建築用石材の変質現象 −鉱物学的な検討と早期変質判定方法− 概 要

建築用石材の変質現象
−鉱物学的な検討と早期変質判定方法−
三 浦 勇 雄 *1 永 橋 進 *2
概 要
近年、建築物の石工事は、石材の加工技術の進歩や経済性の追求から、石材を薄板状に使用しているために、水分やガ
ス状物質などの移動が容易になり、それに伴う汚れ、濡れ色、白亜化、および石材固有の性質に由来するひび割れ、表面
剥離やポップアウトなどの変質現象が生ずる事例が増加している。一方、建築用石材は、日本で大量に供給できる石が殆
どなく、諸外国からの輸入により賄っているのが現状である。このため、使用実績の少ない石材の特性も把握せずに施工
し、トラブルに至った例もある。
本報は、実施工した中国産浴槽石材における変質現象の解明を目的とし、鉱物学的鑑定と X 線回折分析により鉱物学
的原因による石材の変質現象を検討した。その結果、(1) 微小なひび割れが点在し、水分の浸透を容易にしたこと (2) ひび
割れ部分の鉱物は、黄鉄鉱、雲母などにより交代されていること (3) 黄鉄鉱は、溶脱されて空洞を作り、水分の浸透と雲
母の変質を助長したこと (4) 雲母は、雲母鉱物の変質(バーミキュライト)に伴う膨潤が関与し、これらの相互作用によ
りポップアウトを促進したことが明らかになった。さらに石材の変質現象を早期に判定する方法を実験的に検討し、目視
観察および色差、光沢度による変質の進行過程を明確にし、早期変質判定方法の有効性を示すとともに石材の使用上の留
意点についてまとめたものである。
DETERIORATION OF BUILDING STONES
- EXAMINATION FROM MINERALOGICAL ASPECTS AND EARLY
DETERMINATION METHOD FOR DETERIORATION OF BUILDING STONESIsao MIURA*1 Susumu NAGAHASHI*2
In recent years, stones masonry of building is growing remarkably deterioration with a stain , prevent wet-looking, efflorescence
and cracking, the surface separation, pop out about the origin characteristics of the stones to be using of stones which is make removal
easily water and gas material. Because of investigation the economy and the processing technical skill of building stones according to
be using of thin board type.
One side, building stones are present to be furnished by importation from various countries and stones nearly out for a large
quantity supplies to Japan in consequently , in case to execute the work when we don’t kept a characteristics of stones under perfect
control . The result was that stones masonry started trouble.
The report examined deterioration of building stones to the origin from mineralogical aspects with mineral-logical aspects estimation and X-rays analysis for the executed bathtubs chine-grown building stones.
As a result, it was found as follows.(1)Stones is make removal easily water to exist micro crack.(2)Mineral of micro crack parts
was change yellow iron ore and mica.(3)Yellow iron fostered deterioration of mica and satration of water to made a cave according to
be melted in bathtubs water.(4)Mica was deteriorated to the hydrobiotite with the expansion. The result was that pop out happened
with hastened. Further, it was examined to efficacy of early determination method for deterioration of building stones with getting
consideration point by using of building stones together.
*1 技術研究所 *2 本社建築工事技術部
*1Technical Research Institute *2Architectural Engineering Dept
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建築用石材の変質現象
−鉱物学的な検討と早期変質判定方法 −
三 浦 勇 雄 *1 永 橋 進 *2
1. はじめに
近年、建築物の石工事は、石材の加工技術の進歩や経
済性の追求から、石材を薄板状に使用しているために、
表 -1 石材の概要
水分やガス状物質などの移動が容易になり、それに伴う
汚れ、濡れ色、白亜化、および石材固有の性質に由来す
るひび割れ、表面剥離やポップアウトなどの変質現象が
生ずる事例が増加している。一方、建築用石材は、日本
で大量に供給できる石が殆どなく、諸外国からの輸入に
より賄っているのが現状である。
このため、使用実績の少ない石材の特性も把握せずに
施工し、トラブルに至った例もある。
本報は、石材における変質現象の解明を目的とし、鉱
物学的原因による石材の変質現象の事例検討と石材の早
期変質判定方法の有効性について実験的に検討するとと
もに、石材の使用上の留意点についてまとめたものであ
を1日当たり5lを毎日注入し、週 2 回(月、木曜日)水
抜き後、清掃を行っている。
2.2 試験および鉱物学的な調査方法
る。
御影石の変質現象を解明するために次のような試験と
鉱物学的な調査を行った。
2. 鉱物学的な調査
1) 試験方法
石材および浴槽水の試験項目と試験方法を表-2に示す。
2.1 石材の変質現象における事例
1) 浴槽石材の表面劣化
竣工後、2年半経過した公共施設の浴室において、浴槽
表 -2 石材および浴槽水の試験項目と方法
に使用した御影石の表面が脆弱化し、ポップアウトした
ような細かい凹凸が見られる変質劣化現象が発生した。
(写真 -1,2)
2) 現状調査
現状調査を行ったところ、本現象の特徴としては、以
下のことが挙げられる。
(1) 表面劣化は、浴槽内部の側面の劣化が顕著で、手で擦
ると砂分が離脱してくる。一方、浴室洗面所に使用し
ている 同種の石材には、異常が認められない。
(2) 劣化した部分は、光沢を失い脆弱化し、ポップアウト
2) 鉱物学的な調査方法
したような数 mm 程度の小さな穴が見られた。
調査対象の試験体は、現場から採取した脆弱部の中国
産石材と正常な中国産石材の有姿および同種の正常なジ
3) 石材の概要
ンバブエ産石材の有姿の3種類とした。
鉱物学的な調査は、各石材の代表的な部分から薄片を
使用されていた石材の概要を表 -1 に示す。
作成し、偏光顕微鏡(ニコン社製OPTIPHOT2−
POL)と反射顕微鏡による研磨片の表面観察をし、鉱
4) 使用状況
物鑑定を行った。また、各石材から採取した試料を粉末
状にして粉末X線回折装置(理学電機社製RINT12
公共施設ということから浴槽水に消毒剤(6%次亜塩
素酸ナトリウム NaOCl 溶液の 5 倍希釈液・弱アルカリ性)
*1 技術研究所 *2 本社建築工事技術部
66
00)による構成鉱物の定性分析を行った。
2.3 試験結果および鉱物学的な考察
各種試験の結果と鉱物学的鑑定およびX線回折分析結
果を以下に示す。
1) 試験結果
(1) 石材の見掛け比重、吸水率
中国産石材およびジンバブエ産石材の見掛け比重は、
3.11、3.12 と、両者ともに ほぼ同じで値であるが、通常
の御影石の見掛け比重 2.7 に比べると約 1.2 倍大きい。こ
れは、比重の重い硫化鉄系鉱物が通常の御影石より多く
含有されているものと推定される。
中国産石材およびジンバブエ産石材の吸水率は、
0.16%、0.11% であり中国産石材はジンバブエ産石材に比
写真 -1 浴槽石材表面の脆弱化状況
べて約 1.5 倍大きい。
これは、石材内部に微小なひび割れなどが存在するも
のと推定される。
(2) 浴槽水のpH値および残留塩素量
浴槽水の pH 値は、7.8 と弱アルカリ性を示し、水質基
準の pH5.6 ∼ 8.3 を満足している。
浴槽水中の残留塩素量は、1.5 ∼ 2.0ppm とプールの衛
生基準値 0.4 ∼ 1.0ppm に比べて約 2 ∼ 3 倍と高い濃度に
なっていた。
写真 -2 浴槽石材表面のポップアウト状況
2) 石材の鉱物学的鑑定結果
(1) 偏光顕微鏡による薄片観察
薄片下で同定できた鉱物および岩石組織は、以下の通
りである。
①中国産石材(有姿)
主な構成鉱物は、角閃石(主に普通角閃石あるいはこ
れに近い構造と組織を有する角閃石)、輝石(主に普通輝
石あるいはこれに近い構造と組織を有する輝石)、雲母
(黒雲母の他、色雲母類似の雲母鉱物)、斜長石、その他不
透明鉱物、上記の雲母鉱物より微細な雲母系鉱物および
方解石などから成る。不透明鉱物は、不定形を呈するも
のが多い。
顕微鏡写真を写真 -3 ∼ 4 に示す。全体としては、1∼
2 mm 程度の半自形∼他形の角閃石、輝石、斜長石、な
ap
どから成る等粒状組織である。構成鉱物、組織から本岩
石は、「閃緑岩∼斑糲岩」ではないかと推定される。
to
また、主に 200 μ m 以下の他形の不透明鉱物が点在す
る。不透明鉱物は、主に輝石あるいは雲母の一部を交代
している。不透明鉱物に交代されている輝石は、ひび割
れしている構造を示すものが多い。さらに、このひび割
れ部分周辺の輝石や角閃岩などは、部分的に微細な雲母
や方解石によっても交代されている。黄鉄鉱、微細な雲
母鉱物および方解石は、熱水交代作用で生成した可能性
が高い。これらの熱水交代作用は、岩石中全体に及んで
いるのが交代部分については点在する。
以上のことから、この熱水作用は、外的なものではな
く、本岩石を形成したマグマの末期の自己変質作用によ
るものと推定される。
0.5mm
(上)下方ニコル (下)十字ニコル
pI: 斜長石
oP:不透明鉱物
m:雲母
PX:輝石 aP:角閃石 to:電気石
写真 -3 中国産石材の偏光顕微鏡写真
67
②ジンバブエ産石材(有姿)
主な構成鉱物は、淡い褐色を呈する斜長石(微量成分
この白色部分は、偏光顕微鏡観察結果から、微細な雲
母鉱物および方解石であると判断される。なお、写真 -6
として鉄を含有する斜長石)、輝石、雲母(黒雲母および
金雲母に近い組成の雲母)、石英、不透明鉱物などから成
の上写真では、反射光の入射角を変えたため不透明鉱物
は、白色を呈し、雲母に富む部分は、乳濁色∼黒色を呈
る。不透明のように見える鉱物は、わずかであるが光が
透過するようにも感じられ、この段階ではこの鉱物を同
している。
定することはできないが、鉄分を多く含有する電気石の
可能性もある。
この岩石は、顕微鏡写真 -5 に示すように、基本的には
等粒状組織であり、構成鉱物から判断すると斑糲岩であ
る。前記中国産石材のような微細なひび割れの構造は存
在しない。また、不透明鉱物の辺縁部には、複屈折の大
きい鉱物が析出している。干渉色からは、方解石のよう
に見えるが、方解石よりも複屈折がやや小さいようにも
見え、この鉱物は同定できなかった。
(2) 反射顕微鏡による観察
①中国産石材(有姿)
薄片観察で認められた不透明鉱物は、反射光下で金属
光沢を有し、黄色味を帯びている。これは、黄鉄鉱ある
いは磁硫鉄鉱であり、表面の凹凸の状態や反射色から黄
写真 -4 中国産石材のひび割れ状況
鉄鉱ではないかと推定される。その一例を写真-6に示す。
黄鉄鉱と推定される鉱物の周辺には、白色を呈する部分
が点在する(写真 -6 の下写真)。
px
op
0.5mm
(上)下方ニコル (下)十字ニコル
0.5mm
写真 -6 中国産石材の反射顕微鏡写真
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pI:斜長石 oP:不透明鉱物
m:雲母 PX:輝石 aP:角閃石
to:電気石
写真 -5 ジンバブエ産石材の偏光顕微鏡写真
②ジンバブエ産石材(有姿)
中国産石材に比べ微細なひび割れが認められず、比較
直接的には、雲母鉱物の変質(バーキュムライト)に
伴う膨潤が関与し、間接的には、これらの相互作用によ
的等質である。薄片観察では不透明鉱物と考えられた鉱
物は、反射光では金属光沢が認められなかった。した
りポップアウトを促進する原因になったものと推定され
る。
がって、鉄分に富む電気石などの可能性が高い。この石
材の反射顕微鏡写真は、特徴を示すことができないため
今回の故障事例は、同種の石材でありながら産地の異
省略した。
なる御影石を採用したために発生したものであり、名称
や外観だけで判断できない石材の性質の難しさがある。
3) X 線回折測定結果
前述したように、現在、日本国内で使用されている石
材の殆どが諸外国の輸入品であり、素性が不明であった
中国産とジンバブエ産の有姿石材および中国産石材の
脆弱部採取試料のX線回折測定を行った。結果を表-3に、
X 線回折図を図 -1 に示す。
X 線回折により確認された主な鉱物は、中国産石材が
角閃石、斜長石および輝石、ジンバブエ産石材が斜長石、
輝石および石英であり、顕微鏡観察結果と同様な結果で
あった。顕微鏡で認められた硫化鉄鉱物は、確認できな
かった。これは、X 線回折の方が検出感度が低いためと
りデータが完備されていないのが通常である。
また、国内の石材でも蓄積された経験的なデータさえ
ないものがある。それだけに今後ますます鉱物学的な知
見が必要になると考えられる。
表 -3 X 線回折結果
思われる。
中国産石材の脆弱部採取試料には、有姿石材に認めら
れなかった蛭石(バーミキュライト)が確認された。
水と接触している黒雲母は、層間の K+ が H+ あるいは
Mg2+ に置換されると、容易にその結合力を失い、バーミ
キュライトを形成することが報告されている。バーミ
キュライトは、黒雲母の変質により生成したものと考え
られる。
4) ポップアウトの原因推定
中国産石材は、ひび割れを有する微小部が点在する。
ここには、黄鉄鉱や微細な雲母系鉱物による交代が認め
られる。
黄鉄鉱は、水中では溶脱されやすく、硫酸酸性の溶液
を生成する。
また、雲母は、結晶構造的には粘土鉱物と同じであり、
結晶格子層間に水分子を取り込んで膨潤する。
石材のひび割れは、水分の浸透が起こりやすく、黄鉄
鉱の酸化・溶脱を助長し、雲母の層間への水分子の侵入
を容易にする。
黄鉄鉱の溶脱は、空隙の形成を助長して水分の浸透を
増加し、形成された酸性水は、雲母の変質(主にアルカ
リ、アルカリ土類の溶脱)をも助長する。その結果、黄
鉄鉱や微細な雲母鉱物を含むひび割れ部分は、膨張を起
こすようになると推定される。
雲母鉱物の水和に伴う膨張圧は、それほど大きくない
ので、
「ポップアウト」というよりは「剥離」とか「ひび
割れの発生」に近い現象ではないかと推定できる。
このような石材は、風呂場・浴槽だけでなく雨水のあ
たる屋外に長期間使用すれば、同様な剥離現象を起こす
ものと判断される。
以上、中国産石材は、(1) 微小なひび割れが点在し、水
分の浸透を容易にしたこと(2)ひび割れ部分の鉱物は、黄
鉄鉱、雲母などにより交代されていること (3) 黄鉄鉱は、
溶脱されて空洞を作るので、水分の浸透と雲母の変質を
助長したこと(4)これにより雲母は、石材の構造中に水分
子を取り込んで膨潤しようとする。
図 -1 X 線回折図
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3. 早期変質判定方法
試験体の形状・寸法:100 × 100 ×厚さ 20 mm、
恒温槽内の保持温度:80℃
建築物の石工事に用いる石材は、石種、銘柄などが複
雑多岐にわたっている。石材の色、柄、および品質は、構
成鉱物の種類やそれらの組み合わせ或いは異物の混入な
どによって異なり、同種石材でも品質などにバラツキが
ある。
そのため、使用実績の少なく諸データが乏しい石材の
選定に際しては、前述のような鉱物学的な鑑定と並行し
図 -2 促進試験方法
て促進試験による各種石材の早期変質判定方法を実施し、
変質現象の有無を確認・評価する必要があると考えられ
る。
ここでは、石材の種類(適用部位)とその使用環境に
近い状態で、且つ過酷な条件下での人工促進劣化試験に
よる石材の早期変質判定方法の有効性について実験的に
検討した。
3.1 浴槽石材の表面劣化
公共施設建物の浴槽石材の種類と劣化状況は、前記2.1
に示す通りである。
1) 試験方法
上段:中国産 下段:ジンバブエ産
試験は、図 -2に示すように絶乾状態にした中国産石材
写真 -7 促進試験後の浴槽石材の劣化状況
とジンバブエ産石材の有姿の試験体を 10%NaOCl 溶液 (
実際の浴槽水に対し約 30 倍の濃度 ) に浸漬し、80℃(浴
槽水温度に対して約 2 倍の温度)に保持された恒温槽に
10 日間静置した。試験体は、浸漬後、2、4、6、8、10
日に取り出し、水洗浄後、石材の表面性状を調べた。さ
らに、石材を加熱乾燥により絶乾状態にした後、石材の
浸漬前後の重量変化と石材表面の色差および光沢度を自
動測色計・光沢計により測定した。
2) 結果と考察
中国産石材およびジンバブエ産石材の試験経過日数に
伴う重量変化率、色差、光沢残存率を図 -3 に、試験後の
石材表面の劣化状態を写真 -7 に各々示す。
中国産石材は、ジンバブエ産石材に比べて劣化が大き
く、重量変化率で約 8 倍、色差で約 3.5 倍(色差の感覚的
表現では大いに変色)大きい。また、光沢残存率では、ジ
ンバブエ産石材に比べて約 1/ 8と小さく、光沢低下が顕
著であった。
さらに、石材の表面は、脆弱化しており、手で擦ると
砂分が多少離脱してくることや微細なひび割れおよび一
部分ポップアウトしたような凹凸状の小さな穴(現状の
ものより 1/2 程度小さな穴)が認められた。一方、ジンバ
ブエ産石材は、特に変質現象は認められなかった。これ
らの結果は、現状の調査結果とほぼ同様な現象であるこ
とから、今回実施した人工促進劣化試験による浴槽石材
の変質判定方法は、石材の変質現象を早期に判定する一
つの方法として有効であることが確認できた。なお、試
験条件としては、試験体の形状・寸法100 × 100 ×厚さ 20
mm、恒温槽内の保持温度 80℃、石材の浸漬溶液の濃度
10%NaOCl として、試験期間は 7 日間行う。
70
図 -3 促進試験の経過日数に伴う重量変化率、
色差および光沢残存率 判定方法は、石材表面の変質の有無( 変色、脆弱、剥
離、ひび割れ、ポップアウトなど)を優先して行い、判
定が困難な場合、補助的に色差、光沢度を測定して色差
3以上 、光沢残存率40%以下の時は変質の可能性有りと
する。
3.2 外壁および床石材の変質現象
外装に使用されている御影石の表面の一部に、竣工時
および竣工後、3ケ月頃から写真-8に示すような錆色の黄
変現象が認められた。
1) 石材の概要
写真 -8 外壁石材の黄変現象
外壁用石材の概要を表 -4 に示す。
表 -4 外壁用石材の概要
2) 現状調査
外壁および柱に張られた石材表面に帯状の黄変現象が
表れていた。特に雨掛かりの部分に黄変現象が顕著に認
められた。また、写真 -9 のような外部の床の一部に同様
な黄変現象が見られた。
写真 -9 床石材の黄変現象
3) 原因
使用した石材の変色現象は、石の構成鉱物である磁硫
鉄鉱(FeS)や黄銅鉄鉱(CuFeS2)のような硫化鉄および
磁鉄鉱(Fe3O4)が水分や炭酸ガスにより酸化され、石材
試験体の形状・寸法:150 × 150 ×厚さ 30 mm、
恒温槽内の保持温・湿度:80℃、65%RH
表面に錆が析出したものと考えられる。特に磁硫鉄鉱の
変質は早く、黄褐色の褐鉄鉱(FeO(OH)
・nH2O)になる。
4) 試験方法
試験方法は、図 -4 に示すように採石から採取した試験
体を 1 0 5 ℃で加熱乾燥して絶乾状態にした後、 8%
NaHCO3(炭酸水素ナトリウム)溶液に浸漬し、80℃、65
図 -4 促進試験方法
%RH に保持された恒温槽に3、7 日間静置後、各試験期
間毎に試験体を取り出し、105℃で 24 時間加熱乾燥した。
次に試験体を室温まで冷却した後、石材の表面性状と色
差および光沢度を自動測色・光沢度計により測定した。
5) 結果と考察
試験後の石材の表面は、写真-10に示すように現状の調
査結果とほぼ同様な黄変現象が認められた。
色差は、試験前のものに対して試験期間3日で 7.6、7
日では 12.1(色差の感覚的表現では、非常に変色)と非
常に大きかった。光沢残存率は、試験前のものに対して
試験期間3日で 48%、7日では 38%と小さく、変色に伴
い光沢が顕著に低下していた。
したがって、この試験方法は、水掛かりや外気の炭酸
ガスなどの酸性ガス状物質による外装用石材の変質を早
期に判定する方法として有効であることが確認された。
なお、試験条件は、試験体の形状・寸法 150 × 150 ×
試験前 試験後
写真 -10 促進試験前後の外装用石材の変質現象
71
厚さ 30mm 、石材の浸漬溶液の濃度8%NaHCO3、恒温内
槽の温・湿度 80℃、65%RH として、試験期間は 7 日間と
した。
以上のことから、プール内の内壁に大理石・レジトン
する。
を使用すると、長い期間においては、次亜塩素酸系消毒
剤による変質現象が発生することが予想されるのでレジ
3.3 内装石材への使用可否
トンの使用は避けたほうが良いと判断できる。
プール室内の内壁に使用する大理石について、プール
水の次亜塩素酸系消毒剤による変質現象が予想された。
そこで、採用が予定されている3種類の大理石について
促進試験による石材の早期変質判定方法を実施し、変色
の有無と重量変化率、色差(黄変度)、光沢度を測定して
変質過程を検討した。
1) 石材の概要
試験対象とした石材の概要を表 -5 に示す。
表 -5 石材の概要
2) 試験方法
105℃で加熱乾燥により絶乾状態にした3種類の大理石
(50 × 100 ×厚さ 20mm)を 10%NaOC1(次亜塩素酸ナト
リウム)に浸漬し、80℃に保持された恒温槽に 9 日間静
置した。試験体は、試験期間 3, 6, 9 日に取り出し、石材
表面の目視観察と水洗い後の表面観察および加熱乾燥後
の重量、色差、光沢度を測定した。
3) 結果と考察
試験後の石材表面は、レジトン、タソスホワイト、ビ
ヤンコカララの順に粗密化し、浸漬した溶液中には表面
から剥離した薄片状の炭酸塩が沈殿していた。また、目
視による表面色では、写真-11に示すようにレジトンが淡
い黄色を帯びていた。
各石材の試験期間に伴う重量変化率、色差、黄変度、光
沢残存率を図 -5 に各々示す。
石材の重量変化率は、レジトンが一番大きく、他のも
のに比べて約 6 倍大きい。色差および黄変度は、レジト
ンが他のものに比べて色差で約6倍、黄変度では約3倍大
きい。光沢残存率は、色差と同様な傾向を示しレジトン
が他のものに比べて約1/4と小さく、顕著な光沢低下を示
図 -5 各種大理石の試験期間に伴う重量変化率、色差
黄変度、光沢残存率 写真 -11 促進試験後の大理石の変質現象
72
3.4 御影石の濡れ色現象
濡れ色は、目地や石材表面あるいは石裏込みモルタル
などから侵入した水分・遊離石灰が石材内部および表面
へ移行すると水班・白華として表れる。
ここでは、促進試験による濡れ色現象の発生の有無を
水分量に比例して変色し、かつ可逆性をもつ発色紙を用
いて早期に判定する方法について実験的に検討した。
1) 石材の概要
試験対象とした石材は、御影石に浸透性吸水防止剤を
全面塗布したものと無塗布のものについて行った。その
石材の概要を表 -6 に示す。
表 -6 石材の概要
2) 試験方法
試験は、石材の試験体表面に図 -6、7 に示すような発色
紙(水分量判定用)が装着してある透明なポリエチレン
図 -7 発色紙の吸水率と相対湿度および発色紙
の変色状態 シート貼り付けた後、5%Na2SO4(硫酸ナトリウム)溶
液に浸漬し、その状態で40℃、65%RHに保持された恒温
槽に 5 日間静置した。判定は、試験期間毎に石材の表面
状態と発色紙の変色状態を調べた .
恒温槽内の温・湿度:40℃、65%RH
図 -8 試験期間と石材表面の発色紙の変色状態
3) 結果と考察
促進試験の試験期間に伴う石材表面の発色紙の変色状
図 -6 促進試験方法
態と表面状態の結果を図 -8 に示す。
無塗布石材(御影石)は、試験期間に伴い石材表面の
発色紙の変色状態は初期のオレンジ色(65%RH)から試
験期間1日後で緑色(80∼85%RH)、2日後で黒緑色(90
∼ 95%RH)となり写真 -12 に示すように石材表面に水班
が認められ、3 日以降では紫色(100%RH)に変色し、5
日後で白華(エフロレッセンス)が発生した。即ち、石
材表面の発色紙が黒緑色(90∼95%RH)になると水班が
認められ、さらに紫色(100%RH)になると白華が発生
することがわかった。
浸透性吸水防水剤を塗布した石材では、発色紙の変色
状態は初期のオレンジ色から 2 日以降緑色の一定となり
写真-12に示すように濡れ色、白華現象は認められなかっ
た。
浸透性吸水防止剤塗布 無塗布(水班)
したがって、本促進試験に発色紙を用いて石材の濡れ
色、白華を早期に判定することが可能である。
写真 -12 促進試験 2 日後の石材表面の状態
73
4. 石材の使用上の留意点
表 -7 石材の鉱物組成・組織に起因した変質
石材の故障は、実際には石材の種類や施工・使用条件、
環境条件などの要因が複合した結果生ずるものと考えら
れるがここでは、石材の鉱物的鑑定の知見と X 線回折分
析結果および早期変質判定方法から得られた結果から石
材の変質現象は、微小なひび割れの存在、水分・有機成
分の移行が起因するものや含有鉱物に由来するものとが
ある。したがって、石材の品質を確保するためには次の
留意が必要である。
1) 石材の選定
建築用石材は、殆どが諸外国の輸入品であり、素性の
不明やデータが完備されていない石材まで使用されてい
るため石材の変質などの故障に繋がることがある。した
がって、使用実績が少なく諸データが乏しい石材を選定
する際は、以下のような点に留意し、データを蓄積する
必要がある。
(1) 鉱物学的鑑定
石材の鉱物学的な種類および構成鉱物を調査し、変質
石材の変質・劣化は、水分が何らかの形で介在してい
る。したがって、石裏面に水が侵入しにくくする遮水機
構や材料仕様を検討したり、侵入水を素早く排出する排
出・通気機構を設ける。さらに石材に水が滞留しないよ
うな水勾配、水切りを工夫する。
する鉱物が存在する場合は、使用を避ける。石材に悪影
響を及ぼす鉱物としては、硫化鉄系鉱物(特に磁硫化鉄
4) 保護コーティング
鉱)、沸石系鉱物(特に濁沸石)などがある。また、石材
の鉱物組成、組織などに起因して変質を起こす石材を表-
低減するために透明な浸透性材料を塗布する方法もある
が、効果の持続性や外観の変化などに問題があるので、石
7 に示す。
(2) 化学機器分析
材の諸特性を把握した上での適用が肝要である。
石材の鉱物学的鑑定と並行してIRやX線回折による含
有構成組成物の定性・定量分析を行えば万全である。
5. むすび
(3) 早期変質判定方法
同一ロットの試料を採取して、使用環境に適した早期
建築用石材をめぐるさまざまな変質現象のうち、特定
変質判定方法を行い、石材の変質の有無を判定する。な
お、同一の採石場であっても、サンプリング箇所によっ
ては、変質が出るものと出ないものとがあるので、出来
るだけ多くのサンプリングが必要となる。また、やむを
得ず鉱物学鑑定や化学機器分析が行えない場合は、石材
の早期変質判定方法を必ず行うようにする。
(4) 表面観察
実物大のサンプルを作製して、表面の脆弱部や空洞部
石材表面の保護には、雨水やガス状物質などの影響を
の石材固有の性質に由来する変質について、鉱物学的調
査および各種実験を行い、石材の変質原因と変質過程を
明らかにするとともに各使用環境に適した石材の早期変
質判定方法の有効性を示した。さらに石材の品質を確保
するための使用上の留意点についてまとめた。
これまで得られた知見は、石工事の品質向上に大きく
寄与するものである。
今後は、石材における変質現象の除去方法とその効果
に関して実験的に究明する予定である。
が存在するかを目視観察する。さらに、ルーペなどを用
いてマイクロクラックなどを発見するようにする。マイ
参考文献
クロクラックを検出するには、検出面を水で濡らすと検
出が容易になる場合がある。目視で検出しにくい場合は、
1) 三浦他 「御影石の変質現象」 日本建築学会大会 学術講演梗概集 1995 年 8月
顕微鏡やSEM(走査型電子顕微鏡)観察を行うと検出が
明確になる。
2) 三浦他 「建築用石材の変質現象」 戸田技報 建築 100
3) 彰国社 建築の技術「施工」 石工事完全マニュアル
ひび割れは、筋および斑状模様の石材に多く見られる
ので使用前に十分な調査を行うようにする。
1994 年 7 月 No.345
4) 武井、中山 「石と建築」1992 年 10 月 鹿島出版会
2) 十分な石厚
5) 三浦他 「発色紙によるコンクリートの湿度および含
水測定方法に関する研究」セメント技術年88
石材は、石裏面からの水の影響を低減したり、表面劣
化による厚さ低減を補う石厚(石厚の計算値に対し3∼
5 mm 割増)とすると効果的である。
3) 適切な納まりと仕様
74
1984
6) 丸 、柳田「岩石鉱物学・地質学的にみた骨材の選択」
コンクリート工学 Vol 19、No11、Nov, 19
7) W.C. Hansen, ASTM Special Technical Publication ,No
169-A 1968