抗がん剤をがん細胞だけに送り届ける小分子を開発

[PRESS RELEASE]
2016年11月25日
京 都 府 立 医 科 大 学
科学技術振興機構(JST)
抗がん剤をがん細胞だけに送り届ける小分子を開発
~抗がん剤の副作用の軽減に期待~
京都府立医科大学大学院医学研究科
田
医薬品化学
教授
鈴木 孝禎、大学院生
太
庸介らは、がん細胞の中でのみ抗がん剤を放出することで、抗がん剤に由来する副
作用を軽減する分子技術を開発しました。本研究に関する論文が 2016 年 11 月 24 日(木)
に独科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』に掲載されましたのでお
知らせします。
抗がん剤を用いた化学療法はがんの有効な治療法の一つでありますが、がん細胞以外
の正常な細胞にも作用し、重篤な副作用を伴うことも知られています。近年、副作用の
強い抗がん剤をがん細胞に選択的に輸送するドラッグデリバリーシステム(DDS)の開
発が行われています。しかし、これまでの DDS はがん選択性を示す一方で、その多くに、
大きな分子サイズのため、がん細胞にうまく行き渡らないことや生産コストが高いこと
などの課題が残されていました。
今回、鈴木教授、太田 庸介大学院生らは、小分子を利用して、がん細胞のうちリシ
ン特異的脱メチル化酵素1(LSD1)を高発現する細胞の中で選択的に第 2 の抗がん活性
を有する薬物を放出する分子技術を開発しました。この分子技術の一例として、細胞膜
を透過しやすい小分子「LSD1 阻害薬フェニルシクロプロピルアミン(PCPA)」と乳がん
治療薬「タモキシフェン」を含む「PCPA-タモキシフェン複合体」を作成しました。こ
の複合体は、乳がん細胞の LSD1 を強く阻害した後、タモキシフェンを放出することで、
その増殖を強く抑制しました。一方で、この複合体は LSD1 の発現量が少ない正常細胞
には毒性を示しませんでした。
本研究成果は、これまでの DDS が抱える体内動態がよくない点や高コストなどの問題
を解決しうる小分子型 DDS の開発を成功させた例です。この分子技術は抗乳がん剤以外
の抗がん剤にも適用可能であり、新たな DDS として期待されます。
【論文名】
Targeting Cancer with PCPA-Drug Conjugates: LSD1 Inhibition-Triggered Release of
4-Hydroxytamoxifen
[日本語:PCPA-薬物複合体によるがんの標的化:LSD1 阻害を引き金とした 4-ヒドロキ
シタモキシフェンの放出]
【掲出雑誌】
科学雑誌 Angewandte Chemie International Edition
[2016 年 11 月 24 日(木)ドイツ時間 11 時オンライン掲載]
【研究資金】
・科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:新機能創出を目指した分子技術の構築(研究総括:山本 尚 中部大学教授)
JST はこの領域で、多様な応用課題に潜む問題点を分子レベルまで掘り下げ、目的
の機能を持つ分子を設計・合成・操作・制御・集積することで、革新的かつ精密でオ
ンリー・ワンの新物質・新材料・新デバイス・新プロセスの創出につながる分子技術
を構築し、社会ニーズと分子技術を結びつけることを目指しています。
【研究グループ】
京都府立医科大学
大学院医学研究科
医薬品化学
鈴木 孝禎
教授
太田 庸介
大学院生
【本研究成果のポイント】

多くのがん細胞に高発現するリシン特異的脱メチル化酵素1(LSD1)の阻害を引き
金に、がん細胞選択的に薬物を放出する分子技術を開発しました。

この分子技術は多くの抗がん剤のデリバリーに応用することが可能です。

従来の高分子型ドラッグデリバリーで問題になっている、体内動態がよくない点や
高コスト、抗がん剤に由来する副作用が、本分子技術により改善できると期待され
ます。
<研究の背景と経緯>
抗がん剤を用いた化学療法はがんの治療法として広く使われています。しかし、抗が
ん剤はがん細胞に働くだけでなく、正常細胞にも作用し、重篤な副作用を伴うことがあ
ります。近年、副作用の強い抗がん剤の効果をがん細胞に選択的に作用させるドラッグ
デリバリーシステム(DDS)の研究開発が盛んに行われています。例えば、抗体-薬物複合
体はがんに発現している抗原に特異的に結合後、がん細胞内に取り組まれ、薬物を放出
します。これにより、副作用の低減と高い治療効果を実現しています。しかし、抗体薬物複合体はタンパク質を含む大きな分子であるため、その体内動態がよくない点や高
い生産コスト、薬物アレルギーなどの副作用等の課題が残されています。現在までに、
それらの問題を解決し得る小分子型の DDS は開発されていません。
<研究の内容>
今回、これまで大きな分子を利用していた DDS の問題を克服するために、がんに高発
現するタンパク質と反応し、薬物を放出する新たな小分子の開発に取り組みました。研
究グループは、リシン特異的脱メチル化酵素 1(LSD1)が乳がんや白血病細胞など多くの
がん細胞で高発現し、がんの増殖に関与していることに着目しました。がんに高発現す
る LSD1 を目印として選択的に結合し、薬物を放出するような小分子は新たなドラッグ
デリバリー分子として期待されます。
研究グループは、細胞膜透過性に優れた代表的な LSD1 阻害薬「フェニルシクロプロ
ピルアミン(PCPA)」の酵素阻害メカニズムに基づき、LSD1 阻害を引き金に薬物を放出
するドラッグデリバリー分子「PCPA-薬物複合体」を考案しました(図1)。この複合体
は、LSD1 を高発現するがん細胞では PCPA 部分との相互作用により LSD1 と結合後、酵素
活性の阻害を引き金に第 2 の抗がん活性を有する薬物を放出すると想定されます。加え
て、この複合体は LSD1 阻害と放出される薬物の作用により相乗的な抗がん効果が期待
されます。
一方で、LSD1 をほとんど発現していない正常細胞においては薬物の放出は起こらず、
薬物由来の副作用の軽減が期待されます。そこで、実際にこのような DDS 機能を持つ小
分子の一例として、PCPA と乳がん治療薬「タモキシフェン」を結合し、
「PCPA-タモキシ
フェン複合体」を作成しました(図2)。
PCPA-タモキシフェン複合体は、PCPA に比べて LSD1 の活性ポケットに納まりやすい構
造をとることで LSD1 を強く阻害するとともに、LSD1 存在下、タモキシフェンを放出す
ることが試験管内での実験により明らかになりました(図2、図3)。さらに、この複
合体は LSD1 を高発現する乳がん細胞において、LSD1 阻害とタモキシフェンの作用の相
乗効果により相乗的な乳がん細胞増殖抑制効果を示しました(図2、図 4)。一方で、こ
の複合体は正常細胞に対しては、毒性をほとんど示しませんでした(図2、図4)。
<今後の展開>
今回の研究で LSD1 を高発現するがん細胞で選択的に薬物を放出する分子技術が開発
されました。すでに、動物実験での有効性や安全性が確認されています。今後、臨床へ
の応用を進めていくことにより、副作用の少ない抗乳がん剤の開発が期待されます。
また、この分子技術は PCPA -タモキシフェン複合体だけでなく、他の多くの抗がん剤
に適応することが可能であり、新たな抗がん剤デリバリー分子の開発に活用されること
が期待されます。
<問い合わせ>
研究に
関して
広報に
関して
研究に関すること
京都府立医科大学
大学院医学研究科 医薬品化学
教授 鈴木 孝禎
〒606-0823 京都市左京区下鴨半木
町 1-5
電 話:075-703-4937
E-mail:[email protected]
京都府立医科大学 広報センター
〒602-8566 京都市上京区梶井町 465
電 話:075-251-5275
E-mail:[email protected]
JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリー
ンイノベーショングループ
鈴木 ソフィア沙織(スズキ ソフィアサオリ)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’
s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:[email protected]
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町 5 番地 3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:[email protected]
<参考図>
図1
LSD1 阻害を引き金に抗がん剤を放出する分子技術の概要
PCPA-薬物複合体はがん細胞に高発現する LSD1 に選択的に結合する。これに伴い、LSD1
の酵素活性は阻害され、それと同時に PCPA-薬物複合体間の結合が開裂し、薬物が放出さ
れる。
図2
PCPA-タモキシフェン複合体の構造と抗乳がん作用機構
PCPA-タモキシフェン複合体はがん細胞内で LSD1 阻害に伴い、乳がん治療薬タモキシフ
ェンを放出する。これにより、LSD1 阻害とタモキシフェンの作用により、相乗的な抗乳が
ん作用を示す。一方で、正常細胞では LSD1 の発現量が少なくタモキシフェンが放出されな
いため、タモキシフェンに由来する副作用の軽減が期待される。
図3
LSD1 阻害を引き金とした PCPA-タモキシフェン複合体からのタモキシフェンの放出
(n = 3)
(左)PCPA-タモキシフェン複合体は LSD1 の酵素活性を強く阻害した。
(右)PCPA-タモキシフェン複合体は LSD1 存在下、タモキシフェンを時間依存的に放出し
た。
図4
PCPA-タモキシフェン複合体の乳がん細胞に対する効果と正常細胞への影響
(左)PCPA-タモキシフェン複合体は女性ホルモンの一つであるエストラジオールで刺激し
た乳がん細胞の増殖を低濃度で抑制した。
(右)PCPA-タモキシフェン複合体は正常細胞に対してほとんど毒性を示さなかった。