新人看護師を対象とした「正しく」「早く」 「見える」を目指した記録

効果を最大限に! 看護記録研修の企画と運営のポイント
書き手の認知に偏らない,読み手に伝わる記録を理解するプログラム
新人看護師を対象とした「正しく」
「早く」
「見える」
を目指した記録研修
看護管理室
市立奈良病院 新人看護師教育
新人看護師教育の全体像
当院の現任教育体制は,新卒から5年目まで
を対象としたステップ形式とし,継続的なキャ
リアアップができるプログラムとしている(図
1)。卒後1年目のステップⅠでは,4月当初
にオリエンテーションと技術研修を1週間集中
して行い,その後,1年目の到達目標に準じて
月1回集合研修を実施している。
記録研修は,新人看護師の到達目標が「指導
期(4∼9月)
」から「見守り期(10 ∼11月)
」
に移行する時期の9月ごろに企画している。こ
の時期に設定した意図は,夜勤業務や入院患者
の受け入れ,重症患者の受け持ちを経験する時
教育担当看護師/乳がん看護認定看護師
谷口章子
1989年看護師免許取得。2001年ケアマネジャー取得。2010年乳がん
看護認定看護師取得。2014年4月より現職。看護学修士。
病院概要(2015年1月現在)
当院は,大仏殿や正倉院で名高い奈良公園の近隣に位置する公
設民営の病院であり,奈良県の急性期診療の中核的役割を担って
いる。奈良市が開設し,公益社団法人地域医療振興協会が実際の
運営管理を行っている。
病院機能:奈良県のへき地医療拠点病院,地域がん診療連携病
院,災害拠点病院,エイズ拠点病院
診療科数:25科
病床数:350床(うちICU・CCU8床)
看護部理念:
「患者さんの人権を尊重し,信頼される看護」
「安全
と安心,納得の得られる看護」
「地域の人々の期待に応えられる
看護」
「専門職として看護の本質を追求し,自己の成長に努める」
看護師数:260人(非常勤は除く)
看護体制:7対1入院基本料(ICU・CCUは2対1),2交代勤務
体制,パートナーシップナーシング
「使命感と情熱と」をモットーに,地域の患者の笑顔と幸せの
ために日々の看護を実践している。
期であり,自己の判断により看護を実践し,医
であり,過去3年間の新卒看護師における社会
療情報をタイムリーに共有する必要性を認識す
人経験者の割合は,2012年度6%,2013年度
るからである。
12%,2014年度22%と,年々増加している。こ
新人看護師の多様な背景(図2)
のことから,近年の看護師養成課程における志
当院は,2014年4月に36人の新人看護師を
願者の多様化は,当院の新人の背景にも表れて
迎えた。これは,当院常勤看護師の15%に当た
いると言える。
り,その質は,当院の看護の質に直結すると言
看護師志願者の背景が多様化するということ
える。36人の新人看護師の看護師取得背景を
は,専門職である看護の核が多様化するという
看護師養成機関別で見ると,4年制大学7校で
ことである。看護の核とは,
「看護が好き!」と
17人(47%)
,専門学校13校で18人(50%)
,
いう専門職業としての自己の看護観と言えるも
3年制短期大学1校で1人(3%)であった。
のであり,この核の教育は,知識や技術の科学
また,社会人経験後に看護師養成機関に進学
的根拠の教育と異なり,ナラティブやリフレク
した者は8人(22%)
,他学部の4年生大学卒業
ションといった手法が用いられている。
後に看護師養成機関に進学した者は9人(25%)
新人看護師は,国家試験に合格したところで
看護きろくと看護過程 vol.25 no.1
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図1 当院の経年別教育体系図
リーダーとしてチーム医療へ主体的に参画
看護実践者としての役割能力
管理領域
●看護師養成機関の背景
専門学校
専門領域
対象に応じた看護実践能力
基本的知識・
技術態度の習得
図2 2014年度の
当院看護師の看護師養成機関背景
50%
ステップ修了
ステ
高卒後看護師
養成機関進学者
ステップⅢ
ステ
ステップⅡ
大学他学部卒業後
看護師養成機関進学者
53%
短期大学3%
47%
●看護師養成機関進学までの背景
ステップⅣ・Ⅴ
ステップⅠ
ステ
社会人経験後看護師
養成機関進学者
25%
22%
あり,新しい看護の知識を身に付けたところで
しまう記録があるため,患者の様子や看護実践
ある。しかし,これからはその知識を試験のた
の事実が見えにくい傾向がある。このような看
めではなく,実践知に変化させていく必要があ
護実践が見えにくい記録になる看護師の意識と
る。このような教育は,結果が未知であるため
して,次の2つが考えられる。
困難を要するが,臨床でしか教育できないもの
①タイムリーに情報共有するツールであるとい
う意識が低い。
であり,成長した時の喜びは大きい。
そのため,当院では集合研修の企画に当たり,
新人看護師自身が看護の核を磨く動機づけがで
②共通認識するための適切な言葉や表現方法に
対する意識が低い。
きるような看護を語り合うことができるプログ
看護記録研修に対する企画側の思い
ラムを大切にしている。
これらの当院の課題を踏まえて,次に挙げる
看護記録研修における当院の背景
看護記録の現状
3つの企画側の思いから,新人看護師への看護
記録研修を企画した。
①インフォームドコンセントや個人情報保護の
看護記録は,日本看護協会の『看護業務基準』
視点を踏まえ,医療チームが共有できる看護
に「看護実践の一連の過程は記録される」と示
記録を記載してほしい。
1)
され,看護者の責務として定められている。当
②患者の治療経過,患者の変化,看護実践の一
院の看護記録記載基準は,その業務基準に則り,
連の過程が読み手に見えるように伝わり,書
基礎情報,問題リスト,看護計画,経過記録,
き手の認知に偏らない看護記録を記載してほ
看護サマリーに大別している。また,院内で使
しい。
用できる略語を定め,基礎情報はNANDA-I分
類法Ⅱの13領域を参考に分類している。
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大学看護学科
③記録に時間をとられることがない職場になっ
てほしい。
しかしながら,当院の看護記録記載基準の
また,研修の目的は,
「看護記録は,患者を
「看護問題の立案」には,入院時の初期計画は,
擁護し医療者を守るものであることを理解し,
医療問題でよいと記している。そのため,当院
適切な記録の表現を習得する」とした。
の看護記録の現状は,
「医療問題」に対する看
看護記録とは,記録する看護師の一連の看護
護計画を立案しており,実施した看護の思考と
実践を書き記すものであるため,言葉や表現方
行為が表現されにくい傾向にある。さらに,
「観
法に看護師自身の「看護の核」が表れる。そこ
察した事象」と「自分自身の認知」を混同して
で,看護記録研修には,できる限り事例を用い
看護きろくと看護過程 vol.25 no.1
資料1 研修企画フォーマット
ステップⅠ研修プログラム
『正しく・見える・早い 看護記録を書こう!』
(2014年8月5日)
●思い
●与件
インフォームドコンセントや個人情報保護の視点を踏まえ,倫理的配慮があ
り,医療チームで共有できる情報となる専門職の看護記録を記載してほしい。
患者の治療経過,患者の変化,看護実践の一連の過程が読み手に見える
ように伝わり,書き手の認知に偏らない記録を記載してほしい。
記録に時間をとられることがない職場になってほしい。
●当院の現状
1.業務委員が作成した当院の「看護
記録記載基準」がある。
2.実際の記録は,実施した処置など
を継時的に書いているが,看護師
の判断の記述が少ない傾向にある。
これは,問題点が病状からの事象
や症状になっているため,問題解
決プロセスとして記録されないた
めである。
3.看護上の問題について,認知をし
ていても,言葉で表現できない傾
向にある。
4.観察した事柄や患者の精神面につ
いて,客観的に記述されず,記録
者の認知した内容が記述されるこ
と が あ る。
「O」と「A」が 混 同
する。
5.記録を勤務終了時にまとめて記述
する傾向がある。また,卒後1年
目の記録について,就業終了後に
先輩が指導をしている現状がある。
120時間の勤務時間内集合研修
9月実施(入職6カ月)
1年目看護師36人(7割が25歳以下)
4年生大学47%,専門学校50%,短
期大学3%
社会人経験者22%
●事業の必要性・背景
新人看護師は,「指導期」から「見守り期」へ移行する。この時期か
らは,夜勤,予定入院患者の受け入れ,重症患者の受け持ちを行うよ
うになるため,効率的な時間配分が必要になってくる。医療チーム内
で情報共有のためにも,自身の実践した看護が見える記録を,正しく・
早く記載する必要がある。
●目的
●ポテンシャル
●ポテンシャ
【研修生】
実習記録を通して,記録
の指導を受けている。
自己流が確立されておら
ず,新しい情報が入りや
すい。
【教材】
電子カルテ
パソコン
プロジェクタ
企業のe-learning
看護記録について,患者を擁護し
医療者を守るものであることを理解
し,適切な記録の表現を習得する。
●目標
1.患者を擁護し医療者を守るための
看護記録の重要性を理解できる。
2.看護記録の役割と原則を理解できる。
3.患者の状況や実施した看護が分か
る記録の例に倣う。
●方法
講義:記録の役割(情報の共有,看護実践の証明),記録の原則(既定
の略語,記載の基準,客観的な事実,適切な表現)
,目指す記録(正
確に伝わる記録,看護が見える記録)について
演習:看護目標を立て,目標に沿ったSOAP記録を個々で記載(資料5)
。
記録の表現を修正(クイズ形式)
(資料6)
て具体的に記録することを通して自己の思考の
標」を抽出している。
傾向をリフレクションできることも,副次的効
また,このフォーマットを使用することで,
果として意図した。
研修担当者は,当院の現状と研修の必要性に対
研修企画の思考過程
する共通理解を深めることができる。このこと
当院では,
「研修に対する思い」を,研修目的
は,集合研修のみではなく,各部署でのOJTで
と研修目標に反映させるために,独自のフォー
の継続した支援にもつながると考えている。
マットを使用している(資料1)
。このフォー
マットでは,研修に対する思い,当院の現状,
研修に与えられた要件を整理することで,
「研修
の必要性・背景」を明確にしている。この「事
業の必要性・背景」を明確にすることで,研修
生の達成をどこに設定するかの「目的」と「目
急性期看護の視点で貫く
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