巻頭言 Top Column - 化学と生物

巻頭言
Top Column
女性研究者賞の創設とその意義
裏出令子
化学と生物 ●
日本農芸化学会
京都大学大学院農学研究科
2017 年度,農芸化学会では女性正会員を
対象とする「農芸化学若手女性研究者賞」
,
「農芸化学女性研究者賞」
,
「農芸化学女性
企業研究者賞」が創設された.これらの賞
は,植田和光会長の発案を受けて男女共同
参画委員会が原案を作成したもので,2016
年 5 月と 7 月の理事会で審議され設置が認
められた.現在,女性賞を設置している日
本の学会は非常に少なく(男女共同参画学
協会連絡会に加盟している約 90 の学協会
の う ち 8 学 会)
,賞の設置に対してその
‘必要性’に疑問をもつ会員もおられるこ
とと思う.そこで,賞の原案作成に直接か
かわった者として,女性賞創設の背景を紹
介し,その意義と必要性を説明したいと思
う.さて,経済・社会の状況は日々地球規
模で大きく変化している.このような世界
情勢の下で日本が新たな未来を切り拓き国
内外の諸課題を解決していくためには,科
学技術イノベーションを強力に推進してい
く必要があることは論を俟たない.日本の
既存の社会制度は,先の大戦後の日本の発
展を支える土壌として有効であったとされ
る一方,流動性の欠如,ジェンダーによる
役割分担,
「阿吽の呼吸」による意思決定
など,
「同質性」を重んじ「異」を排除す
る特性をもっており,これらは科学技術イ
ノベーションの‘フロンティア’に挑戦す
る際には足かせとなっている.科学技術基
本計画において,この足かせから抜け出す
切り札は「人材の多様性確保」と「流動性
の促進」であるとされ,女性研究者の活躍
促進(最小必要人数の確保と登用)が不可
欠であると謳われている所以である.農芸
化学会に目を転じてみると,会員の女性比
率は学生会員が 38%であるのに対して正会
員は 17%と半分以下,役員や委員として学
会の意思決定にかかわる,あるいは学術集
会においてリーダーシップをとる女性比率
はさらに低く,また,既存の賞の 2016 年
度までの女性受賞者数は,学会賞 2 名,功
績 賞 1 名, 奨 励 賞 20 名, 技 術 賞 12 名 と,
お世辞にも女性研究者が十分に活躍してい
るとはいえない現状である.このような状
況を打破するためには,
「支援」
,
「環境の
整備」
,
「見える化」
,
「意識改革」
,
「女子中
高生やその保護者への科学技術系の進路に
対する興味関心や理解の促進」が必須であ
り,学会としても意識的な取り組みが求め
られる.このたび創設された賞は,農芸化
学分野で優れた成果を上げている女性研究
者を「奨励する」とともに「見える化」す
ることを目的としており,受賞を足がかり
として将来のキャリアアップにつなげても
らうことを狙っている.筆者は賞の原案起
草に先立って,日本における男女共同参画
の取り組みを牽引されてきた複数の研究者
から女性賞について資料の提供および意見
やアドバイスをいただいた.特に強いイン
パクトを受けたのは,ある学会では理事会
の反対に遭って女性賞の設置がなかなか実
現しなかったが,ようやく賞が設置され候
補者を募集すると極めて優秀な女性研究者
が少なからずいることがわかり,受賞者は
喜びと誇りをもって受賞しているとのお話
であった.また,候補者がすぐに枯渇せ
ず,選考基準が明確である賞を創ることが
大事との助言をいただいた.このような先
駆者の貴重なアドバイス,植田会長の強力
な後押し,そして理事の方々のご理解とご
支援のお陰で,一度に 3 つの女性賞創設が
実現できたのである.短期間で賞の創設が
実現したことはほかの学協会から驚きを
もって迎えられており,植田会長の英断に
心から敬意を表したい.女性賞が女性研究
者の増加と女性リーダーの育成に寄与し,
農芸化学会で男女共同参画が当たり前のこ
ととして実現する日を楽しみにしている.
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会
DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.151
Top Column
化学と生物 Vol. 55, No. 3, 2017
151
プロフィール
化学と生物 ●
日本農芸化学会
裏出 令子(Reiko URADE)
<略歴>1977 年大阪府立大学農学研究科
農芸化学専攻修士課程修了/1978 年京都
大 学 食 糧 科 学 研 究 所 文 部 技 官/1988 年
Roche Institute of Molecular Biology ポス
ドク研究員/1989 年同助手/1994 年同講
師/1995 年同助教授/2001 年京都大学大
学院農学研究科助教授(後准教授)/2010
年同大学大学院農学研究科教授,現在に至
る.2015 年度から農芸化学会男女共同参
画委員会委員長<研究テーマと抱負>ナノ
構造と食品物性との関係・食料種子貯蔵タ
ンパク質の立体構造形成の仕組み<趣味>
読書,音楽鑑賞