Economic Indicators 定例経済指標レポート

1/3
Asia Trends
マクロ経済分析レポート
止まらない「人民元安圧力」
~当局の規制強化の動きも、いたちごっこの展開になる可能性~
発表日:2017年2月8日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 人民元相場を巡っては一昨年来下落基調が強まるなか、当局の為替介入を受けて中国の外貨準備が大きく
減少する展開が続いてきた。年明け直後に当局は元凶の一つとされたビットコインに圧力を掛けるととも
に、オフショア市場に強攻策を打つことで事態の沈静化を図った。その後人民元相場は比較的落ち着いた
一方、ビットコイン相場は上昇基調を強めるなど、人民元安圧力の動きには半信半疑の展開が続いた。
 為替介入に伴い1月末の外貨準備高は約6年ぶりに3兆ドルを下回る水準となった。表面上落ち着きを取
り戻した人民元相場の背後で依然為替介入を実施するなど、人民元安圧力は収束していなかったことが明
らかになった。今後も当局は資本流出阻止に向けた動きを強めるとみられるが、その場当たり且つ不透明
な手法は人民元に対する不信感払拭には繋がらないと見込まれるなど、難しい対応が続くことになろう。
 中国の通貨人民元を巡っては、一昨年8月の人民元の為替レートに関する制度変更に伴う実質的な切り下げ以
降も対ドル為替レートは断続的に下落基調を強める動きをみせてきた。外国人投資家も取引可能なオフショア
市場を中心に人民元安基調が強まったことを受け、当局は人民元相場の安定を目的に人民元買い(米ドル売り)
の為替介入を積極的に行ったことから、中国の外貨準備高は大きく減少する展開が続いてきた。こうした背景
には、中国の景気減速を懸念した外国人投資家を中心とする資金逃避の動きが強まっていることに加え、外国
為替制度により表面上は厳格に管理されるなど海外への資金移動が難しい状況にも拘らず、実態としては様々
な「抜け穴」を通じて多くの中国国民が海外に資金逃避を行っていることも影響しているとみられる。こうし
た動きは、足下の国際収支統計において特定の項目に定義することが出来ない「誤差・脱漏」に計上せざるを
得ない額が急速に拡大しているなど、実態を把握出来ない資金流出が拡大していることにも現われている。さ
らに、人民元を介した海外への資金移動が厳しく制限されるなか、中国国内ではインターネット上の仮想通貨
であるビットコインなどに対する需要が高まる動きもみられ、年明け直後にはビットコインの価格が3年ぶり
に 1000 ドルの大台を突破するといった動きもみられた。このような動きを反映して、先月初めに人民元の対
ドル為替レートはオフショア市場を中心に一段と下落する事態に見舞われたものの、当局は香港市場において
人民元の資金供給を大きく絞ることで需給をひっ迫させ、その結果としてインプライド翌日物預金金利が
100%超という水準に引き上がる異常状態を演出するこ
図 1 オフショア人民元相場とビットコイン相場の推移
とにより、市場からの圧力による人民元安を喰い止め
る「強攻策」に打って出た。また、その後に当局はビ
ットコイン取引所に対する立ち入り検査を実施したほ
か、各社が取引手数料の徴収を決定するなど当局によ
る「圧力」をうかがわせる動きがみられた。この結果、
昨年末にかけて取引の太宗が中国国内における取引が
占めるなど活況を呈してきたビットコインの価格には
大きく調整圧力が掛かる一方、オフショア市場におけ
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
2/3
る人民元相場(CNH)に対する下落圧力は収まるなど、不安定な展開が続いてきた人民元相場は落ち着きを
取り戻すなど当局の思惑は成功したかにみられた。しかしながら、オフショア人民元(CNH)はその後にお
いても比較的落ち着いた推移が続いたにも拘らず、ビットコイン相場における調整は一時的なものに留まった
ことに加え、再び上昇基調を強める動きをみせてきたことから、金融市場においては人民元安圧力の「マグマ」
が本当に収まったのかについては半信半疑の状況が続いてきた。
 こうしたなか、1月末時点における外貨準備高は2兆 9982 億ドルと前月末から▲123 億ドル減少して、同国
の外貨準備高が約6年ぶりに3兆ドルを下回る水準となったことが明らかになった。実のところ「3兆ドル」
という水準そのものに意味はないものの、2014 年6月末時点には3兆 9932 億ドルの規模に達していたことを
勘案すれば、過去2年半ほどのあいだにその4分の1
図 2 外貨準備高の推移
に当たる1兆ドルを失ったことになる。このようにな
った背景には、上述のように金融市場において人民元
安圧力が強まる動きがみられるなか、当局が人民元相
場の安定を目指して積極的な為替介入を行い、結果的
に外貨準備を食い潰す形になったと考えられる。当局
は上述のようにビットコインに対する「締め付け」な
どを通じて資金流出阻止に向けた動きを強化させてき
たほか、金融機関などに対して海外との間の通常の資
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
金取引についても制限を加えたほか、内容確認の厳格化を求めるなど資本流出の抑制に向けた姿勢を強めてき
た。こうした動きもあり、先月上旬以降については「見た目」の上では人民元相場は比較的安定した動きが続
くなど人民元安圧力が収束したかにみられたものの、実態としては人民元安に向けた「マグマ」がまったく落
ち着いていなかったと捉えることが出来る。したがって、当局は今後も資本流出の阻止に向けた動きを強める
ものと予想され、すでに上場企業に対して株式の追加発行に対する認可を厳格化するなど資本調達規制に動く
といったものも出ているほか、一部の報道では金融機関に対して資金収支のフローについて帳尻を合わせるよ
う「口頭で」指導が行われているという話も出ている。当局による金融機関などへの「指導」を巡っては、文
書など明文化された形での通達ではなく、口頭指導が頻繁に行われるなど、その不透明さが問題となる場面が
散見される状況が続いてきたが、今後はそうした不透明な動きが一段と懸念される状況も予想される。なお、
足下における外貨準備高の水準は依然として世界最大である上、2番目に位置するわが国の 2.5 倍近い規模に
あることを勘案すれば、このことが即問題に繋がる可能性は極めて低いとみられるものの、近年中国政府は潤
沢な外貨準備を用いてアジアインフラ投資銀行(AIIB)を創設するなど活動を活発化させてきたことから、
流動性の高い割合については不透明なところも多い。当局による為替介入の原資調達を受けて、中国は米国債
の保有高を減少させる動きがみられるなか、今後もそうした動きが続くことになれば米国金利のさらなる上昇
など、新たな問題が表面化することも懸念される。中国当局が先月の春節前後から金融政策のスタンスを「や
や引き締め」方向にシフトさせているのは、金融機関に対するデレバレッジを促していることに加え(詳細は
3日付レポート「中国の金融政策もいよいよ「引き締め」か」をご参照下さい)、人民元安圧力に歯止めを掛
ける狙いもうかがえる。とはいえ、これまでのところ当局が打ち出している「場当たり的」かつ「不透明」な
対応をみる限り、これらが人民元に対する不信感の払拭に繋がるとは考えにくく、引き続き資金逃避意欲を背
景とした人民元安圧力の「マグマ」はくすぶる展開が続くと予想される。その意味においても、当局の対応は
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
3/3
綱渡りの状況が続くものと見込まれる。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。