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会
No. 59
報
2014 年(平成 26 年)3 月 9 日
「言語と
言語と人間」
人間」研究会
Newsletter of the Human Linguistics Circle
2013 年 10 月 11 月例会 報告号
10 月例会報告
例会報告
視覚情報の
視覚情報の貢献のモデル
貢献のモデル化
のモデル化—活性伝播に
活性伝播に基づく発話理解過程
づく発話理解過程モデル
発話理解過程モデル—
モデル—
斎藤幹樹(
斎藤幹樹(京都大学大学院)
京都大学大学院)
本発表は、言語を含む知覚処理の過程を説明
出来る数理的な“心的”モデル(自然言語処理モ
デルではない)の構築とその提案を目的とした
ものである。
本 発 表 の 提 案 す る モ デ ル は 認 知 文 法 (e.g.
Langacker 1987)の枠組み内に見られる用法基盤
モデル(Usage-Based Model)で描かれるネットワ
ークモデル(構造)をベースに、“活性”(いわゆ
る心的際立ち(心的想起率))を組み込んだもの
(“概念ネットワーク”)であり、これにさらに
物理的な知覚をいかにして意味のある(すなわ
ち同形の音韻極が存在する)チャンクに区切る
かという点について考慮する為に、
“スペース”
(物理的刺激の保持領域)を仮定したものである。
物理的刺激は線形入力であるが、それは極め
て短い単位(それ以上分割して知覚出来ない最
小単位すなわち“認知的最小単位”
)の連続であ
り、これは連続的に統合され、対応する音韻極
が概念ネットワークにあれば、それは活性化す
る、すなわち心的際立ちを得る、と本モデルは
考えた。これがスペースの主な役割である。
対して概念ネットワーク、すなわち認知文法
における構文スキーマ(constructional schema)
から成るネットワーク構造では、音韻極がスペ
ースから活性を受け取り、これが水のようにノ
ード(知覚ノード=音韻極, 概念ノード=意味
極)間を流れ、それらの活性がそれぞれのノード
に溜まる(溜まった活性は時間経過と共に減少
する)。この時、多くの活性が溜まれば、それは
それだけ心的際立ちが大きいことを示す。ノー
ド間はリンクでつながっており、これには太さ
があり、太さは活性伝播量に影響する。スター
トノードからゴールノードへと流れる活性量は
(ℓ/n)αで表せる。ℓは通過するリンクの太さの
平均、n はゴールが何番目のノードか、αは初期
活性値であり、知覚者がどの近くに最も多くの
注意を払っているかを表す。したがって一つの
処理の後にある概念(ノード)が有する心的際立
ちの強さは、関係する全ての知覚ノードからの
活性伝播量の合計である。
本発表では、
「本」と聞いただけでは特定読み
か非特定読みかを判別出来ないのに対し、眼前
にある特定の本があれば、やや特定的読みが強
化され、さらにそれに話者の指差しが加わると
さらに特定的読みが強まるという現象に対し、
本モデルを用いてその過程と、なぜそのように
特定的読みの強化が生じるのかについて説明を
試みた。具体的な結果としては、
「本」という聴
覚入力だけでは、特定読みと非特定読みの概念
間に心的想起率の差は見られず、眼前の特定の
本の存在という入力を増やせば、心的想起率に
ついて特定読みが若干強まり、さらにこれに指
差しが加われば特定的の強化がなされる点を示
した。
これらの結果は上記の特定読みの強化に関す
る素朴な直感を数理的に表すことに成功してお
り、ゆえに本モデルは知覚プロセスに関する“心
的”モデルとして妥当であると主張するもので
ある。
会
No. 59
報
2014 年(平成 26 年)3 月 9 日
「言語と
言語と人間」
人間」研究会
Newsletter of the Human Linguistics Circle
2013 年 10 月 11 月例会 報告号
10 月例会報告
例会報告
明治期の
明治期の文学翻訳と
文学翻訳と日本語の
日本語の連関
齊藤美野(
齊藤美野(津田塾大学・
津田塾大学・東海大学・
東海大学・麗澤大学)
麗澤大学)
日本の明治時代には近代化が急速に押し進め
られていた。そのような社会的コンテクストの
中で、文学作品の翻訳が担っていた役割につい
て考察し、日本語への影響を中心に論じた。
理想的な翻訳についての議論は紀元前から行
われているが、近年の翻訳学においては、翻訳
の目的や受容する社会・人々について考えるこ
とも重視される。ある社会における翻訳の地位
や役割を考察すると、訳出法について、さらに
はその社会における理想的な翻訳についての議
論をも効果的に行えるだろう。本発表は社会と
関連させながら翻訳について研究するために、
翻訳研究者 I.イーヴン=ゾウハー(Even-Zohar,
1978/2004, 1990)の提唱した「多元システム理
論(polysystem theory)」を用いた。本理論は
翻訳テクストや翻訳者について、翻訳が行われ、
読まれる社会・文学界などとの関連から考察す
るためのものである。翻訳文学(文学作品の翻
訳)を複数の「システム」
(個々の作品やジャン
ル)により構成される「文学的多元システム」
の一部として捉えるため、翻訳作品や翻訳文学
というジャンルについて考察する際に、ほかの
システムとの相関性を考慮することが可能とな
る。
諸システムの間には、ある社会の文学的多元
システムにおいて中心と周辺のどちらに位置す
るかという階層性があり、その位置は変動しう
るとされる。通常、翻訳文学は周辺に位置する
傾向にあるが、歴史的転換期には中心的位置を
占めることもある。翻訳文学の位置は、翻訳者
のもつ翻訳観、選ぶ訳出法に影響を与える。中
心にあれば、訳出先の言語の規範・慣習から外
れる翻訳テクストを生み出しやすくなる。さら
に、一つのシステムの中には複数のシステムが
層をなし混在するともされる。本理論は、翻訳
者の翻訳観・訳出態度を社会状況との関連から
考察するうえでも有効である。
明治期の社会や言語、文学の状況を見ると、
日清戦争や「国語」の創出、新しい文学技法の
登場などがあり、翻訳文学が中心を占めうる歴
史的転換期であったとわかる。また明治 20 年代
に活躍した翻訳者・新聞記者の森田思軒
(1861-1897)が残した翻訳に関する言説(エッ
セイなど)から、既存の規範・慣習によらない
訳出法を推奨していたことがわかった。思軒の
翻訳したテクストにもやはり、当時の日本語の
規範から外れる、英語原文の表現法などを取り
入れた訳出が認められた。それと同時に、思軒
の言説と翻訳テクストには、受容性を高めよう
という態度・工夫も見られた。以上から、明治
期の文学的多元システムにおいて、翻訳文学が
中心を占めていた可能性、そして翻訳文学とい
うシステムの内に異質性、もしくは受容性を重
要視する二つの層があった可能性が考えられた。
明治期の社会において、翻訳文学が読者に受容
されながら、日本語や日本の文学を規範に捕わ
れずに発展させる役割を担っていた様子が観察
されたのである。
発表後には、本研究を深める助けとなる有益
なご質問・示唆をいただいた。お聞きいただい
た方々に、また発表の機会をいただいたことに
深く感謝を申し上げる。
会
No. 59
報
2014 年(平成 26 年)3 月 9 日
「言語と
言語と人間」
人間」研究会
Newsletter of the Human Linguistics Circle
2013 年 10 月 11 月例会 報告号
11 月例会報告
例会報告
戦後日本語教育は
戦後日本語教育は何を目指してきたか
目指してきたか
―中国大学専攻日本語教育における
中国大学専攻日本語教育における「
における「言語教育」
言語教育」と「文学教育」/
文学教育」/
「日本語教育」
日本語教育」と「国語教育」
国語教育」とを巡
とを巡る議論を
議論を中心に
中心に―
田中 祐輔(
祐輔(東洋大学)
東洋大学)
近年、複数の先行研究によって中国の大学専
攻日本語教科書は、日本の国語科で取り扱われ
る内容と近似関係にあり、所謂学校文法が用い
られていることや、 教科書掲載作品として、日
本の国語教育で取り扱われる作品・作家が用い
られていることが指摘されている。この要因に
ついて、田中(2013)では、(1)中国において
日本語の模範的な表現形式、日本文化、日本人
の思考を文学作品の内に見出し、古典文学から
近現代文学まで学ぶことを重視する教育思想が
教師、『教学大綱』、研究者の間で広く共有され
てきたこと、(2)1970 年代の日中関係の深化が
高度な日本語人材養成を急務とし、日本からの
教師派遣や国語教科書の流入を後押ししたこと
で、当時検討されていた古典文学も含めた文学
教育の実施が可能となり、最も手近であった日
本の国語教科書が用いられたこと、(3)高度な
外国語人材の到達目標としては、その国の高等
学校における母語教育科目を修了した程度が目
安とされ、日本語教育においても「国語」が志
向されたことで、教材としては高等学校の国語
教科書掲載作品が適当であると考えられたこと、
等が指摘されている。
こうした言語教育における文学教育に関する
議論は、中国の日本語教育だけに限って起きて
いるわけではない。例えば、日本の英語教育で
は「実用性」や「コミュニケーション」能力育
成の視点等から議論され、日本の日本語教育で
は、
「オーセンティシティ」と「実用性」が重視
される際に文学教育は議論の的となる。一方で、
国語教育では、戦中・戦前への反省から起きた
言語経験主義、活動主義から言語能力主義への
移行、国際学力調査からの問い直し、在住外国
人子弟への教育、等の視点から文学教育につい
て検討されているが、日本語で表現する力の育
成に加え「文化」への関心や知識、
「心情」も育
てることが志向される中で文学教育は重要な部
分を占めている。
以上の各言語教育の概況を踏まえた上で本研
究では、1950 年代から 2010 年代までの中国大学
専攻日本語教育における「言語教育」と「文学
教育」を巡る議論が、
「日本語教育」と「国語教
育」を巡る議論へと展開したプロセスについて、
日本における日本語教育や国語教育、英語教育
等、他のことばの教育における言語教育と文学
教育との関係に関する議論との比較を行い、中
国の大学専攻日本語教育はどのように位置づけ
られ、戦後日本語教育は何を目指してきたかに
ついて考察した。
参考文献:
田中祐輔(2013)中国の大学専攻日本語教科書
の現代史―国語志向と文学思想―『言語文化教
育研究』
第 11 巻(特集号「言語文化教育の思想」),
言語文化教育研究会,70-94
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No. 59
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2014 年(平成 26 年)3 月 9 日
「言語と
言語と人間」
人間」研究会
Newsletter of the Human Linguistics Circle
2013 年 10 月 11 月例会 報告号
11 月例会報告
例会報告
データ文字化
データ文字化に
文字化に見られる沈黙
られる沈黙の
沈黙の解釈:
解釈:
同一データに
同一データに対
データに対する複数
する複数のトランスクリプトを
複数のトランスクリプトを比
のトランスクリプトを比べて
種市 瑛(立教大学大学院)
立教大学大学院)
本研究は、会話中に見られる沈黙を解釈する
枠組みを提示するための基礎研究として、同一
会話データに対する複数のトランスクリプト
の比較研究を提案するものである。特に沈黙の
書き起こし方に焦点をあて分析を行い、沈黙解
釈の多義性について考察を試みる。
トランスクリプトは、会話データに忠実に基
づいているわけではない(Heritage & Atkinson,
1984; Psathas & Anderson, 1990)。トランス
クリプトに書き起こされる要素は、作成者の興
味や関心、研究仮説により変わるとされている
(Ochs, 1979)。また、作成の目的に応じて、
表記要素が変わるとも言われている(Psathas &
Anderson, 1990; Have, 1999)。従って、同一
会話データであっても異なる作成者が文字化
をすることにより、トランスクリプトの精密さ
や表記要素に相違が見られると言える。
会話にみられる沈黙は、無言ゆえに、どのよ
うな意味を持つのかに加え、誰による行為であ
るのかについても、多義的である場合がある。
Psathas & Anderson(1990, p. 88)は、デー
タ中の沈黙をトランスクリプトに記す際、
(1)
記述の有無、
(2)沈黙の長さ、
(3)沈黙の位置
に違いが生じると一般論として述べている。だ
が、それらの表記がどのような解釈の違いを指
標するのかについて示した研究は、希少である。
本研究では、3 名の研究協力者に約 6 分の同
一会話データに対して、Jefferson(2004)に
よる表記法にのっとり、トランスクリプトを作
成するよう依頼した。作成されたトランスクリ
プトを Psathas & Anderson(1990)の提示した
3 点に注目し比較した結果、同一の沈黙であっ
ても作成者により、異なる書き起こしがされて
いた。第一に、沈黙の長さに最大 1 秒の開きが
見られた。第二に、沈黙を表記する位置にも違
いが見られた。具体的には、同一話者の発話間
に生じる沈黙であっても、発話と同じ行内に書
く場合と、沈黙を発話の行と分け記すことがあ
った。最後に、トランスクリプトに書き起こさ
れた沈黙と、書き起こされない沈黙があること
も観察された。これらの差異が生じた箇所では、
沈黙の直前直後の発話形式だけでなく、発話者
と沈黙の関係、作成者側の要因、即ち沈黙の解
釈の違いやトランスクリプト作成方法などの
影響も受けていると考えられる。
参考文献
Have, P. T. (1999). Doing conversation analysis: A
practical guide. London: Sage.
Heritage, J. & Atkinson, J. M. (1984). Structures of
social action: Studies in conversation analysis.
Cambridge: Cambridge University Press.
Jefferson, G. (2004). Glossary of transcript symbols
with an introduction. In G. H. Lerner (ed.),
Conversation Analysis: Studies from the first
generation (pp. 13-31). Amsterdam: John
Benjamins.
Ochs, E. (1979). Transcription as theory. In E. Ochs
& B. Schieffelin (eds.), Developmental
pragmatics (pp. 43-72). New York: Academic
Press.
Psathas, G. & Anderson, T. (1990). The ‛practices'
of transcription in conversation analysis,
Semiotica, 78, 75-99.