円安局面での輸出低迷の背景と 足元の回復の持続

みずほインサイト
日本経済
2017 年 1 月 26 日
円安局面での輸出低迷の背景と
足元の回復の持続性に関する考察
経済調査部主任エコノミスト
有田賢太郎
03-3591-1419
[email protected]
○ 2013~15年までの円安局面での輸出低迷は、世界の経済成長の鈍化、世界的な投資停滞や中国の自
給率向上に伴う世界の輸入依存度低下、中国の輸出競争力向上に伴う日本の輸出シェア低下が背景
○ 世界的な景況感回復や、ITサイクル改善から2017年は緩やかな輸出増を見込むも、中国の構造調
整や世界的な保護主義化が下押し懸念。競争優位を保ち得る分野で日本の輸出シェア拡大が必要
○ 先進国が輸出競争力を維持できているのは、安全、ブランド、資源を差別化要素とする品目。競争
力強化に向け、産業クラスター形成支援や海外マーケティング支援などの政策強化が求められる
1.2015 年までの 3 年間にわたる円安局面で輸出が伸び悩んだのはなぜか
2013年以降約3年にわたり円安局面が続いたが、その間日本の輸出は伸び悩み、2016年初からは円高
局面に転じた。米大統領選挙以降、トランプ大統領の拡張的財政政策への期待から再び円安ドル高が
進んだが、2015年までの輸出低迷が構造的なものであるとすれば、今後円安ドル高基調が続いたとし
ても、輸出拡大の期待はあまりできないということになる。
では実際に2015年までの3年間で輸出が伸び悩んだ原因はどこにあったのだろうか。日本の実質輸出
を3つの要因に分解してみるとその背景がみえてくる(図表1)。それは世界の経済成長の伸びの鈍化、
世界の輸入依存度の低下、そして日本の輸出シェアの低迷だ。
図表 1
実質輸出の寄与度分解
(%、前年比)
30
日本輸出シェア要因
世界輸入依存度要因
20
世界実質成長率要因
実質輸出
10
0
▲ 10
円安局面でも
日本の実質
輸出は伸び悩み
▲ 20
▲ 30
00
02
04
06
08
10
12
(注)2016年の世界GDP、世界輸入はIMF予測値。
(資料)IMF、日本銀行「実質輸出入の動向」より、みずほ総合研究所作成
1
14
16 (年)
2.輸出低迷の背景にあった3つの要素
(1)世界の経済成長率の鈍化
1点目の世界経済についてだが、2010年代に入りその成長率は鈍化している。2000年代に入って以降
リーマンショック前までは、IT革命などにより投資拡大や生産性の改善がみられた米国や、中国を
はじめとするアジア地域を中心に世界経済は高い成長を遂げた(図表2、2003年から2007年までの世界
の実質経済成長率は年平均5%を超える水準で
図表 2
推移)
。
しかしリーマンショック以降の世界経済は
伸び悩み、円安局面にあった2013年から2015
年には、アジア圏での成長率の鈍化などが寄
与し、世界の実質経済成長率は3%台前半まで
低下した。また2015年初の原油価格の急落を
受け、資源国経済も停滞し、ブラジルやロシ
アでは2015年にマイナス成長に転じることに
6
03-07年
平均成長率
5.3%
13-15年
平均成長率
3.3%
5
4
3
2
1
なった。こうした世界経済成長の鈍化が、そ
0
のまま世界の貿易量の低迷に繋がったと考え
▲1
られる。
(%)
世界の実質経済成長率
00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 e (年)
(注)2016年はみずほ総合研究所推計値。
(資料)IMF、各国統計より、みずほ総合研究所作成
(2)世界の輸入依存度の低下
2 点目は世界経済に占める世界輸入の割合、つまり輸入依存度が世界的に低下傾向にあることだ。
世界の輸入依存度はリーマンショック前は概ね上昇傾向が続いていたが、2010 年代に入ってからは伸
び悩み、2013 年以降は低下することとなった(図表 3)
。
財別の輸入額の推移(前年比)をみると、2015 年初の原油価格急落を受け、鉱物・資源等の財輸入
が 2015 年に大きく減少しており、輸入依存度低下の主因の一つとなったようだ(図表 4)
。ただ、2014
年度には既に各財の輸入額が伸び悩んでおり、2015 年度も鉱物・資源以外の財の輸入額が減少してい
ることから、原油価格の低迷のみで輸入依存度の低迷を説明することは難しい。
輸入依存度が低下した背景の一つには、世界的な投資の停滞があると考えられる。実際に、世界の
GDPに占める投資比率は 2010 年代に入って以降伸び悩んでおり(図表 5)
、投資の停滞がそのまま
各国の輸入の低迷に繋がったことを示唆している。投資停滞の要因としては、世界経済の低迷や世界
的な生産性の伸びの鈍化から、投資主体となる企業が世界経済の先行きに慎重になっていたことがあ
るようだ。更に昨今の国際金融市場の変調も企業の投資判断をより慎重にした可能性がある。
また新興国を中心とする供給過剰問題も投資停滞の要因として指摘されている。その顕著な例は中
国だろう。リーマンショック後に中国の投資比率は 4 兆元の経済対策により一旦は高まったものの、
その後は設備過剰問題が深刻化し、低下傾向にある。
2
輸入依存度の低下は中国の製造業の自給率の高まりなども寄与したようだ。事実、先掲の図表 3 で
示したように輸入依存度の推移を国別にみると、中国の輸入依存度は他の主要国に先駆けて 2000 年代
半ばから低下に転じている。それを主導したのが中国の製造業の内製化率の高まりというわけだ。図
表 6 は中国の主要財について、財別輸出に占める中間財輸入の比率をみたものである。高富他(2016)
でも指摘されているように、同比率は内製化の進展を推し量る指標の一つで、中国では化学や鉄鋼、
精密機器などの財において内製化が進んでいることを示している。
以上のような、原油価格の低迷、新興国を中心とする供給過剰問題に伴う投資の停滞、中国の製造
業の自給率上昇などの要素が世界の輸入依存度低迷の要因として働いたと考えられる。
図表 3
35
図表 4 財別の世界輸入額(前年比)
輸入依存度(世界及び主要国)
(%)
(%、前年比)
10
30
5
25
0
20
▲5
その他
15
重電・家電等
▲ 10
10
化学製品・衣料等
5
米国
ドイツ
中国
フランス
90
95
00
05
10
合計
▲ 20
28
15
(年)
図表 6 中国の財別輸出に占める中間財輸入比率
(%)
(%)
50
世界
世界(除く中国)
中国(右目盛)
14
(出所)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
GDPに占める投資比率
(%)
13
15 (年)
(注)輸入依存度はGDPに占める輸入の割合。
(資料)IMFより、みずほ総合研究所作成
図表 5
鉱物・原油等
▲ 15
日本
世界
0
30
鉄・非鉄金属等
160
140
45
化学
鉄鋼
一般機械
重電
輸送機器
精密機器
120
100
26
40
80
24
60
35
22
40
20
20
95
00
05
10
30
15 (年)
0
00
(注)一部IMFによる推計値。
(資料)IMFより、みずほ総合研究所作成
02
04
06
08
10
(出所)RIETI-TIDより、みずほ総合研究所作成
3
12
14 (年)
(3)日本の輸出シェアの低迷
3点目は日本の輸出シェアの低迷である。円安局面であった2013年、2014年のドル建の日本の輸出シ
ェアは縮小し、2015年も小幅な伸びに留まった(図表7)
。2015年までの3年間の国際比較では、原油価
格・資源価格の低迷を受けて、原油国・資源国は大きくシェアを落としたものの、主要国5カ国(日、
米、独、仏、中)でみると、唯一日本のみ輸出シェアが低下した。一方で2015年までの3年間で輸出シ
ェアが拡大したのは中国であった。
日本の輸出シェアを財別にみたものが図表8である。これをみると、輸送用機器は相対的に高いシェ
アを維持しているものの、基調に歯止めがかかっていない。相対的に輸出シェアを増やしたのはメキ
シコやインドなどの主要5カ国以外の地域であった。また、輸送用機器以外では、重電・家電、鉄・非
鉄金属製品、化学製品・衣料などの幅広い財で輸出シェアの低下が確認された。こうした財の多くで
は、中国の輸出シェアが拡大していた。
図表 7
主要国の世界全体に占める輸出シェア(左:推移、右:前年比伸び率)
(%)
(%)
20
中国
ドイツ
フランス
16
米国
日本
その他(右目盛)
(%pt)
70
4
66
2
12
62
8
58
4
54
0
▲2
▲6
▲8
50
0
2012
2013
2014
2015 (年)
中国
(資料)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
図表 8
14
2014⇒2015
2013⇒2014
2012⇒2013
2012⇒2015
▲4
米国
ドイツ
日本
フランス
その他
(資料)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
財別の世界全体に占める日本の輸出シェア(左:推移、右:前年比伸び率)
(%)
(%pt)
0.5
12
0.0
10
動物・食品・タバコ等
8
鉱物・原油等
化学製品・衣料等
6
▲ 0.5
動物・食品・タバコ等
鉱物・原油等
化学製品・衣料等
鉄・非鉄金属等
重電・家電等
輸送用機器等
その他
▲ 1.0
鉄・非鉄金属等
重電・家電等
4
輸送用機器等
2
その他
0
2012
2013
2014
2015 (年)
▲ 1.5
▲ 2.0
▲ 2.5
2012⇒2013
2013⇒2014
2014⇒2015
(年)
(注)財の分類はみずほ総合研究所による。
(資料)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
(注)財の分類はみずほ総合研究所による。
(資料)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
4
輸出競争力を示す一つの指標である貿易特化係数の推移を財別に主要国で比較すると、化学製品・
衣料、鉄・非鉄金属製品、重電・家電などにおいて日本の係数が低下する一方、中国の係数が拡大し
たことがみてとれる(図表9)
。過剰生産の側面はあるものの、中国の輸出競争力がこうした財におい
て上昇したとみるべきだろう。一方輸送用機器については、中国の輸出競争力は伸び悩んでおり、日
本の競争力の高さが確認される結果となった。
また日系企業の生産・調達構造の変化も、日本の輸出シェア縮小に影響を与えた可能性が高い。日
本企業(製造業)の海外生産比率はリーマンショックの時期を除けば拡大が続いており、円安局面に
あった2013年度、2014年度にも同様の傾向がみられた(図表10)
。また製造業の海外現地法人の調達率
の推移をみると、現地調達率の拡大は2010年頃に一服したものの、その後は日本以外の第3国からの輸
入が拡大しており、日本からの輸入比率は低下が続いている(図表11)。こうした現地生産拠点の調達
戦略も日本の輸出シェア低迷に寄与したと考えられる。
以上のように、中国の輸出競争力が相対的に高まったこと、また日本企業が競争環境やコストメリ
ットの観点で海外生産シフトしたことなどが、日本の輸出シェアが2015年までの3年間で低下した要因
と考えられる。
図表 9
化学製品・衣料等
50
貿易特化係数の各国比較(主要財)
鉄・非鉄金属製品等
(%)
40
重電・家電等
(%)
40
40
30
30
30
20
20
20
10
10
10
0
0
0
▲ 10
▲ 10
▲ 10
▲ 20
▲ 20
▲ 20
▲ 30
▲ 30
▲ 30
2012
2013
2014
▲ 40
2015 (年)
2012
2013
2014
2015(年)
輸送用機器等
(%)
(%)
80
60
日本
中国
40
米国
ドイツ
20
フランス
0
▲ 40
2012
2013
2014
2015(年)
▲ 20
2012
2013
2014
2015 (年)
(注)貿易特化係数=(輸出額-輸入額)÷(輸出額+輸入額)。財の分類はみずほ総合研究所による。
(資料)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
(%)
図表 11
図表 10 製造業の海外生産比率
製造業の現地調達率
(%)
40
70
海外進出企業ベース
35
国内全法人ベース
60
30
50
25
40
20
30
15
20
10
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 (年度)
現地調達
日本輸入
その他地域輸入
10
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 (年度)
(資料)経済産業省「海外事業活動基本調査」より、みずほ総合研究所作成
(資料)経済産業省「海外事業活動基本調査」より、みずほ総合研究所作成
5
3.足元の輸出回復は今後も続くのか
以上のように、①世界の経済成長率の低迷、②原油価格の低迷や投資の停滞、中国製造業の自給率
向上に伴う世界の輸入依存度の低下、③中国の輸出競争力拡大や日本企業の生産・調達構造変化に伴
う日本の輸出シェア低下の3つの要素が、2015年までの円安局面での日本の輸出低迷に寄与したようだ。
しかし、日本の輸出は足元でようやく回復の兆しを
図表 12 実質輸出指数と輸出数量指数
みせている。日本の実質輸出指数の推移をみると、
(2010=100)
2016年後半頃から増加しているほか、輸出数量でみても、
110
実質輸出指数
輸出数量指数
105
2016年4月を底に増加に転じている(図表12)
。
輸出が回復の兆しを見せ始めた背景には、2015年までの
輸出低迷の要因となっていた要素が2016年に入り、変化し
た可能性があると考えられる。以下では、①世界経済の成
長力、②世界の輸入依存度に関する変化を踏まえ、日本の
輸出拡大の持続性を評価した上で、今後の③日本の輸出シ
ェア拡大に向けた戦略・政策方向性を考察する。
100
95
90
85
80
12/1
13/1
14/1
15/1
16/1
(年/月)
(注)輸出数量指数はみずほ総合研究所による季節調整値。
(資料)日本銀行「実質輸出入の動向」、財務省「貿易統計」より、みずほ
総合研究所作成
(1)足元景況感は回復も、世界経済の伸びは 2000 年代半ばの水準には戻らない見通し
まず①世界経済の成長力についてみると、2016年中に確認された変化としては、主要国の景況感
が足元回復基調に転じたことである。米欧中の景況感指数をみると、2016年前半にかけて悪化して
いた米国や中国の景況感が年後半にかけ回復している(図表13)
。また、非製造業の景況感も変動は
あるものの、概ね底堅く推移している。世界的な景況感の回復が足元の日本の輸出増加にプラスに
寄与している可能性がある。
また原油価格の回復を受け、資源国経済も持ち直す傾向にあり、みずほ総合研究所の予測では、
2017年の世界の実質経済成長率はやや回復する見通しだ(図表14)。但し、中期的には中国の抱える
資本ストック調整や、高齢化による日欧中の生産年齢人口の低下などが労働供給面で下押し圧力と
なるため、2017年以降の世界の成長率はリーマンショック前の水準には戻らないと想定している。
図表 13 米欧中の景況感
60
(指数)
製造業
図表 14 世界の実質経済成長率見通し
非製造業
(指数)
60
6
(%)
見通し
5
55
55
4
3
50
50
45
米国製造業ISM
ユーロ圏製造業PMI
中国製造業PMI
45
14/1 14/7 15/1 15/7 16/1 16/7(年/月)
2
米国非製造業ISM
ユーロ圏非製造業PMI
中国非製造業PMI
1
14/1 14/7 15/1 15/7 16/1 16/7 (年/月)
(注)指数が50以上で景況感の回復、50未満で景況感の悪化を示唆。
(資料)米サプライマネジメント協会、Markit、中国物流購買連合会より、みずほ総合研究所作成
6
0
▲1
00 02 04 06 08 10 12 14 16 18 20(年)
(注)2016年以降はみずほ総合研究所推計値。
(資料)IMF、各国統計より、みずほ総合研究所作成
(2)ITサイクル改善も、中国のストック調整や世界的な保護主義化が懸念材料
次に、②世界の輸入依存度の先行きを展望すると、2016年半ば頃からの原油価格の回復は、輸入
依存度の回復にも寄与していると考えられる。更に国際分業体制が高度に進んでいるITセクター
の改善も、世界の輸入依存度の押し上げを通じて輸出拡大の要素となりそうだ1。世界の半導体出荷
額は、2014年以降減速していたが、2016年半ばに底入れし回復局面に転じている(図表15)
。過去の
出荷サイクルでは、回復局面は約1~2年程度続く傾向があり、少なくとも2017年は日本の輸出回復
にプラスに寄与することが期待できそうだ。
なお、足元では米国をはじめとして世界的に保護主義的な動きが強まりつつある。これまで世界
の関税率は概ね低下傾向にあった 2が(図表16)
、今後の主要国間の貿易交渉の過程で、アンチダン
ピングによる関税引き上げなどの動きが強まれば、世界の輸出依存度の低迷に直接的に影響する恐
れもあり、注意が必要だろう。
また2015年までの輸出依存度低下の一因であった中国の資本ストック調整は今後も下押し圧力と
して働く可能性が高い。中国国内のアンケート調査 3によれば、製造業の設備稼働率は2007年の約8
割の水準から、2015年には6割台まで低下しており、現時点でも生産能力の過剰感は残存していると
考えられる。中国の製造業の景況感は足元回復しているものの、今後も中国の供給余剰が世界的な
投資停滞に影響を与えそうだ。
以上のように、保護主義化の影響などの不透明な要素はあるものの、輸出の外部環境は、世界的
な景況感の回復による①世界経済の成長力の回復や、ITサイクル改善による②輸入依存度の改善
などから好転してきているととらえるべきだろう。みずほ総合研究所の見通しでも、2017年の輸出
は緩やかな回復を予想している。しかし中期的には、日欧中の生産年齢人口の減少や中国の資本ス
トック調整など構造的な問題が、世界経済の伸び悩みや、投資の停滞などを通じて、輸出の下押し
材料になると考えられる。そのため、持続的な日本の輸出拡大を実現するためには、③日本の輸出
シェア拡大が求められよう。
図表 15 世界の半導体出荷額(前年比)
図表 16 世界の関税率
(前年比、%)
80
16
(%)
60
14
40
12
20
0
10
▲ 20
8
▲ 40
6
▲ 60
95
97
99
01
03
05
07
09
11
13
4
15 (年)
90
(注)太線は3カ月移動平均。
(資料)WSTSより、みずほ総合研究所作成
95
00
05
(資料)WITSより、みずほ総合研究所作成
7
10
15 (年)
4.日本の輸出シェア拡大に向けた考察
しかし前述の通り、中国の輸出競争力の拡大などを背景に、多くの財においては円安局面でも日本
の輸出シェアは低下しているのが実態である。では、結局のところ先進国が輸出シェアを高いままで
維持できている、またシェアを拡大できているのはどのような財だろうか。
(1)先進国が輸出競争力を維持・強化できているのは安全、資源、ブランドの 3 類型
そこで2015年の先進国の輸出シェアを横軸に、2005年から2015年の輸出シェアの変化を縦軸に示し
たのが図表17である。同図表によれば、先進国が高いシェアを維持できている財は、輸送機器や航空
機、医薬品、食料などの品目、更にシェアが拡大している製品としては鉛製品や時計などの品目であ
った。また先進国のシェアは相対的に高くはないが、10年前と比べシェアが拡大傾向にある財は飲料、
毛皮、亜鉛製品などの品目となっていた。一方で先進国シェアが低く、10年前と比べシェアが低下し
ている財としては、船舶、家電、繊維、玩具などとなった。
先進国が輸出競争力を維持、あるいは強化している財を特性別に整理すると大きく3類型に分類する
ことができる(図表18)
。1点目は安全が差別化要素になる分野である。安全を技術によって担保して
いる財としては、自動車、航空機、医療用品などがあり、品質によって担保している財としては、食
品・飲料などがある。いずれも人体に直接的・間接的に関わる分野で、安全に対する消費者の意識の
高さが新興国企業との差別化になっている可能性がある。
2点目は資源である。豪州などの資源保有国のシェアが当然高いが、日本も特殊な加工技術によって
輸出競争力を維持している品目(銅部材、貴金属性工具など)がある。
3点目はブランドが差別化要素になる品目だ。時計など一定のブランド力を確立することで競争優位
を維持・強化していると考えられる。
図表 18 先進国が輸出競争力を維持・
図表 17 財別の先進国の輸出シェア及び変化
強化できている3類型
30 (%)
拡大
20
類型(差別化要素)
時計、鉛製品
など
飲料、毛皮
亜鉛など
10
先進国
0
輸出
シェア
変化 ▲ 10
(05年→
15年)
(技術)
航空機、自動車、医療用品など
(品質)
食品、飲料など
安全
医療用品、食品
輸送機器、航空
機、美術品など
船舶、家電、繊
維、玩具など
▲ 20
▲ 30
縮小
品目
0
低
20
40
60
先進国輸出シェア(2015年)
80
資源
ニッケル、銅、亜鉛、鉛、木材、
鉱石など
ブランド
毛皮、時計、美術品など
100 (%)
高
(注)中分類で算出(97品目)。先進国はOECD加盟国とした。先進国シェアの高い品目は
中央値(62%)より高い品目とした。
(資料)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
8
(資料)UN Comtradeより、みずほ総合研究所作成
(2)日本の輸出競争力拡大に向け、競争優位が保て得る分野を重点強化していく発想も
翻って日本の立ち位置を考えると、資源希少国である我が国においては、安全やブランドを差別化
要素とし得る財は競争優位性を相対的に確立しやすいと考えられ、政策的に重点強化をしていくとい
う発想もあるだろう。
安全を差別化要素とする品目に着目すれば、既に輸送用機器や航空機部品では日本の優位性を相応
に保てているが、医療用品では日本の輸出シェアは1%前後にとどまっているほか、食料・飲料などの
品目は先進国の中でも低いシェアになっている。
医療関連産業、食品産業では、欧米企業対比で企業規模の小ささなどが競争劣位要因として指摘さ
れている。場合によっては企業単独の努力では難しい部分や、規模の経済性を補完するような観点で
政策的な支援をしていくことも必要だろう。
具体的な政策強化の方向性としては、①海外でのマーケティング、ブランディング支援、②グロー
バルな規格標準化支援、③産業クラスター形成支援などが考えられる。また現行の貿易統計の分類で
は、新興国にシェアを奪われている家電などの品目も、ヘルスケア製品などの個別商品に焦点をあて
れば、今後十分に競争優位性を保てる可能性があると考えられる。政策的な重点分野を考える上では、
既存の産業分類にとらわれない発想も必要だろう。
(参考文献)
坂中弥生(2016)
「輸出は高品質化で稼ぐ時代へ」
(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2016年1
月23日)
高富康介、中島上智、森知子、大山伸介(2016)
「スロートレード」
(日本銀行『BOJ Reports & Research
Paper』2016年10月)
Cristina Constantinescu, Aaditya Mattoo, and Michele Ruta (2015)“The Global Trade Slowdown”
IMF Working Paper No15/6
IMF(2016)“What’s behind the slowdown?” World Economic Outlook, October 2016
近年自動車向けや IoT 投資など、PC や携帯以外での需要拡大が進み、構造的な変化を指摘する声もあるが、本稿はあくまで通
常の IT サイクルによる需要拡大について触れている。
2 Constantinescu et al.(2015)や、高富他(2016)では、金融危機以降に非関税障壁の増加など保護主義的な動きが強まってい
ると指摘している。
3 中国企業家調査系統(各年版)に基づく。
1
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
9