光触媒によるセレンイオンの還元ならびにギ酸の酸化

日本金属学会誌 第 69 巻 第 2 号(2005)276
282
TiO2 光触媒によるセレンイオンの還元ならびに
ギ酸の酸化反応
佐貫須美子
喜 多 宣 明
富山大学工学部物質生命システム工学科
J. Japan Inst. Metals, Vol. 69, No. 2 (2005), pp. 276 
282
 2005 The Japan Institute of Metals
Photocatalytic Reduction of Se(IV) and Se(VI) Ions Using TiO2 Powders,
and Sacrificial Oxidation Reaction of HCOOH
Sumiko Sanuki and Nobuaki Kita
Department of Material Systems Engineering and Life Science, Faculty of Engineering, Toyama University, Toyama 9308555
In order to elucidate the role of formic acid (HCOOH) during the photocatalytic reduction of Se(IV) and Se(VI) ions, the
amount of HCOOH consumed and the resultant CO2 gas generated were quantitatively determined in the presence and absence of
oxygen. Also the various factors affecting the oxidation of formic acid were investigated. The principal findings are as follows:
Photocatalytic reduction of Se ions under N2 gas bubbling conditions requires the sacrificial oxidation of HCOOH. Photocatalytic
reduction of Se ions was suppressed by air bubbling; conversely, oxidation of HCOOH was slightly enhanced. The product of the
oxidation of HCOOH was identified as CO2. The amount of HCOOH is stoichiometrically equal to the amount of Se ions reduced
to H2Se. UV irradiation was more efficient in reducing Se(VI) to Se°than in reducing Se°to H2Se.
(Received October 15, 2004; Accepted December 16, 2004 )
Keywords: photocatalytic reduction, Se(IV), Se(VI), TiO2 powder, sacrificial oxidation, HCOOH
ものと考えられるが,現在までのところ定量的なデータは得
1.
は
じ
め
に
られていない.以上の関点から光触媒反応における
HCOOH の酸化反応を詳細に検討することは重要な課題で
前報1)ではギ酸,クエン酸,シュウ酸ならびに酒石酸とい
ある.
った有機酸がセレン酸(Se ())イオンの光還元反応に及ぼ
本研究では,光触媒反応における HCOOH の酸化反応を
す影響を検討した. Se ()イオンは有機酸存在下で式( 1 )
明確にするため,光触媒反応時における HCOOH 減少量お
),さらにはセ
および式( 2 )に示すように,単体セレン(Se°
よび HCOOH の酸化による CO2 生成量を測定し, HCOOH
レン化水素(H2Se)へと順次還元が進行する14).
の酸化反応に及ぼす Se イオンの存在ならびに N2 ガスおよ
+4H2O
SeO24-+8H++6e-=Se°
び空気バブリングの影響について検討した.さらに Se ()
E=0.876-0.0788 pH+0.0099 log [SeO24-]
(1)
の光触媒還元反応において適切な反応速度の制御を行うため
(2)
に把握することが大切との観点から, Se ()の光触媒還元
この際,実験に供試した数種の有機酸では,ギ酸(HCOOH )
反応およびギ酸の分解反応に及ぼす各種因子の影響について
の存在が Se ()イオンの光触媒還元反応に最も効果的であ
検討した.本報は得られた実験結果を取りまとめたものであ
った.有機酸は触媒上で生起する電子と正孔の再結合や生成
る.
+2H++2e-=H2Se(g)
Se°
には Se ()の還元反応時におけるギ酸の挙動について正確
E=-0.369-0.0591 pH-0.0295 log PH Se
2
した還元生成物が正孔によって再酸化される逆反応を抑制す
る犠牲アノード反応を行うものと考えられるが,正孔による
酸化反応の詳細は明らかではない.
ま た Se (  ) イ オ ン の 光 還 元 反 応 に 最 も 有 効 で あ っ た
HCOOH に注目すれば, HCOOH は労働安全衛生法対象物
実
2.
2.1
験
方
法
光触媒
本研究に使用した光触媒は,比表面積 47.6 m2・ g-1, 70 
であり,過剰の HCOOH が溶液中に残存するならば,廃液
アナターゼ,残りがルチル型の日本アエロジル製 P25 と呼
処理の対象としての問題も生じる. HCOOH の酸化反応は
称される TiO2 を使用した.
TiO2 光触媒の酸化サイトで正孔によって CO2 へ酸化される
株 ( Graduate Student,
富 山 大 学 大 学 院 生 , 現 在  同 和 鉱 業 
Toyama University. Present address: Dowa Mining Co.)
2.2
供試液の調製
標 準 供 試 溶 液 は , 試 薬 の Na2SeO4 を 比 抵 抗 5.0 × 10-4
第
2
号
TiO2 光触媒によるセレンイオンの還元ならびにギ酸の酸化反応
Q・m 以上の脱イオン水に Se()イオン濃度が 100 ppm にな
るよう溶解し,正孔による還元生成物の再酸化を防ぐため,
還元剤として 2‚5 × 10-3 kmol ・ m-3 の HCOOH を添加し,
NaOH を溶解した水溶液を用いて pH 3.0 に調節した.ま
277
ガス生成量を算出した.
2.4
分析方法
2.4.1
Se イオンおよび HCOOH 濃度の定量
た,標準供試液からギ酸の濃度を変化させ, Na2SeO4 の代
水溶液中の溶存 Se ()イオン濃度は,試料溶液に塩酸を
わりに Na2SeO3 を,または Na2SeO4 と Na2SeO3 をそれぞれ
加え煮沸することにより Se()イオンを Se()イオンに還
50 ppm 含 む 溶 液 を 準 備 し た . さ ら に Se (  ) イ オ ン と
元する予備化学処理を行った後5),水素化物発生装置を付加
HCOOH 濃度は同じで pH を 4.0 に調節した溶液を準備し
した日本ジャレル・アッシュ社製 AA 880 mark 型原子
た.用いた試薬はいずれも試薬特級として市販のものである.
吸光光度計を用いて定量した.
2.3
の生成量の測定は,反応水溶液中に生成した
ま た Se °
実験方法
と TiO2 光触媒をガラスフィルターを用いて濾過した後
Se °
実験装置は, Fig. 1 に示すように 50 cm × 60 cm × 80 cm
の Al 板製箱中に Se イオンを含む水溶液の蒸発を防ぐため
を HNO3 水溶液で溶解し6),TiO2
水洗いし,沈殿物中の Se°
と分離し Se°
濃度を定量した.
の純水槽,光触媒反応槽および排ガスのトラップ槽を設置
排気ガスに含まれる H2Se ガスは,CuSO4 水溶液で捕集す
し,紫外光の光源として東芝製 BLB 蛍光灯 20 W を 10 本
る こ と に よ り , CuSe の 沈 殿 物 を 生 成 す る . し た が っ て
用い,側面から反応容器に照射した.反応容器に照射される
CuSO4 水溶液中の Cu2+ イオン濃度の減少量から H2Se 量を
光強度は,70 W ・m
-2
算出した.なお Cu2+ イオンは,原子吸光光度計で定量した.
で一定とした.
反応容器のムエンケ式ガス洗浄瓶に Se イオンを含む供試
溶液 1 ×10
加え,マ
クロマトグラフィーを用い, 1 mass  H3PO4 を溶離液とし
て,TSKgel SCX カラムおよび UV 8020 型 UV (210 nm )検出
m3
を取り, TiO2 粉末を 1.1 kg ・m
水溶液中の HCOOH の分析は,東ソー製 LC8020 型液体
グネチックスタラーで懸濁させた.反応槽に N2 ガスまたは
-4
空気を通気し,その排ガスは, 3.0 × 10
-3
-3
kmol ・m
-3
CuSO4
水溶液に通して排気した. N2 ガスを通気する場合は,あら
器で分析した.
2.4.2
HCOOH の酸化生成物の同定と定量
かじめ 1.8 ks 通気し予備脱気の後,光照射を始め反応を開
HCOOH の光触媒酸化反応によって生成する CO2 ガス量
始した.一定時間照射を行い,消灯後発生した排ガスを完全
を測定するため,H2Se ガストラップ槽(CuSO4 水溶液)の後
に CuSO4 水溶液にトラップするため,さらに継続して 1.8
方にさらにフェノールフタレンを滴加した 0.1 kmol ・ m-3
ks のガス通気を行った.なお, Se ()イオンの還元速度と
NaOH 水溶液槽を設置した.この際の CuSO4 水溶液は,
HCOOH の酸化速度に及ぼす種々の因子の影響を検討する
CO2 ガスの溶解を防ぎ,H2Se ガスの溶解を妨げない程度に
実験では,Se()イオンの還元が効率的に進行する N2 ガス
H2SO4 を用いて酸性にした.
排ガス中の CO2 ガスは酸性 CuSO4 水溶液では補集されず,
バブリング下で検討した.
反応後,溶液中の TiO2 粉末と沈殿物は遠心分離により分
NaOH 水溶液で捕集され式( 3 )に従い反応する.
量およ
離し,溶液中の残存 Se イオン濃度,沈殿物中の Se °
CO2+2NaOH=Na2CO3+H2O
(3)
反応後の NaOH 水溶液を 1 kmol ・ m-3 HCl 水溶液で中和
び残存 HCOOH 濃度を測定した.また,排ガスをトラップ
した CuSO4 水溶液中の Cu2+ イオン濃度の測定により H2Se
滴定し, NaOH の減少量を求め, CO2 ガス生成量を算出し
濃度を求めた.
た.
HCOOH の光酸化によって生じる CO2 ガスの定量の際に
は,酸性 CuSO4 トラップ槽の後方にさらに NaOH 水溶液槽
2.5
を設置し,反応前後の NaOH 量を中和滴定することで CO2
TiO2 上への HCOOH の吸着
吸着平衡実験に使用した供試溶液は,Se()イオンを 100
ppm 含 む 水 溶 液 に 5.0 × 10-2 ~ 5 × 10-3 kmol ・ m-3 の
HCOOH を添加し,NaOH 水溶液を用いその pH を 3.0 に調
節したものである.
この溶液を遠心沈殿管に入れ,TiO2 触媒を 11 kg ・m-3 添
加し,293± 1 K の恒温槽中で 1.8 ks 振とうし平衡化した.
その後,遠心分離により TiO2 を分離し溶液中の HCOOH 濃
度を定量した.TiO2 上の吸着 HCOOH 量は初濃度より差し
引くことにより決定した.
実験結果および考察
3.
Fig. 1 Schematic illustration of experimental assembly used
for the photocatalytic reduction of Se ions and sacrificial oxidation of HCOOH.
L: BLB UV lamps, R: Reactor for the photocatalytic reduction,
M: Magnetic stirrer, W: Water, T 1: Trap for H2Se(3.0×10-3
kmol・m-3 CuSO4), T2, T3, T4: Trap for CO2(1.0×10-1 kmol・
m-3 NaOH).
3.1
光触媒反応による Se イオンの還元および HCOOH の
酸化反応
Se()イオン溶液の光触媒還元反応は N2 ガスバブリング
下で十分な量の有機酸と TiO2 の両者が存在し,光照射のも
278
日 本 金 属 学 会 誌(2005)
第
69
巻
とではじめて式( 1 )および式( 2 )に示す反応式に従い Se
還元率は約 35 である.また,反応が停止した時点で溶液
()イオンは Se °
を経て H2Se まで還元される.有機酸と
中にはわずかの Se ()イオンが存在するようになる.すな
TiO2 の両者が存在しなければ Se()イオンの還元反応は進
から式( 1 )の逆反応により Se ()イオンが生成し
わち Se °
行しない.したがって Se ()イオンの還元反応とともに有
たものと考えられ,亜セレン酸(Se ())イオンを生成する
機酸の酸化に関する知見を持つことは重要である.
式( 4 )の逆反応は見られなかった.
Fig. 2 は 2.5×10-2 kmol・m-3 の HCOOH および濃度 100
ppm の Se ()イオンを含む pH 3.0 の水溶液の光触媒反応
の速度曲線を示す.(A )図は N2 ガスまたは空気バブリング
+
-
+3H2O
HSeO-
3 +5H +4e =Se°
E=0.778-0.0739 pH+0.0148 log [HSeO-
3 ]
(4)
Fig. 2 (A )と(B )図を比較すると,N2 ガスバブリング下で
下での HCOOH の酸化速度を示し,(B)図は N2 ガスバブリ
は液中に Se 種が存在しなくなった時,HCOOH の反応は停
ング下での Se ()イオンの光触媒還元反応速度,また( C )
止している.また(C)図と比較すると,空気バブリング下で
図は空気バブリング下でのそれを示す.
は HCOOH が存在している限り,遅いながら Se()および
(A )図から明らかなように, Se ()イオン存在下では N2
ガスまたは空気バブリング下のいずれの場合も紫外線照射下
の還元反応は進行し,HCOOH の完全分解とともに還元
Se °
反応は停止することが分かる.
で HCOOH の酸化は進行し,その速度は N2 ガスバブリング
Fig. 3 は, HCOOH の光触媒酸化反応速度を, Se ()イ
の場合に比して空気バブリングの方がわずかに速い. N2 ガ
オンを含む場合と含まない場合について併記したものであ
ス存在下における HCOOH の酸化反応は 4.5 ks の反応時間
る.供試液の pH はいずれも 3.0 に調節した. N2 ガスバブ
で停止し,その時の分解量は約 5.1×10
-3
kmol・m
-3
である
リング下での HCOOH 分解量は Se ()イオン存在下で約
のに対し,空気バブリング下でのそれは継続して進行し,約
5.1 ×10-3 kmol・m-3 であったが,Se()イオンの存在しな
18 ks で 2.5 ×10-2 kmol・m-3 の HCOOH が完全に酸化分解
い場合には光照射時間 7.2 ks で,約 0.88 × 10-3 kmol ・ m-3
される.
の消費量であった.また,市販の N2 ガスはわずかの O2 ガ
一方, Se ()イオンの光触媒還元は( B )図に示すように
スを不純物として含んでいるため,ピロガロールアルカリ水
を経て H2Se にまで完全還元さ
N2 ガスバブリング下では Se°
溶液を用いて脱酸素した場合では, HCOOH の酸化反応は
れ,完全還元に要する光照射時間は 4.5 ks である.(C)図に
進行しない.一方,空気バブリング下では Se ()イオン存
示す空気バブリング下では,N2 ガスバブリングの場合に比
在の有無に関わらず,ほぼ同一速度で HCOOH の酸化反応
への還元および H2Se の生成速度は遅い.溶液中の
して Se°
は進行した.また水溶液中に TiO2 が存在しない場合や,紫
Se()イオンは光照射時間 7.2 ks で消失し,生成した Se°
外線照射を行わない場合には Se ()イオン存在の有無なら
から H2Se への還元反応は 18 ks で停止し, H2Se ガスへの
びに N2 ガスおよび空気バブリング下に拘わらず,いずれの
条件においても HCOOH の酸化反応と Se ()イオンの還元
反応は進行しない.
以上のことより HCOOH の酸化反応と Se()イオンの還
元反応は対になる光触媒反応であり, Se ()イオンの存在
しない場合の HCOOH の酸化反応は,空気中の酸素の還元
Fig. 2 Effects of gas bubbling on photocatalytic reduction of
Se() and sacrificial oxidation of HCOOH.
Fig. 3 Effects of Se() ion on sacrificial oxidation of
HCOOH under N2 bubbling or air bubbling.
第
2
号
279
TiO2 光触媒によるセレンイオンの還元ならびにギ酸の酸化反応
Table 1 Amount of CO2 generated by sacrificial oxidation of
HCOOH.
Se concentration
Amount of HCOOH Amount of CO2
Se()
consumed,
reduction time,
generated,
t/ks
C/10-3 kmol・m -3 C/10- 3 kmol・m - 3
Se()100 ppm
2.7
3.1
3.2
4.5
5.1
5.1
反応式( 5 )7)を対反応として進行しているものと考えられる.
O2+4H++4e-=2H2O
E=1.228-0.0591 pH+0.0147 log PO
2
(5)
一方,HCOOH の光触媒酸化反応は,式( 6 )7)に示す酸化
反応と考えられる.
HCOOH+2h=CO2(g)+2H+
E=-0.199-0.0591 pH-0.0295 log [HCOOH]
+0.0295 log PCO
2
(6)
そこで HCOOH の酸化反応が式( 6 )反応で進行すること
を明らかにするため,反応ガス中の CO2 ガス量を測定した.
Table 1 は,標準供試溶液を用い N2 ガスバブリング下で光
照射を行い,発生した排ガスを完全に NaOH 溶液でトラッ
プし,反応液中の HCOOH 減少量と CO2 ガス生成量の測定
結果である. CO2 生成量と HCOOH 酸化量の実測値はいず
れの光照射時間においてもほぼ一致しており, HCOOH は
式( 6 )で示す CO2 ガスへの酸化反応であることが分かる.
次に, 2.5 × 10-2 kmol ・ m-3 の HCOOH を含 む 100 ppm
Se ()または Se ()溶液ならびに Se ()と Se ()イオン
Fig. 4 Effects of Se() and Se() ions on sacrificial oxidation of HCOOH.
をそれぞれ 50 ppm 含む 3 種類の pH 3.0 の溶液を準備し,
それぞれ N2 ガスバブリング下で光触媒反応を行った.
Fig. 4(A )図は 100 ppm Se()イオンの還元反応速度を示
Table 2 Amount of formic acid consumed during photocatalytic reduction of Se() and Se().
し,(B)図は 100 ppm Se()イオンのそれを示す.また(C)
図は 50 ppm Se()イオンと 50 ppm Se()イオンを含む溶
液の Se イオンの還元反応速度である.( A )図および( B )図
から Se ()イオンおよび Se ()イオンの H2Se への完全還
元終了に要する時間はそれぞれ 4.5 および 3.3 ks である.
Se ()イオンおよび Se ()イオンから H2Se への還元に対
Amount of HCOOH
consumed,
C/10- 3 kmol・m - 3
Relative amount of
HCOOH
Se() 100 ppm
5.1
1.38(≒ 8)
Se() 100 ppm
3.7
Se() 500 ppm+
Se() 50 ppm
4.4
Se concentration
1
(6)
1.19(≒ 7)
する総括反応式はそれぞれ式( 7 )および式( 8 )で表され,
両反応の電子所要量比は 86 となり,この値はそれぞれの
還元反応の完全還元終了時間比とほぼ一致し妥当なものと言
イオン, 100 ppm Se ()イオンの順に減少しており,その
えよう.
値を Table 2 に示す. HCOOH 減少量は Se ()イオン 100
SeO24-+10H++8e-=H2Se+4H2O
(7)
ppm, Se()イオン 100 ppm および Se()イオン 50 ppm+
+
-
HSeO-
3 +7H +6e =H 2Se +3H 2O
(8)
Se ()イオン 50 ppm の還元に対し,それぞれ 5.1 × 10-3,
(C)図に示す Se ()イオンと Se ()イオンの両者を含む
3.7 × 10-3 および 4.4 × 10-3 kmol ・ m-3 となり,この値は全
場合では, Se ()イオン還元(●)が優先し, Se ()イオン
Se イオン濃度の約 4, 3 および 3.5 倍モル当量に相当する.
消失後 Se()イオンの還元(〇)が始まる.Se ()イオンの
このことは式( 7 )および( 8 )に示す Se の光触媒還元反応お
還元が, Se ()イオンの還元に優先することは興味深い.
よび式( 6 )に示す HCOOH の酸化反応の化学量論比が一致
また H2Se への完全還元に要する時間は 3.6 ks であり,電子
することになり,両反応が対になって進行することが分かる.
所要量比から考えて妥当な値と考えられる.
以上のことを総括すると,HCOOH の酸化反応は Se イオ
一方( D )図に示す HCOOH の酸化反応は,いずれの条件
ンの還元終了以降停止し, Se イオンの還元反応は HCOOH
でもほぼ同一速度で進行し, Se イオンの H2Se への完全還
の酸化終了以降停止する.すなわち Se イオンの還元反応
元終了以降,停止する.しかし,Se イオンの完全還元終了
(式( 7 )および( 8 ))と HCOOH の酸化反応(式( 6 ))は,N2
時の HCOOH 消費量は Se イオン種によって異なり, 100
ガスバブリング下では両者が存在する場合のみ進行し,両者
ppm Se()イオン,50 ppm Se()イオン+50 ppm Se()
の化学量論比に一致する.
280
3.2
第
日 本 金 属 学 会 誌(2005)
N2 ガスバブリング下における Se ()イオン還元速度
と HCOOH 酸化速度に及ぼす初期 HCOOH 濃度の影
響
巻
69
らの報告8)によれば零次反応であるとされている.したがっ
て(B )図の直線の勾配から HCOOH の酸化反応速度定数 kO
を求め,(A )図に示す Se ()イオン濃度の減少直線の勾配
への速度定数 kR を,また H2Se の
から Se ()イオンの Se °
1
Fig. 5 は,標準供試溶液に含まれる初期 HCOOH 濃度を
5.0 × 10-2, 2.5 × 10-2 および 1.0 × 10-2 kmol ・m-3 と変化さ
生 成 速度 定 数 kR を 求め , Fig. 6 に 図 示し た .な お kR は
2
2
Se()イオンが存在しない領域の勾配から求めた.
せ,溶液 pH をいずれも 3.0 一定にした場合の光触媒反応速
図 か ら 明 ら か な よ う に , HCOOH の 酸 化 速 度 kO は
度結果である.本実験条件下のそれぞれの HCOOH 濃度は,
HCOOH 濃度に関わらず一定であり,零次反応であるとす
Se()イオンの還元反応に要する量の約 10, 5 および 2 倍モ
る Kikuchi らの知見を支持するものである. Se ()イオン
ル当量に相当する.
への還元反応速度定数 kR および Se°
から H2Se への
から Se°
1
( A )図に示すように, Se ()イオンの還元速度は初期
還元速度定数 kR は,HCOOH 濃度の増加に従い増大するが
HCOOH 濃度 5.0×10-2 および 2.5×10-2 kmol・m-3 ではほ
2.5 × 10-2 kmol ・m-3 以上ではほぼ一定値を示す.式( 1 )お
ぼ同じであるが,初期 HCOOH 濃度 1.0 × 10
-3
よび式( 2 )の還元反応に要する所要電子数比は 31 であり,
では遅い.また Se ()イオン還元終了に要する時間は前者
TiO2 光触媒上で生起した電子と正孔がいずれの反応にも同
-2
kmol ・ m
が 4.5 ks であるのに対し,後者は 5.4 ks であった.
2
一の効率で寄与するものとすると 3kR =kR となり kR /kR は
1
一 方 ( B ) 図 に 示 す よ う に , HCOOH の 酸 化 速 度 は 初 期
2
2
1
3 となるはずである.しかしながら図中に記載したように
HCOOH 濃度にほとんど影響されずほぼ同一速度で進行し,
kR / kR は HCOOH 濃度の増大にしたがって増大するがその
Se ()イオンの完全還元終了以降, HCOOH の酸化は停止
値はいずれも 2 以下であり, HCOOH 濃度が高い程 Se ()
した.したがって最終 HCOOH 消費量は,初期 HCOOH 濃
への反応に対し, Se °
から H2Se への反応の
イオンから Se °
度 5.0 × 10-2 および 2.5 × 10-2 kmol ・ m-3 ではいずれも 5.1
方が光照射効率の低くなる程度が大きいことが分かる.
Fig. 7 は HCOOH を含む 100 ppm Se()イオン溶液中に
kmol ・m-3 の場合には約 6.3 ×10-3 kmol・m-3 とわずかに増
おける TiO2 表面上への HCOOH 吸着量を溶液中の HCOOH
kmol ・ m
-3
1
-2
× 10
-3
2
であるが,初期 HCOOH 濃度 1.0 × 10
大していた.この原因は現段階では明らかではないが,
濃度に対してプロットしたものである. HCOOH 濃度の増
HCOOH 濃度が低い場合は窒素ガス中に含まれる微量の酸
加に伴い吸着量は増大するが,1 ×10-2 kmol・m-3 以上での
素による HCOOH の酸化反応が無視できないためと考えら
増 加 割 合 は 極 め て 小 さ く , HCOOH の 酸 化 分 解 反 応 に
れる.
HCOOH 濃度が影響しないことが理解できる.
また , ( B ) 図 に示 す HCOOH の 光 触媒 酸 化 反 応 速度 は
へ
HCOOH 濃度に依存しない.また Se ()イオンから Se °
から H2Se への還元反応は Kikuchi
の還元反応ならびに Se °
3.3
Se()イオン還元速度と HCOOH 酸化速度に及ぼす初
期 pH 値の影響
Se イオンの還元と HCOOH の酸化光触媒反応は, N2 ガ
スバブリング下では化学量論的に進行することが前節で明ら
および Se°
か
かになった.したがって Se()イオンから Se°
Fig. 5 Effects of initial HCOOH concentration on photocatalytic reduction of Se() and sacrificial oxidation of HCOOH.
Fig. 6 Effects of initial HCOOH concentration on reduction
rate of Se()(kR1: rate constant of eq. (1), kR2: rate constant of
eq. (2)) and oxidation rate of HCOOH (K O: rate constant of eq.
(5))
第
2
号
281
TiO2 光触媒によるセレンイオンの還元ならびにギ酸の酸化反応
ら H2Se への総括反応式は,それぞれ式( 9 )および(10)とな
の
ことが分かる.また, pH 値が 5.0 以上に増加すると Se °
る.
還元反応および HCOOH の酸化反応が極めて遅くなること
+3CO2(g)+4H2O
SeO24-+3HCOOH+2H+=Se°
(9)
+HCOOH=H2Se(g)+CO2(g)
Se°
(10)
)で示され
Se ()イオンの減少速度は,式( 9 )および( 9 ′
また,HCOOH は,解離平衡定数の値から pH 3.7 以上では
への反応が H+ 消費反応であるに
る Se ()イオンから Se °
HCOO- が優先的に存在することになり,総括反応式は式
も拘わらず,いずれの pH においても同じである.しかし,
)および(10′
)となる.
(9 ′
から H2Se への還元反応は pH に大きく影響され,pH が
Se°
+
+3CO2(g)+4H2O
SeO24-+3HCO-
2 +5H =Se °
+HCOO-+H+=H2Se(g)+CO2(g)
Se°
が(A)および(B)図から分かる.
(9′
)
)反応の速度が減少する
高い場合は H+ 消費反応である(10 ′
(10′
)
ものと考えられる.一方, TiO2 の光触媒作用の還元端の電
)および(10′
)は H+ イオン消費の反応である.そ
式( 9 ), (9′
位が pH 1 で約 0 V vs NHE であることから考察すると,式
こで Se()イオンの還元速度と HCOOH の酸化速度に及ぼ
から H2Se への還元反応が進行するためには,
( 2 )に示す Se°
す初期 pH 値の影響を検討した.
PH Se が極めて小さくなることが必要と考えられる.したが
2
Fig. 8 は,標準供試液の pH 値を NaOH 水溶液を用い 4.0
って,pH の増大に伴い H2Se は式(11 )に示す酸解離平衡で
に調節した場合の N2 ガスバブリング下における Se()イオ
HSe- イオンとして溶液内に残存するようになり,反応が進
ンの還元速度((A )図) , HCOOH の酸化速度(( B )図)および
行しなくなるものと考えられる.
液 pH 変化((C)図)を,pH 3.0 の標準供試溶液の場合と比較
+
H2Se(g)=HSe-
(aq)+H
して図示した.
pH=4.77+log [HSe-]-log PH Se
2
(11)
Fig. 8 (A )に示す Se ()イオンの減少速度はいずれの pH
また HCOOH の反応生成物である CO2 ガスもまた式(12)
においてもほとんど変わらないが, Se °
の生成量は pH 3.0
の酸解離平衡で液中に残存することが考えられるが,約 pH
の場合には pH 4.0 の場合に比べ少なく, H2Se の生成量は
5.0 以上での H2Se の生成反応速度の低下は,平衡解離定数
逆に pH 3.0 の場合が pH 4.0 の場合に比べ多くなる.さら
の値から, HSe- イオン残存によることが最大の要因であ
生成量がピークに達した後の H2Se 生成速度は pH 3.0
に Se°
り,生成した H2Se ガスの系外への除去が反応速度に大きく
に比べ pH 4.0 では極めて遅く, pH 3.0 の場合では 4.5 ks
関与するものと考えられる.
で還元反応が完了するのに対し,pH 4.0 では Se °
から H2Se
+
CO2(g)+H2O=HCO-
3 +H
生成速度が 4.5 ks 以降急激に減少する.
pH=7.81+log [HCO-
3 ]-log PCO
2
(12)
一方( B )図に示す HCOOH の酸化反応は, pH 3.0 の場合
Fig. 9 は 100 ppm Se ()イオンおよび 2.5 × 10-2 kmol ・
では Se の還元終了と同時に停止するのに対し,pH 4.0 の場
m-3 HCOOH を含む pH 3.0 の溶液を用い, N2 ガスで 1.8
合では 3.6 ks 以降極めて遅くなる.また HCOOH の消費減
少量は Se の還元反応が終了しない pH 4.0 の場合は 3.0 の
場合に比べ少なく,化学量論的に妥当な値と言えよう.
( C )図は反応液の pH 変化を示したものであるが, pH 値
は光触媒反応の進行に伴い上昇し,初期 pH 4.0 の場合の上
昇率は pH 3.0 に比して極めて大きく, H+ 消費反応である
Fig. 7
Adsorption isotherm of HCOOH onto TiO2 powder.
Fig. 8 Effects of initial pH value on photocatalytic reduction
of Se() and sacrificial oxidation of HCOOH.
282
日 本 金 属 学 会 誌(2005)
第
69
巻
バブリング下での HCOOH の消費量および HCOOH の酸化
による CO2 生成量を定量的に測定した.また HCOOH の酸
化反応に及ぼす種々の因子の影響について検討した.得られ
た主要な結果は以下の通りである.
N2 ガスバブリング条件下での Se イオンの光触媒還元は
HCOOH の犠牲アノード反応を必要とする.空気バブリン
グ 下 で は , Se イ オ ン の 光 触 媒 還 元 は 抑 制 さ れ , 逆 に ,
HCOOH の酸化はわずかに促進される.
HCOOH の酸化生成物は CO2 であることが確認できた.
HCOOH の消費量と H2Se へ還元される Se イオン量は化
学量論的に一致した.
への還元時よりも Se °
の
紫外線照射効率は Se ()の Se °
Fig. 9 Effect of N2 gas bubbling on photocatalytic reduction of
Se().
H2Se への還元時において小さいものであった.
文
献
ks 予備脱気の後,N2 ガスバブリングを止め光照射した場合
の Se ()イオンの還元反応を示したものである.図から明
から H2Se への生成速度が N2 ガスバブリ
らかなように,Se°
ング下でのそれと比較して低下している.したがって pH 値
から H2Se への還元反応速度の低下
約 5.0 以上で生じる Se °
は,式( 9 )に示した酸解離平衡定数( pKa=4.77)の値から,
HSe- イオンが液中に残存することに起因すると考えて妥当
である.
4.
結
論
Se ()および Se ()イオンの光触媒還元反応時における
HCOOH の酸化反応を明確にするため,N2 ガスおよび空気
1) S. Sanuki, R. Yoshimura, N. Kita and H. Majima: J. Japan Inst.
41.
Metals 64(2000) 34
2) S. Sanuki, T. Kojima, S, Nagaoka and H, Majima: Matall. Trans.
20.
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3) S. Sanuki, K. Shako, S. Nagaoka and H. Majima: J. Japan Inst.
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34
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