「マグマ」は収束するか ~人民元の信認向上なしの「場当たり的」

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
人民元安の「マグマ」は収束するか
~人民元の信認向上なしの「場当たり的」対応で困難が続く可能性も~
発表日:2017年1月4日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の国際金融市場は米大統領選を受けた「トランプラリー」で活況をみせる一方、新興国では米ドル高
に伴う資金流出懸念がある。中国でも人民元安が進んでいるが、この背景には大量の資金流出が起こって
いることが影響している。中国国内での相次ぐバブル崩壊を受けて利殖行為に向けた資金逃避誘引も強ま
るなか、ビットコイン相場が急騰するなど「抜け穴」を狙う動きもみられる。当局は規制強化で対応を図
る模様であるが、人民元への信認が損なわれるなかでの「場当たり的」な対応が奏功するかは不透明だ。
 人民元は対ドルで下落基調を強める一方、当局は通貨バスケットによる姿勢を重視する姿勢をみせる。た
だし、昨年末に当局は通貨バスケットの構成通貨数を突如倍増する方針を決定し、ボラティリティの高い
通貨を組み込む。人民元の対ドルでの下落を容認しやすくなる一方、2つのレートが再び乖離すれば為替
介入による外貨準備の取り崩しは避けられない。人民元を巡る制度的な不透明感が信認低下を招いている
なか、当面は米ドル高圧力がくすぶるなかで人民元安の「マグマ」は解消しにくい展開になるであろう。
 足下の国際金融市場においては、米国のトランプ次期大統領による政策期待を反映して「トランプラリー」と
も呼べる活況を呈する動きが続いている。特に、トランプ次期政権が掲げる経済政策のなかでもその蓋然性が
高いとされる大型減税の実施は米国経済を大きく押し上げると見込まれるなか、米国市場では長期金利が上昇
していることを受けて米ドル高圧力が強まるなど、世界的なマネーの米国への回帰を促すとの見方が強まって
いる。こうした動きを反映して新興国においては資金流出が懸念される事態となるなか、その動きに伴って自
国通貨安圧力が高まることを警戒して、これまで緩和傾向を強めてきた金融政策の「足踏み」を余儀なくされ
る動きも広がりをみせている。中国においては一昨年8月の人民元の為替レートを巡る制度変更に伴う実質的
な人民元の切り下げを実施して以降、人民元の対ドル
図 1 国際収支統計の推移
レートは断続的に下落基調を強める動きをみせており、
足下では8年半ぶりの安値となっているにも拘らずそ
の勢いはくすぶり続けている。中国経済を巡っては、
依然として巨額の貿易黒字を背景に大幅な経常黒字を
計上するなど堅牢な対外収支を有しており、理論的に
は資金流入などを背景に通貨高圧力が掛かりやすい状
況にある。こうした環境にも拘らず人民元安圧力が収
まらない背景には、国際収支統計をみると一昨年以降
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
に大幅な「誤差・脱漏」が計上されるなど、慢性的に資金流出圧力がくすぶっていることが影響しているとみ
られる。中国においては制度上は厳格な外国為替制度に拠り容易に海外への資金移動を行うことは難しいとさ
れるものの、実態としては様々な「抜け穴」が存在することで、結果的に統計の上では特定の項目に定義する
ことが出来ない「誤差・脱漏」に計上せざるを得ない資金流出が巨額に達する事態を招いている。足下の中国
経済を巡っては、当局によるインフラを中心とする公共投資の拡充などを背景に減速懸念が後退するなど落ち
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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着きを取り戻しており、この動きを反映する形で低迷が続いてきた製造業を中心とする景況感にも底入れ感が
出るなど、景気の底打ちを示唆する動きもみられる。こうした状況にも拘らず、足下では中国国内のプライマ
リーディーラーのみが取引可能である「閉鎖的な」オンショア人民元(CNY)に対して、外国人も自由に取
引可能である「開放的な」オフショア人民元(CNH)を中心に下落基調が強まる動きは収まっていない。さ
らに、人民元を介した海外への資金移動が難しいなかで中国国内ではビットコインなど仮想通貨に対する需要
が高まっており、その影響もあって直近のビットコインの価格が3年ぶりに 1000 ドルを突破するなどといっ
た動きにも繋がっている。中国金融市場を巡っては、一
図 2 ビットコイン相場の推移
昨年の株式市場におけるバブル発生とその後の崩壊、足
下における大都市を中心とする不動産バブルの発生にみ
られるように、長期に亘る金融緩和を理由とする「カネ
余り」が続くなかで利殖行為が盛んに行われる傾向がみ
られるが、上述のような外国為替制度の厳格さは国内の
諸市場における資金の入り繰りがバブルの発生と崩壊を
繰り返し生じさせる一因になってきた。しかしながら、
足下では様々な「抜け穴」を通じて海外への資金移動を
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
可能にする手段が多様化しており、このことが資金流出を加速させていることは、中国国民の多くが国内での
利殖行為が難しくなっていると認識していると判断出来る。さらに言えば、一昨年夏以降の人民元相場の下落
に歯止めが掛からない状況をみて、少なからず中国国民のなかに当局の政策運営、ひいては人民元に対する信
認が大きく損なわれている可能性も考えられる。仮にそうした事態に陥っているとすれば、足下では中国景気
が底打ちしており減速懸念が後退しているものの、国民は目先の動きではなく、その先を見据えた上で資金逃
避の動きを加速させていると捉えることが出来、先行きについても早々に人民元安圧力が収まる見通しは立ち
にくい。当局は昨年末にかけて資本流出防止に向けて外貨送金に関する報告義務を厳格化しているほか、年明
けからは個人による外貨購入規制を強化するなど、実質的に資本規制を強化する動きをみせているが、これま
でも上述のように様々な「抜け穴」が存在してきたことを勘案すれば、こうした「場当たり的」な窓口規制が
効果を挙げられるかは不透明と判断出来よう。
 人民元の為替相場を巡っては、金融市場においては依然として対ドルレートを重視する動きがみられる一方、
当局は一昨年末に 13 通貨で構成される通貨バスケットに基づく人民元指数(CFETS指数)を重視する考
えをみせている。なお、人民元の対ドル為替レートは
図 3 人民元指数(CFETS 指数)の推移
昨年以降一時的に落ち着きを取り戻す場面もみられた
ものの、基調としては下落傾向が続いており、年末に
かけてはそのペースが加速するなど人民元安が一貫し
て続いてきた印象が強い。しかしながら、CFETS
指数をみると確かに年半ばにかけては下落基調が強ま
ったものの、その後は英国のEU(欧州連合)からの
離脱や米国大統領選におけるトランプ候補の勝利など、
度々国際金融市場が大きく動揺する場面があったにも
(出所)中国外貨交易中心 HP より第一生命経済研究所作成
拘らず基本的には横這いでの推移が続いており、足下では反って底入れする動きがみられるなど、その動きは
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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大きく異なっている。これは世界的に米ドル高圧力が強まるなかで、新興国通貨のみならず、ユーロや日本円
といった主要通貨も下落基調が強まっており、結果としてこれらを含む通貨バスケットに対して人民元相場は
下落しにくくなっていることが影響している。しかしながら、昨年末に同指数を管轄する中国人民銀行(中銀)
傘下の中国外貨交易中心(CFETS)は、年明けから通貨バスケットの構成通貨の数を従来の 13 から突如
24 に増やすことを発表し、このところの米ドル高などの影響を受けて大きく変動している新興国通貨を加え
ることが明らかになっている。結果、米ドルやユーロ、日本円といった主要通貨のウェイトは軒並み低下する
こととなり、当局は今回の決定について「主要貿易相手国通貨を組み入れることにより指数の妥当性が向上す
る」との認識を示している。その一方で、ボラティリティの高い通貨が組み入れられている上に、新たに加え
られる通貨のウェイトの合計が2割強に達することを勘案すれば、今後は人民元の米ドルに対するボラティリ
ティが高まる可能性も考えられる。他方、人民元の通貨バスケットにおける米ドルのウェイトが低下すること
は、足下においてオフショア市場を中心に人民元相場(CNH)の下落基調が強まることに当局が神経を尖ら
せるなかで人民元相場の安定に向けた為替介入の実施が外貨準備の取り崩しを招くなど新たな懸念に繋がるこ
とも想定される状況において、人民元の対ドルレートの
図 4 人民元相場(対ドル)の推移
下落を幾分容認することが可能になるとみられる。しか
しながら、当面については米国経済の堅調さが意識され
る地合いが続くとみられるなか、トランプ次期政権によ
る経済政策への期待も相俟って米ドル高圧力が掛かりや
すい状況が続くと予想されることから、引き続き人民元
の対ドル為替レートには下押し圧力が掛かる可能性はく
すぶる。その結果、オフショア市場での人民元安の進展
によりオンショア人民元との間の乖離が再び広がる事態
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
となれば、当局はオフショア市場において人民元買い(米ドル売り)の為替介入の実施を通じて人民元相場の
安定を図らざるを得ず、過去2年ほどのうちにピーク時から4分の1も減少している外貨準備が一段と減少す
ることも懸念される。直近 11 月末時点における外貨準備高は3兆 516 億ドルと世界最大の規模ではあるが、
中国の米国債保有残高はこの1年ほどの間に大きく減少していることなどから、為替介入の実施に伴い当局が
なりふり構わず外貨準備の取り崩しを行っている様子もうかがえる。足下の水準は依然として中国当局が「白
旗」を挙げるような状況にはなく、金融市場からの圧力に対して防戦を張ることは十分に可能とみられるもの
の、こうした事態が長期化した場合には外貨準備の流動
図 5 外貨準備高の推移
性の低い分野にも手をつけざるを得ないなど「枯渇」が
意識される状況が刻々と近付くことは避けられない。人
民元を巡っては、昨年 10 月からIMF(国際通貨基金)
が加盟国に対して配分する資金融通の権利及びその単位
であるSDR(特別引出権)の構成通貨に採用されるな
ど事実上の「国際通貨」となっているものの、依然とし
て管理変動相場制を採用している上、そのレートを巡っ
てもオフショアとオンショアの2つが存在する事実上の
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
「二重為替」状態にあるなど、実態としては国際通貨に遠く及ばない状況にある。当局内には「国際金融のト
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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リレンマ(独立した金融政策、為替安定、自由な資本移動の3つをすべて維持することは出来ないこと)」か
ら、足下の中国経済にとっては資本管理を強化することで為替安定を図るべきとの考えが大勢を占めている模
様であるが、人民元のSDRへの組入れに際しては人民元取引及び為替制度の自由度向上を求める考えが示さ
れていたことをまったく無視した議論である。あくまで人民元が国際通貨としての存在感及びその信認を得る
ためには、自由度の向上を図るとともに政策の透明性向上などを通じて人民元そのものに対する信頼感を向上
させる取り組みが不可欠である。しかしながら、これまで上述してきたように中国の実体経済については落ち
着きを取り戻す動きがみられるものの、当局の対応が依然として「場当たり的」なものに留まっている印象は
極めて強く、足下では海外投資家のみならず国民のなかから当局の対応、ひいては人民元そのものに対する信
認が低下している様子が伺えることを勘案すれば、人民元安に向けたマグマは早々には消えない可能性が高い
と判断出来よう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。