オランダのEU離脱はあるか? ~制度の壁は大きい~ 田中 理

EU Trends
オランダのEU離脱はあるか?
発表日:2017年2月16日(木)
~制度の壁は大きい~
第一生命経済研究所 経済調査部
主席エコノミスト 田中 理
03-5221-4527
◇ 3月のオランダ選挙後に反EU政権が誕生した場合、英国同様にEU離脱の是非を問う国民投票を実
施することはあるのだろうか。既存の国民投票法は、議会で可決した新たな法律が対象となる。特別
立法に基づく投票や、新たな国民投票制度を導入することも、議会の協力が不可欠。議会の多数派が
EU離脱に傾かない限り、投票実施は難しい。
3月15日のオランダ下院選挙で第1党となることが確実視されている右派ポピュリズム政党「自由党」
のウィルデルス党首は、英国同様にオランダでもEU離脱の是非を問う国民投票の実施を出張している。
自由党が第1党になった場合も、単独で議会の過半数を確保することが出来ないうえ、他党が自由党との
連立に否定的なため、反EU政権の誕生は阻止されるとみられている。だが、自由党抜きで政権を発足す
るには5党や6党による連立が必要な情勢で、連立協議が暗礁に乗り上げた場合、自由党を含めた連立政
権が誕生するリスクも残っている。そこで本稿では、自由党が主導する政権が誕生した場合、オランダで
英国同様にEU離脱投票を行うことが可能かを検討する。
近年、オランダで国民投票が行なわれたのは、2005年に欧州憲法条約の批准が否決された国民投票と、
2016年にウクライナのEU加盟に向けた「連合協定」の批准が否決された国民投票の2回ある。前者は特
別立法に基づく国民投票で、後者は2015年に施行された「諮問的な国民投票法」に基づくものだ。オラン
ダでEU離脱投票を行うには、①既存の国民投票法に基づいて行なう、②特別立法を通じて行なう、③新
たな国民投票制度を導入して行なう、3つの方法が考えられる。それぞれについて考察する。
【既存の国民投票法に基づく投票】
諮問的な国民投票は、新たな法律が議会の両院で可決された後、それが施行されるまでの間に、投票の
実施を求める国民の一定の署名を集めることで実施される。法案の成立後、4週間以内に1万人の署名を
集め、さらに6週間以内に30万人の署名を集めることに成功した場合、6ヶ月以内に国民投票が行われる。
なお、憲法、王政、政府予算は投票の対象から除外されるが、EU条約、税制、社会保障、移民、経済政
策、行政区分などは投票の対象として認められる。有権者の30%が投票し、投票者の過半数の賛否により、
投票結果が決まる。投票結果に法的拘束力はないが、ウクライナの連合協定批准が国民投票で否決された
ことを受け、政府は批准作業を棚上げした。「連合協定批准が必ずしもウクライナのEU加盟につながる
ものではない」と苦し紛れの説明を繰り返しているが、これまでのところ国民の理解を得られていない。
人口約1,700万人のオランダで30万人の署名を集めること自体はそれほど難しくなさそうだ。ただ、投票
の対象となるのは議会で可決された新たな法律に限られる。オランダでEU離脱投票を行うには、EU残
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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留或いは離脱を定めた関連法案を議会で可決する必要がある。
選挙後の下院(定数150)で投票実施を求める自由党が獲得する議席は30~40程度とみられ、離脱派が多
数を占める可能性は低い。なお、オランダは二院制を採用し、新たな立法には上下両院の過半数に基づい
て法案を可決する必要がある。下院(第二院:Tweede Kamer)に先議権があり、上院(第一院:Eerste
Kamer)は下院を通過した法案の承認や否決をするだけで、修正する権限はない。今回の選挙は下院のみで、
次の上院選挙(12の州議会による間接投票で議員を選出)は2019年に予定されている。自由党の上院(定
数75)での現有議席は9議席にとどまり、上院でも離脱派はあくまで少数派だ。こうしてみると、関連法
案を議会で通すことが出来ないため、オランダでEU離脱の国民投票を実施することは難しい。
【特別立法に基づく投票】
前述の通り、離脱関連法案を議会で通すことが難しい以上、既存の国民投票法を用いて投票を行うこと
は難しい。そこで2005年の欧州憲法条約に関する国民投票のように、特別立法に基づいて国民投票を行う
ことも選択肢となる。だが、特別立法を通すには、上下両院で過半数の賛成が必要となる。離脱派が議会
の少数派である以上、特別立法を通すことは難しい。
【新たな国民投票制度に基づく投票】
法的拘束力のある国民投票制度や、新たな立法を必要としない国民投票制度を導入するには、憲法改正
が必要となる。オランダの憲法改正手続きは複雑で、議会の解散・総選挙を通じて民意を問う。国立国会
図書館『各国憲法集(7)オランダ憲法』(2013年)を参考にその概略をまとめると、憲法改正案の提出
権は政府および下院にある。提出された改正案が上下両院で可決すると、正式な改正案として公布される。
その後、改正案に対する民意を問うため、下院が解散され、選挙が行なわれる。但し、実際の運用では議
会任期の満了を待って、選挙が行なわれることが多いようだ。選挙後に召集された議会の両院で改正案を
改めて審議し、両院で3分の2以上の賛成が得られれば、国王の承認と公布をもって改正案が発効する。
このように、新たな国民投票制度を導入したうえで、EU離脱投票を行うことは形式的には可能と言える。
だが、憲法改正には両院の3分の2以上の賛成が必要なため、現実には離脱投票を実施し易くする憲法改
正案に議会の賛同が得られる可能性は低い。
以上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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