世界遺産候補の島におけるまちづくり ②

調 査
Research
世界遺産候補の島におけるまちづくり ②
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世界遺産候補の島におけるまちづくり ②
ひさ か
― 五島・久賀島 ―
■前回(12月号)の久賀島
本誌12月号では、久賀島の概要
と世界遺産登録を目指すなかでの
重要文化的景観選定への取組み、
住民参加組織「久賀島まちづくり
協議会」の設立とその活動を紹介
した。本号では、観光交流を担う
「久賀島体験交流協議会」と特産
品の開発・販売を行う「久賀島
ファーム」という2つの任意団体
の動きを中心に、見えてきた課題
などについてレポートする。
「五島市久賀島の文化的景観保存計画」より
Ⅰ.増える来島客
島には、国の世界文化遺産暫定リストに登録
された「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」
(2007年当時)の構成資産「旧五輪教会堂」が
あるが、2015年に同遺産が世界遺産に正式推薦
された(後に取り下げ)こともあり、この教会
堂を目的に訪れる人が増えてきている。2016年
4∼8月に同教会堂を訪れた観光客は、前年同
期の3倍以上となった(図表1)。
五輪地区に佇む「旧五輪教会堂」
(写真提供:久賀島体験交流協議会)
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図表1 旧五輪教会堂来場者数
44
4月
837
260
5月
1,015
268
6月
207
7月
520
188
8月
2015年度
369
2016年度
524
1,003
9月
1,247
10月
811
11月
546
12月
154
1月
262
2月
1,200
3月
0
200
400
600
五島市市長公室の資料をもとに当研究所にて作成
800
1,000
1,200
1,400
(人)
また、久賀島と五島市役所のある福江島とを結ぶ㈲木口汽船の12カ月(10月∼翌年9月)の旅
客数をみると、島の人口減とともに減少していたが、2014年を境に再び上昇に転じている(図表
2)。
図表2 木口汽船・久賀島航路の旅客数推移
(人)
45,000
42,000
「体験交流協議会」
「久賀島ファーム」
の設立
41,434
39,000
37,035
37,906
37,544
36,000
久賀島・田ノ浦港と福江島とを結ぶシーガル号
(木口汽船HPより)
35,114
33,000
2012
2013
2014
2015
2016
(年)
五島市商工地域振興課の資料をもとに当研究所にて作成
Ⅱ.久賀島体験交流協議会
久賀島の活性化を目的に、民泊や体験プログラムなどを運営している地元民間団体が「久賀島
体験交流協議会」
(2014年12月設立。会員46名)である。同協議会は、主に体験型観光で修学旅行
生を受け入れることで、地域に子供の声を増やし、島を活性化させることを目指している。
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1.体験観光の推進
同協議会では、島民の協力を仰ぎつつ23の
体験観光プログラムを準備した。また、民宿
1軒という島内宿泊事情をカバーするために、
11軒の家庭の協力を得て民泊を実現させてい
る。こうして、五島市の協力を得て始められ
た観光客誘致の取組みは、早くもその成果が
現れ始めている(図表3、図表4。ともに
2016年度は予定を含む)。
民泊体験のようす
(写真提供:久賀島体験交流協議会)
図表3 久賀島における民泊実績
(年度、人)
2014
2015
2016
人 数
75
46
109
泊 数
110
54
109
資料提供:久賀島体験交流協議会
図表4 久賀島体験プログラムへの参加者数
自然体験
漁業体験
農業体験
味覚体験
体験メニュー
ビーチ遊び・磯観察
シュノーケリング
久賀島クルーズ
里山保全体験
しま探訪(ガイド付きツアー)
波止釣り
いかだ釣り
船釣り
椎茸の菌打ち体験
魚さばき体験
郷土料理づくり
すり身揚げづくり
かんころもちづくり
うなぎ獲り・うなぎ料理
参 加 者 計
(年度、人)
2014
2015
2016
6
18
4
14
54
16
14
18
7
23
23
14
12
5
52
17
203
17
7
6
63
61
※久賀島体験交流協議会の資料をもとに当研究所にて作成。2014年度はモニターツアーを
含む。
※この他にも自然体験で1つ、漁業・農業体験で3つずつ、味覚体験で2つの体験メニュー
があり、計23のメニューを提供可能。
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2.体験観光のターゲット
久賀島における体験観光は、まずは民泊に協力
する家庭に慣れてもらうために、一般や大学生な
どをはじめとするモニターツアーから始め、現在
では修学旅行が主なターゲットとなっている。
下五島地域への修学旅行は、(一社)五島市観
光協会が窓口となり学校側の要望を受け入れて、
それに応じることができる地区に振り分けられる。
久賀島では、体験交流協議会による各種体験の評
判がよく、今年9月に来島した岡山県の中学校は
修学旅行生の見送り
(写真提供:久賀島体験交流協議会)
久賀島に2年連続して来島している。なお、これ
まで最も遠方からの修学旅行は岐阜県からの高校
生である。
久賀島における体験観光の基本は、民泊とセッ
トになった家業体験であり、うち、
「食の加工体験」
(すり身やかんころ餅づくりなど)は各家庭や、
後述する久賀島ファームにて行われている。また、
体験メニューのなかで最も人気があるのは釣り体
験であり、学校側からの要望も多く、これまで釣
釣り体験のようす
(写真提供:久賀島体験交流協議会)
りが希望体験メニューのなかに入っていないことはなかったとのことであった。
3.久賀島グッズを販売
久賀島体験交流協議会では、地域おこし協力隊
の江原貴司氏がデザインした“重要文化的景観の
島”を強調したトートバッグを販売している。
このトートバッグは、もともと五島市の市長公
室が久賀島の宣伝用に作成、配布していたもので
ある。その評判がよかったことから、食料品以外
で島を象徴する新たなお土産として、同協議会で
16年7月に作成を開始し、8月から1枚税込み
久賀島トートバッグ
(写真提供:久賀島体験交流協議会)
700円で販売を始めた。そうして12月上旬現在、総作成枚数200枚のうち160枚以上が売れるヒッ
ト商品となっている。
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Ⅲ.久賀島ファーム
2014年2月に設立された久賀島ファーム(会員
数35人)は、地元で生産される農水産物商品の開
発・販売を行う組織である。
ファームにおける商品の原材料集めから販売、
加工を含めた一連の流れには、地域おこし協力隊
の頴川駿介氏が携わっており、加工・調理につい
ては島内唯一の宿泊施設、民宿「深浦荘」を経営
している赤松繁氏が中心となっている。
ファームでの加工のようす
(写真提供:久賀島ファーム)
1.取扱商品
久賀島ファームで生産されている商品は、
「椿油」
「久賀米」
「あじ南蛮」
「かます南蛮」
「酢な
まこ」「塩うに」「あおさ」「煮サザエ」「活サザエ」の9品目である。このなかで、売上に最も寄
与している商品は単価が高い「塩うに」であるが、一番人気は「久賀米」である。この「久賀米」
は、収穫期が8月中旬という早期米で、ファームの商品のなかでも稀少商品となっている。
久賀島の「椿油」
久賀島の早期米「久賀米」
久賀島の「塩うに」
※上記写真提供:久賀島ファーム
2.久賀島におけるファームの役割
そもそもこの久賀島ファームは、重要文化的景観の維持・管理に貢献する事業の一環として島
民が経済的に潤うように設立された組織である。
同組織は県の物産展に出店しているが、組織の設立コンセプトが島民から農水産物などをなる
べく高値で買い取ることに主眼が置かれていることに加え、その買取量を見あやまってしまうと、
せっかく交通費・宿泊費・人件費をかけて出店したとしても赤字を計上することになる。これに
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は、原材料費の圧縮とともに商品販売経験の蓄積が求められるが、もうすぐ設立3年と経験値の
浅い同組織にとってそのハードルは高い。
また、原材料費の圧縮に踏み切る=原材料の買い取り額を下げると、不満が出てくることも予
想されることから、久賀島ファーム側にもファームの地域における役割や商品開発の過程、販売
における一連の仕組みなどを島民に理解してもらう努力が求められる。
Ⅳ.見えてきた課題
1.情報発信の課題
五島市の民泊のPRは、(一社)五島市観光協会が
一括して行っており、久賀島単独でのアピールは、
Facebook等により行われている。
なお、今後は島民が主体的に体験型観光などの
PRをしていこうという機運をどう高めていくのか
が課題となっている。
2.久賀島体験交流協議会の課題
(1)民泊受け入れ家庭の増加
久賀島体験交流協議会では、修学旅行で1クラス
分ならば十分受け入れ可能な11軒、最大40人という
現在の民泊の収容人数を、さらに受け入れることが
できるよう、受け皿となる家庭を増やすことを考え
「重要文化的景観」の原風景
(写真提供:久賀島ファーム)
ている。しかしながら、人口が少なく高齢者も多いため、受け入れができる家庭が少ない。
(2)土産品売り場の確保
久賀島土産として作成されたトートバッグの販売は、デザインを手掛けた地域おこし協力隊・
江原氏の個人管理となっており、江原氏が不在の場合には久賀島出張所の職員が対応している。
この問題については、五島市の市長公室でその設置が計画されている久賀島情報発信施設の活
用が考えられるが、体験交流協議会が住民組織として自立するためにも、事務局や販売などの役
割をどこが(誰が)担うのかが課題となっている。
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3.久賀島ファームの課題
(1)欠かせない島民の協力
久賀島ファームでは、
急ぎの仕事の場合、地域
おこし協力隊の頴川氏と
民宿「深浦荘」の赤松氏
の2人だけで朝早くから
夜遅くまで加工作業を行
うこともあり、人手不足
旧久賀小学校校舎を利用した事務所兼加工場(写真提供:久賀島ファーム)
が顕著となっている。これには、ファームの会員である島民の協力が欠かせない。
また、ファームの課題の1つに、原材料を供給する(採る)人が少ないことが挙げられる。ファー
ムの会員も自身の生業が第一であり、ファームに対する優先順位が低くなるのは仕方がない面も
ある。しかしながら、この課題を解決するためには、加工作業と同様、やはり会員=島民の協力
が欠かせない。
(2)限られている商品購入の機会
現在、久賀島ファームの商品を入手するためには、物産展へ来場するか、直接島を訪れるしか
ない。時折、商品の送付依頼もあっているが、その際には“どうしても欲しい”、“送料を負担し
てもいい”というリピーターへは対応するようにしている。さらに、頴川氏は「送料が商品本体
の価格並みと高い。それよりも島に遊びに来て、ついでに商品を持ち帰った方がお得です」との
説明も行っているとのことであった。また、頴川氏は物産展
への出店を久賀島ファームの売上に貢献するとともに、島を
宣伝するよい機会と捉えており、「長崎県民でもまだ久賀島
の存在、五島列島にあることすら知らない人も多い。そこで、
久賀島ファームの商品
を買ってくれた人には
五 島 市 と 久 賀 島、
ファームの3種類のパ
ンフレットを手渡すよ
うにしている。来島し
てもらい、タクシーの
利用や民宿への宿泊な
久賀島ファームのロゴマーク
(提供:久賀島ファーム)
物産展への出店のようす
(写真提供:久賀島ファーム)
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ど、島にお金を落としてもらうためにも物産展への出店は極めて重要である」と述べている。
4.観光客受け入れ体制の課題
(1)観光情報発信施設の新設
現在、久賀島には観光情報を発信する施設がないことから、五島市の市長公室が中心となって
その設置が計画されている。島の中心地・久賀地区にある古民家・藤原邸を改修して軽食の提供、
物販などを行うとしており、17年度中に整備して、翌18年の世界遺産登録(予定)前後のオープ
ンを目指している。
同施設には、島内を観光客に時間をかけて探索してもらい、休憩を取り、特産品や土産品を購
入してもらう、という経済効果をもたらす新たな久賀島の観光ルートを作り出す役割が求められ
ている。
久賀地区に残る改修予定の古民家とその内部(写真提供:久賀島体験交流協議会)
(2)土産品の開発と販売
久賀島の土産品「久賀島トートバッグ」は、今後も継続作成していくのかどうか決まっておら
ず、次のグッズをどうするのかも現状まだ決まってはいない。
また、土産品については、いつでもすぐに購入できなければ商機を逸することになる。世界遺
産登録を控えて教会堂を訪れる人が増えるのは久賀島にとって大きなチャンスとなる。このチャ
ンスを生かして、地元にお金を落としてもらう仕組みを考えておくことが重要となる。2年後の
久賀島観光は、島の中心に設置された情報発信施設を通るルートを中心にアピールしていくこと
になるが、それでも、これまで通り旧五輪教会堂のみ訪れる観光客も少なくないものと思われ、
そのような人たちを逃さない仕掛けが求められる。
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おわりに
久賀島での取組みは、人口が少なく
少子高齢化が進行しているなかで行わ
れており試行錯誤の段階にある。また、
財政面では行政の役割が大きく、地域
の自立はまだまだ難しい。島では特定
の住民が様々な役割を持ちすぎる傾向
にあり、大多数の島民にとって久賀島
ファームにおける商品開発、販売など
はまだピンとくる活動とはなっておら
ず、高齢化が進行する島ではいままで
の生活を変えることはなかなか難しい。
美しい五輪地区の景観(写真提供:久賀島体験交流協議会)
島に観光客が増えて久賀島ファームの商品などを購入し、地元への実利が増えていくと島民の意
識も変わるものと思われる。
久賀島における「官民共同のまちづくり」はまだ始まったばかりである。島では以前から景観
保全への意識が高かったわけではなく、世界遺産登録と重要文化的景観選定の推進を契機として、
島民の景観保全意識の向上から、体験型観光・地域ブランド品の開発などによる地域経済活性化
策の試行へとつながってきた。
現在の体験交流協議会とファームの活動は、島外から来た地域おこし協力隊により支えられて
いる部分が大きいが、彼らには任期がある。本当は住民が主役となって組織の運営を行っていく
ことが理想であるが、それをすぐに行うことは難しい。当分は地域おこし協力隊のような外から
の知見・知力を活用しつつ、そのノウハウを取得していくべきであろう。2018年の世界遺産登録
時の久賀島がどのような島となっているのか、非常に楽しみである。
(杉本 士郎)
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