印刷用 - 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター

2017 年 1 月 13 日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)
IGFBP3 欠損はモノアミン代謝障害とシナプス成熟障害を
もたらすことが明らかに
〜遺伝性発達障害レット症候群の行動異常の発症基盤を見いだす〜
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋)
神経研究所(所長:武田伸一)疾病研究第二部(部長:後藤雄一)伊藤雅之 室長らの研究グルー
プは、レット症候群をはじめとした自閉的行動障害を伴う発達障害の発症機序の要因に IGFBP3 分
子の機能障害が関与していることを発見しました。このことは、アスペルガー障害や自閉症を含
む発達障害に広く影響していることが推察できます。
この成果は、米国科学雑誌「American Journal of Pathology」オンライン版で、日本時間 2017
年 1 月 11 日に発表されました。
本研究グループは、遺伝性発達障害の代表的疾患であるレット症候群の研究から、2007 年に、
その原因遺伝子 MECP2(メチル化 CpG 結合タンパク 2)が直接制御する遺伝子として IGFBP3(イ
ンシュリン様成長因子結合タンパク 3)を発見しました。レット症候群は、特異な自閉的行動異
常や知的障害、てんかん、筋緊張の異常、ジストニア、自律神経障害など多彩な症状をきたす疾
患です。MECP2 の機能は転写抑制因子であり、この分子が直接制御する遺伝子として多く報告さ
れています。しかし、レット症候群の症状あるいは病態を説明出来る研究はこれまで存在しませ
んでした。そこで、レット症候群の症状のうち何に IGFBP3 の影響をうけているのか調べるために
本研究を行いました。
IGFBP3 は IGF-1(インスリン様成長因子 1)と結合し、そのレセプターへの担体としての役割
と IGF-1 の濃度調節に働いている分子です。IGFBP3 欠損マウスを作成し、行動解析、形態学的解
析、モノアミン分析を行い、IGFBP3 欠損マウスでは、行動量の増加(多動)と空間認知機能の低
下(知的障害)呈していることがわかりました。このマウスの脳では、PI3K-AKT-mTOR 細胞内シ
グナル伝達系の機能低下があり、興奮性シナプスに存在する PSD95 と GABA 合成酵素(GAD)の量
的低下を引き起こし、神経細胞の樹状突起とシナプスの成熟の遅れを生じさせていました。
IGFBP3 の機能喪失は、広く神経細胞の機能障害を生じさせ、発達障害類似の症状を引き起こ
します。発達障害の一因にこの分子機能障害が関与している可能性が出てきました。これまで
IGFBP3 遺伝子異常に関与する疾患は見つかっておらず、新しい病態機序の解明への足がかりとな
る可能性があります。また、アスペルガー障害や自閉症を含む発達障害に広く影響していること
も推察でき、今後、バイオマーカーの開発や治療ターゲットになることも期待できます。
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■研究の背景
レット症候群(RTT)は、主に女児に起こる乳幼児期からの進行性発達障害であり、特徴的な自
閉性行動障害と常同運動、筋緊張の異常、知的障害、てんかんなどを呈する疾患です。RTT の原
因遺伝子として MECP2(メチル化 CpG 結合タンパク 2)が報告されており、MECP2 遺伝子異常によ
る機能喪失による発症病態があることが分かっています。MECP2 は SIN3A と HDAC1 と複合体を作
り、遺伝子プロモーター領域のメチル化された塩基に結合し、転写を抑制することが知られてい
ます。また、これまでの研究から、MECP2 の制御を受ける多くの遺伝子が報告されています。そ
の中の一つとして、以前に、本研究グループらは IGFBP3(インシュリン様成長因子結合タンパク
3)遺伝子を発見しました。(J Neuropathol Exp Neurol 2007;66 (2):117-123)
。本研究では、こ
の IGFBP3 の RTT 発症の病態解明を行なったものです。
■研究の内容
従来の方法で IGFBP3 遺伝子欠損マウスを作成し、生後 8-10 週齢で解析を行いました。解析は、
大脳皮質と神経細胞の形態学的及び発現解析、シナプス成熟の形態学的解析、IGF-1 発現解析、
PI3K と AKT、ERK1、ERK2 のリン酸化、脳内モノアミン代謝解析、行動解析を行いました。その結
果、神経細胞の未熟性と IGF-1 発現量の低下、PI3K-AKT-mTOR 細胞内シグナル伝達系の機能低下、
ドーパミンとセロトニンの低下、多動と空間認知機能低下を認めました。
これまで、IGF-1 の存在下で PI3K-AKT-mTOR 系の活性化が起こり、細胞の成長や成熟、機能獲
得などを得ることが知られていますが、IGFBP3 の影響については分かっていませんでした。今回
の研究で、IGFBP3 の機能喪失が IGF-1 の低下をもたらし、PI3K-AKT-mTOR 系を介して神経細胞の
成長、成熟障害をきたし、行動障害となって症状を呈することが分かりました。
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■研究の意義・今後の展望
多動と知的障害という発達障害に多く見られる症状が IGFBP3 の喪失で再現されたことは、
IGFBP3 分子がレット症候群に限らず広く発達障害の病態を形成する一因であることが分かりまし
た。このことは、発達障害の病態解明にとどまらず、新しい原因遺伝子の可能性と発達障害のバ
イオマーカーの開発、治療薬の開発になることが期待されます。
■用語解説
1)レット症候群
主に女児に生じ、遺伝性発達障害の代表的な疾患である。乳児期早期に外界への反応の欠如、
筋緊張低下であるが、それらの症状が軽微なため異常に気付かないことが多い。乳児期後半以後、
自閉的行動異常、移動運動の障害、手の常同運動を主体とする特徴的な症状や退行、が年齢依存
性に出現する。
2)MECP2
レット症候群の主要な原因遺伝子である。MeCP2(メチル化 CpG 結合タンパク 2)はメチル化修
飾された DNA に特異的に結合し、Sin3a やヒストン脱アセチル化酵素(HDACs)などと複合体を形成
することで遺伝子発現の抑制に関与している。
3)IGFBP3 と IGF-1
IGFBP3(インスリン様成長因子結合タンパク)は IGF(インスリン様成長因子)に特異的に結
合するタンパクの一つである。IGF には、GH(成長ホルモン)依存性で骨成長促進作用が強く GH
依存的な IGF-1 と、GH 依存性に乏しくインスリン様作用が強い IGF-2 が存在する。IGF-1 は、血
中で IGFBP と結合して安定な状態で存在する。この IGFBP の主なものが IGFBP3 であり、血中の
IGFBP3 は IGF-1 を反映する。また、IGF-1 の濃度の調整に関わっている。
4)PI3K-AKT-mTOR 細胞内シグナル伝達系
IGF-1 などの受容体を介して細胞内を活性化する一連のシグナル伝達である。PI3K は細胞膜の
構成成分であるイノシトールリン脂質のリン酸化を行う酵素で、その下流の Akt は PI3K 依存的に
活性化されるとさらに下流シグナルを制御し、mTOR を誘導し、細胞の分裂や成長、成熟などの生
存促進的機能を活性化する。
■原論文情報
論文名: Insulin-Like Growth Factor Binding Protein-3 Deficiency Leads to Behavior
Impairment with Monoaminergic and Synaptic Dysfunction
著者: Hongmei Dai, Yu-ichi Goto, and Masayuki Itoh
掲載誌: American Journal of Pathology
DOI: doi.org/10.1016/j.ajpath.2016.10.011
URL: http://dx.doi.org/10.1016/j.ajpath.2016.10.011
■助成金
本研究は厚生労働省難治性疾患克服研究事業補助金(24-078)
、日本学術振興会基盤研究(B)
(24390270)
、日本学術振興会挑戦的萌芽研究(25670486)の研究助成を受けて行われました。
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■お問い合わせ先:
【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター神経研究所
疾病研究第二部 室長
伊藤雅之(いとう まさゆき)
〒187-8502
東京都小平市小川東町 4-1-1
E-Mail:
電話: 042-341-2712 (内線 5823)
Fax:042-346-1743
【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課
広報係
〒187-8551 東京都小平市小川東町 4-1-1
TEL: 042-341-2711(代表)
Fax: 042-344-6745
本リリースは、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブに配布しております。
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