2 章 流出特性

2
章
2.1
流出特性
はじめに
2003 年 8 月台風 10 号による豪雨は、沙流川、厚別川に観測史上最大の出水を発生させ、多大な災害
をもたらした.本章では、沙流川と厚別川の流域概要と台風 10 号による主要地点実測ハイドログラフ
について概説しその特徴を述べる.また、洪水ピーク時、各地点の水位計が機能しなくなったことや氾
濫したこともあり観測値として正確な水位は得られていないので、流出解析によって洪水ピーク値を推
定する.流出解析手法としては集中型流出モデルと分布型流出モデルを用いているが、未経験の規模の
出水のため流量変換が水位流量曲線の外挿によることなど精度上懸念されることも多々ある.各節の執
筆分担者は以下のとおりである.
2.2、2.3
2.4
2.5
2.6
2.2
苫小牧工業高等専門学校
八田茂実、北海学園大学
北海道大学
田中岳
北海道大学
サニット、清水康行
北海学園大学
嵯峨浩、北海道大学
嵯峨浩
藤田睦博
流域の地形特性と主要地点実測ハイドログラフ
(1)沙流川流域・厚別川流域の概要
沙流川は,ウェンザル川,パンケ
ヌシ川,千呂露川などの支川が合流
し,さらに平取町で額平川と合流し
て門別町富川で太平洋に注ぐ一級河
川である。河川長 104km、流域面積
1,350km2 で、北海道では中規模河川
であり,源頭部には日高山脈の最高
峰、標高
2052mの幌尻岳が控える.
一方、厚別川は源頭部を沙流川の支
川である額平川に接し、流域面積
266.4km2 の二級河川である.図 -1
は沙流川と厚別川の河川形状と流域
界および流量観測点を示している.
沙流川流域ではいくつかの水位観測
点が設置されており,図中にはその
うちの幌毛志橋地点(流域面積
765km2) , 平 取 地 点 ( 流 域 面 積
図-1 沙流川・厚別川の概要
1253km2) , 富 川 地 点 ( 流 域 面 積
1323km2) , 貫 気 別 地 点 ( 流 域 面 積
365km2)および二風谷ダム地点を黒丸の記号で示している.これらのうち,貫気別地点は沙流川水系の
支川である額平川に設けられた水位観測点で,それ以外は沙流川の本川に設置されている.各水位観測
点では水位流量曲線から流量に変換しており、流域付近では気象庁,北海道開発局,北海道,北海道電
力が雨量観測を行なっている.
(2)台風 10 号による各地点の雨量と流出量
図-2 および図-3 に平成 15 年 8 月に来襲した台風 10 号による沙流川,厚別川の各観測点における実
測ハイドログラフと流域平均雨量を示す.沙流川平取地点のハイドログラフは水圧式水位計から換算し
た流量を表示しているが,ピーク流量付近でフロート式水位計の記録に比べて水位が小さく記録されて
おり,後に水位記録が修正されている.平取地点のハイドログラフピークが小さいのは、この理由によ
る.
また,二風谷ダム地点で貯水量と放流量から求められる流入量と,二風谷ダム直上にある沙流川幌毛
志橋地点,貫気別地点の流量の和を比較すると図-4 のようになり両者はほぼ一致している.したがって,
幌毛志橋地点,貫気別地点とも既往の水位流量曲線から大きく外挿して得られた流量ではあるが,少な
くとも両地点で得られた流量は、それぞれ妥当なものと考えられる.
厚別川豊田地点では 8 月 10 日午前 1 時から 3 時にかけて計画堤防高 18.12m を越えているため,水
位計の記録はあるが,流量は欠測扱いとなっている.水位計の記録によれば,8 月
10 日午前 2 時に最
大水位 19.02m を記録しており,欠測期間中にピーク流量が出現したと考えられる.
図-2 台風 10 号による沙流川各地点のハイエト・ハイドログラフ
図-3 台風 10 号による厚別川豊田地点のハイエト・ハイ 図-4
ドログラフ
2.3
二風谷ダム流入量と直上の幌毛志橋地点,貫気
別地点流量の和の比較
集中型流出モデルによる厚別川のピーク量
の推定
先に示したように,厚別川ではピーク流量付近
で流量が欠測扱いとなっているため,これらの量
を推定する必要がある.ここでは,厚別川の洪水
資料と厚別川に隣接する額平川 (沙流川貫気別地
点)の流量資料を参考に,厚別川の台風 10 号によ
るピーク流量の推定を行なう.比較の対象として
額平川を選定した理由は,過去の水文資料が充実
していること,厚別川と流域面積・流域地形的に
も類似性が多いこと,台風
10 号による降雨分布
がほぼ同じでハイエト・ハイドログラフが大きく
変わらないためである.厚別川および額平川流域
の概要と雨量観測点の位置を図-5 に,流域の諸元
を表-1 に示す.
なお,過去の資料の流域平均雨量はティーセン
法で,台風
10 号による流域平均雨量は等雨量線
法により求めている.
(1)過去の出水例と流出モデルのパラメータ変
図-5 額平川と厚別川の概要と雨量計の配置
動特性
図 -6 は厚別川と額平川における同じ降雨イベ
ントのハイドログラフを比較したものである.降
雨形状が似ている場合には,厚別川の流量は額平
川に比べて大きくなる傾向が見られるが,ハイド
表-1 額平川と厚別川の諸元
流域 名
流 域 面積
[k m
2
]
額 平川
厚別川
36 3 .7
2 66 . 4
ログラフの形状はよく似た形となる.また,表-2
本川長
[k m ]
5 6. 0
34 . 7
河 道 総 延 長*
[k m ]
28 2 .1
1 82 . 5
は各出水時の直接流出率を求めた結果を示してい
河 川 密度
[k m /k m
0. 7 76
0 . 68 5
る.
最 大 標高
[m ]
20 5 2
1 27 8
最 低 標高
[m ]
71
17
2
]
*各 流 域 の河 道 は 5 万 分 の 1 の 地 形 図 で河 道 と 判 定
され て い る もの を 利 用
表中で,今回の台風
10
表-2 各流量資料の流出率
号による出水である
No.030808 の厚別川の場合,欠測扱いとなっている 3
時間分の流出量を 1820m3/sec で一定として計算して
いる.実際には、先述のようにこの欠測扱いとなって
いる 3 時間内にピーク流量が出現している.したがっ
て,欠測時流量を小さく見積もっていることになるが、
それでも流出率はほぼ 1 となっている.
厚別川流域では,No.010910 の出水のようにピー
ク流量が大きくなると流出率が 1 を超えている.逆に、
No.980827
No.980922
No.010910
No.020710
No.030808
厚別川
額平川
厚別川
額平川
厚別川
額平川
厚別川
額平川
厚別川
額平川
Qp
ΣRe
ΣQs
f
225
103.0
51.0
0.495
285
125.6
54.9
0.437
340
69.1
38.9
0.562
314
57.2
25.5
0.446
1027
217.4
244.0
1.122
793
210.9
121.0
0.574
222
60.5
31.9
0.527
136
47.5
8.9
0.186
--
259.0
255.0
0.985
--
367.3
205.8
0.560
No.020710 のように小さな出水規模では流出率が極端に小さくなる.このため,厚別川で
は,1000 m3/sec を越えるような洪水では,流量を過大評価している可能性が高いと懸念される.
額平川では
No.980827
No.010910
図-6 額平川と厚別川の過去の洪水資料の比較
No.980922
No.020710
次に,流出解析によって過去の洪水のピーク流量を推定する.採用したモデルは二段タンク型貯留関数
法モデルである.各タンクの支配方程式と未知定数の関係式は次式で与えられる。
上段タンク
⎧ dS1
⎪ dt = r − q1 − p s
⎪
d p
⎪
p
⎨ S1 = k1 q1 + k 2 (q
dt
⎪
⎪ p s = α 1 q1
⎪
⎩
1
⎧k = c A
⎨
⎩ p = 0.6
0.24
2
)
1
1
1
,
,
k = c k (r )−
p = 0.4648
2
2
2
0.2648
1
, 1 + α1
=c
3
2
下段タンク
⎧ dS2
⎪ dt = ps − q2 − z2
⎪
dq2
⎪
⎨ S2 = k4 q2 + k5
dt
⎪
⎪ z2 = α 2 q2
q = q1 + ⎪
⎩q2
ここに、S ・S :貯留高(mm)、r:観測雨量(mm/hr)、r :平均雨量(mm/hr)、A:流域面積(km )、
1
2
2
q ・q :側方流出高(mm/hr)、ps・z :浸透量(mm/hr)、 k ・k ・k ・k :貯留係数、α ・α :損失係
1
2
2
1
2
4
5
1
2
数、p ・p :貯留指数である.
1
2
なお、同定すべきパラメータは上段タンクの C 、
1
C 、C
2
3
表-3 同定された未知パラメータ
であり、下段タンクのパラメータは減水
部情報から確定値として扱われる.
過去の資料を用いて実測流量を再現するよう
にモデルパラメータを定めた.表-3 はその結果
を示している.ただし,厚別川と同じイベント
No.980827
No.980922
No.010910
のデータのみでは洪水規模の小さなものが多い
ので,ここでは,額平川の過去の資料として観
2 番目, 3 番目に当たる規模の資料
(No.920809,No.730821)も加えて解析を行った.
また、表-2 に示したように No.020710 の出水は,
測史上
No.020710
No.92089
No.730821
厚別川
額平川
厚別川
額平川
厚別川
額平川
厚別川
額平川
厚別川
額平川
厚別川
額平川
C1
C2
C3
8.948
0.0878
1.322
10.079
0.0963
1.760
9.603
0.0782
1.589
11.369
0.0803
1.478
6.092
0.1409
0.803
8.799
0.0933
1.234
10.986
0.1175
2.335
10.639
0.0838
2.942
--
--
--
8.332
0.1014
1.050
--
--
--
5.772
0.3708
1.517
額平川で流出率が他の出水に比して小さく、厚
別川でもよい再現結果が得られていないので,
これを除いて検討した.額平川の結果より,ピーク流量の大きな出水ほど
あるが、C
2
,C
3
C
1
の値は小さくなる傾向に
の値は洪水による差があまり見られない.ピーク流量を再現することを考えると,C の
1
値の影響を考慮する必要がある.No.980827 と No.980922 の厚別川と額平川の C の比はそれぞれ 0.89、
1
0.84 であり、厚別川の C
1
は額平川の 0.87 倍程度になっている.
(2)集中型流出モデルによる台風 10 号による流量の再現
額平川のハイドログラフを再現できるかを検証した.図-7 のAは、過去の洪水の
No.920809 で同定
したパラメータを用いて、台風 10 号による流出量を計算したものである.青色の線が計算値を、「+」
が実測値を示している.図-7 のBは、実測流量にピーク流量が一致するように未知パラメータを定めた
場合である.
A
B
図-7 額平川の台風 10 号による流量の再現結果
図-7 のAのように過去の出水のパラメータ(No.920809 のパラメータ)と同じものとすると、ピーク流
2000m3/sec である.実際には No.920809 の C1 より小さくなることが予想されることから,今
回の出水はこれより大きく 2000m3/sec を超える出水であったと考えられる.このため,実測値として
公表されている 2400m3/ sec は信頼できる値とみなすことができる.
次に,厚別川の流量の再現を試みる.図-8 のAは No.0109109 の厚別川で同定したパラメータを用い
て計算した場合の結果である.過去の厚別川における No.010910 の出水は、表-2 に示されるように流
出率が 1 を超えており、計算値は最大限の流出量と考えることができる.一方,厚別川の C1 は額平川
の 0.87 倍程度になっていることから、額平川の流量観測値が正しいものとして,図-7 のBで定めたパ
ラメータで C1 のみを 0.87 倍して計算した結果が図-8 のBである.
以上のことから、厚別川・豊田地点では台風 10 号によるピーク流量が約 2000∼2200m3/ sec と推定
される.この値は北海道が独自に貯留関数法,洪水痕跡線からそれぞれ推定したピーク流量 ( 河口地
点)2300m3/ sec に対して妥当な結果となる.
量は約
A
B
図-8厚別の台風 10 号による流量の再現結果
2.4
分布型流出モデルによる厚別川のピーク流量の推定
(1) 降雨流出モデル
降雨流出モデルは,一般に,タンクモデルや貯留型流出モデルに代表される,降雨流出現象の空間分
布特性を集約化させた集中型定数系モデル(常微分方程式)と,その分布特性を考慮した分布型定数系
モデル(偏微分方程式)とに大別される.後者の分布型定数系モデルは,昨今のレーダ雨量計の完備,
地理情報システム(GIS)の充実,さらには,大容量かつ高速演算を可能とする汎用計算機の普及に伴
い,流域場を斜面と河道とに分離して流出解析と河道追跡とを組み合わせた数理モデルから,地下水か
ら土壌水の流れにまで拡張された
Darcy
則に基づく多次元飽和不飽和浸透流モデルを基本とする物理
モデルなど様々なモデルが開発され,実用化への検討がなされている.
本報告では,国土数値情報に基づく,250m メッシュ標高値および河道位置情報から擬河道を定義し,
流域を擬河道と斜面とに分離し,その各要素に対して Kinematic Wave モデルを採用する.その際,斜
面における流れは,各標高値の周囲八方向から最急勾配方向により流れを規定することで,(斜面方向
のみの)一次元的な流れにより与えることとする.250m メッシュ標高値および河道位置情報を用いた
厚別川流域の数理モデルは,既に道口により作成され Web 上、
(http://dprpcf.hyd.eng.hokudai.ac.jp/~tmic/nldi/250mesh/appetsu/appetsu.html)にて公開されている.
斜面および擬河道,各要素は,次の Kinematic Wave モデルにより表されるとする.
<斜面要素>
∂h ∂q
+
=r
∂t ∂x
(1)
i
ms =
q = α s hm ,
s
1
ps
h : 水深; q : 単位幅流量; α s , m :
s
(2)
定数
<擬河道要素>
∂A ∂Q
+
=q
∂t ∂y
Q = α c Am
c
A:
通水面積;
(3)
i
,
Q : 流量;
mc =
1
pc
(4)
α c , mc : 定数
なお, r は,勾配 i (= sin θ ) を考慮した降雨強度であり,実際に観測される降雨強度 r と以下のような
i
関係にある.ただし,
f は流出率を表わす.
re
ri
= fr
= re cos θ
また, qi は,右岸斜面,左岸斜面各方向からの単位幅横流入量 qr , ql を用いて以下のように表わす.
qi = q r + ql
(2)流出解析と考察
Manning 則に従うものとし,勾配 i のみを 250m メッシュ標高
値より算出し,流域場の空間分布特性として取り込むこととした.斜面流の等価粗度係数を ns =
(山
とし,定数 α s , α c を次式により与える.
地),河道流の粗度係数を nc =
本報告では,斜面流,河道流ともに
0.8
0.08
αs =
i
αc =
ns
i
2nc
降雨の空間分布については,豊田,新栄,旭,新和,上貫気別,五つの観測所の降雨資料からティー
セン法により推定し,各斜面要素における流出計算に用いる.なお,豊田地点での観測流出量を直接流
出量と基底流出量に分離した結果から,流出率は 0.8864 となり高い値を示した.
各降雨観測所の有効降雨量と豊田地点にて観測された直接流出量および流出解析結果を図-9 に示す.
最大の直接流出量は 2,567m3/sec となった.この結果は,河道流の粗度係数 nc を 0.03 から 1 の間で変
化させても 2,538 から 2,624m3/sec となり大きな差異は確認されなかった.その間の基底流出量(36.91
から 37.96m3/sec)を考慮すると,豊田地点には,おおよそ 2,575 から 2,662m3/sec の流れがピーク時に
生じていたと推察される.図-10 は,図-11 に示されている厚別川単位流域番号 no.0,no.1,no.3,no.11,
no.12 および no.14 における流域末端での直接流出量の計算例である.なお,no.0 は,厚別川河口での
直接流出量の推定結果を意味する.
rh
/
m
m
60
kaminukibetsu
40
20
rh
/
m
m
0
60
shinwa
40
20
rh
/
m
m
0
60
asahi
40
20
rh
/
m
m
0
60
shinei
40
20
rh
/
m
m
0
60
toyoda
40
20
0
s
m
3/
2003.08.08.23-2003.08.11.00(49hr)
toyoda
2500
観測値(一部補正値)
2000
計算値
1500
1000
500
0
0
12
図-9
24
36
豊田地点の直接流出量推定結果
48
hr
(3)おわりに
250m メッシュ標高値および河道位置情報から擬河道を定義し,擬河道と斜面とに分離された各要素
に対して Kinematic Wave モデルを採用することで,厚別川流域の流出解析を試みた.河道の流れにつ
いては,擬河道であることもあり,実際の河道断面を用いたものではない.然しながら,洪水開始から
終了までの間,直接流出量の計算値は,概ね良好な結果となった.流出解析結果より,豊田地点におい
ては,2,600m3/sec 前後の流れ(2,575 から 2,662m3/sec)がピーク時に生じていたと考えられる.
図-10
単位流域からの直接流出量(流域番号,図-11 参照)
厚別川単位流域配置図
13
14
20
21
16
18
15
12
17
19
10
11
9
8
3
6
1
5
7
0
2
: 豊田観測点
(新冠郡新冠町字共栄)
E142.17.2, N42.26.46
※数字は流域番号
図-11 厚別川単位流域配置図(道口による配置図を一部加筆修正)
2.5
分布型流出モデルによる沙流川および厚別川の流出流量の算定
(1)解析モデルの概要と基礎式
台風 10 号による北海道道南地方の胆振・日高水系の沙流川と厚別川の洪水ハイドログラフの算定におい
て、降雨による斜面の水流を kinematic
wave 法,河道の洪水流は dynamic wave 法で追跡を行った.
なお,河道の流れの計算は,計算範囲が平地から山地までの幅広い領域で,流れの状態も常流・射流が
混在する流れとなるため,このような条件でも再現性の良い高精度スキームを用いて計算の精度向上を
図った.流出現象の過程は直接流出と地下水流出から構成され,さらに直接流出は地表流と中間流に分
けられる.地表流については日野ら
8)
の
kinematic wave
の研究,市川ら
9)
の表面流・中間流統合型
kinematic wave の研究などがある.本研究で用いられる基礎式は,Wongsa and Shimizu
によって提
10)
案された1次元斜面・河道網の河床変動モデルを用いる.中間流を考慮した斜面上での流れに対する連
続式,運動方程式はそれぞれ(5)式,(6)式を用いる.
∂hs ∂q s
+
= re
∂t
∂X
(5)
⎧kS 0 hs γ
qs = ⎪⎨
< hs < γD
,0
⎪
⎩α (hs − γD ) + kS 0 hs γ
m
h
≥ γD
(6)
ここで,h は水深,q は単位幅流量,re は有効降雨強度,k は浸透率,γは空隙率,D は中間層厚さ,α=S0 /n,
S0 は河床勾配,n は粗度係数,m=5/3,t は時間,X は斜面流れの流下方向座標,下付き添え字 s は斜面
,
s
0.5
である.
河道内の流れに対する連続式および運動方程式はそれぞれ(7)式,(8)式を用いる.
∂Ac ∂Qc
= qL
+
∂x
∂t
(
(7)
)
∂Qc ∂ Qc2 Ac
⎛ ∂H
⎞
+
+ gAc ⎜
+ Sf ⎟=
∂t
∂x
⎝ ∂x
⎠
q L Qc
gAc2
(8)
ここで,A は河道の流水断面積,Q は流量,qL は単位流路長当たりの横流入・出量,H は水位(H=ηc+hc),
ηは河床高,h は水深,Sf は摩擦勾配,g は重力加速度,x は流下方向座標,下付き添え字 c は河道であ
る.本研究では,摩擦勾配は Manning-Strickler 則を適用する.
河道から氾濫原に流入・出する氾濫流量は横越流を仮定し,本間の公式による横越流式を用いる.
⎧Ch 1 ⋅ B ⋅
Q0 = ⎪⎨
Ch 1 ⋅ B ⋅
⎪
⎩
f
f
2
2
gh
f
,
1
g (h 1 − h
f
f
2
)
,
C = 0.36, h
C = 0.91, h
f
f
2
2
/
/
h 1 < 2/3
f
h 1 > 2/3
f
(9)
ここで,Q0 は本間の公式による横越流量,h1 および h2 はそれぞれ堤外地および堤内地の水位,B は破堤
幅,C は越流係数,下付き添え字 f は氾濫原である.
国土交通省の氾濫シミュレーションマニュアルによれば,河道部から氾濫原に流入する氾濫流量は破堤
口における横越流量を河床勾配で補正し,次式で与えるものとしている.
Q
Q0
⎧⎡
⎡
⎛ 1 ⎞⎤
⎛ 1
⎪⎢0.14 + 0.19 log10 ⎜⎜ ⎟⎟⎥ ⋅ cos ⎢48 − 15 log10 ⎜⎜
⎢⎣
⎪⎢⎣
⎝ S c ⎠⎥⎦
⎝ Sc
⎪
⎛ 1 ⎞
⎪
= ⎨0.14 + 0.19 log10 ⎜⎜ ⎟⎟
⎝ Sc ⎠
⎪
⎪1
⎪
⎪
⎩
⎞⎤
⎟⎟⎥
⎠⎥⎦
S
,( c
> 1 / 1,580)
, (1 / 1,580 >
S
c
, (1 / 33,600 >
> 1 / 33,600)
S
c)
(10)
ここで,Q は氾濫流量,Sc は河床勾配である.
(2)計算方法と計算条件
国土地理院発行の 250m メッシュ数値標高データから対象河川流域の模擬の斜面,河道網を作成する
(図-12,表-4).計算手法について,河道部の水流は常・射流が混在する流れでも再現性の良い CIP 法を
用いる.また,斜面部は斜面流出モデルを風上差分法で計算する.モデルに入力するデータは時間降雨
だけであり,各斜面にもっとも近い観測所の降雨を与える.境界条件では,上流端は流量,下流端は水
位を与える.初期条件では,斜面部・氾濫原はゼロ水深を仮定し,計算開始 1 時間後までの流れの計算
を行うこととする.計算手順は,(1)斜面部での水面形・流量を求め,(2)河道部での水面形・流量を求め,
(3)氾濫原部での流水を計算する.この繰り返しで全流域を計算し,終了時間まで計算を継続する.
計算中にダムなどの水理構造物が存在する場合,流れが不連続となるため,ダムの特性を考慮した境
界条件の設定が必要となる.ここでは,流れの計算ではダムサイト地点においては実際の貯水位を与え,
下流に対してはダムの放流流量を与えることとした.
表-4 モデルの河道数と斜面数
①
②
流域名
河道数
斜面数
沙流川
17
34
厚別川
13
26
③
④
⑤
⑥
①
⑦
⑧
②
振内
⑨
⑤
③
⑩
新和 ⑦
貫気別 ⑫
⑭
⑮
二風谷ダム
⑨
⑬
比宇川
⑪
⑰
⑪
⑬
豊田
富川
太平洋
⑧
⑩
⑯
平取
④
⑥
太平洋
図-12 流域・河道の分割図((a)沙流川,(b)厚別川).
⑫
計算条件は,河道部での∆x=500∼1,000m,斜面部での∆X=100∼200m,n
sl
=0.85,γ=0.2,D=0.5m,
計算時間ステップ∆t=1.0s を用いる.有効降雨について,一洪水期間の流出係数は一定とし,沙流川お
よび厚別川はそれぞれ f=0.75 および 0.95 とした.
(3)計算結果
本モデルはダムを含む降雨から斜面流出,河道追跡を計算する流出モデルである.この計算法の妥当
性を検証するために,図-13 に前章の出水期間中に沙流川水系の主な観測所における洪水流量の計算値
と観測値の比較を示す.黒い丸は観測流量,実線は計算流量である.図より計算値と観測値から得られ
た洪水ハイドログラフはほぼ対応することが分かる.また,モデルの洪水ハイドログラフの再現性を検
討するための評価関数として Nash 効率を用いた(Nash and Sutcliffe11)).
ε =1−
N
∑ (Qmea i − Qsim i )
i =1
2
,
,
N
∑ (Qmea i − Qmea )
(11)
2
,
i =1
ここで,εは Nash 効率,下付き添え字 sim,mea はそれぞれ計算値,観測値である.
Nash 効率は約 0.88-0.91 程度であり,良い精度で再現できたこと
が分かる(表 -5).なお,河口付近の富川観測所(Kp3)のピーク流量は約 5,766m /sec と推定できた(図
-13(d)).なお二風谷ダムがない場合の洪水ハイドログラフの計算値を図-14 に示し,二風谷ダムと河口
地点の洪水流量はそれぞれ‐13m /sec ,434m /sec 程度増減することが推定できた.だたし,二風谷
ダム地点のピーク流量はダムがある場合より約 1 時間程度速く到達した.
上式より求めた主な観測所における
3
3
3
また,厚別川水系における洪水ハイドログラフの検討について,今回の出水時におけるピーク水位が
豊田観測所の h-Q 関係式の適用上限を超えたため,洪水流量の観測値そのものの精度に問題がある.そ
こで,本研究では隣接する沙流川水系の諸モデル係数を用い,厚別川の洪水ハイドログラフの推定を行
うこととした.図-15 は上記の沙流川水系で用いられた諸定数を用いて厚別川の過去の出水である 1998
年 8 月の出水時の計算を行い,豊田観測所の計算値と観測値の比較を示したものである.ピーク流量お
よび洪水ハイドログラフの増・減水期と共に良い精度で再現でき,厚別川水系でも沙流川水系と同じ諸
定数を用いることの妥当性が確かめられた.なおこの場合の Nash 効率は約 0.96 程度である.以上の結
果から,本モデルにより厚別川の今回の洪水ハイドログラフを推定することが可能である.図-16 は台
10 号の出水時の厚別川各地点における洪水ハイドログラフの計算結果である.ピーク洪水流量は,
新和地点で約 1,589m /sec,比宇川合流点で約 726m /sec,豊田観測所は約 2,683m /sec,河口は約
2,884m /sec と推定できた.なお,豊田観測所でのピーク流量の計算値は観測値より約 146m /sec 多い
風
3
3
値となっている.
3
3
3
8000
0
)r 25
h/
m
m
( 50
(a)
2000
0
24
48
72
時間 (hr)
96
120
0
8000
0
)r 25
/h
m
m
( 50
(c)
0
0
24
48
72
時間 (hr)
96
120
0
(
4000 m
24
48
量
流
96
120
0
8000
Q mea = 4,557m3/s
Q sim = 5,766m3/s 6000
)s
/
(d)
量流 雨
降75
100
72
時間 (hr)
0
( m
m
4000 m
( 50
2000
3
2000
Q mea = 5,959m3/s
Q sim = 6,045m3/s 6000
)s )hr 25
/ /
3
雨降
75
100
量流 雨
降75
100
Q mea = 2,423m3/s
Q sim = 2,074m3/s 6000
)s
/
(b)
( m
m
4000 m
( 50
雨降
75
100
8000
0
Q mea = 4,022m3/s
Q sim = 3,960m3/s 6000
)s )hr 25
/ /
3
3
(
4000 m
量
流
2000
0
24
48
72
時間 (hr)
96
120
0
図-13 洪水ハイドログラフの計算値と観測値との比較(沙流川流域の(a)幌毛志,(b)貫気別,(c)二風谷流
入量,(d)富川,計算時間は 2003 年 8 月 7 日 17 時より)
[注:二風谷ダム流入量の正時データを使用した(流入量の最大値は 6,353m3/s)]
8000
0
)r 25
/h
m
(m50
(a)
2000
0
24
48
72
時間 (hr)
96
120
0
量流 雨
降75
100
Q mea = 4,557m3/s
Q sim = 6,200m3/s 6000
)s
/
(b)
( m
m
4000 m
( 50
雨降
75
100
8000
0
Q mea = 5,959m3/s
Q sim = 6,034m3/s 6000
)s )hr 25
/ /
3
3
(
4000 m
2000
0
24
48
72
時間 (hr)
96
120
量
流
0
図-14 二風谷ダムがない場合の洪水ハイドログラフの計算値と観測値との比較(沙流川流域の(a)二風谷
流入量,(b)富川,計算時間は 2003 年 8 月 7 日 17 時より)
表-5 各観測所の Nash 効率.
流域名
観測所名
沙流川
幌毛志
Qmea (m3/s)
4,022
2,423
5,959
225
貫気別
二風谷ダム
厚別川
0
豊田
400
Q max = 225m /s
Q sim = 221m3/s
3
)r 25
h/
m
m
( 50
300 )
s/
3
200 (m
雨
降75
100
100
0
24
48
時間 (hr)
72
Nash 効率
0.89
0.88
0.91
0.96
Qsim (m3/s)
3,960
2,074
6,045
221
96
量流
0
図-15 洪水ハイドログラフの計算値と観測値との比較(厚別川豊田観測所;1998 年 8 月 27 日 13 時より)
0
)r 25
/h
m
m
( 50
Q max = 2,538m3/s
Q sim = 2,682m3/s
(a)
雨降
75
100
0
24
48
時間 (hr)
72
96
0
雨降
75
1000
0
24
48
時間 (hr)
72
96
0
)r 25
/h
m
m
( 50
100
1000
0
24
48
時間 (hr)
72
96
Q max = 2,884m3/s
)r 25
h/
m
m
( 50
0
3000
1000
0
量
流
2000 3 )s/
m
(
(d)
量流 雨
降75
100
3000
2000 3 )/s
m
(
(b)
0
2000 3 )s/
m
(
(c)
Q max = 1,589m3/s
量流 雨
降75
3000
Q max = 726m3/s
)r 25
h/
m
m
( 50
0
2000 3 )/s
m
(
1000
0
100
3000
24
48
時間 (hr)
72
96
量
流
0
図-16 洪水ハイドログラフの計算値と観測値との比較 (厚別川流域の(a)豊田,(b)新和,(c) 比宇川,(d)
河口,計算時間は 2003 年 8 月 7 日 17 時より(b,c,d は観測値無し))
2.5
まとめ
2003 年台風 10 号による流出特性について述べたが、ハイドログラフから出水の特徴と解析結果を列
挙すると以下のようになる.
(1)どの地点でも洪水の立ち上がりがきわめて速い.幌毛志の例では 9 日午後 3 時(200m3/sec 程度)か
ら 10 日午前1時 30 分のピーク時(約 4000m3/sec)までわずかに 10 時間ほどであり,平均の流量増
加率は 360m3/sec/h に達している.これは,降雨が3波にわたり後になるほど強く降ったこと,流域
が谷地形をなしていることによるものと考えられる.
(2)洪水の伝播時間が非常に短い.沙流川の例では,平取から富川まで 13km 区間の流量ピークの伝播時
間が1時間とみられている(平取での修正値を用いた場合).この場合、伝播速度は 3.6m/sec ほどに
なる.どの地点でも既往最大となる流量の出現があり,流速がかつてなく大きくなったことが原因で
あろう.
(3)厚別川豊田では欠測によってピーク流量をとらえていないが,図-3 のハイドログラフによる欠測時流
量を小さく見積もっても流出率はほぼ 1 となっている.既往洪水資料によると,厚別川豊田地点の流
出率はピーク流量が大きな場合には1を上回ることが多い.精度上の問題は別として,このことと図
-3 のハイドログラフが3波の降雨に敏感に対応していることを勘案すると,厚別川の出水は浸透性の
悪い地盤上の流出のようにみられる.防災上の視点として重要であろう.
(4)額平川と厚別川は流域が隣り合い、台風 10 号による降雨分布も同じと考えられる事から額平川の出
水データから厚別川豊田地点のピーク流量を推定した結果、集中型流出モデルで 2000∼2200 m3/sec
という値を得た。
(5)擬河道と斜面とに分離された各要素に対して Kinematic Wave モデルを採用することで,厚別川流域
各地点の流出解析を行った.流出解析の結果より,豊田地点においては,2,600m3/sec 前後の流量が
ピーク時に生じていたと考えられる.
(6)降雨による斜面の水流を kinematic wave 法,河道の洪水流を dynamic wave 法を用いて沙流川と厚
別川の流出解析を行った.厚別川豊田地点では観測値(推定値)より若干大きめの値となったが、(5)
の手法で求めたピーク値とほぼ同じ結果を得た.
(7)集中型と分布型の流出モデルで厚別川のピーク流量を算定すると若干の違いが生じた.しかし、集中
型モデルでは流域平均雨量を用いている事と、水位流量曲線の外挿により流量に変換している事を勘
案すると、この程度の推定精度の違いは当然出てくるものと思われる.
参考文献
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支部論文報告集第 60 号、pp.272-275、2003
[2] 嵯峨、星、橋本:二段タンク型貯留関数モデルの未知定数推定に関する研究、土木学会北海道支部
論文報告集、第 58 号、pp.344-347、
2002.
[3] Saga, Hoshi and Hashimoto:A New Tank Model coupled with the Storage Routing Method. XX
Nordic Hydrological Conference Report. No.44、pp.605-614、1998.
[4] 八田:山地流域における流出過程のモデル化とその応用に関する研究、北海道大学博士論文、1998
[5] 佐藤、嵯峨、馬場、星:損失機構を含む貯留関数法を応用したタンクモデルの提案、第 54 回年講
講演概要集、第 2 部、pp.634-635、1999.
[6] 田中、藤田、清水:損失機構を含む貯留関数法に関する研究、北海道支部論文報告集、第 53 号(B)、
pp.54-59、 1997.
[7] 馬場、星、橋本:損失機構を組み合わせた貯留関数モデルの総合化、水工学論文集、第 43 巻、
pp.1085-1090、1999.
[8] 日野幹雄・太田猛彦・砂田憲吾・渡辺邦夫(1989):洪水の数値予報,pp. 1-252, 森北出版.
[9] 市川温・小鯨俊博・立川康人・椎葉充晴・宝薫:山腹斜面流出系における一般的な流量流積関係式の集
中化,水工学論文集,44,pp.145−150, 2000.
[10]Wongsa, S. and Shimizu, Y.: Modelling Pre-channelization and Their Impact on Flood and
Sediment Yield in Ishikari River Basin, Ann. J. of Hydraulic Eng., Vol.47, pp.223-228, 2003.
[11]Nash, J.E. and Sutcliffe, J.V.: River flow forecasting through conceptual models. Part1. A
discussion of principles, J. of Hydrol., Vol.10, pp.282-290, 1970.