P−41 佐賀医科大学医学部附属病院における安全管理対策の改善 ∼Web 版インシデント・アクシデント速報システム導入による効果∼ 佐賀医科大学医学部附属病院 医療情報部 1)、安全管理対策室 2)、副病院長(安全管理担当)3) ○ 高崎光浩 1,2)、片岡典子 2)、庄野秀明 1)、十時忠秀 2,3) 【はじめに】 昨今の大学病院を取り巻く社会情勢は極めて厳しく、独立行政法人化への対応をはじ め、保険診療への厳格な取り組み指導(共同指導)など教育・研究を含め明確で形のある改革の実施が 求められている。安全管理に関する対策はその中でも特に重きを置かれている部分である。佐賀医科大 学医学部附属病院(以下 当院)では、平成 14 年 10 月 1 日より 2 名の副病院長(安全管理担当及び卒 後臨床研修担当)を置くことが決定した。このことを受け、国立大学附属病院長会議で提案された改革 案に沿って設置された病院企画室において、安全管理担当副病院長を室長とする安全管理対策室(以下 対策室)を設置した。対策室は、室長のほかに、専任リスクマネジャー(副室長)、医事課長、外科系 医師、内科系医師、放射線部医師、薬剤部副部長、手術部副部長、看護部部長、医療情報部講師の計 10 名からなる。対策室は安全管理に対してあらゆる権限を有し、様々な事象に対して迅速に対応できる体 制が保証された。本体制による対策室の行動の第一歩として「インシデント・アクシデント速報システ ム」を開発し、インシデント・アクシデントの報告件数の増加と、対応の迅速化が実現できたのでここ に報告する。 【従来の報告体制の問題点と新システムの機能】 安全管理対策室発足前のインシデント・アクシデントの報告体制 院内の各部署において、通常と異なる事象が発生すると、当事者が報告すべきか否かを判断し、報告 すべきと判断した場合は、インシデントかアクシデントかを判断して、所定の報告用紙に記載し、所属 部局の長に提出する。所属部局の長は内容を改め て検討し、報告すべきか否か、インシデントかア クシデントかなどの判断を行い、必要と判断した 場合、専任リスクマネジャーに提出する。さらに 専任リスクマネジャーは報告された事例を集計、 分類し各科、各部局のリスクマネジャーに 1 か月 分をまとめて報告する。リスクマネジャーを通し て、各科、各部局のスタッフ全員にフィードバッ クされる(図1)。このような流れを取っていたた め、報告される件数が極めて低いうえ、報告され ても、現場にフィードバックされるまでに 2 ヶ月 以上を要していた。 Web 版インシデント・アクシデント速報システムの 構造 ユーザインタフェイス:インシデント・アクシデ ントの報告様式には記載事項が多く、事例が発生 した直後に記載することは事実上不可能である。 また、報告すべきか否か、インシデントかアクシ デントかを当事者が判断できない例も多数存在す る。これらが原因で報告されずに埋もれてしまう 事例もあると考え、web 版インシデント・アクシ デント速報システム(以下 速報システム)では ①いつ、②どこで、③何が起こったの3つの入力に限った。入力も一覧からの選択などを多用し、キー ボード入力は最小限とした。インシデントかアクシデントかは当事者ではなく対策室で判断することと した。また、当事者でなくても報告できるようにした。 ハードウェア:Celeron 1.2GHz、40GB HD、256MB RAM のパーソナルコンピュータ 1 台を OS は Linux(LASER5 ディストリビューション、7.2 Devel)として使用した。サービス提供のためのアプリケ ーションは web サーバ:apache(1.3.27)、SQL サーバ:PostgreSQL(7.2.3)、Hypertext Preprocessor: PHP(4.2.3)をインストールし、OpenSSL(0.9.6g), mod_ssl(2.8.11)により、報告内容の通信経路を暗号 化した。さらに、システム開発や機能改良のためのアクセスの際に不正に情報が読み取られたりするこ とがないように、telnet,ftp などのポートを塞いで、OpenSSH(3.0.1)をインストールして、Secure Shell によるリモートアクセスとした。( )内はすべてバージョンを示す。 本システムの、具体的な利用方法は以下のとおりである。 一般利用者による報告方法 院内に設置された診療支援システム用の端末で イ ン タ ー ネ ッ ト 閲 覧 ソ フ ト ウ ェ ア ( Microsoft Internet Explorer;以下 ブラウザ)を起動すると、 院内専用 web メニューが表示される。Web メニュ ーから「インシデント・アクシデント速報システム」 をクリックすると、テンプレート画面が表示される (図2)。 「いつ」の行で発生日時を選択、入力する。 年、月、日はリストから選択、時間は手入力で、必 須入力項目としている。ただし、午前中、昼頃など あいまいな表現も可能。「どこで」の行で発生した およその場所を選択する。選択項目を増やすと病院 内のほとんどのエリアを手入力なしで入力できる が、項目を探すのに時間がかかりかえって効率が悪 くなるため、運用開始時は対策室で候補を絞り最低 限のリストを表示するようにした。リストにない場 所を指定したり、リストにあってもさらに場所を特 定したい場合に利用できる自由入力欄を設置した。 「何が起こった」の列には事例を自由分入力できる ようにした。この項目は必須入力項目である。必要 事項を選択、または手入力し終えたら、確認ボタン をクリックする。入力された項目が確認画面に表示 される。必須入力部分で未入力があった場合は、そ の旨表示される。内容に間違いがないことを確認し たら、登録ボタンをクリックすると完了である。 対策室メンバーによる報告の閲覧方法 速報システムのテンプレート画面から、 「スタッフ専用」をクリックする。ユーザ ID とパスワードを 入力し、ログインボタンをクリックする。[○○○○でアクセス]と[○○○○でデモ用アクセス]という2 つのボタンが表示される。いずれも○○○○はログインしようとしているメンバの本名である。自分の 名前に間違いがないことを確認したら、[○○○○でアクセス]ボタンをクリックすると、過去1週間分 の報告一覧が表示される。一覧画面は「検索コントロールパネル」を備えているので、条件を指定して 必要なレポートを表示できる。また、報告内容を国立大学医学部附属病院医療安全管理協議会の影響度 分類にしたがって分類する機能も備えている。分類を行うと、影響度に応じて一覧表示の背景色が変化 し、一目で報告の影響レベルが把握できる。[○○○○でデモ用アクセス]ボタンは、見学者などへの対 応用に作成したもので、内容が暗号化されて表示される(図3)。 【結果と考察】 運用開始(2002 年 10 月 10 日)から 11 月 9 日までの1ヶ月間 で、23 件の報告があった。 発生から報告までの日数は表1に示すとおりであり、約4割 (39.1%)もが発生当日に、73.9%が発生から3日以内に報告を完了 していた。このことは、現場で発生した事例をできるだけ早く報 告してもらうという本システムの目的が十分に達成できたといえ る。現時点では、運用を開始したばかりということもあり、従来 の紙のインシデントレポートを併用しているが、一定の周知期間 を置いた後は、速報システムで報告されたもののうち対策室で影 響度 3b 以上と判断されたもの及び、特に詳細な報告が必要と判断された事例についてのみ、当該部署 に詳細なレポートを提出してもらう体制へ移行する予定である。 また、11 月に入るとすぐに 10 月分の報告を解析し、ここの事例が特定できない形で院内のリスクマ ネジャーにサマリーを報告した。さらに、11 月に入ってから連続して高カロリー輸液や抗がん剤の注入 速度にかかわる事例が連続して報告されたため、即座に輸液速度の確認の徹底を促す通知を出した。こ のように、院内で生じた事例をタイムリーのフィードバックすることにより、関係者全員が各事例の問 題点を十分認識し、以後の安全管理につなげていくという効果も十分発揮されてくると考えられる。本 システムの導入により、従来は報告がなかった事務系からと思われる種類の報告(エレベータ速度制御 機構の誤動作に関連したエレベータ停止など)がみられるようになったことも本システム導入の効果と いえる。 Web 版インシデントレポートシステムはすでにいくつかの大学で開発され、実用化されている。当院 においてもいくつかを試用してみたが、現場の印象は、入力項目が多い、入力開始から終了までの画面 移動が多すぎる、利用方法が複雑である、入力をはじめると途中で止められないなど、否定的なものが 多かった。それらの先行しているシステムは報告のみならず、報告をきめ細かに分析し、事後の安全対 策に役立つ情報も効率よく集められるよう工夫されている。しかし、そのような解析用のデータまでを 報告者が入力しなければならないため、一般利用者からは前述のような否定的な評価が出てくるものと 思われる。また、そのような分析用データの中には当事者が意味を理解しがたいものもある。むしろ、 事実のみを報告してもらった後、聞き取り調査等で安全管理対策に携わる側で分類する方が首尾一貫し た分類が可能であると思われたため、このシステムではあえて分類用のデータの発生源入力機能は付加 しなかった。国立大学医学部附属病院安全管理協議会により平成 14 年 10 月 31 日に発行されたリスク マネジメントシステムとしての「インシデントレポート」の取り扱い方針でようやくインシデントレポ ートで報告すべき範囲が明示され、インシデント と医療事故という用語の定義も確定されたが、そ れまでは厚生労働省の定義するものと文部科学省 の定義するものとの間にも解離があるうえ、各施 設が独自の定義をしている例も少なくなかった。 そのような事情から、通常と異なる事例が発生し ても、まず当事者が報告すべきかどうかを自分の 判断で選別し、所属する部署の所属長に報告、所 属長はさらに自分の判断で報告すべきかどうかを 判断するというプロセスをたどっていたため、リ スクマネジャーに報告される事例数が職種により 大きく異なるという事態が発生していた。また、 報告されるまでに 1 ヶ月以上を要していた上に、 安全管理対策室の検討会議も一月に一度しか行わ れていなかったため、それらの事例が分析され、 現場にフィードバックされるのに最低 2 ヶ月もの 長期間を要していた。 本速報システムでは、報告に当たり上司の許可 を得る必要がないことを保証した。このことによ り、事例発生から対策室への報告までの間のさまざまな情報の流れのよどみが解消され、きわめて短期 間での報告が実現できたと考えられる。また、従来月に一度しか開催していなかった検討会も対策室長 が必要に応じて招集するようにしたため、速報システムでの報告事例の分析もタイムラグなく行われる ようになり、現場へ迅速にフィードバックできるようになった(図4)。さらに当事者でなくても匿名 で報告できるようにした。このことは報告されずに埋もれてしまう事例を少なくすることに効果がある と考えている。すなわち、同じ池の中にこれまでよりも目の細かい網を投げて魚を採るのと同じ効果が 期待できるからである。 まだ運用を開始してわずか一月であるため、今後改良すべき点が出てくると思われるが、本システム を稼動させるためのサーバ環境はすべてオープンソースのソフトウェアで実現されており、システムそ のものも医療情報部独自で開発しているので、機能拡張はほとんど無料で事実上無制限に行うことがで きる。 【結論】 病院企画室の直下に、安全管理担当副病院長を室長とする安全管理に関する全権を有する安全管理対 策室が発足した。それを期に、web 版インシデント・アクシデント速報システムを Linux ベースでオー プンソースのみで開発し、運用を開始した。報告件数は1ヶ月で 23 件と、従来に比べて増加した。発 生から報告までの日数も発生当日に報告されたものが 39.1%、3 日以内に報告されたものが 73.9%であ り、速報システムとしての機能を十分発揮できた。またきめ細かなフィードバックも行うようになった ため、今後本システムを有効に活用していけば、当院の安全管理に対する効果はますます大きくなるも のと期待できる。
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