もろもろな内容 ここではブラケットによる表現を出発点としてまとめています。より単純に量子力学を理解するためなら最初から波 動関数を導入した説明の方が分かりやすいと思います。 演算子にハットを必ずつけているわけではないので注意してください。 積分範囲を書いていないものは、取りえる範囲に渡っているとします (例えば −∞ から +∞)。 継ぎ足しながら作ってるので、順序があまりよくないです。 ブラケットからユニタリーの項までは、量子力学というよりヒルベルト空間の話をなるべく数学に触れずに説明して いる部分です (そのせいで言い回しが迂遠です)。 ・交換関係、反交換関係 ・c 数と q 数 ・ブラケット ・直交、完全、完備 ・演算子 ・固有値・固有状態・縮退 ・エルミート ・ユニタリー ・確率密度 ・期待値 ・量子条件 ・量子条件 2 ・波動関数 ・不確定性原理 ・時間とエネルギーの不確定性関係 ・シュレーディンガー描像・ハイゼンベルク描像 ・ヒルベルト空間 • 交換関係、反交換関係 交換関係が同時観測できないという物理現象を表現しているので、簡単なわりには大事な関係です。量子論 で使われる演算子というのは簡単に言えば観測するという作業を数学的に表現するものになります。 x̂, ŷ を演算子 (演算子は文字の上にハットをつけて表現されます) だとして交換関係 (commutation relation)、 反交換関係 (anticommutation relation) は [x̂, ŷ] = x̂ŷ − ŷx̂ {x̂, ŷ} = x̂ŷ + ŷx̂ (交換関係) (反交換関係) このように定義されます。他にも [ ]− 、[ ]+ のように区別する方法もあります。交換関係が [x̂, ŷ] = 0 1 になる場合、x̂ と ŷ は可換 (commutable) であるといいます。可換であることは同時観測できることを意味しま す。同時観測というのは、二つの物理量を同時に確定できるという意味です。 交換関係の基本的な公式は (a, b, c は演算子です) [a, b ± c] = [a, b] ± [a, c] [a + b, c + d] = [a, c] + [b, c] + [a, d] + [b, d] [a − b, c − d] = [a, c] − [b, c] − [a, d] + [b, d] [a, bc] = b[a, c] + [a, b]c [a, bc] = {a, b}c − b{a, c} [a, [b, c]] + [b, [c, a]] + [c, [a, b]] = 0 · · · ヤコビ (Jacobi) の恒等式 ひとつぐらいやっておくと [a, b ± c] = ab ± ac − (ba ± ca) = ab ± ac − ba ∓ ca = [a, b] ± (ac − ca) = [a, b] ± [a, c] • c 数と q 数 c数は通常の数 (複素数) を指して、q 数は演算子や行列を指します。 • ブラケット ブラケット (bracket) というのは記号としては ⟨ |, | ⟩ こんなので、 ⟨ϕ| これをブラベクトル |ϕ⟩ こっちをケットベクトルと呼び、あわせてブラケットです。ベクトルを外してブラ、ケットとも言います。これ は単にベクトルをこのような記号を使って表しているだけだと思えばいいです。ブラケットは主に物理で使わ れる記号で (ディラックが導入した)、数学ではブラケットによる表記を使うとむしろ面倒になってしまうため にほとんど使われていないです (内積の表記で似たようなのは使われますが、ブラとケットというようには使わ れません)。 ブラケットの定数倍による関係は a|ϕ⟩ = |ϕ⟩a, (a + b)|ϕ⟩ = a|ϕ⟩ + b|ϕ⟩ , a(|ϕ⟩ + |ψ⟩) = a|ϕ⟩ + a|ψ⟩ というようにベクトルの規則と同じです (a, b は複素数)。零ベクトルに対応するものも |0⟩ とすれば 2 |ϕ⟩ + |0⟩ = |ϕ⟩ と書けます。太字で |0⟩ としているのは |0⟩ を基底状態や真空と定義することが多いからです (物理では真空の ノルムは 1 と定義される)。ただし、量子力学では零ベクトルは対象に入らないので、零ベクトル以外を使いま す。他にも表記として |aϕ⟩ = a|ϕ⟩ , |ϕ⟩ + |ψ⟩ = |ϕ + ψ⟩ というのもあります。ブラとケットは別物のベクトル空間で定義されるものなので ⟨ϕ| + |ψ⟩ このようなブラとケットの和は定義されていません (「もろもろの内容 2」のブラケットの数学的背景を見てく ださい)。 内積の表記はブラとケットの積として ⟨ϕ|ψ⟩ のように書かれます。2 つのベクトルによる内積という言い方に対応させれば、2 つのケット |ψ⟩, |ϕ⟩ による内 積と言えます。これは分配法則 ⟨ϕ|(|ψ1 ⟩ + |ψ2 ⟩) = ⟨ϕ|ψ1 ⟩ + ⟨ϕ|ψ2 ⟩ , (⟨ψ1 | + ⟨ψ2 |)|ϕ⟩ = ⟨ψ1 |ϕ⟩ + ⟨ψ2 |ϕ⟩ に従います。量子力学では、力学とかで出てくる実数のみの内積と違い、内積の結果が実数だけでなく、複素 数になっていてもいいとします。このため複素共役「∗」によって ⟨ϕ|ψ⟩ = ⟨ψ|ϕ⟩∗ という関係を持たせます (⟨ψ|ϕ⟩∗ = (⟨ψ|ϕ⟩)∗ )。これは内積を定義するための条件の一つである対称性を表現し ています (複素数のベクトルでの内積ではこれが成立している必要があります。適当なベクトルを作れば簡単に 確かめられます)。これによってブラとケットは複素共役で繋がっていますが、より正確には後で出てくるエル ミート共役で繋がっています。 これによって複素数 c によるスカラー倍がいるとき、c がどちらにかかっているのかで、複素共役の取り方が 変わり ⟨ϕ|cψ⟩ = c⟨ϕ|ψ⟩ , ⟨cϕ|ψ⟩ = c∗ ⟨ϕ|ψ⟩ 実際に 3 ⟨cϕ|ψ⟩ = (⟨ψ|cϕ⟩)∗ = (c⟨ψ|ϕ⟩)∗ = c∗ ⟨ψ|ϕ⟩∗ = c∗ ⟨ϕ|ψ⟩ なので、成立しています。また、内積を取るときの言い方の問題でしかないんですが、ベクトルの内積を取ると きの言い方に合わせて、|ϕ⟩ と c|ψ⟩ の内積を取るといったとき、|ϕ⟩ がブラで c|ψ⟩ がケットなら c⟨ϕ|ψ⟩ となっ て、c1 |ψ1 ⟩ + c2 |ψ2 ⟩ とでは ⟨ϕ|(c1 |ψ1 ⟩ + c2 |ψ2 ⟩) = c1 ⟨ϕ|ψ1 ⟩ + c2 ⟨ϕ|ψ2 ⟩ 逆に、|ϕ⟩ と c|ψ⟩ の内積を取るといったとき、c|ϕ⟩ をブラにして |ψ⟩ をケットとする内積は c∗ ⟨ϕ|ψ⟩ となり、 c1 |ϕ1 ⟩ + c2 |ϕ2 ⟩ となら (c∗1 ⟨ϕ1 | + c∗2 ⟨ϕ2 |)|ψ⟩ = c∗1 ⟨ϕ1 |ψ⟩ + c∗2 ⟨ϕ2 |ψ⟩ このように複素数がブラとケットのどちらをスカラー倍しているのかで複素共役の取り方が変わります。 同じベクトル同士の内積は正の値というのは通常通りで ⟨ϕ|ϕ⟩ ≥ 0 0 になるのは零ベクトルに対応する |0⟩ のときです (正定値性)。量子力学で見ることはほぼないと思いますが、 正定値性を外す場合もあります (例えば場の量子論でのゲージ場の話で出てくる)。そして、ノルム (norm) はこ れの正の平方根 √ ⟨ϕ|ϕ⟩ として与えられます。普通のベクトルでのノルム (大きさ) と同じ定義です。また、⟨ϕ|ϕ⟩ を自乗ノルムと言った りもします。 ブラケットは行列と同じ計算規則なので、具体的に行列と対応させると今までの話や後で出てくる話が分かり やすくなります。N 次元のベクトルと同じように考えて、N 次元の場合にブラは 1 × N 行列、ケットは N × 1 行列とみなします。例えば 3 次元なら、ケットを a |ϕ⟩ ⇒ b c とします。細かいことですが、等号でなく ⇒ にしているのは (等号だと思ってもいいです)、ベクトルの成分が 基底の選択で変わるのと同じ理由からです (直交座標 (x, y, z) と極座標 (r, θ, ϕ) で成分が変わるのと同じ)。演算 子の項での行列表示も見てください。 このとき行列の計算規則に合わせるなら、1 × 3 行列と 3 × 1 行列の積にしなくてはいけないのでブラを ⟨ϕ| ⇒ (a∗ b∗ c∗ ) 4 とすることで、ブラとケットによる内積は a ⟨ϕ|ϕ⟩ ⇒ (a∗ b∗ c∗ ) b = a∗ a + b∗ b + c∗ c c という計算を行えばいいことになります。そして、転置と複素共役を同時に行う記号として |ϕ⟩† = ⟨ϕ| ⇒ (a∗ b∗ c∗ ) というのを定義します。この「†」(ダガー) はエルミート共役を取れという記号で、行列では転置して複素共役 を取れという意味です (エルミート共役はエルミートの項を見てください)。なので、転置を考慮したときのブ ラとケットの間は |ϕ⟩† = ⟨ϕ| となります。 「†」は転置の意味が必要ないなら複素共役に置き換わります。特に内積はただの複素数なので、複 素共役の意味しか持っていません (ただ、面倒なのでここでは「†」で統一しています)。どうでもいいことです が、共役は「きょうやく」と読みます (地域差なのか年代なのか「きょうえき」と言う人もいるみたいですが、 大部分が「きょうやく」のはずです)。 他の関係としては、ブラケットと波動関数の関係を端的に表している ∫ dxϕ∗ (x)ψ(x) = ⟨ϕ|ψ⟩ というのがあり、左辺は関数の内積です (波動関数の項で示します)。この関係さえ覚えておけば不自由はしな いです 記号として ||ϕ⟩| = √ √ √ ⟨ϕ|ϕ⟩ , |⟨ψ|ϕ⟩| = ⟨ψ|ϕ⟩∗ ⟨ψ|ϕ⟩ = ⟨ϕ|ψ⟩⟨ψ|ϕ⟩ というのを定義しておきます。||ϕ⟩| は複素数のベクトル、|⟨ψ|ϕ⟩| は複素数と同じです。 物理としてブラケットが何を表しているのかというと、状態 (state) です。状態と言ったときには相当抽象化 されていますが、観測対象の状態に対応するものです。状態の集合 (集まり) があった場合、その各状態を、状 態 A, B, C, . . . とすると、ブラケットはその状態に対応して、ケットならば |A⟩, |B⟩, |C⟩、ブラでは ⟨A|, ⟨B|, ⟨C| というように使われます。つまり、ブラケットをある状態を表す記号だとするなら、状態空間と呼ぶことが出 来ます。何かしらの量の測定は、そういった状態に対してある観測をすることで測定値を取りだすことに対応 するので、それを数学で表現したのが Â|a⟩ = A|a⟩ 5 このように演算子  をある状態に対して作用させて対応する測定値 A を導くというもので、このときのケット を固有ケットと呼びます (これは固有値・固有ベクトル・縮退で触れます)。また、一般的な演算子は測定値に 対応する必要はないです。 • 直交、完全、完備 細かいことを全て無視して簡単に示せば、δmn をクロネッカーデルタとして (δmn = 1 (m = n), δmn = 0 (m ̸= n) と定義されます)、関数もしくはブラケットにおいて ∫ dxϕ∗m (x)ϕn (x) = δmn ⟨ϕm |ϕn ⟩ = δmn という関係を正規直交関係 (もしくは規格直交) と言います。これを満たす時に規格化されているといいます (ノ ルムが 1 で、異なっている場合は 0)。これは離散的 (整数 m, n に関して) な場合での正規直交関係です。規格 化は単にノルムを 1 にすることだけを指す場合もあります 記号的には m, n はケットの区別でしかないです (ベクトルを v1 , v2 と区別するのと同じ)。量子力学では、m, n は何かしらの状態を区別する量による番号付けです。例えば、|ϕ1 ⟩ は運動量 p1 、|ϕ2 ⟩ は運動量 p2 、…、を持っ ている状態ということです (運動量が連続値を取れない場合)。 規格化といってノルムを 1 にすることは、任意のベクトルから単位ベクトルを作る操作のことで、今の場合は |ϕ⟩ |ϕ′ ⟩ = √ ⟨ϕ|ϕ⟩ と与えられ、常に可能です。実際にこれのノルムをとれば 1 になっています。なので、正規直交関係は単位ベ クトルが直交している関係です。また、正規直交関係を満たす集合 |ϕ1 ⟩, |ϕ2 ⟩, · · · , |ϕn ⟩(= {|ϕn ⟩}, n = 1, 2, · · · ) のことを正規直交系といいます (直交することから線形独立)。量子力学で使われる状態に対しては、規格化が 可能 (正規直交関係を持つ) という要請があるために、状態は単位ベクトルのことを指します (このため規格化 が出来ない零ベクトルは状態になれない)。 そして、この正規直交系を構成する |ϕn ⟩ (n = 1, 2, . . .) を使い、任意の |ψ⟩ を |ψ⟩ = N ∑ an |ϕn ⟩ , an = ⟨ϕn |ψ⟩ n=1 このように展開できることを完全性と言い、完全性を持った正規直交系を完全正規直交系と言います。これは 明らかにベクトルの線形結合と同じです。このように見れば、完全正規直交系 |ϕn ⟩ は基底に出来て (|ϕn ⟩ の個 数を N とすれば N 次元ベクトル空間の基底)、基礎ケットと呼ばれます (もしくは正規直交基底)。 細かい話になりますが、|ϕn ⟩ が n = 1, 2, . . . , N のように有限の場合と、N → ∞ となる無限大の場合では、 この展開が可能だ (完全性を持つ) と言う方法が異なります。有限の場合は線形独立な量 (正規直交系) による線 形結合なので可能と言えてしまいますが、無限大の場合はそれなりに面倒です (「もろもろな内容 2」参照)。た だ、見た目の形自体は同じなので、特に気にせずに和の範囲を無限大もしくは有限に取っていきます。 任意の状態 |ψ⟩ を正規直交系を作る状態 |ϕn ⟩ によってこのように展開可能だというのが、量子論の根本にお ける要請 (仮定) にもなっていて、波の重ね合わせを可能にし、確率解釈に使われます。というわけで、量子力 6 学で出てくる状態は完全正規直交系になっています。もう少し細かく言えば、|ϕn ⟩ は観測に対応する演算子の 固有状態 (固有ケット) として扱います (エルミートの項参照)。 そして、完全正規直交系による展開は、ブラケットを関数に置き換えたとき ψ(x) = ∞ ∑ an ϕn (x) n=1 と書けて、これは関数のフーリエ級数展開と呼ばれます。フーリエ級数展開と言った時は三角関数か指数関数 が使われるものをよく見ると思いますが、一般的にこのように完全正規直交系を作る関数 ϕn (x) によって書く ことが出来ます。すでに言ったように、この展開が可能なことが量子論における重要な性質です (ヒルベルト空 間の項も参照)。 ちなみに、an = ⟨ϕn |ψ⟩ であることは、正規直交系なので、展開において ⟨ϕm | を左からかけると ⟨ϕm |ψ⟩ = ∞ ∑ an ⟨ϕm |ϕn ⟩ = am n=1 となるからです。これから |ψ⟩ の展開は |ψ⟩ = ∞ ∑ ⟨ϕn |ψ⟩|ϕn ⟩ n=1 と書けます。 完全性は ⟨ϕn |ψ⟩ を右にもっていくと |ψ⟩ = ∞ ∑ |ϕn ⟩⟨ϕn |ψ⟩ n=1 となるので ∞ ∑ |ϕn ⟩⟨ϕn | = 1 n=1 もしくは ⟨ϕ|ψ⟩ = ∞ ∑ ⟨ϕ|ϕn ⟩⟨ϕn |ψ⟩ , ⟨ψ|ψ⟩ = n=1 ∞ ∑ ⟨ψ|ϕn ⟩⟨ϕn |ψ⟩ = n=1 ∞ ∑ |⟨ϕn |ψ⟩|2 n=1 といった関係を導けます (|ϕ⟩ は任意です)。これらの関係も完全性と呼ばれます。もしくはパーセバル (Parseval) の等式とも言います。これらは和が収束することを言っていて、実際に収束していることはコーシー・シュワ ルツの不等式とベッセルの不等式と呼ばれるものを使えば証明できます。 関数もしくはブラケットが連続的な変数で区別される場合では少し注意すべきところがあり、単純に変数を 変えればいいというだけではなく 7 ∫ dxϕ∗k′ (x)ϕk (x) = δ(k ′ − k) ⟨x′ |x⟩ = δ(x′ − x) このようにクロネッカーデルタがディラックのデルタ関数に書き換わります。ただし、連続な固有値を持つ波 動関数の規格化には他にも周期的境界条件によるものなどがあるのでこれでなければならないというわけでは ないです。Σ|ϕn ⟩⟨ϕn | = 1 では和は積分の形にすればいいだけで ∫ dx|x⟩⟨x| = 1 このようになります。 細かい注意になりますが、連続的な値 x による |x⟩ は数学的に厄介です。例えばすぐに分かるように、⟨x|x⟩ = δ(x − x) = δ(0) = ∞ のために、数学的な取り扱いが難しくなっています。しかし、よっぽど数学の領域に踏み 込まない限りこのことに気を回す必要性がないので、連続的な場合はデルタ関数と積分になるとだけ思ってい れば平気です。 完備という言葉があって、数学的な定義は全てのコーシー列 (基本列) が収束するということです。簡単に言っ てしまえば、|ϕ1 ⟩, |ϕ2 ⟩, . . . という n が 1 から ∞ まで続く数列 (点列)|ϕn ⟩ があったとき ( lim |ϕ⟩ − |ϕn ⟩ = 0) lim |ϕn ⟩ = |ϕ⟩ n→∞ n→∞ となることを完備だと言います。|ϕ⟩ − |ϕn ⟩ のノルムを ||ϕ⟩ − |ϕn ⟩| としています。つまり、収束する先 |ϕ⟩ が あればいいということです。この関係から完全における和が収束します (「もろもろの内容 2」参照)。 • 演算子 演算子 (operator) は基本的にブラケットか関数に作用して、別のブラケットか関数にするものです。なので、 演算子を  とすれば、|ψ⟩ と関数 ψ への作用は Â|ψ⟩ = |ϕ⟩ , Âψ = ϕ となります。同じ  を使っていますが、違うものです。演算子と言ったときには Â(a1 |ψ1 ⟩ + a2 |ψ2 ⟩) = a1 Â|ψ1 ⟩ + a2 Â|ψ2 ⟩ Â(a1 ψ1 + a2 ψ2 ) = a1 Âψ1 + a2 Âψ2 という性質を持っています (a1 , a2 は定数)。これは線形性のことで、この性質を持っている演算子は線形演算子 と呼ばれます。しかし、線形でない演算子を使うことはほぼないので、単に演算子と言った時は線形演算子の ことです。 8 ブラケットへの作用をさらに見ていきます。|ψ⟩ に対して Â|ψ⟩ = a|ϕ⟩ もしくは Â|ψ⟩ = |ϕ′ ⟩ としたとき、ある状態 ψ に A という観測 (作用) をすることで測定値 a を得て状態 ψ は状態 ϕ へ変化、もしく はある状態 ψ に A という観測をすることで別の状態 ϕ′ になることを意味します。ブラに対しても ⟨ψ ′ |B̂ = ⟨ϕ′ |b となり、演算子はブラとケットの両方に作用することができます。特に ⟨ϕ|Â|ψ⟩ のようになっているときは、ブ ラとケットのどちらにでも作用させることができます。ただし、エルミート共役 (複素共役) を取ると ⟨ψ|† = ⟨ϕ|a∗ ((Â|ψ⟩)† = ⟨ψ|† , a† = a∗ ) のように、ブラとケットへの演算子の作用の仕方は変わります。また、演算子は常に交換するとは限らないので ÂB̂|ϕ⟩ ̸= B̂ Â|ϕ⟩ となり、Â, B̂ の交換関係が必要になります。 ある状態 |ψ⟩ に演算子  を作用させることで状態 |ϕ⟩ に変化することは、行列の規則と対応させると分かり やすいです。というより、ベクトルへ作用するときの演算子が行列です。演算子が行列であることは N × N 行 列 M とベクトル v(N × 1 行列 ) の積が Mv = w ( N ∑ Mij vj = wi ) j=1 となることから分かります。行列 M が演算子としてベクトル v に作用してベクトル w になるという関係です。 具体的に書けば、例えば ( 01 00 )( 0 1 ) ( = 1 0 ) なので、これをブラケットに対応させれば (  ⇔ 01 00 ) ( , |ψ⟩ ⇔ 9 0 1 ) ( , |ϕ⟩ ⇔ 1 0 ) という対応になっています。というわけで、演算子とブラケットを行列のように思っていると計算規則が受け 入れやすいです。例えば、行列は一般的には交換しない (XY ̸= Y X) ので交換関係が自然と入ってきます。 他に演算子の行列表現 (行列表示) というのもあります。これは演算子の式を Â|ψ⟩ = |ϕ⟩ として Â|ψ⟩ = |ϕ⟩ ∞ ∑ Â|ϕn ⟩⟨ϕn |ψ⟩ = |ϕ⟩ n=1 ∞ ∑ ⟨ϕm |Â|ϕn ⟩⟨ϕn |ψ⟩ = ⟨ϕm |ϕ⟩ n=1 と変形させたとき、m, n が行列の成分を指していると見て、⟨ϕm |Â|ϕn ⟩ を行列として Amn = ⟨ϕm |Â|ϕn ⟩ のように与えます。Â|ϕn ⟩ = |ϕ′n ⟩ とすれば、⟨ϕm |ϕ′n ⟩ となって m, n で区別される通常の数となって、m, n が 行列の成分を指定するというのが分かりやすくなります。行列 Amn の成分は |ϕn ⟩ に依存しています。Amn と することで、Â|ψ⟩ = |ϕ⟩ は Amn ⟨ϕn |ψ⟩ = a⟨ϕm |ϕ⟩ Amn vn = wm と書き換えられます。このとき |ψ⟩ は ⟨ϕn |ψ⟩ となり、数ベクトル (ユークリッド空間で通常使っているベクト ルのこと)vn となっています。このように、ケットは N × 1 行列 (縦ベクトル) ⟨ϕ1 |ψ⟩ v1 |ψ⟩ = ⟨ϕ2 |ψ⟩ = v2 .. .. . . となります。これはブラにしたければ ⟨ψ| = |ψ⟩† から、1 × N 行列 (横ベクトル) ⟨ψ| = (v1∗ v2∗ . . .) となります。ブラケットをこのように数ベクトルで書くとき、行列 Amn と同じように ⟨ϕn | に依存しているこ とに注意してください (このためブラケットの項で数ベクトルで書くとき矢印を使っていた)。 また、Â|ϕn ⟩ = an |ϕn ⟩ のようになっていて、正規直交系なら Amn = ⟨ϕm |Â|ϕn ⟩ = an ⟨ϕm |ϕn ⟩ = an δmn 10 となり、これは行列 Amn は対角成分しか持たないことになります。 関数に対する演算子には微分演算子も含んでおり、こっちの方が頻繁に出てきます。特に eax のように x の 微分を作用させると d ax e = aeax dx このように、元の関数 eax が微分を演算した後にも形を変えないで出てくるものが重要です。 1 つ細かいことに触れておきます。よくある波動関数のみを使った話だけで進めていくと、演算子は微分演 算子のことを指しているように思えます。しかし、微分演算子は演算子の種類の一つでしかないです。演算子 はヒルベルト空間でのベクトルに作用して、別のベクトルにするものとして定義されています。ベクトルと言っ ていますが、関数でも同じです (内積が定義され、完備であればヒルベルト空間)。なので、微分演算子との混 乱を避けるなら、演算子でなく作用素と言ったほうがいいかもしれません。ちなみに英語では operator で、日 本語では演算子と作用素の 2 つの訳を当てはめているようです。 • 固有値・固有状態・縮退 演算子とケット (ブラ) が A|ϕi ⟩ = ai |ϕi ⟩ このような関係になっているとします。このとき、ai を A の固有値、|ϕi ⟩ を A の固有状態(固有ケット)と呼 びます。これは行列での固有値、固有ベクトルと同じ関係です (なので |ϕi ⟩ を固有ベクトルとも呼びます)。ま た、関数と微分演算でも、微分した後に関数が変わらないというのに対応します。量子力学の主要な問題はこ の方程式を解くことです。 ここで、A が何かしらの観測に対応する演算子とします。そうすると、固有状態 |ϕi ⟩ は観測 A を行っても状 態が変わらない固有の状態であることを表わしており、これは何度測定しても同じ測定値 ai が出ることを言っ ています。このように、観測による測定値を固有値として導入します。これが量子論における要求 (仮定) の 1 つで、ある演算子 A に対応する測定を行ったときに観測される測定値は、その固有状態に対応する固有値 ai に なるとします。このことが、観測される測定値に対応する演算子はエルミートでなければならない理由にもなっ ており (エルミートの項を参照)、連続とか離散的とかは固有値がそうであるかで決めています。 観測 A に対応する固有ケットを作ったとき、固有ケットは正規直交性 ⟨ϕi |ϕj ⟩ = δij を持ちます。観測 A の固有状態が正規直交だと出来る理由は、観測に対応する演算子はエルミート演算子だか らです (エルミートの項を参照)。さらに、観測 A の固有状態はヒルベルト空間の基底(基底ベクトル)になると して、完全性を持つことを要求 (仮定) します。つまり、任意の状態 |ψ⟩ は観測 A の固有ケット |ϕn ⟩ による展開 |ψ⟩ = ∑ n が可能で、固有ケット |ϕn ⟩ は 11 an |ϕn ⟩ ∑ |ϕn ⟩⟨ϕn | = 1 n という関係を持ちます (直交、完全、完備の項参照)。 固有値に対して複数の固有状態があることを縮退と呼びます。例えば A|ϕ⟩ = a|ϕ1 ⟩, a|ϕ2 ⟩ となっている場合二重に縮退していると言います。 同時固有状態と呼ばれるものもあって、これは複数の演算子に対して同時に固有状態になっているものです。 同時固有状態が存在するためには演算子が交換する必要があります。演算子として、A, B を用意して、この二 つの固有状態が |ϕ⟩ になっているとします。そうすると、それぞれの固有値を a, b とすれば A|ϕ⟩ = a|ϕ⟩ , B|ϕ⟩ = b|ϕ⟩ となっています。A のほうに B を作用させると、a は通常の数なので演算子と交換することから BA|ϕ⟩ = aB|ϕ⟩ = ab|ϕ⟩ 同じように B のほうに A を作用させると AB|ϕ⟩ = bA|ϕ⟩ = ba|ϕ⟩ = ab|ϕ⟩ となり、右辺が同じになります。よって AB = BA になるので、同時固有状態を持つとき演算子 A, B は交換す ることになります。 これは A, B が交換するとしても同じように同時固有状態が存在することが示せます。A|ϕ⟩ = a|ϕ⟩ に B を作 用させて、A, B が交換するとすれば BA|ϕ⟩ = aB|ϕ⟩ AB|ϕ⟩ = aB|ϕ⟩ A|ϕ′ ⟩ = a|ϕ′ ⟩ (B|ϕ⟩ = |ϕ′ ⟩) 縮退がないなら、固有値 a に対応する固有状態は 1 つしかないので、b|ϕ⟩ = |ϕ′ ⟩ です (b は適当な係数)。そう すると、|ϕ⟩ に B が作用しても |ϕ⟩ のままでなくてはいけないので、|ϕ⟩ は B の固有状態にもなっているのが分 かります。 12 • エルミート 先に記号の定義だけを示せば、量子力学で単にエルミート (hermitian) と言ったときは、演算子において Ĥ † = Ĥ となる関係のことで、量子力学では一般的にエルミート (hermite) 演算子と呼びます。行列の場合ではエルミー ト行列と言います。また、イコールで結ばれていないく単にエルミート共役「†」を取ったものはエルミート共 役演算子と呼ばれます。 エルミート共役演算子の定義は ⟨ψ|Ĥ † |ϕ⟩ = ⟨ϕ|Ĥ|ψ⟩∗ によって与えられていて、このときの Ĥ † が Ĥ のエルミート共役演算子です。これだけでは「†」という操作が はっきりしないので、何を行っているのかを見ていきます。 演算子とブラケットの関係を与えて、エルミート共役の定義を再現させます。まず、演算子とブラケットに (⟨ϕ|Ĥ)† = |ϕ′ ⟩ , Ĥ † |ϕ⟩ = |ϕ′ ⟩ という関係を持たせる操作として「†」を定義します。また、このとき演算子 Ĥ は ⟨ϕ|Ĥ = ⟨ϕ′ | と作用するとします。そうすると、Ĥ † |ϕ⟩ と ⟨ψ| の内積は ⟨ψ|Ĥ † |ϕ⟩ = ⟨ψ|ϕ′ ⟩ ⟨ϕ|Ĥ と |ψ⟩ との内積は ⟨ϕ|Ĥ|ψ⟩ = ⟨ϕ′ |ψ⟩ となります。そして、内積の複素共役の関係 ⟨ψ|ϕ′ ⟩ = ⟨ϕ′ |ψ⟩∗ (1) ⟨ψ|Ĥ † |ϕ⟩ = ⟨ϕ|Ĥ|ψ⟩∗ (2) から 13 このようにエルミート共役の定義が出てきます。というわけで、これを出すために使った関係がエルミート共 役「†」の性質になっています。 「†」の性質をもっと分かりやすくします。まず、⟨ϕ|Ĥ = ⟨ϕ′ | から ⟨ϕ′ |† = (⟨ϕ|Ĥ)† = |ϕ′ ⟩ となるので、「†」はブラとケットを入れ替えます。また |ϕ′ ⟩ = Ĥ † |ϕ⟩ なので (⟨ϕ|Ĥ)† = Ĥ † |ϕ⟩ 逆に書いても ⟨ϕ|Ĥ = ⟨ϕ′ | = |ϕ′ ⟩† = (Ĥ † |ϕ⟩)† となっているので同じように「†」は作用します。そして、これの最右辺は ⟨ϕ|Ĥ = ⟨ϕ′ | = |ϕ′ ⟩† = (Ĥ † |ϕ⟩)† = ⟨ϕ|Ĥ なので、Ĥ † に「†」の操作をすれば (Ĥ † )† = Ĥ となって元に戻るという性質を「†」は持ちます。 今度は二つの演算子を作用させて B̂|ϕ⟩ = |ϕ′ ⟩ , ÂB̂|ϕ⟩ = Â|ϕ′ ⟩ = |ϕ′′ ⟩ とします。|ϕ′ ⟩ のエルミート共役は |ϕ′ ⟩† = (B̂|ϕ⟩)† = ⟨ϕ|B̂ † = ⟨ϕ′ | となることを使えば |ϕ′′ ⟩† = (Â|ϕ′ ⟩)† = ⟨ϕ′ |† = ⟨ϕ|B̂ † † そうすると |ϕ′′ ⟩† = (ÂB̂|ϕ⟩)† = ⟨ϕ|B̂ † † (ÂB̂|ϕ⟩)† = ⟨ϕ|(ÂB̂)† これらから 14 (ÂB̂)† = B̂ † † となります。これは演算子がいくつでも成立します。 「†」はブラとケットを入れ替えることから、(1) は ⟨ψ|ϕ′ ⟩ = ⟨ϕ′ |ψ⟩∗ = ⟨ϕ′ |ψ⟩† と書けるので、c 数の「†」は複素共役と同じ意味です (⟨ψ|ϕ′ ⟩ は c 数)。 というわけで、「†」の計算上必要になる部分を簡単にまとめれば ・ 「†」はブラとケットを入れ替える:|ϕ⟩† = ⟨ϕ| , ⟨ϕ|† = |ϕ⟩ , (Â|ϕ⟩)† = ⟨ϕ|† , (⟨ϕ|Â)† = † |ϕ⟩ ・エルミート共役のエルミート共役は元に戻る:(† )† =  ・複数の演算子のエルミート共役は順序を逆にする:(Â1 Â2 · · · Ân )† = †n · · · †2 †1 ・c 数の「†」は複素共役と同じ:a† = a∗ このようなエルミート共役「†」は行列では転置して複素共役を取れになり、(1) と (2) でのブラケットを行列 だと見ればそうなっているのが分かると思います。複数の演算子の順序が逆になるのも転置の性質に対応して います。 関数を使って書けば、エルミート共役演算子の定義は ∫ dx ψ ∗ (x)Ĥ † ϕ(x) = ∫ dx (ϕ(x)Ĥψ(x))∗ となります。右辺は Ĥ は ψ(x) にかかっていることから Ĥψ(x) をセットにして ∫ ∫ ∗ dx (ϕ(x)Ĥψ(x)) = dx (Ĥψ(x))∗ ϕ(x) と書くことが多いです。また、関数を使っている場合でも、このように演算子が作用している部分は作用の仕 方が変わるように動かせないことに注意してください。 エルミート演算子の話に移ります。まず、重要なことは、エルミート演算子の固有値は必ず実数になるとい う性質を持っていることです (後で示します)。これと現実の測定値は実数であるという事情から、ハミルトニ アンや座標、運動量等の物理量を表すものはエルミート演算子でなければならないという話になります(固有 値・固有状態・縮退の項も参照)。 エルミート演算子の性質 (定義) として ∫ dxψ ∗ (x)Ĥ(x)ϕ(x) = ∫ dx(ϕ∗ (x)Ĥ(x)ψ(x))∗ ⟨ψ|Ĥ|ϕ⟩ = ⟨ϕ|Ĥ|ψ⟩∗ 15 というものがあります (エルミート共役演算子の定義で Ĥ = Ĥ † としたもの)。この二つは表記が違うだけで全 く同じ意味です (波動関数の項を参照)。 エルミート演算子でないなら、そのままエルミート共役の定義 ⟨ψ|Ĥ|ϕ⟩ = ⟨ϕ|Ĥ † |ψ⟩∗ にちゃんと戻せます。話は単純で Ĥ † |ψ⟩ = |ψ ′ ⟩ のように書くと ⟨ϕ|Ĥ † |ψ⟩∗ = ⟨ϕ|ψ ′ ⟩∗ = ⟨ψ ′ |ϕ⟩ = (|ψ ′ ⟩)† |ϕ⟩ = ⟨ψ|(Ĥ † )† |ϕ⟩ = ⟨ψ|Ĥ|ϕ⟩ となって一致するからです (エルミート共役のエルミート共役は元に戻る)。一方で Ĥ|ψ⟩ = |ψ ′′ ⟩ では ⟨ϕ|Ĥ|ψ⟩∗ = ⟨ϕ|ψ ′′ ⟩∗ = ⟨ψ ′′ |ϕ⟩ = (|ψ ′′ ⟩)† |ϕ⟩ = ⟨ψ|Ĥ † |ϕ⟩ となるので、⟨ψ|Ĥ † |ϕ⟩ = ⟨ψ|Ĥ|ϕ⟩ (Ĥ = Ĥ † ) になるときをエルミート演算子とするということです。 エルミート演算子の固有値は必ず実数になるというのを示します。エルミート演算子を Â、固有値を a とす れば Â|ψ⟩ = a|ψ⟩ ブラへの作用は、ケットとエルミート共役で繋がっていることから、 (Â|ψ⟩)† = ⟨ψ|† と出来て a† = a∗ から ⟨ψ|† = a∗ ⟨ψ| となります。そうすると、 の別の固有状態 |ϕ⟩ がいるとして、それで挟むことで 16 ⟨ϕ|Â|ψ⟩ = a⟨ϕ|ψ⟩ , ⟨ψ|† |ϕ⟩ = a∗ ⟨ψ|ϕ⟩ ここで |ϕ⟩ = |ψ⟩ として、ノルムが 1 に規格化されていて ⟨ψ|ψ⟩ = 1 だとすれば ⟨ψ|Â|ψ⟩ = a , ⟨ψ|† |ψ⟩ = a∗ なので、 = † なら a = a∗ となります。よって、エルミート演算子のとき、固有値は実数となります。同時 に |ϕ⟩ ̸= |ψ⟩ なら、⟨ϕ|ψ⟩ = 0 だということがいえます。実際に、 の固有状態 |ϕ⟩ の固有値を b (b ̸= a) とすれ ば、 = † から Â|ϕ⟩ = b|ϕ⟩ , (Â|ϕ⟩)† = ⟨ϕ| = b⟨ϕ| となるので ⟨ϕ|Â|ψ⟩ = a⟨ϕ|ψ⟩ , ⟨ϕ|† |ψ⟩ = ⟨ϕ|Â|ψ⟩ = b⟨ϕ|ψ⟩ ⇒ (a − b)⟨ϕ|ψ⟩ = 0 よって、⟨ϕ|ψ⟩ = 0 から、異なる固有値を持つ固有状態は直交 (内積が 0) しています。このことから、エルミー ト演算子の固有状態 (異なる固有値 ai を持つ固有状態 |ϕi ⟩。Â|ϕi ⟩ = ai |ϕi ⟩)は ⟨ϕi |ϕj ⟩ = δij となります。なので、観測に対応する固有状態 (エルミート演算子の固有ケット) は正規直交系になっています。 そして、量子力学では正規直交系によって任意の状態 |ψ⟩ は |ψ⟩ = N ∑ ai |ϕi ⟩ (ai = ⟨ϕi |ψ⟩) i=1 と展開できるとするので (N が無限大でも)、エルミート演算子の固有状態 |ϕi ⟩ の集まりは完全正規直交系を構 成します。この結果から、量子力学で状態 |ϕi ⟩ と書かれたとき、完全正規直交系だと暗黙の内に要求されてい る場合が多いです。 また、固有値が実数であることは ⟨ψ|Â|ϕ⟩ = ⟨ϕ|Â|ψ⟩∗ からも言えます。固有値が実数であることは、⟨ϕ|Â|ψ⟩ とその複素共役が ⟨ψ|Â|ψ⟩ = a⟨ψ|ψ⟩ , ⟨ψ|Â|ψ⟩∗ = a∗ ⟨ψ|ψ⟩∗ = a∗ ⟨ψ|ψ⟩ となるので、固有値 a は実数となります。 17 • ユニタリー ユニタリー (unitary) 行列というのは U † = U −1 となる行列 (複素行列) のことです (−1 は逆行列を表します。U −1 U = U U −1 = 1)。これの演算子としてのユ ニタリー演算子を波動関数 (後で触れます) とか任意の状態に作用させた |ψ ′ ⟩ = Û |ψ⟩ をユニタリー変換といいます。このとき |ψ⟩ と |ψ ′ ⟩ の関係は、任意の状態 |ϕ⟩ とそのユニタリー変換 |ϕ′ ⟩ に対 して |⟨ϕ|ψ⟩| = |⟨ϕ′ |ψ ′ ⟩| というのを満たします。何が言いたいのかというと、ユニタリー変換によって結ばれたものは物理的に同等で あるということです (振幅の値が同じ)。これは量子論全般において重要な性質になってます。 演算子に対するユニタリー変換はどうなるのかも見ておきます。まず、ある状態 |ψ⟩ に任意の演算子  を作 用させたものを Â|ψ⟩ = |ϕ⟩ というように定義します。そして、これに対してユニタリー変換したものをダッシュであらわし Â′ |ψ ′ ⟩ = |ϕ′ ⟩ 全体をユニタリー変換するので、演算子も変換されているとしています。この二つは上で触れたように物理的 に等しいものです。よって Â′ |ψ ′ ⟩ = |ϕ′ ⟩ Â′ Û |ψ⟩ = Û |ϕ⟩ (|ψ ′ ⟩ = Û |ψ⟩ , |ϕ′ ⟩ = Û |ϕ⟩) = Û Â|ψ⟩ (Â|ψ⟩ = |ϕ⟩) Û −1 Â′ Û |ψ⟩ = Â|ψ⟩ これから Û −1 Â′ Û =  18 なので、演算子に対するユニタリー変換は Û −1 Â′ Û =  Â′ = Û ÂÛ −1 となります。正確なことをいうと、こういった関係は基底に対応するものから求められますが、その基底によっ て作られた状態 (波動関数) でも今見てきたおり同等の関係を持つので細かいことは気にしなくて平気といえば 平気です。もう少し詳しいことは「ユニタリー変換」で触れます。 また、演算子の関係からユニタリー変換で固有値が変わらないことも分かります。固有値を Â|a⟩ = a|a⟩ とします。そうすると Û −1 Â′ Û |a⟩ = a|a⟩ Â′ Û |a⟩ = aÛ |a⟩ Â′ |a′ ⟩ = a|a′ ⟩ (|a′ ⟩ = Û |a⟩) となり、 と Â′ で固有値が変更されないことが分かります。 • 確率密度 後で出てくる波動関数を使えば P = |ψ|2 = ψ ∗ ψ というのが量子力学での確率密度 (probability density) です。これはブラケットにするとどうなっているのか鮮 明にわかります。波動関数の場合とは変わりますが簡単にするために、変数は離散的な場合にします。このと きは、確率密度ではなく確率になります (確率の話をやっていれば分かるように確率密度は連続的な場合に出て きます。統計力学の「ガウス分布」で簡単な話をしています)。 例えばある状態 |ϕ⟩ が規格化されていれば、自乗ノルムに対して離散的な |ϕn ⟩ による完全性を使うことで ⟨ϕ|ϕ⟩ = ∑ ⟨ϕ|ϕn ⟩⟨ϕn |ϕ⟩ = ∑ (⟨ϕn |ϕ⟩)† ⟨ϕn |ϕ⟩ n n = ∑ n 19 |⟨ϕn |ϕ⟩|2 これの ⟨ϕ|ϕ⟩ は規格化されているので ⟨ϕ|ϕ⟩ = 1 となることから ∑ |⟨ϕn |ϕ⟩|2 = 1 n だということになります。これの意味を考えてみるにはΣを外してみるとよくわかり |⟨ϕ′ |ϕ⟩|2 = P ϕ′ は ϕn (n = 1, 2, 3 · · · ) のどれかの値だとします。つまり、この式を状態 ϕ から状態 ϕ′ へ移る確率だと解釈し てやればいいことになります。そうすると状態 ϕ からある適当な状態 ϕ′ へ変化する確率全てを足せば 1 になる とΣのついた式は言ってると解釈することができます。これは確率の原理に矛盾していない結果です。だったら 内積の絶対値の二乗を確率だと解釈してしまおうというのが量子力学の仮定であり、それを担うものを波動関数 と呼ぶことにしています (後で少し補足します)。そしてこれで上手くいっているので、ここの部分に対しては 特に突っ込まずに量子力学は展開していきます (実験と一致してさえいればいいという物理全般の理念のため)。 まとめると、 ⟨B|A⟩ このように書かれているもの (確率振幅) は状態 A からある測定によって状態 B へ変化することを表わし (この ことから遷移振幅と呼ばれたりもします)、これの絶対値の二乗を取ることで状態 A から状態 B へ変化する確 率を表わしています。量子力学の問題は、この変化する確率を求めることが目的となっています。また、注意 として、それぞれの状態は内積の絶対値の二乗をとらなければ確率にならないんですが、規格化された確率と なる自乗ノルムはそれ自体が確率になります。 また、このように確率を定義するとブラケットに任意性があることが分かります。⟨ϕ|ϕ⟩ を計算したものが 物理的な意味を持つために、この結果が変わらなければ |ϕ⟩ は変更してもいいと言うことができます。⟨ϕ|ϕ⟩ は (|ϕ⟩)† |ϕ⟩ なので、θ を実数として |ϕ⟩ ⇒ eiθ |ϕ⟩ としても (eiθ |ϕ⟩)† eiθ |ϕ⟩ = ⟨ϕ|e−iθ eiθ |ϕ⟩ = ⟨ϕ|ϕ⟩ となって、⟨ϕ|ϕ⟩ になります。なので、eiθ をかけても物理は変わりません。このように、|ϕ⟩ には eiθ の任意性 が常にあります。eiθ を位相因子と呼びます。これは複素平面における角度 θ を位相とも呼ぶからです。位相因 子は物理の結果に影響しないので自由に選べて、それによって計算しやすい形に出来たりします。ちなみに、 eiθ |ϕ⟩ の集まり (θ の全ての値による集まり) を射線と言います。 波動関数の場合も簡単に見ておきます。波動関数は 3 次元座標 x と時間 t に依存する関数 ψ(x, t) となってい ます。なので、連続値を持つ座標 x に対する確率密度は P (x, t) = |ψ(x, t)|2 20 と与えられます。そうすると、時間 t において粒子が位置 x と x + ∆x の間にいる確率は |ψ(x, t)|2 ∆x となるので、確率の規格化は 3 次元の全空間積分として ∫ d3 x|ψ(x, t)|2 = 1 となります。これは離散的な場合から連続的な場合への極限を取ることで和が積分になったと思えばいいです。 そして、結果だけ示せば、ある空間 (体積 V ) における確率密度の時間微分は ∂ ∂t ∫ ∫ d3 xP = − d3 x∇ · J V V というものになり (連続の方程式)、この J は確率流密度 (probability current density) とか確率の流れ密度、他 にも単にカレントと呼んだりしています。具体的に書くと、シュレーディンガー方程式では J= ℏ ℏ {ψ ∗ ∇ψ − (∇ψ ∗ )ψ)} = Re[ψ ∗ ∇ψ] 2im im Re は実数部を抜き出すという意味です。このときの確率密度と確率の流れの関係は ∂P +∇·J =0 ∂t という連続の方程式(continuity equation)になります。詳しくは「シュレーディンガー方程式とハイゼンベル ク方程式」を見てください。 • 期待値 量子論においては測定値は確定していなく、確率によって支配されます。その中で測定値がどの程度の値を 持って測定されるのかを見るのが期待値 (平均値) です。 量子力学と全く関係なしに、ある事柄 xn が確率 Pn で現れるとしたとき、その期待値 (expectation value)(確 率を使った平均) は ⟨x⟩ = ∑ ∫ x n Pn = xP (x)dx n と一般的に与えられます (真ん中が離散的、右が連続的)。確率 Pn は ∑ ∫ Pn = 1 , n 21 P (x)dx = 1 と規格化されている必要があります。 これを量子力学に適用したものは、Ô を観測 O に対応する演算子だとすれば ⟨O⟩ = ⟨ψ|Ô|ψ⟩ ∫ ⟨O⟩ = ψ ∗ (x)Ô(x)ψ(x)dx このようになります。ψ(x) は波動関数 (下の波動関数参照)、|ψ⟩ は規格化された任意の状態です。期待値をこ のように表現できるのは、|ϕi ⟩ を Ô の固有状態とすれば、|ϕi ⟩ は完全性を持つことから ⟨O⟩ = ⟨ψ|Ô|ψ⟩ = ∑ Oi ⟨ψ|ϕi ⟩⟨ϕi |ψ⟩ = i ∑ Oi |⟨ϕi |ψ⟩|2 = i ∑ Oi Pi i となっているからです。|⟨ϕi |ψ⟩|2 を、状態 |ψ⟩ に対して観測 O を行った測定値が Oi になる確率だと解釈して います (ある状態 |ψ⟩ から測定値 Oi を観測できる状態 |ϕi ⟩ に移る確率)。これはある状態 |ψ⟩ に観測 O を行う ことで測定値 Oi を取り出し、その観測の固有状態 |ϕi ⟩ を経由して最後の状態へ行くということで、状態 |ψ⟩ か ら観測 O を経由して状態 |ψ⟩ へ行くという変化は確率としてでしか与えられないことを表現しています。そし て、これが量子論的な観測の性質です。理論として予想できるのは測定値の期待値 (もしくはある状態から測定 値が得られる確率) であって、1 回の実験による測定値を的確に予想できません。例えば衝突実験なんかに対し ては、最初の状態 (始状態) から衝突した後の状態 (終状態) への確率を計算したりします。 • 量子条件 ディラックによって与えられた量子条件は、正準変数の組 A, B に対応する演算子 Â, B̂ によって [Â, B̂] = ÂB̂ − B̂  = iℏ という形で書かれます。このような正準変数による交換関係を正準交換関係 (canonical commutation) といい ます。正準共役である 2 つの量の積は エネルギー × 時間 の次元を持ち、最も分かりやす例がエネルギー E と 時間 t の関係です。これに従う量子化 (第一量子化) を正準量子化 (canonical quantization) と言います。 これは古典的なポアソン括弧においては {A, B}P B = ∂A ∂B ∂A ∂B − =1 ∂q ∂p ∂p ∂q となっている関係を演算子としての交換関係に置き換えたものです。q は一般化座標、p は一般化運動量です。 他にも前期量子論でのボーアの量子条件とかあります。 例えば、位置 x とその共役な運動量 p では (解析力学の「ハミルトン形式」参照)、A, B を x, p に置き換える ことで、ポアソン括弧では {x, p}P B = ∂x ∂p ∂x ∂p − =1 ∂x ∂p ∂p ∂x 22 となるので、演算子としての x̂, p̂ に [x̂, p̂] = iℏ という条件を与えます。 このポアソン括弧からの類似が言っていることは、古典論での正準変数 q, p を、量子論においては量子条件 を満たすような演算子に置き換えろというものです (q, p ⇒ q̂, p̂)。これが第一量子化と呼ばれる作業です。特 に、q̂, p̂ を q, −iℏ∂/∂q としたものを指す場合が多いです。これは量子条件 2 の項で出します。 ちなみに、ここではブラケット表記を元にして話を進めているので、古典的な量を演算子化するという流れ (よくあるハミルトニアンを演算化して波動関数に作用させるという流れ) でなく、先にブラケットと演算子を 与えて、その演算子に与える条件として構成していきます。 また、かなり話は変わりますが、重力場を量子化する方法としても正準形式は使われています (ADM 形式や、 それを拡張した Ashtekar 形式によるループ量子重力理論)。 • 量子条件 2 ブラケットの話から量子条件がどういった構造で出てくるのかを見ていきます。まずは、エルミート演算子 とその固有状態の微小変化を起こす演算子による関係を導きます。これによって、一般化運動量の演算子の性 質が分かります。この項では大文字が演算子だとします。 まず、ケットに対して微分を行います。ここで A はエルミート演算子だとするので、a を実数として A|A⟩ = a|A⟩ , ⟨A|A = a⟨A| と作用するとします。ここで、状態 A が A′ = A + ∆A に変化したとし、A′ も A|A′ ⟩ = a′ |A′ ⟩ , ⟨A′ |A = a′ ⟨A′ | となっているとします。このとき ∆a を微小として |A + ∆A⟩ − |A⟩ ∆a という式 (ケットに対する微分) を作り、 D|A⟩ = |A + ∆A⟩ という演算子を作れば D−1 D|A⟩ − |A⟩ = |A⟩ ∆a ∆a そうすると (D − 1)/∆a は演算子と見なせるので、それを K と書くことにして 23 K|A⟩ = D−1 |A + ∆A⟩ − |A⟩ |A⟩ = ∆a ∆a そうすると、D による作用は = |A⟩ + ∆aK|A⟩ D|A⟩ = (1 + ∆aK)|A⟩ なので、D は状態の変化分を作る演算子 K によって D = 1 + ∆aK だということになります。そして、D を作用させることで状態 |A′ ⟩ になるので D|A⟩ = |A + ∆A⟩ = |A′ ⟩ そして、|A′ ⟩ の内積は、⟨A|A⟩ = 1 より ⟨A′ |A′ ⟩ = 1 なので ⟨A′ |A′ ⟩ = 1 = ⟨A|D† D|A⟩ よって、D† D = 1 なので D はユニタリー演算子 (D† = D−1 ) であることがわかります。ユニタリーであるこ とから (1 + ∆aK)† (1 + ∆aK) = 1 ( ) ∆a2 K † K + ∆a K + K † = 0 ∆a は微小量なので ∆a2 項を無視してしまえば、K の関係として ( ) ∆a K + K † K +K † K = 0 = = −K † 次に A と D の交換関係について見てみるために AD|A⟩ = A|A′ ⟩ = a′ |A′ ⟩ 24 DA|A⟩ = aD|A⟩ = a|A′ ⟩ この二つを引き、先ほど求めた D の式を用いることで (AD − DA)|A⟩ = (a′ − a)|A′ ⟩ = ∆a|A′ ⟩ = ∆aD|A⟩ = ∆a(1 + ∆aK)|A⟩ ≃ ∆a|a⟩ ∆a2 項を無視しています。よって AD − DA = ∆a D = 1 + ∆aK を入れれば A(1 + ∆aK) − (1 + ∆aK)A = ∆aAK − ∆aKA = ∆a(AK − KA) から AK − KA = 1 となり、この等式は演算子の関係式という意味で成立しています。つまり、状態 |A⟩ を固有状態とする演算子 A と、状態の微小変化分に当たる演算子 K の交換関係が、この関係になっています。また、演算子が作用する対 象を与えれば、これから見るように実際に成立することが具体的に確かめられます。 このとき、A と K を正準変数による組だとします。両辺に iℏ を書けて、左辺の演算子を一般化座標の演算 子 q̂ と一般化運動量の演算子 p̂ とすることで [q̂, p̂] = iℏ となり、正準変数による正準交換関係となっている量子条件になります。 この条件に従うように q̂, p̂ を決めます。例えば位置と運動量に対応する演算子 x̂, p̂ で表わせば x̂p̂ − p̂x̂ = iℏ このとき、微分が作用する対象がいること前提で 25 x̂ = iℏ ∂ , p̂ = p ∂p とします。そうすると、作用する対象がいるとすれば [x̂, p̂] = iℏ ∂ ∂ ∂p ∂ ∂ p − piℏ = iℏ + iℏp − piℏ = iℏ ∂p ∂p ∂p ∂p ∂p となるので (後ろに作用する対象がいるので、∂/∂p のかかり方がこのようになる)、条件を満たします。もし くは、 x̂ = x , p̂ = −iℏ ∂ ∂x としても [x̂, p̂] = −xiℏ ∂ ∂ ∂ ∂x ∂ + iℏ x = −xiℏ + iℏ + xiℏ = iℏ ∂x ∂x ∂x ∂x ∂x 同じように条件を満たします。というわけで、演算子化された x̂, p̂ の形が分かりました。 このように、量子化と言ったときの作業は、古典的な一般化座標 q と一般化運動量 p を量子条件に従うよう に演算子化することです。大抵は q を q 、p を −iℏ∂/∂x にすることを指し、この置き換えが古典論から量子論 へ移す手続きになります。つまり、正準変数を持つ古典的なハミルトニアン H(x, p) を用意して、それを演算子 化して波動関数 ψ(x, t) に対して Ĥ(x̂, p̂)ψ(x, t) = Ĥ(x, −iℏ∂/∂x)ψ(x, t) (H(x, p) ⇒ Ĥ(x̂, p̂) = H(x, −iℏ∂/∂x)) とすることにあたります。 ブラケット表記を使っているここでは、波動関数の項で見ますが、ブラケットから波動関数の表記に持って いくときの規則になっているという意味合いの方が強いです (ブラケットは最初から演算子による式になって いる)。 また、話の流れから分かるように、運動量は位置の微小変化の生成子 (変化を作るものを生成子と呼ぶ) とし て作用します。実際に上の話が、位置の変化と読めることを見ておきます。K を −ip̂/ℏ とすると、A は位置の x̂ に置き換わるので、∆a は ∆x となり i D = 1 + ∆aK = 1 − ∆x p̂ ℏ i i i (AK − KA = − x̂p̂ + p̂x̂ = − [x̂, p̂] = 1) ℏ ℏ ℏ 運動量演算子 p̂ はエルミート p̂† = p̂ なので、K † = −K になっています。そして、D を位置の固有状態に作用 させると D|x⟩ = |x + ∆x⟩ 26 となるために、p̂ が位置の微小変化を作っていると見れます。よって、運動量演算子は位置の微小変化を作るよ うになっています。このため、量子論では運動量演算子は位置の微小変化を作るという性質を持つことが要求 されます。 ここではどうでもいい話ですが、場の量子論では第二量子化という言葉が出てきますが、ここでの量子化を さらに量子化するとかいう意味ではなく歴史的にそう呼ばれているというものなので、第一や第二という言葉 は誤解を招きやすいです。 • 波動関数 散々形だけ使ってきた波動関数の定義を与えます。ある観測量 A と、その固有状態 |A⟩、そして任意の状態 |ϕ⟩ があったとします。このとき、|A⟩ と |ϕ⟩ の内積 ⟨A|ϕ⟩ によってできる関数 ϕ(A) を波動関数と定義します。 波動関数には、確率による規格化 ∫ dA|ϕ(A)|2 = 1 (A の全区間で積分 ) と、波動関数の導関数は連続であるという条件 (波動関数は滑らかに繋がっている関数という条件) を課します。 また、ϕ(A) の A のことを表示指標と言って、例えば A が運動量 p ならば ϕ(p) となり、運動量表示での波動関 数と呼ばれます。この波動関数とブラケットでの内積の関係というのは、例えば座標 x が連続だとして (x̂ の固 有ケットを |xi ⟩ とする) 完全性による式 ∫ dx |x⟩⟨x| = 1 を挟むことで ∫ ⟨ψ|ϕ⟩ = ∫ dx⟨ψ|x⟩⟨x|ϕ⟩ = dxψ ∗ (x)ϕ(x) このようになり、ブラケットのところで示した関係が出てき、一番右が関数の内積を表わします。これがその まま波動関数の確率解釈となって、全空間で波動関数を積分したら 1 になるというものになり ∫ ∫ ∗ dxψ (x)ψ(x) = dx|ψ(x)|2 = 1 ここから、波動関数を使った観測量 A の期待値は ∫ ⟨A⟩ = ⟨ψ|Â|ψ⟩ = ∫ = dx′ dx′ ∫ ∫ dx⟨ψ|x′ ⟩⟨x′ |Â|x⟩⟨x|ψ⟩ dxψ ∗ (x′ )Â(x′ , x)ψ(x) (⟨x′ |Â|x⟩ = Â(x′ , x)) となります。このときの Â(x′ , x) は、変数が行列の成分を表していると見れば、x 表示での演算子  の行列と 捉えられます。x, x′ は連続値なので行列の Anm でなく関数の変数に入れています。⟨x′ |Â|x⟩ は c 数ですが、行 列は演算子という意味と、この中に微分演算子が含まれていてそれが ψ(x) にかかるように式変形できる場合が 27 あるのでハットをつけたままにしています。Â(x′ , x) は x = x′ のみで値を持ち (対角成分のみを持つ)、デルタ 関数によって Â(x′ , x) = δ(x′ − x)Â(x) と書けるなら ∫ ⟨A⟩ = dxψ ∗ (x)Â(x)ψ(x) Â(x) が微分演算子を含んでいるなら ψ(x) に作用します。 また、観測 fˆ に対応する固有ケットの集まりである |fi ⟩ (i によって区別される固有値 fi が出てくる ) fˆ|fi ⟩ = fi |fi ⟩ での内積は正規直交関係を満たすようにしているので (固有値 fi は離散的だとする) ∫ ⟨fi |fj ⟩ = ∫ dx⟨fi |x⟩⟨x|fj ⟩ = dxfi∗ (x)fj (x) = δij 次に波動関数を作るときの置き換えの規則を求めます。位置表示での波動関数 ϕ(x) を作る時に、状態 |ϕ⟩ に 運動量 p と位置 x の演算子を含む演算子 A(p̂, x̂) がかかったものに ⟨x| をつけた ⟨x|A(p̂, x̂)|ϕ⟩ というのを考えます。このとき、x̂ は ⟨x| に作用して x になりますが、p̂ がどうなるのかが不明です。量子条 件から、波動関数に作用する正準変数の演算子化が行われることを考えれば、p̂ = −iℏ∂/∂x になり、外に出て ⟨x|ϕ⟩ = ϕ(x) に作用すると予想できます。これをちゃんと見てみます。 量子条件の最後で出てきた、位置を微小変化させる演算子 D は i D|x⟩ = |x + ∆x⟩ , D = 1 + ∆aK = 1 − ∆x p̂ ℏ となっています。このときの、x̂, p̂ は [x̂, p̂] = iℏ に従っています。この D を |ϕ⟩ に作用させて、完全性を挟み 込むと ∫ D|ϕ⟩ = dx′ |x′ ⟩⟨x′ |D|ϕ⟩ = ∫ dx′ |x′ ⟩(⟨x′ |D)|ϕ⟩ = ∫ dx′ |x′ ⟩⟨x′ − ∆x′ |ϕ⟩ x は連続値なので積分になり、D の作用は ⟨x − ∆x| = ⟨x|D = (D† |x⟩)† = |x − ∆x⟩† (D† = 1 − ∆aK) となることを使っています。そうすると、波動関数として ϕ(x′ − ∆x′ ) が出てくるので、これを通常の関数の展 開 (今は x のみが変数ですが一般的には他の変数も出てくるので偏微分にしておきます) 28 ϕ(x′ − ∆x′ ) = ϕ(x′ ) − ∂ϕ(x′ ) ∆x′ ∂x′ に対応するようにすれば ∫ dx′ |x′ ⟩⟨x′ − ∆x′ |ϕ⟩ = ∫ dx′ |x′ ⟩(⟨x′ |ϕ⟩ − ∆x′ ∂ ⟨x′ |ϕ⟩) ∂x′ そうすると i D|ϕ⟩ = (1 − ∆x p̂)|ϕ⟩ ℏ なので i ⟨x|(1 − ∆x p̂)|ϕ⟩ = ℏ ∫ dx′ ⟨x|x′ ⟩(⟨x′ |ϕ⟩ − ∆x′ ∂ ⟨x′ |ϕ⟩) ∂x′ i ∂ ⟨x|ϕ⟩ − ∆x ⟨x|p̂|ϕ⟩ = ⟨x|ϕ⟩ − ∆x ⟨x|ϕ⟩ ℏ ∂x ⟨x|p̂|ϕ⟩ = − iℏ ∂ ⟨x|ϕ⟩ ∂x となります。これは p̂ が何個あっても同様にできるので ⟨x|p̂n |ϕ⟩ = (−iℏ)n ∂n ⟨x|ϕ⟩ ∂xn この結果を使うことで、演算子 A に含まれる p̂ は波動関数への微分演算子として ⟨x|A(p̂, x̂)|ϕ⟩ = A(−iℏ ∂ ∂ , x)⟨x|ϕ⟩ = A(−iℏ , x)ϕ(x) ∂x ∂x と置き換えられます。量子条件 2 の最後に触れたように、[x̂, p̂] = iℏ のもとで、x̂ を x、p̂ を −iℏ∂/∂x にするこ とでブラケットから波動関数の表記に移っています。 ここで注意があります。任意の状態 |ϕ⟩ だけだと現実の代数計算ができないために観測量と対応がとれる状態 との内積を取ることで、その観測量を変数とする関数として波動関数は作られています。なので、⟨x|p⟩ のよう な両方とも連続的 (離散的でも) な観測量である場合は特殊で、波動関数と呼ばずに変換関数とか呼びます。な んでかというと、上の式を |ϕ⟩ から運動量の固有状態 |p⟩ に変えて、演算子も運動量 p̂ のみにして解いてやると (右辺は波動関数での微分演算子に、左辺はブラケットでの演算子として固有値 p を取り出す) p⟨x|p⟩ ⟨x|p⟩ d ⟨x|p⟩ dx i = C exp[ xp] ℏ = −iℏ 29 となっており (C は積分定数)、そして、運動量表示の波動関数は ∫ ϕ(p) = ⟨p|ϕ⟩ = ∫ dx⟨p|x⟩⟨x|ϕ⟩ = dx⟨p|x⟩ϕ(x) ∫ i = C dx exp[− xp]ϕ(x) ℏ (⟨p|x⟩ = (⟨x|p⟩)† ) ということから分かるように、位置表示と運動量表示を変換するものとなっているからです。記号を変えてい ませんが ϕ(p) の変数を x にしたものが ϕ(x) ではないです。区別を明確にするなら ϕ̃(p) のようにして書く必要 がありますが、区別しないで ϕ(p), ϕ(x) と書くことが多いです。 • 不確定性原理 エルミート演算子 x, y に対する < ∆x2 >< ∆y 2 >≥ 1 | < [x, y] > |2 4 というのが不確定性原理 (uncertainty principle) の一般的な形で (不確定性関係とも言われます)、ロバートソ ンの不等式とも呼ばれます。< > は期待値です。この式での ∆x, ∆y は ∆x = x− < x > , ∆y = y− < y > と定義され < ∆x2 >=< (x− < x⟩)2 >=< x2 > − < x >2 , < ∆y 2 >=< y 2 > − < y >2 √ √ < ∆x2 >, < ∆y 2 > を分散、 < ∆x2 >, < ∆y 2 > を標準偏差と呼び、分散は期待値からのばらつきを表わ しています。この x, y を位置 x と運動量 p にして、演算子として計算されたものが < ∆x2 >< ∆p2 >≥ ℏ2 4 というよく言われるハイゼンベルク (Heisenberg) の不確定性原理の形になります。ただし、ハイゼンベルクが 示した不確定性原理の意味はこれとは異なっていて (ハイゼンベルクは測定の誤差と測定による擾乱に対する 関係として与えていた)、この不等式はケナードによって示されました (そのためケナードの不等式とも呼ばれ る)。また、この時3次元空間を考えて、位置が x 成分で、運動量が py のように y 成分であるとすれば、不確 定性原理は適用されず同時決定することが可能です。この不確定性原理によって、量子論では現実的に無茶だ と思えるような発想を可能とさせています。 大雑把に不確定性原理を証明していきます。シュワルツ (Schwarz) の不等式と呼ばれる < ∆x2 >< ∆y 2 >≥ | < ∆x >< ∆y > |2 30 というのが証明するために大事なものです。∆x, ∆y は演算子です。右辺の絶対値部分をいじってやると < ∆x >< ∆y > = = = = < ∆x >< ∆y > − < ∆y >< ∆x > + < ∆x >< ∆y > + < ∆y >< ∆x > 2 < [∆x, ∆y] > + < {∆x, ∆y} > 2 < [x− < x >, y− < y >] > +{< ∆x >, < ∆y >} 2 < [x, y] > < {∆x, ∆y} > + 2 2 x− < x >, y− < y > の交換関係は < x >, < y > はただの数なので [x, y] になります。{ } は反交換関係です。 交換関係を見てみると、x, y がエルミート演算子 x = x† , y = y † なので < [x, y]† >=< (xy − yx)† >= − < (xy − yx) >= − < [x, y] > 期待値 < x >= ⟨ψ|x|ψ⟩ はただの複素数で、xy − yx が作用した状態を |ψ ′ ⟩ = (xy − yx)|ψ⟩ , ⟨ψ ′ | = |ψ ′ ⟩† = ((xy − yx)|ψ⟩)† = ⟨ψ|(xy − yx)† として、⟨ϕ|ψ⟩ = ⟨ψ|ϕ⟩∗ を使えば (⟨ψ|(xy − yx)|ψ⟩)∗ = (⟨ψ|ψ ′ ⟩)∗ = ⟨ψ ′ |ψ⟩ = ⟨ψ|(xy − yx)† |ψ⟩ となっているので、< [x, y]† >=< [x, y] >∗ となります。よって、複素共役でマイナスがつくために < [x, y] > は純虚数です。同様にすると、反交換関係では符号が反転しないので、< {∆x, ∆y} > は実数です。そうする と、実数 a, b によって < [x, y] >= ib, < {∆x, ∆y} >= a として、絶対値を取ったとき | < [x, y] > + < {∆x, ∆y} > |2 = |a + ib|2 = a2 + b2 ≥ b2 = | < [x, y] > |2 なので < [x, y] > < {∆x, ∆y} > 2 1 ≥ < [x, y] > 2 + 2 2 2 よって 1 2 < ∆x2 >< ∆y 2 >≥ < [x, y] > 2 という関係を導くことが出来ます。 シュワルツの不等式を直接使わなくても導けます。∆x とする必要はないので、不確定性原理をエルミート演 算子 A, B とブラケットを使って 31 ⟨ψ|A2 |ψ⟩⟨ψ|B 2 |ψ⟩ ≥ 1 |⟨ψ|[A, B]|ψ⟩|2 4 と書くことにします。実数 a による a2 ⟨ψ|B 2 |ψ⟩ − a⟨ψ|i[A, B]|ψ⟩ + ⟨ψ|A2 |ψ⟩ という式を、演算子は交換しないことに注意して変形していくと a2 ⟨ψ|B 2 |ψ⟩ − a⟨ψ|i[A, B]|ψ⟩ + ⟨ψ|A2 |ψ⟩ = ⟨ψ|(a2 B 2 − ai(AB − BA) + A2 )|ψ⟩ = ⟨ψ|(A + iaB)(A − iaB)|ψ⟩ = |(A − iaB)|ψ⟩|2 ≥ 0 最後へは A, B がエルミート演算子なので (A − iaB)|ψ⟩ = |ψ ′ ⟩ , ((A − iaB)|ψ⟩)† = ⟨ψ|(A + iaB) = ⟨ψ ′ | ⇒ ⟨ψ ′ |ψ ′ ⟩ ≥ 0 となることを使っていて、ブラケットの内積の定義 ⟨ϕ|ϕ⟩ ≥ 0 を使っています。このように 0 以上の実数でなけ ればいけないことが分かります。そして ⟨ψ|A2 |ψ⟩ = ⟨ψ|AA|ψ⟩ = ⟨ψ|A† A|ψ⟩ = |A|ψ⟩|2 から第一項と第三項は実数なので、⟨ψ|i[A, B]|ψ⟩ も実数です。そうすると、a の 2 次不等式に対する判別式から (⟨ψ|i[A, B]|ψ⟩)2 − 4⟨ψ|A2 |ψ⟩⟨ψ|B 2 |ψ⟩ ≤ 0 ⟨ψ|[A, B]|ψ⟩ は純虚数なので、⟨ψ|[A, B]|ψ⟩ = ic と表すと (⟨ψ|i[A, B]|ψ⟩)2 = −(⟨ψ|[A, B]|ψ⟩)2 = −(ic)2 = c2 そして ⟨ψ|[A, B]|ψ⟩ の絶対値は c2 なので |⟨ψ|[A, B]|ψ⟩|2 − 4⟨ψ|A2 |ψ⟩⟨ψ|B 2 |ψ⟩ ≤ 0 後は A, B を ∆x, ∆y にすれば同じになります。 ちなみに、古典論の運動方程式は初期条件さえ与えてしまえば、粒子の未来の動きを記述することができると いうのは力学で勉強するとおりです。つまり、未来の動きを記述するのに必要な情報が確定しているということ 32 です。対して、量子論では不確定性原理によって、例えば運動量と位置を同時に確定した情報として入手する ことができない、言い換えれば古典論に比べて必要な情報が欠如していることになります。このことが未来の 動きは確定した情報として得られずに、確率的にしか分からないということのもっともらしい理由になります。 • 時間とエネルギーの不確定性関係 運動量と位置や角運動量と角度のような場合と違って、時間による不確定性を構成することは上の方法では できなく、意味も少し違っています。その原因は時間が状態のパラメータであって、運動量、位置、ハミルト ニアンといった観測量とは異なった扱いをしているからです。実際に、ある系のエネルギーを観測したときに、 エネルギーのばらつきと観測時間との間には不確定性関係は現れず、同時決定は可能になっているようです。 こういった事情があるんですが、時間とエネルギーの不確定性原理として ∆E · ∆t ≥ ℏ 2 このようなものが存在します (期待値の < > を外して書いています)。このときの ∆E は見ている系のエネル ギー期待値 < E > からのばらつきで、∆t はその系のある観測量が変化したと考えられる時間間隔です。∆t の 意味は言い換えると、∆t より少ない時間間隔で測定してもその観測量の変化は観測されないということです。 というわけで、この不確定性関係は、系においてある観測量が変化するのを見るには、観測時間が ℏ/2∆E 以上 でなければいけないということを表現しています。言い換えると、系がばらつき ∆E 以内のある状態 (例えば、 エネルギー E の状態) であることを観測で決定するには、観測時間が ℏ/2∆E 以上必要であるということです。 また、もし ∆E = 0 という状況であれば、その系の時間間隔は無限大になり、確定した状態 (定常状態) となり ます。 この時間とエネルギーの不確定性関係の応用として代表的なものは不安定粒子の寿命 (崩壊するまでの時間) で、エネルギー準位の差が ∆E での不安定粒子の寿命 τ は大雑把に τ ∼ ℏ/∆E 程度と見積もられます。このこ とから、寿命の短い粒子は可能なエネルギー範囲が広く、寿命の長い粒子は可能なエネルギー範囲が狭くなっ ていると考えられます。 時間とエネルギーの不確定性関係の導出を簡単に見ておきます。ハイゼンベルクの運動方程式 (「シュレー ディンガー方程式とハイゼンベルク方程式」参照) から、ある観測量 A の期待値 < A > に対して iℏ d<A> =< [A, H] > dt A は演算子で時間に依存し、H はハミルトニアン演算子です。で、通常の不確定性関係から、この演算子 A と H は 2 1 < ∆A2 >< ∆H 2 >≥ < [A, H] > 2 これにハイゼンベルクの運動方程式を入れれば < ∆A2 >< ∆H 2 >≥ 1 d < A > 2 iℏ 4 dt ≥ 1 2 d < A > 2 ℏ 4 dt 33 < H > はエネルギーに対応しているものなので E として (「シュレーディンガー方程式とハイゼンベルク方程 式」参照)、見やすくするために < ∆A >= ∆A と書くことにすれば ∆A · ∆E ≥ 1 d < A > ℏ 2 dt ここで、時間の次元を持った ∆A ∆t = d<A> dt というのを定義してみます。そうすると、 d < A > ∆t = ∆A dt これより ∆t は、ある観測量 < A > の時間変化が、観測量 A の期待値 < A > からのばらつき ∆A になるのに 必要な時間間隔だと見ることが出来ます。つまり、時間 ∆t だけ経てば、ばらつき ∆A ぐらい期待値 < A > が 変化するということです。ばらつきを超えることから、観測量が変化したことになるので、∆t はある観測量 A が変化するのに必要な時間 (系が変化するのに必要な時間) であると考えられます。ということで、時間とエネ ルギーの不確定性関係 ∆t · ∆E ≥ 1 ℏ 2 が求まります。 • シュレーディンガー描像・ハイゼンベルク描像 状態に時間依存を持たせる見方をシュレーディンガー描像 (表示)、演算子に時間依存を持たせる見方をハイ ゼンベルク描像 (表示) と言います。ちなみに、描像という言葉は物理用語のようで、国語辞書に載ってないで す。より詳しいことは「シュレーディンガー方程式とハイゼンベルク方程式」参照 • ヒルベルト空間 量子力学での数学的な構造は無限次元ヒルベルト (Hilbert) 空間と呼ばれるものによって表されているので、 それについて簡単に数学的なことを無視して概要部分を説明します。大雑把に言えば、ヒルベルト空間はユー クリッド空間を拡張 (抽象化) したものです。そして、ブラケットからユニタリーの項までにした話が成立して いるのがヒルベルト空間です (特に直交、完全、完備の項)。ヒルベルト空間はフーリエ解析や偏微分方程式を 扱うときにも出てくるので、そういった話で初めて出会う人もいると思います。 量子力学の理論構造を本質的に知ろうと思うとヒルベルト空間の勉強をするはめになります (一般相対論を本 気でやるとリーマン幾何学をちゃんとやることになるのと同じ)。例えばシュレーディンガー方程式を解くこと は、ヒルベルト空間上で偏微分方程式を扱うという話になります。 量子論で必要なのは、フーリエ級数展開 (重ね合わせの原理) と確率解釈です。この 2 つを可能にしているの がヒルベルト空間です (何かの集まりという意味で空間という単語が使われます)。つまり、 34 (i) : ψ(x) = ∑ an ϕn (x) n ∫ ∞ (ii) : −∞ dx |ψ(x)|2 < ∞ を満たしている関数 ψ の集まりがヒルベルト空間です (ϕn は完全正規直交系、an は展開係数)。(i) はフーリエ 級数展開そのものです。(ii) は積分の結果が無限大でなければ適当な規格化定数によって積分の結果を 1 に出来 るので、確率解釈に必要です (フーリエ変換ができるためにも必要)。(ii) を満たす関数を自乗可積分関数 (square integrable function) と呼びます。また、(ii) が成立するためには ψ(x) が ±∞ で 0 に近づけばいいので、ψ(x) は ±∞ で 0 になると出来ます。というわけで、波動関数 ψ はフーリエ級数展開できて、|ψ|2 の積分が 1 になる という量子力学の導入部分で出てくる話になります。 ちゃんとは触れませんが、関数はベクトルという点に注意してください。これはベクトルの定義は和や定数 倍とかによって与えられていることと、関数の和や定数倍は定義できることから分かると思います (数学的な抽 象化されたベクトルの概念に関数は含められる)。このためベクトル空間 (ベクトルの集まり) であるヒルベルト 空間を関数で構成できます。そして、(ii) を満たす関数の内積は ∫ ∞ −∞ dx ψ1∗ (x)ψ2 (x) の形で与えられます。内積はベクトルから実数 (複素数) を作る操作のことなので、関数から実数 (複素数) を作 るという意味で内積です。 ヒルベルト空間のもう少し詳しい定義を与えておきます。どちらでも同じですが、関数でなく感覚的に分かり やすいブラケットで言っていきます。まず、ベクトル空間を用意します。次に、内積はブラケットによる ⟨A|B⟩ で与え (一般的にはブラとケットの概念である必要はない)、0 同士でないノルムは必ず正の値になること、そし て完備である、という条件を持たせます。これらの条件を持たせることによって、重ね合わせの原理を満たす 空間を作ることができ (全ての状態を重ね合わせても無限大に発散せず収束する)、この条件を満たす、つまり、 内積と重ね合わせの原理が保証されるベクトル空間をヒルベルト空間と呼んでいます。数学的に端的に言えば、 完備な内積空間 (内積が定義されたベクトル空間) をヒルベルト空間と定義するということです。ちなみに内積 だけを定義して完備性を加えないものを前ヒルベルト空間と呼びます。実数のみが使われるなら実ヒルベルト 空間、複素数が使われるなら複素ヒルベルト空間と呼ばれます。量子論は複素ヒルベルト空間で考えられます。 無限次元をとる理由は、3 次元空間は x, y, z という 3 方向を向いたベクトルに構成されるのに対して、無限個 の状態を x, y, z 軸のようにして扱いたいからです (状態が無数にあれば無限個必要になる)。これによって、状 態を表すケット |a1 ⟩, |a2 ⟩, · · · を基底として扱い、それらに完全性を満たさせることで重ね合わせを実現させて います (3 次元ベクトル空間での、aex + bey + cez = d (e は基底) という表現の拡張版です)。 このように状態を表すブラケットがユークリッド空間のベクトルと同じ性質なために単純に無限次元へ拡張 されたユークリッド空間として扱える上に、重ね合わせの原理も受け入れやすいことが、相対論と違い背景の 数学を気にしないでもどうにかなる理由です。 先に見たように関数でもヒルベルト空間は作れます (関数の内積が定義でき、完備にできる)。なので、ブラ ケットと波動関数のどちらを使うかはヒルベルト空間をどちらで作っているかの違いです。物理では関数 (波動 関数) を使うと便利ですが、数学的にヒルベルト空間上の関数を扱うにはルベーグ積分が必要になるので面倒で す ((ii) をリーマン積分で与えると完備にならないから)。 また、ブラケットの項で、ヒルベルト空間の状態に演算子を作用させて測定値を取り出すということから、ヒ ルベルト空間の状態を観測する対象のように言いましたが、ヒルベルト空間上の状態は抽象的なものです (ユー クリッド空間で表現される力学のような直接的な現実の状態とはなっていない)。 35
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