行 為 と 言 葉 に 見 る 性 差 - 福岡大学

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行 為 と 言 葉 に 見 る 性 差
中
村
平
治
我々の行為と言葉は互いに連繋し合っている。行為が、例えば攻撃的であれば、その鏡写しであ
る言葉遣いもぞんざいで荒っぽく、相手をおとしめる表現形式になる。この関係を横に置いといて、
男女を比較すると、違っている面と似ている面があることを知る。どういった点がそうなのかは後
で提示するとして、今は違いの存在を承認するにとどめる。この事実をもう一方の横に置き、先程
横に置いていた行為と言葉の連繋を対峙させ、交差させると、男女の間には行為と言葉がずれてい
る場合があることに行き着く。これについては次の引用に見る通りでもある。
Women and men may not express the same thing
in the same way.(R. Lakoff 1977)
Men and women are different. ・・・They live in
different worlds, with different values.
(Allan & Barbara 2001)
本論の仕事は、男性と女性の右と左に分かれる行為の内訳とそれぞれの反映である言葉の実態を
明示することにある。論点の性差を位置づけようというわけである。
行為と言葉を選り分けるに際して、全体の枠組みを描いておこう。
1.枠
組
み
男女の表現上の比較は大きく3つの部門に分けられよう。
Ⅰ
共通する場合
Ⅱ(a)男性にのみ該当する場合
(b)女性にのみ該当する場合
Ⅲ(a)男性向きの場合
(b)女性向きの場合
とりあえず、それぞれに当てはまる言動(行為と言葉による例文)を添えておこう。
[Ⅰ]に当てはまる例は、事柄の性質上、数多く挙げられる。無標的(unmarked)な存在のも
( 1 )
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のだからである。例えば、walk, run, swim, dance といった行為、それにこれらを写し取る言
葉化、即ち‘I walked to school.’,‘He ran faster than I.’などいくつも添えられる。これら
の言動に関して、性差はない。男女共有のものである。
[Ⅱ]の該当例は限られてくる。男だけにしか、また女だけにしか当てはめられない言動という
ものが想定し難いからである。しかし、皆無というわけではない。その証拠に次の(
)内には
he か she のいずれかしか納められない。
(
)has borne him three daughters.
(
)is a womanizer.
(
)is handsome.
(
)is a nagger.
(
)used to ogle at other women.
(
)swaggered down the street after winning the fight.
(
)is comely rather than beautiful.
[Ⅲ]に該当する例は数が多くなるが、判定が緩くなるので、問題点も多くなる。解釈に左右さ
れる面が続出するため、流動的になるからである。例えば、家庭内での夫(男)と妻(女)の役割
として、「料理をする」
「芝を刈る」「裁縫をする」
「ゴミを玄関先にだす」などが挙げられるが、振
り分けはどうなるであろうか。一般的な家庭では、料理と裁縫は奥さんの、芝刈りとゴミは旦那さ
んの担当となっているようであり、この点で[Ⅱ]の管轄になるが、しかし、別の家庭では固定し
ていないことも十分に考えられるので、この点で[Ⅲ]の枠組みとして処理する。この見方から、
次の例文の(
)内には、一応、男性また女性向きのものが納まると判定する。
(
)is cooking her husband some sausages.
(
)is mowing the lawn.
(
)sewed a button on a coat.
(
)took out the rubbish.
家庭内の役割から性差を分けるとなると、多様な慣習が想定され、一筋縄ではいかないが、特に、
英語国民と日本人を付き合わせてみると、解釈が多様に分かれるであろう。英米豪の旦那さんは家
庭内でこまめに動き回ることから、男向きの言動が多くなるが、日本のご亭主は一般に家事は一切
しないことに決め込んでいるので、上の例文の(
)内には全て「女性」が納まることになる。女
性専用の言動ということになる。この国民性の慣行による性差は決しておろそかにできないので、
特記しておきたい。
以下、上記の枠組みと例文を頭に置き、特に問題点となりやすい[Ⅲ]の内訳を明らかにして行
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きたい。具体的に、どういった言動が男性向きのものか、それとも女性向きのものかを、説明を加
えながら、明示して行きたい。
2.傾 向 上 の 違 い
(1)空間識別能力 (spatial ability)
空間とは、立体的な3次元の世界であり、この中には論理性、分析性、計算性などが含まれ、こ
れらの性向によってものごとを識別する能力は男性に顕著に認められる。女性はこの点、男性の
10%しか認められないといわれる。方向感覚も男性が女性より格段に優れているが、これも当能力
に含まれる。女性は空間の把握に弱い代わりに、2次元の世界に強く、総合性、情緒性、直感性な
どの点で、男性より長じている。この性向上の違いは、当然のことながら。言葉遣いに反映する。
空間を正確に識別する能力は脳の中に端を発するが、この領域については私は門外漢なので、文
献に頼らざるをえない。Allan & Barbara(2001)の説明を基に、男性向きと女性向きの言動を提
示しよう。
空間能力がどういった行動をするのに原動力となるかをできるだけ具体的に示しておくが、先ず、
スポーツをするとき発揮される。この能力は、大昔は、狩りをするのに必要とされていた。森の中
を縦横に走り回り、獲物を槍でしとめ、迷うことなく、妻と子供たちが待っている我が家へ帰って
くるには空間の中で自分を位置づける能力が求められた。こういった行動をするのは男の役割であっ
た。この慣習から、男に当能力が植えつけられるようになったのは極く自然であった。男が方向感
覚とか論理的に、また計算的にものごとを追求する能力に秀でるようになったのは、こういった慣
習によると言えよう。女に当能力が劣勢なのは、そういった行動をする必要がなかったからである。
女には家庭にあって子供の世話をしたり、食事の用意をしたりするといった、別の役割があった。
これをまっとうするのに空間識別能力はそれほど必要なものではなかった。両氏がコメントしてい
る通りである。
Most men can always point north, even if they
have no idea where they are.
Women don’t have good spatial skills because
they evolved chasing little else besides men.
大昔の狩りの慣行は、今日では、見る影もないが、別の形態となって現れている。スポーツをす
るときに生かされている。例えば、ゴルフに勝つには、きめ細かな空間の把握と計算による正確な
位置づけが求められよう。ゴルフの球を穴に打ち込むのは、獣を槍で射止めるのと同じ能力を要す
る。こういった点で、かかわる言動は男向きのものということになるのであり、次の呼びかけが男
衆に向けられる。
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You simply need to be good at estimating
speed, distance, angles and directions.
一方、女性は方向づけに慣らされていないため、自然、方向感覚が薄弱になり、平行的に、
言葉での表現も乏しくなる。その結果、地図を読むのが億劫になる。両氏の書物の題目である
“Women can’t Read Maps”が示す通りである。地図読みに苦労する女性と苦労しない男性とで
は、次の言葉化の違いを生み出す。女性は、例えば、見知らぬ土地に行ったときなど、気安く道順
を他人に問い合わせるが、男性は、地図読みに自信があることから、尋ねるまでもないという認識
で、他人に問いかけないのである。
方向感覚の違いから、例えば、友人を我が家へ案内するとき、女性であれば、頭の中が真っ白に
なり、夫に案内役を任せるであろう。その友人に対して、次の y の言い方をするであろうし、男
性であれば、道順を正確に順をおって説明するであろう。z の返答ができるであろう。
(A)I’ll get my husband to explain how to
come to my place.
(B)Take R 204 to Maebaru, turn left, go to the
third traffic lights, ....
他の例、夫婦が町に映画を見に車で出かけている。映画館の所在が分からない。夫が助手席に座っ
ている妻に、地図で調べてくれと頼む。夫は、方向感覚が身に付いているので、簡単に調べがつく
と思うが、妻は地図と現地の付き合わせに戸惑うばかりである。ここで問題であるが、次の台詞は
女向きのものか、それとも男向きのものか。(
)の中にFかMを納められたし。
(
) Stop turning the map upside-down!
(
) Stop fooling around and tell me where to go!
(
) Read it yourself!
地図読みを巡る男女間の、能力の差からくる口喧嘩は、何千年にも渡って、繰り返されていると
両氏は指摘している――11世紀に Godiva 婦人は裸で馬に乗り、Coventry 道路を逆方向に突っ走っ
て行ったし、Juliet は Romeo との逢瀬(love tryst)の後、我が家への帰り道が分からなくなっ
たし、Cleopatra は Marc Anthony が戦場の地図を無理に理解させようとするので、彼を去勢す
るぞと脅しをかけたという。去勢したら地図が教えられなくなるからであろうか。いずれにしろ、
地図読みの難易度は性差と密接な関係があると言える。
女性に空間識別能力が男性に比べ落ちることは、脳細胞の濃淡にも認められることである。
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行 為 と 言 葉 に 見 る 性 差(中村平治) ― 5 ―
Spatial ability is located in both brain hemispheres
for women but does not have a specific measurable
location as it does in males.
Only about 10% of
women have spacial abilities that are as dynamic
as those of the best men.
次の対話も夫婦間で日常的にしばしば交わされるヤリトリであるが、すべて空間認識の違いにそ
の端を発している。女にはなぜ男が道順を問い合わせるのに抵抗するのか不可解であるし、自分な
ら、恥じ入ることなく問い合わせるのだがと思うのである。女にしてみれば、かのモーゼにしても、
なぜ砂漠を40日間も迷い続けたのか、誰かに道順を聞けば簡単に迷いが開けたのにと不思議でなら
ないのである。
Jill: ‘Darling, I think we should have turned right
at the garage. Let’s stop and ask directions.’
Colin: ‘There’s no problem. I know it’s around here
somewhere ...’
Jill: ‘But we’re half-an-hour late already and the
party’s started − let’s stop and ask someone!’
Colin: ‘Listen, I know what I’m doing! Do you want
to drive or are you going to let me?’
Jill: ‘No, I don’t want to drive, but I don’t want
to go round and round in circles all night
either!’
Colin: ‘Ok then, why don’t I just turn the car
around and we’ll go back home!’
女性から道順を誰かに尋ねましょうと迫られることは、男性にとって、一種の屈辱、即ち You’re
incompetent, you can’t navigate. と見下されるのと同じになるのである。男は自分がもっとも
得意とする skill を女から疑われたら、耐え難くなるのである。
(2)同時多発 (multi-track)
男性は何かにつけ一極集中的な、女性は散漫的な性向がある。一点を注視するのに対して、全体
を満遍なく見渡すと形容してもよい。この性向と連動して、男性は一時に一つのことしかできない
が、女性は複数のことができる。この違いを Allan & Barbara(2002)は次のように捕らえてい
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る。
one-thing-at-a-time vs multi-tasking-performance
この傾向上の違いがどれほど広く適用できるかは確証がないが、おおよそ当たっていると言えよ
う。ただ例外も十分にありうるということだけは承知しておいてよい。
当性向の実際的な現象として、例えば、携帯電話(mobile telephone)を耳と口にあてがいなが
ら、相手に見えないことをいいことに、車の運転をしたり、料理を続けたり、本や新聞を覗いたり、
部屋の掃除をしたり、・・・など、曲芸師まがいのことが実行に移せるのは、男性より女性の方に
多いであろう。
現象の違いとして、両氏は次の言及をしている。
Most women can do several unrelated things at the
same time, ... She can talk on a telephone, follow
a new recipi and watch television at the same time.
She can drive a car, put on make-up and listen to
the radio while talking on a hands-free telephone.
一方、男性の性向については、次のように捕らえている。
A man is twice as likely as a women to be involved
in a car accident while talking on a mobil
telephone. ...
男性の「同時多発」に対する無能力について両氏は手厳しくとがめている。
When a man is following a recipi and you want to
talk to him, it’s advisable to go out for dinner
that night....
And, most importantly, never ask a man questions
during lovemaking.
上の違いから、例えば、友人から電話がかかってきたとき、その友人に対して次の(A)の断わ
りを入れるのは男性の方であり、女性は、同時多発の性向から、入れないであろう。
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行 為 と 言 葉 に 見 る 性 差(中村平治) ― 7 ―
(A)I’ll call you back as soon as I’ve finished
cooking.
また、その電話が、家族のものたちと TV を見ている最中にかかってきたのだとすれば、次の
頼み方をするのは夫(男性)の方であり、妻(女性)であれば、両刀使いが可能なことから、何も
言わないであろう。
(A)Turn the TV down and be quiet.
もう一例、何か所有物を置き忘れ、どこであったのかを思い出そうとするときも、男性であれば、
とたんに「考える人」に変身し、閉じこもりの様相を呈するが、女性であれば、考えは考えとして
持続させながらも、次の(B)のようなお喋りも同時進行させることができるであろう。
(B)Oh, Mary?
Yes, I went shopping that day.
I bought
some of them. Yes, they are very good. You should
try.
How is Mary? That’s fine, ...
Okay, thank you for calling. Bye.
女性は上のようなお喋りをしながらも、中心の置き忘れた所を思い出そうと頭を回転させること
ができるのであるから、男性から見て大したものである。現に、女性は他のことをしながら、一心
不乱に考え事をする男性より、早めに、思い出せるのであるから見上げたものである。
(3)進 取 性 (initiative)
ことがらの実現に当たり、誰が率先して行なうか、また先導するかは重要な役付になる。その方
面に長けているものが務めるのが自然であろう。では男女を並べて見てみた場合、どちらが先棒を
担ぐのが自然であろうか。この場合も能力がある方が先陣に付くべきであろうが、概して、男性の
方が先を行き、女性は控えに回るのが自然であるように思われる。この役付については Fein &
Schneider(1995)が熱っぽく主張している通りである。そのいくつかを紹介しよう。
男性に対して・・・・
The man must take charge.
He must propose.
The man must take the lead.
Men are supposed to rearrange their schedules
around you, pursue you, take cabs and trains
to see you.
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The man notices you, asks you out, and ultimately
proposes marriage.
He runs the show.
女性に対して・・・・
Don’t talk to a man first.
Restrain yourself.
Follow his lead.
On the date itself, be quiet and reserved.
Don’t overwhelm him with your career triumps.
Try to let him shine.
Let him take the lead.
Let men say hello to you first.
Don’t push yourself into his life.
上の、男女を「先導型」と「追従型」に大別する見方は、中和化現象が進んでいる今日、必ずし
も現実の世相に即しているとは言えないが、一応、それぞれのあるべき姿として承認してよいであ
ろう。男がことの船頭を務めるという行為は、連動的に、言葉化もこれに倣う。例えば、デートに
誘うとき、先に声をかけるのは男性の方であるから、次の(A)は男性向きのものと判定してよい。
(A)Let’s have coffee.
Can we go out tonight?
I have two tickets to the concert.
Would you like to go dancing with me?
Will you marry me?
一方、女性はデートの運営に関して控えの姿勢をとるのが望ましいことから、デートを続けたい
気持ちがあっても、また万象繰り合わせて承諾したくても、早めに切り上げたり、断ったりする方
が好結果をもたらす。この視点で次の(B)の返答は奥ゆかしい女性向きの台詞だと判定されよう。
(B)It’s nice meeting you. I must be going now.
My beeper’s beeping, gotta go!
I’m sorry, but I already have plans.
No, wow, I wish I wasn’t busy!
人間関係の運営には、言葉でのヤリトリが欠かせないが、その口火を切るのが男性(A)で、戸
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締まりをするのが女性(B)というわけである。男女の役割は車のアクセルとブレーキに喩えられ
よう。ことがらの運行には、男性の進取性と女性の御者性の適切な絡み合いが必要である。
ここで一言付け加えておくが、女性は、一応、声をかけられる側に回るからといって、受動に徹
していればいいというわけではない。相手から声がかけられやすいような雰囲気造りを、態勢を整
えておかねばならない。この点について、両氏は次の助言を与えている。
Be a“Ceature Unlike Any Other”.
Fill up your time before the date.
Be honest and mysterious.
Love only those who love you.
Be easy to be with.
Smile, pause in sentences, listen attentively,
look demurely, never stare, breathe slowly, stand
straight, and walk briskly with your shoulders
back.
なるほど、上記の態勢で控えていると、声がかけやすく、またかけたくなるであろう。対話に対
しては積極的な受け身に徹せよというわけである。男性にとって、お化粧や身だしなみをきちんと
している女性とそうでない女性とでは、話し掛けの、また先導意欲の差が自ずから出るであろう。
(4)仕事中毒 (workaholic)
ことがらを巡る評価は男女(夫婦)間で対立することがある。その中の一つに夫の会社での仕事
がある。夫は家庭の団欒を多少犠牲にしても、仕事に打ち込むほうが昇進と昇給につながり、家族
の裕福を確保するという観点から、仕事に励むことを高く評価するが、妻の方は別の評価、つまり
批判をするようである。夫が仕事を自画自賛するのに対して、妻は仕事中毒だといってけなす。こ
の見解の相違は、互いに歩み寄らないと、ますます激化し、収支がつかなくなり、離婚に行き着く
ことになりかねない。会社での仕事を善と見なすか、中毒と見なすかは、当然のことながら、言葉
での対立を生む。夫と妻の右と左の見解を容認すると、次の(A)(B)の台詞がどちらのもので
あるか、自ずから明らかである。例文は Allan & Barbara(2002)からの拝借である。端折って
引用する。
(A)You forget about me and the kids, and never
do anything for us. .... I’m sick of being
mother and father to the children.
I need a man who wants me, looks after me
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and participates in the family without me
having to nag him to do so.
次の台詞は上の不満に対する弁護である。
(B)What do you mean I don’t look after you and
the kids?
Look at our beautiful home, the clothes
and jewelly you wear, the excellent school
the kids go.... Yes, I do work hard so we can
all live this way....
夫から上のように反撃されると、妻は、それまで不満が積もり積もっていただけに、水を得た魚
のように、更なる抗議の言葉を並べ立てる。
(A)... I do everything for you,... I cook, clean, wash,
organize our social life and make sure our family
is taken care of ... All you do is work. When was
the last time you emptied the dishwasher for
me? ... Tell me when you last took me out to
dinner for a treat? Tell me the last time you
said you loved me....
夫婦のヤリトリがこのように展開すると、仕事を巡る夫と妻の見解の相違が決定的になる。仕事
の評価とは関係のない愛情のあるなしの問題に進んで行く。こうなれば両者は泥沼にますます落ち
込んで行く。では、そこまで行かないようにするにはどうしたらいいかという解決法が浮上してく
る。
夫婦(男女)の間にはさまざまな意見の食い違いが生起するが、これを未然に防ぐ方法の一つに、
相手側の真意を捕獲し、それに沿った反応を示すという対策がある。
(5)真意の捕獲 (something else behind)
発話には、大きく、額面(文字)通りの意味と、真意(裏面)の意味が横行すると言われる。例
えば、I love you. という発話には、この通りの含みと本心はそうでないという含みがあるとされ
る。男性は、概して、額面通りの意味を大切にするが、女性は、複雑な性向から、しばしば文字と
は裏腹の含みを表に出しがちである。本心は「好き」なのに「嫌いよ」と表現化しがちである。女
性の Yes は No で、No は Yes であるともよく言われる。
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この認識を援用すると、先程の(4)の夫に対する抗議が見直されよう。一部再現するが、次の
(A)に対して別の解釈を当てるのである。
(A)You forget about me.
All you do is work.
Tell me when you last took me out to dinner.
夫はこの妻からの抗議に対して、次の(B)の反応を示すが、これが額面通りの解釈をした結果
である。
(B)Yes, I do work hard so we can have the nice
things.
I work my butt off every week for you
and you never appreciate!
You just nag...
夫のこの議論は一面では正当であるが、他の面では、つまり妻の裏面を覗いていないという点で
不当であるとも言える。女向きの発言に対して男向きの発言を当てたからである。もし夫に柔軟な
発想があり、女向きの訴えに対して女向きの反応を示したなら、右と左に割れる口喧嘩に展開しな
かったであろう。妻の真意を汲み取って、それに即応した返事をしたなら、丸く納まったであろう。
この観点から夫は上の(B)ではなく、次の(C)の反応を示すべきであった。
(C)Come here, let me give you a hug.
この反応の背景には、妻の抗議の裏に潜んでいる欲求不満、即ち真意を探し当てたという柔軟性
が読み取れよう。妻は夫からこの真意あるいは思いやりを示してほしかったのである。
なお、夫が額面通りの意味ではなく、真意を汲み取るべきだという主張については J. Gray
(1992)に詳しく論じられているので、参照されたし。
(6)社交上の対話 (rapport talk)
対話は大きく2通りに分けられる。一つは事実の報告(report talk)で、もう一つは社交を温
めるための発話(rapport talk)である。男性は前者型の、女性は後者型の対話を好む傾向にある
と言われる。発話に際して、男性は無駄口が少なくて、要点を押さえた伝達の仕方をするのに対し
て、女性は饒舌で、要領を得ない、漫然とした話し方をすると言われるのは、この傾向上の反映で
あろう。
対話が社交のためになされるとなると、その成果の一つとして見知らぬ人達とのなにげない対話
が活発になる。女性が初対面の人達ともすぐに友達のように睦まじくなれるのは、言葉遣いが、そ
のことを容易にしているからである。女性が、例えばトイレのなかで身辺の人達と気安く対話がも
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福岡大学研究部論集 A 3(4)2004
て、仲良くなれるのは、つまり入るときは互いに strangers 同士でも、出てくるときは、時とし
て、best friends になれるのは、社交上の対話能力に長けているからである。一方、男性は事実の
伝達一辺倒なので、未知の人との対話が生起し難くなる。トイレの中は女性にとって結構な社交団
欒の場になりうるが、男性にとって、そう成りがたいのである(前掲書)。この傾向上の差から、
次の呼びかけは女性向きのものであって、男性向きのものではない。
I’m going to the toilet, You wanna come with me?
対話が一方は事実指向で、もう一方が社交指向であるのは、言い方を変えると、客観的で冷静沈
着な伝達の仕方に対する、主観的で感情的な伝え方とも言えよう。女性が、一般に、感情に走りや
すいのは、こういった性行によると考えられる。この違いを例によって示してみよう。
次の対話は、夫が帰宅し、疲れている様子なので妻が気遣って問いかける場面である。
(A)Is there something wrong?
(B)No.
(A)I know something is bothering you, what is it?
(B)It’s nothing.
ここで焦点を当てたいのは、夫の「何でもないよ」という返事を巡ってである。これを他に言い
換えるとき、即ち解説するとき、男向きのものと、女向きのものが、report talk と rapport talk
が、出現する。次の伝達はどちらの、つまり沈着な解説であるか、それとも感情的な解説であるか
を、MかFで答えられたし。なお、解説の文例は J. Gray(1992)による。
(
)Nothing is bothering me that I cannot
handle alone.
Please don’t ask any more
questions about it.
(
)I am not willing to share with you my
upset feelings. I do not trust you to be
there for me.
夫の対応は終始冷静であるが、妻の方は感情に走っていると言えよう。妻にこのように受け取ら
れたら、夫にとって、心外であろう。誤解されたも同然になるであろう。行き違いが起きるという
ことは、その分だけ、発話に男向きのものと、女向きのものが存在することの証しになるであろう。
女性が感情的な話し方に傾きやすいことを示すコメントを言い添えておこう。
( 12 )
行 為 と 言 葉 に 見 る 性 差(中村平治) ― 13 ―
To fully express their feelings, women assume poetic
license to use various supperatives, metapors, etc.
(7)直 接 性 (directness)
男性の話し方は、相手が同僚とか目下であると、概して、ぞんざいで、単刀直入になりやすい。
伝え方が直接的な命令口調に成りやすい。一方、女性の話し方は丁重で、婉曲な依存口調に傾きや
すい。この分かれ方も男女の特徴的な伝え方として認定してよいであろう。男性の話し方として、
short, direct, to the point, quick and efficient, abrupt, rude, といった形容詞が当てられる。
例を挙げるが、次の呼びかけは、「朝食にオムレツを用意するように」といった依頼であるが、上
から順に直接性が落ちる。上3つが男性の、下3つが女性の伝え方になりがちであると、Allan &
Barbara はコメントしている。
Go and make an omelette for breakfast!
Make me an omelette for breakfast, will you?
Would you make me an omelette for breakfast, please?
Do you think we should have an oumelette for
breakfast?
Wouldn’t it be great to have an omelette for
breakfast?
Do you feel like an omelette for breakfast?
上の直接的な要請がいかにぞんざいであるかは、もし夫から妻への伝達であるとすると、次の返
答が期待される可能性があることから肯定されよう。
You ignorant pig!
Make it yourself!
ただし、この返答は英米の妻に当てはまるのであって、日本の妻には特に当てはまらないようで
ある。日本の妻は従順である。
ここで問題にしたいのであるが、男性の直接性志向の話し方と女性の婉曲性志向の話し方が向か
い合うとどうなるであろうか。その一つとして、衝突が起きる。女性の発する遠回しの間接表現が
男性にうまく通じないという事態が起こる。間接表現は本来の含みが相手に通じて初めて有効にな
るのであるが、これが空発に終わることもありうる。そうなると、対話運営上の問題となる。例を
挙げよう。
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福岡大学研究部論集 A 3(4)2004
前掲書からであるが、るんるん気分の男女がドライブを楽しんでいた。女は喉の渇きを覚える。
車をどこかレストランに止めてコーヒーでも飲ませて欲しいと、彼に訴えたい。このとき男向きの
要請である I’d like to have a cup of coffee. と呼びかければ、ヤリトリの問題が起きなかった
のであるが、女は気を回し女向きの婉曲表現である John, would you like a cup of coffee? と
声をかけたのであるから、ことがややこしくなり始めた。女はこの問いかけで、止まれの依頼であ
ることを悟らせようとしたのであるが、意が尽くせなかった。男は文字通りに解釈し、車を走らせ
ながら、No thanks, I’m fine. と受け答えたからである。女は真意を汲み取ってもらえなかった
彼に感受性(sensitive)がかけているとがっかりし、その後、二人の間に火花が飛び散ったという。
直接と間接の話し方は、この例が示すように、性差衝突の火種になりうる。男は direct であれ、
Get to the point! であれと主張するが、女は、そのものずばりの言い方をすると、aggression,
confrontation, discord になるから、謙虚な婉曲表現に頼る方が賢明だと主張するのである。
Indirect talk builds rapport among women,
but it often doesn’t work with men because
they don’t understand the rules.
(8)話
題 (topics)
男性と女性は好みとか関心の寄せ方が異なっているので、成りゆき上、話題の取り上げ方も違っ
てくる。もっとも、話題という概念は広すぎて抽象的なので、断定的に男向きのもの、女向きのも
のと分けられない面も多くある。そこでここでは例外があまた控えているということを承知の上で、
あえて分けてみたい。
男と女は同じ事態を話題に乗せるにしても、光の当て方が違う。女の子達はかかわる人間関係に、
例えば誰が誰を好きになったのかとか誰が誰に腹を立てたのかといった個人的な事柄に関心を寄せ
たがる。一方、男の子達はむしろ誰が何をしたのかと誰がどういった才能を持ち合わせているのか
といった事象的な事柄に興味を示しがちである。女は人間を、男は事象を話題に乗せる傾向にある
と言えよう。
更に分けると、女性の話題は、友人・結婚・子供・恋人・同僚のことに、一方男性のそれは、ス
ポーツ・行事・活動・機能・仕事などのことに向かいがちである。統計によると、friends を話題
にした女性53%に対して、男性30%、sports を取り上げた男性16%に対して、女性2%であった
という。
話題を巡る男女の違いは、形容詞の選択の違いにも認められるという。男性向きのものは事象に
関係するもので、女性向きのものは人間に関するものである(Allan & Barbara).
男性が用いがちな形容詞:
bold, competitive, capable, dominant, assertive,
( 14 )
行 為 と 言 葉 に 見 る 性 差(中村平治) ― 15 ―
admired, practical,...
女性が用いがちな形容詞:
warm, loving, generous, sympathetic, attractive,
friendly, giving,....
男性が話題にするのは、事象の仕事とか業績に対する評価であって、女性が目玉にするのは、人
間関係の友好的な維持である。男がいかにして問題を解決するかを話し合いの中心に据えるのに対
して、女はいかにして家族を次の世帯に続かせるかである。
その他、話題にされがちな例として、次のものが加えられる。(
)の中にMかFを納められた
し。
(
)romance, movie, self-doubt, social life, trouble,
love, families, affilation with others,....
(
)business, politics, taxes, books, activities,
legal matters, goals, religion,.....
女性が引き合いに出す話題について、一つだけ注意しておきたいことがある。女性は人間関係が
うまくいかないと、ストレスに陥り、えんえんと不平不満を口頭に乗せるが、そしてそれは一つの
話題になるが、その話題は必ずしも解答(solution)を求めていないという現実である。女が問題
点を指摘すると、男はそれを解決しようと懸命になるが、そのことは女にとって有難迷惑になると
いうことである。であるから、女が引き合いに出す話題の特徴の一つとして、「ただ傾聴するだけ」
という特意態勢を承知しておかねばならない。
逆に、男性はストレスに陥ると、急に黙りこくってしまう。口を閉ざしてしまうのも一つの話題
のゼロ形の挙げ方である。男のサイレンスに対して女は、自分の流儀から、口頭に乗せるとすっき
りするという認識から Come on, you’ve got to talk about it!
You’ll feel better! と迫りがち
になる。しかし、この迫り方は不発に終わりやすい。男が黙りがちになったら、女は余計な口をは
さまない方がいい。男は自分で解決しないと気がすまない動物だからである。
以上、行為と言葉を巡る性差を指摘した。他にも加えれようが、またの機会に譲ろう。次の終章
でもう一つの課題である論点の日英語の比較をしてみよう。どういった言動が英語国民に日常的に
当てはまるが、日本人には当てはまらないのかを摘出しよう。
( 15 )
― 16 ―
福岡大学研究部論集 A 3(4)2004
3.日 英 語 の 比 較
比較するのに好都合な資料が私の手元にある。Allan & Barbara(2002)である。当書の中に、
平均的な家庭の夫が日常的に家で行なう活動(activity)のリスト・アップがある。この列挙は夫
が自身に、また妻が夫に与える評点の合計を明らかにするために用意されたのであるが、ここでは、
日英語の比較の対象として利用しよう。
活動名を見渡すと、日本の夫もほぼ同じようなことをすると思われるもの、いやこういったこと
はしないだろうなと見られるもの、そうだなあ、案外するんじゃないかなと楽観視されるものがあ
る。次の(1)で共通すると見られる行為名を、私の見方で並べ、かかわる言葉化を指摘しよう。
(2)で相違点に触れよう。
(1)共 通 点
両氏の列挙の一番手は「週に5日働く」となっているが、これは、当然のことながら、日本の夫
もほぼ同じである。日本でも、多くの会社が土曜休日になっているからである。この現実から、
「金曜日の夕方は仕事納め、深夜遅くまでのみあかすぞ」という言葉化ができあがる。
二番目に「妻を母親の所に車で送ってあげる」とあるが、これも同じであろう。日本人は実の母
も嫁の母も同じように敬愛する傾向にあるからである。姑への敬愛は英語国民にむしろ不足してい
るのではないだろうか。日本語には「姑」という独立した用語があるが、英語には対応の用語がな
い。mother-in-law と説明せざるをえないからである。
マイ・カーに関する行為、即ち車を洗ったり、手入れをしたり、ワックスをかけたりするのも、
日英共に夫の仕事であろう。この慣習から、I topped up oil in car., I washed the car. など
は男向きの発話だと言える。
家の中の修理とか工事関係の仕事も、実際的に、女が取り扱える性質のものでないから、夫の管
轄になる。「ドアのとり手を調整する」
「芝生を刈る」「ガレージのペンキ塗りをする」
「自転車を直
す」「TV を移動させる」のも夫の仕事である。
これらに関連して「子供のプラモデルの組み立てを手伝ったり」「友人のためにバーベーキュウ
をしたり」「子供をフット・ボールの試合に連れていったり」
「樹木を庭に植えたり」するのも日英
共に夫の仕事である。
共通するといっても、しかし、家事に関しては、英語社会の男性は、日本人に比べ、気安くちま
ちま動き廻るように見える。車で家族のものをレストランとか郊外に、日本人より頻繁に連れ出し
ているように見受けられる。このサービス精神から、次の発話が夫の口から気安く出てくる。
Shall I take you to Pizza Hut?
I promise to take you kids to the football.
I drop you at front door because it is raining.
( 16 )
行 為 と 言 葉 に 見 る 性 差(中村平治) ― 17 ―
Shall I open the door for you?
I will take dirty clothes to laundry.
家事は、日本人にとって、上に挙げたもので十分でこれ以上に無いように見受けられるが、まだ
ある・ある。予想外にあるだけに、日英語の相違点が噴出する。違いの認識は何かと考えさせるの
で注目したい。
(2)相 違 点
日本人の夫から見て、先ず注目される英米人の行為は、夫が妻のために何を「してくれる」か、
また「言ってくれる」かであろう。これが日常的に妻に期待されているため、夫はこれに添うため
さまざま行為をしなければならない。しかも、それらのほとんどが日本人に期待されていないもの
である。
リスト・アップによると、「きれいだと言う」「寒いとき自分の上着を脱いで、着せる」「料理を
褒める」「テレビより私の話を優先させる」「帰宅時間が遅れると電話する」「電話で I love you.
と言う」「公の場で手を振ってくれる」などの項目が並んでいる。これらの行為の中で、日本人の
夫は、「かえるコール」をするのが精一杯で、あとは全て省くのではないだろうか。
英米の妻は夫に次のような呼びかけをするのであるから、日本人にとって更に驚きである。かか
る呼びかけがなされるということは、背景に、然るべき行為の遂行が期待されているということで
もある。
You didn’t shave before sex, did you?
Will you kiss me without groping?
You don’t make me feel more important than the kids.
You leched after other women.
Don’t insist on sex when I don’t feel like it.
Don’t say‘No’to make love.
上記以外に、英米人の夫に遂行が期待される行為の例に次の項目が加えられる。いずれも日本人
には予想外のものであろう。かかわる言葉化として引用しよう。
I already bought her fiowers, chocolate and wine.
I don’t like peeling vegetables, but I did.
Give me head and foot massage.
You didn’t give me any romantic card.
Tell me you miss me.
( 17 )
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福岡大学研究部論集 A 3(4)2004
結
び
以上で、行為と言葉を巡る男性と女性の違いの指摘を結ぶ。男と女は身体も思考も違いがあるか
ら、当然、この反映である言葉遣いも異なるという認識から出発した。両者は、もちろん、共通す
る場合もあるが、本論では共通しない場合に焦点を当てることにした。後者の場合、論点が男か女
かに専属的に別れるものと、柔軟な分かれ方をするものとし、とりわけ、後の方について、男向き
のもの、女向きのものという形容のもとで、該当例を指摘した。
内訳として、「空間識別能力」「同時多発」「進取性」「仕事中毒」真意の捕獲」「社交上の対話」
「直接性」「話題」の枠組みを設け、男女の言動の違いを明らかにした。終章では英米人の男性の
日常的な活動ないしは言語現象を具体的にリスト・アップし、日本人の場合との違いを更に指摘し
た。積み残しの例が数多く出番を待っているが、別の機会に譲りたい。
参
考
文
献
Fein & Schneider(1995): The Rules, Warrner Books.
Allan & Barbara(2001): Why Men don’t Listen and Women can’t Read Maps. Orion Books.
Allan & Barbara(2002): Why Men Lie and Women Cry, Orion.
R. Lakoff(1977): You Say what You are: Acceptability and Gender-relatel Language.
J. Gray(1992): Men are from Mars, Women are from Venus, Harper Collins.
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