第6章 債権譲渡

総まくり 140 民 法
講師 加藤喬
第6章 債権譲渡
第1節.総 論
1.意義
債権譲渡とは、債権の同一性を変えることなく、契約によって債権を移転するこ
とをいう。
債権譲渡は原則として自由である(466 条 1 項本文)。
2.譲受債権履行請求訴訟
(1)訴訟物
債権譲渡は、債権の同一性を変えることなく帰属主体を変更することを内容と
する。
したがって、例えば、甲が、乙の丙に対する売買代金債権や貸金返還請求権を
譲り受けた場合、甲の丙に対する譲受債権請求訴訟における訴訟物は、あくまで
も、乙丙間の売買契約に基づく代金支払請求権や、乙丙間の金銭消費貸借契約に
基づく貸金返還請求権であり、甲はその帰属主体にすぎないのである。
(2)請求原因
①譲受債権の発生原因事実
②譲受債権の取得原因事実
③弁済期の到来
→①の主張により弁済期の合意の存在が明らかになる場合
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第2節.債権譲渡自由原則
「債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この
限りでない。
」
(466 条 1 項)
「前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、そ
の意思表示は、善意の第三者に対抗することができない。」
(2 項)
1.債権の性質による譲渡制限(466 条1項但書)
。
債権の性質が譲渡を許さない場合には、その債権の譲渡は効力を生じない。
(1)債権者の変更によって給付内容が全く変更するもの。
ex.画家に自分の肖像画を描かせる債権、家庭教師をしてもらう債権など
(2)債権者の変更によって権利の行使に著しい差異が生じるもの
ex.賃借人の有する債権、雇い主の有する債権など(ただし、厳密には、債権譲渡というより、契約上の地
位の移転(契約引受)である)
(3)特定の債権者との間で決済されることが必要とされる債権
ex.交互計算(商法 529 条)に組み入れられた債権
2.法律の規定による譲渡制限
(1)総論
例えば、扶養請求権(881 条)
、恩給請求権(恩給法 11 条1項)
、労災補償請求
権(労働基準法 83 条 2 項、国家公務員災害補償法 7 条 2 項)などは、法律で譲
渡が禁止されている。
これらは、債権者の生活保障を目的とするものであるという性質から、特定の
債権者に支払われるべきであるからである。
(2)差押禁止債権の譲渡可能性
差押禁止債権(民事執行法 152 条)の譲渡可能性については、争いがある。
通説は、法律上で譲渡を禁止された債権は差し押さえることができないが、差
押禁止債権は必ずしも譲渡禁止債権ではないとする。民事執行法が一定の債権に
つき差押禁止にしたのは、債権者の意思に基づかずに債権を奪うことができない
ものとするためであるから、債権者の意思による譲渡可能性まで奪われるわけで
はないとする。
しかし、民事執行法 152 条の差押禁止債権は債権者の生活保障の趣旨に出たも
のであって、特定の債権者に給付利益を得させることを必要とするものであるか
ら、90 条の公序良俗違反を介して譲渡性を否定すべきである。
3.当事者の意思による譲渡制限
譲渡禁止特約は、契約自由の原則から認められる(466 条 2 項)
。
かつては、債権者の変更を防ぎ、債権者の交代による過剰な取立てから債務者を
保護することに目的があった。
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しかし、今日における譲渡禁止特約の典型例は、銀行預金債権につき締結された
譲渡禁止特約である。これらの債権についてなされる譲渡禁止特約の目的は、①譲
渡に伴う事務の煩雑化を避けること(預金通帳の名義書換えなど)、②過誤払いの
危険を避けること(債権者が転々と変われば過誤払いの危険が増す)、③銀行の相
殺に対する利益を確保する、という点にある。
なお、銀行は、預金債権の譲渡通知前に反対債権を取得していれば、預金債権と
反対債権との弁済期の先後を問わず、抗弁の承継(468 条 2 項)により相殺の利益
が確保されるから、③は根拠とならないとの批判もある。
【論点 1】譲渡禁止特約の物権的効力
↓
そもそも、契約自由の原則により、債権的効力を有するにとどまる譲渡禁止特約
が出来るのは当然であるから、譲渡禁止特約について債権的効力しか認めないので
あれば、466 条 2 項本文があえて譲渡禁止特約について規定した意義が失われる。
↓
また、すべての債権について画一的に流通性を認める必要はない。
↓
したがって、譲渡禁止特約は物権的効力を有し、譲渡禁止特約につき譲受人が悪
意または重過失であった場合には、譲渡禁止特約に違反する債権譲渡は無効である
と解する(物権的効力説)
。
※ 債権的効力説は、債権の自由譲渡性を強調し、譲渡禁止特約は特約当事者間での債権的効力を有するにとど
まり、譲渡禁止特約に違反する債権譲渡は有効であり、債権者が特約違反を理由とする債務不履行に基づく損
害賠償責任を負うにとどまるとする。もっとも、この見解は、債務者は、譲受人に対してその悪意又は重過失
を抗弁として主張立証することで、履行請求を拒絶することができるとする。
【論点 2】
「善意の第三者」に対する譲渡禁止特約の対抗不能
譲渡禁止特約は債権者・債務者では有効であるが、これをもって「善意」の第三者
に対抗することができない(466 条 2 項但書)。
〈論証 1〉
「善意」の内容
↓
確かに、債権の自由譲渡性(466 条 1 項本文)からすれば、債権譲渡はできるか
ぎり広く認められるべきである。
↓
しかし他方で、重過失は、信義則上、悪意と同視されるべきである。
↓
したがって、
「善意」
とは、
善意かつ無重過失を意味すると解する(最判 S48.7.19)
。
なお、基準時は債権譲渡契約締結時である。
※ 一般の外観法理では、第三者の信頼を保護した場合に真の権利者が権利を失うという重大な不利益を被る
ために、利益衡量上、第三者保護要件を厳格に解して無過失を要求するべきであるが、譲渡禁止特約違反の
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場合には、その債権譲渡の有効性を認めても、債務者は債権者を固定したいという利益が失われるにすぎず、
権利を失うわけではないから、譲受人に無過失を要求しなくても、利益衡量上不当とはいえない。
(判例)預金債権の譲渡禁止特約と重過失の認定
本判決は、
「銀行を債務者とする各種の預金債権については一般に譲渡禁止特約が付されて預金証書等にそ
の旨が記載されており、また預金の種類によっては、明示の特約がなくとも、その性質上黙示の特約がある
ものと解されていることは、広く知られているところであって、このことは少なくとも銀行取引につき経験
のある者にとっては周知の事柄に属するというべきである」として、重過失の有無を判断させるために破棄
差戻しをしている。
そして、差戻審では、
「銀行預金には譲渡禁止特約があることは商取引経験者にとっては周知の事柄であり、
商人が、他の商人からその銀行預金債権を譲り受けるときは、特約の有無を調査すべき取引上の注意義務が
あるところ、A の倒産という事態のなかで、預金証書類が A の手もとにないにもかかわらず、A 又は Y に問
い合わせるなどして特約の有無を調査せず漫然と譲り受けた X には、上記特約の存在を知らなかったことに
つき重大な過失があった」と認定されている。
〈論証 2〉転得者
↓
債権者からの直接の譲受人が悪意又は重過失であっても、転得者が善意かつ無重
過失であれば、債務者は、転得者に対しては、譲渡禁止特約をもって対抗できない
(大判 S13.5.14)
。
↓
また、債権者からの直接の譲受人が善意かつ無重過失であれば、処分行為の有効
性を確定させることによる法的安定性確保の要請と、善意かつ無重過失の譲受人の
もつ債権処分の可能性に制約を加えるべきではない(自己の取得した債権をさらに
譲渡することを萎縮させるべきではない)との考慮から、転得者がたとえ悪意又は
重過失であったとしても、債務者は譲渡禁止特約をもって転得者に対抗できないと
解されている(絶対的構成)
。
〈論証 3〉債務者の事後承諾
↓
譲渡禁止特約の目的はもっぱら債務者の利益保護にあるから、債務者の承諾によ
り譲渡制限が解消されるというべきである。
↓
したがって、債権譲受人が譲渡禁止特約の存在につき悪意又は重過失があった場
合でも、その後、債務者が債権譲渡について承諾すれば、債権譲渡は譲渡契約締結
時にさかのぼって有効となると解する(最判 S52.3.17、最判 H9.6.5‐百Ⅱ27)
。
(判例 1)承諾後の譲渡債権の差押え(最判 S52.3.17)
判例は、債務者の承諾後に譲渡債権が差し押さえられた事案において、「譲渡に
際し債権者から債務者に対し確定日付のある譲渡通知がされている限り、債務者
は、右承諾以後において債権を差し押さえ転付命令を受けた第三者に対しても、右
債権譲渡が有効であることをもって対抗することができるものと解するのが相当
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であり、右承諾に際し改めて確定日付のある証書をもってする債権者からの譲渡通
知又は債務者の承諾を要しないというべきである」と判示した。
これは、債務者の承諾によって、債権譲渡が譲渡時にさかのぼって有効となるの
であれば、その対抗力も、債務者の承諾の時からではなく、確定日付のある通知が
債務者に到達した時にさかのぼって生じることを認めるものであると解される。
このように、最判昭 52.3.17 が、対抗力の遡及を肯定したのは、債務者の承諾後
に譲渡債権が差し押さえられた事案であれば、対抗力の遡及を認めても差押債権者
の権利を害するとは言えないからであろう。
(判例 2)承諾前の譲渡債権の差押え(最判 H9.6.5‐百Ⅱ27)
判例は、債務者の承諾前に譲渡債権が差し押さえられた事案について、「…債権
譲渡は譲渡の時にさかのぼって有効となるが、民法 116 条の法意に照らし、第三者
の権利を害することはできないと解するのが相当である」としている。
なお、116 条但書によって制限されるのは、対抗力の遡及効ではなく、債権譲渡
自体の遡及効であると解される。なぜなれば、116 条において遡及効が問題となる
のは無権代理行為そのものであり、これに照らして考えると、譲渡自体の遡及効を
問題とすべきであるからである。
※ 判例は、事後承諾についての判断を示したものであるが、承諾の時期は、債権譲渡の前後を問わない(類
型別 127 頁)。
【論点 3】譲渡禁止特約付き債権についての転付命令(最判 S45.4.10)
↓
契約自由の原則とはいえ、私人間の契約により差押禁止財産(厳密に言えば、差
押えは可能であるが転付命令は効力を生じない財産‐内田Ⅲ212 頁)を創出するこ
とは認められない。
↓
したがって、譲渡禁止特約付き債権についてなされた転付命令は、差押債権者の
善意・悪意を問わず有効であると解する。
【要件事実】
請求)①譲受債権の発生原因事実
②譲受債権の取得原因事実
③弁済期の到来(①の主張により弁済期の合意の存在が明らかになる場合)
抗弁)①譲渡禁止特約
②債権譲渡契約締結時における譲受人の悪意又は重過失の評価根拠事実
→確かに、466 条 2 項の条文が本文と但書から構成されていることからすれば、譲受人の善意・
無重過失が、譲渡禁止特約の抗弁に対する再抗弁になるとも思える。しかし、民法が債権の譲渡
自由原則を採用し(466 条 1 項本文)、債権譲渡を性質の許す限り広く認めるべきであるとの立場
であることからすれば、譲受人は、譲渡禁止特約が存在しない状況を前提として債権を譲り受け
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ることが正当化される。したがって、譲受人に善意・無重過失につき主張立証責任を負わせるべ
きではなく、債権譲渡の有効性を争う債務者において、①譲渡禁止特約の存在に加え、②譲受人
の債権譲渡契約締結時における悪意又は重過失を主張立証させるべきである。
再抗弁)債務者が譲渡人又は譲受人に対して債権譲渡について承諾(債権譲渡の前後
を問わない)したこと
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