世界遺産候補の島におけるまちづくり ①

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世界遺産候補の島におけるまちづくり ①
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世界遺産候補の島におけるまちづくり ①
ひさ か
― 五島・久賀島 ―
はじめに
2007年、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(当時)が国の世界文化遺産暫定リストに登録
されたことで、その構成資産のある地域が注目されるようになった。そのひとつに五島列島の久
賀島がある。
その後、世界遺産地域においては緩衝地帯など景観保全が必要となったことで、長崎県と五島
市は同島について文化財保護法で規定する『重要文化的景観』へ選定されるための作業に着手し
た。必要となる調査や計画策定については、以前から各種調査のため島を訪れていた九州大学と
鹿児島大学、福岡大学の3大学との連携を図ることでスムーズに運び、島は2011年に「久賀島の
文化的景観」として『重要文化的景観』に選定され、全域が国指定の文化財となった。
これらの動きに合わせて、島では2009年に官・学・民からなる「久賀島まちづくり協議会」が
設置され、翌2010年に観光と暮らしの共生を基本テーマとする“久賀島景観まちづくり計画”を
策定するなど、ソフトとハードの両面から景観保全への取組みが進んだ。この一連の活動『久賀
島における重要文化的景観の持続に向けた官民協働のまちづくり』は、本年(2016年)4月に(公
財)日本都市計画学会が主催する「2015年度九州まちづくり賞」を受賞している。
そこで本稿では、2018年の世界遺産登録を目指す「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」
の構成資産『久賀島の集落』におけるまちづくりを紹介するとともに、島の現状や課題などにつ
いて2回に分けて掲載する。
Ⅰ.久賀島について
1.島の概要
久賀島は五島列島の南、福江島の北東海上に位置する馬蹄の形(U字型)をした二次離島(本
土と直接交通の便がない)であり、面積は約37.35㎢と、五島列島のなかで3番目、長崎県内で
も壱岐島に次ぐ6番目の大きさである。対馬暖流の影響で気候は温暖。傾斜性沈降海岸のため海
岸線は複雑であるが、島の中央には静かな久賀湾が広がり、その周辺の平地で営まれる農業と豊
かな水産資源を利用した漁業が主な産業である。島は水が豊富であり、台風被害を避けるための
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早期米が主流で、盆前には
稲刈りが行われる。また、
古くから椿の多い島で知ら
れ、広大なヤブツバキの自
然林や大木を島内各地で見
ることができる。
久賀島
島内の見所には、1868(明
治元)年の「五島崩れ」の
発端となった大開地区にキ
リシタン殉教の悲劇を伝え
る「牢屋の窄」が、さらに
久賀島位置図(五島市管内図より)
五輪地区には国指定重要文
化財「旧五輪教会堂」があり、全国から巡礼者や観光客が訪れている。
島へのアクセスは、福江島の福江港と奥浦港から、久賀島・田の浦港へ高速船とフェリーが運
航されており、所要時間はそれぞれ約20∼35分となっている。
2.島の人口
久賀島の人口は、1950年
代 に4,000人 近 く を 数 え た
図表1 久賀島の人口と高齢化率
(人)
(%)
4,600
が、1985年 に は1,000人 を
4,100
割り込み、今年(2016年)
3,600
54.7
3,960
50.8
52.7
54.6
56.2
55
50
3,100
の10月には328人にまで減
2,600
少、これに、病気療養など
2,100
のため福江島や長崎市内な
1,600
45
39.4
600
慮すると、実人口はさらに
100
少ない。加えて、島の高齢
40
人口
35
高齢化率
30
25.0
1,100
どに滞在している島民を考
60
1950
939
694
1985
1995
25
578
514
395
346
328
2000
2005
2010
2015
2016
20
15
(年)
資料提供:五島市役所久賀島出張所
(各年10月。1950∼2010年:国勢調査。2015、16年:住民基本台帳)
化率(65歳以上の人口比率)
は、2000年に50%台に達しており、今年10月現在で56.2%(図表1)
。
また、二次離島である同島では子どもの数も減少し続けており、2011年には小学校と中学校が
併合されるなど、学校の今後の存続が危ぶまれるようになった(図表2)。そこで五島市では、
極小規模の小・中併設校できめ細かい教育を受けるという利点を生かした「五島市しま留学生受
入事業」を立ち上げ、市外から留学生を受け入れて学校の存続を図り、学校を中心に島全体の活
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性化を目指す取組みを始めて
図表2 久賀島の児童・生徒数推移
(人)
いる。その結果、小学校に2
人、中学校に1人の計3人の
700
640
617
600
小学校計
500
中学校計
子供がこの春より島外から入
400
学している。
300
298
314
255
200
205
112
100
0
1950
1960
1970
75
1980
49 32
31 14
12 12
7 5
1990
2000
2010
2014
8 5
2016
(年)
資料提供:五島市役所久賀島出張所
Ⅱ.2つの「久賀島まちづくり協議会」の誕生
2005年、文化財保護法の一部改正があり、「文化的景観」が文化財の新たなカテゴリーとして
制定され、全国で離島や中山間地域に残る集落や棚田など景観を対象とした保全計画が策定され
始めた。一方、世界遺産の暫定リスト入りした地域は、国から他地域に先行して景観を保たなけ
ればならないことが示されたことから、県と市では、久賀島の重要文化的景観の選定へ取り組ま
ざるを得なくなり、景観法に基づく景観計画(景観を阻害しないよう、建物を建設する際の高さ
や色彩の基準を定めることなど)の策定に専門家の力が必要となった。そこで、従来から島に出
入りしていた九大をはじめとする3つの大学と連携して、2009年度に景観法に基づく“久賀島景
観保存計画”と任意計画“久賀島景観まちづくり計画”を策定した。
このうち、任意計画“久賀島景観まちづくり計画”の策定に向けた検討のため、2009年9月に
県と市、大学と地元住民とが集う「久賀島まちづくり協議会」(1)が発足し、景観計画につい
て地元住民と官・学との話し合いが行われた。同会では「景観保護の基準は設けたが、今後この
基準に抵触するような開発がこの島に起こることは考えにくい。ただし、今の景観はこれからも
しっかり守らなければならず、生業や観光客の受け入れなど、地域住民の活動も持続可能なもの
にしなければならない」を基本方針とし、“久賀島景観まちづくり計画”を策定した。そうして、
鹿児島大と福岡大はその後も五島市の「重要文化的景観整備活用委員会」の委員に就任するなど、
行政へのアドバイスを続けている。
このような動きに触発されて、五島市の施策“地域の絆再生事業”の交付金を活用した(1)
の組織とは別組織の地域住民組織『久賀島まちづくり協議会』
(2)
(会長:小島 満氏、会員数
50人)が、2013年に新たに結成された。以下では、この地域住民組織について述べる。
1.地域住民の『久賀島まちづくり協議会』
地域住民により結成された『久賀島まちづくり協議会』の前身は、「久賀島社会福祉協議会」
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という旧福江市時代の組織である。
その後、2004年に発足した五島市が、地域振興を担う組織として各地に「地域福祉協議会」の
設立を求めたことから、久賀島では福江市時代の社会福祉協議会を「久賀島地域福祉協議会」に
移行した。その際に、島内の公民館や民生委員、町内会など各団体を集約し住民組織を一本化し
て誕生したのが、現在の『久賀島まちづくり協議会』である。
2.組織構成
このまちづくり協議会には、
「総務部会」
、「地域振興部会」
、「地域福祉部会」の3つの部会を
設けて、久賀島に今何が必要なのか、何をしたらよいのかなどをそれぞれ考え、行うべき事業を
提案、それを理事会において精査し、その年における活動を決定した上で予算配分を行っている。
採択する事業が決まると、それを実行するための部会を3部会のなかから決定する。もっとも、
基本的にそのアイデアを出した部会が行うのが慣例となっている。
3.活動内容
同会では、【住みやすい島にするには】をテーマに掲げている。
①掛棚づくり
掛棚は竹で作成しており、かんころ餅の材料となる
さつまいもを干すだけでなく、あおさや切り干し大根
などを干すことも可能である。島民なら誰でも生業や
趣味に使用できるが、使用時間が重ならないよう、同
会に申し出る必要がある。
②観光マップの作成
島の観光は現状、主に世界遺産、特に旧五輪教会堂
がよく採り上げられているにすぎない。観光客に教会
掛 棚 づ く り
(写真提供:久賀島まちづくり協議会)
以外の島の見どころを紹介すべく、昨年(2015年)から地域福祉部会にて新たな観光マップの作
成に取り組みはじめている。現在の久賀島は、キリシタン関連以外の情報を全く発信できていな
いことから、昨年と今年の2年間で新たにアピールすべき島の素材を調査し、そのなかから注力
すべき素材を選ぶことにしている。その結果を反映した観光マップは来年(2017年)製作する予
定である。
このマップは、これまでに地域おこし協力隊などが作成していたものとは異なり、久賀島の住
民自らが島内の幅広い事象について情報発信することを目的とし、住民目線で作られる初めての
観光マップとなる。教会関連のマップについては県や市、教会関係者が作成したものが数多くあ
り、それ以外のものについて紹介する初めてのものとなる。今般、世界遺産の対象が旧五輪教会
堂単体から地域全体に広がったこともあり、今回の動きはちょうどタイミングがよいものとなった。
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③道路の保全
道路が傷んだり崩れたりした場合には、基本行政側
で対応しているが、それ以外の部分で危険な場所、例
えば道路に覆いかぶさって見通しを悪くする竹に似た
植物・ダンチクを伐採し、観光客の島内観光の妨げに
ならないようにするなど、行政の手の行き届きにくい
部分について、地域振興部会にて対応している。
④島内景観の維持
ダンチクの伐採
(写真提供:久賀島まちづくり協議会)
協議会の活動のなかで重要なものの1つ
に、島の美しさを維持することがある。島
全体が国から重要文化的景観に選定され、
さらに世界遺産の認定も控えていることか
ら、観光客が訪れる道の景観の保全などは
必須となる。このことについては、五輪地
区や蕨地区、細石流地区など、観光客が立
ち寄ると想定される地区において、地域福
祉協議会の頃から道路近隣や海岸への漂着
物の撤去・回収を行っており、引き続き重
視すべき活動となっている。
「五島市久賀島の文化的景観保存計画」より
海岸の漂着物を撤去
(写真提供:久賀島まちづくり協議会)
4.会の財源
協議会の活動原資は、五島市の“地域の絆再生事業”からの交付金であるが、市から他の委託
事業も請け負うことで収入源を増やすようにしており、そのなかの1つに、島内不法投棄ゴミの
撤去作業がある。この事業では、島内の道路沿いを中心に年4回の清掃活動が行われるが、これ
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とは別に、協議会でも不法投棄がないか、不法投棄が
起こりやすい場所はどこかなどを監視する自主パト
ロールを、会員が2人1組で2週間に1度の割合で
行っている。このパトロールからもたらされる情報を
もとに、ゴミを優先的に回収しなければならない場所
が判明する、というシステムが出来上がった。協議会
の小島会長も「離島という場所柄、エアコンや冷蔵庫、
テレビや農機具等、粗大ゴミについてはこれまで自分
不法投棄物の回収
(写真提供:久賀島まちづくり協議会)
達で回収する手立てがなかった。島民が捨てたゴミを
自らが回収するという活動により、島民の意識もいくらか変わってきたようだ」と語る。
また、他にも亀河原の椿原生林などをわざわざ訪れなくても、島内の椿を楽しむことができる
ように、道路沿いの藪を伐採して椿の成長を促し、楽しむことができるよう“椿ロード整備”を
協議会の地域福祉部会を中心に実施している。
おわりに
久賀島では、もともと島民の景観保全や地域活性化に対する意識が高かったわけではない。世
界遺産登録を目指す過程における「重要文化的景観」選定への取組みのなかで、景観保全意識の
向上と地域活性化への思いが島民のなかに芽生えてきたのである。
「久賀島まちづくり協議会」における活動が下地となり、2014年2月には五島市の支援により
島の特産品を開発する「久賀島ファーム」が発足し、また同年12月に観光客受け入れ組織「久賀
島体験交流協議会」が設立されるなど、この2つの組織に「久賀島まちづくり協議会」を合わせ
た3組織による地域を支える体制が整った。これらの組織が「これ以上地域が疲弊しないように、
また、自立した島となるように」と願って活動した結果、島に修学旅行も訪れるようになった。
■次回の久賀島
今回は、人口をはじめとする島の概要と、世界遺産候補「久賀島の集落」に呼応した重要文化
的景観への選定、さらに住民参加組織「久賀島まちづくり協議会」の設立とその活動内容につい
て紹介した。次回は、島の特産品開発を担う「久賀島ファーム」と、観光交流を担う「久賀島体
験交流協議会」の活動を通して、地域活性化における成功事例とこれからの課題などについてレ
ポートする。
(杉本 士郎)
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