思考の広がり深まりの中で,「学ぶ喜び」を実感・納得していく授業 Ⅰ 研究主題設定の理由 現代社会は資源やエネルギーの枯渇,異常気象,食糧危機といった多くの深刻な問題を抱 えている。そして,価値観の多様化,情報の肥大化,方法の多元化などにより,それらの実 態の本質は見えにくく不透明になっている。生徒が社会に出る未来は,その状況の変化は加 速度を増すとともに,一層複雑化していくことが予想される。だからこそ生徒には,一律の 正解の存在しない複雑化した諸問題であっても,柔軟に思考を広げ深める中で,最適解を求 めて仲間と共に主体的に解決できる資質・能力を持ち合わせた人であってほしいと願ってい る。 「社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程編成の基本原理」(国立教育政策 研究所 2013 年3月)には,「近年の国内外の教育目標は,いずれも汎用的資質・能力を強 く意識している。特に社会的な関係の中で学び,考え,社会に役立つ解を提案できる力を求 めている。それが社会で生きる力に直結するためだと考えられる」と記されており,本研究 における方向性は,このことに合致していると考えている。 前次研究では,思考力・判断力・表現力の育成に焦点を当て,研究を進めてきた。その研 究では,生徒が無意識に行っていたいくつかの思考法を抽出し,それらを「思考スキル」 *1 と名付け,それぞれの「思考スキル」を定義し,生徒が用いる際の「文型」や「キィワード」 を示した。生徒は,主に課題解決の過程で「思考スキル」を用いることにより,解決策を立 案したり,互いに考えを吟味したり,考えを伝え合ったり,解決策を改善したりすることが できるようになり,よりよく課題 を解決できるようになってきた。 *2 特に,仲間とのかかわりの中では,「思考スキル」を用いることにより,互いの思考につ いての共有化も図られやすくなり,言語活動に有効に働くことも見えてきた。 さらには,「対比スキル,比較スキル,分類スキル,類推スキル,仮定スキル,帰納スキ ル,演繹スキル」の7つを掲げたことにより,「思考スキル」という思考の枠組みで,自分 の思考を振り返る素地ができてきた。 しかしながら次のような課題も見えてきた。 1つ目は,生徒の課題解決の授業における思考は多様であり,1つの「思考スキル」を全 員一律に用いさせていくという授業の構想を見直していく必要があるということである。実 際の授業では,複雑な課題になるにつれ,生徒の思考は千差万別となり,いくつかの「思考 スキル」を複合して用いたり,段階的に用いたり,自分なりに応用して用いたりして課題解 決されるというケースも見受けられた。これらの生徒の思考のあり様から,個々の生徒が状 *1 どの教科にも有効な「思考スキル」として,「対比スキル,比較スキル,分類スキル,類推スキル,仮定スキル,帰納スキル, 演繹スキル」の7つを掲げた。定義やキィワードを示し,生徒が方法として学習内容の習得や活用に生かせるようにしている。 *2 当校では,「問題」は生徒の外側に存在するものであり,生徒が内側に取り込み,何をどう追究すればよいかわかっているもの を「課題」と定義している。 -全 体論 1 0 月 1 0 日 1 - 況に応じて,多種多様な「思考スキル」を用いて課題を解決していくことを想定した授業の 構想にしていく必要がある。 2つ目は,「思考スキル」の使用を,生徒はどのように自覚し,私たちはどのように見取 り,評価していくのかということである。生徒が自身の思考について振り返る場の設定や評 価のあり方についても明らかにしていく必要性も見えてきた。 このような成果と課題が明らかとなり,課題を克服すべく研究を推進していくこととした。 研究を推進するにあたり,改めて教育の目的に立ち戻ると,教育基本法にも示されている ように「人格の完成」が最大の目的である。本研究においても思考力・判断力・表現力の育 成にとどまらず,「人格」を育成していくことを求めていく必要がある。 そこで,これまでの当校の研究の中で大切にしてきた「学ぶ喜び」という考え方に立ち戻 って,「学ぶ喜び」と思考力の育成の相関に目を向けていくこととした。 当校では1989年度より「生き方を求めて学ぶ生徒」を学校の教育目標に掲げ,その実現を 図るために実践研究を重ねてきた。実践研究の中では,「生徒一人一人が,毎日の学校生活 の中で学ぶ喜びを見いだすこと」が重要であるととらえてきた。課題を解決できたという成 就感だけではなく,その過程が,自分にとってどういう意味があったのか,どういう価値が あったのかということを生徒が実感・納得していくことが重要なのである。なぜならば,こ のように自ら「学ぶ喜び」を見いだしていくことが,生涯にわたって自分を高めていくこと になり,生きる力を高めていくことになるからである。 「学ぶ喜び」とは,学習や活動,そして,仲間とのかかわりの中で,自分にとって価値あ るものを実感・納得したときに生まれるものである。その実感や納得とは,見方を変えれば, 自分の存在の意味が確かめられたり,自分の成長が自覚できたり,新たな自分が発見できた りすることである。 これまでの当校の研究から,「学ぶ喜び」を見いだすことができる授業では,次のような 働き掛けが有効であることが明らかになった。 ○ 生徒の関心・問題意識を生かす ○ 本来的価値への気付きを促す ○ 学習の仕方の獲得を促す ○ 仲間とのかかわりを促す また,「学ぶ喜び」に至る生徒の内面に成立する「実感」と「納得」,「納得的理解」を次 のようにとらえている。 実 感 … そうであると直感的に,あるいは,何となく思ったり感じたりする。 納 得 … 自分にとって確実な根拠をもってそうだと思う。 納得的理解 … 自分だけでなく,広く誰もが納得できるような論理的根拠をもって,そ うだと感じている。学習したことやその内容に対して,よかった,役に立 つなどの価値付けがなされている。 -全 体論 1 0 月 1 0 日 2 - そして,実際の授業でとらえる「学ぶ喜び」の姿とは,以下のように生徒が変容した姿を 指す。 「学習内容がわかった・できた」(「知識・技能」にかかわること) 「新たな見方考え方ができるようになった」( 「思考」にかかわること) 「根拠をもって(早く正しく)解を見いだせた」( 「課題解決」にかかわること) 「仲間とかかわり合う中で,解を見いだせた」(「仲間とのかかわり」にかかわること) 「学習の結果を基に,新たな課題を設定できた」( 「本来的価値」にかかわること) 以上のことから,本研究では,課題解決過程で,生徒自身が思考の広がり深まりを自覚し, 「学ぶ喜び」を実感・納得していく授業を目指していくこととしたのである。 Ⅱ 研究の内容 「学ぶ喜び」を実感・納得していく授業において,生徒自身が広がりや深まりを自覚して いく思考というものは,そもそもが,生徒が状況に応じて用いた思考操作が発端となってい る。授業において,生徒が用いる思考操作は,これまで当校が定義付けしてきた「思考スキ ル」にみられるような一般化され,洗練された思考操作を必ずしも用いているわけではない ことは前述の通りである。生徒の思考は千差万別だったのである。そこで私たちは,生徒が 状況に応じて用いる個々の思考操作をとらえるために,「思考のすべ」(角屋 2013)*3 とし て思考を分類することとした。 思考スキル 一般化された思考操作 思考のすべ 生徒が,状況に応じて,使えるようにな っている個々の思考操作 思考について,角屋は次のように述べている。 「思考とは,ある目標の下に,子どもが既有経験を基にして対象に働き掛け,種々の情報 を得,それらを既有の体系と意味付けたり,関係付けたりして,新しい意味の体系を創り だしていくことである。ここでいう意味の体系とは,対象に働き掛ける方法とその結果得 られた概念やイメージなどをいう。また,この意味付け,関係付けには,違いに気付いた り,比較したり,対象と既有知識を関係付ける等の操作がある。」 *4 当校では,この考えに基づき,生徒が課題解決の際に用いていく思考の操作を2つに大別 することとした。 ○ 違いに気付いたり,分類したり,比較したりするといった「比べる」という操作 ○ 対象と既有知識を「関係付ける」という操作 *3 なぜ,理科を教えるのか *4 同上 2013 角屋重樹 文渓堂 -全 体論 1 0 月 1 0 日 3 - このように思考操作を2つに大別し,思考力の最も基本的な要素と位置付けた。 そして,個々の生徒が,どのように「比べ」 ,「関係付け」ながら思考を広げたり深めたり して,課題を解決していくかを想定し,授業構想を吟味していく。 ※ 2013年度は,これまでの研究の成果である「思考スキル」が,2・3年生に定着していることから「移行期間」 とすることとし,2014年度から,新研究の枠組みで研究を推進することとした。 その際,一人一人の生徒が思考を広げ深めていくためには,他者とのかかわりは不可欠と なる。例えば,仲間と意見が対立したときに,それぞれの意見を視点を定めて比べ,なぜ, 意見が対立するのかを明らかにし,その対立点の背景や,それにかかわる事実やデータを検 証することで,対立点を解消していく。このような中で,よりよく理解できた,比較して対 立点を明確にすることが課題解決に有効であったなどの実感・納得をもてるようにする。そ して,学習内容の獲得,「比べる」「関係付ける」という思考のすべについての有用性,仲間 とかかわることのよさ,あるいは,対立した意見に対しては,対立点を明確にして吟味する ことで,合意に向かうことができるという「仲間とのかかわり方・検討の仕方」についても 実感・納得できるようにしていく。 また,よさを自覚させるためには,振り返りの場の設定は必要不可欠となる。どの状況で, どのように思考したことが,課題を解決することに有効だったか,ということを自覚させる 場面を課題解決過程に位置付けていく。課題解決において有効であったという「思考のすべ」 の自覚,そのよさの実感を伴う経験を意図的・計画的に重ねることで,個々に合った「思考 のすべ」として定着していくのである。そのとき,こうした「思考のすべ」の定着状況につ -全 体論 1 0 月 1 0 日 4 - いての評価は,次の3つの方法により,より有機的に把握されると考えている。 ○ 「自己評価=成長の実感という側面」 ○ 「仲間との相互評価=自己理解,すべのよさの実感」 ○ 「教師による評価=生徒の見取りと自身の指導に対する評価」 以上のことから,本研究は,これまでの研究の成果を踏まえ,主体的な課題解決過程にお いて「比べる」「関係付ける」という思考を促す働き掛けを行うとともに,過程全体を振り 返らせることによって,生徒が「学ぶ喜び」を実感・納得していく授業を目指すものである。 【「学ぶ喜び」を実感・納得していく授業】 -全 体論 1 0 月 1 0 日 5 - Ⅲ 研究の計画 年 次 研 1年次 究 内 容 ・ 方 法 「学ぶ喜び」につながる課題解決の授業を実践する。 「学ぶ喜び」を実感・納得する振り返りを行う。 2年次 「学ぶ喜び」につながる課題解決の授業を実践し,その手だての有効性 を検証する。 「学ぶ喜び」の実感・納得を促す振り返り・評価の要件を明らかにする。 3年次 「学ぶ喜び」につながる課題解決の授業を提案する。 「学ぶ喜び」の実感・納得を促す振り返り・評価のあり方を提案する。 Ⅳ 1年次研究の実際 1 「学ぶ喜び」につながる課題解決の授業における思考を促す手だて 理科の授業では,植物に光が当たると光合成する,という既習内容に対して,1200lxで は酸素が発生しないという事実を提示することにより,生徒自身に,それらを比べたり関係 付けたりした時のズレを感じさせた。このことにより,「どうしてだろう」という生徒の問 題意識が触発され,その後の追究の意欲につながっていった。 社会科の授業では,現在の生活と,BRT(Bus Rapid Transit、次世代型バスシステム) を導入した場合を比べていく中で,「福祉(子どもや高齢者の過ごしやすさ)」「経済性」「利 便性」「環境」などの視点を見いだした。その際に,意見を分類し,自分の意見と相手の意 見とを整理した。 保健体育科の授業では,バレーボールにおいて,モデルゲームで確認した攻撃のパターン を生かし,ゲーム分析において「パターンカード」に成功したアタックコースを複数記述させ ることで,相手チームのフォーメーションに応じた攻撃の有効性を複数の事実を根拠に関係 付け,自チームに有効な攻撃をまとめた。 これらのように,比べたり,関係付けたりする中で,生徒は課題を解決していった。また, この際に,ワークシートや付せんなどを使うことで,何と何を比べているのか,どのように 関係付けているのかという自分達の思考を視覚化したことも,成果の1つとしてあげられる。 音楽科の授業では,『プロ(CDや映像)』と『自分たち』の「語り」について比べ,義太 夫節の特徴に気付けるように試行し,この語りによる気付きをグループで交流することで, 自分の気付きを広げたり深めたりした。また,このときの気付きは,義太夫節のよさや魅力 -全 体論 1 0 月 1 0 日 6 - を明らかにしていくときに役立ち,さらに,まとめの鑑賞で批評文を書く時の根拠とするこ とができた。 2 「学ぶ喜び」を実感・納得する振り返り 自分と学習とを結び付けること,つまり,生徒が課題解決過程全体を振り返り,「学ぶ喜 び」を実感・納得していくことが必要となる。 本年度は,単元・題材の構想の終了時に,全教科で振り返りを実施した。 今後,自己の振り返りだけでなく,仲間との相互評価のあり方,教師による評価とも関係 付けて,思考力の高まりを,どの場面で,どのような方法で分析していくかという評価のあ り方も今後の研究の対象とする。 その他,「学習内容がわかった」「仲間とのかかわりの中で,解を見いだせた」「新たな課 題が設定できた」といった「学ぶ喜び」を実感・納得するための振り返りの在り方を,今後 の実践を通して明らかにしていく。 -全 体論 1 0 月 1 0 日 7 -
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