血の色はなぜ赤い?

鉄イオンの色について探ってみよう!
分子設計化学第二研究室
現在、世界では毎年数億トンもの金属の鉄が生産されており、私たちの生活の中でかぞ
えきれないほどの用途に使われています。例えば、スプーン、自転車、車、はさみなどは
その代表例ですし、使い捨てカイロにも鉄が使われています。さらに、鉄はあらゆる生き
物の中でイオンとして存在し、生命を維持していく上でとても大切な役目を果たしていま
す。例えば血液の構成成分である赤血球は酸素の輸送という重要な働きをしていますが、
これはその中にあるヘモグロビンというタンパク質の中心で鉄イオンが酸素を捕まえたり
放したりすることで実現している機能です(図1)。
ところで、鉄イオンは何色でしょうか。血液は赤いので
「赤」と思うかもしれませんが、実は決まった色はあり
ません。鉄イオンはイオンそのままで存在するのではな
く、イオンの周りに「配位子」と呼ばれる別のイオンや
分子がくっついた化合物である「錯体」として存在して
います。そして鉄イオンの色は、その周りにくっつく配
位子によって様々に変わります。また、鉄イオンに同じ
配位子がくっついていても、Fe2+と Fe3+のように酸化数が
違えば色が変わります。
例えば、私たちの血液が赤いのは、ヘモグロビンの中
の鉄イオンがポルフィリンという配位子と結合してヘム
という錯体をつくっており、これが赤い色を示すためで
す(図1)。また、瀬戸物の着色や塗料に使われる赤色の
「べんがら」や赤さびは、酸化鉄(III)すなわち Fe2O3 で、
この中では酸化物イオン O2が配位子になっています。さ
らにプルシアンブルーのように、真っ青な色をした鉄錯
体もあります。また中性から酸性の水の中の鉄イオンは、
6個の水分子が配位した正八面体型の水和イオンとなっ
ていますが、このうち2価の鉄を含む [FeII(OH2)6]2+ は淡
緑色、3価の鉄を含む [FeIII(OH2)6]3+ は淡紫色です。ただ
し、どちらの色も非常に淡いので、薄い溶液ではほとん
ど無色にしか見えません。
赤血球
ヘモグロビン
H2C HC
CH3
CH CH2
H3C
N
N
Fe
N
N
H3C
CH3
CH2
CH2
COOH
CH2
CH2
COOH
ヘムb
図1
今回の実験では、まず、使い捨てカイロに含まれる鉄の粉を酸に溶かして水和イオンと
した後、何種類かの配位子を加えて、それらの配位によって鉄イオンの色がどのように変
化するのかを調べてみましょう。次に、酸化および還元試薬を用いて鉄イオンを酸化・還
元し、酸化数の変化に伴って色が変化する様子を確認してみましょう。
2+
OH2
Fe
+
H2SO4
+
H2O
6H2O
Fe
H2O
OH2
OH2
SO4
2
+
H2
OH2
非常に淡い緑色
N
N
N
フェナントロリン
N
配位子
ビピリジン
N
N
Fe
N
N
N
N
N
N
N
テルピリジン
【実験1 いろんな色の鉄錯体をつくる
どんな色?
~鉄イオンの酸化反応を観察しよう~】
実験に必要なもの
(1) 薬品:使い捨てカイロ、0.5 mol/l 硫酸、フェナントロリン、ビピリジン、テルピリジ
ン、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム(K3[Fe(CN)6])、臭素酸カリウム(KBrO3)、蒸留
水
(2) 器具:200 ml ビーカー(2個)、200 ml 三角フラスコ(2個)、試験管(4本)、ロート、
ろ紙、ガラス棒、薬さじ、こまごめピペット、ラベル
実験の進め方
(1) 使い捨てカイロの封を切り、さらにカイロをはさみで切って、中身(約 2 g)をビーカ
ーに入れる。このビーカーをドラフト内に持ち込む。これに 200 ml 三角フラスコにとった
30 ml の 0.5 mol/l 硫酸を加える。激しい泡(水素)の発生が見られる。火気厳禁。10 分程
度放置。
(2) その間に、ひだ付ろ紙を折り、ロートにセットする。ロートの下に 200 ml 三角フラス
コを置く。
(3) (1)の混合物をろ過する。ろ液として非常に薄い緑色の溶液が得られる。これは2価の鉄
の水和イオンを含んでいる。ろ液が 20 ml 程度得られたところで、この溶液に蒸留水 100 ml
を加えて薄める。これを4本の試験管にこまごめピペットで約 0.5 ml ずつとり、残りを 200
ml ビーカーに入れる。
0.5 mol/l H2SO4
(4) 4本の試験管に入れた溶
H2
液に、それぞれ小さな薬さじに
一杯程度ずつのフェナントロ
ろ過
リン(溶液 a)、ビピリジン(溶
液 b)、テルピリジン(溶液 c)お
よびヘキサシアノ鉄(III)酸カ
水で薄める
リウム(溶液 d)を加え、軽く振
配位子
った後、0.5 mol/l 硫酸で約 10
倍に薄める。加えた化合物の名
前をラベルに書き、試験管には
る。試験管内の溶液の色を注意
深く観察し、記録する。
(5) フェナントロリン、ビピリジン、およびテルピリジンを加えた試験管に、さらに少量
の臭素酸カリウムを薬さじで加え、よく振る。これを色が変化するまで繰り返す(それぞれ
溶液 a’、b’、c’)。
○溶液の色(色を塗ってみよう)
溶液 a, a’
溶液 b, b’
溶液 c, c’
溶液 d
【実験2
鉄イオンで絵を描く】
実験に必要なもの
(1) 薬品:実験1で作った2価の鉄イオンを含む薄い緑色の溶液、
(次
の5つの溶液は霧吹きに入っている。)フェナントロリン、
ビピリジンおよびテルピリジンのアセトン溶液、TPTZ(右
図参照)のエタノール-アセトン(1:1)溶液、ヘキサシ
アノ鉄(III)酸カリウムの水-アセトン(1:2)溶液
(2) 器具:書道用半紙、インクジェットプリンタ用紙、筆、洗濯挟み、
新聞紙
N
N
N
N
N
N
TPTZ
実験の進め方
(1) 鉄(II)の水和イオンの溶液に筆を浸し、紙に絵や字を書く。これを洗濯挟みに挟んで 10
分程度ほし、よく乾かす。
(2) この紙を新聞紙の上に置き、フェナントロリン、ビピリジンまたはテルピリジンのア
セトン溶液、TPTZ のエタノール-アセトン(1:1)溶液、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム
の水-アセトン(1:2)溶液を霧吹きで吹きかけ、絵や字に色がつくのを観察する。少し
かければ十分。溶液の霧を吸い込まないように注意!
【実験3
鉄イオンの還元反応を観察しよう】
実験に必要なもの
(1) 薬品:塩化鉄(III)六水和物(FeCl3·6H2O) (20 mmol/l の 0.01 mol/l 塩酸溶液)、ヘキサシア
ノ鉄(III)酸カリウム(K3[Fe(CN)6]) (20 mmol/l の 0.01 mol/l 塩酸溶液)、ビタミンC
(アスコルビン酸)、亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)
(2) 器具:試験管(1本)、試験管立て、駒込ピペット、ピペッター、薬包紙、薬さじ、電
子天秤
実験の進め方
(1) 塩化鉄(III)六水和物の塩酸溶液 2 ml とヘキサシアノ
鉄(III)酸カリウムの塩酸溶液 2 ml を混ぜ合わせる(溶液
A)。溶液の色をよく観察しよう。
(2) ビタミンC (アスコルビン酸)を 0.25 g 量り取る。
(1)の溶液にビタミンCを数粒加える(溶液 B)。色が変化
するかよく観察しよう。さらに残ったビタミンCをすべ
て加えて、よく振り混ぜる(溶液 C)
。
(3)亜硫酸ナトリウムを 0.19 g 量り取る。(2)の溶液に量り
取った亜硫酸ナトリウムを加え、振り混ぜてすべて溶か
したあと、静置する(溶液 D)。色の変化を観察しよう。空気に触れるようによく振り混ぜ
る(溶液 E)。色は変化しましたか。
○色の変化(色を塗ってみよう)
溶液 A
溶液 B
溶液 C
溶液 D
溶液 E
一つの金属元素に注目しただけで我々の生活に密着した非常に興味深い化学の世界が見
えてきます。
「化学の目」で周りを見つめる楽しさを少しでもわかっていただけたでしょう
か?
MEMO
実験の分類:無機化学実験
実験の種類:金属錯体の合成、酸化・還元反応
募集人員:8人程度
所要時間:約4時間