日本金属学会誌 第 69 巻 第 5 号(2005)429 432 置換めっき法により Cu 基板上に形成された PdCu 合金膜の構造 岡 本 尚 樹1 渡辺 徹 東京都立大学大学院工学研究科応用化学専攻 J. Japan Inst. Metals, Vol. 69, No. 5 (2005), pp. 429 432 2005 The Japan Institute of Metals The Structure of SubstitutionDeposited CopperPalladium Alloy Films on Copper Substrates Naoki Okamoto1 and Tohru Watanabe Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering Tokyo Metropolitan University In the present study, the microstructure of substitutional deposited Pd Cu film was investigated. Results show that the comCu substitutional deposited film was Cu16~18 atPd. High resolution TEM image and XRD measurements position of Pd results shows that the PdCu film consist of Cu and intermetallic compound (Cu3Pd). Cu3Pd intermetallic compound was existed deposited film. The morphology of initial deposited Pd Cu film was affected by crystallographic structure of Cu substrate. at as (Received November 25, 2004; Accepted March 8, 2005) Keywords: deposition, copper, palladium, substitution, alloy 1. 緒 言 2. 実 験 方 法 置換めっき法は,近年,エレクトロニクス機器の作製にお 本研究では,基板金属として Cu 箔を用いた.基板の Cu いて,接点の作製やはんだ接合の過程において,基板表面を 箔は電解研磨後,直ちにめっきを行った.基板面積は 10 Au や Pd で被覆するために用いられている.置換めっき法 mm ×20 mm とした.めっき浴およびめっき条件を Table 1 は,めっき液中に存在する金属イオンよりも標準電位が卑な に示す.めっき浴は金属塩として Pd のみを含む浴とした. 金属を基板として浸漬することで,基板の卑な金属がめっき そのため,金属塩としての Cu はめっき浴組成には含まれて 液中に溶解し,それに代わって浴中の貴な金属イオンが基板 いない.水は脱イオン水を蒸留したものを用いた.めっき膜 表面上に還元析出することを利用するめっき法である.その の組成分析は,めっき膜を基板から機械的に剥離し, EDS ため,置換めっき膜は,めっき膜の厚さの増加と共に,剥離 によって測定を行った.めっき膜および基板の膜厚方向の すると考えられている.しかし,実際には膜厚が増加しても 組成分布は GD OES ( Glow 密着性が良好な場合も報告されている.また,そのめっき膜 Spectroscopy 堀場製作所製 JY 5000RF )を用いて分析し の析出・成長機構についてもまだ明らかにされてはいない. た . め っ き 膜 の 構 造 解 析 は , XRD ( マ ッ ク サ イ エ ン ス 製 このように置換めっきには,不明な点が多くあるにも関わら MXLabo2 )によって X 線回折図形を得ると共に,初期析出 Discharge Optical Emission ず,その析出機構や,膜構造に関する研究は極めて少ない. 形態を TEM (日本電子製 JEM 1010, JEM 2000FE )を用い 置換めっきでは,一種類の金属のみを含むめっき浴に基板金 て観察した.TEM 観察用の試料はカーボン蒸着による抽出 属を浸漬すると,基板上にはめっき浴中に含まれる金属が純 レプリカ法により作製した.これは,基板上に形成されため 金属として析出すると考えるのが一般的である.しかし,本 っき膜の表面にカーボンを蒸着したのち,基板の Cu 板を化 研究では,塩化パラジウム水溶液中に Cu 板を浸漬したとこ 学的に溶解し,カーボン蒸着膜中に包埋されためっき膜を試 ろ,基板上に Pd Cu 合金めっき膜が形成された.そこで, 本研究では,得られためっき膜を TEM などにより観察し, その構造解析を行った. Table 1 Plating bath and plating conditions. Pd bath 東京都立大学大学院生(Graduate Student, Tokyo Metropolitan University) 0.56 mol/L 12.0 mol/L Bath composition PdCl2 HCl Plating conditions Bath Temperature: 30° C Agitation : Yes pH : 2.4 430 日 本 金 属 学 会 誌(2005) 料として得る方法である. 第 69 巻 を反映した幾何学的な分布状態である.また,このときの高 倍率の像(a′ )から,析出物は粒状結晶の集合体として観察さ 実 3. 3.1 験 結 果 めっき膜の膜厚変化と膜厚方向の組成分布 Cu 基板をめっき浴に 300 s(a)と 600 s(b)間浸漬して得ら れる.さらにめっき時間 300 s のめっき膜(b )では,基板結 晶の粒界のようなコントラストが見られる.このことから, めっき時間と共に膜厚が増加しても,依然として基板の結晶 学的構造の影響を受けていることがわかる.めっき時間 300 れた置換めっき膜の膜厚方向の組成分布を GD OES で調べ )を解析した s のめっき膜より得られた制限視野回折図形(b ′ た結果を Fig. 1 に示す.いずれのめっき膜も, Cu は Cu 箔 結果,Cu の結晶と金属間化合物 Cu3Pd が形成されているこ 基板からだけでなく, Pd と共にめっき膜中からも検出され とがわかった.この金属間化合物 Cu3Pd は,Pd Cu 二元合 ている.また,膜厚方向に対する Cu の検出強度の変化は 金の状態図2)では,7.6 ~22.0 at Pd の組成の範囲で形成さ Pd の変化と同様の傾向を示しており,Cu および Pd が占め れることがわかる.本実験で得られためっき膜の組成は Cu3 る割合は膜厚方向で変化していないことがわかる.また, Pd が形成される組成範囲であり,状態図と一致している. GD OES によるエッチング時間が,(a ) 1.4 s および( b ) 4 s )の電子線回折図形が斑点状であることから, また,( b ′ 近傍においてはほとんど H のみが検出されている.これ )で見られるめっき膜が粒状結晶の集合体であるよ (a )や(a ′ は,置換めっき反応に伴う基板の溶解によって,めっき膜と うに見られるが,これらの粒状結晶はほぼ同じ方向を向いて 基板との界面に空隙が形成され,その空隙内に H が存在し いることを示唆している.すなわち,この合金めっき膜は, ていたためと考えられる.しかし,その H の存在状態につ ほぼ単結晶的で基板結晶に整合していると考えられる. Cu いては不明である.めっき時間が 15 s~ 600 s のめっき膜の と金属間化合物 Cu3Pd のうち,前者は fcc 構造をとり,そ 組成を EDS を用いて分析したところ,いずれも Cu 16~18 の格子定数は a = 0.36150 nm であり,後者は fct 構造をと atom Pd の組成で,膜厚の違いによる変化は見られなかっ り,その格子定数は a = 0.3701 nm, c = 0.3666 nm である. これら Cu3Pd と Cu との格子定数を比較すると,c 軸ではミ た. 3.2 XRD による構造解析 Fig. 2 に,膜厚 0.2 mm のめっき膜の X 線回折測定の結果 スフィットは, 1.39 , a 軸でも 2.37 であり,互いに結晶 整合する可能性がある.しかし,それらの間には結晶学的ミ スフィットが存在するため,このミスフィット歪を調整する を示す.この X 線回折実験は,Cu 基板上にめっき膜が密着 ために,結晶中に多数の格子欠陥を導入してサブグレインと した状態で測定を行った.この回折図形中の 43.2 ° , 50.4 ° , なり,それぞれのサブグレインは互いにわずかに回転するこ のピークはいずれも Cu の回折ピークであ 74.1° , 90.0° , 95.0° とによって,回折コントラストが現れ,粒状形態として観察 る.これらは基板 Cu と,めっき膜中の Cu のそれぞれに由 )では,複数の晶帯軸が解析 されたものと考えられる3).(b′ お 来するピークが含まれている.一方,それらを除く 42.3° されるが,これは,観察を行った視野中に複数の基板 Cu の 付近のピークは,Cu3Pd 金属間化合物による回折 よび 49.0° 結晶が存在し,その上にめっき膜が形成されたためと考えら ピークであることがわかった1) .しかし, Pd のピークにつ れる. いては認められなかった. 3.3 めっき膜の初期析出形態 Fig. 4 に,めっき時間 15 s で作製しためっき膜で観察さ れた粒子状析出物を高分解能電子顕微鏡で多波干渉回折で原 子像として観察した結果(a ),およびそのとき得られた電子 Cu 箔上に作製した置換 PdCu 合金めっき膜の初期析出形 態を TEM で観察した.Fig. 3 に,めっき時間に対するめっ き膜の初期析出形態の変化を示す.めっき時間 60 s のとき の置換 PdCu 合金めっき膜の低倍率の像(a)から,析出した めっき膜の分布状態は,基板の Cu 結晶の粒界や双晶の形態 Fig. 1 GD OES depth profiles of substitution deposited Pd Cu film/substrate. Deposition time: (a) 300 s, (b) 600 s. Fig. 2 film. XRD patterns of the as substitution deposited Pd Cu 第 5 号 置換めっき法により Cu 基板上に形成された PdCu 合金膜の構造 431 ): low Fig. 3 TEM bright field images of initial substitution deposited films on copper substrates. (a), (b): High resolution, (a′ ) diffraction pattern. Deposition time: (a), (a′ ) 60 s, (b), (b′ ) 300 s. resolution, (b′ Fig. 4 TEM image and electron diffraction pattern of Pd Cu deposited film (Deposition time 15 s). 線回折図形( b ),およびそのキーダイヤグラム( c )を示す. 得られた回折図形を解析したところ,金属間化合物(Cu3Pd ) 4. 考 察 の回折斑点で,晶帯軸は[ 1̃10 ]の晶帯ともう一つの晶帯(不 明)が読み取られ,この二つの( 117 )回折斑点と直角方向に 置換めっきは貴な金属イオンを含んだ浴に,その金属より Cu3Pd の格子縞が見られる.この結晶の大きさは約 5 nm 程 も卑な金属を浸漬すると,卑な金属が溶解し貴な金属が卑な 度であることがわかった.また, Cu3Pd の結晶性は極めて 金属表面に析出するものである.しかし,本実験では, Pd 良いことがわかる. を含む浴中に Cu 板を浸漬すると貴な Pd が析出するのみな らず,析出した Pd と Cu とが合金化した膜が形成されてい た . そ し て 形 成 さ れ た Pd Cu 合 金 め っ き 膜 は , Cu と Cu3Pd の混合体 であっ た.また ,析出 した金属 間化合 物 432 日 本 金 属 学 会 誌(2005) (Cu3Pd )が Cu 基板と結晶学的な整合をしていることから, 第 69 巻 り,膜厚方向に組成変化は無い. この金属間化合物(Cu3Pd )は,めっき膜析出時に形成された 置換 PdCu 合金めっき膜の構造は,Cu と金属間化合 と考えられる.この合金めっき膜の形成機構には 2 通りの 物(Cu3Pd)の混合組織で,それらは基板に対して結晶学的に 過程が考えられる.一つは,溶液中に溶出した Cu がめっき 整合していた. 液中の Pd とともに再析出する過程である.もう一つは Pd が置換析出する際に基板の Cu との間で拡散が起こり,その 本研究において, GD OES を用いためっき膜の組成分析 とき同時に金属間化合物を形成する過程である.しかし,本 株 堀場製作所の中村龍人氏に感謝い にご協力いただきました 実験では,現在のところこの合金めっき膜の形成過程につい たします. ての詳細は明らかではない. 文 5. 結 論 塩化パラジウム水溶液に Cu 板を浸漬したときに形成され る置換めっき膜の組成や構造を調べた結果,以下のことがわ かった. 献 置換めっき膜は, Cu 16 ~ 18 atom Pd の合金であ 1) Joint Committee on Powder Diffraction Standards: Powder 10 pp. 198 No. 7 138. Diffraction File, Set 6 2) T. B. Massalski: Binary alloy phase diagrams second edition (ASM International, 1990) pp. 1454 1455. 3) T. Watanabe: NanoPlating (Elsevier, 2004) pp. 100.
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