimated Yr from Symptom Onset 参考文献 55 50 45 40 35 30 25 -30 -20 -10 0 10 20 Estimated Yr from Symptom Onset 1)McKhann GM, et al.: Alzheimers Dement. 2011; 7(3):263-9. 2)Kanai M, et al. :Ann Neurol. 1998; 44(1):17-26. 3)Petersen RC, et al.: Neurology. 2010; 74(3):201-9. 4)Shaw LM, et al.: Acta Neuropathol. 2011; 121(5):597-609. 5)Lo RY, et al.: Arch Neurol. 2011; 68(10):1257-66. 6)Shaw LM, et al.: Acta Neuropathol. 2011; 121(5):597-609. 7)Albert MS, et al.: Alzheimers Dement. 2011; 7(3):270-9. 8)Bateman RJ, et al.: N Engl J Med. 2012; 367(9):795-804. 9)Benzinger TL, et al.: Proc Natl Acad Sci U S A. 2013; 110(47):E4502-9. 略歴 東海林 幹夫 (しょうじ みきお) 1980年 群馬大学医学部 卒業 同年 群馬大学神経内科教室入局 1983年 前橋老年病研究所附属病院神経内科 1984年 群馬大学 助手 1990年 群馬大学神経内科 講師(医学博士) 1991年 Case Western Reserve University 留学 1992年 群馬大学神経内科 講師復職 2001年 岡山大学神経内科 助教授 2006年 弘前大学医学部脳血管病態研究施設 神経統御部門(神経内科) 教授 2007年 弘前大学大学院医学研究科 脳神経内科学講座(神経内科) 教授 現在に至る 徒然なる ままに。 徒然なる ままに。 -20 Estimated Yr from Symptom Onset -30 Estimated Yr from Symptom Onset H CSF Aβ42 250 200 150 100 50 0 -30 20 最新 トピックス 最新 トピックス -10 10 検査と私 検査と私 mm3 9,000 -20 0 E Glucose Metabolism in the Precuneus 10,000 -30 -10 医の焦点 医の焦点 D Hippocampal Volume -20 Estimated Yr from Symptom Onset SUVR -10 5 0 pg/mL -20 Estimated Yr from Symptom Onset 9) Series Series -30 10 自己免疫疾患 自己免疫疾患 15 -2 pg/mL Score Score Score 講演を 終えて 4 Benzinger TL, et al.: Proc Natl Acad Sci U S A. 2013; 110(47): E4502-9. 講演を 終えて 30 6 Statistical significance(P value)maps on medial /lateral left cortical gray surface showing differences between carriers and noncarriers in PiB(A), FDG(B), cortical thickness(MRI, C)at -15, -10, and 0y before predicted symptom onset. 講演 3 講演 3 Carriers Noncarriers MRI 講演 2 講演 2 ロイドに対するモノクローナル抗体[P34参照]5種類が第 講演 1 講演 1 常には,βアミロイド前駆体蛋白(amyloid precursor 語句解説 語句解説 現在,ADの根本的な治療薬が開発されています.アミ Bateman RJ, et al.: N Engl J Med. 2012; 367(9): 795-804. 25 2014 No.81 2014 No.81 26
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