biomimetic

鯛のウロコの微構造・機械強度・バイオミメティック特性
有限会社カンダ技工 中山 哉
鳥取県米子市河崎 1008−1
共同研究:独立行政法人 物質・材料研究機構 生体材料センター
生駒俊之・田中順三
茨城県つくば市並木1−1、305-0044
アブストラクト
鯛のウロコは1−2μm の厚さを持った平板層状の直行したベニヤ(plywood)構造をし
ている。これは直径 70-80nm のコラーゲン繊維の細密充填により形成されている。X 線
回折測定・エネルギー分散型 X 線分析・赤外線スペクトル分析により、ウロコ中の無機
物はナトリウムとマグネシウムイオンを含んだカルシウム欠損型水酸アパタイトであっ
た。また、アパタイト格子中に微量の炭酸基がリン酸基に置換していることが明らかで
あった。ウロコの引張り強度は、∼90MPa と高い値を示した。これは、無機化したコラ
ーゲン繊維の階層構造による秩序化構造のためである。破断は層状構造の滑り、つまり
コラーゲン繊維の引張り破壊により生じていた。さらに、脱灰したウロコは明らかに低
い強度(36MPa)を示した。このことはアパタイトとコラーゲン繊維間の相互作用が機械
強度を決定するのに基本的に重要な要因であることを意味している。有機物を完全に除
去する熱処理により、コラーゲン繊維平板の直行したベニヤ構造と同様な構造を持つ無
機物のレプリカを作ることができた。873K で焼成したバイオミメティックレプリカは、
0.5-0.6×0.1-0.2μm のアパタイト結晶の c 軸が直線的な孔の平板状構造に沿って形成され
ていた。焼成温度を 1473K と高くしてもその無機物の構造は保たれ、その結晶の大きさ
は熱処理により大きくなっていることが明らかであった。
1.緒言
硬骨魚類のウロコはカルシウム欠損型水酸アパ
タイト(Ca10(PO4)6(OH) 2)と細胞外マトリックス、
特に I 型コラーゲンにより形成されている。これ
らは高次に秩序化した 3 次元構造を持っている。
ウロコは外側の層(Osseous layer)と内側の繊維層
(fibrillary plate)という二つの異なった構造から
出来ている。上側の外側の層では、コラーゲン繊
維が無秩序に配列しており、プロテオグリカン中
に埋め込まれている。対照的に、下側の繊維層で
はコラーゲン繊維が整列しており、平板状構造を
つくっている。つまり直行したまたは 2 重に織り
込まれたベニヤ構造をしている。繊維層中に存在
するコラーゲン繊維はウロコの底面にいるスクレ
ロブラストという細胞により作られている。この
繊維はマイクロツーブル(microtubule)やアクチ
ン(actin)マイクロフィラメントの協調により形成
されているが、底面層形成過程についてはまだ明
らかになっていない。このような特異的に組織化
したコラーゲン繊維は、異なる結合組織の機械的
特性に重要な影響を及ぼしている。
魚類ウロコの石灰化は生命体の一生において、
たゆまなく生じている。外側層は最初にマトリッ
クスベシクルにより石灰化され、それから内側層
に展開されていく。無秩序に配列した針状や薄片
状のアパタイト結晶が最外層に観測される。逆に
内側層の石灰化にはマトリックスベシクルは存在
しないが、コラーゲン繊維と平行にアパタイト結
晶のc軸が整列していることが最近の小角 X 線回
折から決定された。
本研究では、鯛から剥ぎ取ったウロコの微構造
を透過型電子顕微鏡(TEM)、走査型電子顕微鏡
(SEM)、エネルギー分散型 X 線分析(EDS)、X 線回
折測定(XRD)とフーリエ変換型赤外線スペクトル
により分析を行った。我々の知る限り、魚類ウロ
コの機械的強度試験の結果はこれまでに報告され
ておらず、そのため、我々はこれらの生体石灰化
組織の機械的強度とその破断機構に関して検討を
行った。さらに熱処理により有機物を完全に除去
させることで、元のベニヤ構造を保持したままの
バイオミメティック構造のレプリカを作製した。
通常の合成方法ではそのような材料を得ることは
不可能であり、生体材料研究において生体が創り
出した構造物は大変興味深い。
2.材料と方法
魚類ウロコは養殖鯛(0.5-1.0kg)から剥ぎ取っ
た。新鮮なウロコを 3%のグルタールアルデヒド
ナトリウムカコジル酸 0.1M 緩衝液(pH7.3)中に溶
液中に 2 時間浸漬させた。次いで同様な緩衝液中
に 1%OsO4 溶液を用いて固定化を 1 時間行った。
固 定 化 し た 試 料 は エ タ ノ ー ル 溶 液 (50,70,90,
100%)にて脱水を行い、spurr レジン中に埋め込み、
70 度で 12 時間重合させた。ダイアモンドナイフ
によりウロコ表面に対して垂直に切り超薄片(厚
さ 80-100nm)を作製し、JEM- 1230TEM により観察
を行った。
新鮮な魚類ウロコと 873K と 1473K で焼成した
1
試料は次のように分析を行った。無機物と有機物
の含有量は熱分析(Thermoplus TG8120、リガク)を
用いた。試料を 10 mg を秤取り、昇温速度 20K/分
にて 1473K まで大気中で分析を行った。魚類ウロ
コは、1mm 以下に剃刀により切り、XRD 測定
(PW1700、Philips)と拡散反射 FTIR スペクトル
分光器(FTIR2000、Perkin-Elmer)を行った。FTIR
ではリン酸カルシウム相の同定を行った。形態分
析は加速電圧 20kV にて JEOL-5600LV にて観察を
行った。元素分析は EDX 分析装置、JEOL-JED2200
にて行った。試料のコーティングは EDX 用にはタ
ングステンを、像観察には白金をコーティング
(Elionics-E101)して行った。
ウロコの脱灰は、余剰な蛋白質を 10wt%の NaCl
溶液にて洗浄を 1 日行った後、0.5MEDTA(試料重
量比 1:25)溶液中に 2 日間浸漬させた。これらの脱
灰操作はコラーゲンの断片化を避けるため、277K
にて行った。処理したウロコは、3 回精製水で洗
浄を行った。脱灰が完全であることは、熱分析に
より 1473K までの重量減量が 100%であることで
確認を行った。
ウロコと脱灰したウロコ(3×20mm)の引張り試
験は、10mm のゲージ長をもつテクスチャーアナ
ライザー(TA-XT2i;Eiko)で行った。引張り試験は
10 個の濡らしたウロコを用いて、クロスヘッド速
度 0.1mms-1 にて室温で行った。ヤング率はストレ
ス-ストレインカーブにおける 0.001 のストレイン
から外挿した曲線から求めた。ウロコの破断面の
形態は SEM により観察した。
3.結果
3.1 魚類ウロコの微構造とキャラクタリゼー
ション
鯛ウコロの SEM 像観察の結果、最外層に特有な
年輪が観測された。(図 1)また、染色した薄片の
TEM 像中に明らかに繊維層が観測された。(図 2)
最外層では 3-4μm の幅で無秩序に配向したコラ
ーゲン繊維により形成されていた。(図 3)さらに、
繊維層は直線的な 1-2μm の平板構造により形成
され、細密充填された直径 70-80nm のコラーゲン
繊維を含んでいた。(図 4)繊維の整列は隣り合う平
板構造間で約 90°回転したベニヤ構造をしていた。
染色した試料では、高倍率野観察により、I 型コラ
ーゲンに特有な 65nm の周期構造を持つ縞が観測
された。しかしながら、マトリックス中のアパタ
イト結晶の配向は TEM では観測されなかった。こ
れは試料調整中に結晶が溶解したためと考えられ
る。鯛のウロコの微細構造はこれまでに報告され
ているものとほぼ同じであった。
XRD パターンは、アパタイト構造に対応する
0.343, 0.280, 0.225, 0.194, 0.172nm のd値を持った
ブロードな回折線を示した。(図 5)他のリン酸カル
シウムや炭酸カルシウムは観測されなかった。ブ
2
図1タイのウロコの SEM 像。年輪が観測される。
図 2 オスミニウムにより染色したタイのウロコの TEM
像 。 矢 印 は 最 外 層 (osseous layer) を 二 重 矢 印 は 繊 維 層
(fibrillary plate)を示している。
図3 最外層の染色したコラーゲンの TEM 像。左側はウロ
コの表面部位を示し、無秩序に廃校したコラーゲン繊維が
観測される。内部の繊維層のコラーゲン秩序構造が右側に
観測される。
図 4 内部構造の TEM 増。平板状構造中に直径 70-80nm の
コラーゲン繊維が配向している。コラーゲン繊維はそれぞ
れのシートで互いに 90°回転した構造をしている。
図 5 ウロコの X 線回折測定結果。水酸アパタイトの(002)、
(211)、(310)、(222)、(213)と(004)のブロードな回折線が観測さ
れる。
図7 ウロコの引張りストレスーストレイン曲線。(n=10)
円で示した最大歪値はコラーゲン繊維の層状構造中の滑りと
引き裂きにより生じた塑性変形に対応する。
ロードな回折ピークは、結晶が小さいか、構造が
無秩序であるか、あるいはその両方であることを
意味している。定量的な EDX 分析の結果、無機物
の組成は P2O5, Na2O, MgO, CaO でそれぞれ 41±2,
3±2, 2±1, 54±2wt%であった。Ca/P 比は 1.67 で
あった。TG-DTA 測定の結果、水分・有機物・無
機物の組成は、13, 4, 46%であった。吸着水は吸熱
をともない 473K までに観測され、コラーゲン繊
維や他の生体高分子(多糖類)は発熱を伴い 648K
から生じ 873K まで観測された。FTIR スペクトル
は約 600 と 1000cm-1 に強い吸収が観測され、アパ
タイト格子中のリン酸基に対応していた。またア
パタイト格子中のリン酸基に置換した炭酸基の吸
図8 ウロコの破断面の SEM 像。コラーゲン繊維の層状構造
の滑りとコラーゲン繊維の引き裂きで破断されている。
1227cm-1 に観測される。その結果は魚類ウロコが
I 型コラーゲンと炭酸含有カルシウム欠損アパタ
イトにより形成されている事を示している。
鯛ウロコの引張り強度試験の結果、平均値が 93
±1.8MPa(n=10)であった。引張り試験によるスト
レス-ストレインカーブ(図 7)は最初に直線性を示
し、ヤング率 2.2±0.3Gpa の値を示した。この値
は比較的低い硬さを示していた。これはアカシカ
( ∼ 50 % 、 6.1Gpa ) や ア ク シ ス ジ カ ( ∼ 80 % ,
31.6Gpa)の無機物含有量と比較してウロコが低い
無機物の含有量(46%)であることを示している。
無機物含有量と硬さ(ヤング率)の相関は既に報告
されている。高いストレス値において、引張りス
トレス-ストレインカーブは破断前に明らかなプ
ラスチック特性を示した。破断面の SEM 観察の結
果、2-3μm のコラーゲン層状構造のスライドと
個々のコラーゲン繊維の引き裂きが破断前の塑性
変形に影響している。(図 8)ウロコを脱灰すること
で、平均の引張り強度(36±8.4MPa; n=10)とヤング
率(0.53±0.06GPa; n=10)の低下が観測された。その
ため破断挙動は本質的に脱灰前の組織と同じであ
図6 ウロコの IR スペクトル。コラーゲンに帰属されるアミ
ド I、II、III が観測され、アパタイト格子中のリン酸基と炭酸
基がそれぞれ観察された。
収がそれぞれ 873, 1420, 1447cm-1 に観測された。
(図 6)同様なデータがこれまでに人間の骨や歯の
生体鉱物で観測されている。
加えて、アミド I, II, III
に帰属される FTIR バンドがそれぞれ 1657, 1520,
3
図9
873(a)と 1473K(b)で焼成したウロコの最外層表面の SEM 像。リン酸カルシウムの結晶が観測される。
った。
のこれまでの研究にあるように炭酸塩鉱物は検出
されなかった。薄片化したウロコの TEM 観察では、
コラーゲンマトリックス中の無機物の位置を決定
することが出来なかったが、焼成した試料はアパ
タイト結晶が長く細長い板状結晶であることを示
し、さらにそれぞれの層においてコラーゲン繊維
と平行に整列していることを示していた。これは
最外層と内部層に観測されるアパタイト結晶の配
向性が、これまでの他のウロコに関する研究と一
致をしていると言える。
硬骨魚類の薄い最外層の無機化が内部層の無機
化より先に生じるということは、一般的に述べら
れている。これは有機マトリックスのコラーゲン
繊維の組織化を含んでいる。最外層はコラーゲン
繊維が無秩序に整列しており、内部層は高次に組
織化したコラーゲン繊維の平板構造により構築さ
れている。TEM 観察は魚類ウロコの構造モデルと
一致していることを示し、鯛ウロコの直行ベニヤ
構造層がこれまでのウロコの観察結果とほぼ同じ
であることを示した。しかし金魚の 2 重捻り構造
とは異なっていた。
ウロコの機械強度特性はこれまでに報告されて
いない。Meuier はウロコ中のコラーゲン繊維が無
機化により硬くなることを提案しているが、これ
は我々が観測した脱灰前と後に測定した引張り試
験と一致していた。そのため、ウロコの高い引張
り強度はアパタイト結晶とコラーゲン繊維の高い
秩序構造に起因することが明らかである。つまり
板状のアパタイト結晶のc軸がコラーゲン繊維に
沿って配向しているためである。コラーゲンとい
った生体マトリックスとアパタイトの整列はこれ
までに報告されており、組織の強度を強くするた
めの無機物バインダーや機械強度の異方性による
機能的な利点が知られている。さらに、我々は鯛
ウロコのプラスティック変形を観察し、これは繊
維間に無機物が沈着していることを示し、繊維間
に侵入していないことを示した。特にこれらの領
域では薄いコラーゲン繊維が含まれていた。
3.2 熱処理プロセスとバイオミメティックレ
プリカ
XRD と FTIR 測定の結果、873K と 1473K で焼
成したウロコの無機物は水酸アパタイトまたは水
酸 ア パ タ イ ト と リ ン 酸 三 カ ル シ ウ ム (TCP;
Ca3(PO4)2)の混合物であった。高温での TCP への
相変化はカルシウム欠損型アパタイトの特徴であ
る。873K と 1473K で焼成した最外面の SEM 像で
は、焼結と連通性のある大きな多孔質のレプリカ
のリン酸カルシウム結晶凝集が見られた。(図 9)
典型的なドメインの大きさはそれぞれ 0.1-0.2μm
と 1-2μm であった。また大きさ 0.1-0.2μm の TCP
の小さな結晶が 1473K で焼成した試料表面に観測
された。対応する繊維層の SEM 像において明らか
に元のベニヤ構造を保存した無機物のレプリカが
観測された。(図 10)両方の場合において、もとと
同様なリン酸カルシウムの 2-4μm の平行なシー
トが出来上がっていた。これは層間において交互
に∼90°回転した構造をしていた。リン酸カルシ
ウムの層状構造は 1-2μm の間隔の多孔構造を持
っており、滑らかで平坦な表面を呈していた。そ
れぞれのシートは多層構造が安定に存在し、隣り
合うリン酸カルシウム間に枝が存在していた。
873K で焼成した試料の高倍率の SEM 像では、
0.5-0.6×0.1-0.2μm の細い板状のアパタイト結晶
が縞に沿って配向していた。焼成温度を 1473K と
高くすることでアパタイト結晶の粒子サイズが大
きくるが、基本的なリン酸カルシウム構造は保持
されていた。この結果はコラーゲン繊維に沿った
アパタイト粒子の配向が焼成物中でも保持されて
いるということを意味している。
4.考察
本論文の結果において、鯛のウロコの微構造と
組成と、これまでの研究で確認された異なる組織
との微構造の類似性を述べた。無機相はカルシウ
ム欠損型炭酸水酸アパタイトであり、金魚ウロコ
4
る複雑な構造を持った多孔質無機材料の新しい方
法として魚類ウロコの応用に関して研究が必要で
ある。
終わりに、我々はウロコを焼成することで簡単
に層状のリン酸カルシウムレプリカを合成するこ
とが出来た。この構造は直接的な生体過程でつく
られたものではないが、バイオミメティック材料
研究分野において興味深いものだった。さらなる
研究により、分離技術・触媒・医療応用に使われ
Journal of Structural Biology に掲載決定。
図9 873(a, b)と 1473K(c, d) で焼成したウロコ内部の SEM 像。長く幅の狭い板状アパタイト結晶がコラーゲン層状構造のコラーゲン
分子に平行に配向して入ることが分かる。(c)多孔質リン酸カルシウムシートがベニヤ構造をそのまま保持したレプリカ構造をしてい
る。(d)連結したリン酸カルシウムの橋かけ構造の高倍率像。
5
タイとテラピアのウロコから抽出した I 型コラーゲンの物理的特性
有限会社カンダ技工 中山 哉
鳥取県米子市河崎 1008−1
共同研究:独立行政法人 物質・材料研究機構 生体材料センター
生駒俊之・田中順三
茨城県つくば市並木1−1、305-0044
アブストラクト
医療用材料としてこれまでに未利用資源である鯛とテラピアのウロコから I 型コラーゲ
ンを抽出した。魚類ウロコは EDTA により脱灰し、ペプシン処理を行った。得られた I
型コラーゲンは最も豊富に存在するグリシンを 33.6%以上含んでいた。鯛とテラピアか
ら抽出したコラーゲンの変性温度は 303 と 308K であり、ブタの真皮から抽出したコラー
ゲン(314K)より低い変性温度であった。CD スペクトルは変性温度がプロリン残鎖よりヒ
ドロキシプロリンに依存していることを示していた。ラマンスペクトルの結果から、ヒ
ドロキシプロリンとプロリンリングに帰属される 879 と 855cm-1 のラマンラインが、その
イミノ酸の含有量により変化していることが明らかであった。硫黄を含むメチオニンの
含有量がブタ真皮に比べてウロコに多く含まれていることが分かった。熱変化測定から、
計算したエントロピーとエンタルピーはそれぞれ I 型コラーゲンのアミノ酸の配列
(Gly-Pro-Hyp)に相関していること、またメチオニンのアミノ酸残基の数に依存している
ことが分かった。
1.緒言
I 型コラーゲンは細胞外マトリックスの主成分
であり、組織や器官の機械強度の保持の役割をし
ている。また細胞環境に生理学的な調節を行って
いる。I 型コラーゲンの利用は健康食品・美容外
科・生体材料の産業などに広がっている。生体材
料への利用のための I 型コラーゲンの利点として、
その低い抗原性や細胞との直接的な接着が知られ
ている。これまでに、多くの分野における I 型コ
ラーゲンの主原料は牛やブタの真皮などに限られ
てきた。
I 型コラーゲンは海洋生物の皮膚などから抽出
されてきた。例えば、クラゲ、ヒトデ、タコ、オ
ウムガイ、イカ、ウニや他の生物から抽出されて
きた。一方、高次に組織化した I 型コラーゲンと
水酸アパタイト構造を持つ魚類ウロコからの I 型
コラーゲンの抽出は、野村らにより報告されてい
る。これは、鰯のウロコから I 型コラーゲンを抽
出し、酸可溶性コラーゲン(SC)は変性温度 300K で
あると報告されている。海洋性の皮膚由来コラー
ゲンはブタ真皮から抽出したコラーゲン(314K)に
比較して低い変性温度をしている。
一般に、ペプシン可溶化コラーゲン(PSC)の変性
は SC と比較して低いことが知られている。また
PSC の N 及び C 末端がペプシン処理により失われ
るため SC と比較して抗原性は低い。ペプシン処
理の処理時間と温度は、αI(1)鎖より小さな分子量
の断片化を促進させるための重要な要因である。
ラマン分光は特にコラーゲンの分析に有用であり、
Frushour らにより関連する変性物の報告がある。
彼らは、コラーゲンの骨格アミノ酸に関連した特
6
定の官能基を分別させることが出来ると報告して
いる。そのため他の蛋白質と純粋なコラーゲンを
同定することが可能である。
本論文で、我々は簡単な方法により鯛(海水魚)
とテラピア(淡水魚)の魚類ウロコから I 型コラ
ーゲンを抽出した。さらに CD スペクトルにより
変性温度を算出した。加えて我々は FT-Raman 分
光により温度とアミノ酸組成の関係に関して検討
を行った。
2.実験方法
魚類ウロコからの I 型コラーゲンの抽出
脱灰過程
ウロコは鯛とテラピアから集めた。最初に魚類
ウロコは 10wt%の NaCl 溶液で 48 時間洗浄を行い、
不必要な蛋白質を表面から取り除いた。脱灰処理
は 0.5mol/l のトリス塩酸緩衝液(pH7.5)により調整
した EDTA 溶液で 24 から 48 時間行った。懸濁液
を 10000g の遠心分離を行った後、精製水により 3
回洗浄を行った。脱灰した魚類ウロコは、熱分析
によりリン酸カルシウムの完全な溶解を確認した。
ペプシン可溶化コラーゲンの抽出
魚類ウロコからの I 型コラーゲンの抽出は鎖の
分断を減らすため 277K にて行った。酸可溶性コ
ラーゲンは完全に脱灰したウロコから 0.01mol/l の
塩酸に 48 時間浸漬させることで得た。不溶解性コ
ラーゲンを 10,000g の遠心分離を行った後、酸可
溶性コラーゲン繊維は溶液を 24 時間 pH7.0 で得た。
得られた繊維は 3 回精製水で洗浄を行った。残渣
は精製水で洗浄を行い、PSC 抽出に用いた。
アテロコラーゲンは、最終残渣に対してペプシ
ン(1/100:和光純薬)処理を 72 時間行うことで
得た。ペプシン溶液は 0.01mol/l の塩酸溶液に重量
比 1/6 になるように調整した。PSC は酸可溶性コ
ラーゲンと同様の方法により洗浄を行った。全て
の処理は 277K にて行った。
抽出したコラーゲンのグリシン(34.1%)とほぼ
表 1 アミノ酸組成(1000 残基)・変性温度・熱力学データ
アミノ酸分析
抽出したコラーゲンのアミノ酸分析は、アミノ
酸分析装置(日立L8800)を用いて行った。ブタ真
皮由来コラーゲン(新田ゼラチン)とウロコから
抽出したコラーゲン5mgを凍結乾燥したものを用
いた。これらをそれぞれ6mol/lの塩酸溶液に溶かし、
383Kで22時間加水分解を行った。溶媒は蒸発させ
ることで取り除いた。さらに0.02mol/;の塩酸溶液
10mlを加えて0.45μmのフィルターにてろ過を行
い測定を行った。
円偏光スペクトル分析とラマンスペクトル測定
CDスペクトルはJASCO725型により測定を行
った。凍結乾燥したPSC(0.04g)を100mlの塩酸水溶
液(pH 3; 0.001mol/l)に分散させ、1mmの光路の石英
セルに入れた。CDスペクトル測定は、278-353Kの
温度範囲で10Kのステップ幅にて250-190nmの範
囲で行った。スキャン速度は50nmmin-1でインター
バルは0.5nmの条件で行った。測定は3回繰り返し
行った。同様の測定をブタ真皮由来コラーゲンに
ついても行った。
コラーゲンの変性温度を決定するため、221nm
の波長に固定し、円偏光角度[] 221を温度に対して
測定した。測定温度はペルチェホルダーを用いて
1Kmin-1の温度ステップにて測定を行った。この際
温度制度は±0.1Kである。データは0.2K毎に測定
を行った。平均分子楕円率(;degcm2dmol-1)は平
均分子残基分子量から計算した。
一致していた。1000個に対するイミノ酸、プロリ
ンやヒドロキシプロリンの数は、ブタ真皮(220)、
テラピア(193)、タイ(180)の順に減少していた。
これはコラーゲン繊維の安定性や変性温度に影響
している。各I型コラーゲンのプロリンのヒドロキ
( ) (104 deg cm 2 dmol -1 )
0.5
221nm
0
353K
-0.5
212nm
333K
-1
313K
-1.5
-2
-2.5
190
293K
200
(a)
210
220
230
240
250
Wavelength (nm)
0.5
( ) (104 deg cm 2 dmol -1)
ラマン分光測定
FT-RamanスペクトルはPerkin Elmer spectrum
GXにより測定を行った。光源にはNd-YAGレーザ
ー(波長;1064nm)を用いた。後方散乱角度は180°
で測定した。試料の熱損傷を避けるため、レーザ
ーの出力は100mWにて行った。4cm-1の分解能で
128回の積算を行った。コラーゲンは精製水で洗浄
を行い、凍結乾燥した試料を用いた。
221nm
0
353K
-0.5
333K
-1
298K
212nm
-1.5
-2
-2.5
190
293K
(b)
200
210
220
230
240
250
Wavelength (nm)
0.5
( ) (104 deg cm 2 dmol -1)
3.結果と考察
熱分析の結果、ウロコは24時間処理すること
で完全に脱灰していた。酸溶解性とペプシン可溶
化コラーゲンの収率は約2%であった。表1に1000
個の残基に対するコラーゲンのアミノ酸組成を示
す。コラーゲンに特有な(Gly-Pro-Hyp)nの3重らせ
んの繰り返しにより、グリシン(Gly)が最も多く存
在し、34.6%(タイ)と33.6%(テラピア)含まれ
ていることが分かった。この値は、ブタ真皮から
221nm
0
353K
-0.5
212nm
333K
-1
308K
-1.5
-2
-2.5
190
293K
(c)
200
210
220
230
240
250
Wavelength (nm)
図1
7
I 型コラーゲンの CD スペクトル;(a)ブタ真皮由来、
(b)タイウロコ由来、(c)テラピアウロコ由来
シル化は、44.1%(ブタ真皮)、43.0%(テラピア)、
40.6%(タイ)であり、リシンのヒドロキシル化は
約21%であった。また、硫黄を含むメチオニン残
基の数は明らかにウコロから抽出したコラーゲン
のほうが多く、ブタ真皮(6/1000)、テラピア
(12/1000)、タイ(15/1000)であった。
図1に温度範囲278-353Kにおける3種類のI型コ
ラーゲンのCDスペクトルを示す。コラーゲンは
221nmに正の極大が観測され、191nmに負の極大が
観測された。また各スペクトルの交点(ゼロ回転)
は212nmに観測された。これは蛋白質の3重らせん
構造の特徴である。図2に平均分子楕円率()221の
温度変化を示す。()221の値は温度とともに減少し、
コラーゲン特有な3重らせん構造の分解に依存し
ていた。また各コラーゲンの変性温度は、ブタ真
皮(313.8K)、テラピア(308.7K)、タイ(302.9K)であ
っ た 。 変 性の 開 始 と終 了 温度 は 、 ブタ 真 皮
(309-319K)、テラピア(301-316K)、タイ(297-309K)
であった。HyP残基の数に対して変性温度をプロ
ットすると直線性を示すが、プロリン含有量では
それほど一致は見られなかった。(図3)
3000
Porcine dermis
Pagrus major
Oreochromis niloticas
2000
1500
1451
884 855
1000
1269 1247
1670
1641
500
0
Intensity
() [221nm] / deg cm2 dmol -1
2500
コラーゲン変性に関連してのエンタルピー
(ΔH)とエントロピー(ΔS)の変化を図2に示した熱
変化曲線を用いてvan’t Hoffの近似式から算出し
た。ΔHとΔSの値は、それぞれ-452(7) kJ/molと-1.46
(2) kJ/molK(テラピア)、-522 (9) kJ/molと-1.72 (2)
kJ/molK(タイ)、-669 (8) kJ/molと-2.13 (3) kJ/molK
(ブタ真皮)であった。この値は、Gly-X-Yの繰り
返しによる位置に依存しているため、変性温度と
直接的に対応しているわけではない。
Ac(Gly-Pro-Hyp)3-Gly-X-Y-(Gly-Pro-Hyp) 4-Gly-GlyNH2のXとY位置がArg、Lys、GluとAspに関しての
熱安定性とエンタルピーとエントロピーが報告さ
れ て い る。 X 位 置 に 電 荷を 帯 びた 鎖 をお き 、
Gly-Pro-HypやGly-Ala-Hyp配列と比較するとエン
タルピーは大きくなり、エントロピーは小さくな
る。そのため、ウロコから抽出したI型コラーゲン
のエンタルピーとエントロピーの違いがアミノ酸
の特異的な配列に起因していること、その3重らせ
んの安定性に影響していることが考えられる。こ
れ は 、 α 鎖内 部 の 水素 結 合形 成 に 依存 し 、
Gly-Pro-Hypの3つのペプチド配列が最もコラーゲ
ン分子内で安定であるためである。ウロコの低い
変性温度は小さな負のΔHの値が影響しているこ
とが推察されるが、これは、テラピアのΔH値とタ
イのΔH値の比較から、より高いMet含有量に関係
した硫黄の相互結合が影響していることが考えら
れる。
-500
921
1093
1421
1004
816
(a)
937
(b)
-1000
280
290
300
310
320
330
340
350
Temperature / K
図2 221nm における CD スペクルの温度変化
130
(c)
1800
Imino acid residue / number
hydroxyproline residue
proline residue
90
Pagrus major
305
310
1200
315
1000
800
-1
図4にI型コラーゲンに対する1800-800cm-1 のラ
マンスペクトルを示す。また対応するピークの帰
属を表2に示す。1670と1640cm-1の二本のピークは
それぞれコラーゲンのアミドIに帰属される。一方、
1270と1246cm-1のピークはアミドIIIに帰属される。
カルボキシル基に帰属されるバンド(アスパラギ
ン酸とグルタミン酸;1421、1062cm-1)と水素化し
たアミノ残基(1162cm-1)が観測された。ラマン
スペクトルの顕著な違いは、1000-800cm-1に観測さ
れ、芳香環や残基リングを持つフェニルアラニン、
Oreochromis niloticas
80
70
300
1400
図2 1800 から 800cm-1 での I 型コラーゲンのラマンスペ
クトル。(a)ブタ真皮由来、(b)タイ由来、(c)テラピア由来。
明らかな違いがヒドロキシプロリンとプロリンピークに観
測される。
Porcine dermis
100
1600
Wavenumber / cm
120
110
Hyp Pro
320
Denaturation temperature / K
図 3 ヒドロキシプロリンとプロリン残基に対する変性
温度の関係
8
表2
I 型コラーゲンのラマンラインの帰属
のバンドは1033と1004cm-1に観測され、プロリン
の2つのバンドとヒドロキシプロリンのバンドが
それぞれ921と855cm-1や880cm-1に観測される。後
者はタイに多く含まれ、コラーゲンのヒドロキシ
プロリンの量が顕著に異なることと一致している。
本研究では、タイとテラピアのウロコから抽出
した I 型コラーゲンに関して検討を行い、アミノ
酸組成と変性温度の相関を明らかにした。CD スペ
クトル測定により、変性温度がイミノ酸残基の減
少とともに低くなり、そしてヒドロキシプロリン
含有量と強い相関があることを明らかとした。ウ
ロコとブタ真皮から抽出した I 型コラーゲンのエ
ンタルピーとエントロピーの変化は組成によるラ
マンスペクトルの違いに依存すると説明できた。
International Journal of Biological Macromolecules
に掲載決定
プロリン、ヒドロキシプロリンは強いラマン散乱
をしている。フェニルアラニンに帰属される二本
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