GDP改定で注目集まる 研究開発投資

日本経済
GDP改定で注目集まる
研究開発投資
─ GDP上の設備投資は今後、底堅さを増す可能性 ─
GDP統計が、
16年ぶりに新たな国際基準に合わせて改定された。最大の変更点は、研
究開発が民間設備投資に新たに計上されることだ。大企業中心に日本企業の研究開発
規模は他国よりも大きく、近年は研究開発への関心も高い。今後のGDP上の設備投資
は、
研究開発がけん引役となって、
旧基準時よりも底堅さを増す可能性がある。
2016 年 12 月に SNA(System of National Acco-
回の改定では、研究開発は「知的財産生産物」という
unts、GDP統計)の5年に1度の基準改定が行われた。
固定資産として扱われ、その増分(フロー)は総固定
産業連関表や国勢調査などの数年ごとに公表される
資本形成に計上されることになり、公的投資や設備
詳細な基礎統計が反映され、過去の値が遡及改訂さ
投資に配分されるという変更がなされた。
れたほか、今回は最新の国際基準である「2008SNA」
また、研究開発の資本化に伴い特許も研究開発と
(その前は 1993SNA)に対応した改定も同時に実施
いう固定資産に内包されることになり、対外的な特
された。国際基準に合わせた改定は 2000 年以来、16
許使用料の支払いがGDP上の純輸出に計上される。
年ぶりの大幅改定となることから、大きな注目を集
研究開発の資本化によって、名目GDPはどの程度
押し上げられたのだろうか。図表1は、GDP改定によ
めた。
今回の主要な改定項目としては、①実物資産の範
る名目成長率の推移と、その修正要因をみたものであ
囲の拡張、②金融資産・負債のより精緻な記録、③一
る。まず、アベノミクス以降の3年間(2013〜15年)の
般政府や公的企業の取り扱
い精緻化、④国際収支統計
との整合が挙げられる
。
(注 1)
このうち、GDP 水準に大き
く影響を及ぼしたと考えら
れるのが①である。中でも、
近年、日本企業が力を入れ
ている「研究開発の資本化」
が注目された。
●図表1 名目GDP成長率と改定要因
(%)
5
4
3
0.8
その他
(2008SNA対応以外)
1.0
0.6
0.5
0
0.0
特許等サービス
の扱い変更
研究・開発(R&D)
の資本化
0.4
▲1
▲0.5
▲2
間消費(最終生産物を生み
▲4
ていなかった。しかし、今
改定による修正幅(右目盛)
2011年度基準
2005年度基準
(%)
1
▲3
れ、GDP 統計上は計上され
1.5
2
これまで研究開発は、中
出す中間投入)として扱わ
(%ポイント)
▲5
1995
0.2
▲1.0
2000
05
10
15
▲1.5 0.0
(年度)
2013 ∼ 15年
(年平均上振れ分)
(資料)
内閣府「国民経済計算」、
「平成27年度国民経済計算年次推計(支出側系列等)
(平成23年基準改定値)」
より、
みずほ総合研究所作成
(注1)詳細は、内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部(2016)
「国民経済計算の平成23年基準改定の概要について」
(『季刊国民経済計算』No. 161掲載予定稿)
などを参照。
3
日本経済
名目成長率は、改定により年平均約 0.7%ポイント上
が約 17 兆円であることから、日本の研究開発の担い
方修正されている(金額で言えば2012年対比で11.3兆
手の大部分が民間企業といえる。
円増加)
。この間、研究開発と特許サービスは約 4.3 兆
円増加(2012 年対比)しており、名目 GDP の年平均成
企業規模別では、大企業の割合(89%)が多く、業
種別では、製造業がその大半を占める(87%)。
長率を約 0.3%ポイント押し上げた計算となる。これ
なお、OECD の統計によれば、民間企業の研究開
は GDP 改定による名目成長率の上方修正幅の半分弱
発費(対名目 GDP 比、有形固定資産への支出を除い
を占めており、
その影響の大きさがわかる
た値)は、日本が 2.4%と、イスラエル(3.2%)、韓国
。
(注2)
内閣府が行った国際比較を用いて、経済協力開発
(3.0%)に次いで、3番目に位置している。
機構(OECD)諸国の研究開発の資本化による名目
GDP の押し上げ効果(対象年は 2010 年前後)をみる
GDP上の設備投資は底堅さを増す可能性
と、日本は韓国やアイルランドと並んで上位 5 カ国
次に、研究開発費が新たに計上されることで、今後
(名目 GDP 比 3.5%程度の押し上げ)に位置してお
GDP 上の設備投資にはどのような影響が及ぶかを
り、他国と比べて影響が大きいことがわかる。
次節以降では、研究開発の現状と今後の GDP 上の
考察する。
近年、日本企業は従来の設備投資、すなわち有形固
設備投資に及ぶ影響について考察することにしたい。
定資産投資から、企業の合併・買収(M&A)や、ブラン
研究開発費における民間企業の割合は大
ドなど無形資産投資への関心を急速に高めていると
言われている。中でも、研究開発に対する関心は特に
まず民間企業が実施している研究開発費の規模
高いようだ。国内での工場や機械設備などの有形固
をみてみよう。図表2は、総務省「科学技術研究調査」
定資産のストックが既に十分に蓄積している状況下
を用いて研究開発費の推移をみたものである。研究
においては、有形固定資産よりも無形資産への投資
開発費は、リーマン・ショック後の 2009 年にいった
によって生産効率を上げ、競争力を高めていく方が
ん減少したものの、その後は持ち直し、2014 年度は
企業にとって効果的であるためと考えられる。
図表 3 は、事業投資の中で優先する投資を聞いた
13 兆円程度となっている。公的部門も含めた合計額
●図表2 研究開発費の推移
●図表3 事業投資の中で優先する投資
(兆円)
(回答割合、%)
50
14
研究開発費
13
40
12
30
11
20
10
10
98 2000 02
04
06
08
10
12
14
(年度)
研究開発費は、総務省
「科学技術研究調査」
の企業部門の原材料費とリース料、
(注)
その他の経費、人件費の合計とした。
(資料)総務省「科学技術研究調査」
より、
みずほ総合研究所作成
ソフトウェアなどの
無形固定資産投資
96
海外での有形
固定資産投資
94
M&A
7
1990 92
国内での有形
固定資産投資
8
研究開発費
0
人的投資
9
(資料)
日本政策投資銀行
「特別アンケート企業行動に関する意識調査結果
(大企業)
2016年6月」
より、
みずほ総合研究所作成
(注2)なお、最大の押し上げ要因は、
「その他(2008SNA 対応以外の改定要因)」だが、具体的には建設投資の推計手法の変更(建設投資を推計するにあたり、用い
るデータを人件費などの中間投入額から工事出来高額に変更)が大きいとみられる。
4
アンケート調査である。これをみると、研究開発の優
研究では指摘されている
。
(注3)
先度は人的投資に次いで高い結果となっている。ま
無形資産投資がキャッシュフローに敏感である理
た、3 年程度の中期的な研究開発費の見通しについ
由としては、①資金の貸し手の審査能力の制約など
てもアンケートを実施しているが、研究開発費を「増
から貸し手と借り手の間の情報の非対称性が大きい
加」させると回答した企業の割合は 32%と、
「減少」
こと、②流通市場が整備されていないため担保価値
(5.4%)よりも大きい。
が低いことなどが挙げられる。要するに、研究開発な
このように、日本企業の研究開発への関心は高く、
どの無形資産投資目的の借入は困難であり、その結
設備投資における研究開発の割合はさらに高まると
果、研究開発の実施に当たってはキャッシュフロー
みられる。つまり、GDP 上の設備投資に研究開発が
に余裕があるということが前提になるというわけ
新たに加わることで、新基準の設備投資は旧基準時
だ。そう考えると、研究開発が大企業中心で行われて
よりも底堅く推移する可能性が高い。実際、図表 4 で
いるのも合点がいく。また、アベノミクス以降、円安
総固定資本形成の形態別内訳を確認すると、アベノ
などの追い風を受けて収益が改善した大企業が研究
ミクス以降の2013〜15年度にかけて、研究開発が含
開発投資をけん引した事実とも整合的だ。実際、総務
まれる知的財産生産物の伸び率は堅調に推移してお
省「科学技術研究調査」をみると、2013 年度以降の研
り、2014 年度以降は建設および機械設備投資よりも
究開発費の増加分のうち、70%を大企業が占めると
高い伸び率となっている。
計算される。今後も、こうした潮流が変わることはな
いだろう。日本経済がリーマン・ショック級の景気後
研究開発促進には融資や税制面での支援が
不可欠
退局面に陥らない限り、大企業の研究開発費は増加
基調で推移するとみている。
一方で課題もある。キャッシュフローが大企業ほ
ただし、企業の研究開発投資のさらなる促進に向
ど潤沢ではない中堅・中小企業による研究開発をい
かに促進するかだ。中小企業まで研究開発投資の裾
けては、課題も残されている。
研究開発などの無形資産投資は機械設備などの有
野が広がれば、統計上の底堅さだけでなく、中期的な
形固定資産投資と比べて、企業のキャッシュフロー
生産性改善にも結び付けることができる。そのため
すなわち内部資金の感応度がより高いことが最近の
には、中小企業の実情に即した研究開発に対する融
資制度整備や税制面での支援が欠かせない。
12 月 8 日の平成 29 年度税制改正大綱では、研究開
●図表4 総固定資本形成の形態別内訳
発減税の対象としてサービス開発(例えば人工知能
(前年比、%)
15
10
(AI)を使った新サービスなど)を加えるという見直
建設投資(住居用除く)
機械設備投資
知的財産生産物
しが発表されるなど、政府は研究開発投資の対 GDP
比率 4%以上達成に向けて、研究開発投資の裾野拡
5
大を後押しする方針だ。人口減少に直面する日本に
とって生産性改善は最重要課題の一つである。今回
0
の改定でその一翼を担う研究開発投資の「見える化」
▲5
が進んだことで、より有効な施策が打ちやすくなっ
たことは間違いないだろう。
▲10
▲15
1995
2000
05
(注)総固定資本形成のため、政府部門の投資が含まれる。
(資料)
内閣府「国民経済計算」
より、
みずほ総合研究所作成
10
15
(年度)
みずほ総合研究所 経済調査部
主任エコノミスト 宮嶋貴之
[email protected]
(注3)森川正之(2015)
「無形資産投資のファイナンス」
(『組織科学』Vol.49 No.1、pp.45〜52)
などを参照。
5