出題の趣旨 - 早稲田大学

2017年度 早稲田大学大学院法務研究科
法学既修者試験 論述試験
刑
法
( 出題の趣旨 )
【出題の趣旨】
問題1
問題1は、具体的事例をもとに、正当防衛をはじめとした刑法上の重要論点について、その基本的な理解を
問うものである。
被害者Aは、直接には乙の暴行によって死亡しているが、この暴行は甲・乙のその場での共謀に基づくもの
であり(「一緒に押さえろ。」という甲の暴行の呼びかけに乙が応じたもの)
、また、Aが乙の暴行に抵抗でき
ずに死亡するに至ったことに対しては、同時になされていた甲による取り押さえも物理的に寄与していたとい
える(Aの死亡結果に対しては、甲の心理的、物理的因果性も認められる)
。したがって、甲・乙は、
(実行)
共同正犯として傷害致死罪の構成要件に該当する。
問題は、甲、乙に正当防衛・過剰防衛が成立する余地や故意阻却の余地が認められるか、という点である。
甲について。Aは甲の顔面を殴打しようとし、甲によって仰向けに倒された後も激しく抵抗している。そこ
で、Aによる、甲の身体に対する「急迫不正の侵害」が認められ、これに対する甲の反撃は正当防衛に当たる
のではないかが問題となる。しかし甲は、Aとの間で争闘状況になることを事前に予期していたと認められ、
かつ、Aを自ら呼び出した上で鉄製のサックを用意して現場に赴き、本件暴行に及んでいることから、甲には
「積極的加害意思」が認められ侵害の「急迫性」が否定される余地がある。そうすると、甲には正当防衛も過
剰防衛も認められないことになる。更にその場合、積極的加害意思をもって侵害に臨んだと評価される当該経
緯を甲自身も自覚しているから、甲には故意の阻却も認められない。
これに対し、甲が「積極的加害意思をもって侵害に臨んだ」とまでは認められない、と解した場合には、乙
と共同してAを窒息死させるに至った行為が防衛の程度を超えているとして、過剰防衛の成否が問題となろう。
その場合、甲は乙の反撃の様子を見ておらず、過剰事実を認識していない(甲は正当防衛の事実を自覚してい
ることになる)から、故意が阻却され、過失の過剰防衛として過失致死罪に問われる余地が残るだけである(類
似の状況に関する裁判例として、東京高判平成 14・11・21 判時 1823 号 156 頁が参考になる)
。
乙について。甲に「積極的加害意思」が認められ、侵害の「急迫性」が否定された場合には、それでは乙に
対してもそのような評価が連帯的に及ぶのか、という点が問題となる。これについては、見解が分かれうる。
(1)「被侵害者」
(本件では「甲」)が積極的加害意思をもって自ら侵害状況に臨んでいたのか否か、とい
う点が決定的だと解するならば、本件では、甲だけでなく、乙との関係でも侵害の急迫性が否定される。しか
し乙は、甲が積極的加害意思をもって侵害に臨んだ経緯を知らなかったから、正当防衛状況を誤想していたと
いうことになろう。そして乙は、もう大丈夫だろうと考えながらも防衛の程度を超えて執拗に口やのどを押さ
え続けているから、故意の誤想過剰防衛として、傷害致死罪に問われることになる。
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(2)これに対し、問題となっている「防衛行為者」本人(本件では「乙」)が積極的加害意思をもって自
ら侵害状況に臨んでいたのか否か、という点を基準にすべきだと解するならば、積極的加害意思が認められな
い乙との関係では侵害の急迫性が認められ、乙は故意の過剰防衛(傷害致死罪)となる(なお、この場合に、
乙に成立した過剰防衛の効果が甲に及ぶことはない)。
問題2
住居侵入罪の規定(刑法 130 条)の保護法益と、同条にいう「侵入」の意義について問うものである。
「侵
入」の解釈は保護法益論を踏まえて展開されるものであるから、本問の解答にあたっては、保護法益論と「侵
入」の解釈論との理論的関係を意識して論ずることが必要である。保護法益論をめぐっては、古くはいわゆる
「住居権説」と「平穏説」との間で学説上の対立があり(判例においても、いずれの見方に重点を置いた判示
がなされているかという点について変遷が見られる)、現在では「住居権説」が通説的見解(及び判例の依拠
する立場)であるといえるが、
「住居権」という概念の内実をめぐってはなお理解の相違がある(純粋に住居
権者の「許諾権」と捉える見解や、住居に対する実質的な支配の事実に着目する見解など)。これらの議論状
況を踏まえつつ、適切な事例を挙げて保護法益論からの解釈論的帰結を例証することが求められる。
以上
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