置換Au, Ag, Pdめっき膜の密着性

日本金属学会誌 第 69 巻 第 2 号(2005)225
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置換 Au, Ag, Pd めっき膜の密着性
岡 本 尚 樹
渡辺 徹
東京都立大学大学院工学研究科応用化学専攻
J. Japan Inst. Metals, Vol. 69, No. 2 (2005), pp. 225 
228
 2005 The Japan Institute of Metals
The Adhesion of SubstitutionDeposited Gold, Silver and Palladium Films on Copper Substrates
Naoki Okamotoand Tohru Watanabe
Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering Tokyo Metropolitan University, Hachiouji 1920397
Adhesive properties and microstructures of various substitution
deposited films to Cu substrates were investigated in detail.
The adhesive strength of Au, Ag and Pd thin films which were substitutiondeposited on the copper foils were evaluated by adheOES and TEM. Results show
sive tape test, while their structures and surface morphologies were analyzed by using SEM, GD
that the different combinations of the electrodeposited films and substrates reveal the different interface adhesive feature. Typically showing a strong adhesion in Au film/Cu substrate and Pd film/Cu substrate, but a weak adhesion presents in Ag film/Cu
substrate. The morphology of initial deposited Au film was strongly related to crystallographic structure of Cu substrate.
However, the morphology of initial deposited Ag film was not related to crystallographic structure of Cu substrate.
(Received October 25, 2004; Accepted January 13, 2005)
Keywords: deposition, adhesion, gold, silver, palladium
属とめっき膜金属との組み合わせの 2 元合金の平衡状態図
1.
緒
言
で読み取ることができる可能性を示した2).今回用いた基板
金属とめっき膜金属との組み合わせは,基板金属を銅箔とし
置換めっき法は,エレクトロニクス分野において,デバイ
 Au 
た場合,
Cu の組み合わせは高温域で全率固溶型,低
スのはんだ接合部の前処理や接点の酸化防止に用いられてい
 Ag 
温域でも広い組成領域で固溶体を形成する系,
Cu の
る.そのため,置換めっき膜の密着性の確保は重要な問題で
組み合わせは共晶型(二相分離型)で常温では互いにほとんど
ある.一般的に置換めっき膜の密着性は,電析など他のめっ
 Pd 
固溶せず 2 相に分かれる系,
Cu の組み合わせは Au 
き法で作製した膜に比べて,総じて密着性が悪いと考えら
Cu と同様に高温域で全率固溶型,低温域でも広い組成領域
れ,また,膜厚の増加と共にそれがさらに低下すると考えら
で固溶体を形成する系である.
れている.しかし,実際にはめっき金属と基板金属の組み合
わせによっては密着性が良好な場合もある.また,置換めっ
実
2.
験
方
法
きに関する研究論文は少なく,めっき膜の析出機構やその密
着性については不明な点が多い.そこで本研究では,基板と
本研究では,基板金属としてプリント配線に用いる電解
して Cu を用い,めっき膜金属に Au, Ag, Pd を用い,それ
Cu 箔(三井金属工業製,厚さ約 35 mm )を用いた.基板の
らのめっき膜の密着性について検討した.本研究室ではこれ
Cu 箔は電解研磨後,直ちにめっきを行った.基板面積は 10
までに,金属基板上の電析めっき膜の密着性について検討を
mm ×20 mm とした.めっき浴およびめっき条件を Table 1
行い,基板金属とめっき膜金属の組み合わせによって密着性
に示す.水は脱イオン水を蒸留したものを用いた.めっき膜
は異なり,その中でめっき膜の密着性は,基本的には基板金
の密着性はテープ試験法(JIS H8504)で評価した.めっき膜
Table 1
Plating baths and plating conditions.
Au bath
Ag bath
Bath composition
Na[Au(SO3)2]
NaSO3
1 g/L
80 g/L
Plating conditions
Bath Temperature: 60 °
C
Agitation
: Yes
pH
: 7.0
東京都立大学大学院生(Graduate Student, Tokyo Metropolitan
University)
AgI
KI
0.05 mol/L
2 mol/L
Bath Temperature: 30°
C
Agitation
: Yes
pH
: 7.0
Pd bath
PdCl2
HCl
0.56 mol/L
12.0 mol/L
Bath Temperature: 30°
C
Agitation
: Yes
pH
: 2.4
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日 本 金 属 学 会 誌(2005)
第
69
巻
と基板との断面構造を SEM (日本電子製 JSM 6500)で観察
後に基板上に残存しためっき膜の割合(Survive rate )で評価
した.このときの断面試料の作製は,Cross Section Polish-
した.その結果を Fig. 1 に示す.置換 Au めっき(a )では,
er ( CP 日本電子製 SM 09010 )を用いた.めっき膜および
本実験で作製した膜厚では,いずれも剥離せず良好な密着性
基板の膜厚方向の組成分布は GD
OES(Glow DischargeOp-
を示した.しかし,置換 Ag めっき( b )では,いずれの膜厚
tical Emission Spectroscopy堀場製作所製 JY5000RF)を
でも剥離し,極めて密着性が悪いことがわかる.一方,置換
用いて分析した.めっき膜の初期析出形態は,TEM(日本電
Pd めっき膜は,膜厚約 0.2 mm までは良好な密着性を示す
子製 JEM 1010, JEM 2000FE )を用いて観察した. TEM
が,その後は膜厚の増加と共に密着性が低下した.以上の結
観察用の試料はカーボン蒸着による抽出レプリカ法により作
果から,めっき金属の違いで,密着性が異なることがわかっ
製した.
た.
3.
実
3.1
験
結
3.2
果
めっき膜と基板との断面構造観察
Fig. 2 に,置換めっき膜と基板の断面構造を示す.テープ
めっき膜の密着性
試験で剥離しなかった置換 Au めっき膜(a )では,めっき膜
めっき膜の密着性の測定に先立って,Table 1 に示したそ
と基板との界面に空隙等は観察されない.一方,めっき膜が
れぞれのめっき浴における置換めっき膜の析出速度を調べ
剥離した置換 Ag めっき膜(b )は,粗大な粒状析出物で構成
た.その結果,ここに図としては示さないが,いずれのめっ
されており,基板とめっき膜との界面に大きな空隙が生じて
き浴においても,析出時間 30 ~60 min まで膜厚は増加し,
いる.置換 Pd めっき膜についても同様の観察を行ったとこ
その後膜厚の増加はほぼ飽和した.そのときのめっき膜の膜
ろ,試料作製が可能であった膜厚の試料については,Au め
厚は,Au は約 0.06 mm であり, Ag は約 4 mm, Pd は約 0.3
っき膜と同様にめっき膜と基板との界面は何ら空隙は見られ
mm であった.析出速度は Ag が最も早く,次に Pd, Au の
なかった.ただし,膜厚が高い試料については,試料作製中
順で遅くなった.
にめっき膜が破壊し,断面構造を観察することができなかっ
各置換めっき膜の膜厚に対する密着性の変化をテープ試験
Fig. 1
た.
Survive rate of substitutiondeposited films as a function of film thicknesses. (a) Au, (b) Ag, (c) Pd.
Fig. 2
Crosssection SEM images of substitution
deposited film. (a) Au film, (b) Ag film.
第
2
号
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置換 Au, Ag, Pd めっき膜の密着性
Fig. 3 GD
OES depth profiles of substitution
deposited film/substrate. (a) Au film/Cu substrate, (b) Ag film/Cu substrate and
(c) Pd film/Cu substrate.
3.3
めっき膜の膜厚方向の組成分析
Fig. 3 に,それぞれの置換めっき膜について, GD OES
後,析出時間 60 s ( b )では,大きさ 100 nm を超える粗大な
析出物が見られる.それらの粗大な析出物は,規則性がない
状態で分布していることがわかる.置換 Pd めっき膜では,
により,表面から基板方向にかけての組成分析を行った結果
めっき析出初期に,直径 2 ~ 5 nm の大きさの粒子状析出物
を示す.ここで用いためっき膜は本実験で密着していためっ
が形成され,浸漬時間と共にそれらは網目状につながり,さ
き膜のうち最も厚い膜厚で, Au は約 0.06 mm であり, Ag
らに,析出時間 60 s(c )で,これら析出粒子の分布は,基板
は約 4 mm, Pd は約 0.3 mm である.置換 Au めっき膜(a )で
の双晶や結晶粒界などが形成する幾何学的模様と同様の形態
は,膜中に水素は存在するものの界面近傍での水素濃度の増
を示しており,基板の結晶の影響を受けて析出および成長し
加は見られなかった.また,置換 Ag めっき膜(b )でも同様
ている様子がわかる.このとき観察される粒状の析出物は,
に,めっき膜と基板との界面で水素濃度の増加は見られなか
基板をめっき浴に浸漬した直後に観察された粒子の大きさと
った.しかし,置換 Pd めっき膜(c )では,基板とめっき膜
同じ程度であった
との界面で,水素濃度が高くなっている.そして,これらの
以上のことから,置換 Au めっき膜および置換 Pd めっき
濃度は,めっき膜の膜厚増加と共に高くなっていた.また,
では,Cu 基板の結晶の影響を受けてめっき膜が形成され,
Pd 膜中から比較的均一かつ高濃度で Cu が検出された.こ
この時のめっき膜の密着性は良好であった.また,置換 Ag
の結果より,基板の Cu が Pd 中に拡散したものか,同時析
めっき膜では,基板の影響を受けずに粗大な粒状の析出物が
出したものか明らかでないが, X 線回折実験でも Pd と Cu
大きく成長し,このときの密着性は不良であった.
が金属間化合物を形成している可能性が示唆された.しか
し,この事項に関する詳細な検討については別報3)で述べる.
3.4
めっき膜の初期析出形態の観察
4.
考
察
Cu 箔上に形成された置換めっき膜の密着性を調べた結
以上の実験より,Cu 基板と置換めっき膜との密着性は,
果,めっき膜金属の違いにより,密着性に違いが見られた.
めっき金属の種類によって異なることがわかった.次に,そ
Au と Pd めっき膜は,めっき膜と基板との間に空隙は無
れぞれの置換めっき膜の初期析出形態を TEM により観察し
く,密着性は良好であった.一方, Cu 上の置換 Ag めっき
),
た.Fig. 4(a), (b ), (c)に低倍率の明視野像を,また,(a ′
では,Ag の粗大な結晶が成長し(Fig. 4(b)),めっき膜と基
(b ′
), ( c′
)にはそれらの高倍率の明視野像を示す.置換 Au
板との間に空隙があり( Fig. 2 ( b )),密着性は不良であっ
めっき膜では,基板をめっき浴に浸漬した直後に直径 5~10
た.以上のように,前者ではめっき膜が基板の結晶学的構造
)
nm の大きさの粒状析出物が形成され,析出時間 1800 s(a ′
の影響を受けて析出・成長していたことに対し,後者では,
では,連続的な膜および粒状の析出物が網目状につながった
析出しためっき膜に基板の結晶構造に起因するような規則性
構造が観察されるようになった.このときのめっき膜は,基
が観察されなかったことから,めっき膜の密着性の違いは,
板の双晶や結晶粒界などに起因する幾何学的模様と同様の形
基板との結晶学的構造の影響の有無によって変化したと考え
態を示しており,基板の結晶の影響を受けて析出および成長
られる.
している様子がわかる.これまでの研究で Cu 上の Au 電析
置換 Pd めっき膜は,基板の Cu 結晶の結晶学的構造の影
膜は互いに結晶整合をして成長することが明らかとなってい
響を受けて析出・成長し,良好な密着性が得られたと考え
る4).置換 Ag めっきでは,基板をめっき浴に浸漬した直後
る.しかし, Pd めっき膜では, Fig. 1 ( c )に見られたよう
に,直径 10 ~ 50 nm の大きさの析出物が形成され,その
に,めっき膜が薄いときは密着性が良いが,膜厚増加と共に
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第
日 本 金 属 学 会 誌(2005)
69
巻
) Au: deposition time 1800 s,
Fig. 4 TEM bright
field images of initial substitution
deposited films on copper substrates. (a), (a′
(b), (b′
) Ag: deposition time 60 s, (c), (c′
) Pd: deposition time 60 s.
密着性は低下した.このことについては,めっき膜と基板と
これは,めっき時間と共に界面に水素が集積し,めっき膜と
の間で水素濃度の増加が認められた( Fig. 3 ( c )).その濃度
基板との密着性を低下させるためと考えられる.
は,膜厚の増加と共に顕著になる傾向が見られた.著者ら
以上の実験結果から,密着性の良好なめっき金属と基板金
は,これまでに電析めっき膜の密着性についても検討を行
属の組み合わせは,それらが形成する状態図において広い組
い,電析めっき膜では,めっき膜と基板との界面において,
成域で固溶体を形成し,密着性が不良な組み合わせでは,共
界面での水素濃度の増加によって空隙が形成され,密着性が
晶型(二相分離型)の状態図を形成していた.このことより,
低下することを報告した.このことから,本実験において
置換めっき膜の密着性は,基板金属とめっき膜金属との組み
も,めっき膜と基板との界面での水素濃度の増加によりめっ
合わせによって異なり,基本的にめっき膜金属と基板金属の
き膜と基板との密着力が低下し,剥離にいたるものと考えら
組み合わせによる 2 元系合金の状態図により判断できる可
れる.
能性が示唆された.
以上の結果より,置換めっき膜の密着性は,これまで述べ
てきたように,基板金属とめっき金属の組み合わせで異なっ
本研究において, GD OES を用いためっき膜の組成分析
た.それは,熱平衡状態図に密接に関係していることが示唆
株 堀場製作所の中村龍人氏,CP を
にご協力いただきました
された.すなわち,密着性が良い組み合わせでは,固溶体を
独 物質・材料
用いた断面 SEM 観察にご協力いただきました
形成する状態図をとり.一方,密着性が悪い組み合わせで
研究機構の木村
隆氏に感謝いたします.
は,共晶型の状態図をとると考えられる.
文
結
5.
献
論
Cu 箔上への置換 Au, Ag, Pd めっき膜の密着性について
検討した.


Cu 基板上の置換 Au めっき膜は密着性が良好.


Cu 基板上の置換 Ag めっき膜の密着性は不良.


Cu 基板上の置換 Pd めっき膜の密着性は,基本的に
良好である.しかし,膜厚の増加と共に密着性が低下する.
1) N. Okamoto and T. Watanabe: Collected Abstracts of the 2004
Autumn Meeting of the Japan Inst. Metals (2004) pp. 270.
2) N. Okamoto and T. Watanabe: J. Japan Inst. Metals 68(2004)
110
1113.
3) N. Okamoto and T. Watanabe: J. Japan Inst. Metals に投稿準備
中.
4) H. Imai, T. Watanabe and Y. Tanabe: J. Metal Surface Finishing
136.
Society of Japan 34(1983) 129