ターミナルケアにおける倫理上のジレンマと どう向き合うか

■ 日本看護倫理学会第7回年次大会 教育講演1
ターミナルケアにおける倫理上のジレンマと
どう向き合うか
How can the dilemma of ethics in terminal care be faced?
向井未年子
◉愛知県がんセンター中央病院 がん看護専門看護師
倫理とは、「人々の間に成り立つことわり 人と人
のかかわりあう中での守るべき道理」であり、絶対不
変の法則ではなく、人と人、人と社会との価値観、習
慣、生きていくうえでの合意事項である。倫理には、
その人個人が何を大切にしているのか、価値観が大き
く影響する。価値観を形成しているものとして、家庭
環境や、親や先生からどのように教えられてきたかと
いう「生育環境」、親孝行や礼、人間関係の和を重ん
じる「文化」、伝統・しきたり慣習・世間体・法律と
いった「社会規範」や「職業」などがある。
ここで、私が関わっていた患者の言葉を紹介する。
彼女は 30 歳代の看護師で、がんを患い闘病していた。
これ以上は抗がん剤治療ができないと主治医から宣告
された彼女は、自分の働いている病院の医師にそのこ
とを相談し、その医師に標準治療ではない抗がん剤投
与をしてもらうことを選択した。「自分が看護師とし
て仕事をしているときは『こんな状況の患者に抗がん
剤を投与するなんて、A先生の方針は理解できない。
A 先生に治療をされる患者はかわいそう』と思ってい
た。でも自分が患者になったら、『両親が悲しむから、
まだ死ねない。両親のために少しでも永く生きていた
い』って思う。だから A先生に抗がん剤治療をしても
らうことにした。」と涙を流して話した。このとき、
私は彼女の言葉を聞いて、人の価値観は状況や立場に
よって変わるものなのだ…ということにあらためて気
づかされた。「こんな状況で抗がん剤をするのは患者
のためにならない」という看護師としての価値観と、
自分が患者の立場となったときの「可能性が少しでも
あるのならそれに賭けてみたい、生きていたい」とい
う患者としての想いや価値観は異なる。私たちが看護
師としての価値観、医療者としての価値観を患者に押
し付けることは、偽善ではないだろうか。その人がど
うしたいのか、どう生きたいのか、本人の価値観を知
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り、その人らしく生きるために、それを尊重して関
わっていくことが大切である。
では、本人が望めば、すべて本人の希望通りにすれ
ば良いのか。もし患者が安楽死を望んだとしても、そ
れは日本の法律ではまだ認められていない。また、患
者に不利益になることが明らかにわかっているような
ときには、患者の希望を叶えることはできない。医療
者が倫理を検討するうえで、判断のよりどころとする
4原則として、自律尊重の原則、善行の原則、無害の
原則、公正・正義の原則がある。またサラ・フライ
は、看護実践の中で重要な原則として、善行と無害/
正義/自律/誠実/忠誠の原則と述べている。
私たちは、これらの原則に沿って判断し、患者の最
善を検討していく必要がある。しかし、臨床で看護を
していると、同じくらい望ましい、または同じくらい
望ましくない、といった対立する選択の間で、どちら
かを選択しなければならない状況が多々ある。これ
を、倫理的ジレンマ(葛藤)という。臨床現場には、
倫理的問題・倫理的ジレンマ(葛藤)が日常的に存在
している。
このような倫理的問題・ジレンマ(葛藤)を検討し、
解決するためには、いくつかのツールがある。代表的
なものでは、臨床倫理検討シートとして「Jonsen の
臨床倫理の4分割表」がある。これは、ワシントン州
立大学での倫理セミナーで用いられていたワークシー
トを参考に Jonsenが作成したもので、ワークシート
に記入することによって具体的に症例の問題が広い視
野から眺められ、また必要な情報に気づくことができ
る。多職種間でのカンファレンスなどでも討論の枠組
みを作る準備として有用であると言われている。それ
ぞれの項目で不足している情報をあげ、必要な情報の
収集につなげる。つまり、4分割表のシートを活用し
て情報を整理し、不足している情報を収集し、それら
をもとにアセスメントして、問題を明確化し、明らか
となった問題に対して、何が対立しているのか、何を
優先するべきかをチームで話し合い、患者にとっての
最善を検討する手法である。自分の考えを他者に納得
してもらえるよう論理的に伝え、チームで検討してい
くこと、その際には自分の価値観を押し付けず、他者
の価値観を認める、患者の価値観を一番に優先するこ
とが重要である。いろいろな価値観があり、これが正
解というものはないことが多いが、多職種で意見を出
しあい患者にとっての最善を考えるプロセス、そして
チームとしての方向性を統一することが大切である。
ターミナルケアにおける倫理的問題・ジレンマと向
き合うために私たち看護師が行うべきことは、まず倫
理的な感性を高めることである。そこに倫理的問題や
ジレンマがあることに気づかなければ、それは日々の
ケアの中に埋もれ業務の中に流れて行ってしまう。看
護実践の中に生じている様々な倫理的問題の存在に気
づき、倫理的視点で考え判断することが大切である。
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