学校評価システムの改善に関する 政策マネジメントの自治体間比較研究

学校評価システムの改善に関する
政策マネジメントの自治体間比較研究
-香美市・品川区・横浜市の比較分析-
(概要)
MJE11003 戎井
崇
【要旨】
香美市(高知県)
、品川区(東京都)及び横浜市(神奈川県)における学校評価システムの改善に関する政策マネジメ
ントを「Ph.P 手法」によって比較分析した結果、
「現状の把握」
「原因の特定」
「手段の開発・選択」
「集団意思の形成」
のステップにおいて、手法の特徴に差異が見られた。そこで、
「校長会を中心とした学校現場からのボトムアップ型」
(香
美市)
、
「教育長を中心としたトップダウン型」
(品川区)、
「教育委員会事務局の担当課主導型」
(横浜市)と呼びうるそれ
ぞれの手法の特徴について、これらの差異をもたらした個々の背景・要因を明らかにした。
また、各自治体の政策マネジメントの適否を分析した結果から、3 つの自治体に対して、①「現状の把握」と「原因の
特定」をしっかりと行うこと、②「現状の把握」の一部として常に関係者のインセンティブ構造を把握すること、につい
て政策提言を行った。さらに、本研究を通じて導き出された教訓や留意点を踏まえ、今後、学校評価システムの改善に関
する政策マネジメントを行うすべての自治体に対して、
「トレードオフ関係にある複数の「目標」がある場合には、優先
順位についてしっかりと議論し、関係者間での「集団意思の形成」を十分に行うこと」という政策提言を行った。
第1章
研究の概要
第2章
研究の手法
現在、学校評価に関する施策は、すべての自治体で実施
されている。このことから、わが国の学校評価制度は、
「学
校評価制度をいかに実施するか」を議論する初期の段階
(学校評価を「開始」する段階)を終了し、各自治体・各
学校において、「学校評価制度をいかに学校改善に活用す
るか」を本格的に検討する次の段階(既存の学校評価を「改
善」する段階)に入ったと言える。
学校評価に係る国の取組は、まだ発展過程にあり、現在
も改善がはかられているが、各自治体による学校評価シス
テムの改善の取組には、温度差があるのが現状である。学
校改善につながる学校評価を実施するためには、国による
制度の改善だけでなく、学校現場により近い自治体レベル
で、地域性や各学校の特性等を考慮した学校評価システム
の改善に向けた取組を行う必要があると考えられる。
実際に学校評価システムの改善を行っている自治体で
は、どのようなシステムの改善に向けた施策が実施され、
その際にはどのように政策が形成されていったのかなど、
「学校評価システムの改善に関する政策マネジメント」を
詳細に比較・検証していくことは、すべての自治体の同様
の取組に資するところが大きい。
そこで本研究では、学校評価システムの改善に係る政策
に特徴が見られる香美市、品川区及び横浜市について、そ
れぞれの政策マネジメントを比較し、政策形成手法の差異
やその要因についての分析を行うことで得られた内容を
踏まえ、当該自治体のより効果的な政策の実現に向けた提
言を行うとともに、教訓や留意点を一般化し、今後、同様
の政策を実施するすべての自治体に対する提言を行う。
図 1 「Ph.P 手法」で整理したマネジメントプロセス
出典:岡本薫(2008)『Ph.P 手法によるマネジメントプロセス分析』商事法務 p.10
本研究では、マネジメントプロセスを分析する手法とし
て、
「Ph.P 手法」
(Phased Planning Method)を用いる。
この手法は、
「Plan」
「Do」
「See」の 3 段階区分を基本と
しながら、「Plan」の段階をさらに、①「現状」の把握、
②「原因」の特定、③「目標」の設定、④「手段」の開発・
選択、⑤「集団意思」の形成、という 5 つの小段階(フェ
ーズ)に分けることで、各小段落のどこに欠陥があるのか
というマネジメントの失敗の発見や改善に向けた分析が
行いやすく、また、複数のマネジメント間の比較分析も行
いやすいという特徴を持つ。
第3章
3 つの自治体における政策マネジメントの概要
香美市、品川区及び横浜市が行った学校評価システムの改善に関する政策マネジメントを、
「Ph.P 手法」を用いて 7 つのステップに分けて整理し、比較したものが次の表 1 である。
表1
学校評価システムの改善に関する自治体間の政策マネジメント比較表
香美市(高知県)
(平成 18~19 年度)
手法
①
現
状
の
把
握
②
原
因
の
特
定
③
目
標
の
設
定
品川区(東京都)
(平成 17~18 年度)
結果
手法
横浜市(神奈川県)
(平成 21~22 年度)
結果
手法
結果
【手法(現状把握の具体的方法)】
【結果として把握された現状】
【手法(現状把握の具体的方法)】
【結果として把握された現状】
【手法(現状把握の具体的方法)】
【結果として把握された現状】
教育委員会事務局が、以下のことを踏ま
え、現状を把握した
・各学校の提出した学校評価書の内容
・学校評価運営委員・学校関係者評価委
員・管理職・教職員を対象としたアンケ
ートの結果
・学校評価運営委員会(年 2 回)での協議
・校長会での議論の内容
・各学校の校長が作成した報告書の内容
・既存の学校評価システムでは、各学校の
活動を正確に評価できない
・既存の学校評価システムでは、各学校・
評価委員の学校評価への取組が不十分
である
・既存の学校評価システムでは、評価結果
の学校改善への活用が不十分になるお
それがある
教育委員会事務局が、以下のことを踏ま
え、現状を把握した
・指導主事等による学校訪問
・学校評価部会(年 19 回)において検討
された内容
◇各学校の外部評価委員長を対象と
したアンケートの結果
◇外部評価委員長協議会での協議の
内容
・既存の外部評価システムでは、各学校の
活動を客観的・分析的に評価することが
できない
・既存の外部評価システムでは、評価結果
が学校改善に十分に活用されない
教育委員会事務局(授業改善支援課)が、
以下のことを踏まえ、現状を把握した
・授業改善支援課に寄せられた質問・意見
・学校評価運営委員会(年 4 回)において
検討された内容
◇シンポジウム・フォーラムでの意見
◇学校評価実践研究校協議会等で議
論された学校評価の成果と課題
・既存の学校評価システムは、学校に負担
感と疲弊感をもたらしている
・既存の学校評価システムでは、教育委員
会事務局の各学校への支援が必ずしも
十分ではない
【手法(原因特定の具体的方法)】
教育委員会事務局が、以下のことを踏ま
え、原因を特定した
・各学校の提出した学校評価書の内容
・学校評価運営委員・学校関係者評価委
【結果として特定された原因】
<共通(自己評価・学校関係者評価)>
・評価項目が尐ない
・評定の基準が不明確
・教職員や学校関係者評価委員に学校評
【手法(原因特定の具体的方法)】
教育委員会事務局が、以下のことを踏ま
え、原因を特定した
・指導主事等による学校訪問
・学校評価部会において検討された内容
【結果として特定された原因】
<共通(内部評価・外部評価)>
・抽象的な設問が多い
・内部評価と外部評価にズレがある
・学校間の評価基準があいまい
【手法(原因特定の具体的方法)】
教育委員会事務局(授業改善支援課)が、
以下のことを踏まえ、原因を特定した
・授業改善支援課に寄せられた質問・意見
・学校評価運営委員会において検討され
【結果として特定された原因】
・学校版マニフェストと学校評価が連動
していない
・アンケート集計等も含め教職員の作業
量が多い
員・管理職・教職員を対象としたアンケ
ートの結果
・学校評価運営委員会での協議
・校長会での議論の内容
・各学校の校長が作成した報告書の内容
価のねらいや意義が浸透していない
・評価結果を次年度の学校改善に活用す
る時間的余裕がない
・評価結果を改善方策に結びつけるシス
テム(様式)になっていない
<自己評価>
・教職員の作業量が多い
<学校関係者間評価>
・5 段階評定では評価しにくい
◇各学校の外部評価委員長を対象と
したアンケートの結果
◇外部評価委員長協議会での協議の
内容
・評価結果が予算・人事のヒアリングに
活かされない
<内部評価(自己評価)>
・内部評価と学校が年度末に実施してい
る校内評価が連動していない
<外部評価(学校関係者評価)>
・教育の質・授業の質などの評価は、専
門家ではない評価者には難しい
・評価結果の公表問題と関連して、外部評
価が甘くなりがちになる
・教職員に対して外部評価についての理
解が徹底されていない
た内容
◇シンポジウム・フォーラムでの意見
◇学校評価実践研究校協議会等で議
論された学校評価の成果と課題
・横浜市内の 500 を超える市立学校を、1
つの教育委員会事務局が直接所管して
いる
【手法(目標設定の具体的方法)】
【結果として設定された目標】
【手法(目標設定の具体的方法)】
【結果として設定された目標】
【手法(目標設定の具体的方法)】
【結果として設定された目標】
教育委員会事務局内や校長会において、達
成すべき目標についての具体的な議論は
行われていない
・アンケート等により明らかになった細か
い問題を克服することが、漠然とした目
標として全体で認識されていた
・その内容は、以下の 3 つに整理できる
A.各学校の活動の成果をより正確・詳細
に評価できるようシステムを改善す
る
B.各学校・評価者に対して、より積極的
に学校評価に取り組ませる
C.各学校に対して、より積極的に評価結
果を学校改善に活用させる
教育委員会事務局内や学校評価部会にお
いて、学校評価システムの改善にあたって
の具体的な目標は議論されていない
・新しい学校評価のねらいは、「従来の外
部評価制度の機能を堅持しつつ、新たな
課題に対応できるよう、学校評価システ
ムの改善を行う」である
・システム改善の内容については、以下の
2 つに整理できる
A.「教育の質」の視点から、各学校の活
動の成果をより正確・詳細に評価でき
るようシステムを改善する
B.各学校が評価結果をより積極的に学校
改善に活用できる仕組みをつくる
教育委員会事務局(授業改善支援課)が、
学校評価運営委員会において検討された
内容を踏まえ、目標を設定した
A.学校版マニフェストと連動した学校
評価システムを構築する(計画と評
価を効果的に一体化させるシステム
をつくる)
B.作業の効率化を図り、教職員・評価
者の負担を軽減する
C.新設される方面別学校教育事務所に
おいて学校評価を推進する
④
手
段
の
開
発
・
選
択
【手法(手段の開発・選択の具体的方法)】
教育委員会事務局が、アンケート結果や学
校評価運営委員会での協議を踏まえ、校長
会から出された案も一部に取り入れなが
ら、手段を開発・選択した
※学校評価運営委員会のメンバーであっ
た有識者は、手段の開発にほとんど関与
していない
【結果として開発・選択された手段】
A1.評価項目を 6 項目から 10 項目に増
やす
A2.数値による基準を導入するなど、あ
いまいな評価指標の見直しを行う
A3.評定を 5 段階から 4 段階に変更する
B1.教職員・学校関係者評価委員・学校
評価運営委員に対して研修会を実
施する
C1.学校関係者評価の期間を「4 月から
翌年 2 月」から「4 月から 12 月」
に変更する
C2.昨年度の評価実施項目について、評
【手法(手段の開発・選択の具体的方法)】
教育委員会事務局が、学校評価部会での意
見を踏まえ、教育長のアイデアも一部に取
り入れながら、手段を開発・選択した
※学校評価部会にアドバイザーとして加
わっていた有識者(教育長が指名)が、
手段の開発に大きな影響を与えた
価結果を今後の取組に活かす「アク
ションシート」を導入する
⑤
集
団
意
思
の
形
成
【手法(集団意思形成の具体的方法)】
<校長会>
ステップ①~④のすべてに校長会が関
わっていたため、すでに共通認識があ
り、方針の統一がはかられていた
<教育委員>
学校評価運営委員会に出席していたた
め、ステップ①②について、一定の共通
認識があった
<学校関係者評価委員>
各班で 1 名は学校評価運営委員を兹務
していたため、ステップ①②について、
⑦
結
果
と
目
標
の
比
較
※学校評価運営委員会のメンバーであっ
た有識者(担当課が人選)が、手段の開
発に大きな影響を与えた
【手法(集団意思形成の具体的方法)】
<校長会・副校長会>
学校評価部会のメンバーに小学校・中学
校の校長会・副校長会代表が含まれてお
り、ステップ①~④について、すでに共
通認識があった
<教育委員>
新しい学校評価システムの概要を教育
委員会定例会で報告し、承認を受けるこ
とにより、ステップ①~④について、同
意を得た
【手法(集団意思形成の具体的方法)】
<校長会>
校長会の代表に事前に相談し、ステップ
①~④について、同意を得た
<教育委員>
新しい学校評価システムの概要を教育
委員会会議で報告し、承認を受けること
により、ステップ①~④について、同意
を得た
<教職員(管理職を含む)>
シンポジウムにおいて、新しい学校評価
システムの概要を提案・説明し、ステッ
【手法(手段実施確保の具体的方法)】
教育委員会事務局が、以下の方法により、
手段の実施状況や進捗状況を確認した
・6 月中旬に行ったヒアリング
・毎月の校長会
【手法(手段実施確保の具体的方法)】
教育委員会事務局が、以下の方法により、
手段の実施状況や進捗状況を確認した
<専門外部評価>
・専門外部評価委員会からの報告書(11
月・7 月)
<自己評価・校区外部評価>
・各学校が主催する校区外部評価に関する
協議会の会議録(12 月・5 月)
・校区外部評価にかかわる報告書(7 月)
【手法(手段実施確保の具体的方法)】
教育委員会事務局(指導企画課)が、以下
の方法により、手段の実施状況や進捗状況
を確認した
・提出された中期学校経営方針
・指導主事の学校訪問による継続的な学校
支援とヒアリング
(内容を指導企画課が年 3 回ほど把握)
【手法(結果と目標の比較の具体的方法)】
教育委員会事務局が、学校評価運営委員・
【手法(結果と目標の比較の具体的方法)】
教育委員会事務局が、以下のことを踏ま
【手法(結果と目標の比較の具体的方法)】
教育委員会事務局(指導企画課)が、以下
学校関係者評価委員・管理職・教職員を対
象としたアンケートの結果を踏まえ、一定
の検証を行った
え、一定の検証を行った
・各学校の校区外部評価委員長を対象と
したアンケートの結果
・校区外部評価委員長協議会での協議の
内容
・専門外部評価委員へのヒアリング
・校長へのプラン 21 予算ヒアリング・人
事ヒアリング
のことを踏まえ、一定の検証を行った
・各学校の学校評価報告書の内容
・指導主事による学校訪問や校長に対す
るヒアリング
・シンポジウムでのアンケートの結果
・学校評価実践研究校協議会において議論
された学校評価の成果と課題
出典:筆者作成
注
【手法(手段の開発・選択の具体的方法)】
教育委員会事務局(授業改善支援課)が、
学校評価運営委員会での意見を踏まえ、
手段を開発・選択した
B2.学校評価説明会・校区外部評価に関
する協議会に全教員を参加させる
一定の共通認識があった
⑥
手
段
実
施
の
確
保
【結果として開発・選択された手段】
A1.評価項目を改正し、新たな設問を設
定する
A2.内部評価と外部評価について同一の
設問を設定する
A3.校内評価を内部評価の項目と関連付
ける
A4.専門家による専門外部評価(第三者
評価)を実施する
A5.校区外部評価委員として近隣小中学
校管理職を参加させる
B1.評価期間を「4 月~翌年 3 月」から
「8 月~翌年 7 月」に変更する
:ゴシック・下線部は特徴的な手法の差異を示している
プ①~④について、同意を得た
【結果として開発・選択された手段】
A1.中期学校経営方針の書式と学校評価
報告書の書式を連動させる
A2.学校評価報告書に共通のフォーマッ
トを設ける
B1.評価内容を重点化・焦点化する
C1.学校評価に関する施策全体の総括
は、指導部指導企画課(中央事務所)
が行い、学校評価に関する各学校へ
の指導・助言については、各学校教
育事務所の学校担当指導主事が対
応する
第4章
3 つの自治体の比較分析
第5章
政策マネジメントの改善の可能性
各自治体の学校評価システムの改善に関する政策マネ
各自治体の学校評価システムの改善に関する政策マネ
ジメントのプロセスを 7 つのステップに分けて比較分析
ジメントについて、ステップ①~⑦のそれぞれの手法や結
した結果から、共通点・相違点として見出した内容は以下
果の妥当性を検証した結果、見出された改善すべき点は以
のとおりである。
下のとおりである。
◆3 つの自治体の共通点
◆「現状」の把握
・何らかの形で既存の学校評価システムの問題点とその
・「現状」と「原因」を明確に区別すること
原因を特定し、それを除去するための手段が開発・選
◆「原因」の特定
択されている
・学校評価システムに関わるあらゆる立場の視点から、
分析ための情報を収集できる仕組みを確立すること
◆3 つの自治体の相違点(手法の特徴)
◆「目標」の設定
表2
・「目標」は「いつまでに」「どのくらい」など具体的に
手法の特徴
設定すること(スローガンと目標を区別し、結果との
ボトムアップ型(校長会を中心とした学校現場から)
香
・アンケートの主たる対象が教職員・管理職であったこと
・各学校の校長が提出した報告書が活用されたこと
・
「手段」の一部を校長会が提案したこと
・学校評価運営委員会に小中学校の校長が入っていなかったこと
美
市
トップダウン型(教育長を中心に)
品
・
「手段」開発の検討段階から教育長が直接関わっていたこと
・
「手段」の一部が教育長自身のアイデアであったこと
・教育長が指名した有識者が重要な役割を果たしたこと
・学校評価部会の校長会・教頭会代表は情報を現場に流す役割を担
っていたこと
川
区
行政主導型(教育委員会事務局担当課による)
・すべてのステップで担当課が主導的な役割を果たしたこと
・学校評価運営委員会の有識者は担当課主導で人選が行われたこと
・シンポジウムの中で担当課が新しい学校評価システムの概要につ
いて提案・説明を行い、教職員から広く同意を得たこと
・主に「原因の特定」「手段の開発」において、担当課が有識者の
意見やシンポジウムでの協議内容を直接積極的に活用したこと
横
浜
市
比較ができるものを考えること)
・マネジメントには重層構造があることを十分に意識す
ること
・トレードオフ関係にある複数の「目標」がある場合に
は、優先順位を設定すること
◆「手段」の開発・選択
・「手段」の内容をより具体的に選択・決定すること
・
「手段」の開発に有識者・専門家の知見も活用できる仕
組みを確立すること
◆「集団意思」の形成
・教職員や評価委員など学校評価システムの関係者全員
に対して、
「集団意思」の形成を十分に行うこと
◆「結果と目標の比較」の実施
出典:筆者作成
・結果と比較できる具体性を持った「目標」を設定する
こと
◆手法の差異をもたらした背景・要因
研究を進める中で、各自治体の手法の差異をもたらした
ものには、それぞれ個別の背景や要因があることが分かっ
第6章
た。主要な内容についてまとめたものが表 3 である。
◆3 つの自治体への政策提言
・
「現状の把握」と「原因の特定」をしっかりと行い、常
表3
背景・要因
香
美
市
品
川
区
横
浜
市
政策提言
・高知県全体として、戦後の「勤評闘争」に代
表されるような激しい組合闘争の影響もあ
り、学校現場と連携を図りながら政策マネジ
メントを行う伝統ができていた
・校長会のメンバーの約半数が教育行政経験者
であり、校長会に政策企画力があった
・区長が市政全般についてトップダウンでの強
いリーダーシップを発揮していた
・教育長によるトップダウン型の政策マネジメ
ントを妨げる要因がなかった(区議会・校長
会は協力的であり、教育委員会会議は事務局
の提案を尊重する)
・
「現場主義」
「顧客満足度」の視点による行政
改革の結果、市政全体として各担当部局に大
きな責任と権限が与えられていた
・セクショナリズムを防ぐため、市政全般で、
「行政と市民の間」「部局と部局の間」の双
方について、情報の共有が進められていた
出典:筆者作成
手法の類型
ボトムアップ
型
にマネジメントサイクルをまわすこと(既存の学校評
価システムの形骸化・陳腐化を防ぐこと)
聞き取り調査を行う中で、すべての自治体の担当者から
出た言葉が、「学校評価システムは形骸化しやすい」とい
うことであった。学校評価を学校改善のための「手段」と
して位置付け、「学校の目指すべき方向性」を明確に示し
トップダウン
た上で、「どのように学校評価を活用すればよいか」につ
型
いて関係者の認識が共有されていなければ、学校評価書を
作成することが目的化してしまい、「評価のための評価」
が行われ、学校評価システムはすぐに形骸化・陳腐化して
行政主導型
しまう。このような事態をさけるために、各自治体は、既
存の学校評価システムの「現状の把握」「原因の特定」を
しっかりと行い、常にマネジメントサイクルをまわし続け、
システムの改善を行う必要がある。その際に留意すべき点
を 2 つあげる。
第一は、「現状の把握」や「原因の特定」を詳細に行う
ために、情報収集を多角的に行うことである。
政策立案を行う際、人々がどのような思いや意識を持っ
ているかを知ることはとても重要である。人は欲求の方向
各自治体は、情報収集の内容や対象の範囲、情報収集の
にしか動かない。担当者は、常に政策に関わる人々の「意
ための手立てについて、「情報の精度」と「関わる人々の
識」や「行動を引き起こす原因」(誘因)を十分に考慮し
負担感(時間・作業量)」のトレードオフ関係に配慮しな
た上で、自身が考える「良い状態」の実現(目標)に適合
がら決定しなければならない。その際には、「学校評価シ
する合目的的な「手段」を検討しなければならない。
ステムに関わるあらゆる立場の視点から、既存の学校評価
システムに関する情報を収集する仕組みづくり」が重要で
◆すべての自治体への政策提言
ある。具体的には、学校評価に関わるすべての立場の人々
・トレードオフ関係にある複数の「目標」がある場合に
(必ずしも全員でなくてよい)に対するアンケートの実施
は、優先順位についてしっかりと議論し、関係者間で
や聞き取り調査など、目標と比較する「結果に関する情報
の「集団意思の形成」を十分に行うこと
を収集するための手立て」を確立することである。
第二は、各マネジメントサイクルにおいて、「結果と目
標の比較」を確実に実施することである。
マネジメントサイクルが常にまわっていることを想定
○学校評価システムの改善に関する政策マネジメントの
特徴:トレードオフ関係にある複数目標の存在
本研究により明らかになったことのひとつは、学校評価
システムの改善に関する政策マネジメントにおいては、ト
すれば、現行のマネジメントサイクルにおいて、「現状の
レードオフ関係にある複数の目標が存在することである。
把握」と「原因の特定」をしっかりと行うことは、ひとつ
通常、教育に関する多くの施策は、資源(予算・人員・
前のマネジメントサイクルにおいて、
「結果と目標の比較」
時間など)に余裕があれば、
「予算を増やす」
「人員を増や
を確実に行うことと同じことを意味する。
す」などにより、その施策をできる限り拡大していくのが
「目標」と比較するための「結果」を把握する手立ての
良いと考えられる。しかし、学校評価システムの場合は、
必要性については既に述べた。加えて必要なことは、「結
トレードオフ関係にある複数の目標を抱えている。具体的
果」と比較可能となる「達成可能な具体的目標」を設定す
に言えば、①学校評価システムを精緻化する、②評価のコ
ることである。ここでの「具体的」は、抽象的であいまい
スト(管理職・教職員・評価委員の負担)を軽減する、と
なものではなく、さらに「いつまでに」というタイムフレ
いう 2 つの目標である。
ームの要素を含んでいるもののことである。
「結果と目標の比較」が確実に実施されれば、システム
学校評価システムは、学校内の教育活動について、でき
る限り正確かつ詳細に評価が行われる方が望ましい。しか
改善の次のマネジメントサイクルにおいて「現状の把握」
しながら、詳細に評価をしようとすればするほど、学校関
と「原因の特定」が容易かつ詳細にできる。
係者評価のための資料づくりや自己評価に係る教職員の
作業量・作業時間は増大し、学校関係者評価委員も多くの
・
「現状の把握」の一部として、常に関係者のインセンテ
作業時間を拘束されることになる。これでは、管理職・教
ィブ構造を把握すること
職員や評価委員の負担は増大し、より積極的に学校評価に
「現状の把握」を行う上で大切となるのが、「政策に関
取り組もうという意欲がそがれてしまう。
わるすべての人のニーズを把握することが、良い政策を行
うことにつながる」ことを認識することである。
香美市では、具体的な目標は設定されていなかったが、
「できるだけ評価を正確・詳細にやる」という目標と、
「教
品川区において専門外部評価(第三者評価)が導入され
職員・評価委員に積極的に学校評価に取組ませる」という
たのは、
「学校選択制」という制度が導入されている以上、
目標の 2 つが、政策形成に関わった人々の間で認識されて
「外部評価委員は自分の地域の学校に対して、厳しい評価
いた。評価はできるだけ正確・詳細に行いたい。しかし、
をつけることが難しい」という原因を特定したためであっ
評価に関わる人にも積極的に評価に取り組んでほしい。両
た。「自分の地域の学校に入学してくる生徒数を減らすこ
者はトレードオフの関係にあるため、そのバランスをどの
とにつながることはしたくない」という外部評価委員の意
ように取るかについては、最終的には、教育委員会事務局
識を認識したからこそ、専門外部評価(第三者評価)とい
が決定しなければならない。
う新しい「手段」が開発され、選択されたのである。
香美市の教育委員会事務局は、「原因の特定」のステッ
また一方で、システムの改善に伴い、これまで行われて
プにおいて、「評価項目が尐ない」という原因を特定する
きた外部評価(学校関係者評価)を品川区教育委員会が止
一方で、「教職員の作業量が多い」という原因も特定して
めなかったのは、「外部評価(学校関係評価)を行うこと
いた。続く「目標の設定」のステップでは、具体的に目標
により、地域と学校の連携が深まった」という「現状」を
を設定はしなかったが、関係者の間で認識されていたトレ
しっかりと把握し、その必要性を十分に認識していたから
ードオフの関係にある 2 つの目標のうち、
「評価をより正
である。
確・詳細に行う」という目標に重点を置いた。その結果と
して、
「手段の開発・選択」のステップにおいて、
「評価項
目を 6 項目から 10 項目に増やす」という「手段」が選択
された。
聞き取り調査により、「手段の開発・選択」が行われる
過程において、関係者の間では、「より正確・詳細に評価
を行うこと」を重視する状況があったことは確認できた。
しかしながら、そもそも関係者間で認識されていた目標自
体も議論を重ねた上で決定したものではなかったため、目
標間の優先順位の設定においても、どちらの目標をより重
視するかによって、今後、どのような影響が生じ得るのか
というところにまで、議論は及んでいなかったと思われる。
○優先順位の設定と集団意思形成の重要性
「目標の優先順位をどうするか」については、しっかり
とした検討が必要である。その際に重要となるのが、関係
者間での「集団意思の形成」である。特に、評価の精緻さ
をより重視する場合、学校評価システム全体をうまく機能
させていくためは、これまで以上に負担がかかる教職員や
評価委員に対して理解を求めることが不可欠である。
複数の「目標」間の優先順位の設定については、どのよ
うな優先順位の設定が正しいということはない。また、優
先順位をどのように設定するかによって、選択される「手
段」も変わってくる。各自治体は、学校評価システムには
トレードオフ関係にある複数の「目標」が内包されている
ということを認識しておく必要があり、「手段」実施後の
影響も考慮しながら、「目標」間の優先順位についての議
論を十分に重ね、決定を下す際には、必ず、関係者間で「集
団意思の形成」を行うことが重要である。