エアジェットルームの開発

"重量のある杼を往復させる機械では、高速化に限界
があった。杼を使わない織機のなかで、早期に開発
されたもののひとつに、レピア(細身の剣)の先端
で糸を運ぶ「レピア織機」があり、すでに1925年に
はドイツで試作され、1965年には石川製作所が技術
提携によって国産化していた。 レピア織機の特徴は
汎用性が高いことである。産業資材や複雑な糸を
使った織物でも織ることができる。しかし、機械の
値段が高く、安い製品を織るには採算があわない。
そこでレピア織機よりかなりコストが安く、生産性
も高いエアジェットルームが普及した。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――2つの基本原理 エアジェットルームにはエアガ
イド方式と変形筬方式がある。豊田自動織機が1979
年に開発したエアジェットルームはエアガイド方式
であった。エアジェットルームは、空気でよこ糸を
運ぶが、空気は噴射した後、すぐに広がってしま
う。空気をガイドする板のようなものをつけるのが
エアガイド式。布を形成する時、よこ糸を打ち込む
筬は普通まっすぐな形をしているが、空気のガイド
形状をつけたのが変形筬方式である。 顧客のニーズ
にあわせて2つの方式が登場したが、結果的には変
形筬方式に一本化された。豊田自動織機では、1985
年から変形筬方式の開発をはじ
め、JAT500、JAT600、JAT610シリーズが開発さ
れ、現在に至っている。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――2つの基本原理の違い 変形筬方式とエアガイド
方式には、それぞれメリットとデメリットがある。
変形筬方式は、筬打ち運動(往復運動)の負担が少
なく高速化に向き、たて糸が傷つきにくいというメ
リットがある。一方、特殊な形をした筬が必要なた
め、筬の開発コストが高く、普及する以前は発展途
上国などでは手に入れるのが難しかった。筬は織
物の幅やたて糸の混み具合などによって変えなけれ
ばならないため、織物の種類ごとに必要となる。同
じシャツの生地でも、目の混んだ生地とガーゼのよ
うに目の粗い生地とでは筬を変えなければならな
い。もう一つは、ガイド部分がエアガイド方式より
開いているため、空気の消費量が多いというデメ
リットがある。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"エアガイド方式には、通常の筬が使えることと、ガ
イド部分が狭いので空気の消費量が少ないというメ
リットがある。一方で筬とは別にトンネル状のガイ
ドを付けるため、筬打ち運動の負担が大きくなり、
高速化に不利である。さらにガイド部分がたて糸に
触れるため、静電気を帯びやすいフィラメントには
向いていなかった。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――杼を使う織機との比較 現在、変形筬がどこで
も手に入るようになったことで、エアガイド方式に
比べて生産性の高い、変形筬方式が有利となっ
た。1980年代後半から織機の生産性の向上が進んで
いるが、回転数を重視する傾向から、しだいに織
機の幅(布の幅)を求めるようになった。同じ1
メートルの長さを織るとして、幅1.5メートルより、
幅3メートルの方が、当然、生産性が高い。幅が広
くなった分、どれだけ正確に横方向に糸を飛ばせる
かという技術が重要になった。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"生産性は回転数のみでなく、よこ入れ率(回転数×
織り幅)で評価されている。開発当初のエアジェッ
トルームは、織り幅1.9メートルで400~450rpmで
あり、杼を使った織機は150~200rpm。比較すると
生産性が2倍以上向上したことになる。幅が広くな
るほど、まっすぐに空気を入れる技術が重要とな
る。現在、4メートル近くまで広幅化が進んでい
る。杼を使う織機が1.9メートルが限度だったことを
考えると、生産性は大きく向上している。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――エアジェットルームの進歩と拡大 エアジェッ
トルームで生産される織物は、産業資材からワイ
シャツ生地へ広がり、その後はいろんな色の付いた
糸、太さの違う糸などが使われるハンカチ生地、さ
らには立体的なタオル製品へと広がった。その範囲
は、布地ばかりではない。パソコンや携帯電話など
のプリント基板に使われるガラス繊維にまで広がっ
ている。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――今後の技術開発の方向性 布を織る技術につい
て、ある程度のレベルまで到達してしまった。残さ
れたのは自動化という高度技術である。繊維工業に
おいて世界の主な生産地は中国や東南アジアであ
り、日本の大手紡績企業も海外へ生産拠点を移転し
はじめている。海外の生産拠点では、熟練した技術
者が機械を扱うとは限らない。織機の技術は、何で
も織れる、高級な織物が織れるほど複雑化してい
る。今後は、付加価値の高い、高品質な織物を生産
できるノウハウを備えた織機が求められる。そのた
めに顧客のニーズにすぐ応えられるような企画開発
を行う体制を維持することが、織機メーカーに求め
られる姿である。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――豊田佐吉の考え方を電子化 織機は1つのメイン
モーターと連結してすべての運動を制御してい
る。織機の回転数が毎分500回転、600回転とする
と、1回転は100ミリセコンド(0.1秒)ぐらいにな
る。100ミリセコンドの内、よこ糸を一幅通す時間
を測り、その間に、開口が開いた時に空気を噴射し
て、たて糸を閉じて、よこ糸を止めて布を織るとい
う動作をしながら、さらに1cmの間に何本糸を入れ
るかにあわせて、たて糸を巻き取り、糸の張力をコ
ントロールする(送り出し)という運動を機械で制
御していた。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"これは杼を使う織機から生まれた発想で、精度をあ
げるとともに、高速化による耐久性を向上すること
に重点が置かれていた。現在では運動の8割以上を
電子制御している。電子制御になったことで汎用性
も広がってきた。しかし電子制御になって工程が大
きく変化したわけではない。織機の5大運動である
「よこ入れ、筬打ち、開口、巻き取り、送り出し」
は、今でもすべて残っている。豊田佐吉がつくった
機械と同じように、たて糸によこ糸を入れるという
基本的な考え方に変わりないが、これが電子制御に
なったのである。 新たな発想といえば、糸を通すの
に重い杼を使っていたが、それが空気になったとい
うことである。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――高速化による耐久性への対応 高速化するため
には部品や機構を小さく、軽くする必要があるが、
一方で織機に高度な耐久性が要求されるようにな
る。回転数が5倍になれば、繰り返す数も5倍、同じ
重さであれば動かす力は25倍となり、125倍消耗が
激しくなる。言ってみれば125年間使えたものが1年
で壊れてしまうことにもなりかねない。 生産性をあ
げること、つまり回転数をあげるためには耐久性は
避けて通れない。 汎用性をあげるために、耐久性は
直接は関係ないが、例えばデニムを織るのとハンカ
チを織るのでは織機にかかる力が違う。デニムを織
る力に耐える機械になった、と言えば、耐久性があ
がったことになる。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機
"――杼を使わない織機に対する抵抗感 杼を使っ
た織機の場合、杼が往復するので、糸が両側でルー
プ状につながっている。そのため耳と呼ばれる織
布の端も、たて糸とよこ糸があって布状になってい
る。 それに対してエアジェットルームの場合、片側
から糸を噴射して、反対側で糸を受け取ることはで
きるが、戻すことはできない。そのため織布の両端
によこ糸だけが数ミリ出て「耳が房状」になってし
まう。エアジェットルームが登場した頃、この房状
になった耳に抵抗を感じる人も多かった。 "
エアジェットルームの開発 株式会社豊田自動織機