2017年第1期4課 聖霊の人格 1月28日

2017年第1期4課
A
聖霊の人格
1月28日
イエス様と聖霊:
 イエス様による聖霊の説明 ヨハネによる福音書 14~16 章
— イエス様は聖霊の役割について話された。聖霊は私たちとともにおられる (14:26)。聖
霊は私たちに私たちの知っていることを思い起こさせる(14:26)。 イエス様について証
する (15:26)。罪を悟らせる (16:8)。私たちを導く (16:13)。父なる神様の言われた事を私
たちに告げる (16:13)。来たるべき事を知らせる (16:13)。イエス様に栄光を与える
(16:14)。
— これらすべての事は人格を持った神様のなさることであって、人格のない力のできる
ことではない。
 もう一人の助け主 ヨハネによる福音書 14:16
— イエス様は聖霊とご自分をくらべて「別の」という言葉を使われた。イエス様は去られ
たが、イエス様のような「別の」お方、助け主が地上に残られた。
— そのお方は私たちの「パラクレトス」慰め主、助け主、私たちのそばにいてくださる
お方としてこられる。
 真理の霊 ヨハネによる福音書 15:26
— イエス様は全き、絶対的真理である (ヨハネ 14:6)。
— 「ことば」はイエス様について証しているから真理である(ヨハネ 17:17; 5:39)。
律法はイエス様の人格を表しているから真理である(詩篇 119:142)。
— 聖霊も「真理の御霊」とよばれている。聖霊の役割はイエス様を高く掲げ、私たちを
イエス様との深く忠実な関係に導くことだからである。
B 聖霊の人格的側面
 使徒行伝 15:28 聖霊は自らの意見をもっている。ローマ 8:26; 8:27 聖霊はとりなし、うめく。
1 コリント 12:11 自らの意思をもっている。ローマ 8:16 聖霊は証する。 ローマ 15:30
愛する。 1 コリント 2:10 すべてのものを極める。 使徒行伝 8:29; 10:19 語る。 エペソ 4:30
悲しむ。 使徒行伝 5:3 欺かれる。
 聖書は聖霊が人格をもっているとはっきり教えている。しかし私たちには そのお姿はは
っきりとは見えない。
 しかし聖霊は「力」や「勢い」ではない。そう考えるのは非論理的である。もし聖霊が力
であるなら、「聖霊の力」について語る事ができるだろうか (ローマ 15:13)。もし聖霊が
力であって人格でないなら、どうして決定をすることができるだろうか(使徒行伝 15:28)。
私たちは人格をもったお二方と力に よってバプテスマを授けることができるだろうか
(マタイ 28:19)。
C なぜそれは重要なのか
 聖霊が力であるなら:私たちはどの位の力をもつことができるだろう。私たちはその力を
自分のものにすることができる。それはわたしにとって非人格的なものである。わたしは
それをわたしの計画を成し遂げるために用いることができる。力は私の中にある。
 聖霊が人格を持ったお方であるなら: 聖霊はわたしたちにどの程度働かれるのだろうか。
聖霊は私を支配される。聖霊は私を愛してくださる友である。神様のご計画を成し遂げる
ために私を用いてくださる。私は神様の宮である。
 聖霊は父なる神様と御子と私たちを結ぶお方である。
 あなたを愛し、導き、あなたのためにうめき、永遠に顔と顔を合わせてまみえることを
望んでおられる方のみ手に、あなたの生涯をゆだねましょう。