あの日の選択 ID:103059

あの日の選択
紺南
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︻あらすじ︼
学園黙示録の世界にオリキャラ一人ぶちこみました
凡人な彼が色々迷う話です
目 次 あの日の選択 │││││││││││││││││││││
1
あの日の選択
ひょっとして 僕は夢を見ていたのではないか。
最近、不意にそう思うことがある。
かつて栄華を誇った人間社会は、少なくとも僕の周りでは崩壊の一
途をたどっている。
僕らを縛っていた法律は今や形骸化して、それでもその縛りを良し
とする人たちのせいで、僕の行動は否応なく制限される。
殺してはダメだという道徳と殺さなければ生きられないと言う現
実。
その二つの間で揺れ動き、あるいは上手く順応できる人間だけが生
き残ることが出来る。
どちらか片方に固執した人間は、僕の知る限り死んでしまった。
その、いわば弱肉強食の世界で、今目の前にある現実を受け止めて
の存在がその名残を儚く消し去ってしまう。
てしまっている。
それはいけないことなのか、それとも当然のことなのか。
僕には判断が出来ないけれど、悩む暇もなく僕はこの世界で生きて
いかなくてはいけない。
いつの日か、答えを突きつけられる日が来るのだろうと、僕はその
日を待ち遠しく思って、今日もこの死にかけの世界を生きていく。
終わった日の前日、僕は特別に何かしたというわけでもなくただい
つも通りに過ごしていた。
1
しまって、過去のあの平和の世界こそが夢だったのではないかとそう
思ってしまう。
奴ら
あの頃の名残は血や泥にまみれて外に広がっているけれど、そこを
這う
"
強烈な死臭と死体と、死と共に襲い掛かる現実に今や完全に順応し
"
部活動に励むでもなく、勉学に励むでもなく、怠惰に、あるいは漫
然とその日その日を生きていた。
この平和の世界が突然終わってしまうなど、よもや思いもよらず与
﹂
﹂
えられる日を享受して、後悔などとは無縁の社会で生きていた。
﹁佐々木先輩
﹁はいはいっ⋮⋮と
遠くから呼びかけられる。
同時に死角からのびてきた腕を何とか凌いだ。
腕の先には、ゾンビと言うにふさわしい風体の生徒たちがいる。
それから目を離し、僕は走る。
目的地は駐車場のマイクロバス。
こんな状況になって、学校から逃げようと職員室で相談した結果、
手っ取り早い移動手段として採用されたものだ。
奴らは音に反応する。音を出さずに移動する必要があった。
スニーキングミッション。
というにはあまりに未熟でお粗末な僕らは、結局静かに移動するこ
佐々木君﹂
﹂
ともままならず意図せず鳴り響いた金属音に、一目散に駆け出してい
た。
﹁大丈夫か
﹁大丈夫だよ毒島さん。⋮⋮それよりも﹂
木刀を片手に僕を援護してくれる彼女。
助ける
僕は遠くに見えた一団を指さしてその存在を教えた。
﹁⋮⋮あれは﹂
﹂
﹁生き残りの生徒と、先頭は先生だね。⋮⋮どうする
﹁反対なのか
﹁助ける義理はないと思うよ﹂
﹁こんな世界だ。助け合いだよ、佐々木君﹂
言われてみれば一理あると納得する。
助けてもらって当たり前なのだと、そう思う人間もこの世界には少
はない。
助けてみて、そのことに恩を感じてもらえるならそれに越したこと
?
2
!
!!
?
?
?
なからず居るのが悩みどころだけど。
僕は周囲を警戒する毒島さんをその場に残して、バスに乗り込む。
﹂
僕が正面の奴らを出来るだけ殴ってきますから、先輩
﹁小室君、なんかいっぱい来たよ﹂
﹁助けます
はバスに乗っていてください
﹁そう﹂
間断なく飛び出して行った後輩の背中を見送って、その背中を憎し
みすら籠った怒気で突き刺すもう一人の後輩が気になった。
先ほどまで仲良く共に行動していたはずの彼女の変わりようの理
由は、今年度初めに流れていた噂と合わさって何となく推測できるけ
れど、それに対して僕ごときが何をできるでもないと、諦めて席に着
いた。
やがて辿り着いた新しい生存者たち。
それは結構ギリギリな到着で、彼らを収容するや否やバスは走り出
す。
奴らを轢き、フロントガラスを赤く染めながら走り出したバスの
中、安堵の籠った息を多数の生徒が吐く中で、唯一冷静に事態を眺め、
不気味な笑みを浮かべる紫藤先生の姿が異質に存在感を見せつけて
いた。
ど う で
私は教師で
﹁集 団 に は 目 的 が、そ れ 以 上 に リ ー ダ ー が 必 要 な の で す
しょう皆さん、ここは私に従ってはいただけませんか
!
﹂
!
そうこうする内に、この現状に耐え切れなくなった後輩が一人、感
完全に後部の生徒たちにのっとられてしまった形だ。
前部と後部に大きくグループ分けされたバス。
では拍手の音が鳴り響いた。
御大層な演説を受けて、いつの間にか多数決を採用していたバス内
やこの場の全員を安全な場所まで送り届けると約束しましょう
あり、ここに居る皆さんよりはるかに経験を積んだ年長者です。必ず
?
3
!
!
﹂
﹂
情の赴くままにバスから飛び出した。
﹁おい、麗
﹁止めないで
奴ら
﹁小室君
が音に反応すると分かっているのに、いつまでもそんなと
﹂
宮本君
﹂
!
!
無事です
!
君たちはどうする
﹂
!?
床主東警察署に夕方6時に 今日が
!
﹁こちらの道は塞がれた
﹁あとで落ち合いましょう
﹂
!
﹁鞠川校医、こちらの道はもう無理だ。迂回を﹂
毒島さんも小室君もリーダーの気質を備えている。
する。凄いなと率直に思った。
咄嗟に必要なことだけを交わす判断力は大したものだと僕は感嘆
無理なら明日同じ時間に
!
!
二人とも無事なようだとバスの中の空気が弛緩する。
毒島さんの呼び掛けに燃えるバスの向こうから声がした。
﹁ここにいます
﹂
慌てて、毒島さんが外へと駆け出す。
轟音が鳴り響き、一瞬の沈黙の後に爆発炎上した。
バスは二人を掠って街路樹に激突。
て地獄絵図だった。
中の惨状はフロントガラスからいくらでも窺い知れて、端的に言っ
見ると、丁度後輩二人目がけてバスが一台突っ込んできていた。
運転席に座っていた鞠川先生が唐突に叫ぶ。
﹁危ない
と、その時。
僕らは立ち上がる。
彼女は僕の視線に気づいて頷いた。
毒島さんを見る。
ころにいられるはずもない。
言い争う二人。五秒、十秒と過ぎて決着はつかない。
見ながら、小室後輩とのやり取りを窓から眺める。
この状況でああまで簡単に外に出られる彼女を称賛のまなざしで
!
!!
"
!!
!
4
"
﹁わかったわ﹂
バスは急発進。
バックでその場を離れる。
火の中で燃えてなお蠢く奴らの姿がだんだんと遠ざかっていった。
﹁それでね、この間私の所に性交渉の相談に来た子がいて││││﹂
﹁最近の学生は進んでますね﹂
小室君らとの待ち合わせ場所の警察署。
そこへ行くのには川向うに渡らなければいけない。
御別川を渡るための橋は二つ。
その一つ、御別橋は警察によって規制が掛けれらていて、恐ろしい
ほどの渋滞が発生していた。
何時間経ってもまったく進まないため、僕は暇つぶしに鞠川先生と
お話しすることにした。
最初は色恋に盛り上がった僕らの話しは、いつの間にかエッチい方
面に加速し始め、今は教師の守秘義務関係なくぶっちゃけたお話を聞
かせてもらっている。
生徒間、教師間あるいは生徒と教師の間で色々とあったようだ。
知りたくなかったことだ。もう秘密にする必要のなくなったこと
でもある。
ほとんど生きてはいないだろうから。
会話の合間に後ろを振り返った。
そこでは紫藤先生が先の演説に続き素晴らしいご高説を垂れ流し
ているようで、それを拝聴する生徒の目は教信者のそれだった。
弱っている所につけ込み優しく手を差し伸べる。
ナンパの手法そのままの手口に、あの先生はよほどのプレイボーイ
なのかと疑ってしまう。
顔を見る限りそうではなさそうだが、服装を見る限りその片鱗が垣
間見えてどう決めつけたものかと迷ってしまう。
5
こういう時は都合の悪い方に決めつけるべきだと、何となくそう
思った。
﹁私自身も何度か生徒に告白されたことがあるけれど、やっぱり教師
と生徒の関係だからそういうのはご法度なの。でもだからって出会
いがある職場と言うわけでもなくてね。彼氏もいないし最近は忙し
くて合コンとかも││││﹂
﹁先生﹂
﹂
﹂と言葉いらずに問いかけてきた。
熱中している所悪いとは思うけど遮る。
鞠川先生は小首を傾げて﹁なに
﹁この橋、この調子じゃ渡れませんね﹂
﹁ええ。そうみたい﹂
﹁後ろの人たち、何だか怖いと思いません
変わらず、優しい言葉を蜜の様に大盤振る舞いの紫藤先生。
それに群がり、安心と言う幸福で悦楽に浸る生徒たち。
傍から見て気持ち悪いと言うのが僕の感想だけど、鞠川先生も似た
感想を抱いたようだ。
頬を引き攣らせて愛想笑いをした。
﹂
﹁僕はあの怖い人たちと一緒に行動する気はなくなりました。すぐに
でもバスを降ります。その時、先生も一緒に降りませんか
﹁え、でも⋮⋮﹂
僕の提案に、先生は不安げに顔を曇らせた。
僕は後列に座っていた毒島さんを呼びかけた。
当然の反応だと思う。
人っきりで行動するのもちょっと⋮⋮﹂という考えだろう。
多分﹁私も紫藤先生と一緒に行動するのは嫌だけど、佐々木君と二
方を気にしている。
その眼の動きは紫藤先生ではなく、毒島さんや平野君、高城さんの
うーん⋮⋮。と先生は思料した。
れないんですよ﹂
らね。だから、どの道こんな動かないバスにいつまでも乗ってはいら
﹁僕は小室君たちと合流しようと思ってます。あの二人が心配ですか
?
6
?
?
﹁毒島さんちょっといい
﹁どうした﹂
﹂
﹂
他に聞こえないように声を潜める。
﹁小室君と合流するつもりは
﹁無論あるとも﹂
﹁じゃあ一緒に行こう﹂
﹂
?
﹁なによ
﹂と口が動く。
高城さんが僕らに気づいて険しい顔つきに眉を寄せた。
紫藤先生の話も聞いていないし、誘わない手はない。
るようだ。
二人とも年下。学校でのやり取りを見るに小室君らとも交友があ
眠っている平野君とその隣に座り難しい顔をしている高城さん。
三人で一斉に顔を向ける。
﹁では、彼らも迎えよう﹂
﹁他に行きたい人がいるなら誘うつもりだよ﹂
﹁ふむ⋮⋮構わないが、降りるのは我々だけかな
それらを説明。毒島さんは顎に手を置き考え込んだ。
いと言う事。
バスを降りるつもりだと言う事、どうせなら誰かと行動した方がい
?
鞠川先生と毒島さんが同意して頷いた。
荒々しくバスから降りる。
無理くりにドアを閉めたことでようやく息が付けた。
鞠川先生の安堵の吐息が耳に聞える。
校医、つまり医者の肩書はこの数時間で凄まじく希少になってし
まった。
紫藤先生にしても喉から手が出るほど欲しい人材だったらしい。
そのねちっこい勧誘にはいかに同性と言えども多少の身の危険を
感じた。
7
?
﹁一先ず、このメンバーかな﹂
?
﹁降りて正解﹂
﹁正解も何も降りる以外に回答はないわ。それ以外を選ぶのはただの
馬鹿よ﹂
高城さんの辛辣な言葉に苦笑が漏れる。
バスに残った人たちは弱ってる所に優しくされてコロッと行って
しまった人たちだから、少しは優しくしてほしいと思う。
まだ、彼らのほとんどは何もしていない。
僕はバスを見上げる。こちらを見る子と目が合った。
彼女は目を逸らした。
﹁それよりこの先ね。橋は渡れないし。もう一つの橋も同じかしら﹂
﹁たぶん同じだと思います。そうしないと規制してる意味がないし﹂
後輩二人の冷静な分析。
それを踏まえ素直に考える。
﹁じ ゃ あ 小 室 君 た ち も こ っ ち に い る ね。探 そ う か。日 が 暮 れ る ま で
﹂
道の先を指さす。
ちょうどあちらも僕らを見つけたようだった。
二人ともバイクを降り、駆け寄ってきていた。
8
に﹂
腕時計を見るとすでに午後四時。
もたもたしているとすぐに日が暮れてしまう。
﹁それもいいけど、今晩の宿も探さないと。視界の悪い中外を歩くの
は御免だわ﹂
﹂
﹁近くに城がある。籠城はどうだろうか﹂
﹁⋮⋮本気で言ってる
﹁まさか﹂
﹁は
﹁⋮⋮おっと、早くも見つけた﹂
遠くにバイクのエンジン音が聞こえた。
平野君が苦笑して鞠川先生がくすくす笑っている。
毒島さんのユーモアに高城さんが閉口した。
?
﹁小室君と宮本さん。無事みたいだね﹂
?
宮本さんが一目散に鞠川先生に飛びつく。
理由はこの中で一番年上だからか、同性だからか。
とにかく鞠川先生を見て安心したようだ。
再会の抱擁を交わす二人を尻目に小室君と言葉を交わす。
﹁無事で何よりだね﹂
﹁先輩も﹂
男同士だからかそれほど感傷的にはならない。
思うのは、言葉通りお互い生きてて良かったねぐらいだ。
それは平野君も同じらしい。
小室君は毒島さんには少し頬を染めて同じことを言っていた。
こちらへはより本気で生存を喜んでいそうだ。
﹂
﹂
﹁思っていたより時間はかからなかったけど、それでももう夕暮れだ。
さて、どうする
全員に問いかける。
それを見て、小室君を顎でしゃくる。
9
﹁渡河の方法は⋮⋮﹂
﹁上流に行くか、無理にあれ突破するか﹂
﹁時間もない。すぐにでも結論を出さなければ﹂
全員黙って小室君を見ている。
彼は目を伏せて考え込む。
出した結論は││││。
﹁今日は、もう休もう﹂
その結論にみんな笑った。
突然変わった世界に全員が疲弊していた。
当然と言えば当然の結論だ。
﹁じゃ、次は何処で休むか。心当たりある人いる
﹁あ、私が﹂
鞠川先生が手を挙げた。
可愛らしい仕草だった。
おっきな車もあるの﹂
?
高城さんが全員に目配せ。誰も何も言わず異論はない。
﹁近くに友達の家あるから、そこはどう
?
?
﹂
彼は真剣な表情で問いかけた。
﹁場所はどこです
場所は川沿いに建つメゾネットだった。
そこを制圧した後、男女に別れ女性陣は入浴。
男性陣は家捜しをすることになった。
﹂
﹁それにしても⋮⋮﹂と小室君が金庫をこじ開けながらぼやく。
﹁どうして一般家庭に銃弾があるんだ
あった。
﹁手伝い必要
﹂と聞いてみれば、
﹁⋮⋮まあいらないかな﹂と返答が
彼らは﹁手伝ってくださいよ﹂と小言を言う。
枕元の目覚まし時計をいじくって、時にアラームを鳴り響かす僕に
普通じゃないのはどっちだろうと思った。
面目に聞く小室君。
﹁この金庫はこの開け方が一番││││﹂などと指導する平野君と真
僕はその二人を見ながらベッドに横になっていた。
同じく金庫の隙間にバールを突っ込む平野君はそう評す。
ないよね﹂
﹁鞠川先生の話だと警察官らしいけど⋮⋮。それを含めても普通じゃ
?
﹁お腹減ったね。ご飯でも作ってくるよ﹂
﹁あ、すみません﹂
一階の台所。
浴室から姦しい声が聞こえる中、冷蔵庫を開ける。
留守にしがちという家主。
中身も保存がきくものしか入っておらず、野菜はほんの少ししかな
かった。
これから野菜も貴重になるのだろうと思い、遠慮なく使わせてもら
うことにする。
とりあえずダイニングテーブルにあるだけ並べて、何を作ろうか思
10
?
小さな金庫を開けるのに三人はいらない。
?
案する。
長持ちするものがいいかとも思ったがそれほど量がある訳でもな
く、この人数ではすぐに食べつくしてしまうだろう。
わざわざそう調理する必要はない。
なら適当に思いついた料理を作ろうと玉ねぎを手にとる。
﹂
その時になって、姦しく聞こえていた声が近くなっていることに気
がついた。
4人分の足音が聞こえ扉が開く。
先頭に毒島さん。その後ろに他の面々。
全員薄着と言う表現すら矮小な格好だった。
﹁毒島さん、もう少し格好どうにかならなかったの
ああ⋮⋮。すまない少々はしたなかったか﹂
僕個人として鞠川先生の格好の方がぐっときた。
当の先生は顔を赤く染め声にならない声をあげていた。
まさか僕らの存在を忘れていたとは思えないけれど。
﹁夕飯を作ろうと思ったんだけど、僕上に居た方がいいね
﹁何を作ろうとしていたんだね
﹂
毒島さんは両手で受け止めた。
玉ねぎを放って投げる。
これ﹂
﹁毒島さんの方が美味しいもの作れそうだし、いいんじゃないかな﹂
﹁⋮⋮そのようだ。代わりに私が作ろう﹂
まれる。
ちょっと視線を向けるだけで、真っ赤な顔で親の仇を見るように睨
下着姿だった。
先生と毒島さんは言うまでもなく、宮本さんと高城さんもほとんど
?
バスタオルで身を包んだ鞠川先生と裸エプロンの毒島さん。
女子会のノリなのかもしれない。
﹁え
?
材料を見て少し考える。
﹁⋮⋮そうだねえ﹂
﹁そうか。では何か食べたいものはあるか﹂
﹁特にこれといって具体的には⋮⋮。適当に、だよ﹂
?
11
?
今食べたいもの。特に思い当たる物はない。
﹁いや、ないよ﹂
﹁遠慮しなくていい。このご時世だ。次にいつ食べたいものが食べら
れるか分からない﹂
作りがいのある物リクエスト
﹂とおっしゃられた。
﹁本当にないよ。他の子に聞いたら
してくれそうだよ﹂
すかさず、先生が﹁グラタン
大きな胸が上下に揺れる。
﹂
﹂と言葉を発した。
扉の向こうで、ハイテンションな平野君が銃を構えていた。
階段を登り二階に行く。
﹁それは上の子たちに言ってあげてよ。きっと喜ぶ﹂
﹁私は君たちのことを信頼しているよ﹂
﹁夕飯の前にちゃんと着替えてね。男は狼だから﹂
﹁承知した﹂
﹁上で警戒してるからできたら呼んで﹂
かかる物を作るのなら尊敬する。
本当に作るかどうかは毒島さん次第だが、もしあんな手間も時間も
﹁グラタンか⋮⋮ふむ﹂
?
呆れた表情の小室君。彼は僕を見て﹁あれ
﹁もうできたんですか
?
ない格好で逃げて来ちゃった。夕飯は毒島さんが作るらしいよ﹂
﹁あられもない⋮⋮﹂
もわもわとした想像が目に浮かぶ。
﹂
小室君も平野君も女性の免疫はなさそうだ。
﹁それでそれは
えっと⋮⋮﹂
﹁スプリングフィールドM1A1スーパーマッチ。端的に言ってライ
フルです﹂
平野君が捕捉した。
12
!
﹁いや、材料を見てる時に女の子たちがあがってきてね。皆あられも
?
﹁金庫の中に入ってました。ショットガンと狙撃銃。で、それが⋮⋮
?
銃の名称までスラスラと述べていて随分詳しい。
﹁他にクロスボウもありました。金庫の中身はこれだけです﹂
﹁豊作だね﹂
﹁本当に﹂
邪悪に笑う平野君は慣れた手つきで銃に弾を込め始めた。
﹂
なんでもアメリカで実銃を撃ったことがあるらしく、この類の知識
は豊富なのだそうだ。
僕も二人に混じって弾を込める。
﹁先輩は銃撃ったことあるんですか
﹁ないよ﹂
﹁俺もないです﹂
﹁僕が後で教えるよ﹂
学校で釘打ち機を改造した件と言い、平野君は頼りになる男の子
だ。
人は見かけにはよらないなとひしひし実感する。
弾を込め終わり改めて外を警戒する。
橋の方に明かりと人が集中していて、奴らもそれに惹きつけられて
いる。
橋が規制されている限りこの近辺は安全そうだ。
﹂
双眼鏡を覗いていた小室君が何か見つけたのか、疑問を投げかけ
た。
﹁あの横断幕はなんだろう
﹁テレビ見てみようか﹂
点けられたテレビ。
﹃殺人病﹄のニュースを放送していた。
これを見ると、まだ世界は終わったわけではないと希望が持てる。
いくつかチャンネルを変え、地方局が御別橋で生放送をしている
チャンネルを見つけた。
画面を食い入るように見つめる。
橋の上に抗議する一団。
13
?
放送を休止している局もあるにはあるが、それ以外の局はこぞって
?
日米両政府が開発した﹃殺人病ウイルス﹄
事故によりウイルスが漏れ、政府はそれを隠すための規制、封鎖、言
論弾圧。
いわゆる陰謀論。
﹁正気かよ⋮⋮﹂
﹁正気じゃないんだろうね。現実逃避の設定マニアだ﹂
後輩二人は唖然と画面を見つめる。
僕はテレビへの興味が薄れて周囲の警戒に戻った。
双眼鏡にはあちらこちらで奴らに食われる人々が映る。
には
生きている人は橋に向かっているのか、家の明かりもほとんど点い
ていない。
﹁左翼かな﹂
﹁多分な。本当に性質の悪い連中だよ。歪な反戦平和主義だ﹂
奴ら
後輩二人の会話の背後に、微かな足音が聞こえてきた。
ゆっくり静かにそろーっと近づいてくるそれは、到底
出来ない振舞だから盛り上がる二人には黙っておく。
"
﹂
﹁小室のおふくろさんは学校の教師なんだ。じゃあおふくろさんも左
翼
やがて扉が開き人が入ってきた。
それはさっきと変わらずタオル一枚の鞠川先生だった。
酔っているのか多少千鳥足で頬は真っ赤に染まっている。
﹂
﹂
冷蔵庫の中にいくつかお酒が入っていたのを思い出した。
うわっ
﹁こっむっろっくーん
﹁は
!
﹂
!
彼は特別免疫がないようで、鼻血を出して固まってしまった。
平野君にも同じようにキス。
﹁││││﹂
﹁こーたちゃーん
相当酔っぱらっているのはその行為だけで良く分かる。
先生は後ろから小室君に飛びつき頬にキスをする。
!?
14
"
﹁いや、まさか。俺を育てた人だぜ。むしろ全然正反対の││││﹂
?
?
ケチー
﹂
!
﹂
ここで騒ぐのはダメです
ちょっとぐらいいでしょー
!
下に行ってください﹂
?
﹁先生静かにしてください
﹁ええぇー
﹁ダメなものはダメです
!
﹂
奴ら
﹂
に狙いを付けようとし
"
できた。
正義感の強い彼は銃を持ち出して
た。
それを僕と平野君で制する。
外がこんなになってんのに
﹁ダメだよ小室﹂
﹁なんで
!!
"
彼の行動に驚くことはない。今日一日で、彼と言う人格はよく理解
小室君が歯を噛みしめる音が聞こえた。
﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂
起こっていた。
それを追う奴らも同じく散り散りになり、結果周囲一帯では惨劇が
橋に集まっていた市民は警察の発砲により散り散りに逃げ出した。
何度目の銃声だろうか。
悔しいことに、こんな世界でも空は変わらず綺麗だった。
夢見心地に星空を見上げている。
ふわふわと浮かぶ彼。
﹁ああ、そう﹂
﹁⋮⋮柔らかいんですね﹂
﹁うん
﹁⋮⋮先輩﹂
僕の横へ頭を冷やしに平野君がやってきた。
役得にお尻を触る小室君はデレっと鼻の下がゆるんでいる。
最終的には鞠川先生は小室君に背負われて階下に連れ戻された。
!
?
の身を危うくするだけでね﹂
﹁小室君。今はいくら撃っても誰も救えない。撃っても無駄だ。自分
!?
15
?
﹁⋮⋮⋮⋮先輩はっ││││﹂
苦渋に満ちた表情で彼は言った。
﹁││││先輩は、救いたくないんですか⋮⋮
た。
僕は聞き返した。
﹁小室君、君は誰を救いたいんだい
﹁誰って⋮⋮そんなの⋮⋮﹂
﹂
﹂
少しの間こうしてみて、彼の方が少し背が高いと場違いな発見をし
僕は彼の目を真っ直ぐ見つめる。彼も僕の目を見つめ返す。
?
﹄って言う意味なら答えは是だよ。僕は誰も救う気がない﹂
﹁もしその問いが﹃目の前の不特定多数の人を救いたくないんですか
?
この返答を聞いた瞬間、小室君は怒りとも失望ともつかない表情に
変化した。
﹁間違っちゃいけないよ小室君。僕らはスーパーマンじゃないんだ。
救える手には限りがある。限られた手で、何を救うかが大切なんだ﹂
それっきり沈黙が場を支配した。
小室君は俯いて考え込んでいるようだ。
平野君も何も言わない。ただ、平野君は僕の言う事を分かってくれ
たようで、僕に対して同情的な目を向けてきた。
振り返って、外の惨状を見ながら僕は口を開く。
﹁小室君、僕はね││││﹂
言おうか言うまいか、迷いながら結局言うことにした。
﹁││││僕は君たちを守りたい﹂
背後ではっと息を呑む音が聞こえた。
﹁今、手にある物を守りたい。他に伸ばす余裕はまだないんだ。下手
﹂
し た ら 取 り こ ぼ し て し ま う か も し れ な い。無 理 を し た く な い。分
かってくれるかな
﹁ありがとう﹂
平野君が大きく息を吐いた。
長い沈黙の後、彼はそう言ってくれた。
﹁⋮⋮⋮⋮はい⋮⋮すみませんでした﹂
?
16
?
短くそう言って、僕は一度部屋を出た。
部屋の外には毒島さんが立っていた。
彼女もまた服装が変わっていない。
毒島さん﹂
僕らを信頼していると言う発言ももしかしたら本当なのかもしれ
なかった。
﹁どうかした
﹂と尋ねる。
﹁様子を見に来た。しかし杞憂だったようだ﹂
﹁聞いてたの
彼女は頷いた。
﹁若いってことなのかな。目に映る物全て救いたいって言う小室君の
気持ちも分からないわけじゃないけどね﹂
でも、やっぱり。
﹁望みすぎだね。両親を助けるっていうだけで結構望んでいるのに、
なりふり構わず手の届くもの全てって言うのは﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
欲を出した人間には天罰が下る。
映画や漫画でもおなじみのストーリーだ。
相応な人間には相応な物しか与えられない。
それ以上を望んで手を伸ばせば、今まで与えられたものも全て失っ
てしまいかねない。
あるいはリスクを背負わなければ手に入れられないものもあると
いうことかもしれないけど。
﹁佐々木君、君とは今まで同級でありながらそれほど親交があったと
﹂
言うわけではない。ゆえに今の君の発言には少々驚いている﹂
﹁⋮⋮僕なにか間違ったこと言ったかな
﹂
?
言われてみれば確かに、そう思っているようなことを言ってしまっ
述べた言葉を思い返す。
られた。⋮⋮そう思ってることに間違いはないだろうか
﹁今の君の言葉からは、親さえもどうでもいいと思っている様に感じ
?
17
?
?
ていた。
﹁いや、まさかそんな││││﹂
﹁思い起こせば、君の口からご両親の身を案ずる言葉が出てきた記憶
がない。素振りさえも一度たりとも見せていない。⋮⋮君に尋ねた
いことがある﹂
﹂
君のご両親はどこにおられるのだ 連
毒島さんは下手な言い訳は聞く気がないらしく、鋭く突いてくる。
﹁君の生家はどこにある
絡は付いているのか、無事は確認できているのだろうか
毒島さんは嘘を言って凌げるような人じゃない。
質問には真実を、誠実に答えなければいけないだろう。
僕は覚悟を決めた。
﹁家に向かおうとは思わなかったのか
﹂
今は節電のため電源の切れたそれを彼女は見止めた。
胸ポケットから取り出した携帯電話を毒島さんに見せる。
ててね。両方とも連絡は付かないよ﹂
と 見 え た か も ね。母 は 専 業 主 婦。父 は 会 社 員。⋮⋮ 実 は 僕 携 帯 持 っ
﹁家は学校からほど近い場所にある。バスでここまで来る途中にちら
?
﹁わかってくれて嬉しいよ﹂
その言葉には悲壮感が漂っていた。
れている気はしない。
字面では辛いことを言われているように思えるが、実際には責めら
﹁よくわかった。そうか。君はそういう人間だったのだね﹂
彼女は大きく息を吐く。
目を逸らした。
しばらくどちらも逸らさずに視線を交差させて、不意に彼女の方が
あるいは睨みあうと言った方が正しいのかもしれない。
僕と彼女は見つめあう。
﹁死んだ。少なくとも僕はそう決めつけた﹂
﹁⋮⋮ご母堂は││││﹂
かった﹂
﹁思 わ な か っ た。連 絡 が 付 か な か っ た 時 点 で 助 け に 行 く 選 択 肢 は な
?
18
?
?
僕は笑みを浮かべる。
理解してくれたらしい。それはよかったと心から思う。
﹁最後に一つ聞きたい。先ほど小室君に言っていた言葉。あれは本心
からの言葉だろうか﹂
﹁ああ。あれね⋮⋮。あれは││││﹂
言葉の途中で銃声が聞こえた。
今まで聞いたものより遥かに大きく、後ろの部屋から響いたように
思えた。
大急ぎで部屋に入る。
平野君が奴らを狙撃していた。
何をやっているんだとベランダに飛び出る。
平野君は少し離れた家の庭先。
そこで父らしき亡骸にしがみつく小さな女の子を助けようとして
いた。
19
﹁すみません先輩。でもやっぱり俺⋮⋮﹂
小室君が言い訳がましく言っている。
﹁こうしないと⋮⋮なんて言うか⋮⋮。したいから、助けたいから、助
けます﹂
僕は振り返らず、それを背中に聞いていた。
めのこ
﹁先輩の言う通り、全員は助けられない。でも、小さな女の子ぐらいは
││││﹂
﹁行きたまえ、小室君﹂
言葉を遮ったのは毒島さん。
﹁君がそうしたいと思うなら、私はそれに力添えしよう女子の役割だ﹂
﹂と彼も吹っ切れたように駆け出す。
彼女は晴れ晴れとした笑顔で小室君の背中を押した。
﹁はい
﹂
?
﹁⋮⋮⋮⋮さあね。取りあえず、下の子たちにも教えないといけない
﹁佐々木君、君はこれをどう思う
今度は毒島さんが僕に語り掛けてきた。
上げている。
相変わらず狙撃を止めない平野君も心なし嬉しそうに口角を吊り
!
ね。逃げる準備をしないと﹂
そう絞り出す僕を、毒島さんがどう思ったのかは僕にはわからな
い。
僕は彼女の顔を見なかったし、彼女もそれ以降僕にその話はしな
かった。
ただ荷物を纏めるのに奔走した僕は、せめて事前に相談してほし
かったと思った。
昨晩、小室君が助け出した少女は希里ありすという名前だそうだ。
20
亡くなったお父さんが言うに、母親とは後で会えるらしいが、十中
八九死んでしまっているだろう。
天涯孤独となった彼女はとりあえず僕らと一緒に行動することに
なった。
﹂
﹁コータちゃん﹂
﹁どうかした
彼の言葉通り、無事に川を渡河した僕らは川向うの現状を確認し、
だ。
水深が浅いここならハンビーで渡河できると平野君が言ったから
いた。
だけ詰め込んで小室君らを救出した後、御別川の上流までやってきて
僕らは先生の友達が所有していたハンビーと言う車に詰め込める
らヒーローの様に思っているのかもしれない。
昨晩、あの状況で颯爽と翔けつけたのが小室君だったから、さなが
ありすちゃんは僕らの中で特に小室君に懐いていた。
﹁疲れてるんじゃないかな。そっとしておいてあげよう﹂
﹁お兄ちゃんねてる﹂
?
やはり
た。
奴ら
を食い止められた訳ではなかったのだと知った。
ハンビーの上に立って
奴ら
の姿を探すが、見渡す限りいなかっ
土手の下から双眼鏡で上の様子をうかがう。
﹁そろそろ小室と毒島先輩起こしなさい。土手登るわよ﹂
"
"
﹂
?
あるのだろうか。
﹁平野君﹂
調子は。大丈夫
﹁佐々木先輩⋮⋮﹂
﹁どう
﹂
?
舞い上がるとか調子に乗るとか、今はそんな次元に身を寄せてはい
その言葉に内心で同意する。
﹁舞い上がりたくても舞い上がれませんよ。こんな状況じゃ﹂
平野君は﹁ははっ﹂と小さく笑った。
冗談めかしてそう言う。
ないかと思って﹂
﹁銃が手に入って、今はそれが生かせる環境だからね。舞い上がって
﹁⋮⋮いきなりどうしたんですか
﹂
一度ゆっくり休息をとらないといけないが、そんな場所が果たして
復しない。
世界がこうなって一日経ち、やはり精神的疲労は一晩そこらでは回
君は疲労の色が強く、おざなりに受け応えていた。
少し離れた所で平野君が小室君に銃の使い方を教えていたが、小室
﹁わかってるよ﹂と僕は返事をしてハンビーから降りる。
﹁そう。どこに潜んでるか分からないから注意は怠らない様に﹂
﹁高城さん、奴らはいないよ。見える範囲にはね﹂
どうにも僕は彼女に嫌われているらしい。
答えはなく、そのままひょっこり姿を隠してしまう。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮どうかした
ありすちゃんがハンビーの中から僕を見ていた。
僕はその旨を報告しようと下を向いた。
"
?
21
"
?
ない。
互いに遠く川向こうを見る。
所々に見える赤い点。風に乗って運ばれてくる身近で縁遠かった
はずの生臭さ。
今が夢幻ではないとそれらは確かに教えてくれていた。
﹁それより先輩、すみません。先輩の分の銃がなくて││││﹂
﹁いや、いいよ。僕がライフルや狙撃中持っても当たらないし、ショッ
トガンは小室君がもった方がいいだろうしね﹂
狙撃銃は平野君。ショットガンが小室君。銃剣付きのライフルは
槍術を習っていた宮本さんがもつことになった。
それぞれ一番その武器を生かせるだろう人選だ。
そのことは僕自身納得していて、なんら異論がある訳ではない。
﹁遠くから攻撃できるならそれに越したことはないけど、銃は長短あ
るからね。素人が容易に使える武器でもない﹂
奴ら
奴ら
﹂と呼び声。
はほとんどいなかった。
はいなくなったわけではなく、音に反応して
奴ら
の数は刻一刻と増え
"
を引き寄せるものがこの付近にあるのだとハンビー
案の定、高城さんの家に近づくにつれ
ていく。
何か
"
22
﹁だからいいと思うよ﹂繰り返し言う僕に、平野君も﹁そうですね﹂と
同意した。
ほんの少しの沈黙。それを貫く﹁ひらのー
!
小室君がハンビーを指さして﹁準備出来たって﹂とつづけた。
﹁行こうか﹂
﹁はい﹂
奴ら
"
当初、河川敷の周囲には
"
宮本さんはそれを﹁幸運ね﹂と評していたが、僕は余りそうは思わ
なかった。
ここにいない
"
どこかに集まっているのではないかと思ったからだ。
"
"
の中でぼんやりと考えていた。
"
﹁止まってぇ
﹂
頭上から切羽詰った宮本さんの声が聞こえた。
車体を横に向けてブレーキ
一緒に居る小室君の悲鳴らしき声も聞こえる。
﹁ワイヤーが張ってあるわ
は致命的だ。
すぐそこに
奴ら
﹂
が群れている状況で身動きが取れなくなるの
﹁まずい﹂と車内の誰もが思った。
地面に背中を強打したようで、碌に動くことも出来ていない。
車上の宮本さんが慣性で投げ飛ばされた。
壁に向かって発進した車。慌てて急ブレーキ。
平野君の指示に従って鞠川先生は一瞬アクセルを踏む。
このままでは車体がワイヤーで切断されかねない。
ワイヤーが車体に食い込んだ。
横に向けられたハンビーは止まることなく血油で滑る。
高城さんが警鐘を鳴らす。
!
﹂
初めて撃った弾道は反動であらぬ方向に向かう。
﹁全然当たらない
﹁も っ と 下 に 向 け て 反 動 で 銃 身 が ぶ れ て る ん だ
﹂
!!
僕は荷物を漁る。
正面から戦って生き残れる可能性はほぼ無い。
木刀で奴らを殴っても最後には数で押し切られてしまう。
る。
銃を使っても、弾数が足りないことは昨日装填したから知ってい
その量はとてもじゃないが捌ききれない。
まる。
僕も行くかと一瞬腰を浮かせたが、外のやつらの数を見て思いとど
毒島さんも木刀片手に飛び出す。
平野君はハンビーから上半身を出して奴らを狙撃し始めた。
ハンビーはエンストしてしまったようでエンジンがつかない。
狙って撃って
胸 の あ た り
小室君がすぐさま飛び降り、ショットガンを奴らに向けて放つ。
"
!
!!
23
!!
!!
"
!!
確かに、昨日入れておいたはずだ。
役に立つと分かっていたから。
あの色のバックの底の方。
10秒経たずに見つけ出したそれ。
震える手で時針を合わせる。
その最中、片手で携帯を取り出してもどかしく電源を入れる。
音量を最大にして、あとは││││。
あんたなにを⋮⋮﹂
﹂
奴ら
そうすればほかの
﹁高城さん、宮本さんを無理やりにでもワイヤーの向こうへ﹂
﹁は
﹂
﹁怪我させていいから、とにかく安全な場所へ
皆はハンビー伝いに向こうへ行ける
問題は銃声だ。
あれだけ音を響かせているのだからちょっとやそっとじゃ
合図したら銃撃止めて
24
は釣られもしないだろう。
﹂
そのタイミングを見極める。
﹁││││今、銃撃止めて
食いつくか
﹂
二つ揃って今までの銃声と比べて数段劣っているけれど、どうだ
音楽再生と目覚ましアラーム。
それが聞えなくなった瞬間、手元の二つを鳴らし始める。
音の残響が僅かに鼓膜を震わせる。
小室君も平野君も撃つのを止めた。
!!
!!
手元の音源は携帯と目覚ましの二つ。
どちらか片方にでも食いついてくれれば⋮⋮。
できるのか、できないのか。
これで惹きつける
分からない。けれど今はこれ以外に方法は思いつかない。
﹁平野君、小室君
!
携帯が鳴って、時計が鳴るまでの短い時間襲われずに済む瞬間。
ほんのわずか隙が生まれる瞬間。
合図を出すタイミングも重要だ。
!
"
!!
!
?
﹁⋮⋮⋮⋮くい、ついったっ
!!
?
?
"
携帯を小室君たちの前方、目覚ましを反対方向に奴らの頭上円を描
くように投げる。
携帯は石垣にあたり、時計は奴らの頭に落ちた。
両方とも布で包んでいたおかげでまだ鳴っている。
心許ない音が、奴らを辛うじて惹きつけている。
高城さんが宮本さんと小室君の元へ。
毒島さんと合わせて、静かにワイヤーの向こうへ這って行く。
僕もハンビーの上に乗った。平野君からありすちゃんを受け取っ
て先にワイヤーを越える。
続いて鞠川先生も越えてきた。
下の四人もすでにこちらに渡っていた。
平野君がこちらに跳ぶのを待たずして、音が消える。
心臓が跳ねた。
はこちらを振り向いた。
││││でも、もう大丈夫だ。
奴ら
││││ここは安全だ。
そう思って、気が付けば足が震えている。
それは生まれたての小鹿の様で我がことながら情けないと思った。
大きく息を吐く。
これほどの落差は今まで経験したことがない。
絶体絶命をギリギリ生き延びたこの感覚。
整理するのに一生懸命でしばらく動けそうになかった。
僕は道の先に目を向ける。
大きな吐息、助かったという呟き。
それらを聞きながら、ここへ向かってくる人影を発見した。
遠くから消防士のような格好の人たちが数人走ってきている。
それは間違いなくこのワイヤーを張った人たちだ。
僕たちがここに来て数分。
数分でこうまで素早くやってきたのだから、どこかに見張りがいる
25
平野君が飛び越えてくる。
着地の音に反応して、
"
ワイヤーの向こうでうめき声をあげている。
"
はずだ。
見張りが報告。数分で仕度を済ませ既に十数メートルまで近づい
ている。
組織化されているのだとよくわかった。
僕は平野君に目を向けた。
彼は最初僕の視線の意味が分からなかったが、僕が手元の銃を指さ
して気づいてくれた。
﹂と叫んだ。
彼は近づく消防士たちに銃を向ける。
鞠川先生が﹁なにしてるの
﹁警戒してるんです、先生﹂僕はそう答える。
彼らが何のためにここまで走ってきているのかわからない。
もしかしたらワイヤーに車で突っ込んだ不届きものを退治しよう
とやってきたのかもしれない。
わからない。最悪を考えなければ。
最善を導かなければ。
そう考える頭は、一連の出来事ですっかり混乱していたのだろう。
導かれるのはネガティブな考えばかりで、それを受けて思考は余計
に深みに嵌っている。
周囲の状況も正確に把握できていなかった。
気が付けば高城さんが大股で近づいていて、彼女は容赦なく僕の左
頬を殴打した。
冷静になりなさい
﹂
衝撃で僕は尻もちをつく。真っ白になった頭で彼女を見上げた。
﹁バッカじゃないのっ
茫然とする。
じゃあ僕の行動は間違いだった
警戒する必要はない
分からない。
?
!!
正体不明の一団は、数メートル距離を開けて僕らのやり取りを黙っ
分からないことだらけだ。
?
26
!?
言われてみればそうだったかもしれない。
冷静じゃなかった
!
?
て見つめていた。
あんなものが
彼らは皆、長い大砲にも似た筒を持ち背中にはボンベを背負ってい
武器
?
る。
あれはなんだ
?
﹂
世界が終わって初めて過ごす平穏な日常だった。
休息をとることが出来た。
その屋敷にそれぞれ一室を与えられた僕らは、ようやく一息ついて
る豪邸屋敷だった。
高城さんの実家は、予想していた一般家屋ではなく十何人も暮らせ
高城さんの実家に到着して、一日が過ぎた。
││││僕は、間違っていた。
羽ばたく鳥に葉鳴りが重なる。
青い空に白い雲が浮かんでいる。
僕は大きく息を吐いてその場に寝っ転がった。
﹁ははっ⋮⋮﹂
じゃあこの人たちは⋮⋮。
高城さんへ慈しみの表情を向けるあの人が高城さんのお母さん。
みんな一斉にその人を見る。
﹁ママ
声を震わせて、高城さんは叫んだ。
ヘルメットの奥には髪の長い妙齢の美しい女性。
彼女の言葉に、高城さんは振り向く。
﹁お友達は大切にしなさい﹂
先頭に居た一人がおもむろにヘルメットを脱いだ。
けだ。
高城さんが何か言っている。聞えない。目に映るのはその一団だ
?
ページをめくる右手。
27
!!
こすれ合う紙の音。それだけが僕の部屋には唯一響く。
呼んだはずの文字は右から左へすり抜けていく。
登場人物の名前が覚えられない。
主人公の行動が理解できない。
そんな意味のない読書を僕は起きてからすでに一時間費やしてい
る。
半分ほどページをめくった所で本を閉じる。
一度ベッドに横になって目をつむる。
瞑想。
││││。
目を開けた。
制服の上着を着て、部屋を出る。
屋敷では強面で屈強な男たちが慌ただしく行き来している。
﹄
家族の安否が知りたいと理由を伝えて。
﹃ああ、電話なら一階にあるから使うといい。でも期待はしない方が
いいぞ。滅多に繋がんねえからな﹄
彼の言った通り、昨晩覚えてる限りの電話番号を入力したが、どこ
にもつながることはなかった。
昨日はそれで諦めたが、一日経って、僕はまた試しにやってきた。
試す電話番号は二つ。
一つは実家。もう一つは父の携帯。
実家は当たり前のようにつながらない。留守番電話サービスへつ
ながった。
携帯も同じようにつながらない。
粘って、最後までコールして聞こえてきた音は機械的な女性の声
28
窓から見下ろす広大な庭には近隣の住人が老若男女問わず避難し
ていて、いくつかテントが張られていた。
電話を貸してほしい
僕はそれらを傍目に一階へと向かった。
﹃は
?
昨晩、落ち着いた頃に偶々通りがかった大人にそう頼んでいた。
?
だった。
受話器を置く。
しばらく電話の前で立ち尽くした。
﹂
電話台に両手を置いて体重を掛ける。
前傾姿勢で俯く。
﹁つながったかしら
背後から声を掛けられた。
振り向くと高城さんのお母さんがいた。
﹁いいえ。つながりませんでした﹂
﹁今はどこも混乱しています。数メートル置いた携帯にすらつながら
ないことがあるぐらいだから﹂
﹁そう、なんですか﹂
それは希望のように思えてその実絶望でもあった。
母のいる家はすでに通り過ぎた。
今更電話で安否確認をしてどうしようというのだろうか。
高城さんのお母さんはそんな僕を慈しむように微笑みかける。
昨日からずっと、この人はこの表情しか見せていない。
﹁昨日はすいませんでした⋮⋮その、動揺していて⋮⋮﹂
﹂
﹁いいえ、謝るようなことじゃないわ。あなたは間違ったことはして
いませんもの﹂
きっぱりと彼女は言い切った。
﹁でも僕はあなたにに危害を加えようと││││﹂
﹁降りかかるかもしれない火の粉に備えようとしただけでしょう
僕の言葉を待たず彼女は続けた。
懐の深い人だと思った。
高城さんの怒る姿を思い出して可笑しそうに微笑むお母さん。
ね﹂
間では最善の行動だったと思います。娘は随分怒ったようだけれど
あるわけでもない。結果的には間違いだった。しかしあの場あの瞬
人であることは間違いなかったけれど、かといって害されない保障が
﹁あの時点であなたちは危機を脱し、目の前には正体不明の武装集団。
?
29
?
﹁あなたたちのこれまでの道のりは聞きました。よく生きてここまで
これたわね。本当にすごいわ﹂
﹁いえ、仲間がいたからです。それと運もあって、なんとかここまでた
どり着けました﹂
謙遜する僕。
﹂
それを聞くお母さんの表情に影が差した。
﹁⋮⋮どうかしました
﹁いえ⋮⋮﹂
少し遠い眼をした彼女。
次に口を開いたとき、直前までの軽い調子は残っていなかった。
﹁わたしたちは、この騒ぎが起こった時、真っ先に自身や部下、近隣の
住民の命を守りました。その間、娘のことを忘れたわけではなかった
わ。で も、す ぐ に 諦 め た。生 き 残 っ て い る 可 能 性 は 極 少 な い と そ う
思ったから﹂
僕は胸が締め付けられる思いでその独白を聞いていた。
彼女がなぜそれを僕に話すのか、そのわけが知りたかった。
﹁しかし、実際には生きていた。生きて私たちの元へ戻ってきた。私
たちの導いた結論は間違いだった﹂
﹁⋮⋮結果的に間違っていただけで、その場の対応は正しかったと思
います﹂
他の全てをないがしろにし
﹁ええ。私もそう思います。あの時は間違っていなかった。でも後に
なって間違いになった。
││││あなたは私を責めますか
僕は黙って項垂れた。
﹁あなたも自分のことを責めないでくださいね﹂
だから。と彼女は今までで一番の慈悲の籠った口調で言った。
違いでもあなたは正しいことをしました﹂
﹁なら、私もあなたが銃を向けてきたことを責めません。結果的に間
﹁⋮⋮責めません﹂
いても﹂
てでも娘を救いに行くべきだったと。たとえ死んでいると分かって
?
30
?
返す言葉は、一向に出てくることはなかった。
昼頃、僕たちは屋敷の一室に高城さんによって呼び集められた。
そこでは背中を強く打った宮本さんが治療のため裸で寝ていた。
もちろん、今はタオルをかけられている。
﹁ここに集まってもらったのは他でもないわ﹂
何の前置きもなく、高城さんは話し始める。
﹁私たちがこれから先も仲間でいるか別れるか、話し合いましょう﹂
その言葉にほとんどが驚いた。
唯一毒島さんだけが驚くことなく捕捉する。
﹁我々は今より結束の強い団体と合流した。この団体に飲み込まれる
か、行動を別にするか、選択肢は二つある﹂
﹁話が早いわね。そういうことよ﹂
小室君や宮本さんには両親の無事を確かめると言う目的がある。
今までの二人の言動を鑑みるに、この二人は飲み込まれることはせ
ず別れる可能性が強いはずだ。
なら、他の人たちにとってはこの二人に着いて行くかここに留まる
かが、より具体的な選択肢になる。
﹁俺は⋮⋮﹂
小室君が言いにくそうに口を開く。
宮本さんが心配そうに見つめる。
高城さんが遮った。
﹁今ここで決める必要はないわ。けれど時間もない。それぞれどうす
るか近日中に決めておきなさい﹂
それっきり、高城さんは早足に部屋を出て行った。
取り残された面々は沈鬱に考え込む。
僕はその場の空気にあてられて、より鬱屈した気持ちになりたくな
くて部屋を出た。
自分の部屋へ向かう。
31
その途中、何となく外の空気が吸いたくなって窓を開けた。
奴ら
の姿はなく、まるで幻想の様に
吹き込む風はいつものように爽やかで、生臭さなど微塵も感じられ
ない。
外の景色も見えるところに
僕が学校に居たときはまだ生きていたんだろうか。
母さんはいつまで生きていたんだろう。
なぜだろうか。胸が痛い。
気のせいだろうか。目元が熱い。
僕の両親は、もう││││。
現実を見ないといけない。
聞きたくもない。どれだけ理想を語ろうと結局は死んでしまう。
もう、そういうのはたくさんだった。
不快感に眉をひそめて窓を閉める。
平和。暴力反対。人道的措置。
ほんの少しだけ耳を傾ける。
見ると、避難してきたであろう人たちが何か話し合っている。
野蛮。やくざ。人殺し。
下から誰かの会話が聞こえてきた。
るまで満喫する。
今だけでもこの幻想に浸ろうと大きく息を吸い込み、その余韻に至
いる。
けど、屋敷を出て少し進むとそこには地獄があるのだと僕は知って
過去の平穏が帰ってきたような気分になった。
"
奴ら
が来たあの時点で母が生きている可能性は少ない。
生き延びて橋までやってきていたかもしれない。
あの時、バスを降りたとき近くに母がいたかもしれない
考える。
もし、していたら。していれば。
あの時、バスの中で。
32
"
坂の上にある学校に辿り着くには市街地を通らないといけない。
学校に
"
でも、運よくまだ生きていたかもしれない。
"
家に行くことを諦めた時点で後悔する資格なんかないのに。
どうして、こんなにも辛いのだろう。
そうやって、僕が部屋に籠っている間に一波乱あったらしい。
なんでも銃を持ち歩いていた平野君に銃を渡せと強引に迫った会
﹂と高城さんに聞かれ、﹁部屋に居たけど
﹂と
員がいて、それを守るために僕以外のみんなが庭先に集合したらし
い。
﹁あんたどこに居たの
僕は返した。
﹁はい﹂
│平野君は残るの
﹂
﹁ああ。あの二人はそうだろうね。毒島さんは彼女らしいし。│││
んも付いていくとか﹂
﹁小室と宮本さんは両親の無事を確かめに行くらしいですよ。毒島さ
彼は恥ずかしげに笑った。
平野君の肩を叩き健闘を称える。
﹁こわかったです⋮⋮﹂
﹁平野君、あんな人とよく会話出来たね。凄いよ﹂
僕は聞く。
男勝りで勝気な性格も納得の血の繋がりだった。
あんな怖い人と親子関係の高城さん。
も言わずにどこかに行ってしまった。
掘り深く、眼力凄まじい壮一郎さんは僕を視線で一舐めした後、何
一足遅くお会いした。
そんなわけで、高城さんのお父さん。高城壮一郎さんと僕は皆より
去って行った。
そしたら、こいつはダメだと言わんばかりに彼女は溜息を吐いて
?
﹁僕は高城さんを守りたいんです。学校で助けられましたから、その
恩を返したい﹂
33
?
僕の問いに、迷いなく彼は断言した。
?
﹁そう﹂
﹂
そのすっきりとした顔は、つい数時間前の彼とは別人のようだ。
話に聞く波乱で吹っ切れたらしい。
﹂
それとも、小室と一緒に
僕は⋮⋮どうしようかな⋮⋮﹂
﹁先輩はどうするんですか
﹁僕
﹁残らないんですか⋮⋮
恐る恐る彼は言葉を紡ぐ。
﹁││││先輩。その⋮⋮ご両親は⋮⋮
?
あとワンコールで電話は切れる。
同じようにコールを数回。
今度は父の携帯へとかける。
一度受話器を置いた。
コール数回。留守番電話だ。
僕はまた実家へ電話を掛ける。
一階の固定電話の前。
あの人は何やら良いことがあったようだ。微笑ましいと思う。
途中、何だか喜びに満ちた鞠川先生の声が聞こえた。
平野君と別れ、屋敷へ入る。
﹁⋮⋮はい﹂
﹁ちょっと野暮用を思い出したから、それじゃあね﹂
する。
平野君はそれ以上何を聞くこでもなく、居心地が悪そうに身体を揺
僕は答えず、意図して微笑を浮かべた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
そこで平野君ははっと何かに気づいたように言葉を呑んだ。
﹁じゃあ何を悩んで││││﹂
ら足手まといだ﹂
﹁いや、それはないよ。小室君たちは武闘派だから、僕が付いて言った
?
?
﹄
ダメかと受話器を耳から離した。
もしもし
!?
その時。
﹃もしもし
!
34
?
?
﹁⋮⋮え﹂
繋がった。
無事かススム
﹂
ススムか
﹁とう⋮⋮さん⋮⋮
﹃ススム
﹂
﹄
!?
どうして
﹂
?
﹁今二人はどこに居るの
会社
﹂
?
﹄
?
住所は分かるか
﹄
すぐにそこまで助けに行く﹄
?
﹁⋮⋮もしもし
﹂
ほぼ同時に電話口からバチンッと重い音がした。
その時、ふと外が光り輝いた。
戸惑いに口は回らない。
混乱する頭は鈍く重い。
言っていいのか、ダメなのか。
﹁⋮⋮⋮⋮場所は││││﹂
﹃場所は
﹁後輩の家だよ。そこにいる﹂
る。お前はどこに居るんだ
﹃他に生き残った人が何人もいて、今は力をあわせて何とかやってい
父の会社の場所。その近くのショッピングモール。
頭の中で地図が浮かび上がる。
ちがいるのは近くのショッピングモールだ﹄
﹃いや、あそこはもうだめだ。どの階も化け物で一杯に⋮⋮。今私た
?
言葉に出来ない気持ちが胸いっぱいに広がる。
父さんと母さんが一緒に居る。二人とも無事。
⋮⋮﹄
﹃私が偶々忘れ物してな。それを届けてもらったんだ。その時に丁度
﹁父さんと一緒に
﹃母さんも無事だ。私と一緒にいる﹄
﹁母さんは⋮⋮﹂
お前も、と父さんはそう言った。
﹃ああ、無事だ。よかった、お前も無事か⋮⋮
﹁無事だよ、父さんこそ⋮⋮無事
!?
?
通話が途切れた。音が聞こえない。
?
35
?
!
?
?
?
ただたんに切れたと言うことでもない。何も聞こえない。
発信音も呼び出し音もなっていない。
電話線はつながっている。
停電かと思い、いったん外に出た。
声が聞こえてくる。
エンジンがかからない。携帯が壊れた。ピースメーカーが壊れた。
パソコンが壊れた。
騒々しく、慌ただしく混乱の渦が生まれている。
停電じゃない。
じゃあ何だ。分からない。僕にはわからない。
奴ら
奴ら
がバリケードを突破し
の姿があった。
玄関から正面門まで一直線に視界が開けている。
門の向こうに、蠢く
バリケードの向こうに居るはずの
てすぐ近くに迫っていた。
すでに一人、食われている。
その後は
その後、僕はどうする
何を選べる
選択肢はいくつある
何が選択肢だ
僕は、どうしたい││││
拳を握る。
僕は││││。
?
警告を。周囲の人たちに警告を。
どうするべきか。
もう一人こっちに向かって走ってきている。
"
"
?
?
36
"
"
?
?
?