独メルケル首相は続投できるか

みずほインサイト
欧 州
2017 年 2 月 24 日
独メルケル首相は続投できるか
欧米調査部主任エコノミスト
Mr.Europe の出馬で揺らぐ 4 選シナリオ
03-3591-1199
松本惇
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○ ドイツでは9月24日に連邦議会(下院)選挙が実施され、その結果を受けて首相が決まる。選挙結果
は、ドイツの国政と共に、今後のEU・ユーロ圏の政策方針を考える上で重要である。
○ これまでは「メルケル首相率いるCDUが勝利、同首相が続投」というのが選挙結果のコンセンサ
スだった。連立政権を組むSPDの党首交代を受け、このコンセンサスは揺らいでいる。
○ CDUとSPDがどのような戦術で選挙に臨むのか、現時点で明確ではない。まずは足元のSPD
人気が持続的かを知る上で地方議会選の結果が注目される。
1.注目されるドイツ連邦議会選
ドイツでは、下院である連邦議会の総選挙が2017年9月24日に実施され、その結果を受けて新首相が
決まる。欧州債務危機の勃発後、ドイツ政府はEU(欧州連合)やユーロ圏の意思決定もリードしてお
り、「欧州がドイツ化した」という指摘さえ聞かれる。EU離脱を決めた英国との交渉や難民問題へ
の対応、EUに批判的な米国トランプ政権との関係構築など、EU・ユーロ圏が取り組む課題が山積
する中、ドイツの新政権・首相が果たす役割は大きく、それらを決める連邦議会選への注目度は高い。
今回の連邦議会選に関しては、「アンゲラ・メルケル首相率いるCDU(キリスト教民主同盟)が比
較第一党となり、メルケル首相は4選を果たす」というのが2016年末時点のコンセンサスであり、選挙
の注目点は専らCDUの連立相手にあった。2013年に実施された前回の連邦議会選では、CDU並び
に姉妹政党CSU(キリスト教社会同盟)が勝利し、SPD(社会民主党)との大連立政権を樹立した。
図表1 ドイツ主要政党の支持率
50
(%)
CDU/CSU
SPD
グリーン
FDP
AfD
45
CDU/CSUとSPDの
支持率は拮抗
40
難民流入の
急増を背景に低下
35
30
25
20
15
10
5
0
2014/2
14/8
15/2
15/8
16/2
16/8
17/2
(年/月)
(資料) INSA、YouGovよりみずほ総合研究所作成
1
2015年夏以降、ドイツへの難民流入の急増などを背景に、メルケル首相やCDUの支持率は低下し
てきた。しかし、CDUの支持率が低下しても各政党支持率の順位に大きな変化が無く、CDU内で
メルケル首相に代わる人物も見当たらなかった。また、他のEU諸国と同様、ドイツでもポピュリス
ト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が議席を増やすとみられるも、支持率が低いことから比較第
一党には届かないと考えられてきた。
2.Mr. Europe の出馬で揺らぐ「メルケル首相続投」シナリオ
SPD党首の交代が発表されたことで「CDU比較第一党・メルケル首相4選」というコンセンサス
が揺らぎつつある。元々、SPD党首は2009年よりジグマー・ガブリエル氏が務め、同氏が今回の連
邦議会選にSPDから首相候補として出馬するとみられていた。しかし、2017年1月末にガブリエル氏
は党首から辞任すると共に、マルティン・シュルツ前欧州議会議長を党首・首相候補に推すことを党
幹部会に伝え、了承された1。シュルツ氏の党首就任・連邦議会選への出馬が発表された後、世論調査
ではシュルツ氏(50%)の支持率がメルケル首相(34%)の支持率を上回ったほか2、別の調査ではSPD
支持率(31%)もCDU支持率(30%)並みに急上昇した(前頁図表1)。報道によると、足元ではSPDへ
の入党希望者が大幅に増加しているという。
シュルツ氏はなぜ支持を集めたのか。その理由として、次の2点が指摘できる。第1に、性格である。
シュルツ氏は感情的な話し方をし、「首相になりたい」と豪語するなど自分の意見を率直に述べると
される。何を考えているのか分かり易いことが、支持を集めた可能性がある。冷静・慎重であって多
くを語らず、面白みを欠くと評されることのあるメルケル首相とは対照的と言える。
第2に、挫折から立ち直ったという経歴への共感である。シュルツ氏は若い頃、膝の怪我でサッカー
選手になるという夢を断念した後、自暴自棄となってアルコール中毒に陥った(図表2)。しかし、治療
を受けたシュルツ氏は立ち直り、本屋を開店し、20代で市議会議員、30代で市長を務めた後、欧州議
会議員に転じ、2012年からは欧州議会議長となった。欧州議会での経歴が20年超と長いことから、
「Mr.
Europe」と呼ばれる。
図表2 メルケル・シュルツ両氏のプロフィール
メルケル独首相、CDU党首
シュルツSPD党首
誕生日 1954年7月17日、62歳(2017年2月現在)
1955年12月20日、61歳(2017年2月現在)
旧東独で育ち物理学者の道を歩む
夢が潰えて自暴自棄となった時期も
怪我によりサッカー選手になるという夢を断念、
アルコール中毒に陥る。リハビリを経て復活
本屋や出版社勤めの後、1982年に本屋を開店
1986年、物理学博士号を取得。
1990年迄、ベルリンにある科学アカデミーに在籍
政治への参加は35歳の時
経歴
その他
政治への参加は19歳の時
1989年、旧東独の新政党「民主主義の出発」入党
1990年、デメジエール政権で副報道官に。
「民主主義の出発」解党の後、CDU入党
1991年、メクレンブルク=フォアポンメルン州か出馬・当選。
コール政権で連邦女性・青少年相に
1994年、同政権で連邦環境・自然保護・原子力安全相に
1974年、SPD入党
1984年、ヴュアゼーレン市議会選に出馬・当選
1987年、ヴュアゼーレン市長に
1994年、欧州議会選に出馬・当選
1998年、CDU幹事長に
2012年、欧州議会議長に
2000年、CDU党首に
2017年、同議長辞任
2005年以降、ドイツ連邦首相に
2017年、SPD党首に
「メルケル」は1人目の夫の苗字。現在の夫はザウワー氏
ロシア語が特に堪能、英仏語も話す
(資料) 各種資料・報道よりみずほ総合研究所作成
2
5カ国語を話す(独語+英仏伊蘭語)
3.危機感を強めるCDU
SPDの躍進に、CDUは危機感を強めている模様だ。シュルツ氏の出馬表明後、CDUは姉妹政
党CSUとの関係を改善させた。CSUはバイエルン州のみを基盤とする地域政党だが、中道寄りの
CDUは、保守色の強いCSUと組むことで、中道派と右派の両方から支持を得てきたという経緯が
ある。具体的には、バイエルン州以外に住む右派はCSUに投票出来ないが、彼らは、CDUに投票
することがCDUの発言力を強め、ひいては姉妹政党であるCSUの政策方針を国政に反映すること
に繋がると考え、CDUに投票してきたと指摘されている。過去数年、難民問題に関する見解の相違
などから両党の関係は悪化し、それがCDUの支持率低下に繋がったと指摘されており、両党の関係
改善はCDUの支持拡大に寄与するかもしれない。
CDUは選挙に向けて、CSUとの関係改善に加え、景気回復や失業減、財政健全化目標の達成な
どを現政権の成果として主張することで支持拡大を狙うとみられる。また、難民政策を一段と厳格化
し、国民の関心が高い分野で更なる成果をあげようとする可能性がある。もっとも、11年という長期
政権を率いたメルケル首相が飽きられ、新風としてシュルツ氏率いる「新SPD」が期待されている
ならば、CDUはこれまでの成果を訴えるだけでは支持を伸ばすことが難しいように思われる。
4.SPDが講じ得る 2 つの選挙戦術
一方、SPDはどのような戦術を講じるか。2つの戦術が想定され、SPDがどちらを選ぶかは、自
党の支持率低迷の主因を何に求めるかに依存するだろう。1つ目は、政策面でCDUとの差別化を図る
戦術だ。大連立政権の下でCDUに政策を取り込まれ、SPDが存在感を失ったことが支持率低迷の
主因と判断されれば、こうした戦術が講じられるとみられる。シュルツ氏が国政に関与してこなかっ
たことから、現政権の政策を批判し易いとの指摘もある。しかしながら、世論調査では70%超が現政
権の政策を「良い」と評価している3。寛容な難民政策が展開された2015年夏以降に「良い」という回
答比率は低下したが、その後、難民政策の焦点が流入抑制となり、流入抑制に向けてトルコと合意が
締結されたり4、難民支援策が厳格化されたりした後、同比率は回復した。このように現政権の政策に
対する国民の評価が高い中では、SPDがCDUと政策の差別化を図ることは困難と思われ、差別化
が裏目に出る可能性もあると考えられる。
2つ目の戦術は、政策の継続性を強調した上でシュルツ氏を全面に押し出す戦術だ。発言などに一貫
性が無かったガブリエル前党首の不人気が支持率低迷に繋がっていたと判断されれば、この戦術が講
じられよう。現政権の政策に対する国民の評価が高い中、かつて自分達がそうされたように、SPD
がCDUの政策を取り込んで継続性を強調した上で、選挙戦の構図を、政策の違いではなくリーダー
シップの対立にするのだ。国民がメルケル首相に飽きてきているならば、この戦術は奏功するかもし
れない。ただし、シュルツ氏の国政での経験不足や、かつての親欧州的な発言(ユーロ共同債の導入な
ど)が批判される可能性はある。
3
連邦議会選の実施まで半年程となる中、目先の注目点は地方選の結果だ。ザールラント州(3月26日)、
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州(5月7日)、ノルトライン=ヴェストファーレン州(5月14日)では議
会選が実施される(図表3)。足元のシュルツ氏・SPD人気が持続的かなどを知る上で、そして、連邦
議会選の結果を占う上で地方選の結果は重要な手掛かりとなるだろう。
図表3 地方選が実施される3州の議会構成
シュレスヴィヒ=
ホルシュタイン州
ザールラント州
ノルトライン=
ヴェストファーレン州
CDU
19
22
68
SPD
18
22
99
Greene
3
10
29
海賊党
3
6
18
6
22
3
1
69
237
FDP
その他
8
合計
51
(資料) 各州議会HPよりみずほ総合研究所作成
1
シュルツ氏は、3 月のSPD党大会で党首・首相候補として認められる必要があるようだ。しかし、党幹部が同氏の党首就任を
了承していることや、出馬表明後の同氏の人気を踏まえると、同氏はほぼ確実に党首・首相候補として認められると考えられる。
2
国営放送ARDが 1 月末に実施した調査では、
「もし首相を直接選ぶことが出来るならばメルケル氏とシュルツ氏のどちらに投
じますか」という質問に対し、34%がメルケル氏、50%がシュルツ氏を選んだ。
3
Forschungsgruppe Wahlen が 2017 年 1 月に実施した調査。
4
難民流入抑制を巡る欧州とトルコとの合意は、みずほインサイト「過去最多の難民に苦慮するドイツ」(2016 年 3 月 1 日)、み
ずほ欧州経済情報(2016 年 3 月号 3 頁)を参照されたい。
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