小児急性リンパ性白血病(ALL)の分子生物学

臨
床
血
液 54:10
第 75 回日本血液学会学術集会
小児科領域
EL-57 プログレス
小児急性リンパ性白血病(ALL)の分子生物学
真 部
淳
Key words : Acute lymphoblastic leukemia, Molecular biology, Children
はじめに
白血病は小児がんの約 40%を占める大きなグループ
発 現 を も た ら す 変 異(IgH@-CRLF2,P2RY8-CRLF2,
CRLF2 F232C)が 4 つのグループからほぼ同時に報告
さ れ た5∼8)。CRLF2 異 常 は BCP-ALL の 5% 弱 に 生 じ,
であるが,そのうち約 70%は急性リンパ性白血病(ALL:
Down 症候群に合併した ALL(DS-ALL)では約半数で
Acute lymphoblastic leukemia)が占める。ALL は成人が
認められた5∼8)。CRLF2 異常の発見に先立ち,DS-ALL
んも含め,過去 30 年間にもっとも予後が改善した悪性
の約 20%に JAK2 遺伝子変異があることが明らかになっ
腫瘍である。その一方で,近年,分子生物学の理解が深
ていたが9),この JAK2 および JAK1 に変異を有する例
まってきた1)。
は CRLF2 異常を合併していた5∼8)。CRLF2 は IL-7 レセ
1.白血病細胞を用いた研究
初めに白血病細胞を用いた体細胞変異(somatic muta-
プター a 鎖とヘテロダイマーを形成して TSLP 受容体と
して働き,JAK-STAT 系を介し T 細胞や樹状細胞の分化
や B 細胞の増殖などに関与するが,CRLF2 の過剰発現
tion)の研究を紹介する。
と JAK の機能亢進により下流のシグナル伝達分子の異
a)Ikaros 異常
常リン酸化がおきることが白血病発生に寄与するものと
白血病の基礎研究は網羅的遺伝子解析の進歩とともに
考えられている5∼8, 10)。CRLF2 の下流は JAK-STAT 系と
大きな発展を遂げており,この 5 年ほどで多くの重要な
考えられていたが,PI3 K-mTOR 系にも異常活性化が生
遺伝子異常が同定された(表 1,図 1)
。Mullighan らは
じており,これらは分子標的療法の応用の可能性を示唆
DNA を用いたゲノム解析により BCP-ALL の 40%で B
する10)。CRLF2 異常を有する例のうち JAK 変異を合併
細胞の発生・分化に関わる遺伝子に異常を来しているこ
しているのは半数程度であり,残りの症例では JAK 以
とを発見した 。それらの遺伝子の中でもリンパ球分化
外のキナーゼに異常が生じているものと推測されてい
における幹細胞に近い段階で作用する転写因子である
た。
2)
Ikaros をコードする遺伝子 IKZF1 の欠失をフィラデル
フ ィ ア 染 色 体(Ph)陽 性 ALL の 84% で 認 め た3)。
c)BCR-ABL-like ALL
IKZF1 欠失は慢性骨髄性白血病の慢性期では認められ
IKZF1 異常を有する ALL は Ph 陽性でも陰性でも同
なかったがリンパ性急性転化時に獲得しており,白血病
等に予後不良であるのみならず,遺伝子発現プロファイ
発生に直接関与していると考えられる3)。この IKZF1 異
ルも類似しており,造血幹細胞で発現する遺伝子発現が
常(欠失と配列異常)は,Ph 陰性の高リスク BCP-ALL
亢進し,B 細胞レセプターシグナル経路と B 細胞分化
の約 30%においても認められ,有意な予後不良因子で
を調節する遺伝子の発現は減弱していた7)。同時期にオ
あった4)。
ランダの研究グループも,既知の遺伝子異常を有さない
小児 ALL の中に BCR-ABL 融合遺伝子(Ph の遺伝子産
b)CRLF2 異常
物)陽性 ALL 例と類似した発現プロファイルを呈する
サイトカインレセプターの一種である CRLF2 の過剰
一 群 が 存 在 す る こ と を 発 見 し た11)。こ の“BCR-ABL-
聖路加国際病院
不良な一群で,IKZF1 や PAX5 など B 細胞発生に関わ
like”群は再発頻度が高く,Ph 陽性 ALL と同様に予後
小児科
453(1999)
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表 1 予後予測や治療標的に関連しそうな新規遺伝子異常(文献 1 より改変)
遺伝子
PAX5
異常の種類
欠失,転座,配列異
頻度
BPC-ALL の 31.7%
常
IKZF1
欠失,配列異常
生物学的意義
B 細胞発生に必要な転
白血病発生に関与。予後
写因子
には関与せず
BCP-ALL の 15% ?
リンパ球発生に必要な
Ph 陽性 ALL の 80%以上
転写因子。欠失や配列
異常により機能喪失
Ph 陰性の高リスク ALL
の約 30%
JAK1/2
偽キナーゼおよびキ
DS-ALL の 18∼35%
ナーゼドメイン変異
臨床的意義
予後不良因子
再発のリスクが 3 倍に
JAK-STAT 経路の異常
将来は JAK 阻害剤を導入 ?
活性化
Ph 陰性の高リスク ALL
の約 10.7%
CRLF2
IgH@-CRLF2,
BCP-ALL の 5∼16%
半数以上の例は JAK
変異と協働し,JAKSTAT 経路の異常活性
DS-ALL の 50%以上
化を来す
高リスク ALL の 14%
IKZF1 異常,JAK 変異
と協働する ?
予後不良因子
再発 ALL の 19%。多くは
変異によりヒストンア
ステロイド抵抗性に関与
再発時に獲得
セチル化異常および転
P2RY8-CRLF2, 配列
異常
CREBBP
欠失,配列異常
写調節に異常を来す
TP53
欠失,配列異常
BCP-ALL の 3%。多くは
機能喪失変異
再発時に獲得
図1
(2000)454
小児 ALL における核型異常1)
予後不良因子
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る遺伝子の欠失を 80%以上の例で認めていた。アメリ
は hypodiploid の中で稀であるが,これは染色体数 30
カの研究グループはさらに解析を進めて IKZF1 異常と
本台の low hypodiploid と 20 本台の near haploid に分け
BCR-ABL 様発現プロファイルを来す一群の約半数が
られ,前者の EFS は 40%前後,後者の EFS は 25∼30%
CRLF2 異常と JAK 変異を合併していることを明らかに
と,染色体数が少ないほど予後が不良であることがわ
。興味深いことに IKZF1 異常があっても JAK
かってきた。これらは発症時の白血球数や治療反応性で
した
12∼14)
変異や BCR-ABL 様発現プロファイルを呈さない例も存
は予後が予測できない症例が多い。
在し,この一群の予後はむしろ良好であり ,複数の遺
最近アメリカから分子生物学的な特徴が報告され
伝子異常が複雑に影響しあって生じる遺伝子発現パター
た20)。これは hypodiploid ALL の小児 124 例と成人 11
ンが治療抵抗性白血病細胞発生に寄与していると考えら
例の検体を用いた研究である。それによると,near hap-
れ た。BCR-ABL-like ALL の 全 例 が IKZF1,CRLF2,
loid(24∼31 本)例 71%で NF1, PTPN11, FLT3 などの
15)
JAK の異常を同時に有するわけではないことより,その
RTK/Ras の経路異常が見つかった。また 13%で IKZF3
他のキナーゼやサイトカインレセプターシグナル経路の
(AIOLOS をコードする)の異常があった。一方,low
異常が推測されていたが,最近になって mRNA シーケ
hypodiploid(32∼39 本)の 91%で TP53 の異常が見ら
ンスと全ゲノムシーケンスを駆使することで BCR-ABL-
れた。驚くべきことに,そのうち 43%では非腫瘍検体
like ALL の遺伝子基盤が解明された16)。BCR-ABL-like
(生殖細胞系列)でも TP53 の変異が検出された。TP53
ALL の 15 例を用いた検討で,JAK に加えて PDGFRB,
変異がある例は RB1 の変異あるいは CDKN2A/2B 変異
ABL1 などの活性化をもたらす融合遺伝子や,FLT3,
を合併して有しており,細胞周期の制御異常が示唆され
IL7R,SH2B3 などの変異を同定した。PDGFR と IL7R
た。な お,low hypolpoid 例 の 53% で IKZF2(HELIOS
はサイトカインレセプターである。また,JAK を負に
をコードする)の異常もみられた。なお,生殖細胞系列
調節する LNK をコードする SH2B3 に変異が生じるこ
で TP53 変 異 が 検 出 さ れ た 例 の 中 に は,臨 床 的 に Li-
とで JAK 下流のシグナル経路が活性化される。これら
Fraumeni 症候群とわかっている家系もあったが,わ
の異常により生じるシグナル異常をチロシンキナーゼ阻
かっていない家系が大部分であった。
害剤によって是正することが可能であり今後の治療応用
が期待される。
2.白血病になりやすい体質についての研究
a)ALL の原因の探索:歴史的背景
d)early T-cell precursor(ETP ALL)の分子異常
放射線被曝,ある種の抗がん剤の使用などの環境要因
ETP ALL は T 細胞系と骨髄球系への分化能を保持す
が白血病を引き起こすことが知られている。またダウン
る極めて未熟な T 細胞の一群である ETP の遺伝子発現
症候群において AML の頻度が高いなど,体質要因が白
プロファイルを参考に Coustan-Smith らによって同定さ
血病を引き起こすことも知られている。しかしながら小
れた ALL で,特徴的な表面マーカー所見を呈する17)。
児の ALL のほとんどの症例で原因は不明である。一卵
ETP ALL の遺伝子発現プロファイルは正常造血幹細胞
性双生児では胎生期に子宮内で胎盤の血管を介して白血
および顆粒球マクロファージ前駆細胞などと共通してお
病になる可能性をもった細胞(白血病幹細胞?)が一方
り,分化が広汎に障害された幹細胞型白血病と考えられ
の胎児からもう一方の胎児に移ることが報告されている
る。興味深いことに予後不良 AML でみられる“leuke-
が,白血病患児の二卵性の双生児,あるいは兄弟姉妹に
mic stem-cell signature”や BCR-ABL-like ALL の発現プ
おいて白血病の発症が多いということはない。また,小
ロファイルとも類似していた18)。ETP-ALL は RAS シグ
児の白血病を引き起こすウイルスは発見されていない。
ナルやヒストン修飾,造血細胞の分化に関わる遺伝子に
ところで上述の一卵性双生児の研究により,例えば
変異が好発するなど,AML の変異スペクトラムと共通
TEL-AML1 融合遺伝子を有する細胞は胎児期から血液
点が多いことから,大量 Ara-C など AML で用いる治療
中に存在することが示唆された。実際に臍帯血をスク
レジメンやシグナル伝達阻害剤などの効果が期待され
リーニングしたところ TEL-AML1 融合遺伝子を有する
る18)。
症例の頻度は実際の ALL の頻度の約 100 倍も多いた
め21),この細胞が存在するだけでは ALL にはならず,
e)Hypodiploid ALL
従来,染色体数 46 本未満の低 2 倍体(hypodiploid)
さらにいくつかのイベントが起こって初めて ALL が発
症するものと考えられた。UK の Greaves らは,TEL-
の ALL は予後不良とされてきたが,45 本の例は予後不
AML1 融合遺伝子を有する細胞を持った小児が,乳児期
良ではない。44 本の例は一般的な ALL と比較すると不
に感染症に罹患せずに育ち,次いでリンパ組織が急激に
良であり,EFS は 50%前後である19)。一方,43 本未満
発達する幼児期に「よくある感染症」(“common infec455(2001)
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tions”
)に曝露されると ALL を発症するのだろうという
モデルを提唱している 。
22)
最近,アメリカからさらに詳細な研究結果が報告され
た 。上 述 の ARID5B は ヒ ス パ ニ ッ ク の ALL 患 者 で
25)
germline 変異が多いことが知られていたが,これまで
b) 生殖細胞系列変異(germline mutation)の研究
分子疫学(molecular epidemiology)の分野も注目さ
れている。
の GWAS のほとんどは白人を対象としてきたもので
あった。今回は白人以外の人種(民族)をも対象として
GWAS が行われた。新たな変異部位として,10p12.31-
英国において小児 ALL の患者二組についておのおの
12. 2 が 見 つ か っ た。こ こ に は COMMD3/BM1 と
二組の正常対照群を用いて GWAS(Genome-wide asso-
PIP4K2A の 2 つ の 遺 伝 子 が あ る。PIP4K2A は
ciation study)を行った 。第 1 組は患者 503 例,対照
Phophatidylinositol-5-phophate の代謝に関する酵素で,
群1,438例,第 2 組は患者 404 例,対照群 960 名である。
BTK と関連があり,また PI3K の径路とも関連がある。
全体では B 細胞系 ALL が 824 例,T-ALL が 83 例だっ
ARID5B は ALL の民族差にも大きく貢献(ヒスパニッ
た。患者も対照群も白人のみである。29 万カ所にのぼ
クで変異が多い)するが,今回の解析では,10 歳未満
る SNP が検索された結果,10 カ所において ALL で有意
の ALL の発症と Hyperdiploid ALL 発症の 2 つと相関が
に 多 い SNP が み ら れ,そ の 中 で IKZF1,ARID5B,
みられた。したがって,ARID5B 変異は,よくみられる
CEBPE の 3 つの遺伝子に germline の変異が起きると小
小児 ALL の発症に関連していることが示唆された。次
23)
児 ALL になりやすいということであった。またこの傾
に,今まで ALL 発症との関連があると報告されてきた
向は T-ALL を除外してもみられるので,B 細胞系 ALL
3 つの遺伝子(ARID5B,IKZF1,CEBPE)と今回見つ
でより際立った。IKZF1 は前述のように Ikaros をコー
かった PIP4K2A を合わせて,計 4 つの遺伝子に変異が
ド す る 遺 伝 子 で あ り,B 細 胞 系 の 分 化 を 制 御 す る。
有るか無いかを総合判定するスコアを作ったところ(1
ARID5B は APL で発現の高い転写因子であるが,この
つの変異がヘテロであれば 1 点,ホモであれば 2 点,な
遺伝子をノックアウトすると B-cell progenitor が減少す
ければ 0 点),合計点 6∼8 点では 0∼1 点に比較して
る。CEBPE は AML の 10%で変異が認められる転写因
ALL になる危険性が 9 倍多くなることが示された。こ
子 CEBP ファミリーの一つであるが,この遺伝子ファ
の Odds ratio は従来の疫学研究で示された中で最大で
ミリーは最近,ALL において IgH 遺伝子とさまざまな
ある。
転座を起こすことが示された。以上よりこれら 3 つの遺
伝子は,すべて B 細胞系の分化に関わる転写因子であっ
た23)。同 時 期 に St. Jude Children: s Research Hospital
(St. Jude)からも同様の報告が出た24)。317 人の小児
3.ALL の予後因子
a)古典的予後因子
1970 年代に 10%台だった ALL の治癒率は現在では
ALL と対照群 17,958 人について SNP を調べたところ,
80%台になり1),その過程で多数の予後因子が同定され
ARID5B の変異と ALL になるリスクは相関した。
てきた(表 2)
。たとえば発症時に白血球数が多い症例
は少ない症例より治りにくく,また,発症時の年齢が 1
表 2 ALL の予後因子
白血病の細胞生物学に基づくもの
とから 90 年代に NCI/Rome 分類が提唱された26)。すな
わち,初診時白血球数 50,000/ml 未満かつ 1 歳以上 9 歳
試験管内での芽球の増殖性
試験管内での芽球の薬剤に対する感受性
以下の発症例を低リスク,それ以外(初診時白血球数 50,
特定の染色体異常
特定の遺伝子異常
る。このシステムは発表当初は単純かつ有用と考えられ
患児の体質に基づくもの
薬剤代謝,薬物の解毒の個人差
(薬物代謝酵素の遺伝子多形性)
治療に対する反応性
発症後 1 週間での芽球の減少
発症後約 3 ヶ月での微小残存病変
そのほか
初診時の白血球数
患児の年齢
患児の性別
(2002)456
歳未満と 10 歳以上は 1∼9 歳よりも治りにくいというこ
000 以上または 10 歳以上)は高リスクとするものであ
たが,B 細胞系ではあてはまっても T 細胞系にはあて
はまらないこと,白血球数と年齢以外の予後因子,とく
に治療に対する初期反応性が大きな役割を示すことがわ
かってきたため,その有用性は限られる。
b)ALL 細胞の生物学
染色体異常あるいは遺伝子異常のいくつかは予後と相
関し(表 3)1, 22),非常に活発に研究が行われている。そ
れらのうち前述した IKZF1 異常は骨髄再発,すべての
再発,すべてのイベントを増加させた4)。BCR-ABL-like
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ALL が予後不良であると示唆されているが4.11),臨床現
TCCSG でも行われている31)。治療開始 1 週間を過ぎた
場で発症時にマイクロアレイや mRNA シーケンスを行
後も,患者の白血病細胞が早く減少する症例ほど予後が
うことは現実的に不可能であるため,今後はフローサイ
良好であると信じられていたが,それが証明されたのは
トメトリーで CRLF2 の発現やシグナル伝達分子の異常
顕微鏡的診断とは比較にならない鋭敏な微小残存病変
を捉えることで BCR-ABL-like ALL の同
(minimal residual disease: MRD)測定方法が得られるよ
リン酸化
10, 16, 27)
定が可能か検証する必要がある。
うになってからである。DNA を用いて免疫グロブリン
あるいは T 細胞受容体の白血病細胞特異的な遺伝子再
構成を PCR 法によって検出する方法と,フローサイト
c)患者要因
患者側因子として薬物代謝の個人差があげられる。た
メトリーにより白血病細胞に特異的に発現している抗原
とえば thiopurine methyltransferase(TPMT)は 6-メル
の組み合わせを検出する方法があり,いずれも 1 万個に
カプトプリン(6MP)の代謝に関与するが,この遺伝
1 個レベルの ALL 細胞を同定することが可能である。
子には遺伝子多型が知られている。ホモ型あるいはヘテ
今 ま で に 治 療 開 始 後 2 週 間,4∼6 週 間,12 週 間 の
ロ型の変異 TPMT を有する患者では野生型 TPMT を有
MRD が予後と相関することが示されている32∼34)。現
する患者に比べて 6MP の毒性が強く出るため,減量す
在,これらの MRD を用いて治療早期に患者を層別化す
る必要がある 。また変異 TPMT を有する症例では二
ることが世界中で行われている。
28)
次性 AML あるいは二次性脳腫瘍の頻度が高くなること
4.ALL の治療と予後
が報告されている29)。遺伝子多型には人種差が大きく,
日本人では TPMT 変異を有する人は少ない。
前項の予後因子に基づく治療層別化は小児 ALL の重
要な治療戦略である。世界的に 3∼4 群に層別化が行わ
れ,再発リスクが低い症例に対しては低侵襲治療が,高
d)治療反応性
これら白血病細胞自体の要因と患者の体質要因の両方
リスク症例に対しては同種骨髄移植を含む強力な治療が
を総合した予後因子として現在もっとも重要と考えられ
行われる。
ているのは,治療に対する反応性である。BFM グルー
a)現在の治療成績:一つの到達点
プは 1980 年代から発症後 1 週間のステロイド単独(+1
小児の ALL は現行の治療により高い治癒率が得られ
回の髄注)治療後の末梢血残存 ALL 細胞数を用いて患
ており,たとえば St. Jude では 5 年間の EFS は 85%,
者 を 層 別 化 し て い た。す な わ ち Day8 末 梢 血 芽 球 が
全生存は 93%になった35)。従来 ALL では中枢神経再発
1,000/ml未満の例は prednisolone good responder (PGR),
を 予防す る た め に頭 蓋照 射が行 わ れ て い た が,こ の
1,000/ml 以上の例は prednisolone poor responder(PPR)
St. Judeの治療では頭蓋照射は全廃され,抗がん剤の髄
とされ,前者と後者の予後には有意に差があり,異なっ
注の強化が採用されている。ここには脳腫瘍などの二次
た治療が行われていた30)。同様の治療層別化は国内の
がん発生および内分泌障害・知能の低下などの晩期合併
表 3 ALL の代表的な染色体異常・遺伝子異常
染色体異常
遺伝子異常
治りやすさ
B 前駆細胞型 ALL
(9;22)
t
BCR/ABL 融合
(=フィラデルフィア染色体)
治りにくい
(4;11)
t
染色体数 45 本未満
MLL/AF4 融合
治りにくい
治りにくい
(12;21)
t
(1;19)
t
TEL/AML1 融合
E2A/PBX1 融合
治りやすい
治りやすい
染色体数 50 本以上
治りやすい
T 細胞型 ALL
(11;19)
t
TAL1 変異
不明
MLL/ENL
HOX11 高発現
治りやすい
治りやすい
NOTCH1 変異
不明
457(2003)
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症の併発を許さないという強い姿勢が示されており,現
sis of genetic alterations in acute lymphoblastic leukaemia.
在の小児 ALL 治療のモデルとされるべきであろう。一
Nature. 2007; 446: 758-764.
方,イタリアと BFM の連合は 2000 年から,若干の染
色体異常と MRD(Week5 と Week12)のみに基づいて
層別化し,全体を 3 群に分けて治療を行った。1 歳以上
18 歳以下の Ph1 陰性 B 前駆細胞型 ALL 全体(4,016 例)
の 7 年 EFS は 80%,全生存は 92%に達している36)。
3)Mullighan CG, Miller CB, Radtke I, et al. BCR-ABL1
lymphoblastic leukaemia is characterized by the deletion of
Ikaros. Nature. 2008; 453: 110-114.
4)Mullighan CG, Su X, Zhang J, et al. Children@ s Oncology
Group. Deletion of IKZF1 and prognosis in acute lymphoblastic leukemia. N Engl J Med. 2009; 360: 470-480.
なお,T 細胞型 ALL は B 前駆細胞型よりリスクを上
5)Russell LJ, Capasso M, Vater I, et al. Deregulated expression
げて扱われることが多い。また,1 歳未満の乳児 ALL
of cytokine receptor gene, CRLF2, is involved in lymphoid
とフィラデルフィア染色体陽性 ALL は難治性のことが
transformation in B-cell precursor acute lymphoblastic leuke-
多く,別プロトコールが立てられている。
mia. Blood. 114: 2688-2698.
6)Mullighan CG, Collins-Underwood JR, Phillips LA, et al.
Rearrangement of CRLF2 in B-progenitor- and Down
b)分子標的療法
上記のように化学療法の進歩により,小児 ALL では
syndrome-associated acute lymphoblastic leukemia. Nat
Genet. 2009; 41: 1243-1246.
80%以上の EFS が得られるようになったが,いまだに
7)Hertzberg L, Vendramini E, Ganmore I, et al. Down
20%は再発し,再発後の予後は不良である37)。近年の分
syndrome acute lymphoblastic leukemia, a highly heteroge-
子生物学的解析手法と創薬技術の進歩により分子標的療
neous disease in which aberrant expression of CRLF2 is
法の開発に期待がかかっている。実際に小児 ALL の中
associated with mutated JAK2: a report from the Internation-
でも予後不良の一群である Ph 陽性 ALL は強力な化学
療法にチロシンキナーゼ阻害剤の imatinib を併用する
ことで予後の飛躍的改善が得られた38)。前述したように
al BFM Study Group. Blood. 2010; 115: 1006-1017.
8)Yoda A, Yoda Y, Chiaretti S, et al. Functional screening
identifies CRLF2 in precursor B-cell acute lymphoblastic leukemia. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010; 107: 252-257.
Ph 陰 性 高 リ ス ク ALL の 多 く を 占 め る BCR-ABL-like
9)Bercovich D, Ganmore I, Scott LM, et al. Mutations of JAK2
ALL では分子標的療法の対象となりうるシグナル経路
in acute lymphoblastic leukaemias associated with Down@s
の異常を認めており,これらの症例を早期に同定し im-
syndrome. Lancet. 2008; 372: 1484-1492.
atinib や dasatinib,さらには JAK 阻害剤である ruxoliti-
10)Tasian SK, Doral MY, Borowitz MJ, et al. Aberrant STAT5
nib を併用することでこれら一群の治癒率が向上するか
and PI3 K/mTOR pathway signaling occurs in human CRLF2-
もしれない10, 16, 39)。
rearranged B-precursor acute lymphoblastic leukemia.
Blood. 2012; 120: 833-842.
おわりに
小児 ALL における分子生物学的な理解が急速に深
まってきた。国内からも白血病細胞を用いた研究は多く
11)Den Boer ML, van Slegtenhorst M, De Menezes RX, et al. A
subtype of childhood acute lymphoblastic leukaemia with
poor treatment outcome: a genome-wide classification study.
Lancet Oncol. 2009; 10: 125-134.
発表されている。しかしながら世界最大の人口を擁する
12)Mullighan CG, Zhang J, Harvey RC, et al. JAK mutations in
東(東南)アジアにおける GWAS はまだほとんど行わ
high-risk childhood acute lymphoblastic leukemia. Proc Natl
れていない。GWAS の結果は人種(民族)間の差異が
大きいと考えられる,今後の発展が期待される。現に,
国内でも小児 ALL における GWAS の基盤が整いつつあ
る40)。
Acad Sci U S A. 2009; 106: 9414-9418.
13)Harvey RC, Mullighan CG, Chen IM, et al. Rearrangement of
CRLF2 is associated with mutation of JAK kinases, alteration
of IKZF1, Hispanic/Latino ethnicity, and a poor outcome in
pediatric B-progenitor acute lymphoblastic leukemia. Blood.
2010; 115: 5312-5321.
著者の COI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連
して特に申告なし
14)Harvey RC, Mullighan CG, Wang X, et al. Identification of
novel cluster groups in pediatric high-risk B-precursor acute
lymphoblastic leukemia with gene expression profiling:
文
献
1)Pui CH, Mullighan CG, Evans WE, Relling MV. Pediatric
acute lymphoblastic leukemia: where are we going and how
do we get there? Blood. 2012; 120: 1165-1174.
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