文法教育に求められる視点

『地球社会統合科学研究』5 号 25 ∼ 32
No. 5 ,pp.25 ∼ 32
文法教育に求められる視点
―学校現場及び文法教育の変遷をもとに―
河 野 亜希子
ら「表現」と文法の結びつきを敢えて見出そうとするも、
0.はじめに
圧倒的に話し言葉の領域が大きい。このようなことか
昨今の学校現場における変化の一つとして、教室内の
ら、入試の小論文等で比較的「書くこと」が求められる
多言語化・多文化化が挙げられる。このような変化に対
ようになってきてはいるものの、現状の文法教育を見る
応すべく、義務教育段階では日本語指導担当教員の配置
限り、「書くこと」と文法とのつながりは意識化されに
のほか、外国籍生徒等の義務教育終了後の進路について
くいと言えよう。
も高校入試における「特別措置」
「特別入学枠」
などといっ
以上、学校現場が多言語化・多文化化の傾向にあるこ
た特例が設けられている。ただし、この中には日本語指
と、さらに文法教育が「表現」に活かされにくい現状を
導と国語科教育の乖離といった根本的な問題を孕んでい
踏まえ、さらに「母語としての国語3」という観点から、
る。さらに、入試の特例等にしても進路保障という観点
文法の在り方については再考していかなければならな
から見れば意義があるとされる一方で、学力保障という
い。つまり、少なくとも国語科教育の面からは文法を見
観点から見れば必ずしも評価に値するとは言えないと
直す時が来ているのではないかと考えるのである。
いった指摘もある。いずれにせよ、
「国語」
を学ぶ対象者、
「国語」を取り巻く環境には変化が認められる。
また、国語科の中でも特に文法1教育に見られる変化
1.学校現場における変化と現状
として、中学校・高等学校の生徒たちの文法学習に対す
本節では、学校現場における具体的な変化と現状を外
る意識の低下が挙げられる。中学校における文法教育の
国籍児童生徒等の増加(1.1.
)及び外国籍生徒等の義務
目的は「読解」
「表現」にあるとされているが、かつてそ
教育後の進路(1.2.
)の2点から見ていくことにする。
こには高等学校の古典学習
(古文・漢文の読解)
につなげ、
大学入試等に活かすという大きな目的があった。現在で
1. 1.外国籍児童生徒及び多文化を背景とする児童生徒の増加
もその目的はあるのだが、大学入試多様化等の影響によ
昨今の学校における変化の一つとして、教室内の多言
2
り、古典学習よりも推薦入試・AO 入試に向けた小論
語化・多文化化が挙げられる。教室内に外国籍の児童生
文学習に力を入れている高等学校・生徒たちが多くなっ
徒がいるという変化については、特に「出入国管理及び
てきているのも事実である。そのような意味では、以前
難民認定法(平成2年)
」以降、外国人労働者の滞在に伴
ほど「読解」のための文法が重視されてはいないのであ
う帯同子女の増加という点において 1990 年代から見ら
る。ではその分、
「表現」のための文法は重視されてき
れた傾向ではあったとされる。実際に筆者がこれまで勤
たのかというと、これは旧態然としたままである。さら
めた私立中高一貫校4や通信制高等学校5にも、重国籍
に国語科教育における「表現」とは、話し言葉、書き言
や海外生活の長かった生徒が在籍していた。このような
葉双方における表現を指すが、学習指導要領や教科書か
現状に対し、学力低下問題と併せて各学校現場の適切な
表 1 外国語学習歴および海外居住歴の有無について
教科としての「英語」を
除く外国語学習歴の有無
海外居住歴の有無
福岡市立A中学校
(3年生 39 名)
福岡市立B中学校
(3年生 62 名)
福岡県立C高等学校
(2年生 41 名)
7名
9名
6名
17.9%
15%
15%
2名
5名
1名
5%
8%
2%
(筆者作成)
25
河 野 亜希子
対応が求められている。
6
とは別物なのではないだろうか。
筆者が行った調査 では、「教科としての「英語」を除
例えば、筆者が通信制高等学校で出会った中に、全日
く外国語学習歴の有無」
「海外居住歴の有無」についての
制高等学校を中途退学した外国籍生徒もいた。彼らの多
回答を得ることができた。(個人情報保護等により生徒
くは特に
「学習言語」の習得がままならない生徒が多かっ
個人の国籍や日本語指導を必要とする生徒の特定には及
た。そのため、各高等学校の内規事項となる進級規定 11
んでいない。)
に到達せず、あるいは授業そのものについていけず、退
調査結果については表1に示すとおりである。
学や転学という経緯になったわけである。特に多くの高
表1から、教科としての外国語学習歴のある生徒が全
等学校では入試以降の「特別措置」や入学後の「日本語指
体の2割弱、海外居住歴のある生徒が多いところで1割
導」はなく、外国籍生徒等は高等学校の授業内容の難易
近くを占める学校があるということが分かる。また、特
度に加え、語彙や文型そのものの援助がない状態で授業
に福岡市立B中学校で顕著だったのは、海外居住地と外
に臨むことになる。つまり外国籍生徒等の義務教育後の
国語学習に相関性があるということであった。
進路の現状としては、法的整備と人的整備 12 が乖離して
この調査で得られた数値を全て一般化できるとは言い
いる状態にある。特に人的整備については、日本語教育
切れないものの、昨今の学校内の多文化化の一端を示し
指導教員の配置以上に言葉の教育の中心をなす国語科教
ていると言えよう。
育が彼らにどのようなアプローチができるかということ
一方、文部科学省によると、全国の外国人児童生徒数7
もその一端を担っているであろう。
は約 73 , 000 人で、そのうち日本語指導が必要な外国人
この点に関しては、多文化共生社会が抱える地域課題
児童生徒は約 29 , 000 人いる(平成 26 年度)とされる。そ
を取り上げ、その解決に挑むNPO団体あいち「見える
れだけではなく、「日本語指導が必要な日本国籍の児童
化」ウェブでも、以下の現状が指摘されている。
(傍線
8
生徒 」も全国に約 80 , 000 人いるという。つまり、外国
は筆者が施したものである。)
籍児童生徒のみならず、日本国籍でありながら両親どち
らかが母語話者でないため日本語を不得手とする生徒た
ちも増えてきており、日本全体の多言語化・多文化化は
今後も進んでいくものと思われる。このことは、日本人
なのだから日本語は自然と身につくだろうという国語教
育の前提すら崩れて来つつあることを示唆している。
1. 2.外国籍生徒等の義務教育後の進路について
外国籍生徒等の義務教育終了後の進路については主
なものとして高校入試における「特別入学措置」
「特別入
学枠」などといった特例9があり、ほとんどの都道府県
で認められている。例えば平成 28 年度福岡県立学校入
学者選抜要項(2016)では、外国籍生徒等の特例を導入
している対象校において特別学力検査 10 が実施されてい
る。これらは、中学卒業時における外国籍生徒等の出口
保障・進路保障という観点から見れば一定の意義がある
と考えることができる。しかし一方で、学力保障という
観点から見れば必ずしも評価に値するとは言えないので
はないだろうか。「日本語指導が必要な日本国籍の児童
生徒」について、文部科学省(2014)では、
「帰国児童生
徒のほかに日本国籍を含む重国籍の場合や、保護者の国
際結婚により家庭内言語が日本語以外の場合などが考え
られる」としているが、このような生徒を対象とした入
試等の特例があるとしても、義務教育段階での「生活言
語」
「学習言語」を習得していない生徒にとっては、入学
できることと学校生活を送れることあるいは学べること
26
2012 年度の日本語指導が必要な外国人児童生徒
数(日本国籍保有者を含む)は 33 , 030 人余、愛知県
は最多で 6 , 991 人。彼らの高校進学率は中学校の在
籍人数の約 25 ∼ 30%で、進学後の中途退学者も多
く、卒業しても就職できないこともあります。県内
のある定時制高校の外国につながる生徒7名の進路
は、国公立進学希望3名(定時制高校の使用教科書
は簡単なものなので、合格の可能性は0に近い)、
AO 入試合格者1名、私大希望者(不合格の場合は
バイト生活になる)、就職したいが正社員の口がな
い生徒1名、家業従事1名、結婚予定1名という状
態で、高校を卒業しても就職先がないといった状態
です。
(中略)外国につながる生徒は、小中学校学習内容
の理解が低く、4∼6年生配当漢字の習得も不十分
です。しかし高校の教科書は教育漢字、常用漢字を
使って記述されています。高校国語の教科書は教育
漢字 1 , 006 字、常用漢字約 1 , 500 字の習熟が前提と
なっていて、日本文学教材、古典、随筆文の学習が
中心で、読解に割く時間が多く、外国につながる生
徒が卒業後、企業で働く際に必要な日本語を習得す
るのに必要な語彙についての教育はほとんどないの
が現状です。
(あいち「見える化」ウェブ HPより)
文法教育に求められる視点
このように見ていくと、外国籍生徒等の高校進学及び
就職に関しても、学校教育、殊に日本語教育・国語科教
(エ)単語の類別について理解し,指示語や接続詞
育が担う部分は大きくその連携が必須であることが窺え
及びこれらと同じような働きをもつ語句など
よう。
に注意すること。
(オ)比喩や反復などの表現の技法について理解す
ること。
2.国語科教育について
本節では、学習指導要領が示す国語科教育の内容
(2.1.)及び文法教育の位置づけと変遷(2.2.
)につい
〈中学 2 年〉
(ア)話し言葉と書き言葉との違い,共通語と方言
て見ていく。
の果たす役割,敬語の働きなどについて理解
すること。
2. 1.国語科教育の内容
(イ)抽象的な概念を表す語句,類義語と対義語,同
音異義語や多義的な意味を表す語句などについ
現行の学習指導要領では、国語科教育の内容につい
て理解し,語感を磨き語彙を豊かにすること。
て、これまでの『A話すこと・聞くこと』
『B書くこと』
『C読むこと』の3領域に加えて、〔伝統的な言語文化と
(ウ)文の中の文の成分の順序や照応,文の構成な
どについて考えること。
国語の特質に関する事項〕を新設し構成している。表2
を参照されたい。
(エ)単語の活用について理解し,助詞や助動詞な
どの働きに注意すること。
表2 国語科教育の内容
(オ)相手や目的に応じて,話や文章の形態や展開
に違いがあることを理解すること。
A話すこと・聞くこと
B書くこと
〈中学 3 年〉
C読むこと
(ア)時間の経過による言葉の変化や世代による言
葉の違いを理解するとともに,敬語を社会生
〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕
活の中で適切に使うこと。
(中学校国語科学習指導要領より筆者作成)
(イ)慣用句・四字熟語などに関する知識を広げ,和
語・漢語・外来語などの使い分けに注意し,語
感を磨き語彙を豊かにすること。
筆者の指す「文法」とはこのうち〔伝統的な言語文化と
国語の特質に関する事項〕特に「国語の特質」に含まれる
(中学校国語科学習指導要領より筆者作成)
が、この「文法」は『B書くこと』の素地となるべきもの
である。では国語科教育の中で「文法」の指導目標はど
のように設定されているのか。まず、表3に示す〔伝統
ここでは、主に言語の仕組みや構成について理解する
的な言語文化と国語の特質に関する事項〕の各学年の目
こと、関心を持つこと、語感を磨くことなどが到達目標
標を見ていきたい。
とされており、言語の運用につながるものが見出せな
い。
表3 〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕の
各学年の目標
一方、「文法」関連領域である『B書くこと』では表4
のように示されている。
〈中学1年〉
(ア)音声の働きや仕組みについて関心をもち,理
解を深めること。
(イ)語句の辞書的な意味と文脈上の意味との関係
に注意し,語感を磨くこと。
(ウ)事象や行為などを表す多様な語句について理
解を深めるとともに,話や文章の中の語彙に
ついて関心をもつこと。
表4 『B書くこと』
の各学年の目標
〈中学1年〉
(1)書くことの能力を育成するため,次の事項につ
いて指導する。
ア 日常生活の中から課題を決め,材料を集めな
がら自分の考えをまとめること。
イ 集めた材料を分類するなどして整理するとと
27
河 野 亜希子
いて指導する。
もに,段落の役割を考えて文章を構成すること。
ウ 伝えたい事実や事柄について,自分の考えや
ア 社会生活の中から課題を決め,取材を繰り返
しながら自分の考えを深めるとともに,文章の
気持ちを根拠を明確にして書くこと。
形態を選択して適切な構成を工夫すること。
エ 書いた文章を読み返し,表記や語句の用法,
叙述の仕方などを確かめて,読みやすく分か
イ 論理の展開を工夫し,資料を適切に引用する
などして,説得力のある文章を書くこと。
りやすい文章にすること。
オ 書いた文章を互いに読み合い,題材のとらえ
ウ 書いた文章を読み返し,文章全体を整えるこ
と。
方や材料の用い方,根拠の明確さなどについ
て意見を述べたり,自分の表現の参考にした
エ 書いた文章を互いに読み合い,論理の展開の
仕方や表現の仕方などについて評価して自分
りすること。
の表現に役立てるとともに,ものの見方や考
(2)
(1)に示す事項については,例えば,次のよう
え方を深めること。
な言語活動を通して指導するものとする。
ア 関心のある芸術的な作品などについて,鑑賞
(2)
(1)に示す事項については,例えば,次のよう
な言語活動を通して指導するものとする。
したことを文章に書くこと。
イ 図表などを用いた説明や記録の文章を書くこ
ア 関心のある事柄について批評する文章を書く
こと。
と。
ウ 行事等の案内や報告をする文章を書くこと。
イ 目的に応じて様々な文章などを集め,工夫し
て編集すること。
〈中学2年〉
(中学校国語科学習指導要領より筆者作成)
(1)書くことの能力を育成するため,次の事項につ
いて指導する。
ア 社会生活の中から課題を決め,多様な方法で
ここでの目標は、書くことの能力の育成を主軸とした
材料を集めながら自分の考えをまとめること。
ものであるが、考えをまとめること、題材の適正を図る
イ 自分の立場及び伝えたい事実や事柄を明確に
こと、さまざまな種類の文章を書けるようになることな
して,文章の構成を工夫すること。
どが中心となっており、文法との関連性が見出せない。
ウ 事実や事柄,意見や心情が相手に効果的に伝
つまり、時に皮肉として言われる「国語科教育の中で
わるように,説明や具体例を加えたり,描写
『文法』が孤立している」という指摘はもっともなのであ
を工夫したりして書くこと。
る。
エ 書いた文章を読み返し,語句や文の使い方,
段落相互の関係などに注意して,読みやすく
2. 2.文法教育の位置づけと変遷
分かりやすい文章にすること。
2. 1. で示したように、現行の学習指導要領におい
オ 書いた文章を互いに読み合い,文章の構成や
て、
『A話すこと・聞くこと』
『B書くこと』
『C読むことに』
材料の活用の仕方などについて意見を述べた
加えて、
〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕
り助言をしたりして,自分の考えを広げること。
といった順序で提示されているのは、国語科が日本語母
(2)
(1)に示す事項については,例えば,次のよう
語話者のためのものであり、「話す・聞く」
「書く」
「読む」
な言語活動を通して指導するものとする。
等はある程度自然にできるもの、という意識を前提とし
ア 表現の仕方を工夫して,詩歌をつくったり物
語などを書いたりすること。
イ 多様な考えができる事柄について,立場を決
たものであるということが考えられる。では、この前提
は生徒たちの言語能力を養成するにあたって妥当であっ
たのか。それは長年の文法教育批判論者や国語教育内外
めて意見を述べる文章を書くこと。
の指摘を踏まえれば一目瞭然であろう。つまり、現代の
ウ 社会生活に必要な手紙を書くこと。
国語科が抱える文法教育の問題点等は、戦後の教育史を
繙けばそれらが一向に改善の兆しを見ないまま現在にま
〈中学3年〉
で至っていることが分かる。加えて、戦前は問題がな
(1)書くことの能力を育成するため,次の事項につ
かったのかと言えばそうではない。次は 1928 年の『東京
高等師範学校附属中学校教授細目 13』の一部である。(傍
28
文法教育に求められる視点
線は筆者が施したものである。
)
されねばならない」と述べている。つまり、従来あるい
は多くの国語科関係者が示す表1を、島田は表5のよう
に捉えているということが分かる。
文法を第一學年に於て教授する事は、其の教材を
基本的のものに止め、機会的記憶力の旺盛なる此の
表5 国語科教育の内容(島田(2013)
)
時代に文法の基礎智識を獲得せしめ以後の學年に於
て講讀及び作文に附帯して絶えずその實際的練習を
〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕
なさしめる事の功多きを認めてゐるからである。
A話すこと・聞くこと
(中略)
B書くこと
文字・語句・文章等の形式を教授する事と、形式
C読むこと
の奥に潜む内容を會得せしめる事と、何れを主とす
べきかといふ事は往々議論せられることである。併
(島田(2013)より筆者作成)
し之は全く無意味の論である。形式を教授せずして
内容を會得せしめ得る筈がなく、内容を會得せしめ
このように提示する理由については、島田の述べる
「国
るまでに導かぬ形式教授は、其の教材を教授したも
語の特質」の分類を見ると分かる。島田は「国語の特質」
のでなく、單に䥃書的死語を授けた事に終つて了ふ。
について、次のように大別している。
䥃書的死語の教授は、徒に生徒の頭腦を混雑せしめ
るのみで、眞の教養とならぬ事は云ふまでもない。
①言語の役割・働きの理解に関する内容
(原文ママ)
(言葉には何ができるか、言葉にしかできないこと
は何か、など)
(『東京高等師範学校附属中学校教授細目』より筆者まとめ)
②日本語の「姿」14 の理解に関する内容
(日本語の音声・音韻、文字・表記、文法、語彙、
当時は文法から先に入れるという手法がとられていた
文体など)
ようである。具体的には中学1年で文法を教授・理解さ
せ、後の学年での「読み方」
「書き方」
「綴り方」へつなげ
この中で特に②に見られる日本語の「姿」を捉えよう
ていくということである。また、その理由として形式の
とすることが、日本語の「話す・聞く」「書く」「読む」
教授なしに内容理解には及ばないこと、内容理解につな
のよりよい運用のために不可欠であるとしている。これ
がらない形式的な教授は単に「辞書的死語」を授けるに
は、戦前に示された『東京高等師範学校附属中学校教授
過ぎないことを述べている。これは、現行の学習指導要
細目』の国語科教育の枠組みと共通している。戦前の国
領の示す『A話すこと・聞くこと』
『B書くこと』
『C読む
語科教育の枠組みについてはこれ以上言及しないが、少
ことに』
〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事
なくともこの枠組みによって、文法を基盤とした読解・
項〕に示される3領域プラス1とは逆の並びになっている。
作文能力の育成を目指したことを窺い知ることができ
現行の学習指導要領では、これらの領域等の有機的な
る。島田の指摘も同様といえよう。
働きかけにより国語能力の育成が企図されているが、こ
現行の国語科学習指導要領の目指すところが「有機的
こから読み取れるのはまずA話すこと・聞くことB書く
な働きかけによる国語能力の育成」とは言うものの、実
ことC読むこと が国語科教育の柱であるということで
のところ何を基盤とすべきなのかという点ではその曖昧
ある。しかし、前述したように、学校内外の国際化が
さを否定できない。一例として示した戦前の『東京高等
進む昨今にあって、この順序が妥当であるか否かについ
師範学校附属中学校教授細目』と、島田の論考は文法教
ては充分検討していかねばならないであろう。換言すれ
育の目的や位置づけという点においては明確であると言
ば、まず、3領域があってそこから国語の特質を導くの
える。
か、それとも国語の特質を踏まえた上で3領域の育成を
図るのかということである。
この点について島田(2013)は、
「日本語の「姿」を見
3.文法教育に求められる視点とは
つめて適切にとらえ、言語の役割や働きを理解するの
前節までの分析・考察より、文法教育に求められる視
は、母語たる日本語をよりよく「話す・聞く」
「書く」
「読
点を 2 つ提示したい。
む」ためであり、指導はその目的が果たされるようにな
29
河 野 亜希子
①国語科教育以外の視点を取り入れた文法指導
②読解・作文能力育成の礎となるための文法指導
1
まず、①であるが、学校内外の国際化の現状から見る
2
本稿における文法とは主に国語科教育の中で行われる
「口語文法」の指導を指す。「学校文法」とも呼ばれる。
アドミッションズ・オフィス入試の略。大学側の求め
と、
「日本語母語話者のための国語科教育」という前提
るアドミッションポリシー(学生像)と志願者の人物
から再検討すべきである。そのためには国語科教育で行
像を照らし合わせた上で合否が決定される。選抜方法
われているいわゆる学校文法の暗記に終始させるのでは
としては特に決まった形式があるわけではなく、志望
15
理由書・小論文・面接・実技等多岐にわたり、一部で
なく、他の領域からの日本語分析や生徒たちの言語発達
の面からのアプローチも必要となろう。
は学科試験を課す大学もある。ただし、あくまでも人
また、②については、現行の学習指導要領で不鮮明に
物重視という点においては共通した基準となってい
なっている各領域と文法指導との関連性及びその位置づ
けを再検討した結果、文法指導を基盤として、そこから
る。
3
についての視点は主に「国語(母語)
」「日本語(外国
各領域につなげていった方がより効果的であると考えら
語)
」があることが示唆されている。
れる。この考えに基づけば、いわゆる外国籍生徒等も礎
となる文法を入れた上で読解や作文の学習に臨めるので
これまでの先行研究等から国語科教育の指導の在り方
4
中学校と高等学校の 6 年間を接続し、6 年間の学校生
活の中で計画的・継続的な教育課程を展開することで
はないだろうか。
生徒の個性や創造性の伸長を目的として設けられた学
校。従来は私立を中心としていたが、平成 9 年以降は
4.まとめと今後の課題
公立でも設立されている。教育内容については、学習
本稿では、学校現場及び文法教育の変遷をもとに国語
指導要領の範囲を越えた指導ができるような特例も設
科の文法教育において求められる視点について考察し
た。多文化化する学校内外の現状を鑑みると、やはり国
けられている。
5
高等学校の定時制・通信制課程は、学校教育法制定時
語科と日本語教育の連携は不可欠であり、これにより外
(昭和 23 年)から設けられている制度である。文部科
国籍生徒等の対応や教育が円滑になり得ることが期待で
学省によると、通信制課程は、
「通信制の課程:全日制・
きる。逆に言えば、「母語話者のための国語科教育」と
定時制の高校に通学することができない青少年に対し
いう前提を再検討した上で国語科教育を捉えることが肝
て、通信の方法により高校教育を受ける機会を与える」
要であろう。また、「何のための文法教育か」という点
こととされおり、殊に近年の傾向として「全日制課程
においてはっきりと明示されていた戦前の『東京高等師
からの転・編入学する方や過去に高校教育を受けるこ
範学校附属中学校教授細目』と、それに類似した最近の
とができなかった方など多様な入学動機や学習歴を持
論考(島田(2013)
)から見ても、文法教育を基盤とし
て現行の国語科学習指導要領の3領域(A話すこと・聞
つ」生徒が増えているとしている。
6
2012 年 10 月、2013 年4月に修士論文のデータ収集の
くことB書くことC読むこと)に活かしていくことに意
ために「文法学習に関する調査」として実施。調査の
義が見出せることが示唆された。
中のフェイスシートの中で、外国居住暦等の情報を得
ただし、徒に文法教育批判やその抜本的な見直しを唱
ることができた。本稿で示したのはその一部である
(表
えることは、単に学校現場の混乱を招くにすぎない。ま
1)
。
た、それに代わる優れた文法があるわけではないという
7
る。
現状もある。だとすれば、これらを解消する可能性の手
立てを負っているのは国語科教員自身であろう。教員養
文部科学省の調査では公立学校のみの総数となってい
8
「日本語指導が必要な日本国籍の児童生徒」について、
成の段階で、文法指導について求められる2つの視点(①
文部科学省(2012)では、「帰国児童生徒のほかに日
国語科教育以外の視点を取り入れた文法指導②読解・作
本国籍を含む重国籍の場合や、保護者の国際結婚によ
文能力育成の礎となるための文法指導)等を取り入れる
り家庭内言語が日本語以外の場合などが考えられる」
としている。
ことで教員自らが鋭い視点で言語を捉え、指導していく
ことが生徒たちの言語感覚を磨く一助となり得ると考え
られる。
9
公立の高校入試において、科目の削減、時間の延長、
ルビ付き問題の配布、推薦等などの措置が取られるこ
とが多い。また、志望校の校長の判断や対応(
「校長
の特別な配慮」と表現している都道府県が多い)に委
30
文法教育に求められる視点
ねられるところも多い。また、私立高校についてはこ
の限りではない。
10
国・数・英の基本的な問題と作文(800 字弱)
・面接など。
11
一定の成績・出席日数等により規定されている。これ
を満たさない場合はいわゆる「原級措置」がとられる
ことが多い。
12
ここでは、教員の配置、カリキュラム、指導等を含む
ものとする。
13
『東京高等師範学校附属中学校教授細目』は、現在の
『学習指導要領』のルーツとされる『中学校教授要目』
が 1902 年に文部省訓令で定められたのを受けて、そ
れを元に指導の目標や在り方等を示したものである。
14
島田は、日本語の特徴というのは使用人口の多いいく
つかの言語(英語・中国語等)と対照した場合に異な
る点があることを強調するに過ぎないものであり、数
多くの言語の中での「特徴」とすることはできず、あ
くまでそれは日本語の「姿」であるとしている。
15
先行研究等では、一般的に国を問わず言語習得の順序
には共通性があるとされている。
【主な参考文献】
あいち「見える化」ウェブ
http://mieruka.aichi-community.jp/
島田康行(2013)
「
「国語の特質」をどうとらえ、どう教
えるか―日本語学研究を背景として―」
『国語科教
育』第 73 集 6-8, 全国大学国語教育学会
東京高等師範學校附属中學校(1928)
『東京高等師範學
校附属中學校 教授細目』目黑書店
福岡市教育センター
http://www.fuku-c.ed.jp/center/index.htm
福岡県教育委員会
http://www.pref.fukuoka.lg.jp/soshiki/2100000.html
文部省編(1902)
『文部省訓令第3号 中学校教授要目』
文部科学省HP http://www.mext.go.jp/
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河 野 亜希子
Some important issues teachers should be aware of
when teaching Japanese grammar:
― Perspectives on transformations in the school environment
and grammar education ―
Akiko KONO
This paper analyzes how the environment of teaching Japanese as a first language has changed in
recent years and presentssome new perspectives that need to be taken into account in order to
reassess Japanese education(especially grammar education)in the future.
In the recent years, the number of foreign children in Japanese schools has been increasing. If these
studentsdo notacquire a high level of Japanese, it will be difficult for them to find employment or enter
higher education. Thus, Japanese education, for both native and foreign children, should become more
integrated across the different fields of Japanese language learning.
Meanwhile, grammar teaching in Japanese education is isolated in the course of study at school.The
curriculum requires that teachers foster students Japanese ability in an organic manner,in areas such
as speaking , listening , writing and reading . However, the definitions of these categories are very
vague.
Prewar Japanese education offers some insight intohow these difficulties can be overcome. The
purpose and position of Japanese grammar teaching was clearly stated in prewar education.
Considering the points mentioned above, this paper provides some much needed fresh perspectives
on grammar teaching. They concern: ① grammar education from viewpoints other than just teaching
Japanese as a first language and ② grammar education for establishing a strong basis for improving
reading and writing ability.
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